~千年狐と江戸の花~   作:樹霜師走

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はやて、訪れた『悲哀』

 

 

 玄関の戸が開き、誰かの帰宅する物音が聞こえた。

 はやては待ちわびた家族の帰りを迎えに──そしてこんなにも夜遅くまで家を空けていたことに苦言のひとつでも呈してやろうと玄関まで向かった。そこでは守護騎士ら四名の姿があって、はやては思わず目を丸くした。

 

「おかえり。なんや、四人とも一緒やったんか」

 

 しかし、そんな彼らが四人であることにも違和感を憶えた。彼らを探しに家を出て行った山吹乙女が、そこにはいなかったから。

 

「あれ……? 乙女ちゃんは一緒じゃないん? 乙女ちゃん、みんなの帰りがあんまりにも遅いから探しに出て行ってくれたんやで?」

「…………」

 

 善意を明かし、一切の悪意なく放たれたその言葉が、騎士達の胸に突き刺さる。

 ぷうとはやては頬を膨らませる。軽い調子で、怒るように騎士達を諭した。

 

「も~っ、携帯つこて連絡せなアカンかなあ。乙女ちゃんが帰ったら、みんなでちゃんと謝るんやで~? ……ああでも、あの乙女ちゃんが電話に出られるとは思えへんなぁ」

 

 山吹乙女の機械音痴っぷりを知っているはやてだからこその懸念だが、しかし、

 

「あっ、でも狐ちゃんなら器用やし、出てくれるかもな」

 

 その言葉に守護騎士は目を開く。

 ──狐ちゃん?

 ──主はやては、あの狐が山吹乙女の傍らにいたことを既に知っていたのか?

 はやての発した言葉の中には、羽衣狐に対する確かな信頼が伺い知れる。それはあくまで携帯電話が扱えるかという些事に対してであったが、そうであるならはやてと羽衣狐の二人の関係は良好なものであったらしい?

 

「……シグナム? どうしたん?」

 

 そのときはやては、シグナムの表情に気づいた。

 彼女だけではない。さあとはやてが見回せば、守護騎士が各個に、いつもとは違った表情を浮かべている。翳りがあったり、目の下に涙の痕ができていたり──。

 ただならぬ雰囲気を醸し出していた。ざわざわと、はやての心が射抜かれる。

 

「な、なしたん?」

 

 シグナムが代表して口を開いた。

 今までに起きた悲劇────自分達の責任を、果たすために。

 

 

 

 

 第十話。

 はやて、(おとず)れた『悲哀(ひあい)

 

 

 

 

 海鳴市の繁華街。歩行者天国が構えられた、大きな交差点。

 時空管理局執務官である、クロノ・ハラオウンと、その補佐官を務めるクロノよりも一回り年上の少女、エイミィ・リミエッタのふたりが、地球に到着した。

 彼らはすぐに事情聴取のために、この夜の街、なのは達が戦闘を繰り広げた現場に向かっていた。現場調査のため、訪問したこの場において、ふたりは、なのは達から詳しい報告を受けることになっているのだ。

 

「クロノくん! エイミィちゃん!」

 

 遠方から、バリアジャケットを解除し、一般の洋装に身を包んだなのはが現れ、エイミィ達へと駆け寄って来る。なのはの後ろにはフェイトの姿もあり、エイミィの方もまた、慌てた様子でなのは達へと駆け寄った。

 

「みんな、大丈夫!?」

「うん。ごめんなさい、心配かけて。身体の方は大丈夫だよ」

 

 エイミィの問いかけに、フェイトは苦笑して答えた。

 

「でも、バルディッシュの方がすこし、無理をさせちゃったみたいで」

「ああ、亀裂が……」

「レイジングハートも、やられちゃって」

 

 フェイトの持つデバイス〝バルディッシュ〟は、シグナムの斬戟を受け止めた際に、その刀身ごと真っ二つに両断されてしまった。それだけでなく、ボディの隅々にも亀裂が広がっている。

 幸運にも、現時点ではそれ以上の損傷は見受けられないが、さらに長期戦を持ち込まれていれば、バルディッシュは粉砕されていたかもしれない。──それだけの確信が持てるほどに、今回、フェイト達は敵性存在に圧倒されてしまっていた。

 

「その損傷(ようす)じゃあ、きっと、まとまった修理作業が必要になるね」

 

 なのはとフェイトの掌に視線を落としながら、クロノが掌を差し出す。 

 

「こっちで技術部の人に頼んでおくから、そのふたつを預かるよ。いいかい?」

 

 クロノは事実確認を求めたが、レイジングハートとバルデイッシュの回収は決定事項である。破損したデバイスを所持させておくことなど、任意下では不可能だからだ。

 クロノはスタンバイモードに変形したレイジングハートと、バルディッシュを受け取った。デバイスを見送った少女達は、自分の不甲斐なさを、それらに謝罪しているように表情に暗い影を落としている。

 

「お疲れのところを悪いが……今回の一連の戦闘について、ことの発端を含めて、詳しい報告をお願いしたい」

 

 記憶は新しい内に、善は急げ、である。

 激闘の後のなのは達に、クロノは報告を要求した。

 そしてその後、なのは達は一連の事態の流れを、わかる範囲で正確に話した。──むろん、守護騎士達には逃げられた、という部分的な虚偽も含まれていたが、それ以外の部分は、できる限り真実を告げた。

 

「────漆黒の〝ヤマトナデシコ〟……?」

 

 なのは達は、突如現れた謎の女子校生を、そう表現した。

 純和風の容貌。麗しい黒髪に、黒き眼。雪のように白い肌に、端整な顔立ちは──なのはやフェイトが同性として、あるいは、少女としての感性を刺激されるほどに美しく見映え、どこか幽艷な風情は、いと畏れ多く、一種の〝憧れ〟のようなものさえも憶えたという。

 クロノが顎に手を当て、考え込む姿勢を作った。

 

「『魔法ではない圧倒的な力を有する』とは、その女性はもしかしたら、次元漂流者なのかもしれないな。……そして、連続魔導師襲撃犯と顔見知りだったってことは、何らかの関係者……あるいは、次元漂流からの保護者という説が、有効かもしれない」

 

 クロノは推理し、仮説を述べる。それに賛同して、なのは達も頷いている。

 

「──わかった。ありがとう。後は、ゆっくりと休んでくれ。君達のデバイスは、こちらで修理しておくから」

 

 早々と立ち去ろうとするクロノに対し、なのはが慌てたようにそれを呼び止めた。

 

「あの、クロノくん! レイジングハートね? ただの修理じゃあ……ダメなの」

「……ダメ(、、)?」

「修理ついでに、強化する方法はないかな? それが出来るんなら、お願いしたいんだよね」

 

 クロノは訝しげになのはを見る。

 そして今度は、フェイトまでもがその要求をしてきた。

 

「バルディッシュの方もお願いしたい。今日戦った人達、本当に強かった。わたし達の力がまったく及ばなかったんだ。……また、いつこんなことがあるか分からない。だから」

 

 シグナム達には、次また魔導師を襲うようなことがあれば、次は必ず拘束すると忠告をした。

 彼女達が、再び忠告を無視するとは考えていない。──だが、行動に立場や所以があり、当人の意志に関係なく、そうするしか出来ない事情や道理があったとしたら? もしも、再び刃を交えることがあったとしても、彼女達に勝つことは出来なければ、有言実行するだけの〝力〟が手に入れられなければ、駄目なのだ。

 説得を聴かない相手を、暴力を以て鎮圧する。──このような武断的思想はフェイト自身も好みではないにしろ、時空管理局という、フェイト自身の所属する「治安する正義」は絶対である。仮にも、蒐集行為を見逃すわけにはいかない。蒐集の結果、なのはのように、突如として身に憶えのない害を被る存在が出て来る以上、その想いだけは、フェイトも譲れないのだ。

 しかし、クロノの返答は厳しいものだった。

 

「レイジングハートにバルディッシュ。──これでもこの二機は、キミ達の凄まじい成長速度を見込まれて、管理局の最新技術で整備されているんだ」

 

 そこに更なる改良の上乗せをしろと要求すれば、技術主任あたりは「贅沢いうな」と頭から火を噴いて怒るだろう、とクロノは付け足した。

 

「はっきり云うと、この二機は、既に〝完成機〟なんだ。局が持てる、ミッドチルダ流のあらゆる技術を詰め込んだ至高傑作さ。だから今の頼みは、聞かなかったことにするよ」

「ちょっとクロノくん、鼻に掛けて云う言葉じゃないでしょ? ふたりともデバイスを傷付けられて、敵にも勝てなくて、落ち込んでるんだよ?」

「……そうだな、悪かった。でも、こればっかりはもうどうしようもない。今のミッドチルダの技術レベルじゃ、安全性等の問題で、これ以上の進化・改造は施しようがないんだ」

「そう、なんだ……」

 

 ──そういえば、弾丸をリロードして魔力を精製していた魔導騎士達の技術……あれはいったい、何だったのだろう?

 ふと、そんなことをフェイトは思い返したが、生憎、羽衣狐との戦闘に気を取られて、あまり注視していなかった。なので、クロノに言及するのはやめておいた。

 

 

 

 

 

 

 労いの言葉をかけた後、クロノは、なのはとフェイトのふたりに、休養するよう帰宅を促した。

 ふたりはそうして、帰宅していった。

 

「それにしても……あのふたりが、やられちゃうなんて」

 

 エイミィが、レイジングハートとバルディッシュを見つめながら呟く。

 よわい九つにして、共に大きな困難と、数々の死線を潜り抜けて来た天才魔法少女達あのふたりと、そのふたりの、最良のパートナーデバイス。──それが揃いも揃って、手も足も出ないなんて結末は、エイミィにとっても驚きだ。

 クロノ自身も、一切として、こんな結末は想像していなかったと深慮する。

 

こっちの最新鋭機(レイジングハートとバルディッシュ)を叩き折る、謎の魔導騎士達の力ですら、驚嘆ものなのに……そんな騎士達と協力して打ち勝てなかったっていう、漆黒のヤマトナデシコの力は? ……ああ、強さのレベルが、なんかよくわかんなくなって来ちゃった」

「なのはとフェイトのふたりの力は、今や、ひとりで一般の戦闘局員、五〇名と等価だ」

「じゃあ、ヤマトナデシコは何百人? いや、何千人? そんな女の人が闇の書側の、局の敵に回ったってなると、あたし達の任務に、希望の光はあるの!?」

「正直……末恐ろしい」

 

 ガックリと肩を落とし、劇画タッチになるエイミィ。

 彼女にとって、これは士官学校を卒業して、初の大任務だ。

 それにしては、敵が悪すぎる。

 

「……冗談だよ。そんな女ひとりのために、闇の書回収の責務を諦めてたまるか」

 

 クロノの瞳に、黒い火が宿った。

 しかしふと、あることを思い出す。

 

(そういえば、あの人も今は民間協力者だったよな? ……この近くに仮の住宅を構えてるって聞いたけど)

 

 クロノが思慮しているところへ、エイミィが伝える。

 

「でも、どれだけ意気込んだって、覚悟の程は正直、無意味よね……ともかく今は奇跡を祈って、いち早く、なのはちゃん達に現場復帰して貰いたいところよ」

「ああ。レイジングハートとバルディッシュの修理に、何日かかるか」

 

 最新鋭機・レイジングハートとバルディッシュの二機には、欠点があった。

 それは、二機の補修・改造は「一般のメカニックには補修できない」ということである。改修するには、わざわざ本局へ戻って、専任の人材へ手渡さねばならない。

 連続魔導師襲撃事件の解決に充てる優秀な人材確保がいち早く要求される今、あのふたりの少女の前線離脱は、局にとっては致命打となる。現状、守護騎士の「蒐集」を止めることが出来るのは、クロノと、その部下の数十名のみ。そして、そんな人材では守護騎士の力を抑えきれるものではないことも、クロノは十分に痛感している。

 

「……?」

 

 嫌々考えていたエイミィがだが、ふと、足元に〝何か〟落ちていることに気付いた。咄嗟に屈み、彼女はそれを手に拾い上げた。

 

「これって、弾丸?」

 

 何気なく、ただ目に留まった「薬莢」を拾い上げるエイミィ。

 なんだ? とクロノはそれに目をやった。

 エイミィはその弾薬を指先で動かし、様々な角度で観察すると、クロノは目をぎょっと見開き、大きな反応を示した。

 

「エイミィ、ちょっとそれ貸してくれ!」

「え? 別にいいけど」

 

 弾薬の中身は既に空で、使用済みの状態だった。

 ──この平和な日本で、どうして薬莢が?

 クロノはエイミィに一言断り、その薬莢を自分の手に持つと、確信して、話し始めた。

 

「──なるほど、〝カートリッジシステム〟か」

「え?」

「謎の騎士達の……強さの秘密(、、、、、)さ。それが、この薬莢だ」

 

 クロノの頭の中で仮説が立ち上がり、間もなく、それが成立した。

 

「そうか、そうか……古代ベルカの騎士達なら、これが扱える」

「ベルカって、あのベルカ? かつて、ミッドチルダと双璧を成す魔法大国として、次元世界を二分化したと云われた。でも今は、衰退しているって聞くよね」

 

 クロノはうなづく。

 

「この薬莢は、古代ベルカで使用されていた技術──『カートリッジシステム』の残骸だ」

 

 エイミィが首を傾けた。

 クロノは、その云々システムの概要を説く。

 

「この薬莢の中に、あらかじめ圧縮した魔力を詰め込んでおくんだ。それを戦闘中、施条銃(ライフル)が弾をリロードするかの要領でデバイスに装填させると、デバイスは瞬時に爆発的な魔力を帯びて、圧縮されたその分の魔力を一気に放出することが可能になる。──この原理こそが、カートリッジシステムの正体だ」

「瞬時に……爆発的な魔力を? だから、なのはちゃんやフェイトちゃんは、やられちゃったってこと?」

「おそらく、そういうことになるだろうな。いくら敏腕の彼女達でも、カートリッジを相手にしては、空砲で実弾と戦っているようなものだ。攻撃力がなければ、勝負に引き分けはあっても、勝ちはない」

 

 だとすれば、カートリッジが搭載されているか、いないかで、白兵戦の結果は見え見えだ。

 どれだけの爆発威力かはわからないが、エイミィはそれによって、ひとつの提案を浮かべた。

 

「だったら、そのカートリッジシステムを、レイジングハートとバルディッシュに付け加えてみたらどう? わたしは、いい強化になると思うんだけど」

 

 先刻、クロノは「ミッドチルダ流では、これ以上の強化は不可能」と明言している。これを逆に言い換えれば、ベルカ式の強化方法でならば、まだ余地があるということではないのか?

 なのはとフェイトは、騎士達に叶うほどまでに強くなりたいと云っていた。──あの若さで焦る必要も決してないとはエイミィも考えてはいるが、そういった強化の余地(システム)の存在が明るみに出た時点で、手は尽くしてあげるべきだと考えたのだ。

 しかし、クロノの返答は渋い。

 

「いや、難しいだろうな……まだ(、、)

「えっ、どうして」

「確かにベルカ式カートリッジシステムを採用すれば、レイジングハートとバルディッシュの強化も可能になるだろう。人手不足の現状には都合も良い。──ただ、〝それどまり〟だ」

「どういう、こと?」

「強化したからと云って……『強化後の二機を扱える保証はない』ってことさ。カートリッジシステムは、取り扱いが困難を極めるんだ。大国ベルカが衰退した理由のひとつに、戦闘力を求めてシステムを普及させ過ぎた結果、これを使いこなせる魔導師が激減したことが挙げられる」

 

 へぇ~、とエイミィが相槌を打つ。本当に理解しているのかどうかは、この反応では曖昧だが。

 

「今までも、ミッドチルダ本国で『コレ』を転用しようとする実験は何度も試みられている。……でも研究の結果、判明したことは──ベルカ式カートリッジシステムは、本国の開発したインテリジェントデバイスとは『相性が悪い』ということ。もともとアームドデバイス用に開発されたシステムだから、現段階の技術力・科学力を以てしても、移植するのは難しかった」

 

 クロノは更に言葉を続ける。

 

「強大な力を手にするには、相応の〝危険〟と、それを顧みるための〝責任〟が強く問われる。本家ですら屈指の人数ほどしか扱えないシステムを、他国の者が扱えるはずもなく、システム実験は未曾有の事故が多発し、デバイスは破損、実験に参加した魔導師の多くは、魔導師としての生命を絶たれている」

 

 語られる、凄惨な過去。

 

「そんな危険なシステムを搭載させたレイジングハート達を、なのは達に『使え』だなんて云えるはずがないだろ……? もし、デバイスが事故を起こして、それに二人が巻き込まれたら、局にとってどれだけの損失になるか」

「そんな……そんな悲惨なシステムなの?」

「その危険を克服できた代償こそ大きい。守護騎士みたいに無類の強さを手に入れられる可能性は高い」

「……ピーキーなシステムってことね」

「それでも実験による被害者は続出し、技術部は、ほとんどこの研究を破棄したも同然なんだ」

 

 エイミィが頭を悩ませていた、その時。

 

 

「──おっ、子ども執務官がいるじゃあねぇか」

 

 

 ひとりの(おとこ)が、人混みの向こうから、軽い足取りでやって来た。

 古風な格好であった。

 現代の価値観では、男性が、腰まで伸びているほどの長髪をたなびかせていると違和感を覚えざるを得ないだろうが、その魁は不思議と例外で、長髪が似合っていた。

 身に纏う着流しや、古風な口使いがその違和感を正当化させているのか。ぬらりくらりと歩いてくるその方はまるで、現代の人間ではないかのように思わせるほどの異彩を放っていた。

 エイミィは、彼と初対面であった。

 

「ああ、あなたは」

「こども執務官は、うら若き年上のカノジョと真夜中の〝でぇと〟かい」

「違います」

 

 ぴしゃり、と指摘するクロノ。

 エイミィは首を傾げている。

 

「クロノ君……この方は?」

「ああ、それがね。次元漂流者なんだけど、色々あって、僕が保護した男性なんだ。ちょうど良かった。たった今、あなたを探そうとしていた所なんです」

「おいおい、オレを〝でぇと〟に誘うつもりだったのかよ」

「だから違うって言ってんでしょうが!」

 

 ──今、クロノはなんと云った?

 エイミィが懐疑する。

 ──この男性を、ちょうど今、探そうとしていた?

 エイミィには、その真意が分からなかったのだ。どうして、カートリッジが云々と、専門的なデバイスの話をしている時に、次元漂流者と紹介された、この男性を探そうなどと考えたのだろう。

 一応、年上だからか。クロノは見た目二〇代半ばの男性に対しては、敬語を使っている。

 

「あなたに少し、力をお借りしたいんです。ついさっき、次元漂流者がこの上空一帯で大暴れして、管理局魔導師四名と、他の魔導騎士三名。──合計七名もの敏腕魔導師と対峙して、それらを押し退けたそうなんです」

「なんだそりゃ。一対七で、どーやったら七の方が敗けんだよ」

 

 魁はしごく興味なさげに噺を聞いている。

 たしかに、魔導師七名を相手にして、ひとりが勝るというのは、どう考えてもよくわからない。

 

「詳しくは後日説明しますが……」

「ちょっと待ってクロノくん! この方、管理局の人なの!?」

 

 戦闘の話をしているのだから、エイミィの予想に間違いはないのだろうが、それにしても制服ではないし、どこからどう見ても一般人にしか見えない。

 クロノは説明した。

 

「なのはと同じ民間協力者なんだ。でも、腕はたしかだ。保護した僕が保証する」

 

 はるか年下のこどもに腕を見込まれた男性は、複雑そうに苦笑した。

 クロノは再び男性に視線を戻し、声をかける。

 

「それで、今云った通り、民間協力者であるあなたにも、闇の書事件へのお力添えを頼みたかったんです」

 

 それでも、男性の返答は歯切れが悪い。

 渋っている様子だ。

 

「民間のオレを泥沼の闘争(おおしごと)に引き入れようとは、なかなか非道い根性してるじゃねえの」

「大丈夫ですよ、あなたの腕なら」

 

 褒められてなお、その手に乗るか、とため息をつく男性。

 男性が何を考えているのかがよくわからないエイミィだった。

 言っていることと、浮かべている表情が、どこか異なっているのだ。

 

「ちなみに、ひとりで勝ったその次元漂流者は、黒髪の大和撫子というべき姿をしているとか」

 

 クロノが云う。

 

「マジかよ、美人?」

「ぴっちぴちの女子高生です。小学生の女の子ふたりが、憧れるような清廉さだとか。この世の者とは思えないほどに美人だそうですよ」

「決めた、引き受けよう」

 

 わざと美点を強調したクロノの表現に、意外とあっさり騙されるように引き受けた男性であった。──いや、その次元漂流者は本当に佳人だったそうなので、決して騙したわけではないのだが。

 エイミィの口角が引き攣り上がる。

 

「ク、クロノくん、この人って、もしかして」

「ああ。自他ともに認める、相当な遊び人だ。……あちょっと、どこ行くんですか?」

 

 歩を進める男性を、慌てて呼び止めようとするクロノに、男性は片目を瞑りながら振り向いて口を開いた。

 

「──時に、その噺」

「え?」

 

 ──その話?

 男性は、欠伸で出た涙が目尻に残ったまま、こちらへと話し掛けてくる。

 

「面白そうな〈噺〉が偶然、耳に入ってね。……『カートリッジシステム』……だっけ?」

「え? ああ、今僕たちが話してた」

「そのシステムの実験、オレに試させちゃあくれねぇか?」

「え!?」

 

 魁から放たれた唐突な提案に、クロノとエイミィは驚愕した。

 カートリッジシステムの話は、この魁と、出逢う前に話していた内容である。それに「試させてくれ」というのは、まるでカートリッジシステムが、まだ危険実験である事を知っているような言い草だ。

 どこかで、聞き耳を立てていたのだろうか? いや、それにしても、喧噪な繁華街の中心で、盗み聞きなどは、常人にできたものではない。

 

「い、今現在……レイジングハート、バルディッシュに匹敵しうる、ふたつの最新鋭機が局内で開発中です」

 

 フェイトの持つバルディッシュは、少なからず、コア部分や性能、変形機構などをあらかじめ設定した上で造られているが、製造者は管理局技術部ではなく、リニスという──管理局に敵対していたプレシア・テスタロッサの使い魔にして、フェイトの育て親である。その性能の全容を、管理局は把握しているわけではなく、他者が製造したそれを、局は把握できるものでもなかった。

 レイジングハートに至っては、製造者も一切として不明である。ただ判明しているのは、ユーノ・スクライアが所持していた赤い宝石を、高町なのはに譲渡したところ、なのはの想像に感応して杖の形を取ったという、極めて不可解なデバイスである。上に同じく、管理局はその性能の全容を把握できた代物ではない。

 しかし、その二機のデータを元に、管理局技術部が総力をあげて製造しているデバイスがあるそうだ。

 なんでも、性能自体がレイジングハートやバルディッシュに並ぶと、技術部が鼻を鳴らす至高傑作。

 

「そのうちの一機、オレにくれよ。無論、ただでとは言わねえ」

 

 その時発した言葉に、魁は僅かに、哂ったように見えた。

 

「譲渡のための条件は、ソイツの解明と安全性の保証だ。──オレに出来たら、その最新鋭機とやら寄越せ」

 

 男性は今度、改めてこちらを振り向き、不敵な笑みを浮かべた。

 

「オレがなってやるよ。────ミッドチルダとベルカを繋ぐ、架け橋にな」

 

 

 

 

 

 

 

 一方、八神家。

 重苦しい空気の中で、ただただ、沈黙が流れ、誰ひとり、何を発しようといけない雰囲気に包まれていた。

 守護騎士達が──事情を打ち明けたのだ。

 

「……は、何、言うとるんや?」

 

 ──その話はきっと、どっきりか、何かなんやろう?

 みんな仲良く、最後には笑い話になるような、そんな話……。

 

「『帰って来ない』って………そんな、そんなワケないやん」

 

 ドッキリだったら、もう少し、穏やかな話にしてくれな……?

 

「乙女ちゃんは、シグナム達を迎えに行っただけやで? 帰ってきたことを伝えれば、きっと今すぐにでも」

 

 しかし、はやては既に強張った表情を、笑顔に変えることは出来なくなっていた。

 シグナム達の表情は変わらない。変化のない冷め切ったその眼差しが、現実を突き付けるようで。

 ──やめて。

 そんな面白くない嘘をつくのは。

 ──ユーモア(どっきり)としては、最低な内容だ。

 はやての中に、生まれつつある願望。其れが、彼女の焦りを引き立たせ始める。

 その場に俯き、呟いた。

 

「……やっぱり。やっぱり…………!」

 

 その呟きに、守護騎士たちが怪訝そうな表情をふっと浮かべたが、

 

「──やっぱりアンタら、わたしとの約束破って、蒐集なんてしてたんやろ!?」

 

 それはすぐに、愕然としたそれに変わった。

 

「なッ」

「はやてちゃん……!」

「知って、いらしたのか!」

 

 はやては、騎士達の虚言を看破していた。「用事が出来た」などと説明しつつ、騎士全員で蒐集に出かけていたことを、既に把握していたのだ。把握していた上で、これまでは何も云わないで置いた。

 ──蒐集なんて、せんでええって、最初に言ってたのに!

 ヴィータは思わず、はやてに弁解したくなった。

 

『蒐集は全部、はやてのためなんだ!』

 

 そう云えたら、幾分かは、はやても納得してくれるのではないか? ──そんな幼稚なことを、考えたからだ。

 ──しかしだからと云って、その大義名分があれば、何をしても許されるのか?

 いや、許されはしない。はやてとの「約束を破った」ことを正当化して、結果として、乙女を家から追い出した今この状況も、「仕方なかった」などと言い逃れして、良いはずが無い。

 騎士達の独断が、こうして、はやてを──ひいては、乙女のことを傷付けたのだ。

 はやてにとって、山吹乙女は大切な女性であった。

 守護騎士よりも以前か八神家に住まい、それどころか、新参者の守護騎士たちを快く受け入れてくれた、彼女達自身にも大切な人。彼女の存在とは、今のはやてには、何よりも大切な母親代わりのようなものだった。

 それなのに自分達は、その母親を、はやてから奪った。

 

「あかんよ……約束したやんか! 蒐集なんてせんでええ……ずっと、わたしの家族でいてくれたら、それでええって!」

 

 そうだ。

 ──約束した。

 ずっと家族でいる。

 ずっと一緒にいたい……。

 ──でも。

 はやては、

 はやての身体は、闇の書によって──。

 

 

「主はやて、私達は──」

 

 

 ──ずっと、あなたの傍にいたい。

 喉元に出掛かったその言葉を、シグナムは呑み込んだ。

 云いたいが、今となっては云えない言葉。

 ──だから、そのために、蒐集をしなければならないのだ。

 あなたの脚は、身体は、闇の書によって蝕まれている。

 闇の書の完成がこれ以上、遅れれば……あなたの命が危ない。

 ──だからなのに!

 破ってしまった約束。

 そうまでして、守りたい願いと望みが「そこ」にある。

 家族として、はやてを支えたい、傍にいたいだけなのに。

 

「蒐集の理由は聞かんよ……わたしももう、何も分からん子どもやない。大丈夫、大丈夫て──検査の度に石田先生やシグナム達に掛けられる言葉と、自分の肌身で感じとる症状がズレとったら、疑い始めるのは当然や」

「は、はやて……いったいなんの話だ!?」

 

 ヴィータが目を大きくして顔をあげる。はやては、ゆっくりと頷いた。

 

「必ず良くなるて云われ続けて、でも、全然! 全然そんなことあらへんやんか……!」

 

 はやての瞳から、涙が溢れ出す。

 

「はやて……!?」

「これっぽっちもや! 何が大丈夫なん? みんな必ず良くなるよって云うけど、じゃあ、いつ良くなるん!? 病態だって、毎日ひどくなっていくばっかなんに、騙され続ける方が辛い! 苦しい……」

 

 優しさゆえの嘘なんだ、と──わかってしまった時から。

 世界が変わった。

 一度暗転して、そこからは、鮮やかに世界が見えた。

 

 

 

「わたしはもう、助からんのやろ…………?」

 

 

 

 吹っ切れた。吹っ切ることができた。

 ──周りはそんなことないよ、って励ますやろうけど、言い方は悪くても、ハッキリ云って、他人に何がわかんねん。苦しいのは自分や。もう子どもやない。見抜ける嘘も増えてくる。

 はやての瞳から、大きな雫がこぼれ落ちた。

 

「そんな時に、新しい家族が出来だんは……きっど………神様の……」

 

 悔しさと悲しみ、様々な気持ちが溢れ出し、涙がとまらない。

 

「神様の……プレゼントなんや………! だからわたしは……本当に嬉しかった……!」

 

 歯をくいしばる。それでも悔しい。

 もっと、ずっと、一緒に皆といたい。

 でもきっと、神様は皿の上に乗った幸せしか許してくれない。幸せに『おかわり』はないから、私の幸せは、これで充分なんだ。

 

「クッ……」

「は、はやて……」

「うっ……ぐすっ」

「…………」

 

 シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ。

 四人がそれぞれ、主の悲しみを受け止める。

 

 はやてを傷つけない為に嘘をつき、大切な約束を破って蒐集をして、その結果、山吹乙女を失った。

 でも、はやては病気の全てを知っていた。

 ──何が、傷つけないための嘘だろう!

 自分の非を、正当化しようとしているだけではないか。

 この少女は、心から私達を愛してくれていたというのに―――。

 

 はやてが願っていたのは、蒐集などではない。延命などではない。

 長くない自身の命に見切りをつけたはやてだからこそ、彼女は、真実と現実を自分なりにを受け止め、そして、受け入れていた。

 ──今までの主とは、本当に違う。

 彼女はただ、守護騎士と「一緒に暮らすこと」を願っていたのだ。それなのに守護騎士は、勝手な思い込みで「蒐集(えんめい)こそ願い」と決めつけ、約束を破り、一緒に暮らすことを放棄した。あるいは、自分達がただ、はやてともっと一緒にいたいと願っていたための独善からだったのかもしれない。

 そうして勝手に蒐集を始め、彼女の家族を奪った。

 責任はすべて、勝手な理屈で行動した、守護騎士にあったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜の子の刻。

 はやては、誰もいなくなったベッドで眠りに就いていた。

 ──いつもなら、傍に乙女がいる。

 わたしを抱いてくれている。

 

『──寂しい思いさせて、ごめんね』

 

 乙女が、シグナム達を探しに行く時、玄関で自分に言い残した言葉。

 あの人はもう、ここにはいない。

 帰っては、来ない。

 

「乙女ちゃん」

 

 本当にそう思ってるのなら……

 帰って来てよ…………。

 

 はやてはそのまま、深い眠りについた。

 

 

 

 

 

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