戦姫絶唱シンフォギア Ace of Fist 作:HANK1989
前回のあらすじ!
弦十郎「奏は、……植物状態だ」
一也「ほーん、なら目を覚ます可能性はあるわけだ。ラッキー」
あおい「楽観的すぎる……!」
一也「死んでないならいいんじゃね? 死ぬときゃ死ぬけどな! あはははは!」
慎二「笑いごとでは、ありませんよ……」
奏「…………うっ(一也が皆に迷惑かけてる気がする)」
???(植物状態なのに、これなのか……)
大体こんな感じの前回
ライブ会場の惨劇から半年の時が流れた。
世間は未だに惨劇を引き摺り、嘆きと悲しみ、そして不和と迎合を重ねながらも、表向きには平穏を取り戻しつつある。
風鳴 翼もまた非日常の中から“彼女にとっての”日常へと帰っていた。
惨劇後、天羽 奏は人命救助に奮戦、逃げ遅れた客を逃がす為に会場に残り、意識不明の重体を負った――というのが二課の用意したカバーシナリオだ。
ツヴァイウイングの一時活動休止、翼はソロへの転向もが同時に報道され、多くの同情が集まり、ある意味でユニット時代を超える歌手となった。
無論、彼女の裏の役割――いや、本来の役割か。そこにも変化はない。寧ろ、変化があったのは彼女自身だ。
奏が眠りに落ちてから、一也との衝撃的な邂逅を果たしてからというもの、彼女はより一層、剣として己を高めていた。
その強さと適正を如何なく発揮し、戦闘力は過去とは比較にならない。精神に関しても、より鋭く、より苛烈に、より揺るぎなく。
「翼さん、もうそろそろ着きますよ」
「……分かっています」
運転席には二課の諜報とマネージメントを一手に引き受ける緒川が、助手席には翼が座っていた。
いつものように歌手としての取材を終え、向かっているのは、とある総合病院。
表向きには単なる総合病院であるが、最新鋭――どころか非合法、非認可の医療技術すら必要とあらば辞さない二課保有の医療施設である。
その一室で、奏は眠り続けている。
当初は集中治療室にて治療を続けていたものの、容体が安定し、急変の可能性も低くなると日の良く当たる病室へと移された。
植物状態の人間であっても意識がある可能性があり、周囲の人間の献身と当人の生きようとする意志で意識を取り戻す例も少なくない。
集中治療室の人工灯だけでは身体に悪いだろうという弦十郎の計らい。知り合いが声をかけること意識を取り戻した実例もあるという主治医の判断だ。
一般病棟の個室へと移された奏の元には、彼女の知り合いや恩人が足繁く通っていた。
二課のオペレーターや関わりの深い職員、研究者、命を救われた自衛隊員。彼女が彼女の意志と力で勝ち取り、守り抜いた者たちである。
そして、翼もそういった者の一人である。ならば、意味があろうがなかろうが、意識があろうがなかろうが、顔を見ぬ訳にも見せぬ訳にもいくまい。
人気歌手としての顔と装者としての顔がある故、そう頻繁には通えなかったものの、最低でも週に一度は病室に顔を出す。
今日がその日。奏の寝顔を見れば、今日も生きてくれているという喜びとまだ目を覚ましてくれない悲しみに、己がどんな顔をしているのかすら分からない。
緒川は翼の心境を慮ってか、一人で病室へと向かわせた。
いつものように階段を上り、いつものように通路を同じ回数だけ曲がり、いつものように病室の扉をノックと共に開ける。
そこにはいつものように優しげな日の光が差し込む白い病室と――――
「――――あ? お前、確か風鳴だったっけ……?」
「貴様は……!」
いつもと違う珍客が居座っていた。
誰あろうその少年は、半年前ライブ会場の惨劇で邂逅した奏の友人であり、ノイズすら恐れぬ気侭の化身・但野 一也であった。
「何故、貴様がここにいる……!」
「何故って、お前。なんだ、オレがダチの見舞いに来ちゃいけねぇのかよ」
「ここは二課が許可した者しか通れない。それを何故、貴様のような……!」
「ああ? いや、事情を説明したらふつーに通してくれたけど。あと、あのおっさん、お前んところの頭がわざわざ手紙で教えてくれたんだが」
おっさんとは言わずもがな風鳴 弦十郎のこと。
翼にも知らされていなかったが、一也には弦十郎から一報が入っていた。一也の存在そのものと言葉が、奏の意識回復の一助となるやもしれん。そんな思いからの行動だ。
何より、変わらぬ友人であり続ける彼にも、奏に会う権利は十二分に存在している。とても政府機関の長とは思えぬ寛大な処置だ。
司令官が直接起こした行動である以上、異議を申し立てる程度の権利しか翼にはなく、それが余計に翼の心を掻き乱していく。
はっきり言えば、翼はこの男が大嫌いだ。
ハチャメチャでドタバタのメチャクチャ。好き放題のやりたい放題。好きなように生きて、好きなように死ぬ。ただ己の為に生きる一也。
生まれた瞬間から生きる道を決定づけられ、自らもそれを良しとし、ただひたすら防人としての使命に邁進してきた。ただ人の為に生きる翼。
まるで正反対の生き方。水と油のような生き様。これでは相容れないのも当然である。
ましてや、翼は彼の精神的な強さを、まざまざと見せつけられている。
地獄に落ちてなお一切動揺の見せぬ心。彼我の関係なく一秒先の生死を見据えても揺るがぬ精神。
何よりも、自分よりも奏と短い付き合いしかない癖に、自分よりもある意味で頼りにされ、笑顔を向けられた事実が彼女の心をささくれ立たせる。
どちらも、翼の望んでいたものだ。それを
「貴様は、ここにいる資格など……」
「資格って何だよ? ダチに資格が必要とかワケ分かんねーこと言うな」
「奏は特別な人間だ! 多くの人々のために戦い、守ってきた! 貴様のような勝手気侭な男が友を名乗るなど烏滸がましい!」
「……お前らは奏を特別と思っているみたいだが、特別でも何でもねーんだよ、オレには。あの全身タイツ着て戦えるってだけだろうが、そんなもん、オレが知ったことか」
「…………っ!」
翼にとって奏と共にシンフォギアを纏い、ノイズと戦うことは使命であり、誇りそのものだ。
それを一也は全く理解できていない。あるいは理解した上で自身には関係ないと嘯いている。
二人の相性が悪いのもあるが、間が悪いのもある。翼にとってみれば、週に一度の大切な日を毛嫌いしている人間に邪魔されたのだ。それは腹も立てるだろう。
「てゆーか、ダチに資格だなんだのとメンドクセーな。…………お前、友達少ないだろ」
「……この、っ!」
言うに事欠いて、これである。これも生き方の差だろうか。
一也にとって友人とは勝ち取るものでも、作るものでもなく、気が付けば出来ているものだ。大抵の人間も、わざわざ作ろうと思って作る者は少ないだろう。
この男、他人に好かれようという気が全くないにも関わらず、無駄にコミュニケーション能力が高く、友人は多い。その分、彼を嫌っている人間も比例して多いのだが。
対して、翼は仲間は多くとも友人は少ない。唯一対等の友人と呼べるのは奏だけ。
当然の帰結である。防人としての使命を秘密として抱えるが故、気軽に友人など作れるはずもなく、翼自身も本来は内気な性格。輪にかけて少なくもなろう。
事実を指摘され、小馬鹿にされたとでも思ったのか翼の顔が朱に染まる。
一也に馬鹿にするつもりなど更々ない。言葉が悪かっただけだ。むしろ、翼のことを心配すらしている。もっとも翼自身が求めねば手を貸す気もないが。
「そもそも半年前も、今回も、都合のいい時ばかり現れ、好き放題に……!」
「半年前のは、まあ3年もほったらかしとして都合がいいってのは否定できねーわ。だが、今回は反省したから毎日来てるぞ。お前が知らなかっただけだ」
そう、弦十郎に奏の居場所を知らされてからというもの――いや、それ以前から一也は奏を探し回っていた。
何の情報もない状態で、奏の乗せられた救急車の向かった方向にある大きい病院を虱潰しに探し回るという非効率な方法をとって。
一也は諜報員でもなければ警察官でもなく、探偵ですらない。単なる学生に過ぎない彼に出来たのは、来る日も来る日も足を棒にして駆けずり回ることだけだった。
結局、全ては無駄骨に終わったものの、最終的に目的を遂げられるのならば問題ないらしく、一報が遅れた弦十郎に悪態を吐くことすらなく、こうして毎日病室に顔を出していた。
翼と今日まで顔を合せなかったのは、単なる活動時間の違いに過ぎない。
片や学生、片や学生兼人気歌手兼装者である。自由になる時間の多さも幅も比較すること自体間違っている。
「しっかし、お前もタイミングいいなぁ。週一くらいのペースでしか来れないのに、よりにもよって今日に当たるとはなぁ。ほんと運がいい」
「何の話だ! まだ話は……!」
「いいから黙――――らなくていいか。目覚ましはそれぐらいがちょうどいいだろ」
◇ ◇ ◇
夢を見ている。
深い深い内面の海で、浮上と沈下を繰り返しながら、天羽 奏という意識は揺蕩っていた。
最も古い記憶。最も苦々しい記憶。最も過激な感情を想起させる記憶。最も己の無力さを痛感した記憶。最も楽しかった記憶。最も嬉しかった記憶。
(あたしの人生は嫌なことや辛いことばかりだと思ってた――――けど、今は楽しかったこと、嬉しかったことしか思い出せないや)
記憶は次から次へと泡となって弾け、また新たな記憶が浮かんできた。
17年とは言え、激動の人生を送ってきた彼女の記憶もまた、無数の泡となって襲い掛かってくる。
その度、身を裂かれんばかりの悲しみと怒り、憎しみが溢れ返り――やがては消えていく。
憎しみは長く続かないなどと囀る輩もいるが、奏はそんなもの嘘っぱちだと思っている。
事実として、皆神山での悲劇から3年経った今もなお、奏の奥底では身を焦がさんばかりの昏い炎が燃えている。
今でこそ昏い憎悪の炎を、奏自身の生まれ持った優しさが繊細に包み込んでいるが、結局、どう取り繕ったところで彼女が戦う理由は、そこだ。
これ以上ない悲劇と立ち直れぬほどの挫折、深い悔恨とドス黒い憎悪こそが今の彼女を確かに型作った。
(翼に、弦十郎の旦那、緒川さん、藤尭さん、友里さん、他にも結構いるな……)
皆、掛け値なしの笑顔だ。
命が助かった喜びの笑み、奏と翼の無事と健闘を労う笑み、他愛のない日常会話で見せてくれた優しげな笑み。
奏は自分に向けられた笑顔が堪らなく嬉しかった。例え、ノイズに対する憎悪が元で手に入れたものだとしても。
恥じるべきことなど何もない。
かつての記憶がどれだけ激怒と憎悪に満ち、絶望に繋がっていようとも、新たな記憶が歓喜と悦楽に満ち、希望に繋がっているのなら、決して間違いではない。
(――――早く……起きないと……皆が、待ってる)
奏の意志に反して、
この内面の海の中、何度となく繰り返してきた。抗おうにも、どうしていいのか分からない。長い時間の間、海面を超えることは一度足りとてなかった。
分かっている。あの海面こそが覚醒の境界線。そこさえ超えてしまえば、皆の元に戻れる。
分かっているのに意識が沈んでいく度、思考はパレットの上で掻き回される絵の具のようにぐちゃぐちゃに混濁する。
身体が未だ休息を望んでいるのか。奏の本心が辛い現実を拒んでいるのか。理由は定かではない。
ともかく、あと一歩なのだ。身体の回復にせよ、現実の受け入れにせよ。ほんの些細なきっかけで、目を覚ます。そんな確信が奏にはあった。
しかし、確信はあれど、抵抗の余地はない。こんな経験、奏にとっても初めてである。明確な手段などあろう筈もなく。
(クソっ、またダメなのかよ。…………何遍、こうやってりゃいいんだか)
もう何度目になるか分からない沈下。
抵抗の術を持たない奏は、最早、現状を受け入れるしかない。記憶の気泡は、数多の思い出で奏を包みながら水底へと誘う。
水面から遠ざかり、太陽の光は遥か彼方。次第に暗闇に包まれる水中で思い出は光り輝き、幻想的な光景だ。
安堵と諦観に満たされながらも、奏は一つ一つの思い出に目を通す。
(そう言えば、翼は初めの頃、あたしのこと怯えた目で見つめてたっけ? それが何時の頃からか信頼しあうようになって……)
(一也とは確か、妹と暇そうにしてるところを声をかけられて、遊びだしたんだっけ……?)
気泡の中には、大切な相棒と変わらぬ友人の記憶が輝いていた。
翼は共に羽ばたき、共に高みを目指す片翼。一也は人の意など解さず、天で変わらぬ輝きを放つ太陽。
それぞれ求めるものも、与えてくれるものも、印象も異なる友人たちの出会いから始める掛け替えのない記憶だ。
『貴様は、…………る資格など……』
『資格……何……? ダチに……が必要とか……分かん……こと言……』
その時、確かに聞こえた。ノイズ混じりの友人の声が。
(おいおい。喧嘩するなよー、二人とも。いや、こりゃ翼が一方的に嫌ってる感じか。一也は相手にしてないけど……)
聞こえたのは声だけで、どんな状況であるかは見えてこなかったが、語気を荒げた言葉から言い争っていることだけは理解できる。
(ああ、早く起きて、止めな――――――)
そう決意した瞬間、視界を掠めた記憶に視線を取られた。
記憶の内容は、あの忌々しい悲劇が起きる以前、妹と一也の三人で遊んでいた時のことだ。
面白いものがあると一也に連れられていったのは採掘場だった。奏の両親が調査をしている遺跡近くの場所であり、遺跡もまた同じ利権者の土地から出土していた。
政府からの要請、遺跡保護による業務の停滞に対して国庫から支払われる莫大な金に、利権者はこれを快諾。採石場は日中にも関わらず、人っ子一人いない有り様だったのはよく覚えている。
『お、おい、一也。流石にヤバイって……!』
『お、お兄ちゃん……』
『大丈夫だって。へっへっへ』
採掘場に放置された重機の一つに乗り込む一也を、奏と妹は心配そうに見上げていた。
本来であれば、重機も厳重な管理がされていたのだろうが、如何せん遺跡の出土が予期せぬ事態だった。
ましてや聖遺物の存在が確認される可能性がある遺跡。政府も悠長出来ず、無理に無理を重ね、急な動きを要した。その結果が、杜撰な管理に繋がってしまったのである。
採掘場にあった作業員の更衣室や休憩室、事務所が一緒くたになった小屋は窓の一つが閉め忘れられており、本来であれば重機の鍵が収められているキーボックスにも鍵がかけ忘れてあった。
当時から、とても優等生とは呼べない悪ガキであり、その上好奇心の強かった一也がどうするか。考えるまでもないかもしれない。
――あろうことか、重機の一つであったショベルカーの鍵を持ち出し、動かして遊び始めたのある……!
もうこの時点で大抵の人間は頭痛を覚えるであろうが、奏と妹の心労と受難はここから始まった。
『うっひょー! スゲー! うるせー! カッコイイー! 働く車ってなんでこんなカッコイイんだ!? ガショーン! ギュイーン!』
『あぁ、もう! おい、いい加減――――うひゃぁぁぁ! 何すんだ、危ねーだろ! この馬鹿!!』
『お、怒られる。絶対、怒られる……! …………え? あれ? お姉ちゃん、何だかショベルカー、バックしてるけど……』
『え? あ、本当――――う、うわぁぁぁぁ!! 一也、ストップ、ストーーーーップ!!』
『うひゃはははははははははははははは――――――!!!』
『『ああああああああああああああああっ!!!』』
奏と妹が見たのは、土手へと消えていくショベルカーの中で一也が浮かべるとてもいい笑顔だった。
二人の絶叫。それすら掻き消す轟音。舞い上がる粉塵。
サーっと血の気が引いていく音を生まれて初めて体験しながら、奏は妹と振るえる手を握り合うことしかできなかった。
どれだけの時間を茫然と過ごしていたのか。されど、時が止まることはなく、二人の静止もやがては解けた。
二人は恐る恐る惨状が広がっているであろう土手の淵へと歩いていくが、その時、淵に手がかけられ、一也が姿を現した。
『よか――…………』
『ひゅーー…………』
『イッテェ。くそ、くっそ! もうちょっと巧くできると思ったんだけどなぁ……アレ? どうした二人とも白目向いて』
ほとんど崖同然の土手を自力で登ってきた一也は顔面血塗れであった。二人でなくても白目も向こう。
『だ、ど、……えぇ?』
『参ったなぁ、どうしよ。アレ、もう使えないぞ。………………逃げよう』
『…………え?』
『そうと決まればスタコラサッサだぜぇーー!!』
『う、わ! 待て待て待て! こんな状況であたしらを置いていくなこの馬鹿ーーーー!!』
どひゅーんと擬音が付きそうな勢いで駆け出す一也と、余りの衝撃に半ば気を失っている妹の手を引っ張り後を追う奏。
この後、一也がショベルカーを御釈迦にした事実は即日バレることとなる。町きっての悪ガキが大怪我をして病院に行ったのだから勘ぐられるのも無理もない。
遺跡の調査チームに政府関係者、採掘場の会社関係者、警察、町長まで引っ張り出され、一也へのお説教が為されるのだが、当の本人は反省しているんだかいないんだか。
ショベルカーに関しては、調査のために杜撰となってしまった管理体制もあってか、政府から全額弁償という形で支払われる運びとなった。
因みに、一也は保護者にしこたまぶん殴られ(血塗れの状態で)、後日軒先にロープで逆さ釣りにされる虐待染みた躾を施された。
誰も止めなかったのは、そうでもしなければ反省も何もない悪ガキと町の人間が全員知っていたからであり、ほぼ日常めいた光景だったからだ。
ハチャメチャでドタバタのメチャクチャを地で行く悪ガキに、こうして奏と妹は振り回されながらも楽しんだ。
森で遊べば、運悪くスズメバチの巣に近づいてしまい、虫取り網を片手に一人立ち向かう一也の様を見て。無論、本人は全身を刺されて病院へ運ばれた。(即日退院する驚異の野生児っぷりまで見せつけた)
川で遊べば、おぉーい、と笑顔で滝へ流されていく一也の姿を見て。(その後は自力で滝壺から生還する河童の如き離れ業を披露)
夜に遊べば、花火が枯草に運悪く燃え移り、一人で炎に囲まれた一也はテンションガン上げで炎の中心で踊り狂っていた。(街の消防団が出動し、今回ばかりは悪くないのに一也はしこたま殴られていた)
二人が余所者と差別されちょっかいを出されれば、相手が高校生だろうが殴り掛かり、リンチにされながらも全員殴り倒してのけた。(この時ばかりは殴られずに誉められたようである。一也が一也なら保護者も保護者だ)
(…………――――起きなきゃ!)
数々の壮絶な記憶を思い出し、奏は全身に使命感が宿るのを感じた。
(こんな奴が翼の傍にいたら、翼の胃に穴が開く! ついでにあたしの胃にも穴が開く! 目を離したら何しでかすか分からねぇぇぇぇ!!!)
植物状態から目を覚ます最後の理由としては、余りにもあんまりな理由である。
ともあれ、
重力の方向が変わったかのように。あるいはかつての記憶に背中を押されるように。あるいはこれからの記憶に両腕を引かれるように。
水面から飛び出た奏が見たのは何処までも広がる雲一つない青い空と日輪の輝き。まるで奏の未来を祝福するかの如く、空は青く澄み渡り、太陽は白く輝いていた。
◇ ◇ ◇
「お前、もう何なんだよ。さっきからぎゃーぎゃー喧しいことこの上ねぇぞ」
「……っ貴、様ぁ!」
二人が顔を合わせてからというもの、ずっとこの調子だ。
一也は翼の態度に呆れ返るばかりで、翼は翼で一也の態度に相手にされていないと
加えて言えば、翼も一也に対する態度はただの嫉妬や八つ当たりであることを理解している。
強く出ようにも相手に非がない故に強く出れない。風鳴 翼は根っから善人であり、何処までも真面目だった。
「あー、メンドクセー女だな、ホント。いい加減、静かにしたらどうだ? 目覚ましはもう十分だっつーの」
「また訳の分からんことを、馬鹿にするのもいい加減に――」
「そっち見ろ。目覚ましが何時までも鳴ってちゃうるせーだけだ、ほれ」
「――――――………………」
一也がうんざりした様子で親指である方向を指し示す。
翼は怒り心頭であったものの、つられて向けた視界と視線に映った信じられないものに、目を見開き、息を飲み、頭は真っ白になった。
「…………ぅ、ぁ」
翼の視界に飛び込んできたのはゆっくりと、本当にゆっくりと瞼を開けようとしている
奏は半年もの間、ベッドで眠り続けて意のままに身体に戸惑っているのか、首だけを動かし、暖かい陽光に目を細めている。
「……かな……で」
「おう、おはよーさん。気分はどだー?」
「二人、とも、……おは、よう、……あんまり、喧嘩、するなよ……は、は、うまく、喋れ、ねーや」
翼は茫然と。一也は平然と。奏は快然と。
それぞれがそれぞれの心境で、それぞれがそれぞれの言葉を口にする。
「かな、で……、奏……奏ぇっ」
「暫らく、見ない間に、シャキっとした、と思ったけど、やっぱり、翼は泣き虫だな」
翼はベッドの傍らに膝を付き、奏の両手を握ってボロボロと涙を流す。
張り詰めていた弦が切れるように、彼女が溜め込んできた感情が今、涙となって溢れている。
そんな翼を困ったように眺める奏。
身体は思うように動かない。一週間、寝たきりの状態で過ごしただけで人の身体は衰える。ましてや半年ともなれば尚の事。
関節が拘縮を引き起こさぬように専門家が毎日関節を動かしていたものの、筋肉の衰えはどうにもならない。今は、泣きじゃくる翼の頭を抱いてやることも、撫でてやることも出来なかった。
助けを求めるように一也を見るが、何処吹く風。自分自身で何とかしろということだ。
(ま・た・な)
口だけを動かしてそう伝えると、一也は音もなく病室を後にする。
何か特別なことなどするつもりもなければ、何か考えがあったわけでもないが、取り敢えずは奏に頼まれた目覚ましという役割は果たしている。今はこの場にいる意味はあるまい。
用は済ませたとばかりに帰る一也の背なを声をかけずに見送り、ふうと天井を見上げる。
今、奏の頭にあるのは親しい間柄に会いたいという願いともう一つ。何せ、彼らのお陰で帰ってこれたようなものなのだから。彼らが居なければ、目覚めようとする意志を持てたかどうか。
言葉にして伝えたことはなかったが、今は伝えておきたい。伝えなくてはならない――――最早、強迫観念に等しい思考は、死を垣間見た故か、或いは……。
そしてもう一つは、抑えきれぬ嗚咽を漏らす翼に、どう声をかけたものかという悩み。こればかりは今すぐに何とかしなければならない問題だ。
(さて、どうしたもんか……――んん?)
その時、ふと陽光を反射する何かに気を取られた。
花の活けられた花瓶の置かれたベッドサイドテーブル。その上には、黄金の
身に覚えのない品だ。そもそも奏は装飾品の類はライブ以外では簡素な物しか身に着けない。こんな派手で装飾華美の一品は彼女のものではない。
また彼女の知り合いのものでもない。男性陣が身に着けるのは主に時計くらいのもので、翼も派手な装飾品は嫌っている。
唯一可能性がありそうなのはあおいくらいのものだが、かつて見た私服は落ち着いた大人の女性らしいもので、これもまたイメージにそぐわない。
(なら、一也のプレゼントか……? 似合わねぇけど、今度、聞いてみるか)
どうあっても抱いている印象とは異なる行動に違和感を拭いきれなかったものの、思考を中断せざるを得なかった。
これ以上、泣きじゃくる翼を放っておくのは相棒としても、友人としても、奏自身の良心も、決して見過ごせすことなど出来なかったからだ。