罪深き萌えもん世界   作:haruko

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12月23日に書き終えて投稿する準備を終えたくせに予約投稿を忘れるという間抜けっぷりである。



お待たせしました。
番外、マリム編、1/2です。
分けた理由はいつものあれ。長いからです。


残りも年内に投稿したいと思います。


Episode of gluttony 1/2 求む

 

 

 

 

 

 

『暴食』が生まれたその場所は、修羅の戦場だった。

 

 

 

 

人間たちが“シロガネやま”と呼ぶその空間は、遥か昔より、戦う萌えもんのための国だった。

強い萌えもんほど山の深部へと進んで住み着き、敗れた萌えもんは山のふもとまで追い出される。そうしてできた天然のカースト制度はその地に溶けるようになじんでいき、いつしか山には実力のある萌えもんと、それに挑みに来た選りすぐりの萌えもんを連れたトレーナーたちのための戦場となった。

 

 

そして、そんな話を聞いても、生まれたばかりのその少女は何も思うことはなかった。

 

 

なぜ、無駄に争い、無意味に戦い、無機に死んで逝けるのか。

 

 

子供のうちに幾度となくそれを目の当たりにしても、何も思うことはなかった。

 

 

一族の者たちからすれば、彼女が、そう思わないこと自体がすでに異端だったらしい。

 

シロガネ生まれの血を、意志を継いだものに言わせれば、『戦うこと』に疑問を抱くこと自体、『不自然』なのだ。

生まれながらにして肉体を洗練し、わざを研磨し、最良の勝利を求めること。それがシロガネやまに生まれた萌えもんの定めであるということを信じて疑わなかった。

 

 

しかし、その間違いも、さして問題とされることはなかった。

いや、正確に言うと、その段階で問題視しなくても、いずれ戦いに目覚めることだろうと高をくくっていたのだ。

 

 

その萌えもん、“ムウマ”が生まれたその場所は、戦う事こそが、生きることなのだ。

 

 

 

 

説得を一度諦められてから何日、何ヶ月、何年たっただろうか。

 

 

話が動き出したのは、人間でいう成人、シロガネやまの萌えもんで言うところの、戦力として数えられるような年になってから、そう時間の経っていない頃だった。

 

 

 

何時ものように、当然のように、当たり前のように戦場へと赴く準備をしている同胞たちの影で、岩を背に寄りかかり固まっていた時のこと。

気配に気が付き、顔を上げると数人の個体がふわふわと浮かび、周りを取り囲んでいた。その顔触れは戦場にほとんど顔を出していない“ムウマ”であっても噂が聞こえてくるほどの腕利きで名の通った面々だった。

 

 

 

そしてその中心に陣取り、目の前でこちらを睨みつけていたのは、“念の魔女”としておそれられ、群の中でもトップの戦果を誇る、“ムウマ”のタマゴを宿した“親個体”の♀であった。

 

 

 

「……何でしょうか? お母様」

 

平然と言うや否や“ムウマ”の顔を、すさまじい速度で飛来してきた石のかけらが横殴りにする。“ムウマ”は切れてしまった顔を裂けてしまったローブを深くかぶりなおすことで隠した。その挙動を見ていた取り巻きがくすくすと笑うが、それも“魔女”が一睨みすることで一瞬にして静まり返る。

 

「『なんでしょうか』……? よくそんな言葉が吐けたものね」

 

愛の鞭、などという生易しいものでないことぐらいはわかっているが、それでもなぜこの人がそんなに怒りをあらわにしているのか、“ムウマ”には理解できなかった。

 

当然だ。それが理解できるのならば、“ムウマ”は殴られていないのだから。

 

「あなた、なぜ戦わないの? なぜ抗わないの? なぜ戦場に据わろうとしないの? 我らが一族にとって、逃げという行為が、死より恥ずべき愚行であるという事が、どうして理解できないの?」

 

「わたくしは、戦いたくありません。抗いたくありません。私は戦場の中心に据えた巨木のたたずまいよりも、流々と空を揺蕩う雲にあこがれるのです。そのための力なら、これからいくらでも修練し、会得してみせます」

 

するどいめでそう返すと、今度は一瞬にして体がこわばり、岩場に体をたたきつけられ、四肢を開かされ大の字で岩に張り付けられる。無様だという声に反応して目だけ動かすと、準備をしていたほかの者たちもわらわらと自分の周りへと集まり、様々な目をこちらに向けていた。憐情もあれば嘲笑もあれば愉悦もあったが、自分にとって気分のいいものはほぼゼロであるというのは直ぐにわかった。

 

「わたしの娘として生まれた以上、いえ、この地に生まれ、この血を受け継ぐものである以上、そんなぬるま湯につかりながら命長らえるような生き方は許しません。我らが一族は、戦いのためにこの世に残りし生霊の集い。その一族が戦いを拒むことなど、わたしの娘としても、ムウマとしても、認めることはできません」

 

“サイコキネシス”を解除され、そのまま地面に体を打ち付けるが、それでも反抗の瞳はそらさずまっすぐと前を見据えている

 

「……自分のことは、自分が一番理解しているつもりです。わたしに戦いの才はないことも、お母様の才を受け継ぐことができなかった親不孝者であるという事も、わたしは受け止めています。そのうえでわたしは、自分の生き方を、自分の力で選びたいのです」

 

言った瞬間に今度は思いっきり下へ負荷がかかり、地面にたたき伏せられる。

 

「あなたが自分のことをどう思っているか。あなたが群れをどう思っているか。そんなことはどうでもいいことです。わたしがあなたにもとめることなどただ一つ、『ムウマとして、戦場に出る事』。戦に生き、戦で逝く事。それだけです」

 

 

 

 

「……わたしは、あんたの、あんたたちのくだらないプライドのために死ぬなんて……真っ平御免よ」

 

 

 

 

それを最後の言葉として、“ムウマ”の抵抗の声は途切れることとなる。

 

 

 

 

「……戦前だというのに無駄な時と力を使いました。その大馬鹿を懲罰洞にぶち込んでおきなさい。そこにいるあなたたち二人は見張りよ。『戦う』という言葉を聞くまで、絶対に出さないようになさい」

 

「「はっ」」

 

「……もう一つ。本心を隠さないことを美徳とする考え方もあるのは知っていますが、せめて自分を曲げない精神を研ぎ澄ませてからにすることですね。それが出来ないのであれば、一生似合わない敬語を使い、無様にへこへことしながらくたばっていなさい」

 

軽く息を切らしながらやることを終えたような表情で周りの野次馬を並べ上げ、すぐさま編隊をまとめにかかる。体の自由を奪われ数分間岩に打ち付けられ続けた“ムウマ”の体は言う事を聞かず、何者かに野良猫を外に追い出すかのような運ばれ方をしたがそれに抵抗する事すらもままならなかった。

 

 

 

(ああ……わたしは、弱いんだ)

 

 

 

体も、心も、弱いまま。

 

戦いたくない。傷つきたくない。傷つけたくない。外に出てみたい。

 

 

 

それを想う事すら叶わずに、

望まぬ戦いで死ぬことを望まなければならないのだ。

 

 

 

想いを胸に抗う体も、

想いを胸に貫く心も、

 

 

 

なにもない。

 

 

 

 

(ああ……わたしは、よわい)

 

 

 

 

自分の中から響く、がらがらと崩れる音を聞きながら、

“ムウマ”は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日の戦もご苦労だった。モモンのみで作っておいたモモン酒だ。月見酒と行こう」

 

件の“魔女”が昼間の異種族との戦闘に思いふけりながら、“サイコキネシス”で猪口用のきのみの殻に酌をする。

今酌をされた二人は、“魔女”と同じ隊を組んで数年になる同胞であり、“魔女”から見てもこれからが有望な戦力だ。ともに戦いを続けるうちに彼らは“魔女の右腕”と呼ばれるにふさわしい仲になり、頻繁に何かの理由をかこつけてはたき火を囲み、酒を飲むというのが定番になっていた。

 

「ああ、どうも。しかし、お前さんらしくないねえ。今日のことは」

 

「同感」

 

何が、とは言わなかった。わからない方がどうかしている。間違いなく、『ムウマ』のことだろう。少し苦い顔を作りながら、それでも何事もないように、自分用の酒を用意しながら声を出す。

 

「ああ、すまないな。大切なバンギ一族との縄張り争いの日に、よもやあのような騒ぎを起こしてしまうとは。我ながら愚かだったよ」

 

これ以上この話で伸ばしてしまっては酒がまずくなる、と言わんばかりに“魔女”はそそくさと謝罪の弁を述べ、話を切り上げようとする。が、それを“戦友”は逃さない。

 

「そうじゃない。わかっているだろう」

 

こつん、と音を立て、モモン酒をいれていた大きめのきのみの器が地面に落ち、ゴロゴロと転がり日に飛び込むまでの数秒間、誰一人として声を上げる者はその場にはいなかった。

 

 

「言いたくないなら言ってやろう。貴様、自分の娘に肩入れしているな?」

 

 

「共感」

 

 

来ると思っていた。という言葉を寸前で飲み込み、たき火の中から酒の入れ物を再度持ち上げる。ところどころ焦げてしまっているがまだ使えないことはないだろう。

 

「……何のことやら」

 

「とぼけるな。我らがムウマ一族は戦闘一族。戦いに生き、戦いで逝く。貴様が昼間、娘に説いた通りだ。ならばあの程度の力の娘、早々に処分してしかるべきだろう」

 

「当然」

 

 

そう、それがこの地に住む我々の掟。

 

戦いで逝けぬものに生きる価値なし。

 

 

我々にとって『成長』とは『修練』であり、『勉強』とは『修行』であり、『食事』とは『栄養摂取』であり、『自由』とは『戦いに臨めること』である。

 

 

それ以外を望むことすらも許されない。

 

 

事実、これまでに生まれてしまった戦いを拒む個体は、無理やりにでも戦場に駆り出され、そのまま何もできずに死んでいくか、必死に戦場に適応するかしたため、この群れの中で今戦わずに生き残っているのは“ムウマ”だけであった。

 

「我々に家族などという薄いつながりは必要ない。つながりとは、心ではなく、背中で通わせるものだ。正面で語り合う仲間よりも、背中を預ける戦友となることこそ、我らのつながりよ。貴様、あのさして力もない“ムウマ”にいつまでチャンスを与え続けるつもりだ? 事実として、奴を活かしておくという選択は、お前の族長としての信頼度を落とす結果となってしまっている。これ以上戦に影響を及ぼすようならば、我々とて貴様にしかるべき処置を下さざるを得なくなる」

 

「不本意」

 

鋭く睨む二人の視線に、“魔女”はあきらめたかのようにため息をつき、ポツリポツリと語り始める。

 

「……認めよう。私があの娘に普通以上の想いを入れていること。そしてそれが、あの方とのつながり故、つまり、母と娘という関係に引きずられたものであるということ。そのような事実は否定する事は出来ぬだろう」

 

あの方、とは、“ムウマ”の“親個体”の♂に当たるムウマであり、“魔女”の番であると同時に、“魔女”の前にムウマ一族の族長として名をはせた者のことであった。

一族の中でタマゴを宿したムウマのほとんどは、強者同士で次世代の戦士を産む、という一族の掟の下に完成した番であったが、知られている限り“魔女”と“族長”の二人だけは、掟に沿うだけの実力を兼ね備えていると同時に二人の想いが通い合っていたという事で有名だった。

実力者同士の子孫が誕生するという期待があった事から、その当時の二人の想いを否定する者たちはごく少数であったものの、そうして生まれてきた“ムウマ”は件の通りの期待外れだった。その結果、“魔女”の実力とは裏腹に、“魔女”の族長としての評価は前“族長”に比べてさほど高くないという事になってしまっていた。

 

「だったら、あの“ムウマ”はもう切ってしまえ。自分らの娘が自分が創りあげた一族を破滅に追いやってしまうなどという結果になればそれこそ、戦で死に落ちてしまわれた前“族長”も浮かばれんぞ!」

 

「無念」

 

きのみの器を地面にたたきつけんばかりの勢いで、二人は“魔女”に詰め寄っていく。

 

「もし貴様が、仲間に、娘にそのような仕打ちはできぬというのならば、我らに命令すればいい。いや、命令などという形にしなくとも、我々が独断で奴を処分したと言ってもいい。卑劣だと罵声を浴びようが、よくやったと賞賛を浴びようが、たとえ貴様自身に恨み節を言われようが、我々は貴様の、“念の魔女”の仲間として、“魔女の右腕”として貴様についていく。そのための“仲間殺し”の汚名、かぶってやると言う覚悟はある。ムウマ一族という名の歴史に、汚れ役として名を刻む覚悟がな!」

 

「決心」

 

胸ぐらをつかもうという勢いの二人を、少し笑いながらなだめる“魔女”は、そのまま“サイコキネシス”を使い、動きを止めた二人を元の席へと座らせ、再びモモン酒の入った器を掴ませる。

 

「気持ちはうれしいが、そういきり立つな。お前らにどういわれようとも、私の心は既に決まっているよ」

 

息を軽く切らす様子を肴にするが如くなんでもない様子で酒を煽る“魔女”の姿に二人も拍子抜けしてしまったようで、椅子代わりの岩に腰を据え、深呼吸した後で聞きなおす。

 

「ならば、聞かせろ。お前の結論を。ただし、貴様がどんな道を選んだとしても、その選択を我々に納得させる根拠が必要であると理解しろよ?」

 

「期待」

 

納得するまで逃がさない。

言外にそんな思いがこもっているような言い草だった。

 

 

 

 

「……それをすべて語るのは容易いことよ。お前らの、最大の勘違いを一つ、正してやればいい」

 

 

 

 

「……勘違い。だと?」

 

「……誤認?」

 

「ああ、そういう事だ。確かに私は、あの娘を処分することを嫌っているし、それは、私があの娘の母親であるという事も大いにからんでいる。しかしそれは、『愛情』による贔屓や肩入れなどという話ではない。母親ゆえにわかる、一つの事実があるというだけの話」

 

「一つの事実、ね。その事実は、説得に足りえる事実なんだろうな?」

 

「説得に足り得るかどうかはわからない。が、事実だ」

 

「……言ってみろ」

 

「なあに、単純な話よ。お前らの話は、大前提を間違えている。つまり……」

 

 

 

 

 

『ムウマは、しっかりと我ら、二人の血を受け継いでいる』

 

 

 

『ムウマは、強い』

 

 

 

 

 

「……戯言もここまで来たらいっそ関心を覚えるものだな」

 

「……暴論」

 

「だから誰にも言わなかった」

 

不貞腐れるような態度で吐き捨てた二人に対し、“魔女”は苦笑しながらも一言で返す。

 

「ならば言うてみろ。証明してみろ」

 

「出来ぬよ。出来たら、端から言っている」

 

「卑怯」

 

「ああ、卑怯だ。言っているだろう。だから言わなかったと」

 

「……仮に、それを信じるとして、なぜ奴はその力を振るわない。なぜ、その力を使い、戦場に出ないのだ?」

 

「まだ奴は、その力を持て余している。使いこなすに至っていない」

 

「同じことよ。その力がありながら、奴はなぜその力で戦おうとしない? なぜ、その力を使いこなし、戦場に出ようという考えに至らない?」

 

「……それこそ、我々には理解することのできぬ思想よ」

 

“魔女”は苦々しい顔で呟く。

 

「話にならん」

 

酒を下に置き、洞窟へと戻る。

 

「待て」

 

「待てぬ。これ以上は、もう待てぬのだ」

 

「……窮地」

 

“魔女”の制止をはらい、二人は言う。

 

「決戦は近い。バンギたちの進撃は、もう無視できないところまで来ているのだ。今のがたついた我らの守りでは、一も二もなく崩れ落ちてもおかしくはない。我々は今、追い込まれているのだ。流れを変えるには、お前しかいない。絶対のトップが、力を持って帰るしかないのだ!」

 

「……好転」

 

二人の正論に、思わず“魔女”は口をつぐむ。軽く唇を噛みしめる様を見る者はいない。

 

 

 

 

「我らは貴様の右腕として、そしてなによりも、先代が作ったムウマ一族の一員として、なすべきことを為す。二人で決めていた。今日までだと」

 

「締切」

 

 

 

 

今日まで。

締切。

 

 

 

 

 

それが何を意味するのか、理解できないはずはない。

“魔女”は、それが来ることを、ずっと恐れていた。

 

 

 

 

 

だからこそ、“魔女”は告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「わかった」

 

 

 

 

 

その言葉に、二人は止まり、後ろを振り向く。

 

 

そこには、“母親”と化した牙の抜けたメスではなく、

自分たちが憧れた戦場の女神、“念の魔女”の力強い瞳があった。

 

 

 

 

 

 

「だがそれは、貴様らが背負うものではない。私が、族の長足るこの私が、貴様らをそうまで追いつめたこの私が。けじめとして、責務として、私の手でやらねば意味はない」

 

 

 

 

 

 

明朝、出陣前に皆を集めろ

 

 

 

 

 

合戦前、

 

 

戦いの前の、見せしめとして、

 

 

士気、鼓舞のための儀式として

 

 

“念の魔女”の顕示として

 

 

 

私、自らの手で、

 

 

 

 

 

 

「それを、執り行う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔女は言葉に、二人は歓喜した。

 

 

間に合ったと。

 

 

壊れかけの一族は、復興される。

 

 

 

 

そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

明朝。

“魔女”が指定したそれに。

みせしめ。鼓舞。その尤もらしい響きに。

“魔女”が、「引き伸ばし」という裏の意味を込めたその指定に。

 

 

逆らうことなく飲み込んだこと。

 

 

 

 

 

それが二人の、最大のミスであり、

 

 

 

一族の終焉の、引き金となったという事に、

気づく者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同刻。

 

 

 

 

 

 

 

 

「父さん、見つけたよ。この子だ」

 

 

 

“ムウマ”の前に、一組の人間が現れる。

 

 

 

数少ない、ここを訪れ、バトルをしていたトレーナーたちの出で立ちを思い出し、その二人組の一人はかなり目線の高い大人で、もう一人は年端もいかない少年であるという事がわかった。

大人の男は警戒するような冷たい目線でこちらを睨みつけているが、少年の方は手元の機械の反応を見て楽しそうにしながら、仲間にわざを打ち付けられてぼろぼろの体を軽く撫でる。

 

変な夢でも見ているのかとも思ったが、撫でられたことによって体を震わせるように走る痛みがそれを完全に否定した。

 

「ああ……ごめんね。とりあえず、これあげる。食べな」

 

少年はそう言って自分のバックから、数種類のきのみを取り出した。シロガネやまというその場所では受けたことの無かった“施し”という名のそれに戸惑いつつも、先に動き出した本能の赴くままに、差し出されたものに噛り付く。

 

多少ではあるものの体力が回復した“ムウマ”は改めて顔を上げ周りを確認すると、自分を見張っていたであろう二人が、彼らの後ろで倒れているのを確認した。

 

 

二人を、彼らが倒したのだ。

 

 

そう結論付けるのに、大した時間はいらなかった。

 

 

しかしそれを、同族(なかま)がやられたとも、見張り(てき)がいなくなってくれたとも考えることはない。

 

 

 

哀しみも、喜びもない。

 

 

 

その景色に、何という事を思うこともなく、一つの景色として処理するその様子こそは、“ムウマ”の心がおかしくなっていることの証明でもあった。

 

 

 

しかし、同胞がやられたという現実すらも心穏やかに受け止めた“ムウマ”だったが、彼らの目的は何一つ推測する事さえも叶わなかった。

 

「で? 君はなんでここにいるの?」

 

“ムウマ”の思考に割り込むように問いを行うその少年。

そしてそれに“ムウマ”は素直に答えた。

 

「見ればわかるでしょ? 捕まったのよ」

 

足掻いてもいい。が、足掻く理由もない。

 

彼らが自分に何をするつもりでもいい。

殺したければ殺せばいい。自分はいずれ見限られる身。その時間が早まるだけだ。

利用したければすればいい。利用される理由と場所が変わるだけだ。

 

興味も、意思もない。

 

もらったきのみの義理。

“ムウマ”が思ったのはそれだけだった。

 

 

「なんで捕まっているの?」

 

「さあ? わたしにもわからないわ。わたしの考えることは、だめなことらしいわね」

 

「? 考えたことが間違っていたら、捕まっちゃうの?」

 

「らしいわよ。ここでは、戦う事を楽しまなきゃあ、だめなんだって」

 

「ふーん。本当に父さんの言ってた通りだ……じゃあ、なんで君は戦わないの?」

 

「戦いたくないのよ。わたしは……こんなところで死にたくないの」

 

「……? じゃあなんで君はここにいるの? 外に出ていけばいいじゃない」

 

「……無理よ、一族を抜けて生きていくなんて……見つかってすぐに殺される」

 

「……じゃあ、ここにいて、戦うの?」

 

「……」

 

どうしようもない。

そう言いかけたのを無理やり飲み込んだために、問答がひとまず終わる。

答えにつまり黙った“ムウマ”を見て、少年も一緒に黙り込む。その様子をほんの数秒見届けた後、大人の男が初めてその口を開いた。

 

 

 

「ジョーカー。さっさとしろ。じきに萌えもんが集まってくる」

 

 

 

「うん。わかったよ、父さん」

 

ちょっとごめんね、と言ったその少年は、“ムウマ”の体にコードが付いた器具が複数個捲きつけられる。ムウマが驚きによって固まり、それから我に返って抗議の声を上げる前にすでに終了したらしく、器具は外され撤収されていく。

何が何だかわからないと言った様子の“ムウマ”を尻目に、少年はニコリと笑い、中指で頬を軽くなぞる。

 

これ(・・)も、もらっておくね?」

 

“ムウマ”の血が付着した指を見せながら、少年は言う。

片付けている少年の様子を呆然と見つめている“ムウマ”をみて、少年は再び笑う。しかしその笑みは、お礼の意味と孕んでいたと思われる先ほどの笑みとは一線を画す、背筋が冷える笑い方だった。

 

 

 

 

「気に入らないなら、壊せばいいんじゃない?」

 

 

 

 

その一言に、“ムウマ”は唖然とする。

少年は続けた。

 

 

 

「嫌なら、逃げればいい。むかつくなら、殴ればいい」

 

 

 

やりたいことを、やればいい。

 

好きに生きる。

 

 

 

その少年は、当然でしょ。と付け加え、また笑った。

 

 

 

強欲な、笑みだった。

 

 

 

 

 

「もらったデータのお礼に、いいことを教えてあげるよ」

 

 

 

 

 

 

 

君は、強いよ。

 

だって、僕が欲しかった力の持ち主だから。

 

 

 

 

 

そんな少年の最後の言葉は、

“ムウマ”の心を大きく揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……私が、強い?)

 

少年が去った後も、“ムウマ”は一人、少年の言葉を反芻する。

 

 

 

 

 

(好きに……生きる……)

 

 

 

 

 

 

奇しくもその言葉は、“魔女”が言う事の出来なかった言葉。

 

 

当然、真意に差異はある。

 

少年は、ただ自分の思う、信念に基づく最高の解答をきまぐれで“ムウマ”に示しただけ。

 

“魔女”は、“魔女”としての自分ゆえに、軽々しくそれを口にできなかっただけ。

 

 

しかし、彼女の心に響いたのは、

突然やってきた誰でもない、ただ欲深い少年の一言。

 

 

それは、潰され、捨てられ、心の中でくすぶっていた思いに、火をつけたような一言だった。

 

 

 

 

(どうせ、死ぬなら……)

 

 

 

 

逃げてみよう。

 

戦ってみよう。

 

 

挑戦してみよう。

 

 

 

 

 

 

「やってやる……!」

 

 

 

 

 

 

「なにをだ?」

 

 

 

 

 

 

燃えたぎる“ムウマ”の闘志を冷やすその声は、

 

“ムウマ”にとって、最も馴染み深く、

同時に、最も憎しみの深い、不快な声だった。

 

 

 

 

 

冷え切った頭で、声を震わせぬよう軽く深呼吸をした後で、ふてぶてしく答える。

 

 

 

 

「こんな時間に、懲罰洞へお越しとは……どうかなさいましたか? お母様」

 

 

 

 

「……表に二人、見張りが倒れていたようですが……あなたの仕業ですか?」

 

「……いいえ。どうやら、侵入者がいたようですね。まあ、信じるかどうかは知りませんけれども」

 

素知らぬ顔で答えた“ムウマ”に、“魔女”は一つため息をつき返す。

 

「……面に数人、彼らと同じように倒れている者たちがいました。その者どもはいずれも、あなたがそうやすやすと倒すことなど到底できない、私たちが鍛えた群の猛者たち。それを加味すれば、あなたの言葉を信じてあげてもいい」

 

が、と一言強く、“ムウマ”に希望を与えぬまま矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。

 

「彼らにあなたが何をしていたか。そして、あなたの言葉が本当かどうか。それはもう、どうでもいいこと。もはやあなたに、懲罰を命じる意味はなくなりました」

 

「……」

 

 

娘への優しさからくる温情の言葉、には聞こえなかった。

 

 

 

 

 

「明朝、あなたの処分が決まりました」

 

 

 

 

 

あなたへの処分。ではなく、

あなたの、処分。

 

 

 

 

 

「理由は……わかりますね?」

 

「さあ……何のことやら。私がここでしたことと言えば、外に出たいと、主張したことでしょうか? そのほかには、全く、何もしていなかったと記憶していますが……」

 

言い終わる前に体の自由は奪われ、横の岩壁にたたきつけられる。予想通りの反応ゆえに、痛みはあるものの声は出さない。

 

身体を起こさぬままにらみつける“ムウマ”を、“魔女”は見下す。

“ムウマ”は目をそらさずに、負けじと睨む。

 

「……いったい、何しに来たのよ! 明朝の処分が決まったのなら、あんたが今、私に会いに来る理由はないでしょう? 『母親』として、最後の言葉でもいいに来たのかしら? 『ごめんなさい』とでも、言いに来てくれたのかしら? 『愛しているから、死んでほしくない』とでも、言いに来てくれたのかしら!?」

 

「……」

 

“魔女”は答えない。

その瞳の感情は、“ムウマ”にはわからない。

 

 

 

無機に自分を射抜くその瞳に、“ムウマ”は何も感じることはできなかった。

 

 

 

「っ! 何も思わないのなら、私のことはほうっておいて! 私は、私はただ、あなたたちとは違う生き方をしてみたいだけなの! 私の、私の邪魔をしないでよ!!!!」

 

 

 

 

 

“ムウマ”が叫び、“魔女”の顔が、ほんの少し歪む。

身体の周りを、悪寒が駆け巡った。

 

 

 

 

(今のは……)

 

 

“魔女”は自分の状態を確認する。

しかし、肉体は当然のことながら、服にさえ傷一つついた様子はなかった。

 

 

 

(……気のせいか)

 

 

 

息を荒らげる“ムウマ”をもう一度壁にたたきつけ、暴れなくなったことを確認してから眼前へ運ぶ。

 

 

「……あんたは、弱いわね。このシロガネの者としても、わたしたちの子どもとしても、そして、この世を生きる萌えもんとしても、あなたは弱すぎる」

 

 

「っ!!!」

 

 

“ムウマ”が睨む。

そして再び、悪寒が走る。

だが、何度確認したところで、『魔女』の体に、こうげきを受けた痕跡はない。

 

最後に一つ、大きなため息をつき、『ムウマ』を奥へほおり投げた。

 

 

「……だから別に、あなたが何を想おうが、何を考えようが、わたしにとってはどうでもいい事。ただあなたには、いろいろ損をさせられた分、群れにとって、少しでも役立つ最期を迎えて欲しいというだけ」

 

 

(それが……死ねという事か。それが……あなたが娘に求める……最後の姿か!)

 

 

声を出そうとした“ムウマ”だったが、息切れがその発言を許してはくれず、“魔女”の攻撃を受けるままに、二、三バウンドして洞の奥に転がる。

身体を起こそうと腕を伸ばすが、力がうまく伝わらず再び床に突っ伏す。

 

 

 

魔女は、正面に手を構える。

力が可視化できるほどに大きくなり、掌へと集まっていく。

明朝に処分すると宣言してはいたが、そのわざが自分のずたぼろの体を完全に壊すのに十分な威力があるという事は朦朧とした頭でも理解できた。

気が変わったのか、いら立ちが勝ったのかは知らないが、問題はそれではなく、彼女が、殺る気であるというだった。

 

 

 

 

 

「これで最後よ」

 

 

 

 

 

そして、その推測が正しいことの証明。

無感情の宣告が、耳に残る。

 

 

 

 

 

 

死。

 

先ほど受け入れかけていたそれを、“ムウマ”はたまらなく恐怖に感じた。

 

 

そして、目の前の光景が、とたんにたまらなく理不尽に思えた。

 

なぜ自分は、こんな目に遭わなければならないのか。

 

なぜ自分は、嫌なことをやらなければならないのか。

 

なぜ自分は、好きなことを想う事すら叶わないのか。

 

 

 

 

なぜ自分は、やりたいこともできないのだろうか。

 

 

 

 

 

(やりたいことを……やる。好きに……生きる)

 

 

 

 

 

先ほどの少年の言葉が、動かないはずの全身を駆け巡る。

 

何が起こるのか。自分には何が出来るのか。それはわからない。

 

 

 

だが、決めたのだ。

 

 

 

足掻くと。

もがくと。

 

生きて見せると。

 

 

 

 

 

 

 

 

“ムウマ”は、渾身の力を込める。

 

 

しかし、うまくきまらなかった。“魔女”はへいきなかおをしている。

 

 

“魔女”は、ほんの少しだけ顔をゆがめるが、問題なくこうげきの準備を整えた。

 

 

“ムウマ”は、再度“魔女”をにらみ、腕を向け、全力で叫ぶ。

 

 

しかし、うまくきまらなかった。“魔女”は少し、顔をしかめる。

 

 

 

 

 

それでも、諦めの色がない“ムウマ”の瞳を見て、

 

“魔女”は、力をためた手を振り上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「族長! 族長ーーーー!」

 

 

 

「っ!?」

 

一撃を放とうとしたその瞬間。

洞の外から大声が響き渡る。

 

“魔女”は直ぐに声の主を見つけ、駆け寄る。

 

「どうした!? 何をそんなにあわてている!?」

 

 

 

 

 

 

 

「た、大変なんです! 族長! ね、眠っていた味方のムウマ達が、一斉に苦しみだしました!」

 

 

 

 

 

 

 

「なに!? どういう事だ!? 何が起きているんだ!?」

 

「わかりません! 原因不明なんです! と、とにかく、すぐに来てもらえますか!?」

 

『魔女』は軽く舌打ちをし、背後の洞を睨むが、すぐに事態の収束を優先する。

 

「どこだ!? 早く案内しろ!」

 

「こっちです! すぐに来てください!」

 

 

 

 

駆けだした男に、“魔女”はついて全速力でついていく。

 

 

 

 

そして……

 

 

 

 

「わたしは……強い」

 

 

 

 

 

 

うつぶせの“ムウマ”が呟いた言葉を、

“ムウマ”の周りに揺らめく、力の根源を、

 

 

“魔女”が捉えることは叶わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

一粒、けし損ねた火種は、

 

 

 

シロガネという場所に、

消えない傷痕となる山火事を残すこととなった。

 

 

 

 

 

 

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