~千年狐と江戸の花~   作:樹霜師走

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黄昏空、憤慨する『烈火の将』後

 

 

 

 

 

 明朝、八神家──

 この日は誰よりも早く、はやてが起床した。きっかけは、彼女自身が〝嫌な夢〟を見たことだった。

 家族が──居なくなる夢だった。

 はやての両親は、彼女がまだ幼き日、物心つく前に逝去している。はやてにとって、家族とは、初めから無かったも同然だった。だから家族の「繋がり」なんて、とうに失ったと思っている。それは決して喜ばしいことではないが、繋がりがないから、荷が軽いと頭が憶えたことも、人生の中で数度として経験している。

 しかし今朝、彼女は家族を失う夢を見た。それが、目覚めた彼女が驚くほどに、何より苦しかった。

 

 妙な現象によって、彼女の騎士達が屠られてゆく──残酷な「悪夢」だった。

 

 ひとり。

 またひとりと、家族を失ってゆく。

 哭いても、哭いても、止まらなかった。そんな不吉な光景を見た。

 はやては、汗だくの状態で目を醒ました。

 時計を見れば、朝の五時を廻ったばかり。起床の時間まで二度寝することも考えたが、汗に濡れたパジャマに、沈んだ気分によって、なんだか、床に戻る気にはなれなかった。 

 常日頃より、はやての傍らで就寝するようにしている山吹乙女は、まだ、ぐっすりと眠っていた。

 はやては彼女を起こさないように、ゆっくりとリビングへ向かい、

 

 そして、絶句した。

 

 リビングが、荒らされていたのだ。

 カーペットは歪み、ソファは傾き、倒れている。ベランダへの大窓は開放されたまま放置され、まるで、取っ組み合いでも起こったかのような惨状が拡がっていた。

 はやてはすぐに叫びを上げ、シグナム達に起床を求めた。

 いったい、このリビングで何が起きたというのか? それぞれに起き始めた守護騎士は、顔を真っ青にして推理した。

 ひと間を空けて、山吹乙女が最後にリビングへと降りて来る。規則正しい生活を心掛けている乙女にしては、今朝ばかりは珍しく寝不足だったらしい。

 

『……おい、ザフィーラはどうした?』

 

 ヴィータが、その異変に気付いた。

 ザフィーラの姿が見当たらない。

 散歩でもなければ、家のどこを探しても見つからない、

 

『いなく、なった?』

 

 はやては魂が抜けたように、消沈した。

 ──マタ、イナクナッチャウノ?

 虚ろな眸を浮かべ、そんな言葉を、何度も反芻していた。

 

 はやてが「発作」を起こしたのは、そのすぐ後だった。

 

 唐突に、胸の痛みを訴えたのだ。

 救急車で大学病院まで搬送され、さいわい「命に別状はない」との診断結果が示されたのは、正午の刻限になる。

 いったいなぜ。どうして。誰が。

 ──ザフィーラを、手に掛けた!

 守護騎士達は、病院の待合室にて答えの見えぬ仮説を立て、その中で、ヴィータが問うた。

 ──なぜ、ザフィーラだけ(・・)が消滅してしまったのか。

 居間の惨状を目の当たりにした辺り、何者かによる「夜襲」が行われたことは明らかだ。八神家の場所まで把握しているため、おそらくは、はやてが闇の書の転生先に選ばれたことを既に知っている。だとすれば、管理局とは、一線を画した〝第三者〟である可能性が示唆される。

 何が目的かは分からないが、おそらく、相手は単独犯であろう。

 守護騎士という、彼女達にとっての第一者、それと対峙する、管理局という名の第二者。第三者と云えば、そのどちらにも曖昧な立場を貫いた、あるいは、属していない存在のことを指す。

 検討の結果、容疑者に挙がったのが────「寅縞模様の着流しを着た魁」であった。

 その魁については、ヴィータが一度、闘う姿を目撃していた。姿を消し、気配を暗ます、謎の〝奇術使い〟でありながら──盾の守護獣さえ凌駕する〝戦闘力〟を持つ。──昨日の夜中、堂々と八神家へ押し入り、ザフィーラと対峙してなお、暗殺を成功させるだけの容疑者に挙げられるには、もっともな存在と云えた。

 

『ゆるせない……』

 

 その言葉を発したのは、山吹乙女であった。

 はやてがこうして、体調を崩したのは──間違いなく「ザフィーラがいなくなった」という事実に、ショックを受けたからだ!

 結果的にソイツは、ザフィーラだけでなく、はやてのことまでも苦しめた! 彼女の精神を、追い詰めた!

 赦すわけには行かない!

 

『わたし……その男性なら知っています! よく、街の繁華街で見かけるんです!』

 

 不義を働いた外道(おとこ)に────然るべき、報復を。

 その入地絵が、夜天の騎士を────巧みに操ることになった。

 

 

 

 

 

 第十五話

 黄昏空、憤慨する『烈火の将』後編

 

 

 

 

 

 

 海鳴市の繁華街。喧噪な街並みは一層に静まり返り、結界に包まれた戦場、妨害電波によって、あらゆる通信は遮断されている。

 応援は、決して見込めない。

 強力な結界が張られた中で繰り広げられるこの戦闘はおそらく、他の者達の誰にも感知されることはないだろう。

 ──良い機会だ。

 次元漂流者たる妖の三名と、魔法を用いる異国の騎士三名が対峙した。

 国境や文化、次元を超えたこの戦は──戦闘の当事者である鯉伴にとって、これまでの長い人生の中でも経験したことがないような、趣向と風情のあるものとなるだろう。

 一切の恐怖は感じない。憶えるのは、一抹の高揚だ。

 

「──昨夜の〝続き〟でもしに来たってのか? あいにくオレは、人間を傷つけるのも、女をいたぶる趣味も持ち合わせてねえが……」

 

 しかし便利なことに、あらゆる戦闘用デバイスには「非殺傷設定」という機能が搭載されている。ハクトウラもまた、その例外ではない。女性を闘うことに、鯉伴も男性として抵抗感を憶えないわけではないが、その機能を適用させている間は、鯉伴も非常に動きやすい。

 反対に、桃色の騎士は先程の一撃で、どういうわけかその非殺傷設定を解除していたようだが……。

 肩にヒ首(ハクトウラ)を乗せながら、飄々と鯉伴は言葉を紡ぐ。

 鯉伴の言葉に対し、桃色の騎士は小さく、反応を見せた。小さな声で、しかし、数間先の鯉伴の耳に届くには、充分な声量で呟く。

 

「人も女も(やぶさ)かと来れば……。だから、ザフィーラを斬ったのか?」

「あん?」

 

 ──だから?

 言葉の意味を思慮するように、鯉伴は顎に手を当てた。

 しばらく考え込んだ後、ああ、と声を漏らす。

 

「昨日の狼男のことかい? ……そうだな。相手が男だと、オレもやりやすい(・・・・・)ってのは事実だ」

「……そうか」

 

 平然と放たれる言葉が、シグナムの精神を逆撫でた。

 

「やはり貴様は……救えぬ外道、ということだな」

 

 この時、鯉伴の胸中は、複雑な思いが巡らさっていた。

 ──なにか、辻褄が合わない。

 この戦闘〝自体〟に不満があるわけではない──妖怪と魔導騎士が対峙せんとしているのだ。むしろ、鯉伴的には大歓迎である。

 しかし〝動機〟が解せないのだ。

 大体、妙な話である。いったいなぜ、札付きの騎士達が、わざわざ率先して局の協力員に攻撃を仕掛けて来る必然がある?

 三名の騎士の誰ひとり、闇の書を持参していないこの時点で、蒐集が目的でもないらしい。──デバイスに搭載された非殺傷設定を、確実に解除していたであろう──先程の一撃を鑑みるにしろ。桃色の騎士は、間違いなく鯉伴を殺しに現れた。それだけ怒り、狂乱しているということだが、なにか〝らしくない違和感〟を感じるのだ。まるで、歪んだ何かに、状況を仕組まれているような──。

 

「……そう熱り立つなって。せっかくの美人が、台無しだぜ?」

 

 茶化すように、鯉伴は片目を瞑り、ウインクしてみせる。

 海鳴市に住まう、多くの女性の心を射止めた視線だ。決して驕っているわけではないが、その仕草には、それだけ〝魅せる〟力があると鯉伴自身も自負している。

 しかし、桃色の騎士はまったく、その意味を汲み取らなかった。そればかりか、憮然と面を構え、早く剣を構えろと云わんばかりの、にべもない眼差しを向けている。鯉伴の苦笑を誘った。

 

「──っと、そういう余裕もないって感じだな」

 

 苦笑する鯉伴を前に、シグナムが流し目で、傍らの騎士達に指示を出した。

 

「ヴィータ。あの骸骨はおまえに任せる。シャマルには荷が重い……ふたりで連携し、ヤツらを丸め込め」

「わーってるよ。本来、でけぇモンぶっ潰すのはあたしの専売特許ってな。あんなすかすかのオバケ、一撃でバラバラにしてやるよ」

 

 指示を仰いだヴィータは、すぐさま空中へ飛翔し、がしゃどくろへ向かって行く。

 鎚型の武器(グラーフアイゼン)を使いこなすヴィータには、一点における〝破壊力〟で、その右に出る者はいない。その点、リーチが短く、白兵戦では不利になることもある。しかしその分、躯が大きかったり、反応が鈍かったり、動きが捉えやすい相手は得手としている。

 つまり、巨躯を誇るガシャどくろなどは、まさに、その格好の餌食だ。

 

「シャマルは無理をするな。あくまで、ヴィータの補助に徹底するんだ。おまえが敗れれば結界は解け、局の増援が流れ込んで来る」

「わかってる。たしかに私は、戦闘力ではあなた達ふたりには叶わないわ。……でも、わたしだって夜天の一角──湖の騎士よ。あまり、見くびらないで」

 

 言って、シャマルは狂骨の方を向く。狂骨の方も嫣然と構え、湖の騎士と対峙した。

 

「──さて」

 

 蛇腹剣型(シュランゲフォルム)を取っていた魔剣レヴァンティンを、鮮やかに長剣型(シュベルトフォルム)へと変形させる。

 白亜の鞘にしまい込まれた桃色の長剣を引き抜きながら、騎士は眼前に据える、古風なる魁に視線を戻した。

 

「騎士として、先に貴様の技量を見誤ったことを詫びる──」

 

 平時の敵を、背後から不意を突いて強襲した。それは騎士にして、あるまじき行為だった。

 ──その時の一撃に、騎士としての躊躇いが……無かったわけではない。

 いまさら、彼女自身、正義を翳した騎士道精神を説くつもりもない。騎士としての誇りなど、遥か昔に蒐集を始めたその時点で、棄てる覚悟を持っている。しかしそれでも、誇り高きベルカの騎士としての逡巡が、思いが、今でもどこか心の先に立とうとしている。

 ──敵と認めた者すべて、堂々と、正面から打ち破りたい。

 すくなくとも、シグナムの心意気は、背後から魁を屠ることを望んではいなかった。たったそれだけの小さな〝迷い〟が、彼女の放った〈紫電・一閃(けんげき)〉を鈍らせ、魁を仕留め損ねる結果を招いた。完全に、甘さが滲み出た。しかし、シグナムにとっても不本意だった闇討ちは、外道の執る手段でしかないにしろ、それでもあの魁には、これを非難する資格はない。

 ──外道なのは……貴様も同じことだ。

 魁は昨夜、暗殺を行った。不義を働いた者の末路は、同様に不義に終わるべきだ。報復を受ける覚悟は、出来ているはず。

 

「だからもう──手加減はしない」

 

 ──醜く、ここで散れ。

 言葉を紡ぐと、シグナムがレヴァンティンに手を添え、抜剣の姿勢を取る。

 深く腰を落とし、虎視眈々と、今にも斬りかかりそうな剣呑な気圏を放つ。

 鋭い剣幕で、魔剣レヴァンティンを翳す。切っ先を、ただ一点、目の前にいる魁へと固定して。

 

「構えろ。次は正面から行かせてもらう」

 

 シグナムは、目の前の魁が、完全に戦闘態勢を取るまで攻撃を仕掛けなかった。

 鯉伴は不意に、小さく哂った。桃色の騎士の心意気に、感心するところがあったからだ。

 

(さっきみたいに、問答無用で襲ってくればいいものを)

 

 今度はこっちが構えるまで、潔く、刃を待ってくれるとは。

 堂々と構えて(ここ)からが────騎士として(ほんとう)の〝決闘(いくさ)〟だ────。

 そう訴えんばかりに、桃色の騎士は、鋭いつり目から痛いほどの眼光を浮かばせ、鯉伴の動きを見届けている。

 

(随分と、律儀な)

 

 その心根は──「バカ正直」と捉えるべきか、「士道」と弁えるべきか。

 ──手加減はなし、と来たか……。

 騎士が構えるレヴァンティンは、殺戮の罪から使用者を護る最後の砦である、非殺傷設定を、既に解除している。敵は本気だ。ならば鯉伴も、それに応えるだけの力を出す他ないのだろう。

 敵の力量は計り知れないが、だからといって、慢心するつもりもない。

 鯉伴は腰を落とし、ハクトウラに手を伸ばす。

 ぴたり、

 鯉伴の指が、ヒ首の柄に触れた。泰然と構えつつ、貌を上げる。

 

「まあ、精々気張らせてもらおうかい──」

 

 言葉を向けた先────。

 鯉伴の視界から────敵の姿は、消えていた。

 

「────!?」

 

 消えた? 違う。

 ──敵はもう、動いていやがった。

 既に桃色の騎士は、鯉伴の正面へと迫り──その懐に、潜り込んでいたのだから。

 鯉伴が咄嗟に目を遣ると、両腕で長剣を握り、これを振り上げんとしている、鬼気迫る騎士の姿が映った。

 ──決して、驕っていたわけではない。

 それでも鯉伴は、シグナムの行方を一瞬。たとえ一瞬でも、確実に見失った。そしてその一瞬が、大きな命取りになった。

 紫紺色の火焔を纏ったレヴァンティンが、猛烈な勢いで斬り上げられた。

 魔剣が──下肢からの魁の躯を両断する。

 躯が張り裂けると同時に、飛び散るはずの鮮血の代わりに、灼熱と爆炎が溢れ出た。斬撃が、何かに触れると同時に起こった巨大な爆発が────魁の身体を、内部から駆逐した。

 

「……!」

 

 勢いに乗って、大きく空中へ躍り出たシグナムは、次の瞬間、キッと鋭い視線を外した。

 即座に数間、離れた〝虚空〟に貌を向ける。

 何か……〝音〟が聴こえた──。

 足の音──? あるいは、血液の──?

 地に血痕が。────〝そこ〟へ向かって続いている。

 鮮やかに魔剣を蛇腹剣へと変形させ、空を穿たんと──蛇咬刃を〝虚空〟へと投げつける!

 

「飛竜・一閃!」

 

 横薙ぎの連結刃。長く鋭い一閃が、空間を引き裂いた。

 刃と刃が激突する、甲高い金属音が鳴り渡る。レヴァンティンが、ハクトウラと弾き合ったのだ。

 どろり。

 空間は引き裂け、魁の姿が無象より現れる。その左腕は大きく焼かれ、先の一撃の餌食になったらしい。斬られた個所からの出血は少ないが、あまりに高温の熱傷を受けた部位は、出血を抑えるだけの被膜が出来上がっていた。

 

「ちッ……!」

 

 ──〈鏡花水月〉を、破られた!

 鯉伴は眉を顰め、咄嗟に、ハクトウラによる斬撃にて、伸びて来た連結刃を切り払った。刃は騎士の手許まで弾かれるが、次の瞬間、再び長剣へと変形させた騎士が、懐まで飛び掛かって来た。

 繰り出された突きを、横に往なす。だが、息つく暇もなく、すぐに身を翻した騎士による袈裟斬りが迫ったため、咄嗟に刀の鞘で防いだ。しかし、衝撃は受け止め切れず、身体が後退する。

 桃色の髪が、鼻先で踊った。ほのかに香りが掠める。

 空中へ踊り出、転身。宙で身を翻した女騎士の強烈な横蹴りが、魁の胴を捉えた。

 

「…………ッ!」

 

 ザザアッ!

 鯉伴は強く脚を踏み、飛ばされた勢いを殺した。

 

(この女……!)

 

 ──やべえ……!

 確かな悪寒が、鯉伴を襲った。

 鬼気迫る──怒涛の連撃。

 これを前に、奴良鯉伴が────手も足も出なかったのだ。

 

 

 

 

 

 

「──フンッ、そんだけデカいんじゃ、いいマトだぜ!」

 

 鉄槌の騎士ヴィータが、グラーフアイゼンを構え、ラケーテンフォルムへと変化させた。

 ヴィータの信条「一撃粉砕」を狙い、白亜の巨大を、一気にたたみかける!

 ガシャどくろは、大きな体躯を翻し、拳を振り抜いた。

 

「踏み潰してやるじょおお~!!」

 

 ガシャどくろから大喝声が放たれ、凄まじい音波が、周囲の建造物を揺るがした。

 ヴィータの勇猛な掛け声が響き、グラーフアイゼンに、カートリッジが消費された。圧縮された魔力を装填し、爆発的な魔力を内部に充溢させつつ鉄槌を旋回させ、がしゃどくろへ直進する!

 ガシャどくろから突き出された白亜の拳も直進し、ラケーテンハンマーを相殺しに掛かる!

 

「でぇやぁあああっ!!」

 

 敵が持つ、しなやかに伸びた〝骨の(かいな)〟は、広い範囲をカバーできるだけのリーチを持っている。それに対して、こちらは、リーチの短さに欠点のある鉄槌を振るう。

 あれを回避するともなれば、こちらの〝骨〟が折れそうだ。

 ──なら、回避なんかしねえ! 打ち勝てばいい!

 ヴィータは、あえて回避行動を取らなかった。彼女の眼前に伸びて来る敵の拳を、堂々と、正面から待ち構える!

 ──拳と鎚だ。……負けるはずがない!

 熟練の魔導騎士、紅の鉄騎。

 ヴィータが繰り出す、グラーフアイゼンの打撃攻撃に、砕けない〝物〟はない。

 ガシャどくろの拳と正面衝突すれば、まず、ヴィータが遅れを取ることは有り得ない。

 しかしそれは、あくまで正面衝突すれば、の噺に過ぎなかったが。

 

「ほっほっほぉほぉ~、引っかかったなぁ~っ!?」

 

 両者が正面から衝突するのと思われた──次の瞬間。ガシャどくろは、その拳を引っ込めた。

 ヴィータの目が驚きに見開かれ、一撃粉砕のラケーテンハンマーが、空振りに終わった。

 

「──なッ」

 

 槌をぶん回し、勢い余って空中で体勢を崩したヴィータに、ガシャどくろは、素早く巨躯(からだ)を一旋させた。

 身を翻し、やがて遠心力を累加させた、強烈な裏手を繰り出した。

 

堂々の(・・・)力比べをするとでも思ったか! 小娘ぇええ~~っ!」

 

 悪行を積み重ねるだけ、力を増してゆく〝妖〟の世界に、端から「正々堂々」なんて言葉は、通用しない!

 ──最終的に、相手を圧倒することさえ出来れば、妖の戦は成立する!

 騎士にとって「それ」は、理解し難い戦い方かもしれない。ヴィータもまたシグナムと同様に、無意識に「敵を正面から打ち破ること」に意義を見出していたのだから。

 ヴィータは瞬時に、魔法障壁を展開し、

 バゴンッ

 とても人体が響かせるような音ではない、殴打の音が響いた。

 裏手に吹き飛ばされ、ヴィータは凄まじい勢いで、商店街に突っ込み、壁に激突し、何枚もの外壁を突き崩して行く。

 

「チぃッ!」

 

 破壊された建造物。散らかった瓦礫の山を一掃し、ヴィータは猛然と、怒りを露わに立ち上がった。

 

「あんにゃろぉ、デカいくせに素早いじゃねえか! 今度こそ、貫いてやる!」

 

 やがてグラーフアイゼンを握り締め、再び、白亜の巨躯へ飛翔した。

 

 

 

 

 

 

「べーっ、あんたの目玉、くり抜いてやる!」

「め、めだまっ!?」

 

 惨い攻撃手段を多用せんとする狂骨に、内心、シャマルは焦りを感じずにいられなかった。

 剣、杖、斧。その他、さまざまな魔法を駆使した激突を予期していたシャマルであったが、この少女、見目はしごく可憐な割に、攻撃方法は、やけに残酷ではないだろうか?

 慌てふためくシャマルは、必死になって反論の言葉を探した。

 

「だ、ダメですよ! 目がなくなったら、私、お料理が作れなくなっちゃうじゃないですか!」

「誰も作ってなんて頼まねーよ、このヘタクソ!」

 

 その時、傍らから、ガシャどくろと戦闘を繰り広げる、ヴィータの声が響いた。

 狂骨が、頭蓋骨の眼蒿から二匹の毒蛇を呼び出す。

 対の蛇は、毒牙を構えながらシャマルへ飛び掛かる! 障気の漂うその牙と、血に飢えたその目つきに、シャマルは一瞬気圧されるが、冷静に、まずは応戦し防御魔法を展開した。

 

「護って、風の護盾」

 

 己を囲む結界防御を展開させ、身を護る。

 二匹の毒蛇は魔法による「見えない壁」に激突した。訳がわからず、その壁に何度も頭突きし始めるが、その動きを見抜き、シャマルは更なる呪文を発した。

 

「捕らえて、戒めの鎖」

 

 唱え終わり、結界内から、小さめのバインドを発生させた。

 二匹の蛇が、自由を奪われ封縛された。

 

「く……っ」

「私だって、守護騎士のひとりなんですから!」

 

 能力的にも性格的にも、シゃマルは戦闘要員としては「向いていない」と仲間達の間で評されていた。

 だが、だからと云って戦時において、からっきし役に立たないという訳ではない。

 戦闘とは、ある意味で、経験がものを云うこともある。

 シャマルは決して、自分が「経験豊富」であるということを年齢的な願望から認めはしないだろうが、彼女自身の能力の限界は、彼女も既に把握済みである。これは経験で培った彼女の持論だが、

 ──攻撃力が、戦闘の、ひいては勝敗を決するすべてではない。

 攻撃力がなくては、相手を破り、戦いに勝つことは出来ない。しかし、支援魔法を得意とし、護身や妨害の術に長けた彼女であれば、負けないこと(、、、、、、)に徹することは出来る。

 そのために、仲間がいるのだ。時間を稼ぎ、敵を消耗させることが、彼女にも出来るのだから──。

 

 

 

 

 

 狂骨やガシャどくろが応戦している繁華街地点より、遠く離れた界隈。噴水の構えられた市営の公園まで、鯉伴は大きく後退させられていた。

 騎士から放たれる、圧倒的手数の剣戟を、受け流すだけで精いっぱいだったのだ。形勢に押されるに押され、すっかり元の地点から引き剥がされてしまった。

 まるで、多腕の阿修羅を相手にしているかのような圧迫感を感じる。無数の刃の枝葉が、ぐんとこちらへ伸びて来るかのようだ。

 鯉伴は騎士から繰り出される斬撃を、即座に切り払って応戦している。刃が弾け合う回数が、数十、いや、あるいは、数百にも及んだろうか? 考えが及ばないほど、頭に余念がない。

 数多に刃が切り結び、激しい応酬が繰り広げられた。

 鯉伴の呼吸が、上がり始めている。左腕の負傷も相まって、勇猛果敢な連撃に、冷静な判断力を削がれ始めている。

 ──ひと息つく〝間〟さえ、今は惜しい!

 精神(こころ)肉体(からだ)も、共に騎士の攻撃へ対応が追いつかず、鯉伴は一旦、距離を開こうと地を蹴った。

 それを認めた騎士もまた、咄嗟に地を蹴り、開かれた間合いを、瞬時に詰め寄せた。

 

(なッ)

 

 炎を纏った魔剣を、魁へと打付(ぶつ)けて来る。

 シグナムは、本来「斬る」ためにある刀を、「叩きつける」ようにして、何度も繰り出しているのだ。

 もはやこれは、攻撃と表現すべきではない。苛烈にして、獰猛なる〝突撃〟だ。

 歴戦の騎士が繰り出すような、冷徹な太刀筋によるそれではない。それよりは、むしろ、頭に血が昇った蛮獣(ばんじゅう)を相手にしているかのような……。

 鯉伴が何度も後退しても、騎士はそれを許さず、果敢に、あるいは凶暴に、瞬時に距離を詰めてゆく。

 魍魎が、蛮獣に押されつつある。

 形勢は、実に一方的なものとなっていた。

 

「…………っ」

 

 繰り出される斬撃の弧をはらり、ひらりと避わし、あるいは斬撃で退けながら、鯉伴はそこで合点した。

 ──徹底的に距離を詰めるのは……オレの〝畏〟を警戒するゆえか……!

 息つく暇も与えず、桃色の騎士は、獰猛な突撃を仕掛けてくる。姿を暗ます〈明鏡止水〉も、幻影を映す〈鏡花水月〉も、このような猛攻を受け続けた状態では、発動しても意味がない! ……いや、発動したところで、この女には、もうその手は通用しないかもしれないが。

 ──オレを斃すため、どこまで〝研究〟して来やがった……!? 

 あらゆる人を凌駕しているはずの妖が、ここに来て、ひとりの騎士に追い詰められている。

 

「はあああッ!」

 

 ──休むな。

 ──怯むな。

 ──息つく暇さえ、与えるな!

 シグナムは劇しく、目の前に在る〝(うつつ)〟を、猛烈に攻め立てた。

 しがみつくように。すがりつくように。あるいは、獣の如く。かみつくように……!

 ──どうやらこの魁は、捉えきれない(、、、、、、)、と云うわけではないらしい……!

 ヴィータの報告から、この魁は「妙な奇術を用いて、その姿を暗ます」という特徴を知り得、シグナムも最初の一撃にて、それを悟った。

 しかしだからと云って、実像が周囲から完全に「消えて」いるわけではないらしい。繰り出した攻撃は──シグナムの認識よりも遥かに浅かったが──確実に届いていた。正体は、ただ幻影によって「隠されている」だけに過ぎないのだ。

 ならば────。

 逃げられるよりも前に、追い詰めればいい。

 隠れられるよりも先に、攻め立てればいい。

 距離を開かれ、奇術など、姑息な真似をさせるも以前に──堂々と、正面から闘い破ればいい!

 

(このままじゃあ──)

 

 騎士にとっては卑劣かもしれない、姑息かもしれないが──鯉伴にとっては「化かし合い」こそが、本来の戦法だ。

 その真髄は、正面から激突では、発揮できない。

 ──真正面から攻めるのは、人間の戦い方(やりかた)だ。

 妖同士での合戦においては、たとえ側面(よこ)からでも、背後(うしろ)からでも構わない。

 結果的に、相手と対峙することに変わりはないが、最終的に「相手を圧倒する」ことさえ出来るなら、何者も、曲がった戦い方を咎める者は居ない。

 鯉伴も一端の妖として、そのような戦術を厭うことはなく。ゆえに、まずは騎士から距離を開いて、妖が本領を発揮できる空気を作り出したい。

 姿を眩まし、相手を惑わし、圧倒したい。しかし、あくまで堂々戦術にこだわる彼女は、苛烈を極める攻撃にて「それ」を赦さない。

 今の状況のように、兵法者同士の尋常な「斬り合い」に持ち込まれてしまっては、鯉伴はその段階では、ただの人間である。現実に今、鯉伴はただ武器(カタナ)を構え、応戦しているだけの人間と、同等の力しか発揮できていない。そして、正面からの差し合いだけで力を比べるのであれば、明らかにシグナムの方が、太刀に慣れている。

 

「斬り裂け、爆ぜろッ!」

「──!」

 

 もう一度、シグナムが紫電一閃を放った。

 強大な魔力を帯びた一閃が、魁の構えた、ハクトウラの刀身を穿つ。

 受け止めた衝撃に、骨が軋み、筋肉が震えた。

 鯉伴は受け止めた剣戟の余波によって、体重が応えれず、大きく吹っ飛んだ。

 幸か不幸か、それによって、敵からのひとまずの距離を開く。

 ミシッ……。

 だが、地に脚着けた鯉伴にとって──(いや)な音が耳に響いた。

 音の正体を探せば、ハクトウラの刃が、(こぼ)れ始めている様子に気付く。

 鯉伴はそれに、慌てる仕草は見せなかったが、わざとらしい嘆息を吐いた。

 

「……非殺傷設定(タガ)を外した騎士(けもの)ってのは、その(キバ)をどう剥くもんか、知れたもんじゃねえな」

 

 知りたくもねえか、と呵う。

 よもや、管理局が全幅の信頼を寄せて開発した最新鋭機。ハクトウラを、こうも容易く破損させるとは。

 ハクトウラもまた、レヴァンティンと同じように、カートリッジシステムを搭載している。

 それは、起源が謎に包まれ、特殊な出自を持つレイジングハートやバルディッシュ、古代ベルカから刃を研げて来たレヴァンティンやグラーフアイゼンら比べれば、それら崇高な一級品を見様見真似で模造したハクトウラなど、いささかポテンシャルに欠けた所はあるだろう。

 ──所詮贋作(まがいもの)は、真作(モノホン)には勝てないってことか?

 元来の性能差がそうさせたのか、レヴァンティンの殺傷設定、騎士の怒りが、そうさせたのか……。

 

「天地内外平成の時代に、こんなおっかねぇ女がいるなんて、ふつー思わねえだろ……ぐッ」

 

 住まう世界が。そして、奮るう力が違っていると云えど──。

 鯉伴はしかし、不敵に哂った。

 

「フハッ、ますます気に入った……!」

 

 凛然とした佇まいに、端正な顔立ち。抜群のスタイルを覗かせる若々しいその姿は、ひとりの女性としても、十分に魅力的だ。

 しかし、あくまで今は、そんなものは〝二の次〟である。

 ──彼女の貫く〝粋〟な精神に、胸を打たれるものがある。

 ありふれた手前勝手な正義を翳すこともなく、だからと云って、醜悪なまでの外道でもない。おそらく、蒐集を行う自己を悪者だと自覚していながら、曲がったことは嫌いな性分をしているのだろう。

 敵対する者でありながら、好感が持てる。

 士道を弁え、バカ正直なまでの律儀を通している。──鯉伴が刃を構えるまで待ち、あくまで宣言通りに、正面から攻撃を仕掛けて来た。

 おおかた、最初に仕掛けて来た時の一撃は、殺意を躊躇でもしたのだろう。

 堂々と戦うようになってからの彼女は、その時の力とは、まったく次元を逸したそれを発揮した。

 圧倒的な戦闘能力も含めて、魁の中の闘争心が、彼女に惚れ込んでしまいそうだ。

 

「次の一撃で────討つ」

 

 桃色の騎士から、凄まじい魔力が横溢している。

 躯が眩いほど鮮烈で、黄金に輝く爆光を纏い始めた。

 双眸は碧く変容し、眼光が、全身を縛り付ける威圧感を醸し出している。

 魔力の粒子が鏤められ、その熱に灼かれ、桃色の髪を結う真鍮色のヘアゴムが蒸発した。

 長髪は乱れ、しかし、魔力によって、重力に抗うように逆立っている。

 魔剣(レヴァンティン)が灼熱色に輝き、大量の熱波を放出する。

 桃色の騎士は全身を灼熱色に染め、魔剣を握るその様、異国の猛将を連想させる。

 

 烈火の将────。

 

 そう喚ぶに相応しい。彼女が、そう呼ばれる所以がわかった。

 ロストロギア「闇の書」に仕組まれた──殲滅用のプログラム生命体。

 すべてを焔に包み、燃やし尽くす──蒐集の、最後の切り札だ。ひとたび(リミッター)を外せば、夜天の守護騎士(ヴォルケンリッター)の中でも最強となる、自己防衛の奥の手──。

 目の前の〝敵〟──。魁を殺すためだけに、今、この一時──〝修羅(しゅら)〟と化した。

 揺らめく烈火を身に包むその様は。

 まるで──剣聖だ。

 シグナムは再び、身構えた魁を睥睨した。

 伝わる熱波に煽られ、鯉伴は同時に笑みを浮かべるが、それはもう、既に余裕の笑みなどではなかった。それは、焦りによる……。

 

「──!」

 

 鯉伴は瞬時に、ハクトウラを構え立てた。

 魔剣を突き立てたシグナムが、魁に向かって飛び掛かったのだ。

 魁の眼前に────〝稲妻〟が迸る。

 雷電のように、ビリビリと伝わる恐怖。魁はそれに屈することはなかったが、レヴァンティンとハクトウラが切り結んだ時、衝撃波が、魁の腕から脳天へ響き渡った。

 魁と騎士が、ぎりぎりと鍔競り合いを引き起こす。

 鯉伴はかろうじて敵の剣戟を受け止めたが、それはもはや、ほとんど気合い頼りの荒技、力業でしかなかった。

 

 〈 Sturmwinde 〉

 

 その時、レヴァンティンがカートリッジを装填した。

 シグナムの体内から、嚇々と爆炎が溢れ出す。

 

「おいおい、正気か……!?」

 

 魁が、彼にしては珍しく、驚きの感情を吐露した。両眼が、既に見開かれている。

 シグナムの躯から溢れ出し、巻き上がる熱波が、鍔で競り合う魁を襲い、寅縞の衣紋を燃やしてゆく。

 彼女が発動させた魔法は──〈陣風〉という名の、遠距離型の火炎攻撃である。

 それは間違っても、至近距離で用いるべきではない魔法であった。魁との距離は今〝零〟に等しい。

 こんな状況で発動すれば、燃え移る焔は確実に魁を焼き焦がすが──発動者さえ、灼熱の餌食になりかねない。

 つまり────正気の沙汰ではない。

 ふたりを中核に、巨大な炎熱の球体が発生した。

 その熱は、確実に両者を燃やす。プロミネンスが巻き起こり、火炎の渦は天高く、空と混じる様な勢いで飛び上がった。

 

「な、なにっ!?」

 

 遠くに構えた狂骨とガシャどくろが、その渦に目を奪われた。

 見たこともない業火が、大将たる魁を襲っている。

 ──ああなってしまったシグナムは、もう、誰にも止められない……。

 シャマルはもの哀しげな表情を浮かべ、仲間の姿を見つめていた。

 

「ほえぇ~! 何ですかあれはぁ~!?」

「………ッ! 貰ったぁぁっ!」

 

 ガシャどくろは、天まで伸びた焔の柱に、完全に目を奪われていた。それに隙を見出だしたヴィータが、急加速と共に彼に向かう。

 ──やられたら、やり返す!

 ガシャどくろとやらに「正々堂々」が通用しないなら、ソイツがよそ見をしている所を襲ったって、文句はつけさせない!

 

「てりゃああーーッ!」

 

 再度、ヴィータからラケーテンハンマーが繰り出される。

 よそ見をしていたガシャどくろへと急迫し、大打力の、槌を一気に振り抜いた!

 

「ぬゥ!」

 

 ハッと、我に返るガシャどくろであったが──気付いた時には遅かった。遅すぎた。

 ラケーテンハンマーは、すかさず無防備であったガシャどくろの臀部へと打ち込まれた。巨大な質量が、一気に空中へと打ち上がり、吹き飛ばされた。

 

「ガシャ!? え、ちょっと──!」

 

 地面に引きずられながら、ガシャどくろは、大きく飛ばされた。

 質量に比例して、吹き飛ばされた巨躯が完全に停止するには、相応の時間と距離が必要だ。ガシャどくろは、シャマルと交戦中の狂骨を巻き込んだ。

 

「シャマル、今だ!」

「ええ、戒めの鎖!」

 

 騎士達の──見事な連携が決まった。

 ガシャどくろと、衝撃に巻き込まれた狂骨に、バインドがかけられた。

 ふたりは、なす術なく、その場に倒れ込んだ。

 ──してやられた、わたし達が……?

 守護騎士のコンビネーションが、京妖怪のそれを上回った……。

 

 

 

 

 

 

 

 爆炎が揺らめき、金色とも見て取れる、煌めく業火の渦の中で──。

 熱風は、ふたりの居場所を〝渦の目〟として、竜巻のように巻き上がっている。

 鯉伴は確かに、零距離で放たれた炎熱の害を被っているが、しかしそれは──術の発動者も同じようである。シグナムの場合、自身の持つ魔力変換資質によって、炎熱に対する耐性は高いが。それでも、通常の人間であれば、すでに朽ちていてもおかしくはないほどの高熱が、全身を襲っている。

 

「あんた、玉砕覚悟か……!」

 

 ──堂々戦術も、こうも度が過ぎる(・・・・・)と、感心しねえな……!

 灼熱に全身を抱かれながら、鯉伴はそれでも、その熱に必死で耐えていた。

 平時には常に瞑られた片目は既に見開かれ、苦悶の表情が伺える。

 

「己の身を捧げてでも、オレの首が惜しいか……!?」

「捧げる? 違う、私は生き残るさ……! 掴みどころのない貴様を斃すには、これ(・・)が最も、効果的だと踏んだだけだ!」

 

 いつ隠れ、いつ逃げ、どれが実体とも分からない魁だからこそ──密着し、本体が捉えられている内に、必殺の大技で丸め込む他に、活路が無かった。

 シグナムが怒鳴り上げると、彼女の感情の抑揚に呼応するかのように、ふたりを包む火炎が、さらに勢いを増した。

 

「貴様だけは絶対に赦さん……! 我が主がため、ザフィーラの仇は、私が()る!」

「仇、だあ……!? あんたいったい、何の話を──」

「貴様が暗殺(ころ)した守護獣──!」

「──!?」

 

 その瞬間、業炎の中、金色の一閃が輝いた。

 ぴし。

 ぴし。

 状況に追い打ちをかけるように──さらなる厭な音が耳に入って行く。

 ──得物が、持たない!

 鯉伴が、絶対的に危ないものを肌で感じ取った。

 

(やべえ……ッ!?)

 

 ──〈鏡花水月〉を!

 しかし、それに対応することは、赦されなかった。

 闘将、シグナムが吼え────

 

 

 

「──我らの、家族だああああぁぁぁぁッ!!」

 

 

 

 その瞬間、奴良鯉伴が──押し負けた。

 いや、より正確に云えば──鯉伴とハクトウラが、シグナムとレヴァンティンに負けたのだ。

 熱金色に輝くレヴァンティンの強烈な一太刀が────魁の躯を、縦薙ぎに大きく斬り裂いた。

 その衝撃で、鯉伴は凄まじい勢いで吹き飛ばされ、繁華街に建ち並ぶ、建造物に激突した。

 それだけに留まらず、外壁を突き破り、コンクリートを何枚も貫通しながら、遥か遠方まで、たちどころに吹っ飛ばされていく。

 コンクリートに次々と亀裂が奔り、損壊のひどい建物は、轟音と噴煙を立ち上がらせながら、崩壊を始めた。

 吹き飛ばされた魁は、無慈悲にも、確実にそれら瓦礫の下敷きになってゆく。ああなっては文字通り、手も足も出ないはずだ。

 

「ほわぁああッ!?」

「え……!?」

 

 バインドに封縛された狂骨とがしゃどくろのふたりは、唖然として、その光景に目を遣っていた。

 途端、狂骨が──激しい焦燥に駆られる。

 ──あの(、、)奴良鯉伴が、実力で押し負けた?

 ──いや、避けた……よね?

 さっきみたいに。

 ぬらりひょんの十八番……〝畏〟……〈鏡花水月〉で……。

 

「ちょっと、どうなってるの……!?」

 

 狂骨の頭の中で、ダムが倒壊したようだった。不安と焦燥が、奔流となって一気に脳裏に流れ込む。

 絶望感が、走馬灯のように頭の中を駆け巡る。

 ──考えもしなかった!

 どれだけ過酷な戦になろうとも。たとえ異世界で、未知の力を使う敵が、目の前に立ちはだかろうと。 

 ──あの奴良鯉伴が、実力で押し切られる事態なんて……。

 

「なに、してるの……? 隠れてるんでしょ!? もったえぶってないで、さっさと出て来なさいよ!」

 

 狂骨の言葉に────返答する者はいなかった。

 彼女の頭は、朦朦と、噴煙がたちこむ今現在を。静寂のこの状況を、受け入れられずにいた。

 ──信じたくなんて……なかった。

 ──あの魁は、荒れくれた全国の妖から畏れられた、唯一無二の半妖だ!

 大妖怪・羽衣狐の復活を何度も阻止し、天下最強の名を、欲しいままにしていた!

 妖としても幼い狂骨は、実際に、鯉伴が闘っている姿を見たことはなかった。

 しかし、それだけの肩書きを持っているのだから、ある意味では、狂骨さえもが信頼できる〝畏〟を持っているはずだった!

 信頼するに、値する魁だったはずだ。

   それなのに────!

 

わたしらの世界の(、、、、、、、、)頂点に君臨した魁(、、、、、、、、)が、なんでやられちゃうのよぉ!」

 

 少女の悲鳴が、その場に響き渡った

 総大将たる首魁(おとこ)が敗れた時、曲がりなりにも、その傘下で奮闘していた狂骨やがしゃどくろは、一気に弱体化する。──それが、百鬼で戦う妖の特性でもある。

 その時点で狂骨は、忌々しいバインドを解除する気力さえ、失いつつあった。

 まるで無力な女の子のように、大粒の涙を双眸に浮かべるだけの、儚い少女と化し、

 

「──残念でしたね。これで、本当に私達の勝利です」

 

 拘束された、ふたりの許へ、したり顔を浮かべたシャマルとヴィータがにじり寄る。

 ヴィータの方は、グラーフアイゼンを握っていた。

 

「オマエらの負けだ。オマエらは、アイツと違って、殺しはしねえ」

「……でも、このまま逃がすワケにもいきません」

「ああ。あたしらの蒐集が終わるまで、しばらくの間。とても表舞台にゃあ、出れ来られねえ身体にさせてもらうぜ」

 

 ヴィータながら酷い言葉を吐きつつ、彼女はグラーフアイゼンを振り翳す。

 ──今の科白(セリフ)と、この構図(えずら)では……どっちが〝悪〟か、分からんな。

 ガシャどくろは、大将(りはん)敵大将(シグナム)に敗れたその時点で、敗北を悟っていた。観念するように抵抗を諦め、ふと、そんなことを思った。

 しかし、狂骨は──。

 

「あ、諦めて…………たまるもんか……っ!」

 

 ──大将が敗れたから? ……それが、何だっていうんだ。

 不在する総大将の、その代わり(、、、)を務めるのが──部下の役目ではないのか?

 鯉伴が倒れても、なお、狂骨は我に返り、身体を縛るバインドに抗い始めた。彼女のそれは、妖怪にしては極めて稀有な覚悟だった。

 ──いや。

 羽衣狐が地獄に堕とされ、生還が望めない状況に陥ってもなお、京都を彼女のためにと護り続ける、揺るぎない精神をもった彼女なら、あるいは──。 

 

「あんな(ヤツ)が居なくても、わたしは、まだ──!!」

「無駄だ! ここで終わりにさせてもらうぜ!」

 

 バインドを抜け出そうともがく狂骨に、ヴィータのグラーフアイゼンが振り下ろされる! 

 狂骨が覚悟の表情を浮かべ、攻撃に目を伏せた。

 鉄槌を怖れ、目を瞑ったのが味方して。

 その瞬間、世界が、真っ白に閃いた。

 

「うわ!?」

「きゃッ、なに……?!」

 

 閃光弾でも弾けたかのように、ヴィータたちの視界が、強烈な閃光によって真っ白に閉ざされた。

 次の瞬間、シャマルたちの腹部を強烈な衝撃が襲う。

 ふたりは後方に吹き飛ばされ、一連の物音に、狂骨はそこで目を開けた。

 狂骨の目の前には────礼服を着た、銀髪の男……。

 二枚目の、京妖怪のひとり。ウガヤフキより地球に漂流する際にはぐれた男が──其処に立っていた。

 

「しょうけら!?」

「──たかが人間風情に、何を手こずっている? 狂骨、がしゃどくろ」

 

 退屈そうに神槍を器用に指先でぐるぐると振り回すと、しょうけらは次に、神槍で一陣の弧を描いた。

 次の瞬間、狂骨とがしゃどくろの巨躯を縛り付けていたバインドが切断され、弾け飛んだ。

 

「誰かの罪を罰するのは、天よりの審問官である〈しょうけら(わたし)〉の仕事だ。──貴様たち〝ヒト〟には、神に代わって誰かの咎を制裁する権利なぞない。……そこにあるのは、血で血を洗う、人間らしい醜悪な復讐劇だけだ」

 

 言葉の意味は、その場の誰も理解できなかった。

 しかし狂骨は知っている。単刀直入に云えば楽なものを、言い回し面倒に徐ろに説き明かすのが、このしょうけらという男なのだ。

 

「加勢だって!? くそ、まだ仲間がいたのか!」

「でも、どうしてこの場所が()れたの……!? 結界の魔力妨害は、完璧なはずなのに!」

 

 妨害結界の展開は、完璧だった。

 内部からの魔力の漏洩と、外部から念話などの干渉を一切として断ち切っており、この場所と状況を、誰かに通報するなど不可能なはずだった。

 しかし、そうでありながら、あの銀髪の男は現れた。

 

「全知全能たる神は、すべてを見透かしていらっしゃる。神託を授かれば、そこに不可能はない」

 

 瞑られた両目。

 降り注ぐ光の果てを神崇しながら、しょうけらは言葉を続ける。

 

「神に代わって、ヒトがヒトの罪を罰す。天理に背く愚者どもよ。偽りなき友愛の心は認めようとも、矛先を違えるは愚か。そして……憤怒に身を委ねるその姿、その愚かさが目にあまるゆえ……」

 

 地に降りた男、真っ直ぐにヴィータ達を見据え、十字の神槍を手に取って、刃を向けた。

 

「──加勢に来たぞ」

 

 志を、そして、仕える者を同じとした仲間達へ向けて言い放つ。

 神託の妖怪〈しょうけら〉が、今ここに合流した────。

 

 

 

 

 

 

 

 噴水が構えられた市営公園の中、シグナムは、全身全霊の一太刀を繰り出した後──魁が吹き飛んだ先を、改めて確認していた。

 

「ハァ、ハァ」

 

 彼女の身体は、既に、満身創痍の状態まで瀕していた。

 麗しい艶を放っていた桃色の髪は、すっかり痛み、毛先がばりばりにに乱れている。

 全身には焼け焦げた跡が残り、しばしの休養が必要となりそうだ。

 

(一撃! 一撃で倒せば、どんな猛将も──)

 

 魁の躯を切り裂いた時、たしかな〝手応え〟を感じた。

 長年の経験で培った騎士の勘が、「敵を仕留めた」と確信している。

 その証拠に。

 シグナムの脚許に、白銀の欠片が、ぱらぱらと散らばっている。

 場に屈み、それを拾い上げる。

 魁が握っていた、ハクトウラの切片。──相当な刃毀れを起こしていたと見受ける。

 それによって魁は、シグナムの斬撃を受け流すことも、受け止めることもできず、灼熱の一閃の餌食となった。

 仮に、再びシグナムの前に立ち上がって来たとしても。肝心の(ハクトウラ)がこの損傷(ようす)では、抗う術は、皆無に等しい。

 

「…………ッ」

 

 シグナムは剣を奮った右腕を抑え、左足を引きずっていた。

 ──やはり、先程の〈陣風〉が、無理を祟ったのだろう。

 魁の吹き飛んだ方向から踵を返し、ヴィータ達が交戦する地点に目を遣った。

 

「フフッ、新たな加勢、か。いいだろう……」

 

 もう、戦うだけの魔力など、どこにも残っていないはずなのに──。

 シグナムは、不敵に哂った……いや、どこかそれは、嗜虐的な嗤いだった。

 膝が、云うことを聞かない。念じても、身体が前に進まない。──それほどまでに、疲弊している。

 そんなことを、考えている時だった。

 ヴィータの叫びが、響いたのは。

 

「シグナムゥーーッ!!!」

 

 ──何事だ?

 そう思ったが、気づいた時には、すでに遅かった。

 グサリ……!

 シグナムの胴体が、ひと筋の〝腕〟に貫かれた。

 

「グッ、アッ……………!!!?」

 

 刹那、全身を迸る激痛。

 シグナムが言葉を発しようとするが、声の代わりに出てきたのは、大量の血塊だった。

 彼女の胸の膨らみ合間から、突き抜けるかのようにして伸びている──〝腕〟

 それが、シグナムの胴を、正確に貫いている。

 掌にはなにか、輝く宝石のようなものを掴み取っている。──シグナムの、リンカーコアである。

 激痛を認識することも出来ず、シグナムは、この状況をただ訝しんだ。

 

「だ、だれ!?」

 

 狂骨が、突然のことに驚愕の声を上げた。

 シグナムを襲ったのは、狂骨でも、しょうけらでも、がしゃどくろでもない!

 まして、鯉伴でもなく、

 

 ──〝仮面の男〟

 

 その、ふたり組だったのだ。

 貌を覆い、正体を隠すような不気味な雰囲気を醸し出している。

 彼らは突如として現れ、鯉伴との戦いを終え、疲弊し切った騎士を狙って、背後からの奇襲を仕掛けた。

 ──〝卑劣〟だ

 それも、妖である狂骨が、嫌悪するほどに。

 

「う……あぁ…………ッ!?」

 

 リンカーコアを掴み取られ、全身を駆け巡る激痛に、シグナムが叫びをあげる。

 しかし、抵抗し、暴れれば暴れるほど、心臓を抉り取られるかのような激痛が、シグナムの全身を迸った。

 仮面の男達が、感嘆の声を漏らした。

 

「いやはや、実に素晴らしい魔力だった……」

「ああ、まさか烈火の将が、これほどまで凄まじい魔力を秘めていたとは、な……。魔力生命体にして、十数体分の魔力量を、一気に稼げるほどだ」

「このリンカーコアさえ蒐集できれば、空白のページは大幅に減るな! さすればもう、守護騎士(こいつら)を泳がせる必要もない。我々で、闇の書は完成させられる……」

「この力を引き出してくれた──奴良鯉伴には、真摯に感謝しよう!」

 

 訳の解らない言葉を並べる、仮面の男。

 ──ぬら、りはん?

 ──感謝?

 シグナムが激痛に悶えながらも、口を開いた。

 

「キ、サマら……何を──!?」

「ほう、まだ口がきけるのか」

「貴様の奮闘を讃えよう、烈火の将。貴様は我々にとって、予定外にして最大の障害となるであろう不確定要素(そんざい)を殺害し、我々の計画成就のために、ひと役買って出てくれた」

 

 表情こそ覗けぬが、科白や声の調子から推し量るに、歓喜しているのか?

 シャマルはその時、仮面の男が持っている──〝物〟に気が付いた。

 

「や、闇の書が──!」

 

 仮面の男達に、奪われている……?

 ──どうして、あんな連中が、アレを持っている……!?

 突如として現れた、ふたり組の仮面の男のひとりが、八神家にあるはずの、闇の書を抱えていた。

 今回は、蒐集は目的にしていなかったため、守護騎士は闇の書を、八神家に置いて来ていた。

 しかし──。

 闇の書は、八神家に保管している。

 しかし、だからと云って堂々とリビングに放置しているわけではなく、念には念を入れ、不用の際には家の中に隠してあるのだ!

 

(それをどうして、あんな男達が、持っているの!?)

 

 隠された書を握っているということは、すくなくとも男達は、それを探し出したということだ。

 八神家の家族、一員しか知らないはずの、闇の書の隠し場所を探し当てたのか?

 ──おかしい。

 大体、今の八神家には、山吹乙女が居るはずだ。

 仮面の男達は八神家に立ち寄り、彼女の存在を、退けて来たというのか?

 あるいは彼女を尋問し、書の在処を吐かせた?

 

「山吹が、危ない……!?」

 

 ヴィータはふと、蒼然となった。

 仮面の男は、間違いない、シグナムのリンカーコアに含まれる膨大な魔力を搾り取るつもりだ。

 守護騎士は、魔素により構成されたプログラム魔力生命体である。

 活動源である魔力を、最後まで抜き取られてしまっては、跡形もなく──消滅してしまう!

 

(──〝消滅〟?)

 

 シャマルがそこで、激しい違和感に駆られた。

 

(消滅って。……ザフィーラは、たしか)

 

 夜天の守護騎士は、闇の書の支援によって、身体に自動修復機能が備えられている。

 肉体が損傷すれば、闇の書が自動的に、その損傷を治癒させるという代物だ。

 だから守護騎士は、傷の癒えが早いし──ただ「倒された」だけでは、滅ぶことがない。

 彼女達を「消滅」させるためには、仮面の男達が今やっているように、騎士が持つ全容の魔力(リンカーコア)を抜き取るという、一端の〝作業〟が必要だ。

 ──でも。

 話によれば、あの魁は次元漂流者であって、魔導師ではないと云っていた。

 魔導師ではない存在では──仮にもザフィーラを「倒す」ことは可能でも、「消滅」させることは……。

 精通した魔法の知識を必要とする、リンカーコアの〝抽出作業〟など、あの魁には、不可能ではないのか……?

 ──ひょっとすると、私達は今まで、恐ろしく愚かなことを……。

 

(でっ、でも今は、それを考えてる場合じゃない……)

 

 滲み出てきた背徳感と罪悪感に震え出す心を切り替えて、シャマルは再度顔を上げ、仮面の男達を見据えた。

 ──シグナムの身が、危ない!

 ヴィータが血相を変え、叫んだ。

 

「シャマル、すぐに!」

「え、ええ判ってる!」

 

 ヴィータが仮面の男に特攻を仕掛け、シャマルが男達に、拘束魔法を発動した。

 しかしその攻撃は、闇の書を持たぬ方の仮面の男によって妨害されてしまった。

 ──間に合わない……!

 勝ち誇ったように笑い声を上げる、仮面の男達。

 

「ふはは、終わりだ」

 

 闇の書を持つ男の、口唇が動いた。

 

「リンカーコア、蒐しゅ──」

 

 唱えながら、その男の身体が、遠くまで吹き飛んだ。

 騎士達の目が、驚きに見開かれる。──いったい、何が起きた?

 仲間が吹き飛ぶのに気づいた、もうひとりの男だが、反応した所で遅かった。

 瞬間的に、目前に何か〝刃片〟のようなモノが飛来するのが見えた。

 それが魔力で構成された〝弾丸〟だと判断すると同時に、男の身体は宙に舞った。

 シグナムが、吹っ飛んだ男から解放され、その場に倒れ込む。

 そこにいる一同は、瞬きすら許されぬあまりの一瞬の出来事に、その刹那に何が起きたのか、まったく理解できなかった。

 

「ガハッ!? くッ、何だと……!?」

 

 仮面の男が、野望をへし折られた現実を嘆くように、憎々しく毒を吐く。

 二転三転する状況に、とめどない混乱が巻き起こった。

 連綿と続く、形成の逆転。

 あるいは、予期せぬ者たちの介入。

 この場所で、この状況で。いったい誰が「自分たちこそ優勢」と思えたろうか。

 誰も、そんなことは考えもしない。

 仮面の男たちの強制介入により、もはや戦況は引っ掻き回され、本意から逸した事態へと突入してしまっているのだから。

 仮面の男が、被弾による負傷箇所を抑えながら立ち上がる。

 不覚にも、闇の書を所持していた男の一方は、衝撃の直撃を被ると同時に、闇の書をこぼし落としてしまった。

 

「誰、だ……!?」

 

 弾丸の直撃を受け、仮面の男は、激しい負傷を負った。

 声に苛立ちを乗せ、誰何する。

 ──弾は、商店街の方から放たれた。

 その方向は。

 奴良鯉伴が、吹き飛ばされた方向だ……!

 

「莫迦な……」

 

 あの魁、奴良鯉伴が握る刀剣(ハクトウラ)は、既に、烈火の将によって中破しているはずだ。

 ──ましてや、刃としては、もう使い物にならなくなっているはずではないのか!?

 たった今繰り出されたのは、射程外範囲(アウトレンジ)からの正確無比なる攻撃……いや──〝射撃〟だった。

 仮面の男達が唖然とする。

 その時、音声が響いた。

 

 〈 The movement of 〝Gewehr form 〟 is checked ── 〉

施条銃形態(ゲヴェールフォルム)の起動を確認──)

 

 低い音声をした完成人格が、言葉を発している。

 それはレヴァンティンでも、グラーフアイゼンでも、クラールヴィントでもなく。聞き慣れない、デバイスの音声であった。

 

 〈 The sequence of first awaking is started. unusual -- result and -- carrying out ...... Here we go 〉

( 認証シークエンスを開始します。……機能正常。システム、オールクリア)

 

 建物に激突した仮面の男たちは、闇の書という最大の要を落っことし、受身をとって弾丸の飛来した方角を覗いた。

 狂骨達もまた、彼らの視線に気づき、その方向に目を走らせた。

 

『ゲホッ……』

 

 其処に、顕現したのは。

 闇に染まり──漆黒の装束を身に纏った魁だ。

 紅蓮の血液が、ドロリ、と傷だらけの全身を伝っている。

 シグナムが放った、灼熱の一太刀の直撃を受けている。

 高熱を帯びた傷口から、ジュワリと蒸発するような音を立て、煙、あるいは、湯気が立ち込めている。

 咳き込むと同時に──血液なのか、墨汁なのかも分からない、妙な色をした液体を吐き出した。

 

「ヒッ、ウグッ…………!?」

 

 ゾクリ、と誰もがその者の姿を目に捉えた時、得体の知れない悪寒が、全身を縛り付けた。

 守護騎士や仮面の男達が途端に、猛烈な不快感と、息苦しさ。強烈な、吐き気を憶えた。

 全身が恐怖と倦怠感に苛まれ、四肢に力が入らなかった。

 おぞましい〝妖〟が、其処に立っていて。

 その姿を眼に認めただけで────全身が凍りつくようで。

 

まとい(、、、)……!?」

 

 狂骨が、無意識に言葉を漏らす。──それは半妖にして、百鬼夜行を率いる者だけが使える御業の名。

 魁は、ハクトウラとの〈鬼纏〉を完成させ──其の風貌を、大きく変容させていた。

 茫然と、まるで幻影のような、不思議と質量に欠けた印象を受ける。しかし、それでいて強烈な存在感を放っている。

 喩えるなら────其奴は、墨画で描かれた偶像のようだ。

 幽然と立ち据えたその光景自体が、一枚の半紙のように錯覚する。

 墨画の中、墨汁で乱雑に塗り潰されたかのような禍々しい風采は、何者にも嫌悪な印象を与える。

 漆黒の全身の中に、高熱の煙を放つ、大きな傷跡が覗かれる。

 灼熱を体内に帯びたその様は、以前のように「悪鬼」と呼ぶべきかは……。

 まるで、炎獄の悪魔だ。

 

「フォルムチェンジ、だと!?」

 

 仮面の男が、愕然とする。

 魁が構えているのは、破損の甚だしい刀剣ではなく──〝銃〟

 それは、デバイスが持つ変形機構を利用した、ハクトウラの第二形態だ。

 ──毀れた〝(つるぎ)〟は使い物にならなくても……〝砲口(そっち)〟はいまだ、健在ってことか……!

 ハクトウラは長銃(ライフル)を模った──〝施条銃型(ゲヴェールフォルム)〟へと変形していたのだ。

 

「……!」

 

 肩を震わせながら、守護騎士は、立ち尽くすことしか出来なくなっていた。今までの激昂は、強気な心は? はるか彼方の極地へと、飛び去った。

 今、抱ける唯一の感情は────恐怖だ。

 脚が背筋が、凍てついているのか、微動だにしない。

 ただ震えているだけだ。

 黒衣の魁は、慄然とする仮面の男達を睥睨した。

 

「あいにく、オレはテメェらなんか知らねえし、感謝されるおぼえ(、、、)もねえからよ」

 

 怪物が、毒を吐く。

 

「〝れい〟なんざ、あの世で()ざけ」

 

 スッ、と伸ばされた魁の右腕。施錠銃を握っている。

 その瞬間、片腕だけで持たれた銃から、二発の銃声が響いた。

 放たれた、二発の弾丸。

 遥か遠方に立ち尽くす仮面の男達の、それぞれの耳元を掠め、彼らの背後のコンクリートに突き刺さると、大きく爆散し、炸裂した。

 白銀の暴風が吹き荒び、そのあまりの威力に、守護騎士達の目が、驚きに見開かれた。

 

「……失せろ」

 

 地鳴りにも似た響きを持った声調。

 邪悪な眼光に貫かれた仮面の男達は、まるで膝を砕かれたかのように、その場に崩れ落ちた。

 まるで、魁にひれ伏すように。赦しを請うかのように──。

 膝が笑い、腰が抜けている。恐怖によって、体内の力という力を根刮ぎ、奪い取られたかのようだ。

 たった一度、睨まれただけで──!?

 

「クッ────」

 

 しかし仮面の男達は、そこで咄嗟に、我に帰った。

 手元に落ちていた瓦礫の破片を掴み取った。

 鋭利なそれを、己の太腿に突き刺したのだ。

 

「!」

 

 それを認めた、鯉伴の眉が上がる。

 痛みが恐怖を凌駕して、筋肉が奮い立つ。

 仮面の男は即座に立ち上がり、その場に飛翔した。

 

「その戦闘力・生命力──! やはり、あの方の云うことは正しかった!」

 

 短く云い捨てると、その空域からの離脱を図った。

 ──追わなきゃっ!

 何度も、身体に命令した守護騎士達であったが、仮面の男達のように、無理にでも筋肉に刺激を与えない限り、身体は動き出しそうになかった──。

 鯉伴は茫然と、飛び去った、ふたりの影を見つめていた。

 

「仮面の男────」

 

 ──奴等はいったい、何を考えている?

 鯉伴はゆっくりと、周囲一帯を見回した。

 守護騎士達はすっかり、鯉伴の放った畏に呑まれ、その場に崩れてしまっている。

 狂骨達は、だからと云って追い打ちを掛けるわけでもなく、既に戦意を喪失していた。

 そればかりか、しょうけら、と名乗る仲間と合流したことで、談話しているようだ。

 戦況は、すっかり落ち着いてしまって、

 

 合戦(いくさ)は、今ここに終幕した。

 

 しかし、その結末は魁が想像していたものとは、あまりにも掛け離れていて。

 この戦において……「勝者」は誰だ? そしていったい、何のための戦だった? 

 魁には、それが解せなかった

 

「……話を聴くだけの、余地はあるな」

 

 ──明らかに、状況はおかしかった。

 鯉伴はこの時、どうしても、守護騎士達のことが「敵」だとは思えなかった。

 おそらく、この戦闘自体が、何者か、あるいは、仮面の男達によって、あらかじめ仕組まれていたのだ。

 鯉伴と守護騎士が戦うことで、あるいは、その戦いによってどちらかが滅ぶことで、得をする者がこの世の陰に潜んでいる。

 ──それなら、この勝負に〝決着〟なんて、着けるわけにはいかねえ。

 その者の筋書き通りにことが運べば、きっと、取り返しがつかないことになる。

 根拠など、ない。

 あくまでも(よそう)に過ぎないが、疲弊した騎士を狙うような、卑劣な手段を用いて来る男達だ。

 彼らの差し出した(シナリオ)の上で踊るようなことだけは────まっぴら御免だった。

 

 

 

 

 それから、ややあって──鯉伴は狂骨達と合流していた。

 守護騎士達は、どうやら、当面の間は自力で行動できそうにない。──鯉伴の放った〝畏〟に、図らずも、心を支配されてしまったようだ。

 動けねえ相手に危害を加えるほど、妖は堕ちてはいない。

 鯉伴は徐に狂骨達の許へ歩み寄り、すぐに、ガシャどくろへと指示を出した。

 

「……あそこで崩れてるふたり、噴水の所まで運んでくれ」

 

 膝を突き、その場に崩れるシャマルとヴィータを指し示す。

 市営の公園。噴水が構えられた地点に、守護騎士の三名は運び出された。

 シグナムは、意識を失っていた。

 残るヴィータとシャマルは、意識はあるが、だからと云って、動き出す気力は根こそぎ奪われていた。

 同時に、まるで捕虜になった気分を味わっていた。

 誘拐犯に生殺与奪の一切を握られた、人質のような心境だ。

 

「……そう身構えんな。捕って喰らおうってわけじゃねえんだ」

 

 震える騎士達に、鯉伴は短く云いつける。

 どの道、危害を加えるつもりはないし、狂骨やしょうけら、ガシャどくろも、彼女達には苦汁を飲まされたとは云え、そこは徹底させているのだから。

 

「シグナム……」

 

 シャマルが、心配そうな面持ちで、運び出されたシグナムを見遣る。

 彼女は意識を失い、その場に斃れている。呼吸は弱々しく、表情も険しい。

 ──無理もない……。

 全身全霊の一太刀で魔力を使い果たし、そのうえ、消耗した所を襲われたのだから……。

 彼女の様態は、魔導師ではない鯉伴には、詳細として把握することは出来ない。

 そんな時、シャマルが口を開いた。

 

「ひとつだけお願いします。シグナムの、治療をさせて! このままじゃ……!」

 

 シグナムの様態は、医療師であるシャマルから見て、非常に危険な状態にあった。

 ──ブラックアウトの、寸前まで到達してる……!

 それは、魔力を限界以上に引き出すことで、生じる過負荷によって、肉体が持たなくなる現象のことだ。

 最大限の魔力を発動し、疲弊したリンカーコアを、彼女は直後に仮面の男によって掴み取られ、封印され掛けている。

 魔力生命体である彼女の身体を構成する、魔力源が、非常に不安定な状態に陥っているのだ。

 ──治療を施さなければ、命が危ない……!

 しかし、ガシャどくろが、ぴしゃりと反論した。

 

「罠ですなあ~。そのリーダーの女騎士を蘇生させた途端、我々から、逃れるつもりでありますじょ~」

「そうよ、こんな頼み、聞き届ける必要なんてないわ。大体、そっちから勝手に仕掛けて置いて……今さらそんな頼み、虫が良すぎるわ!」

「ああ、いいぜ」

 

 最後に、あっさり鯉伴が受け入れ、ガシャどくろと狂骨が、ぎょっと目をむいた。

 

「ちょ、何言ってんの!? こいつら、あんたを襲った敵なのよ!?」

「だからって、このまま女騎士(こいつ)に死なれても、寝覚めが悪いだろーが」

「あ、あんたねえ!」

 

 呆れかえる狂骨は怒りにも似た感情を吐露するが、そこには半分以上の諦めが混じっていた。

 ガシャどくろの云う通りに、仮にそれが「罠」であったとしても、それを返り討ちにするだけの自信が、今の鯉伴にはあるのだ。

 シャマルは鯉伴の肩を借り、ゆっくりと立ち上がる。シグナムの許へ足を運び、すぐに、治療魔法〈静かなる癒し〉を展開した。

 そのすぐ傍らで、これを見届ける鯉伴が思うに、この金髪の騎士は戦闘よりも、明らかにこの手の魔法の方が得意らしい。

 

「……っ」

 

 ──思うように、魔力が入っていかない……。

 シャマルの手は、いまだに震えていた。

 思うように力が入らず、治療が出来ない。

 一向に、回復の兆候が見えて来ない。

 ──このままじゃ、シグナムは……!

 

「ダメか?」

 

 シャマルから見て、横たわるシグナムの身体を挟み、鯉伴がその場に屈んだ。

 怪訝な面持ちで、シャマルへ問う。

 

「…………」

 

 その瞬間、魁が──スッとシグナムの身体に、手を翳したように見えた。

 ぽう、と暖かい光が現れる。──シャマルが、目を大きく見開いた。

 シグナムの様態が、突如として癒え始めたのだ。

 まるで見違えるように、リンカーコアに、力が戻ってゆく。

 呼吸が回復し、シグナムの瞼が、かすかに動く。

 

「あ、あなた今、何を──」

 

 魁はしかし、変わらずに、怪訝な貌を浮かべている。

 それを見て、シャマルはそれ以上、何も言わなかった。

 

「ん…………」

 

 その時、シグナムの意識が戻った。

 彼女の視界には、まず、目に大粒の涙を溜めた、親友であるシャマルの貌が映る。

 そして、次に──

 

「──!」

 

 私が、斃したはずの魁──。

 大きく、その風采は変化していた。

 黄金の眼光に、漆黒の外套。癖がかった黒髪は、どういうわけか紅く染まっているが、決して、シグナムの見間違え、人違いなどではない。

 ──まさか、仕留め損ねた、というのか?

 シグナムは咄嗟に身構えようとしたが、起き上がろうとした瞬間に、全身に激痛が迸り、苦悶の表情を浮かべた。

 

「シグナム、落ち着いて。この(ひと)は、あなたを助けてくれたのよ」

 

 一度は、仮面の男達から。それだけに留まらず、二度(、、)までも……。

 シャマルにだけは、二度目(それ)が分かっていた。

 シグナムはそれでも、納得の行かぬ表情を浮かべている。

 

「助けた……? なぜ……!?」

 

 問いかけに、鯉伴本人が答えた。

 

「聴いてみてえと、思ったからさ」

「……?」

「どうしてオレが、あんたらに襲われたのか。……いや、襲われるだけじゃあねえ……他ならぬあんた(、、、)に、あそこまで向こう見ずな決断をさせた要因や、動機ってヤツをさ」

 

 仮面の男達という存在。

 この戦闘の因果自体に、疑う余地があるように感じてやまない。

 すくなくとも、守護騎士は全力で闘っていたのだ。でなければ、ゼロ距離で火炎魔法など発動するものか。

 

「そうでなくとも、オレはどうにも、あんたらのこと買ってんだ」

 

 それこそ「堪」でしかないのだろうが、守護騎士を今ここで逮捕したのでは、「根本的な事件の解決」には至らない。──鯉伴が不思議とそう感じているのも、彼なりの「堪」である。

 この決闘を、守護騎士側が率先して仕掛けることにも、事実上の利があったとも思えない。

 なぜなら、彼女たちは札付きで、今回にいたっては、蒐集が目的ではなかった。

 なのに、どうしてわざわざ、警察の目の前に出て来たのか?

 戦闘中の〝妙な言い掛かり〟も、そこに加えれば。──何か、私的な確執があって、間違いはないように思えた。

 

「何もそっちの事情を詮索しようって訳じゃあねえ。……こいつはオレ個人の興味と、ほんの小さな関心だ」

「……そんな建前が、通用すると思うのかよ……」

 

 その時、背後のヴィータが、反論した。

 鯉伴は首だけを振り向かせ、その言葉を聴き止める。

 

「おまえは管理局のイヌだろ! こっちの腹を探って、主の情報を吐かせるように、あたし達を誘導しようとしてんだろ!?」

「待ってヴィータちゃん!」

 

 それを制したのは、シャマルだった。

 ヴィータはまさか、彼女に制されるとは思っていなかったようで、驚いた顔を浮かべている。

 ひと間おいて、シャマルが口を開く。

 シグナムもまた、真摯に彼女の言葉を聞き届けている。

 

「……ふたりとも、おかしいと思わない?」

「えっ?」

「さっき、仮面の男達が現れて思ったの。──『この(ひと)達は、きっと、何にも知らないんじゃないか(、、、、、、、、、、、、、)』って……」

 

 ──何を、言っているんだ?

 シャマルの発言に、シグナムもヴィータも、共に眉を顰めた。

 

「今、ヴィータちゃんも言ったよね。この魁が、私達の『主の情報を探ろうとしてる』って……」

「う、うん……」

「そんな必要ないじゃない? だって、この魁が本当にザフィーラを倒したのなら、主の居場所なんて、とっくに割れてるはず」

 

 それでも今、八神家が管理局に差し押さえられない理由は何なのか?

 あるいは、鯉伴が報告せずに黙っているだけ? ──そうすることに、何の得があるというのだろう。

 ヴィータの発言には、矛盾があった。

 その言葉に、衝撃を受けた。

 たしかに、反論のしようがない話だ。

 鯉伴たちはふたりの会話を、黙って聞き続けている。

 

「それに、この魁は魔導師ではないわ。ザフィーラが云ってた通り、専用のデバイスは持っているみたいだけど、使い方が滅茶苦茶で、本来の使い方ってものを、まるで分かってない」

「いや。まあ、な……」

 

 口の片端を釣り上げて、苦笑いを浮かべる鯉伴。

 鬼纏のためにデバイスを使う輩は、歴史上、鯉伴が初なので、それはそれは、奇異な使い方をしているように見えるだろう。

 もっとも、鬼纏という術を編み出したのが、鯉伴自身なのだが。

 

「〝ザフィーラのリンカーコアを抽出する〟──なんて魔法知識に長けた芸当が、本当に、この(ひと)にできると思う?」

 

 シグナムもヴィータも、返す言葉を失った。

 シャマルの説と、現実に起きた鯉伴の発言が見事に合致してしまっていて、反論できる綻びなど、そこにはなかったのだ。

 

「シャマル……。おまえ、最初から気づいてたのか……?」

「ううん。私も、仮面の男達が闇の書を持って現れるまでは、この魁が犯人だって、本気で思っていたわ。……だって、乙女ちゃ」

「──なるほど、どうやらオレは、濡れ衣を着せられて復讐されようとしてたってことか」

 

 シャマルの言葉を遮って、話の流れから汲み取った鯉伴が納得する。

 

「腑に落ちねえな」

「何が?」

 

 狂骨が訊ねる。

 鯉伴はヘアゴムを取り出して、自身の長髪を束ねながら言った。

 

「ユーノが云ってたんだが、あんたらは、闇の書ってヤツの『騎士』だが……実際は『下僕』みてえなもんだろ? 主のためなら、書の書の完成のためなら、どんな危険なことだって強いられて来た連中だ。……局が進めた昔の闇の書事件の調査の中でも、あんたらは、滅私奉公まがいなことをやってのけてる。……『自分の身が滅びようとも、主のためなら本望だ』ってまあ、どっかの誰かみてえな、野暮な信条を貫いている、ってな」

 

 鯉伴はしかし、語尾の方を、狂骨達を見据えながら云った。

「……なぜ、京妖怪(われわれ)を見る?」としょうけら。

「いいや別に」と鯉伴。

 その先を続けた。

 

「味方のひとりが討たれたって。……犯人が誰だって、感傷的に仇討ちなんて〝らしくねえ〟としか思えねえが」

「……たしかに私達は、夜天の騎士とは名ばかりの、主のための、蒐集のための道具。奴隷のようなものだった……」

 

 鯉伴の云っていることも正しい。

 間違ってはいない。

 以前までの騎士達には、戦う目的など、ひとつしかなかった。

 戦う以外のことは、何も考えていなかった。

 それでも、今は違う。

 

「自動修復機能がある限り、あのザフィーラって御仁は、死んだわけじゃない。……次の転生先が決まれば、また再生して、召喚されるんだろ? 云い方は悪いが、そんな男のために、なんで仇討ちなんて真似を」

「自動修復機能があったとしても……〝癒えない傷〟が、そこにはあったんだ」

 

 守護騎士は、その言葉が胸に染みる思いだった。

 たしかに彼女たちは、いや、過去の彼女たちは、とても無機質な存在だった。

 書の完成のため、己の身を犠牲にして働くだけの道具だった。

 だから彼女たちは、仲間が減ろうと何も感じなかったし、自分が犠牲になることで書の完成が近づくのなら、事務的に自己犠牲をやってのけるような存在だった。

 ──しかし「それ」を変えた、変えてくれたのは……はやてだ。

 この時代に書が転生し、彼女が主として選ばれたその時から。

 守護騎士は、豹変した。

 ──ザフィーラは、いずれ必ず、蘇生される。

 その事実には揺るぎはないが、しかし、ザフィーラがいなくなったことで、はやての心はひどく傷ついた。

 いずれ蘇ると理解していても、はやての命は、限られている。

 はやての〝心〟は闇の書のように、自動的には修復されはしないから……。

 

「あの方は、今までの主とは違う。……私達を、ひとりの人間として認めてくれた、初めての主だ……。そんな人が、家族を失い、心を痛めている姿を見るのが、耐えられなくって……」

 

 鯉伴は、核心に気づいたような気がした。

 今の守護騎士は、かつてのこの者達とは、まったく異なった存在だ。

 でなければ、こんなにも人間的な、暖かな意見が、吐けるはずがない。

 

「……それで、復讐か」

 

 しょうけらが、呆れたような声を漏らした。

 守護騎士たちはそれっきり、黙り込んでしまう。

 

(随分と慕われてるみたいだな、その、主ってのは……)

 

 ユーノは鯉伴に、こうも言っていた。

 無限書庫で拾い集めたデータ上、過去にこの守護騎士は、奴隷のような扱いを受けながら、蒐集を強制されていたのだと。

 一度──何の用事かは忘れたが──鯉伴がクロノに同行した時、彼はこれから鎮圧任務に当たる上での鎮圧対象として、守護騎士のデータを見せられたことがある。

 鯉伴が見せられたのは、黒い薄手の布地一枚に身を包み、冬至の空を、極寒の世界を飛行している守護騎士達の映像だった。

 最低限の衣類だけは確保されているような、そんな光景だ。

 その時の映像と、眼前にいる彼女たちを比較すると、確かに今はクールだキュートだ、守護騎士ひとりひとりの雰囲気や特徴に合わせた、心の込められた風なデザインの甲冑に身を包んでいる。

 ──自分が信頼されるためには、まずは相手を信頼しなくてはならない。

 以前、なのはとフェイトに、このような説教をしたことがある鯉伴であるが。

 守護騎士達を、使命を忘れさせるほどに心酔させている今の書の〝主〟は、よほど守護騎士のことを大切に思っているのだと、この時の鯉伴は、暗に悟った。

 だからこそ、守護騎士はそのような主のために、必死になっているのだと。

 必死になるだけの価値が、その先にあるから。

 

「そういえばしょうけら、あんた私たちを助け出した時、なんだかヘンなこと口走ってなかった?」

「なんだ」

「たしか〝矛先を間違うは愚か〟って……」

「ああ、それか……神のお告げを聞き、この騎士たちが怒りの矛先を間違っていると教えられたのだ」

「え、アンタ関わってもいないのに、真実を知ってたの?」

「私ではない、神が、知っていたのだ」

 

 この際どっちでも良いが、神託とは胡散臭いモノだとばかり思っていた狂骨がこの時、少しだけしょうけらのことを見直した。

 神託があった。

 bだからこそしょうけらは、シャマルが妨害結界を展開しているにも関わらず、狂骨達の居場所を正確に突き止めることができた。

 そして、彼女たちの危機にギリギリで駆け付けることもできた。

 傍観者として、全てを達観することができていたのだ。

 

「じゃあ、神託ってので、真犯人の正体も聞いてるんじゃないの?」

 

 狂骨がそんな事を言うので、食らいついたように守護騎士がしょうけらの顔を見た。

 彼は渋った表情を見せ、顔を伏せる。

 

「今回の件、それはこの者達の勘違いが発端であることは間違いない。そして、この魁は無関係であり、真犯人(とがびと)が別に、たしかに存在することも事実だ」

 

 ──真犯人……?

 ソイツのせいで、はやては体調を崩し、入院までするハメになった。

 いったい誰だ……こんなにも、心のないことが出来るのは!

 悔しさに、涙を浮かべるヴィータ。

 しかしながら、決してその雫が頬を走ることはなかった。

 

「情けないな……」

 

 その時、弱り切ったシグナムの声が、鯉伴の背後から小さく呟かれた。 

 彼女は全身を迸る激痛に苦悶の表情を浮かべながら、ゆっくりと起き上がる。

 

「謝れば済む問題ではないが、すまなかった……。すべては私達の過失、勘違いなどと……」

 

 全身を襲う痛みに耐え、深刻な面影で、シグナムは守護騎士のリーダーとして頭を下げた。

 ヴィータ達は唖然として、重症にも関わらず頭を下げる、その礼節のあるシグナムの態度を見つめるばかりだ。

 彼としては、たかが命を狙われたくらいで騒ぐつもりは更々ない。

 奴良鯉伴は、元いた世界では、唯一無二の権力者である。

 彼が黒と言えば、白の国も含めて、全国が黒になる。それだけの魁だ。

 しかし、闘争の世界で顔が売れるということは、それだけ多くの怨みを買うということと同義である。

 自分を厄介に思う輩は、星の数ほどいたであろう元の世界では、暗殺者になぞ何度遭遇して来たか分からないし、何度返り討ちにして来たかも覚えてない。

 つまり何が云いたいのかと云うと、鯉伴にとって、暗殺されかけるのは、割かし日常茶飯事なのだ。

 その程度のことで、今さら騒ぐつもりもない。

 

「興が冷めたな」

 

 ぼそり。

 鯉伴が短く、言い切った。

 

「なんなら、今日はこれでしまい(、、、)だな」

 

 間が置かれ、「え?」と聞き返す言葉が紡がれた。

 

「行きな。尾行(ツケ)たりはしねえからよ」

 

 何喰わぬ顔をして。

 ──この魁は、本当に……何を考えているの?

 そう疑ったのは、シャマルだった。

 

「今日は愉しかったし、こんな道理も無理もねえ戦い、終わらせるのは勿体ねえ。──そうは、思わないかい?」

 

 なにより、粋じゃねえ。

 鯉伴はシグナムを見下ろし、彼女の端正な双眸を真摯に見据えた。

 

「オレはもう一度、あんたっていう強え女と、全力で刃を交えてえ。そして、あんたらはなんとかこの場をやり抜け、主の下に戻って元気な顔を見せてやりてえ。──お互いの要望を合わすんだから、悪い話じゃねえだろ?」

「完膚無きまでに、この騎士(おんな)に斬られた魁の台詞とは、とても思えんが」

 

 しょうけらが、鯉伴に聞こえるように独り言をぼやく。

 鯉伴は小さく「うるせぇ」と反論した。

 

「一本傷ならともかく、十字傷が出来てる、ってことは……『二度は斬撃の直撃』を受けたってことよね?」

「一撃目は『慢心してた』と云い訳もできますがぁ~、二撃目を貰った暁には、とうに云い逃れは出来ませんしなぁ~」

「要するに、この魁の方が弱かったと云うことだ」

「おめらがオレのこと嫌いなのは分かったから、頼むから少し黙っててくんねえかな」

 

 京妖怪さんよ、と付け足す。

 

「オレがこの女より弱いってのはどーでもいいんだよ! 問題として拾いあげんな! 要は、互いに拒む理由はねえってこった」

「それはまあ、確かに……だが、本当に良いのか」

 

 ヴィータが怪訝そうに訪ねる。

 

「立場として問題大アリよ。あんた今、管理局の傘下にいるのよ? これ、本当に分かって言ってるの?」

「あ? そんなん、おめーらが黙ってりゃ済む話だろ」

 

 ──むちゃくちゃだ。

 云いながら、鯉伴はキッと狂骨たちを睨む。

 ハイハイ、とため息まじりに狂骨はそれを承諾し。

 しょうけらに至っては、私には関係ない、むしろ再戦を望もう、今度は確実にその女に斬り殺されてくれ、とでも言いたげな表情を浮かべている。

 

「でも、それって言い訳としては苦しいんじゃないかしら……? 黙ってれば良いって、それでも、その胸の傷は残るでしょう?」

「なら、奇襲を喰らって、命辛々逃げ伸びた、なら良いだろ」

 

 何も良くはない、とシグナムは思う。

 それでは、この男の信用はどうなる? その言い分を管理局に通しては、精鋭として抜擢された彼の信用は一気に地に落ちるのではないか?

 なにより、そこまでの情けを受けて、逃げるつもりはない。騎士として、当然の矜持だ。

 

「生憎、オレは隠居した流浪人なんだよ。管理局の傘下って言ったって、公式な戦闘局員じゃあない民間協力者の身分で、おまけ次元漂流者って責任もへちまもねぇ。──過度の期待を承る謂れはねぇし、名声にこだわりもねぇんだよ」

 

 民間協力者という自由奔放な名義の下、存分に生きられるということだ。

 

「虚仮の一心ってヤツだよ。敗者だろうが、オレはアンタともう一度戦って──そして、勝ってみたいのさ」

 

 真摯に努力すれば、いつしかシグナムに勝てると言いたいのだろうが、言われた彼女はむしろ、侮られた気分だった。

 

「……私が貴様を斬ったとき、貴様は、本気ではなかった」

「そんなことねーよ。少なくとも、敗ける気はなかったのは認めてる」

 

 敗けたけどな、と鯉伴は憂いもなく笑った。

 ──仮面の男達に見せた〝力〟を……最初から発動されてたなら。

 ──結果は、違っていたかも知れない……。

 それが、シグナムの予想だ。

 鯉伴は不敵な笑みを浮かべながら、彼女たちに背を向けて歩き出した。

 肩をすくめて、狂骨やしょうけら達もその方向へと歩き始める。

 

「……あ、ひとつ忘れてた」

 

 鯉伴が、シグナムに訊ねる。

 

「あんた、名前教えてくんねーかい?」

「名前? ……なぜだ?」

 

 そんなこと、フェイトにでも聞けばいいだろう。

 しかし鯉伴はそうしない。

 なぜなら…… 

 

「オレはあんたが気に入っちまった。まあ、なんつうか、惹かれたんだよ、あんたの魅力(おそれ)にな」

 

 剽軽な態度で、鯉伴はこんな事をさらりと言ってのけた。

 

「平たく云や、あんたに惚れた! 名前くれぇ、記念に持ち帰ったっていいだろ」

「な……ッ!?」

 

 言われ、シグナムが背中を衝かれたかのように背筋をピンと伸ばす。相当、驚いたようだ。

 シグナムのことだ。街中を歩くと軟派な男に言い寄られたことは多くある。

 しかし、こうも単刀直入に、むしろ快哉に想いを伝えられるのは、それこそ初めてだった。

 

「い、意味がわからん……! 突然、なんなんだ貴様!?」

「ケチケチすんなよ、名前を言うのくらい、減るもんじゃないんだぜ?」

「だからと言って、ほ、惚れたなどと……敵に向かって、馬鹿か!」

 

 夕日のせいか、興奮気味なのか、シグナムの顔は赤い。

 シャマル達は、目を点にしてきょとんとしながら、事の成り行きを見守っている。

 シグナムがここまで慌てふためく姿を、幼馴染みも同然のシャマルも、初めて見た気がしていた。

 

「…………れっ」

 

 目を忙しなく泳がせながら、シグナムが、しぶしぶと口を開く。

 

「烈火の将・シグナムだ…………」

 

 にこりと、快哉なまでに晴れた笑顔を浮かべる鯉伴。。

 

「シグナムか……もう一度、()る時が待ち遠しいぜ。……あんたは誰にも譲らねぇ、オレの獲物(モン)だ」

「…………っ!」

 

 含羞に、表情を紅潮させるシグナム。

 鯉伴本人は闘争的な意味を示唆したいのだろうが、どうにも鯉伴からは、昔の癖が抜けないようである。女性に誤解を与えやすいというべきか、不器用だ。

 

「──気ぃ付けて帰れよ。行くぜ、てめぇら」

 

 本当の本当に、鯉伴は守護騎士を逮捕することもなく、その場から立ち去ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──はぁ、意味わかんない。敵にあんなこと言っちゃって、遊び人にもほどがあるわ……挙句、何もせずに逃がすなんて」

 

 狂骨がぶすーっとしながら、鯉伴の器に呆れていた。

 しかし、文句は垂れ流しながら、たしかに彼女もこうして守護騎士に背を向けて立ち去っている。

 言っていることとやっていることが矛盾している、なかなか天邪鬼な性格なのかもしれない。

 

「遊び人? 何言ってんだ。オレらは所詮、任侠者(にんきょうモン)。心まで、時空管理局の局員じゃねぇ」

 

 〝任侠〟──

 その言葉の所以は──弱きを助け、強きを挫く。

 奴良鯉伴は、まさか自分のことを正義の味方だとは考えていないのだ。

 妖怪は悪であることを知っているから、自分よりも悪い、本当の悪を挫き、その正体を慎重に見極めることが必要なのだ。

 今回の守護騎士は、狡猾な者達によって、巧妙に操られた傀儡でしかなかった。

 彼女達も言ってしまえば〝悪〟だが……そんな彼女達を操る者たちは、それ以上の〝悪〟だ。

 守護騎士たちを逮捕して悦に入るのでは、仁義に反すると思ったのだろう。

 

「理屈にこだわるつもりはねぇ、ただ、強え戦友(なかま)ってのは、いて悪いもんじゃない。おまえも見たろ? あの騎士(おんな)の強さ……本物だぜ?」

「……そういえば」

 

 狂骨が思い出したように、鯉伴からハクトウラを取り上げた。

 怪訝そうな表情を浮かべる鯉伴。

 

「さっきのアレ、何だったのよ!」

「アレ?」

「銃よ、銃っ! ばぁーんって!」

「はあ?」

 

 小さな両腕を精一杯に広げて「ばぁーん!」のジェスチャーをしている狂骨。

 思わず笑ってしまいそうになる鯉伴。

 

「ハクトウラのことか」

 

 インテリジェントデバイスや、アームドデバイスには変形機構が設けられ、その機能によって幾つかの「形態」が用意されている。

 一般に使用する第一形態と、補助である第二形態。

 後者に関しては、設計段階で使用者の要望によって改造されることもあるが、稀なケースでは使用者の特性により、デバイスが進化することで解凍される。

 鯉伴の扱う〝ハクトウラ〟は──通常は刀剣型(デーゲンフォルム)を象っているが、近接戦一辺倒の補助形態として、第二形態には、遠距離戦に対応した施条銃型(ゲヴェールフォルム)が採用されている。

 

「構造の話はしてない。なんであんたが、ライフルなんて銃器を扱えるのよ! 異国の代物でしょ?」

「おーい、おめえオレがどの時代から生きてると思ってんだ」

 

 江戸時代に生まれ、明治、大正、昭和と駆け抜けて来た鯉伴であれば、銃の扱い程度ならば、嗜んでいても不思議はない。

 けらけらと笑いながら話す鯉伴。

 そう言う意味では、奴良組に限らず、しょうけらも昔と比べると「衣替え」に適応しているのではないか、と考えてしまう狂骨だった。

 

「ま、銃に限った話ではないんだけどな」

 

 鯉伴は、鬼纏によって、他の妖怪を背負った経験が豊富だ。

 鬼纏を通じて、特に「背負い主」との相性の良い妖は、変化に際して大鎌やナギナタといった付加的な要素として、特有の武器を象ることがある。

 それゆえに、鬼纏の経験の多い鯉伴は、それだけ多種多様な得物を手に取り、死地を乗り越えた過去を持つ。

 長ドス以外の無数の凶器の、精進や功夫は、現役当時は一切として怠らなかった。

 さらりと言ってしまえば、奴良鯉伴に「使いこなせない武器」なんてないのかもしれない。

 

「な、なるほど……親子三代・天下……どれにとっても、最強なわけね…」

 

 引き釣りながら、感銘を受ける狂骨。

 鯉伴の息子には、それだけの器用さがなかったことは明白だ。狂骨はそれを知っている。そして、彼の父親は純血のため、鬼纏の資格がないことも。

 羽衣狐も尾の数だけ、日本の歴史に合わせた九つの武器を扱いこなせるが、流石に異国のライフルまでは使えない。

 

 鯉伴という男は、なにも「絶対的に最強」であったわけではない。

 ただ、時代に合わせた戦法を学び、極め、「その時代で最強」であることを普遍的に続けていてたため、結果として、社会的にそう謳歌されたに過ぎないのである。

 

「──さて、解説はここまでだ。あんまり〝半妖〟を語り明かしちまうと、畏を絶やしちまうからな」

 

 一応、オマエ敵だし。

 鯉伴はそう笑って、狂骨に背を向けた。

 辺りはもう夕日の光に包まれている。

 日はだんだんと、短くなってきたように感じる。

 

 

 

 

 

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