─ぬえの私室─
「ぬえRPしたいんですよ」
「いつもそれですね」
ぬえはベッドに座り、アインズはちゃぶ台前に腰かける図。
二人はすっかり定位置として認識しているが、NPCが見れば言葉に迷う光景だろう。
アインズがぬえの私室に入り浸ってる事も、NPCらにある推測を生ませているのだが、その問題が表面化するのは大分先のことである。
「私がここで生き返った理由……使命って、モモンガさんに謝る事、今度こそ幸せを、ナザリックを捨てない事だと思うんです」
「ぬえさんの気持ちはすごく嬉しいですよ」
「でも、ナザリックに封獣ぬえを君臨させる。これも大事な使命なんじゃないかって」
「ペロロンチーノさんの言葉を借りますね。『キャラ愛が狂ってる』」
「ふんだ! 姉が確実に声当ててないレトロエロゲもう貸してやらないもんねーだ!」
(俺の記憶だと、ペロロンチーノさん、ぬえさんから借りたエロゲを『シナリオ良すぎてエロが余計』とか言ってたような)
ぬえと話していると、ナザリック全盛期の事が連鎖するように記憶の底から浮かび上がってくる。
未だぬえ以外の仲間は見つかっていない。楽しい記憶は寂しさも起こさせる。それでもどこか心に余裕が生まれたような、そんな嬉しさが勝っているのだった。
しばらく拗ねたように、ベッドをゴロゴロしていたぬえだったが、ふと動きを止めてアインズに向き直る。表情は真面目なものだ。
「改めて自分の現状について確認もしたんですよ。生前の自分というものが、男だった事含めどっか記録めいてるんですよね」
「今は女性である方がすっかり自然なんでしたっけ。いや、私はぬえさんは男って印象ぬぐえませんけど」
「私も元男という意識そのものは強いですね。それでも男ではなく、元がつきますが。で、人間味というべきものがですね、妖怪になった影響か欠落してる気がするんです」
「個人的にはどこが、といった気がしますが」
話によると、生前の残滓がすべてぬえRPへと向かっているのではないかというものだった。
ぬえっぽさを意識するあまり、ぬえならこうするああするが基本の思考回路となり、生前ならこうしたああしたという判断ができなくなっているのだという。執着が一段階あがったというところだろうか。
「『封獣ぬえ』としての徹底ですか?」
「というよりは『ナザリックの封獣ぬえ』ですかね。人間蔑視について全く抵抗感ありませんから。入門した後のぬえなら、多少は改善意識あってもおかしくないはずですからね」
「その辺は知りませんが、ナザリックが念頭にあるなら何も問題ないでしょう」
「大丈夫なんですかね。自己分析しててちょっと怖いんですが」
「大丈夫ですよ。ぬえさんはぬえさんですから」
アインズにとってはナザリックと仲間達がすべてだ。
ここに自分の青春はおろか人生が詰まっている。
ぬえの執着が強まっているという悩みには真剣に応えたいが、ナザリックに悪影響ないならいいんじゃないかというのが正直な感想だ。
もし、この場に現実世界の人間がいれば、双方狂っていると答えた事だろう。
「じゃあこれからもぬえっぽくあることを目指そう」
「ぬえさんらしくていいと思いますよ。別に応援はしませんが」
「ぬえっ!?」
「ぬえさんが封獣ぬえに成りきるということは俺に支配者役全部降りかかるってことなんで」
「ぐっ、それは申し訳ない気も……そういや今気になったんだけどモモンガさん一人称私っていう事多くない? 俺って久々に聞いたよ」
「心中ではずっと『俺』ですよ。最高支配者RPの影響、ですかね……」
「私も公的な場でアインズ様って言いすぎてここでもモモンガさんと呼ばなくなったらどうしよう」
「そしたら泣きますよ、私が残滓含めてリラックスできる憩いの場なんですから」
「アインズ様~♪」
「命蓮寺のメンバー呼んでくる」
「ごめんなさいごめんなさい調子に乗りました」
相談事のはずが、気が付けば楽しい掛け合いに変貌している。
ぬえもアインズも──アインズは骸骨なので雰囲気ではあるが──終始笑顔だった。
仲間との語らいは本当に良い一時だと。
しばらく思い出話などにふけり、氷の魔龍を討伐した際の話題で笑いあっていると、アインズが思い出したように話題を切り替えた。
「そういえばぬえさんは、腕なまってたりしませんか?」
「ああ、どうだろ。スキル発動は全く問題ないんだけど」
「模擬戦などで練習する必要があるかもしれませんよ」
「ああいいね! スペルカードとか使いたいもん、やっぱぬえなんだし!」
ぬえの言うスペルカード。当然ユグドラシルにそんな魔法は存在しない。
〈
当然、無駄に魔力を消費するばかりか、実戦で使うならば無詠唱スキル必須。おまけに光球系魔法の威力の乏しさから決定打になることはありえないという悲惨な有様だ。
ただ、魅せ魔法としては人気があり、別のあるプレイヤーは『グミ撃ち』と呼んだりと習得者はそこそこいた。だがぬえはそこから1歩進んでいる。
幻覚魔法の組み合わせで満足すればいいものを、威力と課金を犠牲に範囲魔法のエフェクトそのものに手を加えるというとんでもないことをやってのけたのだ。
実戦魔法の魅せ魔法化である。おかげで80レベル相手でもまともなダメージは与えられない。全弾命中すればまだマシだろうが、エフェクトは広範囲に広がるのでお察しである。
こんな馬鹿な事をしでかしたぬえの所業に、ギルドメンバーの大半が呆れ果て制裁を加えた他、即座にぷにっと萌えが活用法を考案したのは言うまでもない。
「やっぱ東方は弾幕ですからね!」
「テンション高いのはいいですけど、槍のプレイヤースキルも確認してくださいよ」
「わかってるって、お父さんは心配性だなぁ」
「誰がお父さんですか。問題は模擬戦の相手、か」
「UFOとか再現できるかなぁ」などとはしゃいでる目の前のアホを放置して、アインズは模擬戦候補者を思案する。模擬戦のベストといえばコキュートスだが、リザードマンの村襲撃計画に向け、今日より出立が決まっている。
同じくアウラもトブの大森林にて、建築作業が開始された段階である。
デミウルゴスやアルベドも忙しい。アルベドなど「至高の41人たるアインズ様とぬえ様が友好のお時間を削られる必要はありません」と残りの業務を受け持ってしまった。本当にぬえの言葉通り嫉妬していたのか疑問なほどである。
そういえば、デミウルゴスは先日「ぬえ様のおかげで素晴らしい知恵を得ました。アインズ様に相応しい妥協なき至上の椅子をご用意致します」などと上機嫌に語っていた。あの荒地でいい素材でもあったのだろうか。
「守護者だとシャルティアかマーレぐらいしかいないな」
「相手?」
「ええ。ぬえさんとしては、スペルカード回避してほしいものでしょう?」
「うん、シャルティアなら理想的かも。空飛べて攻撃豊富なガチビルドだし。ただ洗脳の件から考えて、私と模擬でも槍を向けることを嫌がる可能性はあるかも」
「わかりました。一度アルベドにも相談して、相手や模擬戦の日取りを決めますね」
話もある程度まとまった。時間も時間だし、とアインズは立ち上がる。
モモンとしての仕事だってまだまだ残っているのだ。
予定を知ってるぬえは、露骨に残念そうな表情を作った。
「この後また冒険者やるんでしょ? いいなぁ」
「また外出の機会は設けますから、ここで私の全権代理やっててください」
「ぶーぶー」
「それ本当にぬえRPなんですか? いや知らないですけど」
此間は初めてだから同時外出を認めたが、アインズとしては、モモンとしている間はぬえがナザリックにいる状態が好ましい。
正直、細かな処理はアルベドが全部やってしまうので、有事以外はどっちが見ても大差はない。
別の仕事でも入れなければ最高支配者は方針を決めるだけの暇な仕事だ。
しかし、NPCからすれば至高の御方がその場にいるだけで幸福なことだった。至高の御方が常にナザリックにいるという現体制を歓迎する声は(称賛と合わせて)頻繁に聞く。
「モモンガさんと冒険もしたいんだけどなぁ」
「私もやりたいですが、それはそれで計画練る必要あるので近いうちに」
「やった、約束だよ!」
「ええ、楽しみにしています」
ぬえが笑顔を浮かべたのを確認して、アインズも満足げに頷いた。
ぬえがお父さんお父さんとからかうせいで父性に近い感情すら覚える。
不思議と安堵した感情のまま、背を向け扉に手をかけると「モモンガさん」と呼び止められた。
「なんですかぬえさん」
「いってらっしゃい」
振り向けば笑顔で手を振るぬえの姿。
RPだけでなく、精神年齢が後退でもしてるのかと思うぐらいに見た目相応の少女がそこにいた。
「……いってきます」
子供を置いて出勤していた同僚はこんな気分だったのだろうか。
アインズは新鮮な気分を咀嚼したままエ・ランテルへ向かったのだが。
モモンとして振舞っているときも、「父親か……」などと呟いたためナーベラルが混乱したのは言うまでもなく、その時の独り言は後に起こる『第一次アインズ正妻論争』を後押しすることとなったのは別の話である。
感想でも度々突っ込まれていますが、この主人公割と狂っています。
アインズがまだ常識人の皮を被った狂人であるなら、皮が半分剥がれた状態でしょう。
一回死んだあげくナザリックに転生、性別転換を起こした状態で精神は妖怪のそれに変質。
SANチェックとしては1d10+3/1d20+5、ダイス失敗で確定発狂コースだと思います。
今回自分に精神分析かけるも、アインズの言葉で失敗。
残念ですがアインズ達に「リザードマンの殲滅?そんなのだめだよ!」と言う事はないでしょう。