~千年狐と江戸の花~   作:樹霜師走

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再会、暴かれた『真実』

 

 

 

 時空管理局、無限書庫──

 円筒状に包囲されている、気が遠くなるほどの量の本が積み重なった本棚には、幾千冊の書や、幾億にも及ぶ様々なデータが厳重保管されている。云い換えれば、無限書庫は「情報の銀行」と呼んでも、差し支えないだろう。

 ユーノ・スクライアが、このとき無限書庫を訪れていた。

 魔力を駆使し、闇の書に関する情報を記載した資料を本の城の中より選出する。研究を進めているらしい。そんな彼が無限書庫に滞在して、三時間が経過している。研究を進めていた結果、いくつかの事実が、浮かび上がって来た。

 

古代遺失物(ロストロギア)たる【闇の書】は、元々、そういう名称だった訳ではなく──

 ──正式名称は【夜天の魔導書】と云うらしい』

 

 手にした者を大魔道へ導く、偉大なる書──

 旧暦の時代の中で、歴代の魔導書の所有主、天才達が魔導書の歴史を築いて来た。

 歴史の中で〈書〉が蓄える膨大な魔力を、世のため、人のため──善意の元に行使して来た背景が浮かび上がって来た。しかし〈書〉は──やがてある日、悪意ある、それでいて、天才魔導師の許へと渡ってしまった。

 その人物は夜天の魔導書に蒐集された魔力を、悪意を以て破壊目的に行使し始め、人世のために役立つべきその〈書〉は悪意に蝕まれ、人々に忌避されるようになった。

 

「そうして〝書〟はいつからか────人々から【闇の書】と呼ばれるようになった」

 

 闇の書は、決して、初めからそう(・・)であったわけではない────との事実が、ここで露見する。

 それを切欠として、天才によって、システム「そのもの」が改竄され──【闇の書】と化した。

 改竄の結果として、あらかじめ〈夜天の書〉に備えられていた、損傷を自動で修復する機能が「無限再生機能」へ、旅をするための機能が「転生機能」へ、それぞれに改竄されてしまったのだ。

 ユーノの報告を受け、書庫の外側で待機していたクロノが呟く。

 

「繰り返される転生と、無限の復活は、それが原因か」

 

 破壊しても、いつまた転生し、世界を混乱に陥れる。

 ──それが、闇の書の〝輪廻(りんね)〟……。

 かつて、クロノの父親クライド・ハラオウンが、闇の書の破壊任務に携わり、命を顧みず、任務遂行を試みても、またこうして、この世に存在してしまう。あの時、たしかに破壊したはずなのに……。

 

「一定期間、書への蒐集が行われないと、主の身体を浸食し始めるし、完成したら完成したで、主の魔力を際限なく使わせる。──どっちに転んでも、主の未来は真っ黒って仕組みだね」

「他人事みたく云うなよ、ユーノ。僕達の近くには今、それによって苦しんでいる主が、確実にいるんだぞ」

「うッ、そうだね。不謹慎だった……ごめん」

「そんな主を救い出し、悲劇を未然に防ぐことが、局員としての僕らの仕事だ」

 

 もともと、地球は管理局の管理外世界だ。

 管理外世界である以上、クロノら時空管理局があれこれと介入することは望ましいことではない。しかし、放っておけば、地球の存続すら危ぶまれる事態に陥るため、介入は仕方がないのである。

 

「書のことだけどさ、完成前の封印っていうのは、どうやら難しいみたい」

「なぜだ?」

「闇の書が真の主であると認識した人間でないと、システムへの管理者権限を使用できないからだよ。つまり、プログラムの停止や改変が、僕達では出来ないんだ」

 

 無理に外部からそれをしようとすれば、書の主を危険に晒す危険性がある。

 

「だから闇の書は、永久封印が無理と言われているのか」

 

 いったい、どうすれば書を滅せられるのだろう。

 クロノは思い悩んだ。

 

「それと、なのは達が見つけた〝共鳴現象〟についてなんだけど」

 

 ユーノが言及し、クロノが、ああ、と反応を示す。

 

「〝闇の書がナデシコに反応した〟────と云う現象の話か」

 

 それは、クロノ達時空管理局が、初めて〝ナデシコ〟の存在を認めた夜のこと。

 覚醒の時を迎えたナデシコに、闇の書が、何らかの反応を示したということを、守護騎士のひとりが報告していたのだ。それを、フェイト・テスタロッサは聞き逃さなかった。

 

「書にまつわる一連の記録に目を通してみたけれど……そんな現象について述べられた資料は、ひとつもなかったよ」

 

 闇の書が〝主〟以外の人物に共鳴を示す、なんて事象はね。と付け足す。

 

漆黒の大和乙女(ナデシコ)の何に、闇の書が反応しているのか──これからもっと時間をかけて、詳しく調べる必要があるみたい」

「そうなると……ナデシコの身柄確保も、急ぐ必要があるか」

 

 ナデシコが持つ〝何か〟に、闇の書が期せずして反応を示した。

 彼女が次元漂流者である可能性も示唆されているため、その実態を解明する必要がある。

 しかし、そこでエイミィが口を挟んだ。

 

「でも、繁華街での夜()の一件以来、守護騎士と〝ナデシコ〟が出会っている現場は確認されてないよ? なのはちゃんやフェイトちゃんの云う通り、ナデシコと守護騎士の間で、何かが拗れ、決別したと見て間違いではと思うの」

 

 ──ドタン!

 その時、クロノたちの背後のドアが開いた。

 息を切らした、ひとりの女性。──リーゼアリアが駆け込んでくる。

 

「はあっ、すまぬ遅れた! クロノ、守護騎士の目撃情報だ! 地球で確認された!」

「なんだって!?」

 

 アリアの左腿には、包帯が巻かれていた。

 

 

 

 

 第十六話。

 再会、暴かれた『真実』

 

 

 

 

 

 アリサ邸──

 たおやかに伸びた細めの脚を組みつつ、豪華絢爛な室内の背景に見事に溶け込み、優雅な時間を過ごしている少女が居た。洋風の屋敷に対して、彼女は黒髪の大和撫子、和風美人というべき美貌をしている。

 山吹乙女の肉体に、今日は羽衣狐が憑依していた。

 昨夜──真夜中であることに油断して、彼女も完全に気を抜いていたのだろう──九尾の手入れをしている姿を、アリサ・バニングスに目撃された。それにより羽衣狐の正体が彼女にも露見したが、不思議と受け入れられてしまった。だから彼女は今、こうして表舞台に降りて来られているのである。

 黒尽くめのセーラー服に身を包み、紅茶の入ったカップを片手に、ティータイムを堪能している。

 ただ、そこに佇んでいるだけなのに、その雰囲気はどこか優雅で、そして、どこか妖艶だった。

 明らかに、アリサ邸の豪華な部屋に溶け込んでいる。ブルジョワな空間に雰囲気で負けないところが、羽衣狐の凄いところであると、乙女は語っている。乙女が憑依すれば、まず浮いてしまう気がするのだ。

 

(アリサちゃん、帰って来ませんねぇ)

 

 羽衣狐達は、アリサの帰宅を待っていた。

 今日はアリサがはやてを連れて、屋敷へと遊びに来る予定になっている。羽衣狐達は久々にはやてと再会し、その際、勝手に家を出て行ったことを謝罪する所存でいるのだが、あまりにもアリサ達の帰宅が遅い。

 待ちかねたように、羽衣狐は少しずつ痺れを切らし始めていた。

 ──もうじき日が暮れようとしている。いったい、どこで何をしておるのやら……。

 そんな時、脇から、ひとりのメイドが寄って来た。

 

「お嬢様、ティーのお代わりは?」

 

 かけられた言葉に、羽衣狐は優雅にかぶりを振る。

 麗しい黒髪がしなやかに揺れ、その仕草を認めたメイドは、畏まって引き下がろうとしたが、

 

「アリサの帰りは、まだかえ」

 

 透き通った声に、呼び止められた。

 女性は目を丸くして、きょとんとした風な表情を浮かべた。

 

「まあ……? まさか、お聞きしていないのですか?」

 

 問いかけに問いかけで返すメイドは、明らかに乙女の口調が違うのにも気づいていない、といった様子である。

 羽衣狐が首を傾げると、女性は先を続けた。

 

「先ほど、オフィスにお嬢様からの連絡がありました。乙女お嬢様にも『連絡を入れた』と仰せでたが」

「……ああ、そうか。そう云えば、今朝から携帯(けーたい)を開いておらぬわ」

 

 下がってよいぞ、と云われたメイドは、ぺこりと頭を下げ、退室した。

 羽衣狐は、この昼の届いた自分用の携帯電話を開き、メールが届いていることを確かめた。ディスプレイから、必要最小限の動きで、メールボックスを開く。

 それを覗いていた乙女が、感嘆の声を漏らす。

 

(羽衣狐、器用なのですね?)

(見くびるな)

 

 したり顔で乙女を見遣った後、羽衣狐は、改めてディスプレイの文面に目を遣った。

 文面は、以下の通りだ。

 

 ─── 

 

 差出人:アリサ・バニングス

 題名 :たいへん!?

 

 今日は、お友達を連れてくる約束になってたけど

 そのお友達が、いろいろあって倒れちゃって、入院したらしいの(◎-◎;)!!

 だから今日は、その子のお見舞いに行って来るわね!

 屋敷には連れていけないし、帰りは遅くなるかもしれないけど、ふたりには今度、ぜったいに紹介してあげるからね!

 

 ───

 

 何気なく送られてきた電通には、驚愕の事実が綴られていた。──長い間、彼女達が目を背けて来た少女が今、病魔に苦しんでいるという知らせだ。

 

(入院? はやてちゃんが……!)

 

 乙女が、ゆっくり視線を落とす。

 ──もともと、身体の弱い少女だった。

 はやての病気の正体が何なのかは、病院の方も「まだ特定できていない」という話だった。──つまり、彼女が抱えるそれは、原因不明ということになる。

 しかし「足の麻痺が取れない」という点以外には、とりあげて日常生活に支障を来たすものではなかったし、アリサが文面で明かしたように「急に倒れる」など、これまで数ヶ月として生活を共にして来た羽衣狐達にとっても、想像が及ばないような事態だ。

 

(ここに来て……病状が悪化し始めておる、というのか?)

(原因不明の病気でしたから、何が起きても、不可思議ではありませんが……)

 

 原因不明。──その言葉が妙に、羽衣狐の脳裏に引っかかる。

 なにか、得体の知れないものに、あの少女が身体を蝕まれているとは、考えられないだろうか……。

 

(どうして、こんな事態(こと)になってしまったのでしょうね……)

 

 そんな時、乙女が呟いた。

 その言葉に、羽衣狐は憮然として耳を傾ける。

 

あの娘(はやて)は今も必死になって──病魔と闘っているのに。私達は──あの娘に助けられたというのに)

 

 あの娘が苦しんでいる今こんな場所で、目を背けている。

 ──そんなことは、きっとやっぱり、許されなくて。

 乙女の言葉に、羽衣狐が答える。

 いつまでも目を背けてはいられない──と。

 

(病院へ。向かうとしよう……決着をつけねばならぬ。守護騎士(ヤツ)らとも、な)

 

 立ち上がり、外出の準備をし始める。

 ──どの道、今日が〝再会の日〟と……心に決めていたことだ。

 しかしその時、意識を殴るような頭痛が、羽衣狐を襲った。

 

「ぁ……く……ッ!」

 

 膝を着き、その場に屈み込む羽衣狐。

 激痛の走った箇所を強く抑え、痛みに耐えた。

 

(羽衣狐!)

「またか……いったい、何なのだ……!」

 

 ここ最近、毎日のように頭痛に襲われている。

 症状としては、誰かの声が、脳裏を刺激してくるような──

 

(無理をしないでください。あなたの体調が治るまで、安静にしていましょう?)

「────」

 

 ──ええい、忌々しい!

 頭の中で毒づく羽衣狐だが、乙女の提案を受け入れ、ひとまずは安静にした。

 結局、ふたりが病院へと出発したのは、アリサからのメールを確認してから、三〇分ほど、後の話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 繁華街、噴水広場。

 奴良鯉伴らがその場を立ち去り、守護騎士達はまだ、結界の中にいた。どうにも魁が率いる一派は、本気でシグナム達を見逃してくれたらしい。尾行されるわけでもなければ、監視されているわけでもない。暫時の休憩を挟むことで、シグナムの様態も次第に回復し始めて来ていた。

 結界の中で、ヴィータが呟く。

 

「なんかあの野郎(ヤロー)、掴めない魁だったな」

「色んな意味でね……」

 

 つーかあいつ、怪我は大丈夫なのかよ。

 半分は呆れ、半分は驚きながら、ヴィータが話している。

 

「あの魁は、本当に管理局の仲間なのかしら? ……あの(むくろ)のお化けに至っては、魔力生命体でもなかったようだし……」

「全員が、次元漂流者、とか?」

「ねえ、シグナムはどう思う?」

「………………」

 

 シグナムが顔を赤らめながら、ぶつぶつと何かを呟いていた。

 

「シグナム? え、まさか?」

「な。なん、だ」

ホの字(、、、)なの? あの魁に──?」

 

 シャマルが趣深そうな眼で訪ねてくるが、シグナムは全力でそれを否定した。

 

「ちち、ちがう! そんなわけないだろう! たしかにその……強引な魁ではあったが、私は、自分より弱い者には興味はない!」

「でもよ、今度は全力で戦いたいって云ってたし。まだ、アイツの全力は見たとは云えないんじゃ……」

 

 ヴィータが両手を頭の後ろに組みながら話す。

 

「勝負は私が勝ったのだ。……最初に私を見限った時点で、ヤツの負けだった」

「どうかしら。ねえ、ヴィータ?」

 

 ちょっとチャラいけどな、と、ヴィータ。

 それからシグナムは咳払いをして、付かぬ話を切り出した。

 

「……そんなことよりも、だ」

「──ええ。ザフィーラは、いったい、誰に……」

 

 ──奴良鯉伴は、犯人ではなかった。

 では、また別に犯人がいる、ということだ。

 考え直した所、まず、シャマルには思い当たる違和感があった。

 ほかでもない、仮面の男たちの〝言動〟である。

 シャマルは遠方まで歩き、足許に落ちていた〈書〉を拾い上げた。──これは、仮面の男達が八神家から持ち出し、奴良鯉伴の銃撃を受けることで、この場所に落としていったものだ。

 そして書は、まぎれもなく本物である。シャマルが確かめた。

 根本的な問題。

 

「なぜ仮面の男達(かれら)は────八神家(いえ)にあるはずの、闇の書を持っていたのか」

 

 シャマルの許へ、シグナム、ヴィータが続く。

 

「闇の書は、八神家の家族でしか知り得ない場所に隠してある。それを持ち出したってことは、内部の人間、それか、常にあたしらを監視できるような、身近な存在である可能性が高ぇな」

「……連中は、私のリンカーコアを蒐集できると思い込み、勝ち誇っていた。思わず〝ほころび〟を暴露してしまっても構わないと、慢心していたのだろうな」

 

 事実として、奴良鯉伴の介入が無かったなら、シグナムはここに生存していない。

 闇の書も今頃は彼らに持ち去られ、すべての事態は仮面の男達が望んだ通り、彼らの思い描いたシナリオ通りに進んでしまっていただろう。そういった意味でも、あの魁には感謝しているのだ。

 

『──貴様は我々にとって最大の障害を駆除し、計画成就のために、一役買って出てくれた』

 

 仮面の発言から推察するに、彼らにとって着流しの魁は目障りな存在だったのだろう。

 

『──このリンカーコアさえ蒐集できればもう、こいつらを泳がせる必要もなく、私達で書は完成させられる』

 

 連中は、守護騎士を利用して、闇の書の完成を待ち望んでいる。

 三人は深慮した。

 その結果、今までの出来事での矛盾が、いくつも浮かび上がってきた。

 

「闇の書の完成を狙っているのであれば──あの二人組は、管理局との直接的な協力関係には当たらないはずだ」

「私の作った妨害結界を突き破って、彼らは現れた。つまり彼らは──あらかじめこの場所が、戦場になることを知っていた、と云うことよね」

「闇の書の隠し場所まで知ってたんだ。案外──あたしたちの身近で監視しているのかも知れねえ」

 

 しかし、話が合わない。

 

「有力なのは、仮面の男達がザフィーラを襲った、ということだが──それは、考えにくいのではないか?」

 

 闇の書の完成を待ち望んでいる男達。

 彼らが守護騎士の一角を減らし、蒐集の活動人員を減殺することに、何のメリットがあったというのだろう?

 

「知られたくなかった情報を、ザフィーラが掴んでいた。──ヴィータちゃんの云う通り、私達の身近にいる人物だったのなら、その可能性は十分にあり得ると思うの」

 

 そして、ヴィータが言った。

 

「……山吹?」

 

 その呟きは、被疑者の名を呼んだわけではない。

 彼女の名前が出てきたのは、ヴィータが心配したからだ。

 

「……そうだよッ、闇の書が家から持ち出されたってんなら、家にいる山吹はどうなったんだ!? もしかしたら、戦えないアイツが危険なっ──」 

 

 引っかかる。

 

「め、に……?」

 

 八神家の中から、円満な生活が崩れ去っていったのは、ある日のことだった。

 〝羽衣狐の失踪〟──

 守護騎士にとって予想外だったのは、守護騎士が乙女と共存している羽衣狐の存在を認識するよりも前から、はやてがその存在を知っていたことだ。

 ある不慮の事故を切片に、守護騎士と、羽衣狐の関係は断絶。後日、帰宅した山吹乙女から、羽衣狐は今もその時の責任を取り、ひとり失踪した、という旨の説明を受けた。

 

(あの乙女が、ひとり責任を擦り付けるようにして帰宅した? ……あの狐を、見捨てるような真似をした?)

 

 今更だが、考えにくい。

 守護騎士の知っている山吹乙女とは、そのような女性ではないからだ。

 

「犯人は身近にあり、この場所での戦闘を知っている……」

 

 ……あり得ない!

 考えれば考えるほど、嫌な方向に辻褄があってしまう!

 まさか、彼女が──?!

 

 そんな時、シャマルの携帯にメールが届いた。

 

 

 ─── 

 

 差出人:山吹乙女

 題名 :お取り込み中でしょうけど……

 

 連絡が遅れましたが、私は今、病院にはやてちゃんの様子を看に来ています。

 ですので、家にいるって皆さんに伝えましたが、数分前から家を留守にしています。

 犯人が成敗されることを心から祈ってます。

 頑張ってください!

 

 ───

 

 それを見て、ヴィータが震撼している。

 

「何だよコレ……。何でだろうな、このメールの文面……言い訳(、、、)にしか聞こえねえのは、何でなんだ……ッ」

 

 ヴィータが苦しそうな、悔しそうな表情を浮かべている。

 ──家は留守?

 ああ、安心だ。

 だって、乙女は今も無事だということが判明したのだから。

 間違っても、仮面の男達に襲撃されたわけではないのだから。

 ──家に居ると云っていた乙女が、今は運良く外出しているから。

 仮面の男達はことを荒だてることもなく、闇の書を、無人の家から奪取できたのであろう?

 

「……変よ。だって、誰も家に居ないのに、彼らに、書の隠し場所がわかるはずない!」

「わかってる……私だってそう思う! だが、信じられないんだ……まさかっ」

「アイツが、犯人……?!」

 

 特定の人物に焦点を当てれは──

 辻褄が、まるで面白いくらいに合致する。

 

真犯人がもしも(、、、、、、、)家にいる山吹乙女だったなら(、、、、、、、、、、、、、)!』

 

 家族としての情報網を用い、書を、隠し場所から持ち出すことが可能だ。

 着流しの魁をよく見かけるのがこの広間だと示唆した上で、結界の位置を探し当てることも可能になる。

  

「変身魔法を、使っていた……?」

「狐の〝尾〟ばかりは魔法(それ)を使っても、模造のしようがないから」

「だから──『出て行った』なんて、云ってたのか……?」

 

 だから──羽衣狐だけが「失踪した」と、述べたとしたら。

 ザフィーラは、期せずして、彼女が偽物であると突き止めてしまった。

 だから昨夜、豪雨の中、隠密に葬られた。

 変身魔法を駆使できる者であれば、リンカーコアの抽出と云う、専門の知識が必要な作業とて、容易にやって退けてしまうかもしれない。すくなくとも、デバイスの本来の使い方すら知らない、魔導師でなかった鯉伴よりは可能性が高い。

 

 仮面の男の一方の正体は、山吹乙女だったとして──

 

 たった今メールが届いたのは……暴露してしまった綻びを、慌てて修正しようとしているため?

 守護騎士を泳がせる必要がなくなったなら、もう二度と、山吹乙女を演じる必要はなくなっていたはずだ。

 守護騎士に、蒐集を再開させたのは乙女だ。だからもう、仮面の男たちが闇の書を奪って蒐集するようになれば、守護騎士を動かせる乙女の存在は不要だから?

 

「──莫迦にして!」

 

 シャマルが、メールの文面が開かれたままの携帯電話を、地面に叩きつけた。

 ガラパゴスフォーンはふたつに割れ、ディスプレイには激しい亀裂が走った。

 

「どちらせよ──()を見れば、おのずと分かることだ」

 

 恐怖から脱却するために、筋肉を奮い立たせていた仮面の男たち。

 乙女が腿を負傷しているのなら、間違いなく、今の説が立証される。

 

「信じらんねえ。……信じたくねぇよ。だって、あの乙女が……!?」

「私とて同じだ。昨日、彼女に相談したが……彼女は蒐集の意義を私達に再確認させ、啓蒙させた。ヤツの、口車に乗せられていたんだ」

「乙女ちゃんを模せば、私たちだけじゃない。はやてちゃんのことさえ操れると思ったのよ」

 

 これで、最後の辻褄が合う。

 仮面の男達は──

 

「闇の書の完成を待ち望むあまり、変身魔法を使って、乙女に化けていた」

 

 停滞していた、蒐集を再開させるために。 

 

「ザフィーラを暗殺した犯人をあの魁として仕向けることで、自身への疑いの目が、掛からないように立ち回った」

 

 あるいは、彼らにとって目障りな存在であるあの魁を、守護騎士達によって殺害してもらおうと考えていた。

 だから、魁との戦いに決着がついた(と思われた)タイミングで、戦場に現れた。

 

「あの魁を排除した後、用済みになった(シグナム)のリンカーコアを蒐集し、闇の書の頁の大半を埋めるつもりでいた」

「殆どの頁が埋まってしまえば、彼らはもう、乙女ちゃんに化ける必要がなくなる」

 

 蒐集を促す必要が、その時点でなくなるからだ。

 

「私達の存在はつまり────彼らにとって、使い捨て寸前の駒」

「突き止めてやる。本当に裏切られていたのか、どうかをさァ!」

 

 ──どんなに腐っても、迷ってはいけない。

 ──いつかきっと、信じる道を貫き通して良かったと思える日が訪れる筈だから、書の完成は、必ずや成し遂げなければならないものだ。

 

 思い返せば、良心の呵責に悩んでいた自分達にとって、それはなんと、聴き心地の良い言葉だったのであろう。この言葉の裏に顰められた悪意を推察するのは、末恐ろしいことだ。

 しかし守護騎士達は、見極めなければならない。

 仲間の仇を討るためにも。無念を、晴らすためにも。

 ──もしかしたら、病院にいるかもしれない。

 そう考え、ヴォルケンリッターは、はやての許へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 海鳴大学病院。

 一角に位置する病室、そこの表札には、八神、と書かれている。

 はやてが、入院している先の病室である。

 

「……ザフィー、ラ」

 

 個室の中に飾られた、一枚の家族写真。

 そこに映っているのは、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラに、山吹乙女である。

 しかし、山吹乙女はひとりでも、その中には、もうひとりの家族がいる。羽衣狐だ。

 ──彼女がいなくなってから、もう何週間になるのだろう。

 そして今朝、ザフィーラまでもが、はやての前からいなくなった。

 

「なんで……。なんでや……なんで、こんな」

 

 はやては、その力の入らない手を、己の膝に乗せている。

 ──何が起きているのか。

 ──何がいけないのか。

 わたしが、人並みの幸せを望めば──周りが不幸になっていくとでも云うのか?

 お母さんも、お父さんもいなくなり。

 それでも今年に入ってから、ようやく、誰かと繋がりが持てたと思ったのに!

 

「いったい、どこ行ってしもうたんや……。こんなん、ひどいよ……」

 

 左胸が痛む。

 ──心が、叫んでいるようだ。

 溢れ出る大粒の涙は流したくなかった。

 泣いてしまってはもう、ザフィーラも、羽衣狐も。

 ふたりとも、二度とは帰って来てくれないような気がしたから。

 そんな時、部屋に、ノックの音が響いた。

 はやてはハッとして、すぐに袖で涙を拭い、震えた声を元気づけ、言葉を放つ。

 

「はい、どうぞ?」

 

 悲しみは隠しきれず、声はわずかに震えていた。

 しかし、出来るだけ平装を保ち、はつらつと振る舞う。

 病室のドアが開き、はやてはそこに、四人の少女の姿を確認した。

 

「こんにちはーっ!」

 

 それは、自分と同じくらいの年の女の子達だった。

 見た事はないが、きっと聞いた事はあるのだろう。

 はやてが唯一として知っている月村すずかが、そこにいる。

 ならば、本来今日遊ぶことになっていた女の子であろうと、はやてはすぐに理解した。

 

「こんにちは、いらっしゃい!」

 

 それを思うと、さきの思いつめた気持ちが晴れたような気がした。

 はやては嬉々として、本物の笑顔を浮かべる。

 

「お邪魔します。はやてちゃん、大丈夫?」

 

 四人を率先して、すずかが訪ねた。

 その手には花束が握られ、お見舞いに来てくれたのだろう。

 

「うん! 平気や。ありがとう」

「みんな、あなたが心配で、すずかのメール見てお見舞いに来たの。今日、あたしの家で遊ぶことになってたしね」

 

 快活にと、明るい髪色の女の子が言う。

 

「あ、私はアリサ・バニングス! よろしくね!」

 

 アリサの自己紹介に連なるように、二人も自己紹介を始めた。

 

「私、高町なのは! えへへ、はじめまして」

「フェイト・テスタロッサだよ、よろしくね」

 

 一通りの自己紹介が終わり、はやてが自己紹介を返す。

 

「私、八神はやてです。今日は、本当にありがとうな……」

 

 お淑やかに、いつもの京都弁で話すはやて。

 五人の少女は、その時確かに、太陽のような笑顔を交わし合った。

 

 

 

 

 

 

 

病室の入り口──

待合室で名が呼ばれるのを待つ民間人の、羨望と好奇の視線の合間を潜り抜け、黒のセーラー服に身を包んだ羽衣狐がゆっくりとやってくる。

 一歩、また一歩とあゆみを進め、患者達の談笑や事務的な会話で少しばかり騒々としていた待合室に、彼女が足を踏み入れる。

 その瞬間、その場が一瞬にして、虚無な静寂に包まれた。

 まるで言の葉を発するが罪に値するかのような雰囲気。羽衣狐がその空間に現れたからだ。妖艶な彼女に皆が視線を奪われ、静寂を保つ。

 まるで美術館の中のような静けさ。ならばそこにいる人間達は、その美術館に飾られた人の像か。

 羽衣狐はその静寂に動じることもなく、真っ直ぐと、受付へ向かった。

 

「あら、山吹さん」

 

 紫色の髪、白衣に身を包んだ端正な顔立ちの女性が、羽衣狐の前に立っていた。

 はやての主任を担当する──主治医の、石田幸恵である。

 羽衣狐は、彼女をじいと見つめた。

 

「……石井」

「石田です。いい加減、人の名前くらい覚えて下さいね」

 

 辺りが異様な静けさに包まれている事にも気付かず、ふふ、と笑みを浮かべた石田先生。

 羽衣狐を前にして、気後れしない人間は珍しい。

 普通の人間なら、周りのように言葉ひとつ発せなくなる。石田先生が特別そうならないのは、彼女の肝が座っているからなのか、単純に山吹乙女と会話していると思い込んでいるからなのか。

 うまく答えは出なかったが、幸恵は鷹揚と話しかける。

 

「もしかして、はやてちゃんのお見舞いですか? ああ、良かった」

「良かった……とは、何かあったのか」

 

 表情を緩める幸恵に、羽衣狐が訝しんで訪ねた。

 羽衣狐が、八神家に住む者以外の〝人間〟と会話をするのは、非常に珍しいことではないだろうか。

 

「ええ。定期検診も含めて、ここ最近、あなたの姿を見かけなかったものですから。今朝だって、はやてちゃんが救急車で運ばれた時も見かけませんでしたし……私の方も、心配していたんですよ」

「確かに、そうじゃな……」

 

 羽衣狐は当分の間、八神家から離れて生活をしていた。

 その間、病院で見かける筈がないのは、羽衣狐の中では当然の話だ。

 羽衣狐は気を利かせ、繕う。

 

「最近、何かと忙しくてな。倒れたと聞いて、心配で来た」

 

 心配になった、というのは、辻褄合わせに繕っただけなのか、本音で放たれたものなのか、放った本人にすら分からなかったようだ。

 幸恵はふふと笑み、

 

「このあとすこし、お時間ありますか?」

 

 羽衣狐が、頷いた。

 

 

 

 

 

 

 ロビーの椅子に並んで座り、幸恵が口を開く。

 いつの間に待合室の静寂は解け、皆が隣人との談笑に耽り始めた。

 

「変な言い方かもしれないですが……はやてちゃんの主治医として、山吹さん方には感謝しているんです」

「……感謝(、、)?」

 

 俯きながら語り出す幸恵に、羽衣狐は首を傾げる。

 

「ええ、みなさんと暮らすようになってからのはやてちゃんは、とても嬉々としていて……回復の兆しが一向に見えず、それまでは投げ出しかけていたリハビリも、懸命に頑張ってくれています」

 

 まるで、生きる目標を取り戻したかのように。

 

「はやてちゃんの病気は……正直、難しいものです」

「────」

「それでも私達は治療方法を探すため、医者として、全力で闘っています」

 

 ──人が、人のために?

 羽衣狐は、啓蒙される思いだ。

 幸恵のまなざしをみれば、虚ろな発言をしていないことくらいはすぐに理解できる。

 ──人と人とが手を取り合って、今の世は成り立っています。

 かつて、乙女にそう云われたことがあった。その意味が、今ならすこし、分かる気がする。

 

「きっと今、一番つらいのは、はやてちゃんです。つらい時、あの子を支えてあげられるのは、あなた方のような家族や、親戚の方。そして、お友達だと思うんです」

 

 幸恵は俯いた表情を上げ、羽衣狐の目を真っ直ぐに見つめた。

 この時ばかりは羽衣狐も、幸恵の真剣な眼差しに、少しばかり気圧されたように見えた。

 

「──自然治癒力、という言葉をご存知ですか?」

 

 幸恵はそれが、臨時の心理的医学療法だというが、羽衣狐は首を横に振った。

 

「人間の健康状態というのは、メンタルの状態と常に密接に関わっています。心の持ちよう次第で、損傷の回復の仕方が大きく異なっているという学説が、医療界にはあるんです」

「……つまり、心の病気と申すか?」

「その通り、いい喩えですね。心が病んでしまっていては、身体において治るはずの病気も治らなかったり、回復が遅れたりしてしまう……けれど逆に、目標があったり嬉しいことがあったりすると、人の身体は不思議と、回復力が高まることがあるんです」

 

 別名、ユーモアセラピー。

 笑う門には福来たる。──その言葉がふと、羽衣狐の脳裏を過ぎった。

 

「あの子を、支えてあげて下さい。家族として、あなたには、それができる」

「…………そう、じゃな……」

「あなたとて、忙しいのかもしれません。それでも、はやてちゃんが病気と闘えるように……出来るだけ、あの子の傍にいてあげて下さいね」

 

 その言葉に励まされ、しばし、考え込む羽衣狐。

 千年を生き、世の中を知り尽くしたはずの羽衣狐だったが、まるで今、石田先生という医者に、感慨深く啓発されたような気分であった。

 ──人には、人に対してできることと、できないことがある。

 羽衣狐が家族として、何かできる相手は限られている。

 しかし逆に云えば、今ならまだ、彼女にも「それ」ができるというのことだ。

 

(手遅れになる前に。家族としてできること、か……)

 

 羽衣狐は一度、その手遅れに殺められ、地獄へと落とされた。

 母親としての使命。──己が子を護ることに失敗し、逆に、その子に殺されかけている。

 適切な時に、手を打っておかねばならない。

でなければ。

 

 

 

 妾はまた(、、)、大切な家族を失ってしまう……?。

 

 

 

 ──八神家に、戻ろう。

 幸恵先生に励まされ、その決心がついた。

 

(千年もの時を生きてきたが……まさか、人間に教わることがあろうとはな)

(百年しか生きられぬ人間は、あなたから見れば、ひどく幼く、時には愚かに見えてしまうかもしれません。でも……時代と共に成長していく彼らは、きっと測り知れたものではありませんよ)

 

 羽衣狐は、幸恵に訪ね、教えられたはやての病室へと向かった。

 彼女が病室のある階層に到着すると、廊下の先に、四人組の女の子達が、自分の進行方向の反対側へ歩き去っているのが見えた。はやての見舞いに、入れ違いになってしまったのだろう。

 

(あれは……アリサちゃん、ですね)

(あの娘にも、いつか、世話になった礼をせねばな……)

 

 言いながら、はやての病室の前に辿り着く。

 病室の前で一息を整える。

 ──二週間以上になるか、はやてと、会っていないのは……。

 呼吸を整え、ドアにノックした。

 

『はーい? 忘れ物でもしたん~?』

 

 羽衣狐はそっとドアを開き、入室した。

 久しく見る、その幼い少女の貌。

 それを見た途端、彼女の中に罪悪感がどっと溢れ出し、己の踵が入り口へ引き返そうとするのがわかった。

 両者とも、しばしの沈黙。

 しかし最初に口を開いたのは、はやてだった。

 

「あ、乙女ちゃん」

 

 羽衣狐は何も言わず、真っ直ぐに、ベットに座るはやてを見つめる。

 ──いったい、なんと話を切り出そうか……。

 しかし、次の瞬間。

 はやての発した第一声は、そんな羽衣狐達にとって付かぬ──想像の及ばぬ言葉であった。

 

「──7時から始まるテレビ、予約してくれた?」

 

 羽衣狐が、雷に打たれた。

 いつになく、唖然とする。

 

「……は?」

「てゆか、予約できた? ほら、乙女ちゃんって機械音痴やろ?」

(ええっ…………!?)

 

 山吹乙女に至っては、第一声に、冷やかされるされる不始末。

 はやての一声に、呆気にとられる羽衣狐。

 彼女の中では──はやてに会うのは〝久々〟だ。

 はやても同じ立場なら……ビデオの予約?

 何の話を、しているのだ……?

 

「そなた……何を言っておる……それが真の、第一声か?」

 

 妾は、そなたに謝りに来た。

 それに対し、何じゃその態度は。何の悪い冗談だ?

 次の瞬間、その声を聞いたはやての表情は──ぱあと、一気に晴れた。

 

「狐、ちゃん……!?」

 

 ぱあと、彼女の表情が綻び、はやては嬌声をあげる。

 

「わぁっ、帰って来てくれたん!?」

 

 その言葉に、戸惑いを隠せない羽衣狐。ワンステップ、何かが遅れている。

 羽衣狐を乙女だと認識している時は反応が鈍く、乙女が羽衣狐だと認識した時は、真っ当にして適切というべき反応を見せた。

 これではまるで──「羽衣狐だけが帰って来た」かのようだ。

 

(どういう、ことでしょうか)

(今は話を合わせる……明らかにコレは、妙だ)

 

 〝妙〟──

 彼女たちふたりにとって、まったくもってその通りだ。

 

「その、なんじゃ……勝手に出て行ったこと、申し訳なく思うておる」

「ううん、ええよ──〝今は〟乙女ちゃんも中におるんやろ?」

 

 はやては訪ねる。やはり、山吹乙女との再会に対する反応が気薄である。

 

「良かったあ……『乙女ちゃんだけが帰って来て、狐ちゃんが出て行った』なんてこと云うてたから、心配してたんやでー?」

 

 ふたりが、唖然とする。

 しかし、今何かを推理した所で、彼女たちにわかることなど何もない。

 はやては、何かを勘違いしている。

 

(詳しい話は、守護騎士にでも訊ねるが賢明か──)

 

 

 

 

 

 

 

 はやての病室の外で──

 山吹乙女を象った、ロッテが部屋の様子を覗いていた。

 八神はやてが「本物」の接触している現場を、偽物が、盗み見ている。

 

(作戦は、潮時ね……)

 

 腿に包帯を巻いた山吹乙女が、足早に病院を去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──狐ちゃん、ザフィーラのことは聞いた?」

「……いや、何も。それより、その呼び名はよせ」

「えーなんで? 可愛ええやん」

「妾のカラーではない」

 

 はやては苦笑し、今朝わかったこと、つまり、ザフィーラが失踪した経緯までを語り始めた。

 それを全て話した後、はやてはごそごそと、紙袋をあさり始める。

 

「乙女ちゃんにプレゼントがあんねん、これ!」

 

 はやては、一冊の本を差し出した。

 乙女は咄嗟に、羽衣狐と入れ替わり、その本を直接受け取った。

 

「これは?」

「乙女ちゃん、本読むの好きやろ? 最近は読書してるトコあんま見かけへんかったけど、今日は読書の日やから、プレゼントや」

(最近は、見かけなかった?)

 

 ますますもって、この話の食違い、違和感は、どういうことだろう。

 しばらくして、はやての病室のドアが開いた。

 その入口へ、視線を向かわせるはやてと乙女。

 そこにはなにやら、目の色を変えたシグナム達の姿があった。

 

「────ッ!!」

 

 ヴィータが、目を見開いて、口を大きく開けた。

 乙女は憚るような態度を示しながら、謙遜のため、座椅子から無意識に立ち上がると、彼女たちと視線の高さを合わせた。

 

「み、みな、さん………」

 

 瞳孔が開いているのだろうか? 

 身を貫くほど痛々しい視線をしたシグナムが、乙女に口を開いた。

 

「……乙女、ちょっと、宜しいでしょうか」

 

 シグナム達とて、突如、偽物の疑いのある乙女に襲いかかったりしない。

 はやてには一言、「お借りします」と断って、守護騎士たちは乙女を連れて退室する。

 

 深刻な面持ちで固めたままの表情で、彼女達は、屋上へと向かった。

 

 

  

 

 

 

 

 夕暮れの屋上。

 東から強風が吹き荒れる。

 乙女はスカートの裾を抑えながら、騎士達から距離を開き、三人と対峙する形を取っていた。

 気まずい空気だ。──騎士達と相見えるのは、何日ぶりのことになるだろう。

 最初に口を開いたのは、乙女の方であった。

 

「話って、なんでしょうか……あの夜のことは、私も、率先して謝ろうと」

「山吹乙女。ひとつ、お願いがあります」

 

 乙女の話など聞くつもりがないのか、彼女が発している言葉を半ば強引に遮って、憮然とした面持ちのシグナムが云う。

 ──お願いがある?

 守護騎士の態度もまた、妙だった。

羽衣狐は思慮している。乙女は、守護騎士と久々に会ったはずなのだ。

 どうしてそんな言葉が、再会の第一声となって……出てくるのだろう?

 聞きましょう。

 乙女が状況を飲み込めないままとりあえずそう答える。

 シグナムが、真面目な貌をして、言い放った。

 

「──スカートをめくって下さい」

「はっ!?」

 

 素っ頓狂な声を、乙女は思わず上げていた。

 真摯に考えたとしても、意味不明だった。頭が錯乱した。

 ──「お願い」って、まさか「今の」が──!?

 激しく狼狽える乙女。

 シグナムはなおも、真剣な貌をして続ける。

 

「めくって下さい。いえ、脱いで頂いても結構ですが」

「ちょちょちょちょ、ちょっと待ってください。……え? どういうこと!?」

 

 いくら女同士だからって、いったい何言ってるんですか?

 だ、ダメですよそんな……人気のない屋上だからって、女の子同士で……。

 ヴィータが、痺れを切らしたように叫んだ。

 

「いいから、早く脱げよッ!!」

「え……えええええええーー!?」

 

 ヴィータの怒号。そのあまりの剣幕に気圧されて、乙女は慌てて、思わずセーラー服のスカートに手を掛けた。

 しょうがないじゃないですか。

 シグナムにシャマル、ヴィータ。

 云っていることは無茶苦茶でも、すごい真面目な御顔をしているんですもの!

 

(ストリップショーでも催すつもりか。まずは連中の唐突な言動に違和感を抱かんか、山吹痴女)

(山吹乙女です! だ、だってみんな、凄い剣幕で……)

 

 ──脱がなかったら、脱がして来そうなんですもの。強姦ですよこんなの。

 乙女はそこで、制服のベルトから手を離した。

彼女の内腿を注視していた守護騎士が、その行動に、鋭い視線で乙女を睥睨する。

 

「なっ、何が目的なんですか……? 久々に会ったと思ったら、ぬ、脱げ、だなんて……」

 

 まさか、守護騎士全員に、百合の趣味があったとでもいうのか?

 乙女は読書が好きである。あまねく教養の身に付けられるそれの、色んなジャンルに通している内に、たまにそういった展開が主題として描かれた小説を読み切ることもあるが……。

 

「そ、そんな好意を向けられたって、私はそんな──」

「太腿を、見せてもらいたいのだ」

「三人も同時に相手できるほど器用ではありませんし……──えっ?」

 

 守護騎士の言葉の真意を、承服しかねる乙女。

 どういう意図だ?

 

「太腿って。……み、みなさん、なんだか変ですよ? だってそんなの、らしくないですし! そもそも私達、久々に会っ」

「──あくまで、見せたくないと?」

「ッ……。い、嫌ですよ、そんなの。見せたくありません……」

 

 次の瞬間、空気が変わった。

 それが──あなたの、いや……おまえの「言い逃れ」か?

 ヴィータが、地面を強く踏み付ける。

 激しい剣幕が、憤怒の形相が、彼女の表情に伺える。

 守護騎士のそれぞれが、武器を構え始めた。

 

「…………え?」

 

 それを見た乙女は愕然として、なんだこの展開は? と、真摯に訝しむ。

 おかしい、だっておかしい!

 久々に会って、まず乙女は、彼女たちに家出したことを謝ろうと! 彼女たちはそれをさせてくれないばかりか、いきなり恥部を曝せと!

 下半身を白日の下に曝せなどと要求し、あまつさえ、脱がない私に今は武器を構えている!?

 

「我々は、貴様を赦すことは出来ない──!」

 

 ──脱がないから?

 どこまでも身に覚えのない非難に、乙女が慌て出す。

 掌に籠もる怒りが、魔剣レヴァンティンが、乙女に突き立てられた。

 

「焼き焦がせ、陣風ッ!!」

 

 ──その虚構で固めた化けの皮、剥いでくれよう!

 シグナムがレヴァンティンを振り、火炎の龍が生み出された。

 ヴィータが続き、ラケーテンフォルムから、シュワルベ・フルーゲンを放った。

 シャマルが手を翳し、乙女の身体を、バインドで拘束した。突如、自由を奪われる乙女。

 目の前には──魔法で産まれた火焔龍。そして、無数の弾丸が迫って来ている。

 恐れに目を瞑った、その瞬間!

 乙女の脳裏に、声が聞こえた──……。

 

 

 

山吹乙女が、かけられたバインドを引きちぎった。

 

 

 

 その刹那、乙女の下から、一陣の〝なにか〟が飛び掛かる。

 シグナムの火焔龍と激突し、意図も簡単に龍が駆逐された。

 一方において、変則的な軌道を通り飛来する無数の鉄球を、撃ち漏らしなく、正確無比に叩き落とす。

 ──〝尾〟が──地面に叩き付けられた。

 その衝撃が、屋上のコンクリートを抉り、拉ぎ、潰ぎ、穿つ。

 凄まじい爆音が、シグナムたちを威嚇した。

 ビリビリと、電撃のような妖気が身体を迸る。先ほどの戦闘で、鯉伴に感じた〝力〟と全く一緒の何かが、戦慄としてヴィータ達を包む。

 目の前にいる漆黒の女は──まるでそれ自体が生き物のような九つの尾をふわふわと浮かせながら、冷酷にして残忍な、兇悪なる眼光を彼女達に向けていた。

 

 

 

「──死にたいか?」

 

 

 

 口調の違う乙女が、たしかな殺意と共に叫んだ。

 

「これ以上の無礼を働けば、痛覚を以て妾に弓引いたことを後悔させてやる……さて、どうする」

 

 有無を言わさぬ威圧感と圧迫感が、状況を呑み込んだ。

 戦慄に闘志を根こそぎ奪いとられてしまいそうな、羽衣狐の眼差し。鯉伴の時と同じだ。

 これは、この力は……〝恐怖〟だ。

 ヴィータ達は慄すると同時に、訝しんだ。

 状況の理解と判断に時間を要したのか、はたは恐怖に硬直したのか、彼女達はしばらく行動出来なかった。

 

「なんじゃ、やらんのか」

 

 再攻撃を仕掛けて来ないシグナム達に向け、がっかりしたのか、ホッとしたのかわからないが、羽衣狐は尾を降ろす。

 シグナム達は、改めて考え直すことしか出来なかった。

 山吹乙女は今までしばらく着ていなかったはずのセーラー服に身を包み、そして何より、体から狐の尾を出している。

 

 ──バッ

 

 羽衣狐が、みずからのスカートをたくし上げ、要求された太腿を恥じることなく晒した。

 守護騎士の表情が凍てつく。

 

「なるほど、噺は見えた。……どうやら、乙女の偽物がいたようじゃな」

 

 守護騎士の今の表情──「宛てが外れた」というような貌。そして、先ほどのはやての対応を考えれば、この予想に至るのは、羽衣狐としては容易なことだ。

 

「女狐──!?」

 

 腿の負傷は、見当たらなかった。

 目の前に佇む乙女の下肢は、スラッとした、穢れのない白皙のそれだ。

 

「帰って来たのか……!?」

「八神の病状を聞いたのじゃ。……ヤツが倒れたと聞き、生き恥を晒す覚悟で、貴様らにも詫びるつもりであった。しかし両者に、付かぬ対応をとられたのでなあ……」

 

 ビデオの予約? 脱げ?

 今思い出しても共に腹が立つ。

 

「先ので手打ちぞ……誤解されたのも不愉快じゃが、これで、貸し借りはないな」

 

 勝手に八神家を出て行ったことは、こちらが悪かったと思う羽衣狐であったが、誤解の末に、勝手に攻撃を仕掛けて来たのは、守護騎士が悪い。

 おあいこだ。

 互いの非を打ち消し、八神家は再会を果たした。

 

 

 

  

 




 山吹乙女が登場する話は、なんだか他の話よりもゆったりしていて、話全体が、最終的に和んでいる気がします。笑
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