~千年狐と江戸の花~   作:樹霜師走

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 伏せられていた魁の正体が明らかになります!
 今回は、羽衣狐の故郷である世界から物語が始まります。(多少強引な感じは否めませんが……)
 京都での情勢が、原作とは異なった展開になっていますが、これは完全に自己解釈を基にした内容です。否定的にならず、そういう可能性もあったんだ、という風な解釈で見ていただければ、ありがたいですね。


畏と魔法、神出鬼没の『風来坊』

 

 

 

 

 山吹乙女、そして羽衣狐の故郷は、管理局において「第138管理外世界〝ウガヤフキ〟」という名称で呼称されている世界である。

 管理外世界であるため、魔法文明に関する物を持ち込むことは禁止されており、その世界は、魔法の概念を知らぬまま独自の歴史を築き上げて来た。

 叙事歴で云えば、なのは達が暮らす「地球」と似たような歴史を歩んで来たようにも思える。

 この世界を初めて発見した、かつての先人が──この世界は日本文化が非常に特徴的だと感慨づけられ、日本神話から取って名付けたそうであるが、その先人が、何を思って日本を注視したのか、正確な情報は掴めていない。

 ただ、この世界には魔法が存在しない代わりに──〈妖怪〉と呼ばれる種族が、夜を生きているのが現実だ。

 それが日本以外の諸国でも同様のことかどうかは定かではないが、すくなくとも日本の国では、全国各地に妖怪が蔓延り、人間社会と同じような立派な勢力を構えている。

 その勢力のひとつ、京都を拠点とする妖達が、このとき京で戦闘を行っていた。

 

「こんのぉ!」

 

 波打つ黒の長髪をした少女が、その小さな身体の何倍もあるであろう人型の妖に対し、毒蛇を飛ばし、脚を奪う。

 戦闘の渦中にいたのは──〈狂骨(きょうこつ)〉と名の付いた妖の少女であった。

 彼女が、一体の妖の動きを封殺する。彼女の毒蛇の餌食になった妖はその場に崩れ、命に別状はないようだが、身体を廻った毒により、再起不能の状態まで陥った。

 

「あと、何体いるの──!?」

 

 目の前の敵を屠り、狂骨が視線を廻す。遠方で、彼女の仲間である巨躯を持つ骸妖怪〈ガシャどくろ〉の姿もある。大きな身体で、大きな拳を繰り出し、圧倒的な殲滅力で、京都を侵略する妖達を屠ってゆく。

 

 京都はいま、荒れていた。

 

 かつて〈羽衣狐〉という大妖怪が、この都の妖の大将として君臨していた時代までは、京に蔓延る数多の妖達も、彼女の存在を畏れるあまり、沈着した状態にあった。強者も弱者も問わず、羽衣狐の権威(カリスマ)の前には、みなが彼女の〝しもべ〟となっていた。

 しかし、その〈羽衣狐〉が、数ヶ月前から居なくなった。

 それからと云うもの、京では度々、彼女の指揮から解き放たれた妖達の「横暴」が頻発するようになった。羽衣狐の領土を、奪い取ろうとする動きが見られるのである。

 そのような無礼を働く連中を、羽衣狐勢力に反抗したがりな新興組織、とでも云っておこうか? 狂骨やガシャどくろは、これまで羽衣狐が支配して来た土地(みやこ)の「畏」を横取りする醜類に制裁を加えるため、こうして、妖同士の〝化かし合い(いくさ)〟に駆り出される日々が続いているのだ。

 連日連夜の戦と云っても、所詮は、羽衣狐の崇高な〝畏〟も分からぬ三下の妖共が、手蔓で徒党を組み、粋がっているに過ぎない。取るに足らない力量しか持たぬ妖共では、確立した強い畏を持つ、狂骨達の相手にはならないことの方が多かった。

 しかし、それでも、時には強大な力を持った風雲児が、京に蔓延る強い闇を求め、頭角を現すこともある。狂骨達も、この戦漬けの日々の中、常に圧勝、というわけにもいかなかった。

 今回はまさに、そのようなケースであった。

 真宵に包まれた京都市内の長老ヶ岳。山岳の奥地を勝手に根城にしていた叛徒(はんと)に対し、先んじて襲撃を仕掛けた狂骨達が、苦戦を強いられるほどの大抗争となっていた。

 竜のような姿形を取った有翼の妖が、背後上空より狂骨に襲い掛かる。完全に虚を突かれた少女の身体は痛覚を憶えると同時に、空中へと連れ出された。

 

「な、何しやがんのさ、こんのぉ!」

 

 狂骨はジタバタと必死に抵抗したが、竜の脚に羽交い締めにされた状態では、脱出の術もなかった。

 竜はみるみる上昇し、高度が上がってゆく。

 こんな高さから放り出されたら、ひとたまりもないな。──そう狂骨が腹の中で吐いた時、眼前に、また別の竜が迫った。二匹の竜は互いに身体を激突させ、互いに牽制し合う。どうやら、一匹の〝狂骨(えもの)〟を巡って、争っているようだ。まったく統制が執れていない。なまじい弱点である。

 ──でも、このまま大人しく、エサになってやるわけには……!

 こんなところで死んでやるわけには行かない。

 ──わたしには、京の都と例の殺生石(・・・・・)を護る使命があって……あの御方(・・・・)の帰るべき居場所にならなければいけないんだ!

 狂骨が竜を睨み上げる。

 次の瞬間、竜の腸が何か〝光の柱〟のようなものによって貫通し、蛇のような体躯が、ボロボロに崩れ去った。

 狂骨は咄嗟に竜の脚から解放されたが、浮遊の術を持たぬまま、そのまま、荒々しい山岳の急斜面へと急速に落下していく。悲鳴を上げる少女の身体を、黒い礼服を着た男が空中で抱き留めた。

 

「まったく、世話のやける仮大将だな」

「う、うるさい!」

 

 それは、空を飛べる翡翠色の(ハネ)を持つ妖──〈しょうけら〉である。

 麗しい白髪の長髪。端正な顔立ちは、二枚目と呼ぶに相応しく、彼もまた、狂骨やガシャどくろと共に、この京都で戦っていた。

 ふたりが山岳へと大人しく着地すると、大方、京妖怪同時の戦は終わっていた。

 勝敗は、やはり狂骨達の勝利であった。苦戦こそしたが、今回も無事、羽衣狐が取り仕切る領土を護り抜くことが出来たのだ。 

 

「終わったか。……白蔵主(はくぞうず)、みなを連れて戻って良いぞ」

 

 呼ばれた巨躯をした妖が、狂骨達と共に戦った妖達を連れ、遥か遠くへ飛んでゆく。

 長老ヶ岳には、狂骨としょうけら、そしてガシャどくろたる、京妖怪の大幹部たる面々だけが残された。

 

「やはり~、羽衣狐様が居られなくなってから、雑多な妖共が、我らより造反し始めてますなぁ~」

「仕方あるまい。我ら京妖怪は、もともと〝一枚岩〟ではないのだから」

 

 ガシャどくろに、しょうけらが言葉を返した。

 今回の戦は、はっきり云って、仲間割れである。

 この妖怪世界には、勢力が多数、存在している。奥州を占める遠野や、関東一円の世話をせしめる奴良組。──それぞれが「一家」や「組」という名称の許に、ひとつの共同体としての勢力を築いている。

 だがしかし、一方の京妖怪には「それ」がない。

 京妖怪は──「京妖怪」なのである。

 それは組でもなければ、一派でも一家でもない。云ってしまえば、目的こそ同じだが、願う野望や求める利権はそれぞれに異なる者達の大規模な〝徒党(よせあつめ)〟──共同体・組織と云うにはほど遠く、から云って、鳥合の衆と形容するには、これを従える主の(ちから)が大きすぎる。

 狂骨のように、羽衣狐自身の〝畏〟に魅せられた者も点在するが、彼女の手下の大半は、羽衣狐のやや子である〈(ぬえ)〉が誕生した途端に、鵺派へと勢力を鞍替えした。

 つまり、総大将が、しっかりと定まっていないのだ。

 その鵺も、今は現世には居らず、羽衣狐も京都に居ない──このような情勢では、新たに代わって京の支配権を握ろうと躍起になる者達が現れても、不思議ではない。京妖怪の多くはもともと、羽衣狐が闇の主(ぬえ)を産むまでに連れ従っていただけなのだから、その目的が果たされたこの当期、主を失い、暇を持て余した者達が、このような暴挙に出るのは必至であった。

 

「京は羽衣狐様(おねえさま)が治めるべき土地。誰にも渡すわけには行かないわ」

 

 その言葉を何度聴いたか、としょうけらが呆れるほどに、狂骨のその発言は常套句となっていた。

 それだけ、狂骨が羽衣狐の帰還を心より切望しているということではあるが。

 

「まあ、今回も何事もなくて良かったですじょ~」

 

 がしゃどくろが一息つくと、その瞬間、しょうけらの眼の色が変わった。

 

「……いや、まだのようだ」

 

 その一言で、狂骨らふたりの貌が、一層に引き締まる。ガシャどくろの場合、引き締める皮はないが、剣呑な気を立てたのは間違いではなかった。

 闇が────迫って来ている。

 感じたことのないほどの、莫大な邪気、妖気が。 

 

「……気味が悪いわ」

「警戒すべきだな」

 

 ──先ほどの連中の、残党か?

 しかし、そう捉えるには、邪気が強すぎる。

 次の瞬間、三人の眼前に──巨大な〝空間の亀裂〟が奔った。

 

「──!?」

 

 ピシィ! という音を立てて──空間が裂けるように割れたのだ。

 視認した一同の目が、驚愕に見開かれる。

 

「な、なに!?」

 

 妖としても人生経験の浅い(おさない)狂骨は、見たこともない事象を前に、完全に呑まれた(・・・・)

 動揺という感情を憶えたその途端、少女の身体が、その亀裂へと吸い込まれてゆく。まるで、強大な引力に引き寄せられるかのように。

 

「な、なに? なんなのぉ!?」

「うほあああああ~っ!」

 

 引力に抗おうと、必死でその場に踏ん張る狂骨が視線を廻せば、ガシャどくろもまた、同じように〝亀裂〟に向けて吸い込まれ始めていた。──質量が大きいだけに、ガシャどくろの足先は既に、亀裂に飲み込まれている。

 ──長寿だからって、アレを恐れないわけじゃないってこと……!?

 ガシャどくろもまた、こんな現象を目の当たりにするのは初めてだったのだろう。平安時代から生きている彼は博識だと思っていたが、恐れに呑まれた結果、下半身を吸引されてしまっている。

 よく見れば、しょうけらも吸い込まれている。

 

「…………神の裁きか?」

「阿保なこと云ってないで、なんとかして~!?」

「おたすけ~!?」

 

 ガシャどくろの頭部に乗っていた狂骨であったが、咄嗟にその場から跳躍して〝亀裂〟からの距離を開く。吸い込まれていくがしゃどくろを、申し訳するつもりはないが、見殺しにするつもりである。

 

「狂骨~ッ!?」

 

 ──裏切ったな、この小娘(ガキャ)ああああ~~っ!

 既に半身を呑み込まれたガシャどくろは、うつ伏せの状態で必死に地面にすがるが、その引力には到底かなわない。

 

「嗚呼、神よ。どうかお許しを──」

 

 言い切る前に、しょうけらは、頭部から「しゅぽっ」と完全に吸い込まれてしまった。

 狂骨の貌が青く染まる。

 

「うわ、全然許されてないし」

 

 地獄絵図だと狂骨は恐怖し、何が何でも逃げ延びようと必死になった。

 しかし、

 

「抜け駆けは許さぬぞぉ、このガキャァァァァァーッ!」

「ひぃ~~~~っ!?」

 

 抜け駆けは許されず、仲間であるはずのガシャどくろが、狂骨へと腕をを伸ばした。

 彼女の脚を「逃がさん!」と言わんばかりに掴み取ると、狂骨はその場に鼻から転倒した。

 

「へぶっ!?」

 

 ──もう駄目だ。

 そう二人は確信した。

 

「共に死ねて光栄であります~っ!?」

「キャ、キャア~~ッ!?」

 

 そのまま、狂骨も吸い込まれてしまった。

 

 

 

 

 

 第十一話。

 畏と魔法、神出鬼没の『風来坊』

 

 

 

 

 

 桜台登山道。

 そう呼ばれる、海鳴市の小高い山奥には、今となっては誰も訪れず、誰かがその存在を知っているかどうかも疑われるような、名もなき小さな祠があった。

 こちらの世界では、なのは達と羽衣狐との戦闘から、既に三日が過ぎていた。

 レイジングハートの修理も終わり、それは早速、なのは手元に戻って来ている。なのはは今、例の名もない祠を前に、山奥で自主鍛錬に励んでいた。

 

「ダメだ。このままじゃあ、あの(ひと)に勝てない……!」

 

 羽衣狐となのは達の間にあった実力差は、誰が見ても圧倒的だった。

 三日やちょっとの修行ごときで、対等に渡り合えるような存在ではないのだろう。

 だが、諦める訳にも行かない。

 レイジングハートは、クロノによって「これ以上の強化・改良が見込めない」と断定されてしまっている。正確に云えば、改良の手立て自体はいくつか列挙できるようだが、それらの手段は、いまだ有効な実験が進んでおらず、現段階のミッドチルダの技術では実施できないらしいのだ。

 

 ──装備の充実が見込めないのなら、なのは本人が強くなる他に道はない。

 

 なのはやフェイトが扱うデバイスは、共にインテリジェントデバイスと呼ばれ、コンピュータに本来存在しないとされた「意志・感情」の類の概念を持っている。

 この画期的な「武装」が登場した当初は「人工知能を搭載したデバイス」として一概に呼び捨てられていたが、それらは今や「武器」という無機質な表現の許に扱われるべきではなく、命を預けあうほどの「パートナー」として扱われるべきである、なんて、かつての学者の発言が、あまねく魔法世界の学会では尊守されていたりもする。

 なのは本人も、その言葉が訴えようとしている本当の意味は何なのか、完全に理解しているわけではない。

 そもそものインテリジェントデバイス自体、すでに解明され尽くした代物ではなく、感情を持った一個体を「こうである」と断言できるものではない。

 デバイスのそれぞれが、主との相性によって未知の可能性(ポテンシャル)を秘めているため、完全に理解できるものでもないだろうが、彼女はこれまでの実戦経験を経て「共に高め合ってゆける、友達のようなもの」として認識していた。

 

(わたしがもっと強くなれば、レイジングハートも、それに応えて強くなってくれるはず)

 

 物理的な強化は見込めずとも、レイジングハートが未知の力を秘めている以上、それを引き出せるかどうかは、なのは自身に懸かっている。

 高度な意志疎通が可能となれば、本来の実用性を遥かに超越したパフォーマンスが期待でき、学会で評された言葉を借りれば、「1+1」を「5」にも「10」にもする可能性を秘めているのが、インテリジェントデバイスの利点だそうな。

 だからこそ、なのはは今、ここで鍛錬に励んでいる。

 

「……トレーニング、再開!」

 

 目を瞑り、レイジングハートを持たない状態で、ひとつの魔力弾を生成させた。

 光の矢、ディバインシューターである。

 これを、目の前に落ちている空き缶に当て、空中へ弾き飛ばす。衝撃で空き缶が宙に舞った所をさらに追撃し、それが墜落する前に、さらに高くまで弾き飛ばしてゆく。缶は絶え間なく衝撃を浴び、魔力弾は鋭敏な動きでこれを猛追する。何十、何百と、墜落の隙すら与えずに、なのははひたすら、魔力弾で缶を連打した。

 一方のレイジングハートは、ヒット数のカウント係に徹していた。レイジングハートのカウントが「200」という驚異的な数値を叩き出した所で、缶が衝撃に耐えきれず、遥か上空の彼方で破裂した。

 

「はぁ、はぁ」

 

 なのはの身体が、その場に崩れ落ちた。

 小学校三年生の女の子には、些か過酷なのではないかと見て取れるほど、困憊とした様子だ。そんな彼女を労って、レイジングハートが声を掛ける。

 

〈It is tired with labor ... and I am sorry to be unable to give a help. Master〉

(お疲れ様です。大した役に立てず、申し訳ありません)

 

 なのはは額の汗をハンカチで拭い、切らした息を懸命に整える。

 そして、弱々しく笑顔を浮かべた。

 

「いいんだよ、そんなこと言わないで。そもそもこれは、レイジングハートが役に立つためのトレーニングじゃないんだしさ」

〈Sorry...〉

 

 ところで、レイジングハートから見た「高町なのは」という少女は、まさに、天才的な才能に恵まれた魔法少女である。

 高町なのはが、魔法少女としての覚醒を迎えたのは、驚くべきことに今年の四月になってからである。それ以前の彼女は、どこにでもいる、平凡な女の子だったのだ。

 それが、たった数ヶ月で、驚くべき成長を遂げた。

 前向きな性格や、家庭環境によって培われた気概──あるいは根性というべきか──確固とした意志の強さが、自身の驚異的な才覚と相まって、数ヶ月前の『ジュエルシード』を巡る抗争の中で、Aランク魔導師であったフェイト・テスタロッサと刃を交え、それに引けを取らぬ獅子奮迅の活躍を見せる。

 しかし、才能ばかりに頼っていては通用しないのが──守護騎士のような歴戦の猛者達である。

 長らく生き、幾多もの修羅場を乗り切って来たであろう彼女らには、才能頼りの〝デタラメ〟の類は通用しない。ならばやはり、正攻法の鍛錬で追いつくしかないと、なのはも理解しているのだ。

 

 一方のレイジングハートは、なのはの、今の鍛錬方法に不満を持っていた。

 

 いや、鍛錬自体は確実に効果があるため、異議はないのだが。

 ここ数日、なのはは「レイジングハートを使わない状態での鍛錬」しか行っていないのである。

 レイジングハートに、これ以上の強化を見込めないと云われてしまった結果、なのはは途端、自分ひとりで鍛錬を行うようになってしまった。

 ──まるで、すべての責任を、ひとりで背負うかのように。

 溢れるのはもどかしさ。──役に立ちたい。レイジングハートの中に、鬱屈とした複雑な感情が入り乱れていた。

 その場に崩れていたなのはが、ふらふらと立ち上がる。

 

「おみずーっ」

 

 覚束ない足取りで、付近の水道まで駆ける。

 蛇口は上向きと横向きのふたつがあったが、わざわざ膝を折るのも億劫だったようで、なのはは上向きの蛇口をきゅっ、と捻り、

 ブシャアアアッ

 水を噴き出し、大量の水飛沫を顔面に直撃させた。

 

「あばっ、ぶぅっ!?」

 

 疲労のせいか、思いのほか強い力で蛇口を捻ったらしい。

 咄嗟に蛇口を閉め、なのははすぐに、顔を濡らした大量の水をハンカチで拭った。ハンカチがびしょびしょになった所で、なのはは首を振り回し、顔を真っ赤にながら辺りを見回した。

 

 ──誰も見てないよね! 恥ずかしい!

 

 しかし、誰の姿も見当たらず、なのはがホッと胸を撫で下ろす。

 桜台登山道は、街の外れの、閑散とした小山の上に位置している。

 ここまで辿り着くためには、山の急斜面を登る長い階段が待ち受けている。古くからの信仰がありそうな神社ではあるが、年配者には些か、その階段が苛酷を強いる。反対に、寂れた神社、という表現も見方によっては出来るため、今時の若者が好んで集まるような場所でもない。

 人目を憚れる穴場な地点。──集まって来るとしたら、悪行を画策するヤンキーくらいのものであろう。

 もっとも、人気のないような場所だからこそ、なのははこの場所を自主トレーニング場として拝借しているのだが。

 

「あーもう、思い出しても恥ずかしい声あげちゃったなぁ……」

 

 ぱっぱと湿ったハンカチを払いながら、なのははふうとため息をついた。

 その時、声が聞こえた。

 

「あばっ、ぶぅ! ──ってかい?」

「うん、やっぱりレイジングハートも見てたんだ。あなた以外誰も見てなくってよかったよ~」

 

 そう言い切った後、なのはの身体が、ぴしりと硬直した。

 ──レイジングハートって、日本語、話せたっけ。 

 思えば、今のは(・・・)完全に、男性の声だったような気がした。

 途端、なのはがぐるん、と凄まじい勢いで声のした方を振り返る。

 ぎょっとして、紅いのか蒼いのか分からないような表情を浮かべるなのはは、視界の先の祠、その石階段に坐す…………

 

 

 ひとりの────(おとこ)を見つけた。

 

 

 黒い羽織と股引、寅縞模様の着流しを、粋に着こなしている。

 髷のように結われた癖の強い黒髪は後ろへ大きく棚引き、不思議と質量に欠けたそれは、風になびいてふわふわと躍る。

 魁の片眼は自然か、あるいは意図的にか、光を拒むように閉じ瞑られており、もう一方の隻眼は、金色の耀きを宿す。

 その風貌は────まさに古風。

 奥の院の手前に腰かける、好色な魁。

 謎めいた雰囲気と相反して、男性は肩を震わせながら、感情を包み隠さず露骨に少女を呵っていた。

 

「こいつは失敬。眺めてるだけつもりが、あんまりの奇声だったもんでよ」

「~~~~!!」

 

 表現し難い感情に、なのはが表情を忙しく紅潮させ、蒼白とさせた。

 魁の呵いが沈まる。

 空気が鎮まり、なのははすぐに、目の前に据える…………いや、突然として現れた(・・・)魁を誰何した。

 

(誰、だろう……役者さん?)

 

 現代では珍しい、和風の異装……あるいは、衣装?

 映画の撮影か何かが、この近くで行われているのだろうか? だが、周囲には気配はなく、その男性以外の姿は見えない。

 魁があまりに如才なく話し掛けて来たことで、思わず誤解してしまいそうだが、ふたりは確実に、初対面だ。

 そもそも、さっき辺りを見回した時、この人の気配は無かったというのに。なのはは不意に訊ねていた。

 

「そのぉ……、畏れ多いことを伺いますが、どちら様でしょうか……?」 

 

 なのはが丁寧に訊ねると、魁は一瞬、優しい貌を浮かべた。

 不敵に呵い、答える。

 

「畏れ多いことはないさ。おれはちょいと前にこの街に越して来たんで、今日はたまたま、月参りに来てたんだ」

 

 月参りとは、月ごとに社寺を参ることである。

 魁が、なのはから視線を外す。

 背後の祠を振り返りながら、言葉を続けた。

 

「しっかしまあ、ずいぶんと寂れた神社だなあ、ここは。まさか、嬢ちゃんみたいに可愛い娘がいるとは思わなかったよ」

 

 可愛いという賞賛の言葉を素通りして、なのはの肩がビクリと震える。

 その手の褒め言葉は、朴念仁のなのはには、何の効果も発揮しないのである。

 

「あっ、いえ。わたしは……」

 

 ──なにも、お参りをしに来たわけではないんです。

 冷や汗をかきながら、その言葉が不意に、彼女の喉元まで出かかった。

 

(……とは云えないよね。じゃあなんだ、って訊かれた時、答えようがないもの)

 

 あの魁が一般人である以上、魔法についての公言は禁止事項でしかない。

 仮に、返事を濁して「トレーニングをしていた」なんて返せば、おそらく魁は興味を持って、この話に食いついてくるような気がした。

 ──失礼ながら、それぐらい〝暇そう〟に見える。

 だが、なのはとて、決して悪い意味でそう感じたわけではなかった。

 魁が浮かべているのは、飄々としていて、一見すると軽薄に見えるほどの笑み、余裕の類だ。悠然と構える風情は、まるで時間に追われる平成の時代に産まれた者とは思えないほど自由で、後天的な奔放さを感じる。

 返答に口篭もっていると、魁の方から口を開いた。

 

「この神社はさ、街の平穏を護る力を持ってたみたいでな」

 

 この神社は、もともとは古墳だったらしく、標高が高く、空に近い上にここは海が近いため、天海を統べるとされた、立派な豪族のために造られた祠であった。

 元々は映えある「一族の繁栄」を願い建設された、大昔からの土地。

 明治まで続いたその一家は、しかし、農地改革を期に没落し、政府に土地を取り上げられると、運良く祠は取り壊されることもなく残された。やがて、周辺一帯の住民が「街の繁栄」の願を祠に掛けるようになり、天地内外、共に平成の世が来てからは──誰の土地でもなく、この街の、海鳴の平穏を願うようになったそうだ。

 そのような説明を受け、なのはが感心する。

 

「知らなかったです。……それじゃあ、後でわたし、祠にお祈りしていきますね。そうしたら、明日も明後日も、この街は穏やかに平和でいられるんですよね?」

 

 なのはが意気揚々として返す。

 しかし、魁は苦笑した。

 

「……どうだろうな」

「えっ?」

「誰も参らなくなった神社の〝土地神様〟ってヤツはさ、力を失って、その内、消えるんだ。……此処、最近は誰も来てねぇようだし」

 

 云うと、魁は腰を上げ、石階段の上に立ち上がった。

 同時にその表情には一転し、剽軽で、一見すると、軽薄にさえ見えるほどの笑みが浮かんでいた。

 

「……はは、脅すようなこと云ってわりいな。だからって、今日や明日に街の平穏が崩れるわけじゃねぇ。今のは、ただの迷信だ』

(……あながち、間違っていないような気もするけれど……)

 

 なのはが遠い目を浮かべ、逡巡する。

 海鳴市の環境が急変し始めたのは、ごく最近のことである。正確に言い当てれば、今年、しいては、今年度の春からだ。

 四月の頭。なのはは、負傷したユーノ・スクライア少年と出逢った。それが、彼女の戦いの始まりであり、人生の大きな分岐点となった。ロストロギア「願いを叶えてくれるとされた宝石(ジュエルシード)」を巡って、海鳴市では幾度となく戦闘が巻き起こった。

 五月上旬における、時の庭園での決戦を期に事態は終息したが、六月に入ってから、今の状況はさらに、別の方向へと動き出した。

 守護騎士が現れ、そして……。

 

「ま、今は土地神様こそいねえが」

 

 魁の声は、石階段の方から紡がれ──

 次の瞬間──なのはの背後から響いた。

 

「嬢ちゃんみたいに強え〝魔法少女〟が居てくれるなら、この街も安泰ってところだろ?」

 

 なのはの表情が、凍った。

 咄嗟に、背後を振り返る。──しかしそこには、誰も居なかった。

 

「……えっ!?」

 

 魁の姿が、消えた。

 なのはは咄嗟に、レイジングハートを展開し、手に取っていた。

 ──魔法少女であるということを、知っていた?

 いや、それはいい。

 ──いったい、どこへ消えた……!?

 祠の方を向くが、其処には既に人影はない。それよりも今の〝声〟は、たしかに背後から聞こえた!

 警戒する必要は、充分にあった。

 

「あなたは、いったい……!? 管理局の? それとも、守護騎士の仲間なの? どうして、魔法のことをっ」

 

 魁の真意を訊ねる、が──次の瞬間、気が付くとなのはの身体は翻っていた。

 両脚を払われたのか、空中へ転げた少女の小さな身体。──逆様になった体躯の右脚を、魁が正確に掴み取っている。その口元には、愉快そうな笑み──……

 

「詮索は無しだ」

 

 言下、魁が身を(まわ)し、遥か遠くへと、少女の身体を投げ飛ばした。

 

「ひあっ……!?」

 

 脳が揺れ、状況に理解に苦しむ。

 すぐさま空中で身を翻し、着地と同時に地を滑るような勢いを殺すと、即座に顔を上げた。魁はやはり、なのはが居た場所に顕現しており、眉を顰めた。

 いつから、あそこにいたというのだろう。

 

「過酷な自主トレーニングの後だろうが、休憩も挟んだ。準備運動は万全だろ?」

「ッ……。やっぱり、見ていたんですね……!」

 

 トレーニング中は小さな結界を張り、目撃されぬよう、念には念を入れていた。

 魁はその結界の中に潜み、挙げ句、気配を消していたというのか。

 ──なぜだろう。

 なぜ、なのはも、レイジングハートも、この人が同じ結界の中にいることに気付なかった? トレーニングを行っている自分を、なぜ泳がせておいたのだろう?

 なのはが身構え、警戒態勢を取る。

 魁は笑み、なのはの額からは、冷や汗が零れ落ちる。辺りがひんやりと冷え込んで来たのは、気温が下がったからじゃ……ないのだろう。

 

(これに似た力を知ってる)

 

 身を刺すような暗の脅迫。言い知れぬ戦慄。おそれを抱かせるオーラ。

 これはたしかに、漆黒のヤマトナデシコが使っていた「ソレ」に似た、恐怖による力──。

 

(あの人の……仲間!?)

 

 だとすれば、油断は絶対に禁物だ。

 なのはは表情を固め、答えた。

 

「わかりました。でも、銃を抜いたからには、容赦はしませんからね」

「いいねぇ、その科白」

 

 魁はまるで愉快そうな貌を浮かべ、戦闘を両手を拡げ迎え入れた。

 先に動いたのは、なのはだった。

 

「行くよ、レイジングハート!」

〈Yes. My Master〉

 

 なのはが、三日ぶりにレイジングハートを構え、戦闘態勢を取る。

 突然、吹っ掛けられた戦闘の上、相手の魁の素性も知れないのでは、この戦いが理に叶っているとは思えない。しかし、魁の見せる「余裕」の色は、少女に一切の手加減を許さない。

 ──次は、何を仕掛けて来るのか?

 ──いったい、どれだけ強いのか?

 ──彼は何者で、何が狙いなのか?

 頭に浮かぶのは、未知なる存在への〝恐怖〟ばかりだ。──それが、普段は気丈な彼女の精神を、ひしひしと蝕んでゆく。

 紅く輝く大きな宝石が、やがて変形し、純白と金色の杖へ変容を遂げる。純白の外衣、バリアジャケットに身を包んだなのはは、構える砲口の先を、泰然と構える魁へと固定した。

 

「ディバインシューター・シュート!」

 

 空気中に生成された八発の魔力弾が弾け、魁へと発射される。魁は得物を持っていない……おそらく、今は隠しているのだろう。まずはそれを確認し、魁が遠近、どちらに重きを置いた戦闘を得意とするのかを把握したい。

 魔導師経験の浅い、今のなのはでは、近接戦闘に持ち込まれれば勝機を失う。

 敵との相性を調べるのは、何より優先事項だ。

 ディバインシューターすべての軌道が、直線的に撃ち放たれている。

 まずは安易な攻撃を回避させ、反撃を待つ。しかし、男は踊るように身体がくねらせ、弾丸を回避、それでいて、反撃はして来なかった。身を翻すと共に、彼の黒い長髪が舞う。

 

「リターン・アクセル!」

 

 目に捉えられる程度の速度の、ストレートが回避されるのは当然のことだ。

 通り過ぎた弾丸が、弧を描いてターンを決めた。密集状態から拡散すると、今度は四方八方から男性を取り囲み、更に加速して一気に強襲する!

 全方位からの攻撃には、回避の術はない。切り払うか、防ぐかだ。

 

「!?」

 

 だが、期待は外れた。全方位からの強襲は、いつの間にか、回避されていたのだ。弾丸は、誰もいない場所を襲い、空を切った。

 ──……いや、違う。たしかに男性は〝あそこ〟にいた。

 それなのに弾は、空振りに終わった。なのはは目を疑った。疑うことしかできなかった。トレーニングの甲斐あってか、決して弾道の制御を誤ったわけではない。

 男性を狙ったはずなのに、男性は全然違うところにいた!

 

(瞬間移動……?)

 

 魁の動きは、まるでなのはの戦い方を品定めするかのようだ。

 なのはの行動ひとつひとつに粗を探し出し、その後も続いた猛攻に対して、反撃を予感させる挙動さえ見せようとしない。ことごとく、その瞬間移動のようなもので、なのはの視覚を騙し、弾丸を回避していく。

 

「距離を開けば〝二重丸〟──さて、次は」

 

 次の瞬間、魁が、一瞬にしてなのはの眼前に詰め寄った。

 少女の目が、驚きに見開かれる。

 ──いつの間に、接近を許した?

 即座に後退するか、障壁を展開するか、レイジングハート構え直して反撃に出るか。

 行動を選んだなのはであったが、完全に反応が遅れていた。彼女が武器を持ち直すことは叶わず、脇腹に痛みが迸る。魁が少女を蹴飛ばしたのだ。かろうじて障壁を展開したなのはは、地面を引きずられながらも、すぐに態勢を持ち直す。

 

「蹴りじゃなかったら、今ので終わってたぜ?」

 

 ──侮られた?

 なのははその言葉に、反抗的な目つきで返す。

 

「じゃあ、どうして〝終わり〟にしなかったんですか!」

 

 魁を軽蔑し、

 

「敵か味方かも分からないまま、本気なんて、出せるはずありません! 見損なわないで下さい!」

 

 声高に叫ぶ言下、高速移動魔法フライヤーフィンを発動する。魁の死角へと一瞬で回り込むと、砲口に魔力刃を展開し、槍の要領で魁の背中を貫く!

 魁の身体は、凄絶な一撃の直撃を許すと同時に、盛大に張り裂けた。

 

「えッ!?」

 

 身の毛がよだち、戦慄した。

 本気でやりすぎてしまったかもしれない。ちょっと、ムキになって……。逡巡するなのはの意識を現実に引き戻したのは、何処からともなく、空間に響いた魁の声であった。

 ──よく考えれば、貫いたにしては、手応えがなかった。

 確認すると、大きな風穴の空いた男性の影は、ドロリと空気に溶けいるかのように、ほんのりと霧消し始めていた。

 

幻影(まぼろし)──ッ!?」

「敵か味方か、か」

 

 背後から声がする。砲口を構え直すと、無傷の男が、眼前に佇んでいた。

 少女が息を呑み、魁が不敵に呵った。

 

「それは────オレに一撃でも当てられたなら、教えてやるよ」

 

 挑発的な、それでいて超然とした態度は、しかし、虚勢とも思えぬ魁の力を暗に代弁している。本気ではなかったと云え、なのはの速度に反応し、フライヤーフィンを発動した彼女の背後を取るなど、並大抵の者にはまず不可能だ。

 魁は次の瞬間、飾られたシルバーのネックレスを、その掌で包み、握り締めた。

 

ハクトウラ(・・・・・)──〝マトウ〟ぜ」

 

 その声が、何かと呼応する。

 なのはの中で、聞き覚えのない単語ばかりが紡がれた。

 何の変哲も無かったシルバーネックレスが、やがて白銀のヒ首に変貌を遂げ、魁の右掌に収まってゆく。混乱するなのはに対して、レイジングハートがいち早く呼びかけた。

 

〈Master! That is an intelligent ... or an armd type !! 〉

(あれは、インテリジェント……いいえ、アームドデバイスです!)

 

 アームドデバイスは、インテリジェントデバイスと比べ、近接戦闘に秀でた形状をしているのが特徴的である。ヒ首という武器の型。何よりヴィータ達が使っていた、見覚えのあるシステムを搭載させている、武器の外観。

 それを、魁が所持していると云うことは──

 

〈 He's their ally!! Let's go by best full open !! 〉

(あの魁は、騎士達の仲間です! 本気で戦わなければ、負けてしまいます!)

「わかってる……わかってる、レイジングハート! でも、あれは……っ」

 

 魁の持つデバイスは、なのはの眼には──どこか〝異質〟な代物に見えた。

 通常、スタンバイモードからデバイスを起動すると、起動主にデバイス付属の「バリアジャケット」が自動生成される。守護騎士の場合、其れを「騎士甲冑」と呼び慣わすが、いずれも同等の性能を誇る、対魔力用の防護服である。そして其れは、どこまで行っても「外套」の域を超えることはない。

 つまり、起動主本人の風采を、直接変貌させるものではないのだ。

 しかし今、なのはの目の前には──……。

 

 白銀の刀身から溢れ出る、燦然と輝く無量の粒子が──魁の身体を蝕むように体内へ流れ込み、魁の風貌を変容させてゆく。

 

 魁の衣紋が、まるで墨滴で乱雑に塗り潰されたように変色して往く。

 ドス黒い外套が魁の身体を隅々まで覆い隠し、癖が強く、色艶な黒髪には紅蓮の紋様が浮かび上がって。寅縞模様の着流しは、一面として墨のような黒煙のような「魔力」によって染め上げられていく。

 ドロドロとした魔力の粒子が、全身を纏う。

 幻妖なる〝怪物(もののけ)〟が──其処に産み落とされたように。

 

あれ(・・)が本当に、魔法の力なの……!?)

 

 悪鬼。そう喚ぶに相応しい。

 まるで其奴は、悪鬼羅刹のようであり。

 黒き鎧に身に纏い。髪は紅い。余人には悪魔を連想させ、その双眸は、滾るように黄金色に煌めいている。

 言い知れず、計り知れず、凄まじい妖気が、なのはを襲った。

 無量の邪気が暴風となって、閑散とした古の神社に吹き荒れた。

 

(こ、わい……!)

 

 少女の口中で、その呟きは無意識に零れていた。

 あんな力は、知らない。

 ──畏怖。

 不安と恐怖を誤魔化すため、拭い去るため、無理にでも少女は砲口を構えた。

 しかし既に、標的は其処にいなかった。またも、消えていた。

 

「〝マトイ〟──」

 

 魁が、なのはの背後に顕現する。

 白光を煌めかせた刃を翳している。

 なのはが威圧を受ける元凶。魁が放つ圧倒的なまでの「存在感」が──その掌の刃に〝収斂〟したように感じた。妖気のすべてが──その刃に一心に収束している。

 

『──〝羅刹天(らせつてん)可畏阿坊(かいあぼう)の剣〟』

 

 魁から放たれる邪気が、暴風となって吹き荒ぶ。

 銀の刃が振り下ろされるよりも前に、少女は条件反射に飛び退き、その一撃を回避した。

 魁の剣技は宙を切り、大地を叩き付けた。地面が炸裂し、衝撃の余波が、木々を凪ぎ払う。大砲が着弾したかのように、巨大な噴火口が地面に顕れる。

 斬撃を外した魁。

 其奴は、肩を抱き、ガクガクと震撼している少女に視線を移した。

 

「ッ……………!!」

 

 少女の脚は震え、膝が笑っていた。

 驚愕や恐怖も、声にはならない。

 勇気も元気も、湧き上がって来ない。

 立っているのがやっとのような、儚い少女に、魁は追撃を仕掛けなかった。

 そんな少女に、たったひとつだけ、質問を投げ掛ける。

 

「ひとりで戦うってのは、どんな気分だい?」

 

 肩にヒ首を乗せ、飄々と訊ねる。

 ──たとえば……〝怖い〟とか。

 心細いとか。

 心許ないとか。

 魁から投げかけられる、素朴な問い。

 

「だから、震えているんじゃねぇのか」

 

 頼れる者も、信じられる者も共にいなければ。

 魁は幽遠な貌を浮かべ、周囲の新緑を見回しながら、言葉を紡いだ。

 

「人間ってのは、決して強いもんじゃねぇ。でも、だから頼ることが出来るだろ? 命預けて、そいつと──」

 

 魁が、言葉を続けようとした。

 しかしその先は、飛来した一発の〝雷撃〟に阻まれた。

 

「!」

 

 魁はハッとして、背後から鬼気として迫る気配を感じ取り、投擲された雷槍を回避した。それも束の間、間髪入れず、大きな影が魁の背後から襲い掛かった。

 迫っていたのは、黄金の閃光。

 フェイト・テスタロッサが──救援に駆け付けた。

 

「サイズスラッシュ!」

「新手か……!」

 

 黒い外套に身を包んだ金髪の少女は、身の丈より長い大鎌を振り翳しつつ、魁へと急迫した。魁を目掛けて改修されたバルディッシュを振り抜き、脚部を凪ぎ払う。魁は軽やかに跳躍し、これを回避。だが、跳躍によって空中に出た魁をめがけて、遅延して放たれたであろう、雷の槍が発射された。

 魁の片目が、驚きに見開かれた。

 

(なるほど、空中じゃ、身動きが……!)

 

 迫りくる雷槍が、魁の右の肩を貫いた。肩より()が飛び、天高く跳ね上がる。金髪の少女が眼を見開くが──その視線の先、剥ぎ落とされた右腕は、黒い影となって空に消えた。

 

「なっ」

 

 地面を蹴り、事態を飲み込めないフェイトが即座にその場から飛び退く。だが、飛び退いた先に先回りして、魁が空気の中から現れた。

 白銀の衝撃波が、少女の身体を吹き飛ばす。大事なかったようで、フェイトはすぐに体勢を立て直し、地を滑ってその勢いを殺した。瞬きすら、許されぬ攻防だ。

 

『……加勢? ああ、フェイト・テスタロッサちゃん、って云ったかい』

 

 黒衣の魁が、黒衣の少女を見据えている。

 親友の出現に、なのはは唖然とした。

 同時に、友人が助けに来てくれた安心感から、今まで必死に張っていた膝が折れ、その場に崩れてしまった。フェイトはなのはを庇うように、魁となのはの間に割って入り、鋭い視線を送った。

 

「フェイトちゃん、どうして」

「強力な魔力を感じて、助けに来たんだ。……バルディッシュ、あの人は?」

〈 With no conformity in a database. It is wether not ally. 〉

(友軍反応なし、局員ではありません。デバイスも正体不明。つまり、敵です)

 

 フェイトは漆黒の悪鬼を睨むように見据える。

 魁はしかし、実に愉快そうな表情を浮かべていた。

 

「こいつはまた、いい所に来てくれたな」

 

 次の瞬間、その場に崩れていたなのはが、敢然と立ち上がった。

 親友が救援に現れ、彼女の内に巣食っていた恐怖が、次第に払拭され始める。

 ──親友が傍にいる。一緒に戦ってくれる。

 その事実が、恐怖を打ち消す切欠になったのだろう。心強さが、心細さを打ち破る。なのはは再び、屹然とした眼差しで魁を見据え直した。

 

「ふ、ふたりなら、負けません!」

 

 ──そうだ。

 ひとりで勝てない相手ならば、ふたりで助け合えばいい。

 ──今のわたしには、フェイトちゃんもいる!

 荒いだ息を整えて、強気で言い切った。

 魁は、浮かばぬ貌を浮かべつつ──

 

ふたり(、、、)か……。そうかい。けどな、今駆けつけた嬢ちゃんにも早めに言っておいた方がいいぜ、気ィ抜いてると」

 

 屈んだ状態で、フェイトの真下に現出した。

 

「──懐、引っ掻かれるってな」

 

 にこりと笑み、白銀の刃を振り上げた!

 正に神速の一撃。神出鬼没の魁に対し、フェイトの反応は速かった。すぐさまバルディッシュを構え、障壁魔法を展開し、この斬撃を迎え撃つ。

 白銀の刀と、黄金の斧が激突する。金と銀の火花が散り。しかし、其れは身長差か、力量か、あるいは魔力の練度の差から産まれるものか──バルディッシュの方が、やや押され始めていた。

 真っ向勝負では、今のフェイトに勝ち目はないようだ。それを理解した彼女は小さく舌を打ち、

 

「フォトンランサー!」

 

 空中に複数のフォトンスフィアを生成し、魁を自身から引き剥がす。空中に逃げ去り、後退した魁へと、今度はなのはがディバインスフィアを生成し、追撃を仕掛けた。──逃がさない、連携で追い込み、勝機を掴み取る!

 

「フェイトちゃん! なんでもいい、あの人にまずは攻撃を当てよう!」

「わかったよ、なのは!」

 

 空中に散らされた桜色と雷色の魔力弾は、魁の退路を防ぎ、彼を確実に追いつめていく。

 なのは達の目的は、あくまで「魁を倒す」ことではない。口約束を守る保障など何処にもないが、第一に「魁に一撃でも与える」ことだ。

 しかし、それすらも難しい。

 なのはとフェイトが、交代しながら放つ攻撃は、俊敏にして軽快、それでいて独特の身のこなしによって回避され、隙を突いて攻撃に成功したと思えば、得体のしれない幻影術を併用され、空振りに終わった。

 このままの形勢で応酬を続けていても、埒が明かないと判断したフェイトは、男に向けて広範型の攻撃魔法を展開した。雷色の魔法陣が魁の足元に敷かれ出す。

 

「!」

 

 それに気づいた魁は、すぐさま魔法陣から離脱しようと試みたが、なのはの牽制攻撃に対応している隙に、完全に退路を塞がれた。

 

「連携攻撃……!」

「もらった! サンダーレイジ!!」

 

 ──追い込んだ!

 確信と共に、フェイトが掛け声を放つ。

 魔法陣が燦然と閃光を放ち、凄絶な雷光が、魁の身体を一気に呑み込んだ。電撃が周囲一帯に駆け巡り、天からの雷衝が、魁の身体を迸る!

 

「やったよ、なのは!」

 

 単発の攻撃が回避されてしまうなら、包囲型の攻撃で一気に飲み込んでしまえば、逃れようがない!

 勝利を確信し、安堵の顔を浮かべるフェイトに、しかし、なのはが叫んだ。

 

「油断しないで! フェイトちゃん!」

「え?」

「──ああ、まだ終わってない」

 

 フェイトの直上に魁が現出する。

 この奇襲に反応して見せたなのはは、フェイトを庇うように、魁めがけて砲撃を放った。白亜の光線に進路を阻まれ、魁は身を翻しながら地に降り立つ。

 無傷の魁が、少女達と再び対峙する。

 しかし、状況は一転していた。

 少女たちの貌が、すっかり青ざめているのだ。

 

「う、そ……」

「どうなっているんだ……認識できてるはずなのに、まだ無傷……! 確かにそこにいるのに(・・・・・・・)、どうして攻撃が当たってくれないの!?」

 

 焦燥に駆られたなのはが、レイジングハートを構えた。砲口に数多の光を充填し、ディバインバスターを撃ち放つ。急迫する巨大な亜光線に対して、魁は無反応を貫いた。

 光線が──魁の身体を消し飛ばす。

 静寂が訪れ、噴煙が微風に流されて行く。少女ふたりが息を詰まらせながら、目の前の光景だけを一点に見据えている。大火力の光条が奔った跡には、芥子粒ひとつ残されていなかった。が──それは直撃を受けたはずの魁の躯も同様で、その姿は、何処にも見当たらない。 

 どろり。

 光が奔った場所から、数間離れた地点に、やはり、無傷の魁が顕れた。

 

「そん、な」

 

 何なのだ、あの〝術〟は──?

 掴みどころのない幻影。自分たちはいったい、何を「視」ているというのだろう? 何をどうすれば、あれを破れるというのだろう。

 

 ──「出口」が……見当たらない。

 

 魁の世界に飲み込まれてしまっているかのように。まるで最初から、魁の掌の腕で踊らされているかのように。

 自分たちの攻撃は通らないのに対して、魁の攻撃は、少女達には直撃する。そこには確かな痛みもある。だからこそ、彼女たちは確実に実体を相手にしているはずなのに、不思議と魁の姿には質量が感じられない。

 ──それに相反して、存在感は強烈だ。

 そこにあると判断できるほど、確実に見える魁の身体は、いざ攻撃を当てると、虚無な幻影しか残さない。

 

 

 

 

 

 それから、しばし戦闘が続いた。

 少女達は無限に攻撃を空振り、その実、魁だけが攻撃を加えるような、実に一方的な形勢で応酬が続き、少女達が激しく消耗している。気力や体力、精神力において、少女達が限界を迎えつつあった。

 

「はぁ、はぁ」

 

 疲弊で血の気が失せているのか、息を荒げた少女達の貌は蒼い。

 見るに見かねたレイジングハートが、音声を荒げた。 

 

〈 Master , Don't do unreasonableness! 〉

(マスター! これ以上の無理はなさらないで下さい!)

 

 魁によって一方的に追いつめられ、消耗させられ、ジリ貧になっているのは、客観的に判断して明らかだ。

 意志の強さで定評のあるなのはの頭の中で、もう二度と絶対に負けたくないという、頑固者らしい考えが優先されているのか、彼女はしかし、引き際を理解しようとしない。

 

「まだ……。まだ、やれる! 付き合ってよ、レイジングハート!」

 

 撤退の進言を呈すレイジングハートだったが、なのはは、その忠告を聞こうとはしなかった。

 ──この戦いは、いい「教訓」になる。

 これだけの持久戦ともなれば、弱音を吐いたり、音をあげたりするまでは、限界までの集中力と精神力だけが頼りになる。何度やっても攻撃が成功しない相手を前にして、いよいよ心が挫けそうになる。諦めそうになる。

 それこそ「自分との戦い」というものなのではないだろうか。

 自分がどの限界のレベルまで戦い抜けるのか。──それを試す、願ってもない機会だ。

 

〈 It is reckless. It does not hear redo!? 〉

(それは無謀です! やられてしまっては、元も子もないのですよ!)

 

 なのははひとりで何もかも背負おうとするあまり、大切なことを忘れている。

 三日前、守護騎士に敗北を喫し、羽衣狐に打ちのめされたことで、盲目になっているのだろう。

 ──負けたくない、という思いが……何よりも先に立ち過ぎている。

 勝ちたい。それは戦士として、当然の願いかも知れない。

 しかし仮に、あの魁に一撃を浴びせたからといって、それが何になるというのだ? それが、なのはにとって「勝利」を意味するのか? そんな些細な達成が?

 そんなはずがない。それは、単なる自己満足でしか終わらない。一撃を見舞うことで、返って来る恩恵や利益など何もない。

 今のなのはは──急いている。

 

「レイジングハート! 今はわたし(・・・)が強くならなきゃいけないの! それなのに、邪魔しないで!」

 

 なのはの言葉に、レイジングハートは、返す言葉を失う。

 ──レイジングハートに、強化の余地はないから。

 その分は、なのはが、ひとりで背負わなければならないから。

 だとすれば、迷惑を掛けているのはレイジングハートだから……。

 そんなデバイスには、何も言う資格などないのだ。

 

「あーあー、やってんなぁ」

 

 少女と管制人格のやり取りを聴き、魁がひとり、悄然と眉を顰めていた。

 ──背負えるはずのない〝重荷〟を、ひとりで背負おうというのか?

 あの少女は間違っていると、魁は自信を持って断言できるだろう。

 

「レイジングハート、もう一度、フルパワーで飛ばすよ!」

〈 ...Yes, My Master 〉

 

 桜色の粒子が集い、聖なる光が収束されていく。

 ──今度こそ、外さない! 

 ──外すもんかッ!!

 次の瞬間、対艦用の砲撃とも思えるほど巨大な光線が発射された。

 地を抉り、空を切り、凄まじい轟音と共に、砲撃が──魁へと直撃する!

 弾速、威力、魔力の圧縮率、共にフルパワーだ。

 貫通してしまえば、跡には何も残らない大撃。それが後日になってフェイトが語る、なのはの全力ディバインバスターだ。

 

「や、やった……!?」

 

 力を使い果たし──息を荒げる。

 ──今のが、私の「全力全開」だ。

 しかしそれでも、事態は、少女の思い通りには進まない。

 春に目覚めた井の中の蛙は──まだ、大海という名の世界を知らないのだから……。

 

「──自分(てめえ)のことしか考えられねぇヤツには、何の〝畏〟も感じねえ」

 

 闇と陰の如く、漆黒の外套に身を包む魁が──なのはの直上に顕れた。

 水面に映る夜半の月──

 鏡に映る虚像──

 それ則ち、鏡花水月。

 明鏡止水の波紋を起てれば、見えているのは〝幻〟だ。

 

「見つけたぜ。ミッドとベルカを繋ぐ架け橋! ────こいつ(・・・)がそうか!」

 

 白銀の刃が──次の瞬間、薬莢を消費して、爆発的な魔力を装填する。

 フェイトの目が、驚きに見開かれる。

 莫大にして膨大な力──そのすべてが、白銀の刀身に鬼纏われた!

 

(手も足も、出なかった──!?)

「なのはぁぁああああーーッ!!」

 

 避けることも、防ぐことも出来ない。

 防いだところで、受け止めることも出来やしない。

 なのはがその瞬間──より完全な敗北を覚悟した。

 

 

 

 

 

 

 

「……………?」

 

 魁の刃は、振り下ろされなかった。

 白刀の鋒は、なのはの目前で制止している。

 なのはが唖然として、恐々と魁の顔を見上げる。

 其処には、既に戦意を喪失した、それでいて満足げな貌が浮かんでいる。

 

「──ま、こんなもんか」

 

 魁は、適当に納得したような言葉を吐き捨てた。

 カチリ、魁が刃を鞘の中に仕舞う。それと同時に、魁の身体を覆っていた黒い外套が、さらさらと空気に溶けてゆくように蒸発し始めた。

 紅い髪が、黒色へと戻ってゆく。

 寅縞模様の着流しに、黒い股引。──当初の風采に戻った男性の表情は、実に満足そうであった。

 そんな時、遠方から、少年の怒鳴り声が響いた。

 

 

 

「──やっと見つけた! 鯉伴(りはん)さん、奴良鯉伴(ぬらりはん)!!」

 

 

 

 声の主は、クロノ・ハラオウンである。

 空中を飛行して居た少年が、神社の前へと降り立つ。すると、大きな足跡を立てながら、立腹な形相を浮かべつつ男性の許へとにじり寄った。

 少年の姿を認め、男性は襟足をかきながら、にこりと微笑む。

 

「よぅこども執務官。随分と御早いご到着で」

「今の今まで、だいぶ探し回りましたよ!」

「なんだ。おめぇも大したことねーな。そっちの金髪の嬢ちゃんなんて、此処まで一瞬で駆け付けたぜ?」

 

 クロノは、ムキーッという音のしそうなほどの形相を浮かべている。その表情は、既に執務官としての精悍なそれではなく、幼稚な少年のそれであった。

 対して、男性は悪びれた様子もなく、けらけらと、執務官という立場の少年を嗤い飛ばしている。それを脇から眺めているなのは達が、目を丸くしている。

 

「どうしてクロノくんが……? いったい、どういうことなの!?」

「あっ、ああ。すまない。──紹介するよ」

 

 クロノがハッとして、少女達の方を向き直した。

 

「こちらは、連続魔導師襲撃事件ならびに、次元漂流者〝ナデシコ〟保護を任務として、活動を一任されている──……」

 

 そうして、続けた。

 

「民間協力者の────奴良(ぬら)鯉伴(りはん)さんだ」

 

 魁の名は、奴良鯉伴。

 管理局では珍しく思える、純粋な和の性名を持つ人物であった。

 なのはが、愕然として訊ね返す。

 

「連続魔導師襲撃事件と、ナデシコの保護?」

 

 交わされる「ナデシコ」というのは、黒髪の大和撫子。──つまり、漆黒の衣服に身を包んだ、圧倒的な力を持つ女子高生を指定したコードネームである。本局の決定で、いまだ素性の知れないその女性を、彼らはそう呼ぶ慣わすことになったのだ。

 それは、つまり。

 

「じゃあ、この(ひと)は……わたし達の味方なの!?」

 

 問い掛けに、クロノが確かに、頷いた。

 説明するね、と少年が言葉を紡ぐ。

 

「先日、正式に管理局からの通達があったんだ。この地球で起きている一連の事件は、かの〝ロストロギア〟が関係している可能性が非常に高い。その実態調査、捜査のため……管理局は〝ナデシコ〟および、襲撃犯の確保に腰を上げたんだ」

「ロスト、ロギア……」

 

 フェイトが低いトーンで呟いた。

 古代遺失物・ロストロギアとは──かつて、フェイトの母親が追い求めた、絶大な力を持つ異次元世界の技術的希少遺産のことである。

 

「その任務の担当として任命されたのが──艦船アースラのクルー他、嘱託魔導師であるフェイト、そして、民間協力者である、なのはと……此処にいる、鯉伴さんなんだ」

 

 主任は僕だ、とクロノは付け足して、

 

「僕たちの監督者は。……まあ、それはおいおい紹介するよ」

「民間、協力者……?」

 

 緊張が解けたのか、あるいは、単純に間が抜けたのか、なのは達ふたりは呆然とした様子では鯉伴を見、そういう鯉伴は、彼女達ににこりと微笑みかけた。

 

「そーいうことだ。ビビらすような真似して悪かったな、嬢ちゃん達」

 

 数分前までは末恐ろしい力を持っていた〝敵〟であったというのに、その小さな微笑みが、絶大な安心感を運んだ。

 そこでフェイトが、当然の疑念を吐露した。

 

「わたし達を騙していたんですか? 敵を装って、襲いかかるなんて。……いったい、なんのために」

「嬢ちゃん達とはこれから、命預けて戦う仲間になるからなあ。お互い、その仲間ってのがどんな奴なのか、把握しといた方がいいと思ってよ」

「ええ~……」

 

 なのはが、心外なため息を漏らす。

 男性の主張も、たしかに一理ある気はする。仮にもこれから作戦を共にしていくのなら、仲間の素性、戦闘方法、戦闘力、もろもろの委細を知っておくに、越したことはない。

 フェイトにはそう思えたが、だからといって、ああまで乱暴な手段でなくても良かった気がするのだ。紹介された上で模擬戦を行うとか、もっと丁寧な方法とて、容易に考えが着く。

 ──あるいは、彼は敵だと認識させた上で、わたし達の容赦ない全力を知りたかったのだろうか?

 模擬戦では、心理的なブレーキが働くことを考慮して、それを不毛と考えた。結局、容赦なく全力を出しても、この男性には一撃を当てることさえ叶わなかったが。

 言葉が紡がれ、クロノが横から言葉を挟んだ。

 

「すまない、ふたりとも。この人、こういう人だから……」

 

 つまりクロノが何が言いたいのかというと、鯉伴という魁は──非常に自由奔放で、破天荒なのだ。本当に組織の中で生きていけるのか、不安になるほどに。

 

「キミ達ふたりが、図らずも刃を交えた通りさ……。圧倒的な戦闘力を持つ〝ナデシコ〟を捕えるためには、どうしても、この人の協力が必要だと踏んだ。だから僕が、この人をこの作戦に加えるよう、上に直訴したんだ」

 

 クロノがそうして上層部に掛け合い、鯉伴の担当を勝ち取ったそうだ。

 七名の敏腕魔導師を一斉に相手にしてなお、傷ひとつ付かなかった漆黒のナデシコ。──これから局が任務を遂行する上で、おそらく最大の弊害となるであろう彼女を追い詰めるともなれば、例の騎士達さえをも凌駕する戦闘力を秘めた人材が必要だ。

 滅多な人材ではないことは自明だが、僥倖にも、その結果、この民間協力者の男性が選ばれた。

 

「……たしかに、スゴイ強かったです」

「それだけの力がありながら、民間協力者っていうのは、なんだか勿体ない気がします!」

 

 なのはが感心して話すのに対し、それを同族の君が言うのか、と突っ込みたくなるクロノであった。

 そこでフェイトが、魁が握る、白銀のヒ首に視線を落とした。

 

「そのデバイスに至っては、ベルカ式のモノですよね? 歴戦(ベルカ)の玄人が味方になってくれるなんて、心強い限りです」

「あー。その話、なんたが」

 

 苦虫をかみつぶしたような表情を、クロノは浮かべた。

 

「実はこの人──このデバイスを使うのは、今日が初めて、なんだ」

 

 言い放たれた衝撃の真実に、ふたりは愕然として、驚愕に目を見開く。

 ひたすらに、えっ!? と訊ね返した。

 

「順を追って説明するね。そもそも今日、僕や鯉伴さんがこうして地球に来ているのは、彼の持つ新型デバイス──〝白桃來(ハクトウラ)〟の試験運用のためだったんだよ」

「試験、運用……?」

 

 なのはが反芻し、クロノが淡々として、その先を続けた。

 

「ハクトウラは──『とある試験段階にあるシステム』を導入した実験機なんだ」

 

 フェイトには、そのシステムとやらに、思い当たりがあった。

 頭の中で、それが弾ける。守護騎士達のデバイスに搭載されていた「それ」と酷似したモノを、男性が扱っていたような気がする。

 

「そのシステムは、まだ安全性の保障が済んでなくてね。……これまでも、実験の度に暴発したり、悲惨な事故を多く引き起こして来た──いわば〝暴れん坊〟なんだ。非常にピーキーな特性を持っているため、この後、マニュアルに沿った実証実験を、数週間かけて、ひとつひとつ丁寧に行っていく予定になってたんだ」

 

 安全性が保障されない以上、システムをロールアウトすることは出来ない。

 鯉伴の手で──それをゆっくり、安全に行って行くはずだった。

 

「それ、なのにッ」

「?」

 

 ぷるぷると、クロノの拳が震え出す。

 

「ろくに人の話も聞かないこの人が! 地球に着いた途端、ぬらりくらりと僕の許を抜け出したんだ!」

 

 「抜け出した(、、、)」といえば、鯉伴に非があるように聴こえるが、鯉伴にとって云わせれば、クロノは単純に彼に「逃げられた(、、、、、)」だけのことである。

 だからクロノは、彼のことを「探し回った」と云っていたのか。

 なのはの中で、合点がいった。

 

「散々探し回った挙げ句、やっと見つけたと思ったら! ハクトウラを使って戦闘してるじゃないか!」

「実験の代わりだと思えばいいだろーが」

 

 鯉伴は悪びれた様子も、咎を咎として認識していない様子で答えた。

 クロノの声が荒げる。

 

「だとしても突飛すぎます! Aランクの魔導師(なのはとフェイト)とぶっつけ本番の実戦を行って、システムを起動させるなんて! それがどれだけ危険なことか、分かって言ってます!?」

 

 目の前で交わされるやり取りに、フェイトが唖然とする。

 

「じゃあ、あなたは今回、まだ安全性の保障も取れていない試験機で、わたし達と戦っていた……!?」

 

 信じられない、と言いたげに鯉伴を見上げる。

 試験段階ということは、そもそも、使い手とデバイスの相性も適正かどうかも、判明していない状態だ。相性が悪ければ、デバイスを使いこなすのはおろか、下手をすれば、起動すらしない可能性だってあったはずだ。

 そればかりか、安全性の確証も得られていないシステムを導入している段階であれば──事故を起こし、未曾有の惨劇を招いていたとしても、おかしくはない。

 クロノの言う通り、マニュアルに従った丁寧な実験を行って、ひとつひとつ、安全性を解明していくべきだ。ぶっつけ本番で、なのはとフェイトの相手をするなど──正気の沙汰ではない。

 そういう人だ、と云われればそれまでの気もするが。

 クロノが説明を続ける。

 

「前にも云った通り、レイジングハートにも、バルディッシュにも、強化の手立て自体はいくつかあるんだよ。たとえば、ハクトウラに搭載された『カートリッジシステム』とかね……でも、まだ本格的な導入前である以上、ロールアウトすることは出来ない」

「カートリッジシステム、それって……」

「ああ。薬莢に一定量の圧縮された魔力を詰め込んで、瞬時に爆発的な魔力を放出させる。──古代ベルカで使われていた、騎士達の使う技術だよ」

 

 フェイトが、三日前のことを思い出す。

 

「──ハクトウラを用いた実証実験を執り行う目的は、ただひとつ。鯉伴さん本人が、カートリッジシステムの安全性と、暴走を防止する克服法を確実に理解することだ」

 

 クロノがシステムを「暴れん坊」と比喩したように、カートリッジシステムは、非常に取り扱いが難しい代物である。

 意志・感情を持ったインテリジェント、あるいはアームドデバイスは、見方によっては気性が荒い、という表現が適切なこともある。主への人格的、能力的、生理的な適合性がデバイスにも存在しているわけであって、適性のない人間がシステムを搭載したそれを扱った結果、今まで、ろくな成功実験を納めることは出来なかった。

 そもそも、なのはやフェイトを相手に戦闘を繰り広げ、鯉伴が今、五体満足でいられることさえ、クロノには不思議なくらいなのだ。まったく、悪運の強い男である。

 

「鯉伴さんがそれを見極めてくれれば、技術部から、システムのロールアウト許可も降りるだろう。レイジングハートとバルディッシュにも、あるいは、カートリッジシステムを搭載することだって可能にっ──」

「──いいや、駄目だ」

 

 そこで鯉伴が────口を挟んだ。

 なのはのフェイトは、思わぬ場所からの返答に困惑する。

 

「このシステムは、今の嬢ちゃん達には扱えねえよ」

 

 短く、言い切った。

 

「──確証を得たからな」

「は、い……?」

 

 クロノが唖然として、その言葉に耳を傾けていた。

 

「嬢ちゃん達のデバイスに、こいつを搭載()けることは別に構いやしねえ。だが、そいつを嬢ちゃん達に持たせるわけにはいかねえよ」

 

 クロノががっくりと肩を落とす。

 

「鯉伴さん……話を聞いてました? そもそもカートリッジシステムは、被験者であるあなたが、安全性を見極めてくれない限り、他のデバイスへの搭載は禁止されていて」

「だからよ、もう見極め終わってんだって」

 

 へ? と、間の抜けた声を漏らすクロノ。

 鯉伴は人差し指で、とんとん、と自身のこめかみを突いた。

 

「考えてもみな。──カートリッジを搭載したハクトウラは、現段階じゃ、それ自体が火のついた爆弾だ」

 

 暴れん坊、にも近い比喩を持ち出した鯉伴。

 本当に安全なのかどうかも判明していない、という意味を込めて、その喩えは妥当であった。

 

「いつ、どこで爆発するかもわからねえ火薬の塊背負いながら、オレはこのふたりと、今の今まで戦い合ってたんだぜ?」

 

 それは──少女達ふたりもかねてより疑念に思っていたことであった。

 カートリッジシステムは、非常に危険な代物で、暴発事故が絶えなかった代物だ。──そんなクロノの説明が、大仰に聞こえてしまうほどに、鯉伴はハクトウラを飄々と使いこなしていた。それも、初見だという話ではないか。

 とても今日初めて出逢ったとは思えないほど、意思疎通が完璧に出来ていた。

 鯉伴が今、無事でいられるのは……そこに原因があるのだろうか。

 

「まさか、オレがこうして無事でいられるのは、単なる偶然、悪運が強かっただけ、なんて思ってるんじゃねーだろうな?」

「えっ。ち、違ったんですか……?」

「莫迦野郎。何怯えてんだ。ここは喜ぶとこだろーが」

 

 稀に見るAランク魔導師たる──なのはとフェイト、そのふたりを同時に相手に激戦を繰り広げても、使用者の鯉伴は負傷すらせず、ハクトウラも破損していない。

 ──これを、実証実験の成功という以外に、なんと言えというのだ。

 震撼しつつ、クロノが兢々と訊ねる。

 

「じゃ、じゃあいったい、あなたはどうやって……このカートリッジシステムを、捩じ伏せたっていうんですか……!?」

 

 クロノはあえて「使いこなす」ではなく、「ねじ伏せる」という表現を用いた。カートリッジシステムが、生半可な力で言うことを聞く代物ではないことを強調するためだ。

 この事態は明らかに異例であり、だとしたら、鯉伴は本当にカートリッジシステムについて見極めているのかも知れない。訊ねられた鯉伴は、悪びれた様子もなく答えたが、その「答え」とは、あまりにも簡潔で、

 

 

こいつ(デバイス)を信じる。────たった、それだけのことさ」

 

 

 単純な解答でしか、なかった。

 それは推測でも、予想でもなく──確実な断言であった。

 その言葉の意味を、一同が懐疑する。

 

「デバイスってのは〝管制人格〟ってのを持ってるんだろ? コイツらには意志があって、感情がある……つまり、コイツらは単なる武器なんかじゃねえ──『パートナー』だ。オレがコイツを信じ、コイツがオレを信じてくれれば、そこに暴走だの破損だの、あるわけねーってこった」

 

 奴良鯉伴という男は──「信じ、信じられることの強さ」の意味を理解していると、誰よりも強く、自負を持って主張できる人間であろう。

 鯉伴がハクトウラを信じ、ハクトウラが鯉伴を認めたことによって、絆が力となり、カートリッジシステムを克服できた、というのだ。

 その例に……

 

「オレの使った御業な──『鬼纏(まとい)』ってんだ」

 

 次の瞬間──鯉伴の風采に、変化が起こった。

 再度、ハクトウラから魔法の粒子が溢れ出し、鯉伴の姿を変容させてゆく。バリアジャケットでも騎士甲冑でもなく、鯉伴本人の姿が〝化け〟──鯉伴は、紅蓮色に染まった自身の髪を指さした。

 

「本来なら〝妖力〟ってのを身に鬼纏う御業なんだが、それと同じ原理で……今回、ハクトウラの持っている〝魔力〟も鬼纏うことが出来たんだ」

 

 次の瞬間、紅い髪が黒色に戻る。

 魔力が弾け、鯉伴は微笑み、ハクトウラに話しかけるように続けた。

 

「鬼纏ってのは──互いに『固い信頼関係』がなきゃあ発動できねえ。妖力とは勝手の違ってる魔力を、オレがこうして鬼纏えたのは──間違いなく、コイツがオレを信じてくれた〝証〟なんだよ」

 

 鬼纏う側と、鬼纏われる側。

 ふたりの意志が、信頼関係の許に折り重なった時、ふたりの力は、幾重にも増幅された力、ひとつの結晶となる。──それが、鯉伴の説き明かす、鬼纏たるの御業の真髄である。

 

「そんな……簡単な、ことで?」

 

 クロノは言葉に詰まってしまった。

 ──意識の〝持ちよう〟とやらで……劇的な変革が起こる、と云うのか?

 それは、俄には信じられた話ではないだろう。しかし、虚言を吐いているようには思えないし、仮にそいつが妄言であったなら、鯉伴は無事では済まなかったはずだ。

 インテリジェントデバイスが、人格を持っていることも、ゆるぎない事実である。レイジングハートとバルディッシュが、自己の強化を望んだように、彼女たちにも、感情があるのである。

 

「簡単? 違うな。──信じるってことは、聞こえはいいが、本当の意味を理解してなきゃカートリッジは扱えねえ。だからオレは、今の嬢ちゃん達には、カートリッジを扱えねえって云ったんだ」

 

 なのは達が、デバイスを信用してないというのだろうか?

 それこそ、妄言ではないのかと、クロノは反論した。

 

「彼女達ふたりの実力は、折り紙付きですよ。仮に、デバイスへの信頼のほどが唯一の必須条件なのであれば、ふたりはとうに、それをクリアしてるはずです」

 

 彼女達は、デバイスに全幅の信頼を置いているはずだ。ジュエルシードを巡る混沌を乗り越え、共に、困難を乗り越えてきたパートナーなのだから。

 クロノの主張は、しかし、あっさりと否定された。

 

「パートナーの忠言を、素直に聞き入れる度量も持ち合わせてねえヤツが、か?」

 

 その返答に──なのはとフェイトの躯が、ぴしりと凍り付いた。

 

「刃を交えて思ったが、嬢ちゃん達は〝ひとり〟で戦ってんだよ。自分ひとりで、何もかんも背負おうとしてるみてえに」

 

 指摘の言葉に、なのはとフェイトは、それぞれのデバイスに視線を落とした。

 レイジングハートとバルディッシュは何も言わなかったが、確かに最近、なのは達ふたりは、互いの相棒をまったく気に掛けていなかった。

 

『──今はわたしが強くならなきゃいけないの! それなのに、邪魔しないで!』

 

 なのはの発言を聞いた時、鯉伴は確信した。

 少女達が今、仲間を。パートナーを信頼し切れていないことを。

 ──そうか。

 その時、フェイトの中で、謎が繋がった。

 鯉伴が、なのはにとっての未知の敵を装い、自分達に戦闘を仕掛けて来たのは、戦闘を通じて、自分達を見定めていたからだ。──互いのデバイスを信じ、命を預けられるだけの「器」であるのか、否かを。

 

(なのはもフェイトも、カートリッジシステムの存在を知れば、強化を望むのは当然の流れだった。……でも、今のなのは達じゃ、信頼関係がなきゃ、危害が加わる可能性があった……だから?)

 

 クロノが思うに、デバイスの強化の方法を探していたなのは、フェイトにとって、カートリッジシステムとは、知ればまず手を伸ばすであろう存在だ。

 しかし、パートナーを思いやる心、器量を欠いた状態でシステムを搭載するのは、ふたつのデバイスが、暴発事故を起こす危険性を孕んでいた。それになのは達が巻き込まれてしまっては、取り返しの付かない事態になる。

 システムの実証実験も兼ねて、彼はこの少女達を試していた、というのか?

 

「オレたちは〝人間〟だ。ひとりで何でも背負えるほど、強い生き物じゃねえ。……だったら、重てえ肩荷の半分は、思い切って預けちまおうじゃねえか。──信頼できる、仲間ってやつによ」

 

 すべての責任が、武器の所有者にあるわけではない。

 デバイスが管制人格を持っている以上、ふたりで分かち合うこととて可能だ。

 

「ひとりで闘うってのは、誰にでも出来る。だがオレ達には、一緒に闘ってくれる仲間が傍にいる。──どうせ闘うってんなら、仲間を信じてやる……そっちの方が粋だとは思わねえか?」

 

 そっちの方が正しい、ということではなく、粋だ、と云ったことが、なのはやフェイトの心に、妙に深く響いた。

 

「レイジングハート……」

「バルディッシュ……」

 

 ──たしかに、忘れていたのかも知れない。

 守護騎士に負けてから。

 ナデシコに負けてから。

 デバイスが破損してから──「デバイスに強化の方法が無い」と聞かされてから、なのは達は……「自己鍛錬」ばかりを繰り返していた。

 鯉伴が、なのはの鍛錬の様子を見ていたのも、おそらくはそこからだ。

 

 ──強化の余地のないって云われたレイジングハートの代わりに、わたしが強くならなくちゃ、って……思った。

 

 焦っていた。

 守護騎士達の領域まで、いち早く追いつくために。

 信頼関係などはそっちの気で、自分のことしか考えていなかった。

 そんな焦りが、いつしか──レイジングハートへの苛立ちにも繋がっていた。

 だから、反対しないで、なんて酷いことを……。

 

「……そ、そっ……か………──」

 

 言われ、なのは達の身体が崩れ落ちた。

 膝を着き、涙を浮かべ、今まで、大切な者の存在に気付けなかった自分を悔いるように泣き始めてしまう。

 

「ご、ごめんね……レイジングハート……」

「バルディッシュも……ごめん、なさい…………っ」

 

 クロノと鯉伴は、その様子を見ているだけだった。

 目の前で、少女達ふたりが泣き、クロノはおどおどと狼狽える。対する鯉伴は、優しい貌を浮かべていた。

 鯉伴は視線をクロノへと移しながら、

 

「システムの安全性は、オレが保証してやる。今の嬢ちゃん達になら、きっと扱えるだろ。相手のために涙できる──その心があれば、な」

「鯉伴さん……」

「カートリッジを搭載するか、このままでいるか。──そいつぁ、嬢ちゃん達のデバイスに決めてもらうといい」

 

 ──ひとりで頑張(たたか)おうとしていたなのは達を、彼女達が、許すことが出来るなら。

 それはきっと──相互の固い絆になって、カートリッジを使いこなすだけの「鍵」になるだろうと、鯉伴は云った。

 その旨を、レイジングハートとバルディッシュに通達する。

 そして二機は、決まって答えた。

 

《Please equip》

「ハハ、そう来なくっちゃな」

 

 鯉伴がにこりと、優しく哂う。

 ──すべては、主の力になるために。

 なのはとフェイトが涙を拭い、その場に立ち上がる。

 

「カートリッジシステムの搭載……お願いします。今度からはもう、間違えたりしないから!」

 

 鯉伴が得意な貌で、クロノを見下ろす。

 視線を受け取ったクロノが、納得したように、その手を差し出した。

 

「色々と段階を無視した展開にはなりましたが……………。レイジングハートとバルディッシュを預かるよ。カートリッジシステムの搭載により、重量が少しだけ変わってしまうけど、いいか?」

 

 なのはとフェイトがそれぞれ顔を見合わせて微笑み合う。

 

「うん!」

「お願いね、クロノ」

 

 そうしてクロノは、アースラへと戻って行った。

 

 レイジングハート、そして、バルディッシュ。

 二機の強化は────奴良鯉伴という、未知の男の介入を切欠として、この瞬間に成された。

 

 

 

 

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