三が日が明けてすぐの事。堅一達地球の魔導師組プラス闇の書事件に関わった地球人一同は、リンディの呼びかけにより時空管理局の旗艦アースラへと招集された。
地球人一同とは言うが、いつもの仲良し小学生組にヴォルケンリッター、プレシアにリリナ、使い魔のリニスという内訳である。性質としては報告会に近い。
現に今、プレシアとリリナという出る所に出れば管理世界の科学技術を大きく変えてしまいそうな二大魔導研究者の二人が、招集された人員とアースラの主要クルーに対して、懇切丁寧に講義している。
内容は、現在の闇の書の状態プラスアルファ、だ。
「―――という訳で、現在『闇の書』と呼ばれていたものに関しては完全に消滅。残っているのはヴォルケンリッターおよびリインフォースという魔導プログラム体、そして八神はやてさんの中に残っている膨大な魔導技術のみ、という事になるわ」
「ちなみにこのはやてちゃんの中に残っている魔導技術というのも自由に引き出せるようなものではなく、彼女の年齢や魔力量に応じて読み取れるように心理的なロックがかかっていて、今すぐ何かに利用するという事は非常に難しいと思います。既存の魔導技術、つまりはやてちゃんが知っている魔法であれば問題はありませんが」
二人の説明にリンディがふむふむと頷き、クロノが手を挙げる。
「それはつまり、段階を踏んではやての知識が拡張され、将来的に何かに利用できる可能性がある、という事か?」
「その認識で概ね問題無いわ。とは言えその知識は現在のミッドチルダで主流のものではなく、古代ベルカの知識になる訳だけど」
「モノによっては時代遅れだったりする訳です。というか多くの知識は時代遅れのものであると認識して問題無いでしょう。ただ、現在失われた技術の復刻、というものも可能となる可能性はあります」
「例えばヴォルケンリッターのような魔導プログラム体を作成する技術、とかね」
プレシアの言葉に当のヴォルケンリッターやリインフォースが何とも言いがたい表情を浮かべる。自身達がどのように造られたかは既に記憶の彼方になる訳だが、この技術が復活して、ロクな事になる未来が中々想像できないのである。
それは彼女達のような『戦争を経験している人間』であれば当然の事で、自身達のような存在がもしまかり間違って大量生産でもされてしまうと、新たな戦争の火種にしかならない未来しか想像できなかったのだ。
「とは言え、どんな技術があるかは未だ分からないので、少なくとも管理局の方々ははやてさんに対して慎重な行動を取ってもらえるよう期待しているわ」
「それは当然、丁重に対応させて貰うわ」
リンディの言葉にクロノがウンウンと大きく頷く。彼女達は技術者でも研究者でも無く、治安維持の現場担当だ。そういった事に疎い訳では無いが、それほど技術の躍進を望んでいる訳でもない。はやてをどうこうして知識を引き出すような愚を犯すつもりはなかった。
「さてそれではこちらからの話は以上で―――」
「ちょっといいか」
プレシアが場を締めようとした時に、またもやクロノが手を挙げる。プレシアが彼に黙って続きを促すと、クロノは一つ咳払いをし、慎重に言葉を選びながら、彼女達に問いかけた。
「その、だな……。あの闇の書のバグ、闇との対決の時の事なんだが」
「……えぇ、それで?」
「その……。もし彼が『あのまま』だった場合、どうなっていた?」
予測していた質問内容に、プレシアはため息を吐く。彼女はチラリとリリナに視線を向けてから、彼女に説明させる事にした。
「どうなの、リリナ」
「そうですね……。もちろんこの答えに関しては、記録に残さない形でお願いしますよ」
「えぇ、そうね。エイミィ、処理しておいて」
「はい」
リンディの言葉に軽く頷いたエイミィがコンソールを叩き、OKが出てからリリナは言葉を続けた。
「まぁ、仮称名『ヴォルヴァドス』があのままだった場合、一番軽い被害で言うと、あの大量の魔力と共に大爆発を起こし、次元震が発生、少なくとも地球は崩壊、という形ですかね」
「それで軽いんだ……」
リリナの言葉にフェイトがボソッと呟く。周囲の子供たちも同様の感想で、どこか薄ら寒さを感じていた。
「最悪のパターンは、そうですね。あのままの形に固定が成功し、手始めに地球に存在するありとあらゆるエネルギーを喰らい尽くした後、他の次元世界へ渡り、同様の事を繰り返す。そうすると倍々ゲームで力をつけていきますから、最終的に次元世界というものが崩壊するんじゃないですかね」
その言葉に、誰かがゴクリと唾を飲む音が響く。とてもでは無いが、受け入れがたい未来が待っていたらしい、という事だけは誰もが理解した。
「まぁそれも無事防げた訳ですし、今後に関しても特に問題は無さそうです。完全に適合してますから、ね、ケン君」
「えぇまぁ。とは言え、完全に自分が人間じゃ無くなった事も自覚できてるんで、何とも言い難い気分な訳ですけどね」
堅一の言葉に、何とも言い難い空気が漂う。主な発生源はヴォルケンリッターとリインフォースであり、彼女達は未だ、彼が人間から外れた事に対して責任を感じていた。
「今まで自覚なかったんだ……」
「おいフェイト。お前だって自分がアリシアのクローンだっていう自覚はあったのか? ていうか今もあるのか?」
「ん、そう言われると……。どっちかと言うと、姉妹っていう感じしか無い、かな」
「だろ。そういうもんだ」
「そういうものなんだ……」
素直なフェイトが全く答えになっていない堅一の言葉に完全に丸め込まれる様をプレシアは静かにニヤニヤしながら眺めていた。こういうフェイトの素直な所がとても可愛らしいと親馬鹿なプレシアは思っている。ただ少し、将来悪い男に騙されないかという部分が若干不安ではあるが。
と、ここで。今まで静かに話を聞いていたすずかが綺麗な挙手をして立ち上がった。
「リリナさん。仮称名『ヴォルヴァドス』は変更した方が良いと思います」
「へ? あ、えっと。じゃ、じゃあ何がいいかな?」
「『ウィルバー・ウェイトリー』で」
「こらこらこらこら。ちょっと待ちなさいすずかちゃん。確かに的確かもしれないけど、しれないけどね。それは辞めようよ」
何とも不吉な事を言い出すすずかに待ったをかけて駄目だしをする。流石にその名前は頂けないし、不吉過ぎる。最終的に犬に噛み殺される未来しか想像できない名前であった。
どういう事なのか理解できていない他の面々の頭の上には『?』がたくさん並んでいるが、分かっていないならそれでいいと堅一は思った。
「ま、という訳で。既にそちらの記録装置からデータは削除されている訳ですけど、あまり余計な事は言わないようにお願いします」
「分かっているわ。流石に報告もできるものではないし」
言われずとも、リンディ以下アースラ組に今回の闇の書事件で起こった真実を管理局へ正確に報告するつもりはない。報告した場合、最悪中田堅一という存在は、闇の書と同等か、それ以上の対応対象となる可能性がある。
藪を突いて蛇を出すつもりは、毛頭無いのだ。
「それじゃ、今度こそ説明は終わりね。後はリンディさんに任せるわ」
プレシアの言葉にリリナも一緒に席へと戻り、後を引き継ぐ形でリンディが登壇する。
「えー、という訳で。今回の闇の書に関する一連の事件は終わりましたが。後処理として我々の今後の行動を連絡します。エイミィ」
「はい。今後アースラは平時は第98管理外世界地球近辺に待機とし、ヴォルケンリッター及びリインフォースの保護観察任務に当ります。またリンディ・ハラオウン提督、レティ・ロウラン提督が連名にてヴォルケンリッター及びリインフォースの保護観察官となります」
「そして、ヴォルケンリッター及びリインフォースさんについては、管理局である程度の期間労務に従事して貰うことになるわ。そこまではいいわね?」
「えぇ。我々が過去に犯した罪については、償いをしなければなりません」
リンディの言葉にシグナムが重々しく頷き、他のヴォルケンリッターもそこに異議を唱えない。全て納得詰めで、この労務に従事する事になったのだ。
「あなた達は魔導師ランクの都合上、危険任務も伴う事もあるだろうけど、まぁ大丈夫でしょう。生半可な事件ではあなた達を害することはできなさそうだし」
「そして、えー、はやてちゃんも足が完治次第アースラで研修後、管理局へ入局し、彼女達の減刑に協力する、っていう事でいいのかな?」
「はい、それでお願いします」
「主はやて……」
「えぇんよ。それでみんな今までどおり過ごせるんなら」
柔らかな笑みを浮かべるはやての言葉に、ヴォルケンリッターのみんなが嬉しいような申し訳ないような、そんな感情を抱える。それにしてもやはり、八神家の母親ポジションははやてで確定だった。
「えっと、そしてプレシア・テスタロッサさん、リリナ・ハズラットさんが、それぞれ技術顧問として特定期間管理局に協力してくれるっていうのは、問題ないですか?」
「えぇ、給料も出るしね」
そう、今回の事件で高い技術力を管理局に誇示したプレシアは、助手という名目でリリナを伴い管理局で技術顧問として協力する事になった。ついでに彼女達の顧問就任も、ヴォルケンリッターの減刑に加味されている。
「で、次は嘱託魔導師の三人とも。一応三人も嘱託として今後協力して貰えるって事になってるけど、いいかな」
「私は特に問題ないです。協力できる事があったら協力しますから」
「私も。母さんも管理局入りしてるし、いいかなって」
「俺も特に問題は。何か他にやりたい事がある訳でもないですし、通常の学校の授業とかに響かなければ問題ありません」
無条件で協力するなのはと、母親を切欠に管理局に興味を持ったフェイト。一番現実的な堅一の答えに、皆が苦笑いを浮かべる。どこまでいっても堅一は、同年代の少女たちと較べて捻くれてる答え方をする。
「それでは今後はそのように動いてもらいます。本日はもう、解散しましょう」
「お仕事とかの時にはデバイスに通信を送るので、よろしくね~」
◇◇◇◇◇
それからの日々は、特に多忙という訳でもなく。偶に入る管理局からの協力要請に従い任務を完遂し、普通に学校に通い、友人と遊ぶ。それを繰り返す非常に平穏な日々が待っていた。
そして季節は巡り、4月。
堅一達がついに小学4年生へと進級する事となった。
「クラス替えかー、緊張するねぇ」
「ま、新しい出会いがあるという事で楽しみでもあるけどね」
一緒に登校しているなのはの言葉にポジティブな返答を返す堅一。言葉通り彼の心中では楽しみだという感情が多数を占めていた。
「またフェイトちゃん達と同じクラスだといいんだけどなぁ」
「別のクラスでもいつでも逢えるんだから大丈夫だよ」
「そうだけどさぁ」
雑談をしつつ、クラス替えの掲示板の前に立つ。なのははドキドキしながら、堅一は落ち着いてその掲示板に自分の名前を探していた。
一組、無し。二組、無し。三組、あった。
「俺は三組、か」
「あっ、私二組……けんちゃんは別のクラスかぁ」
がっくり項垂れたなのはの言葉に苦笑しながら二組のクラス編成を見る。なるほど、よく分けられていると思うが、微妙に知り合いが固まっている気もする。
二組の編成はなのはにフェイト、そしてアリサの三人。三組には堅一にすずか、そしてアリシア。
そう、アリシアもフェイトも、聖祥大学付属小学校の転入試験をパスして去年から一緒に勉強していたのだ。昨年はアリシアのみ別のクラスという残念な事になっていたが、今年はどうやらそれは避けられたらしい。
他の同級生と較べて身体の小さいアリシアだが、他のクラスでは持ち前の明るさで人気者だったらしいとは本人の弁であった。
そしてクラス表を見ていると、一組二組より、三組の人数が若干少ない。これは転入生が来るんだなぁと察した堅一は思わず苦笑してしまった。どうやら彼女も同じクラスらしい、と。
「それじゃ、教室まで行こうか」
「うん、またねけんちゃん」
なのはと別れて教室へ入ると、ポツポツと席を埋める数人の生徒が見える。今日からクラスメイトとなる彼らだが、堅一は余り喋った事の無い生徒達だったので、とりあえず適当な席に座り鞄から本を取り出して読む。
実はこの本、リンディから支給された嘱託魔導師に関するルールブックというか、ガイドブック的な本であった。基本英文でありこの年の普通の生徒には読めないだろう本を、パラパラと捲りながら読み進める。
本を読み進めていると次第に教室内が騒がしくなり、次々と生徒がやってくる事が確認できた。
「けん君、何の本読んでるの?」
ふと、声の方向を見ると隣の席についたすずかの姿があった。
余り周囲を気にせず本を読んでいたものだから、隣にすずかが座った事も気付かなかったのだ。
「おはようすずかちゃん。これはまぁ、アッチの本」
「あぁ、アッチの。けん君も大変だね」
「それなりにね。実入りもいいし、続けてはいるけどね」
嘱託魔導師の依頼による収入は非常に良い。元々管理局の給料が高いというのもあるのだろうが、その管理局から要請されて行う依頼は、基本的に危険度が高く、魔導師としての実力が高いものでなければ受けられないようになっていた。
その依頼を難なくクリア可能な堅一達であれば、実入りが良いと感じられる仕事内容であり、その収入は、ジュエルシード事件、闇の書事件で受け取った報酬も加えると当分は遊んで暮らせるぐらいの額である。
だが堅一を含めなのはもフェイトもそれを使って遊びほうけたりもせず、律儀に貯金していた。地球と、ミッドチルダで。
ミッドチルダの銀行に貯金している理由としては、何らかの時にミッドチルダで遊ぶ、もしくは居住する事になった場合に不便なく使えるようにと考えた上での事。
何だかんだで先の事も見据えて生活している彼らはしっかりしていた。
「あっ、堅一! すずか! おはよう!」
「おはよう、アリシアちゃん」
「おはよう」
小さな身体で元気な少女、アリシアが教室に入ってすぐさま堅一達に声をかける。側頭部から髪を2つに分け、後ろ髪はそのまま下ろしている彼女は、元気いっぱいだ。そして自然と堅一の前の席へと座る。
密かに窓際を陣取っていた堅一だが、隣をすずかに、前をアリシアに押さえられた形になった。
「今日ちょっと寝坊しちゃってさぁ、朝起きてから大変だったんだよね、フェイトが」
「え、フェイトちゃんが寝坊しちゃったの?」
「ううん、私が寝坊して、起こそうとしたフェイトが大変だったの」
「お前、真面目な妹を困らせるんじゃないよ」
「だいじょーぶだいじょーぶ、そんぐらいで喧嘩したりとかしないから!」
そういう事じゃないんだけどな、と思っていると、教室の前の入り口から教師が入ってきた。朝のホームルームの時間である。
「みなさん、おはようございます。これから始業式ですが、その前に転校生を紹介いたします」
早速、というように教師が教室へと引き入れた人物は、覚束ない足取りで歩き、左手に杖をついていた。
「八神はやて言います。今はこんな足なもんで、皆さんに迷惑かけるかもしれませんが、どうかよろしくお願いします」
ペコリと頭を下げたはやてに周囲からパチパチと拍手が出る。そして教師に促されて空いている席へと座った彼女は、堅一達に向けてピースする。
「はやてちゃん、同じクラスだ」
「うんっ、今年は楽しくなりそうだねぇ!」
すずかとアリシアの言葉に、笑顔を浮かべながら堅一は頷いた。