その至高、正体不明【完結】   作:鵺崎ミル

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正体不明の哄笑

 

 

「さてさて、デミウルゴス。そしてぬえさんが心配性という事はこれで立証されたな。私はセバスが裏切るなんてこれっぽちも思っていなかったぞ。お前たちは用心しすぎるのだ」

「うん、心配性なのは認めるけど私が心配してたのは……」

「それは杞憂だと分かった以上口にする事でもないだろうぬえさん」

「まぁ、ね」

 

 上機嫌という言葉が実に似合っていると言った様子のアインズとぬえ。2人して仲良く質のいい椅子に腰かけている。ここは王都にあるセバス達が偽の身分で潜伏している館だ。事の発端であるセバスに保護された女性の扱いについて決定する為と、今後の活動の為にこうして2人して転移したのである。

 2人以外で場にいるのはデミウルゴス、コキュートス、ソリュシャン、そしてセバスだ。ヴィクティムはパンドラがナザリックに帰還した際に連れ帰っている。

 ちなみにぬえの椅子はデミウルゴスが気を利かせたものだ。ぬえの言う序列意識に反対するわけではないが、遠征の時のアインズの不満を覚えていたからである。

 

「申し訳ありませんでした。アインズ様のご判断に、そしてぬえ様の審議法に異を唱えた私のつまらない意見を認めてくださりありがとうございました」

「かまわないとも。私だって見落としはある。デミウルゴスがチェックをしてくれていると思えば、安心できるというものだ。おっと、これはぬえさんには失礼だったかな?」

「まさか。私が見通した資料の再確認をしたのは事実だからね。それにあの場で最適解を出したのはデミウルゴスだと私は思うよ。感謝こそすれ責める理由はないね」

 

 デミウルゴスは深く頭を下げる。

 至高の存在である2人に労われる様子に、他の3人はデミウルゴスへ羨望の念を抱いた。しかしセバスはその後アインズが視線をこちらに動かしたのを見て緊張に身を固くする。

 

「さて、その人間の女の処分についてだったな、セバス」

「はっ」

 

 セバスは絞り出すような返答をしてから、僅かに間を置く。ぬえは彼が自分たちの表情を窺っている事に気が付いた。アインズの表情は雰囲気でしかわからないのだが。ぬえがセバスに促すように頷くと、意を決したように

 

「ツアレをどういたしましょうか」

 

 と、質問を発した。

 彼の仕草や言動の意味を噛み砕いたぬえはアインズへと視線を動かす。この場の裁定者はやはり最高支配者であるアインズであるべきだと。ぬえ個人から言えば、セバスのそれは情を抱いていると思うに十分であり、生かすこと前提に思えた。セバスの罪を重く受け止めてはいるが、厳しい審査を提案した罪悪感もある。

 

 アインズはしばし沈黙し、やがて問いかけるように言葉を発する。

 

「えっと、あの女性を解放した場合、我々ナザリックの情報が洩れる、だったか」

「そうなるね。知りすぎてはいるかな」

「なら記憶を弄ってしまうのが楽だな。その後は金でも渡して放り出せばいい」

 

 なるほど、と頷こうとしてぬえは思案する。アインズはカルネ村の娘を記憶操作の魔法で弄ったのだと言う。しかし、ユグドラシルでの記憶操作魔法はそんな都合のいいものだっただろうか。魔法等もゲームから異世界で現実化した影響で一部効果が変わっているとは聞かされたが、やはり不安が残るのではないだろうか。

 ぬえが悩むように顔に手をやると、それを見たのだろう、デミウルゴスが口を開いた。

 

「アインズ様。殺してしまう方が楽ですし、確実かと思われます」

 

 彼の意見にはソリュシャンも頷いている。セバスは僅かに目を見開いていた。泰然自若を体現しているとも言えるセバスのそれは、内心で非常に動揺している事を示すには十分だ。

 デミウルゴスが自分の懸念を汲んでくれたのは理解しているが、ぬえは助け船を出すことを決める。ここで彼が反対意見を出すことは、あまりよろしくない。皆が納得するだけの審議はしたが、場にいた者のセバスへの好感度は少なからず下がっているのだ。解決したのだから、これ以上の立場悪化は避けたい。

 

「デミウルゴス、私の心配を理解してくれているのはわかっている。それでも殺すのは本意ではないよ。なによりアインズ様は利益なき殺害行為をそもそも好まないでしょ?」

「その通りだぬえさん。何より弱者を安易に殺すと、その後の利用ができない。それは私の望むところではないな」

「畏まりました」

 

 ぬえが意識を向けているからだろう、セバスが安堵した様子が伝わってくる。

 

「では、私が支配している飼育場で働かせますか?」

 

 デミウルゴスの更なる提案に、ぬえは思わず咳き込みそうになった。何言ってんだお前!? という驚愕が1つ、人間にあの羊を飼育させるという邪悪に愉悦を覚えたのが1つだ。ちなみに、アインズの思い込みは未だに晴れていない。

 

「そういやあれらは潰して食料にはしないのか? うむ、キマイラステーキ……いやハンバーグ……」

(モモンガさーん!?)

 

 知らぬが故の、えげつない提案だった。デミウルゴスとぬえが積み重ねている悪徳の方がよっぽどえげつないのだが、他人事のようにぬえは動揺する。デミウルゴスは視線を肉料理を呟くアインズから、ぬえの方へ伺うようにずらした。当然、ぬえは首を横に振る。あの肉が好物な者もナザリックには多いが、それは堂々と確保すればいいわけで、隠し事が増える流れはごめんだった。

 ぬえの意図を読み取ったデミウルゴスはアインズへ視線を戻し、微笑む。

 

「肉質が悪く、食料としては不合格ラインかと。死んだ家畜は他の家畜にミンチにして食べさせておりますが」

「ああ、ぬえさんが言ってたな。同種の肉を食らうとはまさに畜生だな」

「まさに仰る通りでございます、アインズ様」

 

 悪魔と骸骨が笑いあう様子は実に異様だ。

 場所が地獄であれば逆にサマになった光景だっただろうが。

 その後もデミウルゴスは羊への愛情から小麦を要求しアインズは快諾。様々な仕事を抱え込みながらも完璧にこなすデミウルゴスにはアインズも大満足といった様子で「お前の働きはナザリック随一だ」と賛辞を惜しまなかった。ちょっと話が逸れているな、とぬえが思ったとき。会話が一息ついた段階でセバスが口を開いた。

 

「──アインズ様」

「ん? どうした、セバス」

「もしよろしければ、ツアレをナザリック地下大墳墓内で働かせたいと思います」

 

 静寂が生まれ、セバスに全員の視線が集まる。

 アインズだけがそれからぬえへと視線を移し、ぬえはアインズに任されたという事を理解してセバスに訊ねる。

 

「セバス、私が聴こう。その提案のメリットを話してくれないかな?」

「はい。まず、ツアレは食事を作れます。ナザリックでは料理ができるのは現在、料理長と副料理長の2人のみ。ユリなどは例外にさせていただきます。今後のナザリックのことを考えると、もう少しは料理が出来る者がいた方がよろしいかと考えます。さらに人間が働いているというテストケースを作ることにも十分なメリットが考えられます。人間という劣った生き物でもナザリックで働けるというアピールは、非常に良い前例として使えるのではないでしょうか? 他にも」

「ちょ、ちょっと待ったセバス落ち着け!!」

 

 こんなに饒舌なセバスは見たことがない。いや、そもそもぬえが帰還してからもセバスはずっと王都での任務についており、彼との接点はほとんどないのだが。それでも濁流のようにツアレのプロデュースを語りだすとは意外を通り越して吃驚である。

 

「セバス、お前が言いたいことはわかったよ。ナザリックでは料理スキルを持った者が限られている。これは確かに考慮すべき点だし、後半のテストケースも理解できる」

「ぬえ様、しかしながら申し上げます。はたして彼女はナザリックに相応しい料理が作れるのでしょうか?」

 

 横から疑問を投げかけたのはデミウルゴスだ。セバスが彼を一瞬だが鋭く睨んだのがぬえにはわかった。デミウルゴスは微笑んでおり、その意図は悪を好むぬえだからこそよくわかる。デミウルゴスはセバスを完全に許した訳ではなく、彼が望まない結末をもって罰としようと考えているのだ。

 しかし、同時にデミウルゴスらしくないとも思えた。ぬえが何を恐れ、何に苛立っていたかを彼は知っているはずであり、セバスと不和である事を自分の前で見せる意味ぐらいその頭脳ならばわかるはずだからだ。

 

「ツアレが作れるのは家庭料理のようです。ナザリックに相応しいかと言われると……お答えするのが難しいかと」

「家庭料理……家庭料理ねぇ? ジャガイモを蒸しただけで済ませるような食事をナザリックで出すことはないと思いますが」

「デミウルゴスの考えは早計だと言わざるを得ません。料理が出来るという意味が重要です。今ではなく将来を見ておくべきでしょう」

「それなら私の牧場で、料理を作るのに協力してほしいものだね。ミンチを作るぐらいなら役に立つだろうから」

「私は──」

 

 どことなく懐かしい光景。否、見覚えがありすぎる光景がぬえとアインズの前にあった。ぬえは理解する。こいつらウルベルトさんとたっちさんの生き写しだと。性格は違うはずだし口調も姿もまるで違うのに、そう感じる。彼らに創造者たる仲間達の性格が遺伝しているのは理解していたが、まさか人間関係まで遺伝していたとは思いもしなかった。

 

 当初、彼らの喧嘩が怖くて仕方がなかったが、やがて慣れてしまい、ギルドの日常として寧ろ楽しんでいた事を思い出す。あの事件の後じゃない、全盛期の楽しい頃の思い出だ。死ぬ間際に気が付いた、生前で最も幸せだったあの時だ。

 

 そう思ったら、この2人がおかしくて仕方がない。笑いがこぼれそうになるのを手で押さえ、ふと、アインズに目を向ける。やはり彼もぬえと同じ、否、それ以上の思いが去来しているようだった。懐かしそうに、2人ではなく、その奥にある光景を彼は眺めていた。

 

「君はどこまで強情なのかね?」

「デミウルゴスこそ、利益よりも私情を優先していませんか?」

「イイ加減黙レ、至高ノ御方々ノ御前ダゾ!!」

 

 置物のように沈黙していたコキュートスがついにキレた。白熱し始めていた2人はハッとしてアインズとぬえに顔を向ける。ぬえは口元を手で押さえてアインズを見つめており、そのアインズは2人を凝視している。眼下に灯った赤い光は強く揺らめいており、2人の顔色は一瞬で変わった。

 

「至高の御方々の前で、失礼しました!」

「愚かな行為をお見せして申し訳ありません!」

 

 見事なまでな同時謝罪だった。頭を下げる速度まで同じだったように見える。

 ぬえはもう耐えられなかった。

 

「「──あははは!!」」

 

 室内に突然響き渡った笑い声。非常に楽しげで明るいそれの発信源は2つだった。

 ぬえは腹を抱えて、アインズは顎が外れるのではないかというほど大きく笑っている。

 アインズに至ってはここまで機嫌よく笑い声をあげた事などセバス達の記憶にはなく、彼らは目を白黒させた様子で固まっていた。

 

「構わないとも。許す、許すぞ! そうだ! そうやって喧嘩をしないとな、あははは!」

「やばい、晩御飯の話題から愛妻料理の話になって2人が喧嘩してたのが……!!」

「ぬえさんまた懐かしいものを! あはははは!」

 

 場にいる者を置いてけぼりにした笑いは消えない。

 その後間もなくしてアインズは精神沈静化が起きたが、僅かに上機嫌な様子は持続しており、ぬえの方はアインズが止めるまで笑い続けた。この事が直接功を奏したわけではないが、アインズはツアレをこの場に呼び出すよう命じ、そして彼女が“アインズ・ウール・ゴウン”の名で保護される事が決まったのだった。




ぬえとアインズが見たものは微妙に違い、ウケた部分も微妙に違います。アインズの方がぬえよりもずっと『アインズ・ウール・ゴウン』への思い入れは深いので。それこそ世界征服する程に。
微妙に変えてはいますが、書籍台詞、地の文多かったかなと反省。ツアレとのやりとり、アインズの独白とかは完全一致しかしなかったので全カットです。

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