話の内容は連載中には書く予定です。
いろはさんの家で一泊していった。
「瑞稀ちゃん、また来てね!」
「はい!」
恐らく今生の別れとなるだろう。私はこの老婦人を愛しんでいた。
「では、行ってきます!」
「あ、ちょっと待って!」
「…はい?」
「次に行くといいところ教えてなかったね。千葉の雪ノ下コーポレーション、わかる?」
知るも何も地元では大企業格である。不動産を主としている企業で、政治家を親子で輩出している。
「はい…」
「じゃあそこの娘さんに雪ノ下雪乃と話がしたい、といえばいいよ。それでもだめなら一色いろはの名前を出したら通してくれると思うよ」
「いろはさん…」
「じゃあ、また帰っておいで、瑞稀ちゃん」
「はい…」
私は静かに涙を流した。
同時刻:雪ノ下コーポレーション
「叔母さん、ご機嫌は如何かしら?」
年若い娘の声がする。
やや間を置いた後、
「ええ、悪くはないわ」
静かで、無機質な声が返ってきた。
「叔母さん、叔母さんもまだまだ元気でいてもらわなきゃ困るんだから、ご飯はちゃんと食べてね!」
「…ええ」
年老いた声はそう答える。
彼女は知っている。その願いなど無意味なことに。
だが、その気遣いは無用なものではないだろう。
「そう言えば叔母さん、明日か明後日、比企谷さんが来るそうよ。」
比企谷の名前に驚いたのか、老女が身じろぎする音がした。やや暫くしてから返答が返ってきた。
「比企谷…何さんかしら?」
「瑞稀、っていう方ですよ。一色さんからは先輩のお孫さんって言われましたけど。」
「そう…」
私は踵を返した。
姉の子供の中で一番「できの悪い」末娘。姉はその末娘を一番可愛がった。そして、長女を押す私と対立した。
末娘が実は兄弟の中で一番「姉らしい」と知ったのはいつであっただろうか。
その時私は姉に最後の敗北を喫した。
姉は後継者を決めて僅かに教育した後、他界した。以前から病であったという。
惨めな敗北者である、この老女はもう既に雪ノ下家の邪魔者であった。そして、引きこもった。
生涯一度も姉に勝てず、最後は惨めに生き恥を晒した、と陰口を叩かれた。
彼女の人生のなかで唯一よかった頃は、彼が守ってくれていたあの時だった。あの時が一番輝いていた。
その老女は何も持ち合わせてはいなかった。
明日、比企谷八幡の孫がやってくる、そのことだけが彼女の心を支配した。いつ以来であろうか、彼女という人を誰かが訪ねてきたのは。
それも一時、自分の心を奪っていった男の孫である。関心を持たないわけがなかった。
その老女は年甲斐もなく浮ついた。