なぜ再開する気になったのか、なぜモチベーションが戻ったのかを申しますと、棚の中で眠ってたWalkmanを久々にいじったところ、フォルダ内の「TKGしか愛せない」が流れ出し、ぬら孫熱が再加熱した次第です。
見返したらぬら孫って声優は豪華だし、それより何より、やっぱ鯉伴がカッコええんですよ……。
復帰後第一話、リハビリもかねているため、今回は短めの話になります。
海鳴病院、3階──
開けた廊下を、昼食を乗せたワゴンが通っている。それ一台につき二人の看護師がついて、病室のひとつひとつに、食事を配給して回っているのだ。
「お昼です、お食事をお持ちしましたよ」
看護師達がこのように病室のひとつひとつに食事を運んで回るのには理由がある。
海鳴病院は、一般的には確かに大型の病院であり、設備も整っており、一階に降りれば食堂も営業している。だから食事を配る必要はないのではないか? となるが、そうではない。二階以上のフロアに入院している患者には、病気や怪我で病室から出られない──そういう人物も少なくないのだ。
ワゴンを押す二人の
「308号室。入院中の患者さんは、奴良──奴良鯉伴さん。……あの人か」
そこは、鯉伴が入院している病室の前。
看護師のひとりが口にしたその名に何かを思い当てたように、付き添いの新人らしい看護師が口を開く。
「ああ、病院食をかねがね嫌がっていた患者さんでしたっけ。……色男風の?」
「ええ、そうよ──『味が薄い』とかなんとかって文句つけるのよー」
「でも、病院食って、そういうものでしょう?」
「そりゃあそうよ……」
云いながら、ふたりは病室のドアを開いた。
「失礼します。奴良さん、昼食のお時間で──」
「──す……?」
だが、ふたりが入った病室に、男の姿はなかった。
そんなときである。彼女達の後方から、石田幸恵の声がかかったのは。
「どうしたの?」
「あっ、石田先生」
「それが、昼食を配って回ってたのですが、ここの病室の患者さんの姿が見えなくって」
「姿が、見えない?」
ちょっと待って、と石田は云った。
「ここ、308号室?」
「そうです」
「入ってる患者っていうは、奴良鯉伴さん?」
「え、ええ……そうです」
「常習犯じゃない! 脱走の!」
「脱走っ!?」
石田は、怒鳴った。
「奴良鯉伴と云えば……! いつもいつも、ちょっと目を離した隙に病室を抜け出して、ぬらりくらりとどこかに行っちゃうのよ。風に巻かれた煙みたいに!」
1階に降りれば、たしかに購買もある。
だが、鯉伴がそこへ出かけた可能性はないだろうと、幸恵はすぐに断じた。なぜなら病室の窓は──大人ひとりが悠に脱出できそうなほど──大きく開放されており、それが全てを物語っているようだったからだ。
──ぬらりくらりと脱走して! なんて上手に逃げ出すの、あの人はっ!
奴良鯉伴は間違いなく、病院を抜け出したのだ。それも、一度のことではない──「常習犯」と徒名されるほどであるから、数十回に渡ってやっているのだろう。
「無断で外出なんて……! 今度という今度は絶対に許さない──ひょっこり帰って来たら、みっちりと懲らしめてやるんだから!」
患者が逃げた窓の外に向かって、大きく怒鳴りを挙げた石田幸恵であった。
第十八話。
光と闇、それぞれの『選択』
海鳴市に構えられた住宅街の一角には、クロノ・ハラオウンら特務を受けて地球を訪問している時空管理局の局員が『活動拠点』とするべく用意された、市井の邸宅が存在されている。
ただ、それと云っても大層な資本を積み込んで建設された屋敷というわけではなく、あくまで一般住宅に偽装された一戸建てだ。傍から見れば、ハラオウンという名の異邦人一家の邸宅、といった風でしかない。時おり地元の子ども──高町なのは──が遊びに来る、何の変哲もないような。
それは正午のことであった。
クロノ・ハラオウンが、そこに帰って来たのは。
クロノが玄関で靴を脱ぐと、リビングの方からテレビの音が聞こえて来た。誰かいるのか? 訝しんでクロノが上がってゆくと、そこにはソファに横たわってテレビに耽る奴良鯉伴の姿があった。
(──何やってんだ、このひと……)
成人を過ぎた社会人には、いわゆる『オン』と『オフ』のモードがある──というのはクロノも聞いたことがあるだが、いま彼の目の前にいる
ぐったりとソファに寝転び、面白いのかそうでないのかもよく分からないお昼のバラエティ番組を見ている。スナック菓子を片手に。
「よぅクロノくん、おかえり」
「……なんで貴方がここにいるんです?」
「んん?」
「また、病院から抜け出して来たんですね」
呆れた口調そのもの、と云った風にクロノが漏らす。
──
それもまた妖怪の特徴なんですか? と、クロノは問うてみたが、肝心の鯉伴は適当にはぐらかしたため、それ以上のことは訊かなかった。
「……?」
このとき、クロノは時空管理局から帰って来たばかりだった。
手に提げていた資料のファイルをテーブルに降ろそうとして、彼は開かれた和菓子の包装がそこに散らかっているのに気付いた。時間的に考えて、今は昼食の頃合いだが──まさかこの男は、和菓子を昼食代わりにしたのだろうか?
「ははん、さしずめ病院食が嫌で抜け出して来た、ってところですね?」
「おれは年寄りじゃあねえんだ、あの薄っすい味は舌に合わねえ」
「だからって……。ちゃんとしたもの食べないと、不摂生で身体壊しますよ」
下世話気味なことを云い出したクロノを見、鯉伴はちょっと嫌そうな顔を作った。
おまえ何歳だよ……鯉伴の顔には、そう書いてあった。
「ときに妖怪っていうのは、病気にかかったりするんですか?」
鯉伴は、テレビ番組に視線を戻しながら、淡として答えた。
「老いはあるが、滅多なもんじゃかからねぇだろうなあ。おれは半分人間だから、かかるときはかかるけど」
「だったらなおさら、食生活には気を付けましょうよ」
他愛ない会話をしていると、玄関の方から、さらにドアが閉まる音が聞こえた。それは、誰かが入って来る音だった。
しかし、クロノではない──とすると、いったい誰だろうか?
鯉伴は僅かに眉を顰め、来客を確認しようと「よっこいせ」とソファから身を起こす。その爺臭い掛け声を耳にしたクロノは「なにが年寄りじゃないんだか」とジト目を浮かべたが、言及はしなかった。
そうして身を起こした鯉伴であるが、次の瞬間、玄関から歩いて来たひとりの少女と目が合った。
見返して来たのは、鯉伴の切れ長の眸とはおおよそ対極にある、ぱっちりとした円らなそれ。色素の薄い細やかそうな肌に、顔面側部からは人のものと思えない動物的な耳が生えている──そう、生えているのだ、装飾の類をつけているわけではなく。
実際に、それは動物──それも、猫の耳であった。
「ほー」
鯉伴は、思わずそう唸っていた。
目の前にいた少女は、端的に云って「猫の獣人」と呼ぶべきものだ。異形の存在ではあるが、それを云うなら鯉伴も同じようなものであったため、彼は別に驚かない。
彼が驚いたのは、少女の容姿の方である。美少女と云えば陳腐な表現にはなるが、そう形容しても差し支えない容姿をしていたのだ。年齢で云えば、クロノよりも二回りほど年上ではあったが。
「なんだいなんだい、隅に置けないねぇ、クロノくんも」
江戸っ子らしく、鯉伴はからかうような口調で云う。
「何の話ですか」
「こんな可愛い子ちゃんを
「いや、違っ……」
抗議の声も聞かず、鯉伴はおもむろにソファから立ち上がった。
「──わるかった。そういうことなら、おれは御暇させてもらおうかね」
云い残すや否や、その場から消えて行こうとする鯉伴。
しかし結論から云えば、その行動は、少女本人に止められた。繊細そうな容姿とは裏腹に、少女は
そのおかげで、鯉伴は〈鏡花水月〉を発動できずに終わった。
「…………!」
鯉伴は、その場から霧散しようとしながらも、それができなかったこと。一拍遅れて自分の腕が掴まれているのに気づき、今度は本気で驚いた。ぬらりひょんとは文字通り「掴み所のない妖怪」であるべきなのに、こうも簡単に腕を取られてしまった? しかし、油断していたわけではない。それができるのは、その少女が特別だからだ。
何が云いたいのかと云うと、鯉伴の腕を掴んだ時点で、その少女は只者ではなかった。
「あなたが奴良鯉伴さんですか! クロノから、お噂はかねがね聞いてますっ!」
可憐な容姿に見合わず、溌剌とした口調で話しかけて来る少女。
「あ、ああ……」
爛々と輝いたその双眸には、まるで敵意がない。敬服を示しているのも、嫌味があるからではない。
──だとすると、おれの腕を掴んだのは、無意識か……?
無意識に
妖怪が使っていい表現ではないが、鯉伴は改めて、この少女の実力や
「紹介が遅れました。彼女はボクの師で、使い魔のリーゼロッテです」
猫のような姿をしているのは、魔法的には「使い魔」と呼ぶらしい。
鯉伴から見れば「化け猫」と酷似しているように思えるが、それとは根本から違うようで、鯉伴は感心した。
「へぇ、おまえさんの師匠か。道理で……」
云うと、改めてリーゼロッテに手を差し出す。
社交辞令の握手を交わし、クロノが得意そうに続けた。
「逃げられなかったでしょ? こう見えて彼女、体術や格闘戦のエキスパートなんです」
「あーっ、こう見えてもって云うなぁっ!」
「局内でも最強クラスの実力があるんですが、性格はまあ……この通り御転婆というか」
「いいじゃないの。強え上に、元気のいい別嬪さんってのは」
鯉伴は、本心で云っていた。
「ロッテには、リーゼアリアという双子の姉がいて」
「姉は、クロスケに魔法を教えたんですよー」
「魔法に体術……? もしかしてクロノおめえ、割とすごいやつだったの?」
「誇示したくはないですが……少なくとも、大人の一般局員よりは腕が立ちますよ。ていうか、いまさらですか」
双子の使い魔──リーゼアリアと、リーゼロッテ。
ロッテは体術を駆使した前衛戦闘、アリアは魔法を駆使した後衛支援、二者での対を成している。
クロノは、その両者から特別なレッスンを受けていた時期があったため、オールラウンドな魔導師としての才覚を発揮できる。普段はキャリアと誤解されることの方が多いのも事実だが、砲撃専門のなのはや、近接戦主体のフェイトにも引けを取らない実力の持ち主なのだ。
「彼女たちは、ギル・グレアム提督の使い魔なんだ。提督には、ボクもよくお世話になっている」
「そうかい」
鯉伴は、片眼を瞑った。
「けど、なんだか初対面って気がしねえな。あんたとは、前にどっかで会ってるような気がするよ」
神妙な面持ちで問うた鯉伴に対し、ロッテは、はぐらかすような笑みを浮かべた。
傍らのクロノは「始まった」と云わんばかりに、呆れた口調で言葉を挟む。
「鯉伴さん……いくら遊び人だからって、ぼくの身内にまで手を出すのはやめてください」
「……えっ」
鯉伴は、心外そうに漏らした。
一方のロッテも、すっかりその気になって答えた。
「あにゃー、わたし男性に口説かれたの初めてかも! いつもモテるのは、品行方正なアリアの方だし!」
「えっ」
「でも残念です、使い魔には色恋してる余裕はないんですよー」
「そういうわけです。他を当たってください、鯉伴さん」
「おいおい……」
まるで取り合ってもらえなかった鯉伴は、
──まあ、いいか。
口内にそう云って、納得した。
「あ、そうそう──本局から正式に指令が届いたんです」
クロノはファイルの中からタブレットを取り出し、収められたデータを呼び起こした。ディスプレイが発光すると同時に、文字の羅列が空中に浮かび出る。
が、鯉伴には読めない文字だった。
「……なんて書いてあんだ?」
「退院次第、鯉伴さんには闇の書の回収任務に復帰してもらいます。その中でも、あなたの主な担当になるのは──
「こき使うねえ」
飄々と軽口を叩いている鯉伴だが、その表情は不満げである。
「なのはの嬢ちゃんもそうだが、時空管理局っていうのは、民間の人間をこうも扱き下ろすのかい? 片や年端も行かねえ女の子と、片やおれみたいな怪我人を」
「そんなこと、ぼくに云われても」
クロノの返答は、正しい。
あくまで現場レベルでの指揮権しか持たない執務官に、上層部の決定の如何が分かるはずがないのだから。
「でも、やらなきゃならないでしょう?」
「まあなぁ……」
「あなたが民間協力を申し出たから、局は優先的にあなたの『元いた世界』を捜してくれているんです。それを取引だと思わなければ、あなただって困るはずだ」
それは、いわば特別待遇だとクロノは補足した。
「逆に云や、協力しなきゃ地球で一生暮らしてろ、と云われてる気もするんだが」
「そういうのやめてください」
「……っと、そうだな、今のは
愚痴っぽくなるのは、年齢のせいかな? 鯉伴はそう考えて、軽く自分を戒めた。
一方で、散らかったテーブルを片付けていたロッテが云う。
「元の世界に帰ったら、こんな和菓子じゃなくって、ちゃんとしたご飯を作ってくれる人だっているのでしょ?」
畢竟、鯉伴は生活力が高い方ではない。勿論、衣食住に関しては最低限をこなすことは可能であり、それはやはり、大人としての嗜みだと云える。
だが、できるのとやる気があるかどうかは、決定的に違うのだ。衣類はともかく、鯉伴は生まれた頃より屋敷の中で育てられたため、自炊というものをあまり率先してやったたことがない。
習慣がないというのが、鯉伴の決定的な弱点である。
だから、和菓子なのだ。
(飯を作ってくれる人、か)
鯉伴は、柄になく俯いて、
(乙女…………)
不意に、そう口走る。
(!? ……違う……ッ!)
鯉伴は、すぐに顔を上げて、自分を怒鳴った。
鯉伴には、今は妻がいる。しかし、それよりもずっと昔の話をすると──彼にはかつての恋人というか、生涯でこの
名を
普段の鯉伴は、山吹乙女のことは、忘れるように心がけている。だが今のように、独り言の中に、ときおりその名前が浮かんで来ることがあって、その度に、鯉伴は所在なげな感覚に陥る。いつまでも過去のことを引きずっていても仕方がなく、割り切って新たに前を向こうとするのだが、避けようとすればするほどに、山吹乙女という女性は、鯉伴の中に浮かんで来るのだ。
それは、鯉伴の中の呪縛と云っても過言ではない。
その一生に大きく影響を与えてしまうほどに、山吹乙女という女性の存在は、今もなお鯉伴の中に息づいているのだ。
忘れようとしても、避けようとしても、できないのだから、鯉伴は乙女の名前を口走ることを自分の悪癖だと割り切って、その都度に諦めていくしかなかった。今回もまた──。
「向こうの世界には、おれを待ってくれている奴等がいる」
「……!」
「だからおれは、なんとしても元いた世界に帰らなきゃならねえ」
鯉伴は改めて、そう思う。前を向くためにも、元の生活に戻って、また新たなスタートを切るためにも。
クロノは付随するように、彼の背を押した。
「そのために────闇の書の回収任務は、絶対に遂行させなきゃなりません」
「ああ、そうなるな……」
それが次元漂流者として、時空管理局に拾われた者──
今の鯉伴にできる、唯一の行動なのだった。
前話と比べ、別人の文章のような気もするんですが、間隔が空いてしまったせいです。
書き方を忘れてしまったんですよ、個人的にスランプみたいなもので……
読みづらい・訳の分からない文章になっていたら、遠慮なく感想欄へ。
もう言い訳というかなんというか、語りたいことは山ほどあります。
とりあえずリハビリも兼ねて、これからは適度に更新していければいいなあ(願望