三浦が戻ってきた。
後ろに続くのは亜栗色をした髪の女子…
見憶えがあるどころの話ではない。
俺が高校生活の終わりと同時に失ったもの。
一色いろは。
卒業式のあの日を思い出す。
唯一自分の思いを、想いを、打ち明けてくれた。
あの時は気恥ずかしさと、自分という卑小な存在を軽蔑する心があった。
今はどうであろう。
彼女は俺を視認すると、小さな声で呟いた。
「その、おかえりなさい。」
俺は何も言えなかった。
「じゃ、あーし買い物行ってくるから留守番よろしく。」
三浦はそう言い残して部屋から出て行った。
「先輩」
彼女は不満げに俺を呼んだ。
「はい。」
「何で今更そんなズタボロになって帰ってきたんですか。」
「すまん…」
「馬鹿ッ!」
頰に痛みが走る。彼女は力一杯頰を張った。
「先輩の馬鹿ッ!」
もう一度彼女は俺の頰を張った。
「すまん…」
「なんで、いっつも先輩が、なんで?」
彼女は掠れた声で絶叫した。
彼女は怒りに震えていた。自分のためではない。自分の愛する人のためである。
彼女は小さな声で言った。
「何してるんですか…」
彼女は俺の胸に倒れこんだ。直後に泣き出す。
彼女の頭を片手で抱き、頭を撫で続けた。
いつまでも泣きやまなかった。
それは暫く続いた。
気がつくと葉山が赤面しながら立っていた。
彼曰く、
「偶々、優美子とそこであったんだ。」
相変わらずな奴である。
馬鹿みたいに友達思い。
夕食は三浦が四人分作ってくれた。肉じゃがである。
努力のあとが味に残っていた。
いつかのアンケートを思い出す。
「家事とか無料」
彼女は、全くの大人の女であった。
俺は葉山にそっと言った。
「いい女を嫁にもらえたな」
彼は照れてこう言った。
「馬鹿野郎。」
後にも先にも葉山を支えてやれる奴は三浦しかいるまい。
四人が席に着いた時、こう言った。
「結婚式には呼べよ。」
三浦は
「ばっ、バカ。」
と言い、恥じらいをみせていた。
彼女は最早子供ではなかった。高校生ではなかった。
初めて彼女を美しいと思った。
変わらぬものが、決して変わることのないものがそこにはあった。
それこそが彼の求め、追い続けたものであろう。
一色が袖を引っ張ってくる。
「先輩…」
振り向いた。
彼女は奇妙に赤面していた。
そこには彼の求めた不変のものがあった。
壊れることの無きものがあった。
「ん?どうした一色。あざといぞ。」
彼女は手をわちゃわちゃさせながら言う。
「そんなんしゃないですって!いいですか?先輩」
彼女は深呼吸をした。
そして…
その味はとても甘かった。マックスコーヒーよりも、チョコレートよりも甘く。
何物よりも甘かった。
筆者は思う。
本物など、そのようなご大層な物はこの世に存在するまい、と。
それを追い、求めるは、憐れな夢見る仔羊のみである。
されど、幸か不幸か、人は皆、終わる事なき夢を見る。
醒めるが吉か、醒めぬが吉か。
友よ。
真実は何処にあらんや。