その至高、正体不明【完結】   作:鵺崎ミル

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前話が書籍内描写多目と感じているので、続けて投稿しています。


正体不明の憤怒

 セバスの無実が証明され、セバスが助けたツアレという女性がセバス直轄の仮メイドとして任命、アインズ・ウール・ゴウンの名を以て保護されてから一夜が明けた。

 

 ぬえは執務室にて珍しく忙しい時間を過ごしていた。大体アインズのせいである。ナザリックに帰還した後、ぬえに「全部任せた」などとのたまってモモンとして外出していったのだ。パンドラに任せるという話はなんだったんだと愚痴った自分は悪くないはずだ。

 

「デミウルゴス、アルベド。お前たちが2人揃うと本当に助かるよ」

「ぬえ様からのお褒めの言葉、感謝の言葉もありません」

「至高の御方の役に立てる栄誉を実感できる、助けられているのは私共の方でございます」

 

 ぬえの心からの労いに、両脇に控えたナザリック最高の頭脳達が頭を下げる。この2人が纏め上げた資料はとてもわかりやすい。それでもなお、忙しいと感じているのだから動いている情報量の大きさが窺える。

 

「小麦の運搬……シャルティアの〈転移門(ゲート)〉で全部済ませるのはやはり不可能か」

「はい、動かすのは私の手の者ですのでこのようになるかと」

「うん……うん……よし、ここに書かれている通りに実行していいよ。小麦が全て届いたら運搬管理はデミウルゴスに一任。アルベドは手間をかけるが、玉座の間でもう一度マスターソースを確認したら少し休憩していいよ」

「畏まりました」

「では私はぬえ様の指示通り確認して参ります」

 

 アルベドが深々と一礼して執務室から出ていく。自分でこれだけ忙しかったのだからアルベドの苦労は想像に難くない。少しでも休んでほしいというのがぬえの願いだった。デミウルゴスも同じく多忙ではあるが、この男が牧場経営で趣味を混ぜ解消している事は知っているので、ぬえは趣味を挟みにくいアルベドこそ優先して休ませるべきだと考えていた。

 

「……ふー……」

 

 アルベドが執務室から離れて10分後。

 王都……正確には王国に関する最終報告書も読み終え、ぬえは一息つく。その報告書の多くはセバスの功績だ。だが最後の1枚はデミウルゴスのものである。残滓の疲労から、書かれた部分を読み飛ばそうとし、急遽二度見したほど衝撃的な内容だった。

 

【王国の第三王女ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフは才覚で言えば私に匹敵するほどの叡智を携えている】

 

 ナザリックでデミウルゴスに匹敵する頭脳の持ち主はアルベドとパンドラぐらいだが、まさか外の世界にも1人いるとは思ってもいなかった。ぬえはますます王都で遊びたい衝動に駆られる。

 ぬえの表情と、持っている資料から察したのだろう。デミウルゴスが微笑みながらぬえに問いかけた。

 

「ぬえ様も、お気に召されましたか?」

「人間とは面白いものだねデミウルゴス。私達が一方的に搾取するのではなく、互いに利用して互いに最高の利益を獲得するという取引を結ばせる人間がいようとは」

「全くです。本当に面白い人間でした。彼女と今後も情報をやり取りしていけば、アインズ様の最終目的達成が早まる事かと愚考いたします」

「? うん、そうだね。まだ実が成ったわけではないが、アインズ様は間違いなく満足することだろう」

 

 最終目的というのがぬえはよくわからなかったが、今ここで確認するなどもっての外だ。さも、わかっているという態度でデミウルゴスを喜ばせる。上位者も意識しているせいでぬえっぽくできないのが歯痒い。

 ともかく、後はセバス達の帰還を待つだけだと満足げに翼を伸ばした時。

 

≪ぬえさん≫

「どうしたの!? ……アインズ様?」

 

 アインズより〈伝言(メッセージ)〉が届いた。不意打ち気味だったので若干椅子から身を浮かせる。声として返答したのでデミウルゴスにもアインズから連絡が来たことが伝わっている。内容次第では誤魔化しが必要になったことにぬえは内心で舌打ちした。全くもってアドリブ力が足りてない。

 

≪今、セバス……いや、ソリュシャンから連絡を受けたのですが、セバスが拾ったあのツアレという女が攫われたそうです。至急、セバスを支援する部隊編成の指示を≫

「ツアレが攫われた? 救出部隊の編成だね、わかった」

 

 内容は誤魔化し不要のものだった。内容そのものには驚きながらも言葉に出しつつ、デミウルゴスに視線を送る。それだけで彼は理解し、アルベドに〈伝言(メッセージ)〉を飛ばしていた。デミウルゴスなら、説得も含め全く問題ないだろう。

 

「アインズ様、犯人はわかる?」

≪王国の裏に潜む犯罪結社ですよ……全くもって腹立たしい≫

「ッ」

 

 アインズの怒気を孕んだ声にぬえの翼が硬直した。彼がこれ程怒りを漂わせたのは転生してからは知らない。怒られた事がない訳ではなかったが、ここまで焼けつくような憤怒を感じたのは初めてだった。ぬえが言葉に詰まっていると、アインズは憤怒のままに続ける。

 

≪ぬえさん、俺は“アインズ・ウール・ゴウン”の名でツアレニーニャを助けると約束したんですよ。ぬえさんならわかりますよね?≫

「……モモン─」

≪分かるだろ!? 俺が、俺達の誇る“アインズ・ウール・ゴウン”の名を出してまで保護を約束したんだぞ!! にも拘らずそれを攫うクズがいる! 俺達が付けた名を侮っているんだぞ! 知らなかったとしても許されるはずがない!!≫

「……ッ!!」

 

 アインズの憤怒はぬえには決して向けられていない。それなのに泣きそうになるほど彼の怒りは凄まじいものだった。ぬえでこれだ、たとえアルベドでも言葉を発する事すらできなかっただろう。

 アインズが力強く断言するとともに、憤怒の気配は一気に和らいだ。精神が抑制され鎮圧されたのだとわかる。それでも下手したら涙が零れるので緊張は解けないが。

 

≪すみません、ぬえさん。攫ったクズ共に対して少々苛立ってしまいました。怖がらせましたか≫

「……いや、アインズ様の気持ちはわかってるよ」

 

 少々というレベルでは済まなかった気がするが、アインズに対し同意しておく。ぬえだって、“アインズ・ウール・ゴウン”には思い入れは深い。だが、アインズはぬえの比ではないほど強い想いを抱いているようだった。

 

 彼をここまで追いつめたのは、引退した自分たちだったのだろう。そう思うと自己嫌悪と罪悪感で涙腺が更に緩んだので腕でこすってなかったことにする。今は贖罪する事ではなく、ツアレを救出する事が重要だ。そこで、ぬえはふと先ほど読み終えたばかりの報告書を思い出す。使わない手はない。

 

「ツアレの完全なる救出、並びに我々の名に泥を塗ろうとした愚か者を潰す。それでいいね?」

≪お願いします。そのままぬえさんに全権代理させますので、デミウルゴスもアルベドもフル活用してください≫

「わかったよ。途中此方から〈伝言(メッセージ)〉を入れるかもしれないのでよろしく」

≪わかりました。それでは≫

 

 〈伝言(メッセージ)〉が切れ、ぬえは立ち上がる。アインズが抱いた憤怒は誘拐組織に清算させなくてはならない。何より、自分が半泣きにされた恨み晴らさずにはいられない。この際だ、王都で暴れてやる。アインズとは別の形でぬえの心に憤怒が去来する。その感情のままに、ぬえは上位者として振舞う意識を固めた。連鎖するように生まれた憤怒の感情は、〈大妖怪のオーラ〉として噴出する。

 

「デミウルゴス」

「御身の前に」

「アインズ様はこう仰られた。『“アインズ・ウール・ゴウン”の名を以て保護した人間に害意を向けるということは、我々に泥を塗る敵対行為である。必ずツアレを救出し、愚か者に血の制裁をせよ』と。そして私がその全権を任されている」

 

 デミウルゴスは跪いた。ぬえの装備にて効果が1.5倍と化したオーラの重圧は凄まじく100レベルのデミウルゴスでも汗が流れる事を自覚するほどだ。今のぬえはアインズの怒りの代行者であり、自身の怒りをも上乗せした状態だと確信する。彼女の期待に応えられなければ、待つのはナザリックNPC全員が恐れる至高の存在からの失望だろう。

 

「ぬえ様、なんなりとお申し付けください」

「まずアルベドにも今の内容を伝えてほしい。その上でアルベドにはナザリック防衛の任務に就いてもらう」

「畏まりました……承ったとのことです」

「次に、デミウルゴス。私はこれを丁度いい機会だと考えるがどうか?」

「……機会、でございますか」

 

 重圧に晒されながらもデミウルゴスの頭脳は変わらず発揮されている。それでもぬえの言っている事はとっさには分かりかねるものだった。ぬえはデミウルゴスならば理解して当然だろうといった態度であり、主の期待に応えられていなかった己に対し激しく叱咤する。だが、デミウルゴスの反応を一瞥しただけで全てを悟ったのだろうぬえは、ため息を一つこぼしてこう続けた。

 

「デミウルゴス。この世界に転移して、ナザリック幹部と言っていい地位にある者達は幾つ失態を重ねた?」

「それは……!」

 

 ようやくぬえの意図を理解する。デミウルゴスの心に羞恥と歓喜が訪れた。羞恥は支配者の期待に応えられなかった自分たちに対して。歓喜はそれでも慈悲を見せる絶対の支配者に対して。

 

「シャルティア、コキュートス、セバス……この内コキュートスは我々の計画の内ではあったが、これ以上の失態が許されるなどと思ってはいないだろう?」

「勿論でございます。アインズ様、ぬえ様の寛大なる温情に甘えるなど許されないと考えています」

「ならばこそだ。デミウルゴス、お前に命じる。お前の頭脳を以て、今回の一件で大功を挙げろ。材料は十分に揃っているはずだ」

「ぬえ様、我ら守護者一同に汚名返上最大の機会を設けていただき感謝いたします」

「……ウルベルトさんの最高傑作であるお前を、心から信頼しているよ」

 

 デミウルゴスが更に深く頭を下げる。ここまでお膳立てされて、ここまで口にされて、成果を挙げられないならば不甲斐ないにも程がある。失敗は許されない。確たる想いを抱いて、全霊を以て成功させると誓う。デミウルゴスが立ち上がると、ぬえは満足げに頷いた。そして思い出したように、更に楽しそうに言う。

 

「ああ、もう一つ条件を足していいか?」

「なんなりと」

「私も暴れたい。その席を用意してくれないか?」

 

 デミウルゴスの頭脳に閃光が走った。今考えていた計画を悟ったとしか思えないようなぬえの提案に、デミウルゴスは感動の笑みを浮かべる。どうやら己の頭脳は至高の御方々の期待に応えられそうだと。そしてここまでがぬえの手のひらの上であることにかつてない感動を覚えた。その恩義に報いる為、彼はぬえが最も喜ぶであろう言葉で返した。

 

「……それでしたら、ぬえ様。『魔王』を演じるのはいかがでしょうか?」

 




アインズ様が王都外出許可出してくれない上に八つ当たりまでしてきたから、合法的に出陣する手段をとったぬえ。任務は果たしながら王都で暴れるなんて自分一人で考えたらロクな事にならない自覚があるのでデミえもんに泣きつく図。

ぬえ、計画名『ゲヘナ』に完全介入。

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