~千年狐と江戸の花~   作:樹霜師走

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恋と鯉、時代を超えた『物語』

 

 

 

 

 管理外世界、地球にある海鳴市林間の深奥に、艦船アースラは停泊していた。停泊地点には広大な結界が張られ、その船体を、一般人からは見えないように隠している。

 古代ベルカ式カートリッジシステムの取り扱い方法を、ものの数分間で看破してしまった奴良鯉伴に促された通りに、クロノ・ハラオウンは、スタンバイモードのバルディッシュとレイジングハートを掌に握り締め、アースラへと乗り込んだ。これから二機の改修(スペックアップ)を依頼するため、時空管理局本局へと向かうのだ。

 

「お帰りー、クロノくん」

 

 そんな彼を出迎えたエイミィ・リミエッタは、時空管理局所属の、クロノ・ハラオウン執行官の補佐、兼アースラ管制官の少女である。彼女もまた、アースラスタッフとして、今回の鎮圧任務の一員として抜擢されたようだ。

 アースラの機体を目の当たりにしたクロノが、首を傾げた。

 

「アースラに、見たことのない装備が搭載されているようだが? あれは、いったい」

 

 クロノが、アースラの船体を見るのは久々のことであった。

 以前とは違った外貌。いや、機体に新しく追加されている「艦船砲」らしき武装に違和感を憶え、エイミィへと訊ねる。彼女は心外そうに、答えた。

 

「あれ、聞いてなかったの?」

「えっと……なんのことだ?」

 

 エイミィはその艦船砲を振り返りながら、クロノへと説明した。

 

「アレは魔導砲〝アルカンシェル〟──大型艦船にのみ装備を許された、恐るべき殲滅力を誇る艦船砲だよ」

 

 その単語に、クロノの目が驚きに見開かれる。

 その正体を知った彼は再度、エイミィから魔導砲へと視線を移した。

 

「アルカンシェルだって!?」

 

 クロノ・ハラオウンは、その名前に、確かな聞き覚えがあった。

 その魔導砲は、なにしろ……

 

「アルカンシェルは、父さんの乗ってた〝エスティア〟に配備されていた特殊武装だろう……!? それが、どうしてアースラに?」

 

 クロノ・ハラオウンの実父たるクライド・ハラオウンが、かつて艦長として乗艦していたアースラの同型艦の名称。──それが、エスティアである。

 クライドはかつて、とある、ひとつのロストロギアが関連した事件に携わっていた。しかし、任務途中の不慮の事故──いや、悲劇に巻き込まい、命を落とした。大気圏外でエスティアは完全に制御を失い、艦長クライドと運命を共に、消滅したとの報告が上がっているのである。

 エイミィが口に手を立てて、クロノの顔を覗き込む。接近する彼女の顔に、クロノは動じることもなく再び彼女に視線を戻す。

 

「──状況が変わったんです」

 

 あまり大きな声で言えない内容なのか、エイミィはクロノの耳へと呟く。

 

「ここ最近、別次元世界で、希少指定された魔力生命体が連続的に乱獲されていて。……現地調査の結果、挙げられた〝ホシ〟は、連続魔導師襲撃事件と同一犯。──つまり、例の騎士達(、、、、、)だったんです」

 

 エイミィが滔々と先を続ける。

 

「例の魔導騎士四名は、これまでに続いていた魔導師への攻撃を、何らかの理由により取り止め、その代わりに、管理外世界まで赴いて、魔力生命体を襲っているみたいなの」

 

 ──たしかに、あれから三日経った今日まで、魔導師が襲撃される事件は起こっていない。

 それと、何か関連があるようだ。

 

魔導師(ひと)を襲わず、魔力生命体に蒐集の標的(ターゲット)を変えたわけか。──だが、なぜだ。管理局(ぼくたち)の追跡を免れるための策ゆえか……」

 

 ──それとも、人間に危害を加えることへの、抵抗ゆえか。

 

「記録された映像の解析を済ませたら、例の騎士達が、持っていたそうだよ」

「え?」

「古代遺失物〝ロストロギア〟……通称『闇の書』を──」

「闇の、書……!?」

 

 それは、クロノにとっては、因縁のある言葉であった。

 融合型デバイス〝闇の書〟──。

 ある意味で、クロノが管理局執務官まで取り付けた因果とも云える代物である。みずからの父クライド・ハラオウンを死に追いやった元凶にして、クロノが幼少より長い間、ずっと追い続けて来たロストロギアの名称なのだ。

 その単語を聴いた時は動揺こそ浮かべたが、すぐにクロノは精悍な面持ちを作り、冷静に言葉を発した。

 

「じゃあ、これまでに交戦を重ねて来たあのベルカの魔導師達はの正体は、闇の書の『守護騎士』だったってことだな」

 

 その推測は、おそらく間違いないだろう。

 ただ、ひとつだけ気になることがある。

 

「襲撃犯の中に、ナデシコの姿は確認されたのかい?」

「それがね……確認されてないの」

 

 ──ナデシコが、蒐集に参加していない?

 クロノは親指と人差し指を丸め、考え込む仕草を取る。

 

「ナデシコは、守護騎士とはまったく無縁の存在だったって云うのか? 地球での一件を踏まえるにしろ、なのはたちを軽くあしらってしまうほどの実力を鑑みるにしろ、闇の書と無関係とは、考えにくいが……」

「次元漂流者であるっていう可能性も、否定できないけどね……」

「目には目を、とはよく云ったものだよ。次元漂流者には、次元漂流者をと思ったんだが……それじゃあ、鯉伴さんを雇った意味もなくなっちゃうじゃないか」

 

 むろん、奴良鯉伴という、圧倒的な人材が仲間であることに越したことはない。

 ただ、クロノは当初、ナデシコを捕えるために彼を雇ったのだから、そのナデシコが敵ではなかったと分かれば、拍子抜けも良い所であるし、なにより、鯉伴からの愚痴か何かが飛んで来ても文句は云えない。

 ──なにしろ、「ナデシコが美人」という事実を餌に、釣ったようなものだ。

 お目当ての美人(ナデシコ)に会えなければ、あの遊び人なら呆れそうである。まあその時は、守護騎士の長である烈火の将でも宛がえば、きっと納得してくれると思うが。

 

「これは、わたし個人の推測だけどね。ナデシコはさ……守護騎士達と〝面識があった〟ってだけで……管理局の活動に、直接の弊害ではないんじゃないかな?」

「だが、彼女は事実、なのはやフェイトと交戦しているんだぞ?」

 

 さしずめそれが、守護騎士の追跡中に起きたのだから、交戦の咎はともかく、少なくとも「業務執行妨害」は確実に適用される話だ。

 

「保護すべき次元漂流者と言う名目は、きっと変わらないよ。……とにかく、わたし達の仕事は、次元漂流者の〝保護〟と守護騎士の〝拘束〟──」

「加えて、闇の書の〝回収〟か」

 

 クロノは、不思議と頬が緩んでいた。

 願いが決意に、変わる瞬間がやっとやって来たのかもしれない。不純な夢だが、それが実現する所まで来ているのだ。

 〝闇の書を必ず仕留める〟──

 それがクロノの悲願である。数年間の努力の末、やっとこの任務に漕ぎ着けることができた。

 

「最悪の魔導書が引き起こす事件に、みずから首を突っ込んでいくなんて。──この職さぁ、選んだ時から仕事柄は理解してるつもりだったけど……ホント、警察ってタイヘンなお仕事よねぇ」

 

 エイミィも士官学校を卒業したてで、長期間の正規任務に携わるのは、ほぼ今回が初めての経験といえよう。その任務がロストロギアの回収という高きハードルなのだから、愚痴のひとつやふたつ、両親やれ親友にこぼしたくなるのも当然だった。

 

「いいじゃないか、むしろ、僕は望む所だよ。僕らは決して巻き込まれるんじゃない……あの書の勝手な横暴を、制圧しに行くんだからね」

「……クロノくんってさ、もしかして、駆逐系男子?」

「なんだ、それ?」

「ううん、なんでもない」 

 

 管理外世界〝地球〟を舞台にした大段幕がこれから、幕を開こうとしている。

 

(まずは、レイジングハートとバルディッシュのスペックアップか)

 

 これから、本局に向かっての次元渡航が始まる。この任務を完遂させるには、なのはやフェイト、民間協力者である鯉伴も含めた、優秀な魔導師の結束が必要不可欠だ。

 アースラに乗り込み、艦長のリンディ・ハラオウンが口を開いた。

 

「さあ飛ぶわよ、みんな準備はいい?」

 

 駆動炉が動き出し、アースラは次元渡航モードへと移行する。

 

「渡航準備、完了です!」

 

 空中へ浮上するアースラ。

 しかしその時────上空から、得体の知れぬ〝何か〟が降って来た。

 

 

 

 

 第十二話。

 (こい)(こい)時代(じだい)を超えた『物語(ものがたり)

 

 

 

 

「オォオォオォオォ~~~!!?」

「キャ~~~~~ッ!!?」

 

 落下、いや、墜落して来ているのは──白亜の巨人と、ひとりの小さな娘子であった。

 そんなふたりの阿鼻叫喚も、艦内にいる管理局員には響くことはなく。

 アースラの操舵士であるランディが、声を上げた。

 

「これよりアースラは次元渡航を行い、本局へと向かいます!」

 

 二機を監修するマリエル・アテンザ技術師監督の許、レイジングハートとバルディッシュをスペックアップしなければならない。つい先日、彼女には二機の修理を任せたばかりだが、三日後の今になって、「やはり強化してくれ」というのは、色々と気が引けた問題ではあるが……。

 アースラの船体が空中へと飛び、次元渡航を開始する。

 その時、

 ──ガゴンッ!

 と音を立てて、アースラの船体が、強かに揺れた。衝撃で船体が傾き、

 

「うおわッ」

 

 ランディほか、艦長であるリンディ、その他大勢の局員が悲鳴を上げた。

 しかし、アースラは予定通りに次元渡航が開始したため、艦船はすぐに正体を消し、地球から姿を消してしまった。亜空間のトンネルを抜けながら、リンディが呟きを漏らす。

 

「……なに? 渡航にしては随分と揺れたわね……今の衝撃、何だったのかしら?」

 

 リンディが、エイミィへと訪ねる。

 まるで、何かに激突したような(、、、、、、、、、、)揺れを感じたが。訊ねられたエイミィも、確かなことは言えず、ただ首を傾げるだけであった。

 

「本局に着いたら、点検してみましょうか?」

「……いえ、それは大丈夫だわ。整備点検なら、つい先日終えた(、、、、、、、)ばかりだし。──それに、何より時間がないの。早く守護騎士達を止めなければ、闇の書が完成してしまうからね」

 

 アルカンシェルを搭載させた時に、整備点検なら終えている。

 リンディはそう考え、艦船の整備を怠った。

 

 

 

 

 

 

 天より落ちてきたのは────ガシャどくろと、狂骨。ふたりの妖であった。

 とりわけ、巨躯を誇るガシャどくろが、落下の際に、空中へと浮上していたアースラの船体と大きく激突した。どうやら当たりどころも悪かったようで、アースラの装備した最新鋭武装〝アルカンシェル〟と、がしゃどくろの頭が盛大にぶつかり合ったようだ。

 

「あイタぁ~ッ!?」

 

 ──いったい、今の〝痛み〟は何だったのだぁ?

 そんなことを思慮しつつ、ガシャどくろが咄嗟に上空を見返す。しかし視線の先には、物陰ひとつとして存在しなかった。

 頭がヒリヒリする。

 ──たしかに、何かに激突したような気がしたのだがぁ……。

 怪訝な貌をして首を傾げていると、狂骨が、八重歯を剥き出しにした真っ赤な面持ちで、ガシャどくろに叫んだ。

 

「がしゃどくろ、落ちてる、落ちてる~っ!? クッションになって! クッション~~~ッ!!」

 

 ほんの数刻前にも、上空から叩き落とされる経験をしたばかりだというのに、今度もまた、上空から叩き落とされているこの状況に、狂骨は目が廻りそうであった。

 短い腕を懸命に伸ばし、死に物狂いで、ガシャどくろへと要求する。

 

「こんな高さから落ちたら、骨折れちゃう~っ!」

「治るから良いですじょお~!? 私の場合、骨が折れたら、もう二度と元には……──ぐほぉあっ!?」

 

 言い切る前に、有無も言わさず、狂骨ががしゃどくろの頭部にしがみついた。

 やがて、墜落した。

 もともと、この森林の奥地は、アースラの船体を停泊させるスペースがあったので、辺りに人気はなく、ガシャどくろが墜落しても、問題がないだけの空間が確保されてあった。大きく噴煙が巻き起こり、風に乗って煙が消えてゆく。落ち着いたところで、狂骨がゆっくりと貌を上げた。

 

「……着いた? 生きてる?」

 

 手を開いたり閉じたりして、狂骨が状況を確認する。

 どうやら、謎の空間の〝亀裂〟に吸い込まれた後──今は、まったく別の空間にいるようだ。

 

「ガシャ、無事?」

「有事でありましたがぁ~、大丈夫ではありますじょぉ~?」

「……あれ、アイツは?」

 

 得体の知れない事態に呑まれ、頭が錯乱しているが、思い返せば、得体の知れない〝亀裂(ブラックホール)〟のようなものに呑み込まれたのは、狂骨とガシャどくろに──もうひとり、居たはずだ。

 礼服の男、しょうけらの姿が見当たらない。しょうけらは翅を持ち、飛行する能力を持っている。上空に居て、墜落を免れたのではないかと、狂骨は思いを巡らせた。

 しょうけらを探すように上空を見上げても──人影ひとつ、見当たらない。

 ガシャどくろが、空中で何かに激突したと主張しているが──物影ひとつ見当たらない。

 周りに拡がっているのは、見知らぬ新緑の大地だけだ。そしてここは、先程まで居た長老ヶ岳ではない。山岳から降り、どうやら、平野にいるようだ。

 

「な、なんで辺りが昼になってるの? さっきまで、真夜中だったのに」

 

 それは、当然の反応であった。次元漂流に巻き込まれた者達の始まりは、その殆どが、この狼狽から始まるのだから。

 ──あの〝亀裂〟は、何だったの……?

 まさか、京妖怪に怨みを持つ者の仕業だろうか。 

 

「畏の世界……? わたし達、妖の畏に呑まれちゃったのかしら」

「さすれば此処は、我々の知っている世界とは異なる──『別の世界』と云うことになりますかなぁ~?」

 

 言下、くんかくんかと、ガシャどくろが、周囲一帯の匂いを嗅ぎ始めた。

 骸であって「中身」のないがしゃどくろに、嗅覚が存在しているのか問い質したくなる狂骨であったが、そこはあえて突っ込むのはやめておいた。

 

「しかしながらぁ~、畏は何も匂いませぬじょぉ~? 反応がないですなぁ~」

 

 がしゃどくろの供述に対して、狂骨は冷ややかな視線を投げかけた。

 ──畏が匂わないって、妖は全国に分布してるのよ?

 ──そんな莫迦なこと、あるわけないでしょ?

 まったく、頼りない。自分でやるとでも云わんばかりに、狂骨が畏を放ち、辺りを探知し始めた。

 そして遠方に、反応を〝ひとつ〟だけ探知した。

 

「嘘おっしゃい! 遠くにひとつあるじゃない!」

「い、いま現れたんですじょ! わたしも今感じ取りましたぞ!?」

「うっさい!」

 

 ガシャどくろと狂骨が、その瞬間、それぞれに同じ妖気を感じ取る。

 畏の発信源は……小高い山の上だ。そしてそこは、桜山登山道。

 しかし、不思議なことに妖気は次第に薄れ、反応が弱くなり始めている。

 

「しょうけらの妖気じゃないわ。……いったい、誰かしら」

 

 真昼の時間に妖気を放っているとは、随分な変わり者であるようだ。──妖怪の大半は、夜から行動を開始するというのに。

 しかし、その反応はやがて小さく納まりつつあり、狂骨はすぐに声を上げた。

 

「このままじゃ見失うわ! がしゃどくろ、わたしは今の反応を探しに行くから、あんたはここで待機! わかった!?」

 

 ──白昼間に、ガシャどくろの姿は目立ち過ぎてしまう。

 さいわいにも、ここは森の奥地である。安静にしていれば、人目につくことはまず無いだろう。それに対して、狂骨の容姿ならば、人間の少女として、人間社会の中に溶け込むことは容易い。

 感じ取れる妖力は、次第に弱くなっている。

 まったく状況が掴めないこの状況下なら、まずは妖怪仲間に話を聞くのが最善と判断した狂骨は、ガシャどくろの返事を待たずに、森を抜けて行ってしまった。

 

「ああ!? ひとりぼっちは嫌です、狂骨様ぁあぁ~?!」

 

 森の中へと消えて行く少女の陰に、

 

「せ、せめて! しょうけらも探して下さいましぃ~!!?」

 

 ガシャどくろは、泣くように言いかけた。

 

 

 

 

 

 古の神社から立ち去り、海鳴市の界隈、商店街が立ち並ぶ風見町の中。

 奴良鯉伴を先頭に、なのはとフェイトは、その後に続くように歩いていた。

 数刻前まで、彼らが互いに戦い合っていたことがいまだに信じられないが、戦時以外の鯉伴はどこか飄々としていて、掴み所がない。──いや、戦闘中も、掴み所はなかったが。

 

「さっきは悪かったな、嬢ちゃん達。改めて、名前、訊いてもいいかい?」

 

 振り返り、鯉伴は少女達に向けて優しく訊ねる。

 

「あ、えと、高町なのはです。今日は色々とびっくりしたけど、本当にありがとうございました」

「フェイト・テスタロッサです。大切な教訓を学ばせてもらい、ありがとうございます」

 

 カートリッジシステムという、新たなる力を少女達に伝授したのは、奴良鯉伴の功である。

 しかしいったい、この「鯉伴」という男性は何者なのだろうと──フェイトは、晴れない疑念を胸に抱いていた。

 それは、当然の懐疑である。

 

 ──わたし達ふたりの全力を以てしても、一撃を与えることさえ叶わなかった。

 

 ぬらりくらりとやり過ごし、幻影を見せ、こちらの虚を衝く。

 本人曰く、魁は決して、魔導師ではないのだと主張する。魔法の存在について知ったのも、つい数ヶ月前のことだと述べており、その点で云えば、数ヶ月前に魔法を知ったなのはと、まったく同じ存在ということになる。

 ──そんな男性が、よもや、民間協力者だとは……。

 魔法文明と大きく隔たれた、この地球と同じような管理外世界からの次元漂流者でありながら、初見において魔力媒体《デバイス》を扱い伏せるという、人間離れした力さえ持っている。このような人物が味方であるというだけで、フェイトの心は、自然と軽くなった。

 そんな時、街を歩いていると、脇から老婆のひとりが現れ、鯉伴に声を掛けて来た。

 その方は、果物屋の人のようだ。

 

「鯉さん鯉さん、うちに寄って行かないかい? 安くしてやるよ」

「おう、元気かい婆ちゃん。わりいが、また今度にしてくれ」

 

 ぽかん、と口を開けて、なのはとフェイトは鯉伴の後ろ姿を眺めている。

 ──鯉、さん?

 ──鯉さんって……なに?

 いったい、今のお婆ちゃんは誰だろう? 男性の親戚か?

 いやでも、次元漂流者ってことは、親類者などは居ないはず……。

 老婆と別れると、間髪いれず、すれ違いざまに、婦人であろう気風の良さそうな奥様が声を出した。

 

「あら、鯉さんじゃないかい。こんなに可愛い娘ふたりも連れて、あんたも隅に置けないねえ」

「あんたの娘さんにゃ、愛嬌で勝てるやつぁいねえよ」

 

 あら、お上手なこと。

 おかたじけ(、、、、、)、と冗談っぽく笑いながら、婦人は機嫌を良くして通り過ぎていく。

 

「鯉さーん」

 

 次に鯉伴の前に現れたのは、学校帰りであろう、制服(セーラー)姿の地元の女子高生である。

 黄色い会話を交わした後、その娘と別れると、次に、洒落たイマドキ(、、、、)の女子大生のグループが現れた。

 それと別れて現れたのは、商店街で働く女性店員達で。

 そのまた次には、なのはと同じ海鳴聖祥学校に通う、小学生の女の子の同級生までもが現れた。

 次々と黄色い嬌声に包まれながら、魁は、道往く女性(ひと)に声を掛けられている。

 

「えっ、と……」

「か、顔が広いんですね……鯉伴さん」

「ん、そうかい?」

 

 どう見てもそうである、と突っ込みたくなるなのはであった。

 数ヶ月前、この街に引っ越して来た、もとい、漂流して来たという割には、この人脈の広さはいったい。

 一見すると軽薄にも見えるこの魁の、何がなせる業であろうか。

 

「いい街だよな。ここ。人がいるってことは、いいことよ~ってね」

「鯉伴さんは、どんな世界にお住みになっていらしたんですか?」

 

 フェイトが訪ねる。

 剽軽なまでの笑みを浮かべつつ、鯉伴は答えた。

 

「そうだな、パッと見りゃあ、地球(ここ)と大して変わらねえな。日が昇れば人が起き、月が登れば誰もが眠りに就いて行く。──違いと云やあ、こっちには夜の住人がいねえってことか」

「夜の住人。……さっき仰ってた〝妖怪〟のことですか?」

 

 先刻、鯉伴が「妖怪」なるモノの血を引いているということを説明してある。

 絵本の中の、空想の産物でしかなかった「妖怪」が、彼の居た世界では実在しているなんて。

 なのは達はいまだ、半信半疑のようだ。

 

「ああ。妖怪も全国にいてな、人間と同じくれぇ立派な社会を創って、日々勢力争い。物騒な世の中でね」

「へぇ~……」

 

 そう云う目の前の魁こそが、その社会の頂点に登り詰めた者であろうとは、夢にも思わぬ少女達であった。

 

「嬢ちゃん達で云う魔法……オレも裏世界の、妖としての道を選んだからな。一般人じゃあねえ力を持ってんのは、当然ちゃあ、当然なんだ」

「妖としての道って……鯉伴さんは、妖じゃなくて、人間なんじゃないんですか?」

 

 矯めつ眇めつ、なのはがじいと鯉伴の姿を観察するも、彼の風采に、妖怪らしい所は見当たらず、多くの余人が人間として認識する姿をしている。才槌頭に見えなくもない浮ついた長髪の伸び方が、唯一にして最大の違和感であったが。

 

「オレは、人と妖の間に生まれた〝半妖〟さ。親父が妖、御袋が純血の人間の……な」

 

 鯉伴はそれが、種族を超えた愛だと言う。

 そして鯉伴は、自分の息子についても話し始めた。

 

「オレにも半妖の息子がいる。年齢(とし)は……そうだな、もう中学生になってんのかな」

 

 その言葉は疑問形である。どういうわけか──確信がないのだろう。

 

「まあ親父の血は四分の一しか受け継いでねえわけだから、クォーターって所だろうが」

「種族を超えた愛。……なんだか、素敵ですねぇ」

「でも、鯉伴さんのお父さんって、どうしてわざわざ違う種族とご結婚なさったんですか?」

 

 なのはが訪ねる。

 異族結婚は事実、周囲の猛反対を押し切って成された祝言だった。

 その理由は、妖怪はもともと人間の畏を奪って生きるモノだと言う不文律の敷きたり。──魑魅魍魎を従えた妖怪世界の頂点にいざ立たんとする男が、人間を正室に迎え入れるなど、言語道断だったからだ。

 しかし、鯉伴は鼻で嗤った。

 

「決まってんだろ? 惚れたからだよ」

 

 なのははそれに「あ、そっか」と言った言葉を漏らす。

 それに対してフェイトは、その純粋な男性の心意気に感動したのか、少し顔を赤らめていた。この手の話に敏感なのは、フェイトのようだ。

 そして、異族結婚に反対する理由が、もうひとつつあった。

 人と子を成せば確実に総大将の血、引き継がれた妖の血は薄まる。

 その時の妖怪は、人間の血が弱いモノと考え、しかし事実、その限りではなかった。鯉伴が使用した『鬼纏』なる御業も、純血の妖怪では出来ない、半妖の〝強み〟である。

 鬼纏は、半妖の持つ半分の人間部分に、信頼関係を築いた妖怪の力を憑依させ、折り重なる何倍もの畏を発動させるというもの。則ち、純血の妖怪では、金輪際として習得し得ない業なのである。

 

「じゃあ、鯉伴さんも、人間の奥さんのことがお好きなんですね?」

「……ん? ああ、そうだが?」

 

 そこで、まさか自分に話が向けられるとは思わなかった。

 虚を衝かれ、鯉伴が珍しく呆気に取られた貌を浮かべた。

 元いた世界で、鯉伴は、任侠一家の総大将を務めていた。父親から引き継いだ二代目の代紋を掲げ、みずからが領地を荒らす、凡百の妖達を退ける日々を送っていたのである。

 そんなある日、管轄である土地の屋敷に、無断で住み着いた妖が現れた。そこは快活な少女が暮らす屋敷で、妖を退治したことを切欠に、鯉伴はその少女と出逢った。

 それが後に、鯉伴の妻となり──奴良若菜という名になった人間の女性となった。

 彼女は、誰よりも明るく、誰よりも輝く笑顔を持っていた。

 

「…………」

 

 鯉伴は、若菜という妻を今でも愛している。

 それは古往今来、変わらない気持ちだ。共に子を成し、愛を育んだ人生の伴侶。──年齢で云えば、それは何百歳の老いぼれと若妻だろうが、その愛に代わりはないと、鯉伴は自信を持って云えるであろう。

 だが──。

 そんな人間の娘子、彼女との祝言も──とある一件(、、、、、)を経ていなければ、あり得なかった無かったはずの出逢いであるということを、鯉伴はこれまで、一度も忘れたことがない。

 

「……どう、しました?」

「……え?」

 

 フェイトが、鯉伴に尋ねる。

 心なしか、魁の貌に、暗い陰りが落ちていたように見えたのだ。

 

「あ、ああっ、何でもねえ」

 

 普段は飄々としている魁のその様は、出逢ってすぐのフェイトさえも、違和感を隠せなかった。

 鯉伴はそんな様子に気付いたのか、すぐに声を上げる。

 

「さ、ここらで暇しとくか。せっかくの日曜だ、のんびりしようぜ。どーせ普段は今日みたいに自主トレとかしかやらねえんだろ?」

 

 可愛くねえ。こどもは外で遊べ。日に焼けろ。

 そんな言葉を連ねつつ、なかば強引に、鯉伴はなのはとフェイトの肩を押した。

 

 

 

 

 

 

 

 ふたりを見送った鯉伴は、視線を大空に移した。

 ぼうとしたように立ち尽くし、その遠目は、まるで雲の向こうの天国、黄泉に想いを馳せているのようにも見て取れた。

 

『──鯉伴さん、また暗い顔してるーっ』

 

 鯉伴はその時、急に呼びかけられた気がして、咄嗟に背後を素早く振り向いた。

 聞き慣れた声であった。

 ──かつての自分は、辛気クサい話しか出来なかった。

 あの頃の自分に笑顔を振りまき、心を起こしてくれた、奴良若菜の声のような気がした。

 振り向いた先、そこには誰もいなかった。

 街中で往来する他人の群れが、道の真ん中で立ち尽くし、急にそんな行動を取った鯉伴のことを白い目で一瞥しながらすれ違っていく。

 

「…………気のせい、か」

 

 あの頃の自分は、荒れていた。正直云って、色んな女性に手を出すほどに。

 鯉伴かそうなったのには、原因があった。

 ──あの女性(ひと)のことを考えれば……いつも、暗い顔になるそうだ。

 長い間、ずっと影を落としていた気がする。

 若菜と出会ってからは、表に出る回数こそ減ったものの、思い返せば、この悔しさは止め処ない。

 

「山吹、乙女……」

 

 それは、かつて鯉伴が愛した、もうひとりの女性の名前である。

 荒れていた時とは違い。鯉伴が、本気で恋をしていた女性である。

 彼女との関係の中で、何がいけなかったのか──鯉伴は今でも、わからずにいた。

 ──誓ったはずだった。ずっと一緒にいる、と。

 

『──山吹の花は、実が成せない』

 

 どうして。

 誰が。

 悪いのか。

 いけないのか。

 わからない。

 そして今も、わからぬまま。

 八重咲きの山吹を添えた、古歌の中で。

 

『七重八重 花は咲けども山吹の 実のひとつだに なきぞ悲しき』

(山吹は 綺麗な花を咲かせることはできても 実をみのらすことはできない)

 

 『泣い』ていたのだ。古ぼけた半紙には、涙の跡がついていた。

 『無い』ことに『泣い』ていた古歌に記された丁寧な文字の筆圧は、彼女の秘めた内なる苦しみと悲しみを、嘆きを、怒りさえも辛く、苦く、強かに訴えかけているようだった。

 鯉伴は、彼女の帰りを待ち続けたのだ。少しでも気を紛らわせようと、独り身で在り続け──「遊び人の鯉さん」で居続けた。

 いつか。

 きっといつか。

 あの女性が、自分の許へ帰って来てくれるような気がして。

 それでもふたりの時は、もう二度と交わらず、彼女の死を知ってからは、自己嫌悪するほどに荒んだ。

 

「……嗚呼」

 

 どうして、こんなことを思い出す……。

 深呼吸と共に、鯉伴はそれを心から吹っ切った。

 ──あくまでも一時的な暗示だと、理解した上で。

 

「いまさら。ほんと、いまさらだよな……」

 

 ──気分を換えよう。

 その場から立ち退こうと、もう一度、鯉伴は背後を振り返った。

 すると、その視線の先、目の前には、鮮やかな色の着物を纏った少女が、辺りを見回しているのか、キョロキョロと首を回していた。

 

「……はあ?」

 

 鯉伴は咄嗟に違和感を感じて、その少女を目を細めて見据えた。

 そして確信と共に、こんなことを思う。

 

 ──なんつぅ着つけ方してんだ、あの娘っ子(ガキ)

 

 少女は、着物を左前に着ていた。

 ──そいつは、死人に着せる時のやり方だろうが。

 あまりに縁起が悪く、勧告しに歩み寄る。近づけば近づくほど、可憐な少女であることが明らかに見えて来た。

 少女趣味の愛くるしい人形が動いているかのような容姿。艶やかに波打った長髪。背丈は小さく、表情には年齢相応の幼さを残した、猫目の少女。

 戸惑っている様子がまた、愛嬌というべきか、男の保護欲を一層強く引き立てる。その様子を見れば、そんじょそこらの男性であれば父性を駆り立てられ、正義感から迷わず声をかけるに違いない。

 

「あれぇ、この辺りから匂ってた(、、、、)んだと思ったんだけどなぁ」

 

 完全無欠に思えるような美少女は、しかし、その小さな両腕に、人の頭蓋骨を抱えていた。

 なるほど。大人たちが声をかけない理由はそれだ。どー見ても不気味だ。

 

「あやかし、か……?」

 

 頭蓋骨を抱えているだけならまだ疑いようがあるが、少女はそれだけに留まらず、髑髏の眼窩に2匹の蛇をまとわりつかせている。

 鯉伴は、すぐにその少女が人間でないことを理解し、片眼をぎょっと見開いた。

 この世界に、妖は存在していない。おそらく彼女は次元漂流者であって、だとすれば、鯉伴が執るべき行動はひとつだけだ。

 

「おーい、そこの嬢ちゃん。いったい何してんだ」

 

 声をかけられた女の子は、鯉伴の姿を捉え、その瞬間、世界の終わりのような顔を浮かべた。

 

「ハッ!? ぬ、ぬらりひょん!?」

 

 少女は鯉伴に気づき、驚愕する。

 ──まさか。

 眼前にいるのは、後ろへと大きく棚引いた髪。確実に色男ではあるのだが、憎らしい貌であることに変わりはない。狂骨は即座に、蛇を飛ばした。その速度は、あまりにも速く、周囲の一般人には捉えられない。

 魁の頸が────蛇の毒牙に噛み砕かれた。

 頸から先の頭が飛び、空高く舞い上がる。それを確認した狂骨の貌が綻ぶ。

 

「や、やった!?」

「──ほお。誰がやられた?」

 

 魁の声は──狂骨の背後から響いた。

 その声に、ぎょっと目をむいた狂骨は即座に振り返り、またも、蛇を遣わせようとする。しかし、

 ごすっ。

 それよりも前に、強烈な魁の拳骨が、狂骨の頭に降り注いだ。

 いたっ、と悲鳴を上げてその場にしゃがみ込む。

 無傷の鯉伴はすぐさま、二匹の蛇をぐいと掴み取る。満足げな貌を浮かべつつ、二匹の蛇の体躯を、いたずらっぽく蝶々結びに結びつけてしまった。縛られた蛇が、悲鳴のような鳴き声を上げるも、行動不能に陥った。

 

世界(ばしょ)を考えろよ……場所(、、)を」

「な、何の話!? ぬらりひょんの分際でぇ!」

 

 ──ああ、こいつも迷子(、、、、、、)か……。

 鯉伴はその事実を、すぐに理解した。

 反論の隙さえ与えず、鯉伴は少女のこめかみを拳骨でぐりぐりと穿った。

 

「イタたたたたたっ!!」

「話を聞け、娘っ子」

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れに照らされた海鳴市。

 沈む夕日の輝きを反射して、オレンジ色に染まった海を一望できる臨海公園。

 奴良鯉伴は、京妖怪である狂骨から、話を訊いていた。

 

「はぁ」

 

 物腰は重く、鯉伴はひとつ、ため息を吐いた。

 

「──で? 気がついたらこの世界にいた、ってのか?」

 

 オレと同じじゃねーか、と鯉伴。

 ふたりは今、大きな公園のベンチに座っていた。狂骨はと云うと、鯉伴の隣に大人しく腰掛けており、奢って貰ったのか、アイスクリームを食べている。

 鯉伴は、狂骨を自由にさせていた。

 三十秒と持たなかった鯉伴と狂骨の闘いは、鯉伴の勝利で終わった。

 鯉伴の姿を目に入れた途端、狂骨は目の色を変えて攻撃を仕掛けて来たのだから、おそらく、京妖怪に縁のある妖であろうことは、鯉伴にもすぐに判断できた。

 しかし、だからと云って、殺そうとは思わなかった。

 鯉伴は「場所を考えろ」と云ったが、ここは、鯉伴達の居た世界とは別の世界である。ここでは、奴良組の妖怪も、京の妖も、みな一概に「次元漂流者」という扱いになるからだ。漂流者同士で争う理由が、現時点では見当たらない。向こうの世界でのいざこざを、こちらに持ち込む道理はない。

 鯉伴はそういった大人な対応を取ったが、一方の狂骨は、一応、大人しくはしているが、その態度は露骨で。

 

「にわかには信じられない話よね……『妖のいない世界に飛ばされた』なんて! それも、奴良組の者に説明されたこと!」

 

 ──いったい、奴良組に何の恨みがあるんだ、こいつは……?

 初対面の子娘にむざむざと言われ放題だが、そんなことも堪忍できないほど、鯉伴は狭量ではないし、怒る、と云った感情からは懸け離れた鯉伴だ。稀に説教こそするかもしれないが、常に楽観的な彼が本当に怒れる時など、本当にあるのか疑問である。

 わざとらしく嘆息をついた鯉伴が、折れたように少女へと歩み寄る。彼女の持つアイスクリームに視線を遣りながら問う。

 

「なあ、それ、オレにも少し分けてくれよ」

「いや」

「金払ったのオレだぜ?」

「うっさい」

 

 ──ホントに可愛くねえ……。

 間接接吻(キス)の話でも持ち出すのなら、いくらか可愛げがあるってのに……。

 

「なんだ、気に入ったのか? 妖のくせに、変なヤツだな」

「アンタには、関係ない………」

 

 内心、かなり気に入っているようだ。

 鯉伴はふっと微笑んだ。

 

「にしても、おめぇ、狂骨の娘さんだってな? あのオッサン、結婚してたのか」

 

 鯉伴はかつて、京妖怪とは何度も戦ったことがある。

 娘の方の〈狂骨〉とは今回が初対面だが、親父の方の〈狂骨〉とは、鯉伴は幾度となく刃を交えている。羽衣狐復活、最果てに、鵺復活と云う宿願を掲げる京妖怪達よ野望を、阻止するために、だ。

 

「実の娘ではないのよ…………だって、わたしは……」

 

 それまで嬉々としてアイスクリームを食していた狂骨の表情に言い知れぬ暗澹な陰りが落ちたので、鯉伴はそれ以上の詮索を中断した。

 

 

 

 

 

 

 

 鯉伴はその後、元の世界の現世で起こっていたことを、狂骨から聞いた。

 鯉伴の息子が、羽衣狐を倒したこと。

 それでも鵺の復活は、喰い止め切れなかったこと。

 そして、

 

「──じゃあ、やっぱりオレを刺したあの娘は、山吹乙女、本人だった……てのか」

 

 鯉伴を殺した乙女とやらが……紛うことなく、山吹乙女、本人だったと云うこと。

 事情を知っている狂骨も、この時ばかりは、鯉伴の顔色を伺った。

 とある妖の策略で、鯉伴の前妻である山吹乙女が、娘子に反魂させられていたこと。

 乙女の身体が、羽衣狐の依代とされていたこと。

 

「山吹って(ひと)……とても悔やんでいたわ。あんたを置いて、奴良組を出て行ったことも、操られていたとは云え、その……あっ、愛していたあんたを、殺しちゃったことも」

 

 今、鯉伴に語られる、向こう側の世界の〝真実〟──狂骨の言葉を聞いて、鯉伴はしかし、優しい微笑みを浮かべていた。

 

「そうかい………そりゃ、良かった…」

 

 暗い影は消え、いつもの瞳に戻る。

 

「一応、訊いておくけど。あんた、この世界でお姉様を見てないでしょうね?」

「羽衣狐を? 莫迦云え」

「そっか。そんな都合良くいるはずないわよねぇ……」

 

 敵対関係にある、鯉伴と狂骨のふたり。

 しかし今は、敵対する理由が見当たらない。別世界に来てしまい、仲間はいないのだから。

 そもそも、京妖怪の宿願は『鵺の復活』だ。鯉伴こそ何百年にも渡ってそれを阻止し、宿願を潰し続けて来たが、彼の息子には京妖怪を食い止めることはできず、その目的が既に完遂されている以上、鯉伴を敵視する必然があるのか?

 なにせ、狂骨には、鵺に仕える道理が何ひとつとして持ち合わせていない。むしろ、憎んですらいるはずだ。敬慕していた羽衣狐を地獄へ突き落としたのだ。

 鯉伴を倒し、鵺を助ける理由が、よく考えれば、どこにも見当たらない。

 狂骨もそれをようやく理解し、鯉伴へと歩み寄った。

 

「そういや、オレや、おめぇ以外にもうひとり……『次元漂流者がいる』って聞いてる」

「えっ? そ、それ、しょうけらじゃないでしょうね?!」

「女らしい」

 

 言葉に、狂骨の目の色が変わる。

 

「オレもまだ会ったことねーんだが、捜索と保護を任されてる。その女の次元漂流者が、ひょっとしたら羽衣狐って可能性も────いやねーな! どんな偶然だよ!」

 

 ハッ、と鯉伴は笑い飛ばす。

 

「とにかく、おまえさんを助けてやる道理はねーが、こっちは仕事だ。なにかわかったら、連絡くらい寄越してやるよ」

 

 言いながら、鯉伴は立ち上がる。

 しかし、それを止めたのは狂骨だった。

 

「ちょ、ちょっと待った!」

「なんだよ。おかわりはナシだぞ」

 

 狂骨は鯉伴と目を合わせられないまま、拳をぎゅっ、と握り締めながら、言った。

 

「ぬ、ぬらりひょんの一族は、その、し、信用できないわ!」

「だろうな」

「その任務、わたしもやるわ! だから、おまえの家に行く!」

「はあ?」

「………………っ」

 

 貌が赤い。

 ──恥ずかしいなら云わなきゃいいのに。

 

「…………ああ」

 

 ──あ、行くアテねーんだな。

 鯉伴は笑いながら、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 此処は、海鳴市のとある屋敷。

 

「ん。うぅ」

 

 ──〝妾〟は、仰向けになって、寝かされていた。

 見慣れない場所だ──。

 ──ここは、いったい……?

 

「目が覚めましたか?」

「え……?」

 

 〝妾〟はそこで、気を取り戻した。

 起き上がった先に立っているのは、初老の男性。

 黒いタキシードに身を包み、高貴な印象を受ける。

 

「御嬢様、目をお覚ましになりましたよ!」

 

 一方の、声を上げたその女性は、メイドさん。

 御嬢様、と呼ばれた女の子を呼んでいるようだ。

 ──いったい、ここはどこだろう?

 部屋を見渡す限り、かなり高貴な、洋風の御屋敷と見える。

 〝妾〟が今、起き上がれずに横になっているのも、ベッドの上でしょうが。

 とても一級品と見受けられる。とても、ふかふかだ。

 あたりの景色はすでに、夜になっている。

 

 ──なぜ〝妾〟は……このような場所(ところ)に居るのだろう?

 

 思慮していると、ひとりの少女が、部屋に入って来た。

 

「顔色、大分よくなったみたいね」

「は、はい……」

 

 〝妾〟の前に現れたのは、とても、気の強そうな女の子である。

 

「まったく、うちの執事が偶然見つけなかったら、きっと飢え死にしてたわよ! あなた!」

「飢え、死に……?」

 

 ぼやけていた記憶が、少しずつ思い出されて行く。

 ──ああ、そうだ。〝妾〟は、彷徨っていたんだ。

 家を失い、行く宛もなく、街を彷徨って、手持ちのお金もなくて……

 

「街中で野垂れ死にそうだった〝あなた〟を、うちの執事が偶然見つけて運んできたの。感謝してよね! ……でも、元気そうで良かったわ」

 

 オレンジ色の髪の女の子は。

 年齢はそう、はやてちゃんほどの──。

 

「わたしは、アリサ・バニングス! あなたの、名前は?」

 

 そして──〝妾〟は答えた。

 

「山吹乙女、と、申します──」

 

 

 

 

 

 

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