~千年狐と江戸の花~   作:樹霜師走

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闇の書、蠢き始めた『策略と陰謀』

「管理外世界にて、指名手配中の守護騎士二名を捕捉しました! 現在、表層結界内部で対峙中です!」

 

 魔道師からの報告が入る。

 場所は、時空管理局の手が、一般的には及ばない管理外世界である。報告では、再びヴォルケンリッターが、魔力生命体を狩猟しているとのことだ。

 報告を受けたアースラ艦長、リンディ・ハラオウンは、即座に戦闘局員に指示を飛ばした。

 

「相手は強敵よ! 交戦は避けて、外部から結界の強化と維持を! 現地には、ハラオウン執務官と、特務戦闘員を向かわせます!」

 

 再び、開戦。

 

 

 

 

 第十三話。

 (やみ)(しょ)(うごめ)(はじ)めた『策略(さくりゃく)陰謀(いんぼう)

 

 

 

 

 

「管理局の魔道師か。……なかなか行動が早い。我らの行動パターンを分析し、特定し始めたか」

 

 合計一〇名の管理局魔道師に取り囲まれているのは、鉄槌の騎士ヴィータと、盾の守護獣ザフィーラであった。

 戦闘力においては察し者の彼らも、圧倒的な人数差からか、表情は険しい。

 しかし、先に表情を綻ばせたのは、ヴィータであった。

 

「なんの。チョロいよこいつら。一気に返り討ちだ!」

 

 ヴィータはグラーフアイゼンを構え、戦闘態勢に移る。

 次の瞬間、ヴィータの覚悟とは裏腹に、管理局の魔道師達はまるで蜘蛛の子を散らすようにその場から飛び退き始めた。あっさり、撤退したのだ。

 

「なんだ?」

「──上だ!」

 

 ザフィーラが声を上げる。

 貌を上げると、そこには、無数の刃を召還したクロノ・ハラオウンの姿があった。管理局の武装魔道師の包囲に圧倒されている、その隙を突いて、魔力の充填を終えていたのだ。

 

「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!」

 

 刃の雨が、守護騎士へ降り注ぐ。

 尋常ならざる魔力攻撃だ。

 

「チィッ!」

 

 咄嗟にザフィーラがシールドを展開し、ヴィータの前に立ちはだかる。

 

「ておおああああっ!」

 

 気合の類で魔力の相殺を図るザフィーラであったが、さすが、弱冠で執務官となったクロノの攻撃力は底知れない。戦闘魔法として、余人も文句のつけようがない火力を誇るスティンガー・ブレイドは、盾の守護獣と謳われるザフィーラを本気にさせた。

 無数の刃は弾き飛ばされ、黒煙を巻き上げ、爆発が起こった。

 

「ハァ、ハァ。………すこしは、通ったか?」

 

 クロノが息を切らし、爆風の状況を見据える。

 ザフィーラは、無事だった。ヴィータを庇い、その身体の数箇所にブレイドが突き刺さった状態でいるも、それを一喝と共に吹き飛ばす。

 ヴィータがその傷に感応し、怒りの眼差しでクロノを睨み付けている。

 

「くッ……」

 

 鋭い視線に、クロノがわずかに気圧される。

 同時に、エイミィからの通信が入った。

 

〈武装局員、配置完了! クロノくん、今そっちに特務戦闘員を送ったよ!〉

 

 ハッとして、指定された座標に振り返る。

 そこには、奴良鯉伴がにこにことした面持ちで、こちらに手を振っていた。

 ドスを肩に担ぎながら、飄々と佇んでいる。

 

「よぅ、苦戦してんなぁ、こども執務官」

「莫迦云ってないで、早くこちらに来て下さい」

 

 ──増援は…………〝彼〟だけか?

 いや、それもそのはずだ。なのはとフェイトのふたりは、今、デバイスを持たず、待機中である。

 それぞれの武器が改修中のため、来られるはずが無いのだから。

 しかし、鯉伴ひとりだからといって、落胆の色は見えない。──彼が来れば、あるいは、百人力だ。

 

「……誰だ?」

「新たな戦闘員か」

 

 ヴィータが鯉伴を見て、率直に感想を述べた。

 鯉伴がそこで、これから刃を交えることになるであろう、守護騎士のひとりの姿を視認する。それが赤毛の、すくなくとも外見上は幼い少女であると判断すると、大きく伸びた黒髪を掻き、わざとらしく嘆息ついた。

 

「戦場に娘っ子が多いってのは、どういう時代の風潮だろうな。勘弁して欲しいぜ」

 

 それは、おおよそ滅多な弱点など存在しないと思われる鯉伴の中でも希少な弱音にして、本心から放たれた言葉であった。

 ──もともと、男ってのは、娘子に弱いもんだろ?

 これは、鯉伴自身の自論である。後悔から得た教訓と云ってもいい。

 少女や女性を前に刃を抜いて、男性はまず、抵抗感を抱いてしまう。──鯉伴とて、騎士道精神やフェミニズムを唱えたい訳でもないが、少女を敵に回していることに内心では、心底うんざりしていたと云える。

 鯉伴は、小さな少女が苦手になっていた。

 苦手意識は、露骨に少女を差別するほど程度のひどいモノでもないが、鯉伴はかつて、少女に心を許したことによって、出来れば二度と味わいたくないような経験を踏んでいる。その時の記憶が蘇ることもあり、女の子、という人種が、他と比べるとすこしだけ苦手なのだ。

 不本意ながら最近は、なのは、フェイト、狂骨と──よりにもよって、女の子ばかりを引き寄せてしまっているが。 

 

「闇の書の守護騎士! 抵抗はやめて、大人しく投降しろ!」

「あのさァ、ベルカのことわざに、こういうのがあんだよ」

 

 クロノの勧告に、ヴィータが口を開く。

 鯉伴は下から、それを見上げていた。

 

「〝和平の使者なら槍を持たない〟──話し合いをしようってのに、武器を持ってやって来る莫迦がいるか、バカ、って意味だよ! バカ!」

「うッ……」

「フハ、云われたなあ、こども執務官」

 

 的を得た言葉に、クロノは返す言葉を失う。

 

「鯉伴さん、あなたどっちの味方なんですか……」

「そりゃあ立場的にはオメーだろ。だが、あの嬢ちゃんが云ってること()〝正しい〟と思っただけさ」

 

 鯉伴は、片眼を瞑った。

 

「オレぁ御高説とやらを彼是と垂れ流すのは、苦手なんだ」

 

 鯉伴には、何が正しいとか悪いとか、それを判断する力はないし、そもそも、何が正義で何が悪かなど、判断しようとも思わない。

 ──ただ、いつだって……手前に〝粋〟だと思えることに、真摯なだけだ。

 告げ、ハクトウラを構えた。

 

「蒐集をするのにも、あんたらなりの事情があるんだろう。理由は訊かねーし、訊いたからって何かしてやれるわけでもねえ。どっちが正義で、どっちが悪だとか、そんな理屈はオレにはどーでもいいこった」

 

 ──ただ、互いが交えぬ道に据え、敵対しているというひとつの事実さえあれば、他に、闘う理由は必要はない。

 白銀に輝くその刃が鋒が、ヴィータとザフィーラへと固定される。

 ヴィータとザフィーラは、魁から放たれる小粋な言葉を、真っ直ぐに聞き止めていた。──決して粋がっているわけじゃない。きっとあの魁は、心根からそう感じているのであろうことが、言葉の中に含まれた力から感じ取れた。

 

()ろうぜ。結局、(これ)しかねえだろ、オレ達(、、、)みてえな、無法者には」

 

 鯉伴は、間違っても自分が正義だとは思ってはいない。

 ただ、その持論を口にすると、管理局の者たちの顰蹙を買うことになるため、表面上は「正義執行」と唱えているが、鯉伴はむしろ、自分は、守護騎士達と〝同じ穴の(ムジナ)〟だと考えていた。

 ──どの道、妖怪が正義なはずがない。妖なんてのは、悪行ばかりする、悪タレ鼻タレの集まりだ。

 任侠道に正義なんて言葉は、本当に存在するのか。正道ではなく、極道であるからこそ、任侠なのではないのだろうか。

 

「手前の仁義を見失っちゃあ、この世は渡っていけねぇさ」

「極道の者か…………フッ、なかなか、面白い魁だ」

 

 拳を構え、ザフィーラが一歩前に躍り出る。

 

「ヴィータ。オマエは、あの小僧の相手を頼む」

「なんだよ、ザフィーラ。あの得体の知れねえ野郎と戦う気か?」

「相応の猛者と見た。男と拳を交えるのは懐かしい……一度、力を交わしたい」

 

 ザフィーラとて、浅はかな興味本位で、そう提案したわけではない。

 ──ここで騎士(われら)の中のひとりでも斃れれば、主はやてに、危害が加わる。

 騎士達は誰ひとりとして、決して敗北することは許されていない。あの魁を打ち負かし、あるいは退け、ザフィーラは必ず、八神家へと帰還せねばならないのだから。

 エイミィが、訊ねた。

 

〈交渉は、失敗ですか?〉

「半分以上はクロノのせいだけどな」

「なッ」

「だがオレは、この結果を期待してた」

 

 極道を歩み、外道に堕ちた半妖。

 蒐集を行い、外道に堕ちた守護騎士。

 ──そんな無法者同士が己の筋を通す(、、、、、、)には、武力を以て抗争するしかない。

 クロノの立場は管理局という警察機関かもしれないが、民間協力者に過ぎない鯉伴は、自分を警察だと思ったことは一度もないのだから。

 云うと、不敵な笑みを浮かべると同時に、鯉伴は駆け、逆手に持ったハクトウラによりザフィーラへの攻撃を仕掛けた。ザフィーラは拳を強く握り、その右腕を邁進し、来る鯉伴に向けて突き出した。

 

「盾の守護獣・ザフィーラ、参る!」

 

 次元、世界の垣根や境界を超えた二者が、激突する!

 鯉伴とザフィーラが、すれ違い様に一撃を見舞った。

 

(やはり……出来るか!)

(幹部以上の力か。やるねぇ……)

 

 ふたりはすれ違うと、即座に振り向き、再び相手を見据える。

 鯉伴は刃を据え、ザフィーラへと語りかけた。

 

「……助かるぜ、相手があんたのような御仁でな。火事と喧嘩は江戸の華……男同士の応酬(けんか)じゃなあ血が滾らねえってもんよ」

 

 これまで鯉伴は、図らずも、少女達と対峙することの方が多かった。その点、ザフィーラを相手に置いた決闘は、やり易くて堪らない。

 鯉伴は自然と微笑みをかけていた。

 

「詰まらぬ矜持に心縛られていては、娘子に寝首を掻かれようと、後悔は出来ぬぞ」

 

 確かに、そうだろう。男なら戦えて、女なら無理だと、鯉伴の言葉からはそう言われているようなモノなのだから。ただ、云われていることは、鯉伴にとって図星に他ならず。

 

「……耳が痛いな」

 

 自嘲気味に、鯉伴は嗤った。

 

「互いの真の力、ぶつけ合うとしよう!」

 

 ザフィーラは魔力を増幅させ、腕に力を込める。

 魔力がバチバチと火花を散らしたかのように、ザフィーラの拳に溢れんばかりの魔力が累加される。

 

鬼纏(まと)うぜ、ハクトウラ」

〈 Yes,sir 〉

 

 鯉伴が抜刀し、ハクトウラの魔力を展開する。

 白光が神々しく夜の世界に閃き、光の渦の中心から、白銀の刃を引き抜いた。

 

「な、なんだ!?」

 

 その神々しき輝きに、クロノへと攻撃を仕掛けていたヴィータが反応を示した。

 魁の姿が、その白い輝きとは対照的に、みるみる漆黒に染まり、斑の入った黄目の目元と、黒髪に紅い紋が刻まれて往く。悪鬼羅刹のような風貌をした魑魅魍魎たる魁が、其処に現れた。

 ヴィータがその様子を凝視していると、魁の持つデバイスに、見覚えのある構造を発見する。

 

「カートリッジシステム!? 管理局は、アレを盗用しやがったのか!?」

 

 ──だが、莫迦な!

 カートリッジシステムを扱うには、デバイスと主との間で、強い信頼関係が必要不可欠だ。

 ──デバイスを「道具」としてしてしか認識せず、単なる武器として、大量に量産しているミッドチルダの者に、アレが使えるはずがない!

 ヴィータは心の中で驚愕した。ベルカでしか使用されていなかったカートリッジが、管理局保持のハクトウラに搭載されていたことに。

 

「ベルカの文化を盗みやがって、アイツ!」

「スティンガーブレイド!」

「うあっ!?」

 

 鯉伴に気をとられていたヴィータに、クロノが一撃を見舞った。

 攻撃方法は断じて堂々とは言えなくとも、卑怯であっても、正攻法では勝ち目がない、そう判断していたクロノである。

 

「こ……この野郎ぉぉー!!」

 

 せめて、カートリッジの搭載されたハクトウラを粉々にしたい! そんな希望も通らず、クロノが全力でヴィータの妨害に走る。ヴィータは小さく毒づいた後、クロノとの距離を一気に縮め、反撃に出た。

 

「問おう。御身はいったい、何者だ?」

 

 ザフィーラは思慮していた。

 ──おそらく、あの魁は、正式な時空管理局の局員ではないのだろう。

 現代では、滅多に見ぬ寅縞模様の着流しに、黒の股引。ザフィーラにそう思わせる最大の違和感は、今、まさに魁が展開している術式についてである。

 ミッドチルダでもベルカでも、あんなデバイスの使用方法には、一切の見覚えがない。「ハクトウラ」というデバイスを、武器として「使って」いるのではなく、まるでその身に「纏って」いるかのようだ。

 

「我は、書による転生を繰り返し、何百年と……激動の時代の猛者達とも多く拳を交えて来た。……だが、そのようにデバイスを扱う輩は、おぬしが初めてだ」

 

 ──奇遇だな。

 と鯉伴も言いかけたかったが、ふと、喉奥で呑み込んだ。

 鯉伴とて、激動の時代を駆け抜けて来た猛者であるが、期間にして鯉伴が戦っていた六百年以上の間、人間が「魔法」という力を用いて戦う姿など、見たことがなかったからだ。

 おそらくザフィーラも、今の鯉伴とまったく同じ心境なのであろう。

 

「オレぁ単なる次元漂流者だ。訳あって局の連中に、協力中の……な」

 

 鯉伴のデバイスの使用方法が、ミッドチルダでも、ベルカでも使われていないのは当然のことである。彼が用いる「鬼纏」と云う名の術式は、彼自身が、初めて編み出した奥義なのだから。

 本人がデバイスを魔力媒体として使うのではない。鬼纏を駆使した鯉伴だけの術式は、デバイスの魔力を本人に纏わせるのだ。

 

「……そうか」

 

 ──この魁は、どうしてだろう。あの女狐と、同じ匂いがする……。

 そう思ったのは、確かであった。

 ザフィーラは次の瞬間、立ち止まっている鯉伴へ向け、魔力を込めた右腕で殴りにかかった。

 瞬動。更に加速し、速度は速い。

 ただ立ち止まっていた鯉伴は、その速度に反応し切れていないと、そう思った。強烈な拳が鯉伴に撃ち込まれ、しかし、見事に失敗した。魁の身体はまるで紙切れのように千切れ、やがては空気の中に消えてしまった。

 ザフィーラが驚愕に目をむいた時、

 

「──鬼纏(まとい)畏襲(かさね)

 

 どこからか、魁の声が響いた。

 ──どこからか?

 違う。確かに、ザフィーラの背後から響いたのだ!

 

「クッ!?」

 

 ザフィーラの背後に現れた魁は、大きく刀を翻し、白銀の弧を空中に描き出した。凄絶な一撃を、障壁によって防御するザフィーラ。防御魔法は破られることさえなかったが、その代わりに、受け止めた衝撃に、大きく吹き飛ばされた。

 吹き飛ばしの勢いを殺し、受身を取ったザフィーラが、貌を上げる。しかし、見上げた先には、既に誰の人影も存在していなかった。魁の姿が、消えていたのだ。

 

「ガァッ!」

 

 ──まやかしの類か!

 姿を消す謎の手法を執る魁を、ザフィーラは嗅覚を研ぎ澄ませることによって、居場所を突き止めようと考えた。

 魁の匂いを感じたその先に、狼の尾のような刃を振り回し、空中を薙ぐ。

 ザフィーラの魔法攻撃、(はがね)(くびき)である。

 鋭利な魔力刃に斬り裂かれた空気の中から、魁の姿が現れた。──しかしその姿は、上半身と下半身で、真っ二つに両断されていた。その姿は再び、破れた紙きれのように、どろり、と空気の中に溶けてゆく。

 まったく、わけが分からない。

 気配を消したり、見つけたと思えば、掴めない。──まるで、妙な幻想の世界に閉じ込められているかのように〝出口〟が見えない。

 

「澄み渡る水面。──則ち〝明鏡止水〟は、波紋を立てれば破られる」

 

 ──どこだ……どこにいる!

 ザフィーラは〝あたり〟を見回すも、魁の姿は、何処にも見つけられない。

 

「けど、水面に映る月。──〝鏡花水月〟は、波紋を起てると、届かなくなる(、、、、、、)んだよ」

 

 鯉伴は、ザフィーラの〝懐〟に潜り込んでいたのだ。

 

「なッ!?」

「懐が空いてるぜ」

 

 鯉伴は、屈んでいた。その状態から跳ね上がるよう袈裟斬りを繰り出し、電光石火の白銀の刃が、反応しようとしたザフィーラの右肩を切り裂いた!

 短く悲鳴を上げるザフィーラが、怯んだ所を鞘によって撲り飛ばされ、為す術なく空中へと打ち上げられる。それを見たヴィータが焦燥に駆られる。

 

「ザフィ──!? くそっ、ラケーテンハンマー!!」

 

 目の色を変えたヴィータの攻撃を、クロノは咄嗟に障壁で防ごうと考えた。しかし、ヴィータの繰り出すラケーテンハンマーは、強力な障壁破壊の効果を有しており、障壁は砕かれ、衝撃の余波によって、クロノは大きく吹き飛ばされてしまった。

 グラーフアイゼンを、大槌型(ハンマーフォルム)へと変形させ、ヴィータはすぐさま数多の鉄球(シュワルベ・フレーゲン)を空中へと撃ち放った。弾丸は様々な軌道を通り、遠方の鯉伴へと窮迫する。

 打ち出された球が、追撃に出ようとしていた鯉伴の行動を阻んだ。

 

(おっと、あの嬢ちゃんも冴えてるな……)

 

 ただの娘子だと思っていたが、しかし、状況判断と行動が的確すぎる。

 狼の獣人の危機にいち早く反応し、瞬時に判断を切り替え、クロノを引き離す。牽制攻撃で鯉伴の追撃を阻止し、獣人に再起までの時間を稼がせる。

 間違いない。──向こうも「手練れ」だ。

 

「しっかりしろぉクロノ、仕留め損なったじゃねーか」

「す、すみませっ──」

 

 さっきまで、ただのお嬢ちゃんとしか認識していなかった、そんな自分を鯉伴は戒めた。

 見かけだけで判断していたら、自分はあの娘っ子に負けていたかも知れない……。

 

(大丈夫か! ザフィーラ!)

 

 念話を繋ぐヴィータ。

 

(右肩を斬られた。これでは……主に、無用の心配をさせてしまうな)

(生きてりゃ、なんとかなるさ! ……でも、せっかく乙女が家に帰って来て、はやてが蒐集に同意してくれたってのに、コイツら!)

 

 八神家では、事態が急転していた──……。

 

 

 

 

 

 

 

 結界の外側で、シグナムは、結界を見下ろすように滞空していた。

 

「──強層型の捕獲結界とは……。ヴィータ達は、この中に閉じ込められたか」

〈 Whlen Sie Aktion 〉

(どうしますか?)

 

 ふたりの仲間を救助に来たシグナムに、レヴァンティンが、催促を求める。

 不敵に哂い、彼女は口を開いた。

 

「レヴァンティン。おまえの主は、ここで引くような騎士だったか?」

《 Nein 》

(いいえ)

「フッ……その通りだ」

 

 シグナムとレヴァンティンの間には、既に堅い信頼関係が結ばれている。──そう、レヴァンティンの管制人格は、シグナムが此処で引き下がるような女性でないことを熟知している。

 信頼、しているのだ。

 次の瞬間、シグナムはレヴァンティンを振りかざし、結界を破って、内部へと突入した。

 

「──!? 増援か!?」

 

 吹き飛ばされたクロノだったが、シグナムの介入を見た時、小さく毒づき、構え直す。

 だが、その視界には相手の戦闘態勢など映らず、ザフィーラとヴィータの、離脱しようと逃げてゆく背中だけが映る。

 

「撤退するつもりか!? くそ!」

 

 ──逃がす訳にはいかない!

 そう考え、S2Uを構えたクロノであったが、瞬時に脇から挟まれた声に、制されてしまった。

 

「無理だ。追いつけっこねぇ」

 

 鯉伴は、空を飛んで逃げる者を追った経験が無い。そもそも、ハクトウラを手にする前の彼は、空を浮遊する手段を持ち合わせていなかった。ゆえに、追撃に出ても、彼女たちに追いつける自信は無いのだ。

 鯉伴が不在の状態では、守護騎士には勝てない。

 今からであれば、クロノ達は追いつけるかもしれないが──そこには勝機がない。

 追撃は、中止になった。

 

 

 

 

 

 

「──よかった。追って来てねえぞ」

 

 クロノや鯉伴の追跡がないか、後方を確認しながら飛行しているヴィータ。

 

「……大事ないか、ザフィーラ」

「なんとかな」

 

 シグナムがレヴァンティンを鞘にしまい、ザフィーラの様態を案じた。

 ザフィーラの憮然とした表情には、冷や汗こそ浮かび上がっているものの、身体はそこまで、重傷ではないようである。そんな彼が、言葉を続けた。

 

「……しかし、実に厄介な輩が管理局に加勢したようだ。今の魁……その実力は、おおよそ、少女魔導師ふたりを遥かに凌駕している。──かなりの手練れだ」

 

 夜天の守護騎士(ヴォルケンリッター)は、人間ではない。

 正確には、魔力生命体と云う──闇の書が生み出した〝プログラム〟であり、生命活動の限界に「寿命」という言葉を用いるのは適切ではないような存在だ。召還されれば、何度でも生まれ出てて来ることが可能な生命体であり、いつまで年を取る、ということがない。

 闇の書の蒐集の輪廻に、遙か古来より仕える守護騎士は──何百年もの時を駆け抜けて来たため、それこそ「経験」で云えば、凡人に後れを取るはずがないのだ。

 それなのに今の魁は、おおよそ二〇代に見受けられるあの若さにして、ザフィーラの力量を凌駕した。何が足りず、ザフィーラは気圧されたのか。

 ──経験? 能力? 武装? 

 そのいずれも、適切な正解ではないような気がする。

 あの者から感じ取った『力』は──何だったのだろう?

 

「それが本当なら、厄介な話だぜ」

「だが、こんな所で諦める訳には行かない。──主はやては乙女が帰還(、、、、、)したことにより、延命を希望なされた(、、、、、、、、、)。蒐集を完遂させなくては、その願いすら、我々は果たせない」

「ああ、そうだな」

 

 その時やっと、ヴィータの表情に笑顔が戻った。

 

「我の心配はいらない。ここで散って、いつもの場所で落ち合おう」

 

 そうして3人は、その場で散っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球、海鳴市。

 

(ねえ、ユーノ君。闇の書の主って、どんな人かなぁ?)

(……うーん、闇の書は、資質ある者をランダムで転生先に選ぶみたいだからねぇ。その共通点以外には、一概にどんな人って言えるわけじゃ……)

 

 高町なのはとユーノ・スクライアは、後者はフェレットの状態で、なのはの肩に乗りながら街中を歩いていた。

 

(そっか。案外わたし達と、同い年くらいの子だったりしてね)

(うーん、流石にそれは……)

 

 しかしながら、その可能性は十分にある。

 否定できるわけではない。

 転生の利益を考えれば、流石に、先行きの短い老体は選出しないだろうから、若い人物であればあるほど、その可能性は跳ね上がるからだ。

 ピピピッ

 その時、なのはの携帯電話が鳴った。ディスプレイを開くと、メールの着信が届いていた。

 差出人と、文の内容を確認する。──メールの差出人は、月村すずかであった。

 その内容は、友達と遊んだ、という──本当に平和で、何気のないことだった。

 

(すずかちゃんから。今日は、この前できた新しいお友達と遊んでたんだって)

 

 なのはは、メール添付されていただろう画像ファイルを開き、それをユーノへと見せる。

 写真には、すずかと、もうひとりは車椅子に乗った、幼い少女の姿が写っていた。

 

(八神はやてちゃん。……今度、紹介してくれるって!)

(へぇ~)

 

 そんな時、明るい女の子の声が聞こえてきた。

 

「あ、なのはー!」

 

 フェイト・テスタロッサである。

 なのは達を見つけ、駆け寄ってくる。

 

「フェイトちゃん。どうしたの、急いで?」

 

 なにやら、嬉しそうだ。

 報告があるのだろうか。

 

「うん、これ」

 

 ハッとしたフェイトは右手の平を出し、握っていたそれを開き、なのは達に見せる物を見せた。

 

「あれから、四日経った……ようやく、届いたんだよ!」

「え、それって……!」

「うん! バルディッシュと、レイジングハート!」

 

 フェイトの小さな掌には、街灯りに反射して輝くレイジングハートとバルディッシュが置かれていた。ユーノも影を晴らし、それをなのはの肩から身を乗り出す様に見ている。

 

「マリエルさんの立ち会いのもとで完成した…〝レイジングハート・エクセリオン〟と〝バルディッシュ・アサルト〟だよ!」

 

 二人の少女魔導師に、カートリッジが搭載された、新たな剣が授けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方のバニングス邸にて。

 

「あ、あの……本当によろしいのでしょうか?」

 

 言葉を発したのは、山吹乙女であった。

 彼女は今、バニングス邸に保護されているのである。

 経緯を順に追って、山吹乙女は数日前に、八神家を飛び出している。あえて稚拙な表現をするのであれば、乙女が行ったのは「家出」であろう。

 

 数日前の夜半。

 彼女は不慮の事態と思わぬ戦闘に巻き込まれ、羽衣狐が、守護騎士と袂を分かった。

 守護騎士にも、大きな非があった。彼女達があの夜に繰り広げていたのは蒐集であったのだ。それは、はやてには禁止されていた行為であったにも関わらず、どうして騎士達が約束を破って蒐集を行っていたのかは分からかった。しかし、羽衣狐にも非があり、あの家には「おれぬ」と責任を感じ、はやてと、守護騎士の前から姿を眩ますことを選んだ。

 もともと、守護騎士達を夕食に呼び込むつもりで乙女は外出していたため、財布を携帯しておらず、家を飛び出した乙女は、数日間と彷徨った果てに、倒れてしまったのだ。

 

 家を飛び出し、飢餓に耐えかね、倒れていた所を、バニングス邸で働く執事に、偶然保護された。

 

 そんな乙女の目を覚め、アリサに保護されてから、三日が経つ。

 様々な経緯を経て、彼女は、バニングス邸に居候していた。

 まず前提として、乙女が娘子の姿に反魂し、現在は成長して「女子高生の風采を取っている」という事実が重要である。

 バニングス邸に仕えるメイドや執事は、当然として、保護した少女の、乙女の出処を疑った。

 女子校生であれば、単純に反抗期の時期でもあり、単なる家出ではないかと、まずは戸籍を調べられた。しかしながら、この世界で乙女に戸籍があるはずがなく。いかんせんと屋敷の者が困った顔を浮かべていた所、半ば強引に、この屋敷に転がり込むことになったのだ。

 乙女は今、アリサと会話をしている。何がよろしいのか、と云うと……

 

「携帯電話を持って良い、だなんて。……私、賤しい居候の身なのに」

「別に良いのよ。だいたい山吹さん、現代利器に疎すぎよ! 携帯電話の使い方も分からないなんて、本当に女子高生なの!?」

「は、はぁ。申し訳ないです……」

 

 女子小学生に頭を下げる、女子高校生である。

 

(あの娘子も厚意で云っておるのであろう? 厚意とは、受け取らぬ方が無礼と気付け)

(だって携帯電話って、持っているだけで、維持費などが請求されるそうなんです。気も引けますよ……私の場合、無くても別に困りませんし)

 

 そもそも私の場合、アリサちゃんの言う通り、機械に疎いので……使いこなせるかどうかがまず不安です。

 

(京ではこのような西洋の屋敷で暮らしていたが、その程度の金、空気のようなものじゃ。何処にでもある)

 

 いや、ここ人様の家ですから……すこしは遠慮しましょうね?

 

(……猫撫で声は嫌いじゃ)

(ええ、それは良いことを聞きました)

 

 この瞬間、ちょっとばかりの呆れを吐露した乙女であった。

 

「しかしなんだか、沢山ありますねぇ」

 

 アリサから手渡された雑誌を広げ、乙女はその一覧を見つめる。

 ──本当に、こんなに小さい端末が、役に立つのでしょうか?

 聴いた話によれば、携帯電話(これ)ひとつで、遠く離れた人と連絡が取れたり、写真が撮れたり、数多のゲームが出来たりすると云う。

 ──にわかには、信じられた話ではありませんね……。

 携帯電話というのは、まるで魔法の長方形ではないか。

 先日うっかり火傷を負ってしまったが、携帯電話があれば治せるだろうか?

 

「ま、最近はどれも同じような性能だし、見た目で選んで良いんじゃない?」

「乙女お嬢さまはカラフルな色もお似合いになられるとは思いますが、黒色というのも落ち着きがあって、御似合いかと思われますよ」

 

 ──いつから私は、ここの「お嬢様」になったんでしょう……。

 困惑する乙女にアリサが声を掛け、メイドが告げ口をする。

 黒が似合う、とういう言葉に、乙女は妙に納得した。

 乙女が雑誌のリストと睨めっこしている間に、アリサは友達からメールが届いたので、それを確認している。

 

「……お決めになられましたか?」

 

 と、メールに夢中のアリサの代わりにメイドに尋ねられたので、

 

「じゃあ、この黒色のをお願いします。本当によろしいんですか?」

 

 謙遜しながらメイドへと訊ねる。

 携帯電話を持たせることくらい、屋敷の誰もが口を揃えて「構わない」というのだ。乙女に行く宛がない以上、無下に追い出すことも出来ないのだから。

 最終確認を終え、メイドは笑み、畏まりましたと告げ、出て行った。

 現在、ここはどこなのかというと、アリサが乙女に「携帯の機種選んで」と、自室に呼びつけた為、アリサの部屋だ。現在、山吹は自分の部屋まで与えられている。

 

「アリサちゃん?」

「ん、何? なにかあった?」

 

 携帯の操作に夢中になっていたアリサ。

 乙女に話しかけられていることに気付くと、ソファから起き上がった。

 

「ありがとう」

 

 乙女は真っ直ぐにアリサを見つめ、ぺこっと頭を下げた。

 アリサには、世話になりっぱなしだ。

 あまりにも唐突な態度に、頭を下げる乙女の方を、アリサはぎょっとして見つめながら、硬直した。

 イマドキ、畏まって「ありがとう」を面と向かって云える女子高生など、滅多にいないのではないだろうか?

 

「なっ。なな、なに! いきなりッ!」

 

 頬を真っ赤に染め、たじろぐのはアリサの方だ。

 こうも素直に言われると、こっちが恥ずかしいじゃない!

 

「いえ、お優しいんですね。本当にありがとうございます」

 

 アリサのツンぱった性格とは絶対に相性の悪い、ストレートな反応。

 

「い、い……いいのよ、別に!」

 

 乙女は「感謝してよね!」と云うアリサの常套句が、口が裂けても言えない相手であった。

 

「あの、何か、楽しいことがあったのですか? 顔が、綻んでいますから」

 

 通常の会話に戻る。

 アリサはまだ紅潮した頬を隠すように、ソファの上に寝っ転がり、うつ伏せ状態、足をぷらぷらさせながら携帯のディスプレイを覗いた。

 

「ああ。今ね、友達からメールが届いたのよ! 今度、新しいお友達を紹介してくれるって」

「まあ、お友達ですか?」

 

 乙女は両手を合わせ、感嘆する。

 子供のうちに、多くの御学友が出来るというのは、とても喜ばしいことだ。

 平和な現代となっては、当たり前のことかもしれないが。

 

「そ! 八神はやてちゃん、って──云うんだって!」

「え……?」

 

 乙女が、言葉を失った。

 

「……ん? どうしたの?」

「ああ、いえ……っ!」

 

 それは、ひどく懐かしい名前に聞こえた。

 この世界に落とされてから、初めて自分の居場所を認めてくれた女の子。

 様々な不幸を重ね、それでも挫けず、乙女らに爛漫な笑顔を振り撒いてくれた、無垢で、健気な少女。

 忘れようのない、いまや〝ふたり〟にとって──大切な人の名だ。

 

(…………八神、か)

 

 妖怪だという真実を明かしてもなお、共に暮らそうと云ってくれた人間の少女。

 片想いでも、別に良かった。

 ただ、人間と共に生きているという実感を得られるだけで、満足だった。それなのに彼女は、羽衣狐の存在を知り、そう言ってくれた。一方通行の温情が互いに通じ合った時、あの時の嬉しさは、もう二度と忘れない。

 乙女の考えていること。それは、羽衣狐には筒抜けだ。

 そして逆に、羽衣狐の考えていることは、口に出さない限り、山吹乙女には伝わらない。

 

(私達は──あの子のこと、裏切ってしまったんですよね……)

 

 ──違う。

 羽衣狐が思慮する。

 ──乙女は、裏切ってなどいない。

 乙女が、八神家から出て行くきっかけを作ったのは自分だ。

 はやてを裏切ったのは、自分だけだ。

 短絡的な衝動から、誓いや覚悟を捨て、復讐しようとしたから。

 ──八神家(あそこ)から出て行くのは、妾だけで良いはずだった……。

 罰を受けるのは、妾だけで良かったはずだ。

 出来るのなら、もしも妾が、山吹乙女の身体から出て行けるのであれば、良かったのに……。

 ──そんな考えを、羽衣狐が抱いていることも、乙女は知っていた。

 すべて自分の責任だと思いこみ、ひとりで背負い、自分を八神家へ送り返したいと思っていることを。

 

「明日、一緒に遊ぼうってことになったのよ。ウチでね!」

「そ、そうですか……それは、楽しみですね……! では、携帯電話のこと、本当に有り難うございました……」

 

 乙女はそう言って、足早にアリサの部屋を退室した。

 

(……山吹)

(何も言わないでください。……あなたが思っていることは、わかります)

 

 ──どの道、逃げてばかりではいられません。

 

「人の出会いは、運命の巡り合わせです。……時が、私達を引き合わせようと定めたのであれば、私達は、逃げてはなりません」

 

 アリサとはやてが、すずかという、共通の友人を介して繋がった。

 それは、奇跡的な確率で起こった偶然かもしれない。

 そして、そんなアリサの家には今、乙女が居る。それもまた偶然なのだ。

 偶然の連鎖は、時がそう運命られた出来事。

 すくなくとも、乙女にはそう思える。そして、羽衣狐もまた……。

 

(……ちと代わってくれ)

(え?)

(しばらく外に出ていなくてな。さいわい、この広い部屋でなら、尾を広げて手入れができうる)

(はあ。羽衣狐も、いろいろと大変なんですね?)

 

 やはり、あの美しい九尾にも、手入れは必要なのだ。

 乙女はふと、新鮮な気持ちになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時空管理局。

 

「……計画は順調かね? 感付かれてはいないか?」

「はい、お父様」

 

 そこにいたのは、一人の老人である。

 二人の女性の使い魔を従えているため、かなり優秀な魔導師と見える。

 

「そうか……」

 

 ソファに腰掛けた男性は、将校クラスだろう。

 制服に大きな肩章を付けている。

 

「お父様、もう行かなきゃ。これ以上家を空けたら、怪しまれてしまいます」

「ああ、頼むよ。ロッテ」

「ロッテ? 大変だったら、私がいつでも代わるからね」

「大丈夫よ、アリア。計画は順調だし──……」

 

 そうして、ロッテと言われた女性が輝き始める。

 変化魔法だった。

 そして、現れたのは……。

 

「すべては彼女達に、蒐集を続させるためよ」

 

 ロッテは、山吹乙女(、、、、)に変身し────八神家へと向かった。

 

 

 

 

 

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