~千年狐と江戸の花~   作:樹霜師走

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妖と人、相見えぬ『想い』

 

 

 

 海鳴市内、風見町住宅街──

 夜の闇に包み込まれ、街灯が僅かに道を照らす静寂の路地。これをとあるひとりの(おとこ)が跛行していた。

 長く癖がかった黒髪を襟先で結い、寅柄の着流しを粋に着こなした魁──重力に逆らうように伸びた後髪と、切れ長の前髪は暖簾のように魁の貌を覆い隠していた。

 強めの酒気を帯びながら、覚束ない足取りで路地を歩いては、どこか古風な音曲を口ずさんでいる。

 

「────?」

 

 間違いなく──そう、間違いなく人間の姿をしたその魁は、そのときとある一戸建ての前で立ち止まった。銘酒の入った壺を紐で担ぎ、大きな白布を頭に被せたまま、怪訝な貌をして、家屋の表札を眇める。

 

「やがみ──」

 

 表札に記された名前を確かめながら、魁は鼻を数回だけ鳴らした。

 

「なんだか、懐かしい匂いがするな──」

 

 呟きは自然とこぼれた、しかし魁は、酒気を帯びている。

 詳しい詮索はせず、そのまま、ふわりふらり、ぬらりくらり、と独特な足取りで、その場を去って往った。

 

「声にならない~、心の叫びは~~~~っと♪」

 

 

 

 

 

 

 第九話。

 妖と人、相見えぬ『想い』

 

 

 

 

 

 上空では、激しい戦闘が繰り広げられていた。

 と云っても、激闘と表現するには、勢力による人数差が大きい。

 数にして、ひとりの女性を、七人の魔導士が囲んでいる状態だ。しかし驚くべきことに、その圧倒的な人数差を前にしても、戦況は拮抗……いや、味方によっては、ひとりの女性が魔導士達を圧倒しているようにも見える。

 九尾を展開した羽衣狐に────なのは、シグナム達が群がって攻撃を仕掛けている。

 

「ちょろちょろと群がりおって──」

 

 狙いなど定めない。

 その強靭な尾と鉄扇で、空中一帯を空を薙ぎ払う。

 

「あの尾には触れるな! まともに受ければ、助からんぞ!」

 

 ザフィーラが指示を飛ばす。

 間違っても、彼女の尾に貫かれれば、命の保証はない。

 

「紫電・一閃!」

 

 シグナムが距離を詰め、一気に羽衣狐を叩き斬りにかかる。

 迅雷のように迫り来る斬撃を、黒の鉄扇が防ぎ止める。

 金属同士が弾けあい、鈍い音を響かせた。

 鍔迫り合いを起こしながら、羽衣狐が舌を打つ。

 

「ほう──? 妾の懐に、此処まで接近して来ようとは」

 

 超然とした力量差を突きつけられてなお、勇壮な攻撃だ。

 シグナムは怒鳴る。

 

「目を醒ませ! 貴方が人を殺めれば……その事実はいずれ、我が主を苦しめることになる!」

「そのようなこと、あの小娘の知ったところではなかろう? 他人(・・)の命がどれだけ散ろうと、山吹のそれに比べれば──!」

 

 ──それらの命を天秤に掛けることなど、出来なんだ!

 鍔を競り合いながら、シグナムの額を冷や汗が流れた。接近したからこそ分かる、おぞましいほどの邪気。

 これが、本当にシグナムの知っている「山吹乙女」なのか? 本来であれば、歴戦を重ね、Sランクという最上位魔導師に分類される守護騎士の長・烈火の将(シグナム)が競り合う相手など、早々に居はしないのだ。

 

『──竜巻に飛ばされて、気がついたら天国にいた、ってことですよね?』

 

 ふと頭に過るのは、何気なく、他愛のない日常の記憶。

 鈍さゆえの天然で、大らかで、しかし時に、年齢以上に落ち着き払った仕草が垣間見える。あれだけ淑やかだった山吹乙女が、シグナムの放つ剣戟にビクともしない。

 魔剣(レヴァンティン)に拮抗する鉄扇が、どのような技術で出来ているのかも分からない。まして、乙女が持っている〝力〟も未知数で、油断すらできない。

 シグナムが真摯にして真剣な眼差しで、競り合う羽衣狐を見据えた。こちらを睥睨する羽衣狐の面差しに──優しかった、あの山吹乙女の面影が重なった。

 

(ッ……嫌なものが見える……!)

 

 しかし、そんな逡巡を断ち切るかのように、次の瞬間、シグナムを激しい恐怖が襲った。

 羽衣狐の背後から繰り出された九尾が、確実な死の匂いを運ぶ。

 

「貴様にはこの尾をやり過ごすことは出来ぬぞ、墜ちろ!」

 

 接近したシグナムが尾を回避するには、後退して距離をとるしかない。

 毛の逆立った尾の一本が、シグナムへ向かう。しかし、その筋がシグナムの体躯を貫くより前に、バルディッシュを変形(フォルムチェンジ)させた、フェイトが切り込んだ。

 

「ハーケンスラッシュ!」

 

 脇から繰り出される雷光に軽く毒を吐いた後、羽衣狐はそれを紙一重で回避する。

 シグナムを、フェイトが庇ったのだ。

 フェイトは羽衣狐を通り過ぎた途端に振り向き、さらなる追撃を仕掛けた。黒き扇と黒の斧が鈍い音を上げて切り結び、その様子を前にしたなのはが、レイジングハートの砲口を固定した。

 

「はぁ!」

 

 収束された、魔力の砲火。桜色の魔砲が飛ぶ。

 すかさずフェイトが距離を開き、唯一の獲物に向け、正確無比な砲線が羽衣狐へ着弾した。羽衣狐は咄嗟に二つ目の扇子を開くことで、なのはから放たれた攻撃だ受け止めた。

 鉄扇に着弾し、大爆発が起こる。反動を相殺しきることは叶わず、羽衣狐の身体が、わずかに後方へと押し出された。

 

「…………!」

 

 羽衣狐が、逡巡する。

 ──戦っているのは、野戦による、あくまで一時的な連合に過ぎない。

 羽衣狐にとっては未知である「魔法」という手段を用いて、九尾に抵抗していることは彼女にも理解できる。人間の割に、これだけ撃墜されずに粘り続けているのだ。羽衣狐が対峙している、七名ひとりひとりが、おおよそ一般とは掛け離れた〝才〟ある魔導師なのだろう。

 しかし……

 

(いくら〝個〟が強かろうと、所詮は〝烏合の衆〟のはず……)

 

 なのは達もシグナム達も、今でこそ共闘しているが、互いに素性も知れていない相手であることは確かだ。信頼関係とはほど遠く、むしろ、これまでは完全に敵対していた。

 ──連合とは大仰だ。そもそもの目的も違う(・・・・・・・・・・)者達が徒党を組んだ所で、その〝足並み〟が揃っているはずがない。

 それなのに、

 

「よくも、こうも抗うか……」

 

 信頼できるだけの従える者(リーダー)もいない集団に、正直な所、羽衣狐はここまでの遅れを取ることはないだろう、と考えていた。

 なのに彼女達は、見事なまでの連携を繰り出し、羽衣狐の行動を阻む。

 現実にフェイトは、羽衣狐の攻撃からシグナムを庇ったが、そもそも其の行動に何のメリットがあったのか、羽衣狐には、到底理解し難かった。

 

人間だから(・・・・・・)、成し得る業だとでもいうのか)

 

 人間は、時に雪の重みにも耐え、冬を越す、樹々の弛みにも似た「柔軟さ」を持っている。其れは決して強靭ではないが、折れるほどに脆弱ではない。

 ──他に喩えるのなら、藁だろうか。

 たった一本では容易に千切れるような藁も、編み重なり、折り襲なり合えば、どんな力で引っ張られようと、綻ぶことはない。

 ──人間は決して〝強く〟はない生き物だから、だからこそ、お互いを預け合うのが〝強み〟だとでもいうのか……?

 だから、たったひとり(・・・・・・)で戦う羽衣狐が、ここまで彼女達に、手を煩わせている?

 しかし仮に、そうだとしても。

 

「貴様らが共に抗う──仁義がそこにあるのか?」

 

 いや、あるはずがない。

 もともと、なのは達や、守護騎士は敵対していたはずなのだ。

 しかしなのはが、はっきりと答えた。

 

「いきなり襲われたことに怒ってはいます。でもわたしは、だからってあの騎士(ひと)達を恨んだりはしていません」

 

 なのははまず、ヴィータの中にも、何らかの事情があるはずだと考えた。

 何のために襲撃(こんなこと)をするのかと、なのははヴィータに、最初に尋ねている。それだけの理解と関心が、なのはの中には確立しているのだ。

 

「本当に悪い人じゃないって。そう思えるから」

 

 直感任せの根拠は、何の根拠にもならなかったが、その言葉には力があった。

 現実にヴィータは、羽衣狐の構えた太刀から、なのはを庇ってくれた。

 

「わたしはただ、あなたを止めて──あなたにも、ちゃんとお話を聞かせてもらいたいだけなんです!」

 

 なのはが、言葉を続ける。

 

「恨みあったって、何の解決にもなりません! 困ったら支え合って生きていくものだと思います、あなたも!」

「こんなことで、あなたは大切なその人を亡くしてしまった。……わたし達を怨むのは分かります。怨まれるだけのことを、わたし達はしてしまったと思う!」

 

 だけど、復讐は正義だとは間違っても思わない。

 羽衣狐が、名状しがたい怒りを憶える。

 

「支え合った……」

 

 呟きは自然とこぼれ、

 

「──ところで」

 

 羽衣狐が、顔をあげる。

 

「割り切れぬこともある…………!」

 

 人間の身勝手が、結果的に乙女の命を奪った。事実は事実として、どれだけの正論や理屈を人間が振りかざしたところで、揺らぐことはない。

 ──説教はいらぬ。

 今は彼女達によって「乙女が殺された」という、その事実だけがあれば、それで十分だ!

 ──貴様らを屠り、そして、妾も消える。

 乙女のいなくなった世界で、人間に再び絶望した世界で、妖のいない世界で。

 ──妾に生きる道はない。怨敵を殺め、己を殺がれよう。

 仲間を頼ることが人間の力だと言うのなら、その結束力は、畏を以て断ち切る!

 羽衣狐から鬼気迫る虞と殺気が発せられる。生気を強く持たねば、それだけで意識が黄泉の国まで吹っ飛んで行ってしまいそうなほどに強大な邪気だ。

 

「説き伏せることも、出来ないか……!」

「くそ。なんで、こんなことに……!」

「覚悟を決めろ、ヴィータ!」

 

 ザフィーラ伝わってきた夥しい殺気から、ヴィータへ最終確認を促す。

 ──吹っ切らなければ、死ぬ。

 乙女を、殺す覚悟で戦え! と。

 

「く、うぁ……っ!」

 

 覚悟を迫ったザフィーラが、ヴィータへ視線を廻す。しかし、ヴィータの心は既に折れているように見えた。身体が怯え、肩を強かに震わせている。

 ──そう、怯えている。

 とは云え、それは羽衣狐に対してではない。今にも「山吹乙女を殺そう」と覚悟しようしている、自分自身に対して。

 

「だ、ダメだ……! 出来ねえよ!」

 

 ──どういう神経で? 何を思えば、乙女を殺す覚悟なんかが出来るんだ!?

 山吹乙女が、自分を殺そうとしているから、迎え撃つのか? 

 

「アイツは……アイツは、そんな女性(やつ)じゃあないだろう!」

 

 頭のチャンネルは切り替えられず、ヴィータは戦闘態勢を取る事が出来ない。グラーフアイゼンを構えても、それはただ鉄の槌を握っているだけ。

 持っているだけで、震えから手に力が入らない。

 次の瞬間、そこで羽衣狐が、さらなる四尾の槍を投げつけた。

 空気を斬る虎退治、しかし、それをザフィーラが防御魔法にて受け止める。勢いの乗った強靭な血槍の猛進は、盾の守護獣も舌を打つ程に強力なモノだった。

 

「仕掛けます、続いてください!」

 

 なのはのかけ声で、羽衣狐を包囲する合計七名の魔導師が、羽衣狐を一斉に取り囲み、魔法攻撃を放った。

 全方位から放たれた凄絶な魔法攻撃が、羽衣狐一点を目がけて集中する! ──察し者の羽衣狐も、八方から迫る魔法攻撃は回避のしようがなく、咄嗟に九尾を広げ、身を守った。

 魔導師達の魔法攻撃が、羽衣狐のいる場所で閃き、爆発する。着弾と同時に発生した凄まじい爆風は、高層ビルの窓硝子を片っ端から粉砕し、地表に構えられた車を次々と薙ぎ払っていく。

 

「──!」

 

 爆炎が散る夜空に、煙幕がなのは達の視界を遮るが、やがてその噴煙の中から、九尾の姿が見えて来た。

 それはまるで──〝花蕾〟のような形を取っていた。

 九つの尾が天へ向かって収束し、羽衣狐の身体を、全方位から保護しているのだ。そしてその尾には、決定的な〝よごれ〟ひとつ見当たらない。

 

「効いてない……!?」

 

 ──あの〝尾〟は攻撃にも使えるが、防御にも使えるのか……?

 攻守一体、かつ、圧倒的に強靭なそれに、太刀打ちのしようがない。

 

「…………」

 

 花蕾型に閉ざされた尾の中、羽衣狐が思慮していた。

 少しばかり静穏の時を、その中で過ごす。

 ──余興は、しまいじゃ……。

 これ以上、人間共に後れを取っている暇はない。

 この尾から飛び出したその瞬間より──もう、本当に終わらせて(、、、、、)しまおう。

 三尾の太刀を掴み取り、鋭く輝く切先の煌めきを見つめた。

 

(許せ────)

 

 尾を開き、羽衣狐が鏖殺を始めんとしたその刹那──

 羽衣狐を────激しい頭痛が襲った。

 

 

 

 

 

 

 時空渡航艦船〝アースラ〟は──『時空管理局』が管轄する、高町なのは達の魔導師としての活動を外部支援する艦船である。

 時空管理局とは、なのは曰く「多次元世界を統括する、警察と裁判所が共同している組織」であり、幾重にも広がる世界に安寧と安定をもたらすために存在する、特異な組織のことである。組織で働く局員は、すべて人間であり、中でも「魔法」という言葉に精通した者達だけで構成されている。高町なのは、フェイト・テスタロッサ他の魔導師は、この組織の傘下で魔導師をやっているのだ。

 アースラは今、次元渡航の最中だった。時空のトンネルを抜け──管理外世界「地球」へと急行しているのだ。

 時空管理局の執務官にして、弱冠、齢十三の少年、クロノ・ハラオウンは──ユーノ・スクライアから伝達された連絡に、両手をデスクへと叩きつけた。

 

「──逃がした、だって……!?」

 

 時空管理局の管理外に指定された世界である「地球」にて、謎の魔法騎士による「連続魔導師襲撃事件」が横行している、という事実は、前々から、クロノも情報としては把握していた。魔導師の持つリンカーコアを狙って、赤毛の騎士が問答無用で、比類なき力を奮う事件が多発している、という趣旨のものだ。

 その標的が、今回、クロノとも縁のある、高町なのはという少女になった。

 現場にはフェイト・テスタロッサと、その使い魔であるアルフ。そして、ユーノ・スクライアが向かった。

 これは、そんなユーノから挙がった情報だ。

 

 謎の魔法騎士の三名、ならびに、戦況を混乱させるように突如現出した、謎の漆黒の女子高生(おとめ)──その双方を、なのは達は力及ばず、みすみす取り逃がしてしまった、というのだ。

 

なのはやフェイト(うちのトップエース)が抗っても、力が及ばないなんて……?」

 

 クロノはその報告に、強く唇を噛み締めた。

 ──そんな事実が本当にあるのか……検証が必要だ。

 幸いにも、現場で戦っていた四名の管理局魔導師は全員、大事はないという。多少の負傷を被ったというが、それも、命に別状はないそうだ。

 ──地球へ降り、事情を聴かなくては……。

 クロノは意気込み、アースラはそのまま、地球へと向かった。

 

 

 

 

 

 これは、数刻前の話になる。 

 

「………なん、だ?」

 

 羽衣狐を取り囲んだ、九尾による〝花蕾〟──

 それが、三分間以上もの時間を硬直したまま、一切の動きを見せなかったのだ。

 ──妙に、気味の悪い時間であった。

 蕾の中で、羽衣狐が何を考えているのか。なのは達からは、一切として窺い知ることができない。また、こじ開けようとして開くような蕾でないことも、既に全員が理解していた。

 

 だから、蕾が花開く其の瞬間を────待つしかなかった。

 

 魔導師達はその間を、緊張の糸を微塵も緩めることもなく〝開花〟の刻を待っていたのだが、一向に羽衣狐は、行動を起こさなかった。

 尾によって、彼女の姿が見えない今、この沈黙は、はっきり云って気味が悪い。

 ──何かの準備をしているのか?

 いい知れぬ緊張と不安が漂う闇夜。

 その時────尾が開き、突風が発生した。

 

「クッ!」

「────来るぞ!」

 

 開花こそが、再開の狼煙。

 制止していた時間が、ついに動き出した。──誰もが、そう思った。

 しかし、羽衣狐の様子が──どこかおかしかった。

 殺気は静まり、滾っていたはずの雰囲気は夜風に吹かれ、涼しくもまた冷たい。

 そして、羽衣狐がシグナム達の先を見た。

 

「……興冷めじゃ」

 

 その言葉を理解するまで、一同はしばらくの時間を要した。

 云っていることを理解し、手始めにザフィーラが血相を変えた瞬間、羽衣狐は蕩々と先を続けた。

 

「気が変わった。キサマらと戯れ合うには飽きた。……もう、去るとしよう」

 

 そんな羽衣狐は、先ほどから、誰とも目を合わせていない。

 ──ただ、さっきまでの羽衣狐とは、明らかに〝違う〟ということを、誰もが理解していた。

 怒り狂い、復讐に滾り、暴走と狂乱を引き起こしていた羽衣狐は、突如、冷静に返ったように静まったのだ。

 その異な言動に、ヴィータが食い下がった。

 

「ま、待てよ! 訳わかんねえよ! ──『去る』って、何処へ? おまえ、帰ってくるのか!?」

 

 ヴィータの呵責は、当然のものであった。

 もしも八神家に、彼女がこのまま帰って来ようとしているであれば、こんな〝閉幕(おわりかた)〟で、済ませて良いはずがない。

 羽衣狐と夜天の守護騎士の間に生まれた亀裂は、いまだに埋まってはいない。

 こんな状態で、同居など出来るものか。

 そして何より、乙女自身はどうなったのか、その説明もない

 ──本当に……死んだのか?

 

「妾は帰らぬ。……あとは、そなたらで好きにするがいい」

「待て、女狐! 話は──」

 

 ──いったい、この〝三分間〟に何があった……!?

 問い質そうとしたザフィーラであったが、そこで羽衣狐は初めて、ザフィーラと目を見合わせた。

 今まで、誰とも目を合わせようとしなかった羽衣狐が、ザフィーラの目を見て、何かを語った。

 そんなザフィーラは、羽衣狐に一瞥され、何も言えず、発しようと思っていた言葉を続けられなくなった。

 何かを言う気力が失せた。──と云えば、妥当だろう。

 羽衣狐の身体が反転し、彼女達に背を向けた。

 

「待てよ……待てよぉ!」

 

 ヴィータが涙を浮かべながら、飛び去っていく羽衣狐の背中を呼び止める。

 しかし、羽衣狐は夜の街の闇の中へと消えてしまった。

 ヴィータは、その場に泣き崩れた。

 ──どうして。

 ──どうして、こんなことになっちまったんだ……!

 八神家は──家族をひとり……いや、ふたりも、この晩で失ってしまったのだ。

 

「ウゥ……うわぁぁぁああああ!!」

 

 ヴィータの慟哭の声が響き渡る。

 その場にいないシャマルも、その裏側で口を抑えて涙を流していた。

 シグナムも何も言えずに立ち尽くし、ザフィーラは、最後に交わしたあの視線の意味を、ただ一人考えていた。

 一方のなのは達は、どういう対応をとればいいかわからず、正直、当惑していた。ただ、痛いほどに心を突く少女(ヴィータ)の慟哭を耳に入れ、理性があまり働かなかったことは、事実であった。 

 

「……ユーノ君」

 

 胸の奥をツンとさせながら、寂しげな表情でユーノへと話しかけるなのは。

 呼びかけの意図を汲み取ったユーノが、アルフ、フェイトへと声を掛ける。

 

「う、うん。……みんなも、いい?」

 

 フェイトはユーノと目を合わせ、何も言わずに頷き、アルフもそれに続いて頷いた。

 ユーノが、念話を始めた。──通信先は、アースラに乗艦して、地球へと向かっているクロノ・ハラオウンであった。

 それと同時に、フェイトがシグナムに静かに寄っていく。

 表情を落とすシグナムを、フェイトは呵責はせず、鷹揚と言葉を掛けた。

 

「あなた達のことは──特別に、一時〝不問〟とします。……でも、次に会った時、今回のような悪事(しゅうしゅう)を働いていたのなら。わたし達は時空管理局員として、あなた方を必ず、逮捕します」

「…………」

 

 理性ではなく、感情にまかせた、少女達による守護騎士達の処分。

 結論は──「一時不問」というものに帰結した。

 当然、正式な検討を経れば、そのような結果に落ち着くはずはないが、現場の者の特権……というより、これは完全に、なのは達による「温情」であった。

 激しく泣き伏す少女を捕まえることが、同じ少女達には、どうしても出来なかったのだ。

 

「早く行って下さい。もうすぐ結界が突破されます……他の局員に、見つかる前に」

「…………」

 

 守護騎士達は────感謝の意は、示さなかった。

 無言のまま、ザフィーラとシグナムはそれを了承して、ヴィータを連れて飛び去っていく。

 

「──〝訳アリ〟だった……みたいだね」

 

 アルフが腰に手を当ててため息をついた。

 

「『闇の書』って」

「……え?」

「──桃色の髪の騎士(ひと)が、私が吹き飛ばされる前に、そう言っていた。よくわからないけど、今回のことは、わたし達だけの秘密にしておこう」

「うん……」

 

 結果的に、なのは達はそうして──守護騎士も、羽衣狐も、全員を取り逃したことになったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 広大な夜の繁華街、喧騒な街中では、あまりにも小さく、寂しい背中を見せる少女がいた。

 その者はかつて、百鬼を率いる「魑魅魍魎の主」と呼ばれた大妖怪だが、しかし今は、あまりにもちっぽけで、虚しくひとり、街中に佇む小さな女の子となっていた。

 羽衣狐が、呟きをこぼした。

 

「…………この為体(ていたらく)は、如何せん」

 

 独り言かと思われたその言葉は、

 そうではなく────話し相手が、其処にいた。

 

「弁明する言葉もない。……すまぬ」

(ケホッ、ケホッ。……い、いえ、そんなことは……)

 

 山吹乙女(、、、、)が、生きていたのだ。

 今の彼女は、昔と変わらず羽衣狐の意識裏にいて、埃に咳き込んではいるが、健全な様子で、羽衣狐と会話を成立させている。

 実際の所、彼女の生は絶たれたものだと、誰もがそう思っていたが、それはただ、全員がそう決めつけていた、思い込んでいただけだった。乙女はただ、倒壊のショックに呑まれ、気を失っていただけだったのだ。

 その証拠に────羽衣狐は五体満足の状態で、これまで戦闘を繰り広げていた。

 乙女の依代は、偶然にも、無事だったのだ。

 ショック死という言葉も現実には存在するが、肉体が無傷なのに、意識が死ぬことは早々にはあり得ない。羽衣狐が、かつての姿に戻って暴れ廻る(、、、、)ことが出来るほど、身体は無傷だったのだ。

 羽衣狐が、あまりの憤怒と怨嗟に支配され、その事実に気づかなかっただけだった。

 しかし、羽衣狐だけが気付かなかったわけではない。山吹乙女の肉体の損傷が、極軽微であることは、守護騎士達も見ている。

 

 ──みな、ただ焦っただけだ。

 

 気絶していた山吹乙女が意識を取り戻したのは、今からまさに、羽衣狐が戦闘を終わらせようと考えていた──その瞬間であった。

 羽衣狐の煮え滾る憤怒を、目覚めた乙女はその瞬間に感じ取り、慌てて話し掛けることによって、彼女の暴走を鎮めた。同時に、意識裏に憑依していた乙女は、自分が眠っていた間に起こったことを、羽衣狐の記憶を遡ることで把握したのだ。

 それゆえに、山吹乙女は、羽衣狐に退くように伝えた。

 ──もう、八神家にはいられないと思ったから。

 守護騎士達とは、決定的な溝が生まれてしまった。

 乙女にとって、二度目となる『家族からの逃亡』──その選択に、彼女の中でどれだけの苦闘があっただろうか。

 

(あの狼には、それなりのことを伝えたつもりではあるが)

(ザフィーラですか。……わかりました。また、一からのやり直しですね、羽衣狐)

 

 〝一からのやり直し〟──

 それはきっと、この世界にやって来た時と同じことだ。

 家を失い、行く宛もない。

 ──でも、今日はもう遅い。

 羽衣狐は、野宿の場所を探し始めていた。

 

(御疲れでしょう、交代しますよ)

(ああ……)

 

 そう言って、羽衣狐と山吹乙女は入れ替わった。

 彼女が今、歩いているのは、歩行者天国の構えられた繁華街。

 人々が行き交い、まだまだ寝静まる気配のない灯りの街。

 山吹乙女は宛もなく、歩を進める。

 

 歩き始めた其の時──ひとりの〝魁〟が、乙女の隣をすれ違った。

 

 大勢が行き交う歩行者天国の中では、特定のひとりの存在に、気付くはずもない。

 それは──寅縞模様をした、着流しを粋に着こなし御仁であった。

 山吹乙女は、それに気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──はやてに、何て言えばいい?

 なのは達の温情を受け、なんとか逮捕を免れた夜天の守護騎士達は、それを考えていた。

 考えながら、刻々と迫る、八神家に向けて飛行していた。

 先刻、この結末にヴィータが異議を唱え、山吹乙女こと、羽衣狐を連れ戻しに引き返そうとしていた。

 しかし、それを止めたのは、羽衣狐から何かを伝えられたザフィーラだった。

 ──自分のふっかけた戦いの末、まさか、こんなことになってしまうとは……夢にも思わなかった。

 もしもこれが夢だというのなら、二度と見たくない悪夢である。

 ヴィータにとって、山吹乙女の失踪が、親愛なるはやてにとってどれだけの負荷をかけるか、考えたくもない。

 ゆえに、ヴィータは、ひとりでも「山吹乙女を探しに行く」との意地を変えなかった。

 

「やめておけ」

 

 ザフィーラが、それを淡々と制した。

 

「何でだよ、ザフィーラ! 山吹が居なくなったなんて云えば、はやては──」

 

 ──きっと、深く落ち込んでしまう!

 すべての責任は、自分にある。

 だから、自分がすべて「元通り」に修復しなきゃならないんだ!

 自分で汚した尻くらい自分で拭くさ! だから、止めないでくれ!

 山吹乙女は八神家の一員で、はやての母親でなければ、ならないのだから。

 

「乙女ちゃんは、本当に?」

 

 先ほど、涙を流したのだろう。シャマルが目尻の涙を拭きながら、ザフィーラに訪ねた。

 乙女の中のもうひとつの人格(はごろもきつね)が主張した通り、山吹乙女は、既に死んでしまったのだろうか? ──シャマル達の掴んだ情報だけで探るのなら、そういうことになってしまうのだ。

 

「……いや、山吹乙女は、確実に生きている」

 

 シグナムが、そんな事を発したザフィーラの方を訝しみながら振り向いた。

 ザフィーラはおおよそ、気休めの類や、冗談を好む男ではなかった。根拠のない事柄を言わない男が、そんな発言を漏らしたのを、シグナムは不思議に思った。

 彼がそういう理由があるとすれば、それに根拠があるからだ。

 だとしたら……。

 

「あの狐が、そう言っていた」

「なに……?」

 

 ヴィータがザフィーラに食いつく。

 しかし、そんなことは、あの女狐は発言していなかった。

 ザフィーラが羽衣狐と目を合わせた時、ザフィーラは、羽衣狐が自分にそう語りかけているように感じた。──そう、眼で伝えたのだ。それを受け取ったザフィーラは、あえて何も言わず、羽衣狐を呼び止めるのをやめた。

 ──八神家から退くは、彼女の選びし義理の道。覚悟を決めた者を、呼び止める義務は自分にはない。

 義理とは立場上、その者が行うべき道のことである。──それは、羽衣狐の〝けじめ〟と云っても良い。

 羽衣狐は、自分達と戦った事への責任を引き受け、八神家を立ち去る事を決めた。

 だからこそザフィーラは、彼女を呼び止めなかった。覚悟を決めた者を、呼び止める気が失せたからだ。

 

「ザフィーラ、オマエ!」

 

 ヴィータがザフィーラへと寄って行く。

 

「そんなんでいいのかよ!? 仁義だとか、義理だとか……! なんでアイツが責任を背負って、はやての家を出て行かなきゃいけないんだよ!」

 

 ──和解の道は?

 きっと、分かり合えたはずだ!

 自分達も乙女も、置かれた立場は違っても、はやてを思う気持ちは、きっと双方、同じだったはずだから!

 

「なんで……! なんで止めなかった!?」

 

 ──おまえが止めていれば、もしかしたら、アイツは!

 しかし、今まで受け太刀だったザフィーラも、いよいよヴィータに反論を挙げる。

 

「人が決めた覚悟を、他人がどうこう言うモノではないからだ』

 

 ザフィーラが力強く、重たい言葉の先を続ける。

 

「義理と言うのは、やつがやつ自身と戦うということなのだ! あれはけじめだ! そこに余所者(われわれ)がずかずかと立ち入れと云うか、ヴィータ!」

「………!」

 

 羽衣狐は羽衣狐と闘っている。それが立場であり、ケジメ。

 ヴィータが言っている事は、羽衣狐を自身の『道理』から外させる『無理』なのだ。そんな『無理』を、羽衣狐に要求しろと言うのか?

 責任を取るという事はそういう事だ。責任という言葉に、他人はない。はやてが悲しむのと、羽衣狐が自分自身と戦うのと、その二者を天秤にかけてはいけない。

 言葉の重みを悟ったシグナムは、ヴィータの肩に手を乗せた。

 

「主はやてに全てを話す。──それもまた、我々の責任だ。ヴィータ」

 

 ──他人はない。

 自分達で、自分達の非を認めて、全てをはやてに伝えなければならない。

 立ち尽くすヴィータは、それに反論出来なかった。

 

 

 

 

     

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