その至高、正体不明【完結】   作:鵺崎ミル

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正体不明の読書

 美術館を思わせる、美しい世界がそこにあった。

 床や本棚にある装飾は全てが細やかで煌びやかだ。床にある寄木細工の模様も、思わず足を止めて眺めてしまうほど美しい。

 だが、一番目を引くのはやはり、膨大な数の本であろう。

 本棚に敷き詰められた本、展示机に収められた本、その総数はとてもじゃないが一目では把握しきれない。

 

 ナザリック地下大墳墓第十階層にある最古図書館『アッシュールバニパル』。

『理の間』『知の間』『魔の間』と呼ばれる部屋、そして使用人の私室や製作室を含めた広い図書館だ。

 

「……」

 

 図書館に相応しい静寂の中、来客用の椅子に座ってページを捲るのはぬえだ。

 本の題名は『星を継ぐもの』。1977年に世に送り出されたSF傑作の1つである。

 

 この図書館に収められた書物の大半は本命を隠すために大量コピーされた傭兵モンスター召喚用の本だが、古典小説も少なからず存在している。特に文化サルベージを趣味としたぬえが集めたものだ。

 

 100年前の文化の何が楽しいんだ、と侮蔑するものがいる。

 100年前の人間が考えた未来の話など滑稽だ、という意見も聞く。

 ぬえは別にその考えを否定する気はないし、価値は人それぞれという意識を忘れない。

 ただ、レトロ文化の重要性を指摘することも忘れない。

 

「お前が見てきた娯楽に、古代から続くものが1つもないなら、これからも続けるといい。困難であることを実感するから」

 

 ぬえが集める、1970年から2020年の娯楽文化は進化が著しい。

 ゲームなど5年経てば画質を古ぼけたものと一蹴する、そんな速度で進化していたのだ。

 故に、埋もれたものが非常に多く、発掘そのものすら楽しく感じる。

 

 当時の人間の基準で言えば、明治や大正時代の書物だ。

 21世紀でも評価された作品は、ぬえの時代でも評価されている。

 しかし、凡作として埋もれて消えた小説や絵画が間違いなくあるはずなのだ。

 

 時代は名作しか残さない。電子辞書を始めとしたデータ主義が100年前に浸透したのは幸運だったとぬえは思う。当時の人類が電子情報化したものは膨大であり、その情報の多くは遺失されても消失はしていない。

 現代技術でそれらをサルベージする事は容易であり、だからこそぬえを含む多くの人々はレトロ文化に染まり切ってしまったのだが。

 

 読み終えた本を丁寧に元に戻す。

 別に放置しても、仕事が増えた事を喜ぶ司書が現れるだけだが、レトロへの敬意がぬえにそれを許さなかった。

 

「こうなるなら、もう1万冊ぐらい納めるべきだったかな」

 

 先程本を戻した本棚を見上げる。

 この棚に埋まる全ての本はぬえが納めたものだ。生前の蔵書と言っても良い。

 著作権切れとはいえ、手間もかかるし、費用は傭兵モンスター召喚用の書物コピーの方が遥かに安上がり。結局其方に悪ノリした生前の自分が嘆かわしい。

 

「どうせ表紙は雰囲気に合わせて外装データ弄れば良かったし、漫画ぐらい入れとけば良かった。もう手塚治虫作品集は読めないのか~」

 

 後悔先に立たず。

 肩を落としながらも、次の書物を探す。今度は私室で寝転がりながら読むものだから、当時ライトノベルと呼ばれたジャンルが好ましいだろう。

 

「完結したライトノベルって結局いくつあったんだろう? サルベージしたものは未完も目立ったけど」

 

 作者死亡、会社倒産、打ち切りは分かりやすかったが他は結局わからなかった。今手に取ったライトノベルも、最終巻一歩手前で作者が急死した惜しむべき大作だ。だが多くの関係者の尽力により、最終巻が無事に刊行している。

 そういえば、この話も異世界転移だった。人間が想像し得ることは現実でも起こり得る。その言葉が嘘でないことはぬえの現状が証明している。

 

「……異世界の召喚魔法による転移とか起きたら不味いな。対策を構築しておこう。防ぐことが難しくても、異世界転移が起きるならば理論上は魔法による接点があるわけで、防げなくても追跡魔法は可能のはず」

 

 現実世界の脅威の一つという事にしておいて、アルベドかデミウルゴスに相談しておくことを決める。自分はともかく、アインズがそんなものに巻き込まれたらナザリック全体が恐慌状態に陥るとぬえは確信していた。

 後継者なんて話はしたが、アインズがいつまでも君臨することがナザリックの幸せに繋がるのは間違いないのだから。

 

「ん?」

 

 創作物からナザリックの防衛について真剣に検討していると、かつり、という固い音が耳に入ってきた。こつ、かつ、こつ、と響いてくるそれは足音であり、その足音を出すのは図書館では1人しかいない。

 やがて、本棚の間からゆらりと彼が現れた。

 

「おお、ぬえ様。本日もお美しい」

「ティトゥス司書長」

 

 ティトゥス・アンナエウス・セクンドゥス。

 スケルトン・メイジでありながらレベルは高く、司書長に相応しい製作系スキルに特化している。

 名前もローマの偉人より参考にされ、賢きものという創造をされたNPCだ。

 先ほどの足跡は蹄であり、2本の角や4本指の手、少々小柄と通常のスケルトン・メイジとは外装が異なってもいる。装備に至っては強力なマジックアイテムをいくつも保有している。

 

「ぬえ様が此方におられると司書Dより聞かされまして。羊皮紙の報告と併せて参りました」

「わざわざありがとう。それにこの本棚の保存も丁寧で助かるよ」

「勿体ないお言葉です。私や部下たちは仕事を果たしているに過ぎません」

 

 一挙一動が妙に知的なアンデッドであった。

 忠誠を払う姿勢はどのNPCも同じだが、彼は特に様になっているようにぬえは感じる。

 自分よりも高位なアンデッド達を部下として扱う地位に設定されているので当然かもしれない。

 オーバーロード5体を雑用に使うスケルトンメイジなど、ユグドラシル含めても彼だけだろう。

 

「……と、守護者デミウルゴスより与えられた羊皮紙ですが、第3位階以下の低位魔法であればスクロール化に成功しまして、量産化できるのであれば供給元として問題ないと思われます」

「わかった。アインズ様には私から伝えておくよ」

 

 どうやらデミウルゴス牧場は拡大させてもよさそうだ。

 ぬえとしてではなく、鵺としての喜びが心中に沸き起こるが、なるべく抑える。

 上位者として自分の思う封獣ぬえRPを一部妥協する決意を固めたのだから、他の要素でぬえっぽさを逸脱するのはごめんだった。生前の中二病と鵺の性質が妙に噛み合ってるのは、ぬえとしては困りものだ。

 尤も、抑える程度であり、デミウルゴスとの雑談は止める気毛頭ないのだが。

 

「どうやら吉報だったようで安心しました」

「え?」

「とても良い笑顔でございますよぬえ様」

 

 どうやら抑えられてなかったらしい。

 アンデッドの価値観で良い笑顔など、どんなものか想像するまでもない。

 話を変えようとぬえは、先ほどから探している本について話すことにした。

 

「そうそう、いくつか本を探しているんだけどね」

「おお、一帯の本の位置は全て暗記しています。曖昧な表現でも、ぬえ様にお渡しできますよ」

「曖昧か……それなら」

 

 娯楽目的のつもりだったが、司書長の言葉に考えを改める。

 ここに納められている小説には、王の在り方を示す登場人物がいるものも少なくない。

 上位者としての経験が生前皆無なぬえには、そういった本を帝王学代わりに使えるのではないかと考えた。アインズのように、生来の王才のようなものはぬえにはないのだから、少しでも学習する必要がある。

 

「王が出る小説をいくつか見繕ってくれないかな?」

「王、でございますか」

「魔王でも人間の王でも良い。ただし愚王は駄目だ」

「……なるほど、良い趣味をお持ちですねぬえ様」

 

 ごめん何に納得してるのかわかんない。

 頭のいい設定されたNPCはどうしてこう自己完結をアピールしてはこっちを称賛するのだろうか。

「さすがはぬえ様、智謀も私より遥かに優れておられる」などと精神攻撃か皮肉かと疑いたくなる称賛を呟きながら、司書長は本棚より迷わず数本の小説を手にとり、ぬえへと手渡す。

 

「世界征服の一助になりうる、良い参考資料だと心得ます」

「……あっ、ありがとう!」

 

 心中の動揺を懸命に抑えながら、ぬえは本を受け取りその場を後にする。

 何故だ、何故その結論に至ったんだ司書長ォ! という突っ込みが口から漏れる前に。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 司書長の眼には、意をくみ取ってくれたことに意表を突かれ、ご機嫌としか言いようのない足取りで去るぬえの背中がある。司書長が意識して見ていたのは、あの美しくも奇怪な3対の翼。

 

「ぬえ様は、御自身の翼が感情を表現している事に気づいておられるのだろうか」

 

 何気なく、独り言として呟かれた疑問に答える者はいない。

 ぬえの傍に控えていた八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)2匹もとっくにいなくなっているのだから。

 今度、パターンを解析して記録してみようなどと思案しつつ司書長は製作室に戻っていく。

 

 後に彼がこっそり書いた『正体不明の翼』という本はシモベ達の間で人気となり、常時貸出状態となるのだがそれは別の話。

 

 

 

 

 

 オマケ、ぬえの私室。

 

「ぬえさん、その本私にも貸してくださいよ」

「又貸しは駄目だよモモンガさん。大体帝王学学ぶために借りたんだからモモンガさんには不要だよ」

「何言ってるんですか、私ただのサラリーマンだったんですよ? 帝王学未修得です」

「またまた~」

「なんで仲間まで俺を過大評価するかなぁ!?」

「よっ、世界征服を目指す大魔王!」

「勘弁してくださいよ~、そもそも世界征服なんてそんな無茶な」

「あれ? ……じゃあやっぱりあれは冗談か」

「え?」

「なんでもないよ!」

 




ぬえの私室は今日も平和です(ただしシモベ達の間では憶測が飛び交う


世界征服という方針がシモベ間で浸透している事をぬえがちゃんとアインズに報告すると思ったか?しないよ!
何のためのアインズ補佐だよって話ですが、このぬえ割とポンコツなんで。


正体不明の翼は図解解説であり、正面、背中、横と詳しく描写されております。
背中視点ではなぜか裸体描写されており、そこが特に人気だった模様。

あと、次の更新はシルバーウィーク明けとなります。

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