戦姫絶唱シンフォギア  Ace of Fist   作:HANK1989

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前回のあらすじ!


一也「お前、死ぬってさ」

奏「……………そうか、そっかぁ」

一也「でもしょうがないね、人間は死ぬからね」

奏「死ぬかもしれない人間に言うことじゃないぞ(愕然)」

一也「まあ、世の中、誰の思い通りになんてならねぇけどな」


医者「え? あれ? これ? 死ななくね?(困惑)」

奏「え? えぇっ!?(驚愕)」

一也「な、誰の思い通りにもならねぇよ(確信)」


こんな感じの前回



第6話 『悪戯小僧』

「ども、通して貰っていいっすか?」

 

「あら、一也君、また奏ちゃんのお見舞い? マメねぇ」

 

「まー、これくらいしか出来ねぇもんで。で、いいっすか?」

 

「どうぞ、いちいち声かけてくれなくてもいいのに。風鳴司令の許可を頂いているんだから」

 

「許可は許可、礼儀は礼儀っすよ」

 

 

 言動や口は悪いのに礼儀には拘る男である。

 尤も世間一般における礼儀正しいというよりかは、一也自身の考える礼儀を優先しているようだが。

 

 挨拶もそこそこに、この7ヵ月ですっかり慣れた病室への道筋をまっすぐ進んでいく。

 途中、顔見知りになった看護師や入院患者とすれ違いざまに短い会話や会釈をする辺り、コミュニケーション能力の無駄な高さが窺える。人の話を聞かない癖に大した男である。

 

 奏はこの1ヶ月、リハビリに精一杯取り組んでいた。

 植物状態、余命幾許もない状態からの奇跡的な回復を遂げたものの、あるいは奇跡的な回復だったからか、彼女の両脚は歩行すら難しい状態であった。

 身体を支えるバーに捕まり、痛みに堪え、理学療法士に助けられながらの歩行訓練。加えて、声帯の機能を回復させ、歌声を取り戻す発声練習。

 生半なものではなく、大人でも全てを投げ出したくなる訓練の数々であったものの、奏の表情から笑みは消えなかった。

 光を取り戻す、光に向かっての一歩。どれほど苦しくあろうとも、どれほど成果が乏しくとも、紛うことなき光へ向かっての一歩だ。誰に恥じることも憚ることもない彼女の一歩である。笑みが消えよう筈もない。

 

 一也もまた奏の努力を笑顔と共に見守った。決して手を貸さず、声をかけることなく見守り続ける毎日。

 声をかけるのはリハビリの始まる前か、終わった後。前者は奮起を促し、後者は労いの言葉をかける。

 結局、リハビリの専門家ではない一也にアドバイスなど出来ず、リハビリ最中の応援など邪魔でしかない。

 歯痒さはあったものの、歯痒さを飲み込めるだけの強さが一也にはあった。 

 

 奏も一也も互いの立場に納得ずくであり、自分に出来ることを理解しているからこそ、互いに愚痴を零すこともなく、罵りあうこともない良好な関係と日々が続いていた、のであるが――

 

 

「こンの、大馬鹿野郎ッッ――――!!」

 

「バロっ!? …………………え? 何? この状況?」

 

 

 ――今日の奏は、とことん機嫌が悪かった。

 

 一也が病室に入ると、奏はその顔を確認した途端、目を血走らせて手に持っていたものを投げつけた。

 投擲物は見事に顔面に命中。一也は突然の事態と病室の空気に目を白黒とさせる。

 

 病室は完全にお通夜状態だった。

 面子は二課の主要人物。司令官の弦十郎、諜報員の緒川、オペレーターのあおい、朔也、奏者の奏、翼である。

 正直、一也にしてみれば、この面子が揃っているだけで驚きである。お前ら、仕事放っておいて何やってんの、と。

 しかも、奏以外の全員の表情は一様に暗い。一也を嫌っている翼ですら、同情や憐憫の視線を送っているほどだ。

 

 

「この……!!」

 

「うぉぉう!? すげぇ、奏、お前いつから歩けるようになった!? オレ、まだ当分かかると思ったんですけどぉ!?」

 

「うるっさいんだよ、このボケェっ!!」

 

「か、奏、落ち着いて……!」

 

「落ち着いてなんぞ、いられるか!」

 

 

 ベッドから立ち上がった奏は、恐るべきことによろよろとした足取りながらも一也の前まで歩くとその胸倉を掴み上げる。

 奏は生来、苛烈な性格をした少女だ。普段は穏やかだし、冗談も解するが――敵と定めたものには、怒りを覚えたものには烈火と化して襲い掛かる。

 凄まじいと言わざる負えない。奏はただ烈火の如き怒りだけで、まともに動かない両脚で自立し、歩行まで可能としたのだから。

 

 とは言え、一也は困惑するばかりだ。何せ、奏が怒る心当たりが全くないのだ。

 

 

「まあ、何だ。兎に角、落ち着け。な?」

 

「離せェ! 落ち着いてなんぞいられるかぁ!!」

 

 

 一也は奏の脇の下に手を差し込むと子供を運ぶ時のように持ち上げ、ベッドの淵に座らせる。

 無論、奏も抵抗を示した。両腕をメチャクチャに振り回し、何度も一也の顔を叩くものの、如何に鍛えているとはいえ元の腕力は女性のもの。

 確かな技術に支えられているのならば兎も角、ただの腕力で一也をどうこうできる筈もない。

 

 ベッドに座らせられた奏は尚も怒りのまま暴れ回ろうとしたものの、相棒である翼に抑えられ、ようやく止まった。

 尤も、あくまでも止まっただけで落ち着いたわけではない。ふー、ふーと荒い呼吸を繰り返し、何とか自分を抑え込んでいる状態だ。

 

 一也もこの段階で気付いていた。

 奏が自分に対して怒っているのではなく、自分を通じて自分の背後にいる誰かに怒りを向けていることに。

 

 

「――――で、何これ?」

 

「 う る せ ぇ ! ! ! 」

 

「駄目だ、話にならない。大人方、説明よろしく! 賢くない奴でも分かりやすくな!」

 

「怒りだした奏を前にして平常運転とは大したものだよ、君は」

 

 

 弦十郎の辟易とした、それでいて一也に対して負い目を感じている消沈とした様子で呟いた。

 

 ライブ会場の惨劇が全ての原因であったが、事の始まりは一冊の週刊誌だった。

 その週刊誌に書かれていたのは、ライブ会場における惨状の被害と内容を正しく記していた。

 

 被害者総数は12874人、地震に匹敵する被害者数である。

 実際にノイズが殺害した人数は全体の1/3程度でしかなく、被害の殆どが将棋倒しによる圧死、逃走路を確保するために争った傷害致死。詰まる所、あの惨劇はほぼ人災と言っても差し支えない。

 そして、生き残った被害者には国庫から臨時の補償金が支払われた。何処でどう調べたのか。支払われた補償金の金額まで書かれた週刊誌は内容こそ真実が記されていた。

 

 ――が、内容を飾る言葉は、実に無責任で主観的なものだった。

 

 まるで読んだ人間の感情を煽るかのような装飾。これでは読者が生き残った被害者に対して悪感情を抱きかねない。

 事実として今現在、インターネット上では一連の事件でお祭り状態だ。

 そこで展開される持論の大半が“命を踏み躙って生き残り、あまつさえ税金まで受け取った卑劣な連中を許さない”というもの。

 

 あの日生き残った人々の中で、当て嵌まるのは極一部の人間だけ。

 それすらも死にたくないという人として当たり前の欲望に突き動かされた結果に過ぎない。許されるべきではないが、積極的かつ一概に罰せられるものでもない。

 けれど善良であったはずの一般市民は、最早誰が言い始めたかも分からない主張を正義とし、意見に流され、周囲に流され、ある種のムーブメントに乗るのと同じ形で生存者へのバッシングを開始していた。

 

 一般市民(彼ら)は決して認めないだろうが、憂さ晴らしとしての側面もあっただろう。

 ライブ会場での生存者は、世界に穿たれた孔だ。日々の中、どうにもならない理不尽や行き場を失った感情の廃棄場。

 思う存分に責め立てて、誰も何も言わないのならば迫害をしても良い相手同然。倫理も道理も正義もありはしないが、皆がやっているのなら自分もやっていい。

 そんな主体性のない考えが無意識の内にまかり通っている。

 

 仕方のないことだ。

 何せ、一般市民(彼ら)には大層な信念どころか、自分の考えすらあるかも怪しいのだ。

 周囲に流され、意見に流され、大声に流され、流れに流される空ろ舟。一人一人は善良でも数が揃うと途端に白痴と化す烏合の衆。

 日々を生き、家族を守り、自分自身のことだけで精一杯の彼らに、信念や確固たる自身の考えを求めるなど、正しくはないが酷以外の何者でもない。

 

 

「全ては我々の不徳とするところ。本来であれば、我々が止めなければならなかった事態だ」

 

「ほーん」

 

「その返事、やめろっつってんだろ!!」

 

「うるっせーなぁ、激情羽毛頭。カリカリすんな」

 

「あぁぁぁんだとぉぉぉーーーーーーー!!!」

 

「か、奏! 貴様も奏を煽るな!」

 

 

 手負いの獣の如く吼える奏を、翼が必死で抑える。

 翼が一也に対して妙に同情的で強く出てこないのは、この一件を知っていたからだろう。嫌いな相手にすら気に掛ける根は優しい少女だ。

 

 

「おっさん達の責任ねぇ。…………ああ、そういやあのライブ、裏でコソコソなんかやってたんだっけ? それが原因でノイズが現れたってんなら確かにその通りだわな」

 

「詳細は明かせないし、原因ではなく要因と思われるが、な」

 

「ふーん、難しくて何言ってっか、まるで分からねーけど。おっさん達が認めるなら、そうなんだろうな」

 

「そんなことはどうでもいいんだよ! 今あたしにとって重要なのは、お前が今どういう状態にあるかってことだ! この馬鹿!!」

 

「………………どゆこと?」

 

「今日、奏ちゃんに呼び出されたのは、君のためでもあるってことだよ」

 

 

 苦い表情――無論、自分の現状に対してではなく、一也の現状を思っての表情だ――で、朔也はそう言った。

 

 奏が暇潰し目的でたまたま週刊誌を買い、たまたま目を通した記事が、たまたま生存者に対するバッシングを非難する内容であったのが、この病室の実情を作り上げた。

 一度敵と定めた相手に何処までも苛烈になれる奏の性分は、二課全体に知れ渡っている。今ある仕事を投げ出してでも訪れなければ、何をしでかすか。

 

 

「何か、変わった点はありますか。“普段の生活”と大きく変わった点は?」

 

「変わった点ねぇ…………………………あー、まあ確かに、家に石投げられたり、張り紙されたな」

 

「……っ! お前、そんな目に合わされて、平気な面してんじゃねーよ!!」

 

「いやいや、それもう終わってるから。オレの方は何の問題もねぇよ」

 

「…………え? …………ヘアっ!?」

 

「ウルトラマン……?」

 

 

 一也の言葉が流石に予想外だったのだろう、奏は頓狂な声を上げる。

 それも当然だ。この手の狂乱は簡単には止まらない。川の濁流がそう簡単には止められないように、人が始めたものにも拘わらず人の手によって止めることはほぼ不可能。

 対処法は一つ。川の濁流が穏やかになるのを待つように、じっと蹲って耐えるしかない。

 

 しかないのだが、一也に限ってしまえば、その濁流は当に穏やかな流れに変わったらしい。

 どのような手段を使ったと言えば、川の流れを変えるのと同様、非常に強引な方法であった。

 

 尤も始めたのは一也ではなく、一也の友人達だ。

 たまたま一也の家に遊びに来ていた友人達は、たまたま一也の家や壁に張られた心ない誹謗中傷の張り紙を目にし、たまたま一也の家に石が投げ込まれるタイミングで上がっていた。

 当の本人は一切気にしない、事態に対して何の関心も示さない無関心さに呆れながらも、友人に対する謂れのない迫害を止めさせようと立ち上がったのである。

 

 まず実害の大きい石の投げ込みに対しては、ケチャップ、絵の具、ペンキなどのありとあらゆる赤い液体を用意。それらを混ぜ合わせ、血の色に極めて近い血糊のようなものを作った。

 そして、石が投げ込まれるタイミングで一也の頭に傷を負ったように塗りたくり、一也は演技と共に玄関を飛び出し、石を投げ込んだ張本人たちの前に倒れ込む。

 もうその時点で張本人たちは顔面蒼白だが、中から出てきた友人たちは思う存分に泣き喚き、怒り狂い、張本人を責め立てる演技をした。

 基本的に、石を投げ込むなどという短絡的な行為をするのは大抵が年齢層の低い子供たちだ。

 周りがやっているから。大人たちがやっているから。自身の行為が、どんな犯罪に繋がっているか分からないから。度胸試しのような側面もあるだろう。

 それを思う存分に思い知らせてやったのである。お前たちのやっている事は正しさに拘わらず、極めて危険な行為なのだ、と。

 

 この段階になると一也ももうノリノリだった。

 何せ、かつては悪戯小僧だ。こんなチャンスは滅多になく、こんなに人を驚かせて楽しいこともない。

 本当に、本当に運がない。但野 一也などという好きなように生きて、好きなように死ぬ、人生を楽しむことに一切手を抜かない男を、憂さ晴らしの対象にしようとして逆に娯楽を与えてしまった一般市民は。

 

 次に対象となったのは誹謗中傷の張り紙である。

 とは言え、これには流石の友人たちも頭を抱えた。やっているのが大の大人で、個人を特定し難い実に卑劣で頭の回る手段であり、受動的な行為では決して消え去らない。

 初めの内はやった本人を見つけ出し、詰問しようとしたが、如何せん彼らは学生で、何時までも一也の家に(たむろ)して待機するわけにもいかない。

 一也自身も、悪戯如きに学業を疎かにするのはよくないと乗り気ではなかったことも拍車をかけた。変なところでマジメな男である。

 

 受動的がダメなら、能動的に行こうと方針を転換。初めの一週間は情報収集に勤しんだ。

 一人ずつ交代で学校をサボタージュし、一也の家で何処の誰が張り紙をしているのか、写真と共に情報を集める。そして、その他諸々の準備を済ませた。

 

 決行は早朝だった。

 取った写真を元に、誰が何処に住んでいるかを調べ上げ、その“誰か”が多く暮らしている場所の中心地点に運良くあった公園で悪戯が始まった。

 準備を済ませた友人たちは公園に一也を一人残して、全力で“誰か”の家を中心に周囲の家を起こして回った。チャイムを何度も鳴らし、泣き声と共に戸を叩き、助けを求める。

 こんな朝早くから何事かと起こされた住人たちは友人たちの先導と助けの声に公園へと集まり、悲鳴を上げ、息を飲んだ。

 

 ――彼らが見た者は、一也の首吊り死体であった。

 

 無論、本物の首吊り死体であるわけがない。服の下にベストを着込み、そこに縄を巧く繋げて首ではなく脇の下に体重が掛かるように細工をしてあった。

 だが、ノリノリになった彼らは化粧で死人の顔色を再現。一也の股間を水で濡らし、足元に糞尿を垂れ流したかのようにする手の入れよう。また一也の死人の表情は完璧だった。

 足元には張り紙をしている“誰か”の写真がバラ撒かれ、友人たちと一緒にコピー用紙へと綴られたそれらしい恨み辛みの数々。そして、始まる友人たちの猿芝居。

 

 

『ひ、ひとなりぃ……どうして、どうしてだよぉ!』

 

『可笑しいと、思ったんだよ。いつもと、様子が、違うから……!』

 

『何で、何で俺達に相談してくれなかったんだ! そうすれば、俺達は……!』

 

『う、ぅぅ、ぐぅぅぅぅぅ……! あんたらの……、あんらたのせいだからな……! 全部、あんたらのせいだぁっ!!』

 

 

 一也の死体(死んでない)の前で泣き崩れ、思う存分に加害者たちを責める少年たち。因みに涙は流していなかったが、巧い具合にその他大勢に背を向けて誰も気づいていなかった。

 この時点で、一也と友人たちは心の中で大爆笑であった。声が震える演技も、半ば笑いを堪えるものに変化していた。

 

 が、友人たちすら予測しなかった思わぬアクシデントが起こった。責任の押し付け合いだ。

 加害者たちは一様に自分は悪くない、誰も止めなかった癖にと泣き叫ぶ。

 一也が何をされているか知っていながら何もしなかった者達は、自分たちは悪くないと謳うように加害者を責め立てる。

 唯一例外だったのは少数(マイノリティ)ながらも、自身の意見や考えを確と持ち、一也の境遇を改善しようと水面下で努力していた者達。

 彼らは冷静で、悲劇を止められなかった無力を嘆きながらも、醜い争いを続ける両者を止めようと必死だった。

 

 焦ったのは友人達である。ここまでの狂乱になるとは思ってもいなかったのだ。

 精々が罵り合いで終わるだろうと思っていたが、既に掴み合いにまで発展している。このままでは殴り合いになりかねない。既に大事だが、血が流れるのは本意ではない。

 友人達と正しい大人たちが狂乱を止めようと必死になっていたが、救急車とパトカーのサイレンが近づいてきてなお、誰も冷静さを取り戻すには至らなかった。

 

 更にアクシデントは続く。世の中、誰の思い通りにもならないという一也の言葉は、一也自身にも当て嵌まる言葉である。

 一也の身体を吊るした木の枝が体重に耐えかねて折れたのである。ドサリと音を立てて落ちる死体(死んでない)に、皆が凍り付いた。

 

 さて、困ったのは一也である。

 警察が到着した瞬間にネタ晴らしという流れであった。無論、悪戯に怒り狂った加害者たちから友人達の身を護るためだ。

 だが、パトカーのサイレンはまだ遠い。決して賢くない一也の選んだ選択は――

 

 

『う、げごぉ……ゆる、さな、い。この、うらみぃ、はらさでおくべきかぁぁぁぁぁ!』

 

 

 ――迫真の演技でありながら最低のアドリブであった。

 

 冷静だった正しい大人たちは一也を茫然と見た。一也が動き出した時点で全てではないにせよ、自殺などしていないことに気付いたのだろう。

 友人達は揃って片手で顔を覆い、最悪のタイミングでの最低のアドリブだと心の中で一也を罵った。

 

 狂乱したのは加害者や見て見ぬ振りをした者達。

 既に罪悪感で押し潰されかけ、責任逃れの罵り合いで白熱した脳髄にまともな判断など出来る筈もなく。

 目にしたものを目にしたもののまま脳が受け入れる。即ち、恨みを抱いた死人の復活、復讐に取りつかれた怨霊の出現である。

 

 まさに阿鼻叫喚であった。

 悲鳴は上がるわ、失神する者は現れるわ、酷い者など過呼吸で苦しむ羽目になるわ、ひきつけを起こす者まで出る始末。

 

 その直後、救急車とパトカーが到着するまでの間、住宅街は文字通り地獄の様相であった。

 

 

「久しぶりに楽しかったなぁ! 本当に楽しかった! 悪戯していいから全力でやったが、本気で楽しかったです!!」

 

『………………』

 

「流石にちょっとやり過ぎた感があるが……いやー、あっはっは!!」

 

 

 唖然。茫然。愕然。

 手の込んだ悪戯を聞いていた6人は、稀代の悪戯小僧とその友達の所業にただただ口をあんぐりと開けて驚くことしかできなかった。

 

 ちょっとどころではない。下手をすれば死人が出かねない事態だったはずだ。終わりよければ全て良しというが、笑って済ませていい事態でもないだろう。

 

 無論、騒ぎの後、警察から友人達はお説教を喰らい、一也はあえなく補導された。

 一也だけ補導されたのは事件の責任者を自分だと謳い、普段から補導され続けている故の、正に“普段の行いの差”である。

 

 そして、一也に対する謂れのない迫害はぱったりと止んだ。

 加害者達が反省した訳ではない。彼らの根底にあるのは、自分は悪くないという歪んだ価値観である。そんな人間が反省する筈もない。

 だが、気付いたのだ。やったらやり返されるという当然の道理。そこに正しさや恨み辛みなど必要なく、必要なのは行動力だけだ、と。

 

 まして一也のアレな性格。

 いくら正しいと思って起こした行動であっても、相手が何時までも報復を目論まないと何故言えるのか。

 いくら正しいと思って起こした行動であっても、相手が危険ではないと何故言えるのか。

 自分や家族の身を守りたいのであれば、本当の意味で正しい行動を起こすしかなく、そうでもなければ誰も守ってくれはしない。

 そんな当然の事柄をムリヤリに教え込まされたのである。

 

 警察も非は加害者側にこそあるというのは分かっていた故か、喧嘩両成敗ならぬ悪戯両成敗ということで逮捕者も出ていない。

 唯一、明確な罰――とは言え、同情もあって形だけのものであったが――を与えたのは補導された一也だけという、起こした悪戯に対しては随分と軽い処罰だった。

 

 

「それは何とも、……随分な、そのぉ、……荒療治、でしたね」

 

「緒川さん。この男相手に言葉など選ぶ必要ないと思います」

 

「つ、翼ちゃん。本当に一也君に容赦ないわね。……気持ちは、痛いほど分かるけど」

 

「……お、お前」

 

「まあ、何だ。前置きは長くなったが、今回みたいな件、どうにかするにはこれくらいしないとダメってことさ。最初の一歩が出遅れた時点で、もう誰にもどうにも出来ねぇよ、こんなもん。結局、自分の身は自分で守るしかねぇのさ」

 

 

 珍しいことに、今までの長い話は二課に対するフォローであり、奏を諫めるためのものだったらしい。

 

 二課の情報操作の甘さも確かにあっただろうが、こうなると一体誰が予測できよう。

 そもそも、弦十郎を筆頭に二課の面々は人々の善性を信じている。とても政府機関とは思えない理想主義者の集まりである。

 人々の善性を信じた故に引き起こされたのが今回の件であるというのなら、弦十郎達もまた被害者だ。理想を信じ、人々に裏切られたも同然なのだから。

 

 

「納得、しろってのか! こんな、こんな理不尽、あっていいはずがねぇ!」

 

「かもなぁ。で、お前に何が出来る。藤尭のにーさん、生存者の総数って実際いくつよ?」

 

「……99763人、それが無傷重傷問わずに帰ってこれた人たちの数だよ」

 

「ハ! 大した数字じゃねぇか。何だ、この人数を前にオレと同じことやるか? それとも今、そいつらを罵ってる連中を殴り倒すか? いいぜ、お前が頼むんなら付き合ってやる、とことんな」

 

「………………ッ」

 

「まあ、事が全部終わる前に周りが冷めるがな。こんなもん10年続けたって終わらねぇよ」

 

 

 一也は何処までも正しい。正しいが故に、何処までも残酷だった。

 お前には何も出来はしない。理不尽だろうが何だろうが、今は虐げられている人々と同じように蹲って耐えるしかない、と残酷に事実を突き付けている。

 

 

「無茶言ってるのは、分かってるさ。……あたしには納得出来ねぇよ」

 

「だーかーら、納得しようがしまいが出来ることなんてねぇっての」

 

「……でも!」

 

「図に乗るな。ノイズと戦えるなんぞ、その程度なんだぜ。その程度のガキでしかねぇのさ、お前も、オレも」

 

 

 結局のところ、どれだけ正しい怒りであろうとも、現実を如何にかする考えも手段もない以上、奏の言葉は何処まで行っても子供の我が儘でしかない。

 

 

「それにこんなもん珍しくもねぇだろ。大した理由もないのに苛められる奴らなんぞ掃いて捨てるほどいるぞ。今更、そんなもんに憤ったって遅すぎる。人類誕生した瞬間に憤らなきゃなぁ」

 

「………………」

 

「飲み込みたくねぇもん飲み込んで、腹壊してでも前に進めば上等上等。どいつもこいつも難しく事を考え過ぎだ。もっとシンプルに行こうぜ」

 

 

 世の不条理も、人の理不尽も鼻で笑いながら飲み下す開き直り具合。

 彼は人に期待を向けていない。だから、人を信じる弦十郎のように意気消沈していない。だから、奏のように怒りもしない。

 彼が人を蔑視するなどありえない。彼にしてみれば、どんな高尚な祈りも、どんな下劣な欲望も、突き詰めれば個人のやりたいことに過ぎず、大差などないと考えている。

 良くも悪くも他者を上にも下にも見ていないおらず、絶対的な基準が己が気に入るか気に入らないかに過ぎないからこその結論である。

 

 最早、生存者へのバッシングは止まらないだろう。

 自分は悪くない、という言葉を合言葉に、多くの無関心によって頂点は歪められてしまった。

 多数(マジョリティ)の暴力は、決して少数(マイノリティ)では静止させられない。

 

 いじめや迫害は生物における基本的な現象である。何も人間に限った話ではない。

 地球上に存在する多くの生き物がいじめや迫害を行っている。無論、人のように社会性や倫理観に根差した問題ではなく、本能に根差した話だ。

 より多くの子孫を残すための種の保存。より優秀な子孫を残すための命の摂理。

 生物(彼等)いじめや迫害(それ)に恥も憤りも覚えない。そもそも恥を覚える知恵はなく、憤りを覚える理由がない。

 

 だが、人は知性を以て、いじめや迫害を規定として『悪』と定めた。いずれ必ず根絶しなければならないものだ、と。

 けれど、いじめも迫害もなくならないのは、相互理解がどうのという下らない話故ではない。相互理解を果たしたところで、人の争いも迫害もなくなりはしない。

 人類誕生から数千年。人の認識は未だ幼く、円熟期を迎えていない。根本的に感情すら己で制御できないほど、精神的に幼子なのだから。

 

 もしこの一件が解決する方法があるというのなら、日本に住む全ての人々がある日突然、精神的に大人になる他ない。

 会話や相互理解でどうにかなるラインを既に超えている。そんな奇跡、神ならぬ身に叶えようはずもなく。

 ましてや、人類が数千年も繰り返してきた事柄がある日突然可能となるならば、それは奇跡などという清らかな切なる祈りではなく、洗脳に近い見るも悍ましい呪いだ。

 どう足掻いたところで、この問題は根気強く、我慢強く付き合っていくしかない。一人一人が真摯に受け止め、改善した果てにこそ、真の解決が現れるだろう。

 

 

「……クソ、クソ、クソォっ!!」

 

「拗ねてやがんの」

 

「拗ねてねぇよ!」

 

「どう見ても拗ねてます。本当にありがとうございました」

 

 

 言い返す言葉は奏に残されていなかった。もう顔を合わせるのも嫌だとベッドの中に潜り込んでしまう。

 一也は正しい。出来ないことは出来ないで済ますしかない。己の分を超えた領域に足を踏み入れれば、待っているのはどうしようもない悲劇と避けようのない破滅だけ。

 奏はより尊い。例え、何も出来ないとしても、その想いは人々の心をうつ。その尊さの前に人はゆっくりと変化を見せるだろう。

 

 だが、一也にしてみれば完全に奏の独り相撲である。

 どう考えたところで、この歪みは一人の人間が背負わせるようなものでもなければ、背負うべきものでもない。

 多くの人々が生み出した巨大な歪みは、一人一人が少しずつ分かち合い、正していかなければ嘘だろう。

 

 なので、一也にやる気など最初(ハナ)からないのである。

 彼がやるのは、精々が自分の手の届く範囲、自分に許された範囲の中での行為だけ。

 

 

「じゃあ話し合いはここまでだな。閉廷! 解散! 君らもう帰っていいよ!」

 

『………………』

 

 

 奏を諫めるのは己の役目。何処までも厳しく、何処までも容赦なく、何処までも残酷に現実を突きつける。嫌われることにも拒絶されることにも慣れ切っている方が最適だ。

 奏を支え、慰めるのは翼や二課の今まで彼女を支えてきた仲間の仕事。理想や願いを同じくし、時に支え、時に支えられ、何処までも無償で奏を肯定する。常に手を取り合うことを忘れない彼等こそが最適だ。

 一也にしてみれば最適の役割分担なのだが、その胸中を知らない者にしてみれば、好き放題言うだけ言って、フォローもない情け容赦のない男にしか見えない。

 

 二課の面々の冷たい視線を感じながらも、一切気にせずに病室を後にしようとする。

 扉に手をかけた時、ふと思い出したように足を止め、ベッドの中に隠れた声をかける。

 

 

「そうそう、奏、もし本気で足掻きてぇってんなら声かけろ。とことん付き合ってやるってのは、マジだから」

 

 

 やる気もない。どうにかなるとも思っていない。

 しかし、友人が何の迷いもなく時間を無駄にし、人生を棒に振る選択肢を選ぶというのなら、付き合うと(のたま)った。

 

 口調そのものは軽かったが、奏は知っている。何の意味も覚悟もなく、形だけの優しい言葉を吐くような男ではない、と。

 つまり、これは本気ということ。呆れた男である。時間を無駄にする結果にしかならないだろうが、友人の決めたことなら付き合うと何の迷いもなく決めている。

 

 奏はすす、と顔の上半分だけを布団から出し、一也の表情を見る。

 

 

「それはそれで楽しそうだしなぁ。10万人以上の人間に悪戯して回って、殴り倒すってのも面白そうだ」

 

 

 ニィィ、とかつてノイズに殴り掛かる時に見せた獰猛さそのものを形にした笑みを浮かべていた。

 

 

絶対(ぜってぇ)、お前には頼まねぇし、やらねぇよ、このバカ!」

 

「何だ、つまらん。じゃあ、今日は帰るわ。…………ちょっと、思い出したこともあるしな」

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「…………ふぃー」

 

「感心しないな。未成年の喫煙は」

 

「そういうの、カッコつけたい気持ちは分かるけど立派な法律違反だからな」

 

「時計の針がこっち側だったらダメで、あっち側だったらいいなんて、よく分かんねー話だと思うんだけどなぁ。普段それに甘えてるオレが言えた義理じゃねぇけど」

 

「分かっているなら話は速いですね。喫煙は身体への実害が大きいですから。今日のところは諦めてください」

 

「全く、ウチの男性陣は甘いんだから、こういうのは力尽くでも止めさせないと」

 

「…………あ、おい、友里さん、乱暴すぎじゃねーの?」

 

「言っても聞かない人間には、実力行使しかありません!」

 

「そりゃそうだ」

 

 

 中庭のベンチで学生服で堂々と煙草を吹かす一也の前に現れたのは、二課の大人たちだった。奏への慰めやフォローが終わったのだろう。

 

 自分たちにもそういった時代があったのだろうか、それとも男としての共感故にか、彼らの喫煙する一也への対応は甘いと言わざるを得ない。

 それを見かねたあおいは、咥えていた煙草をムリヤリ奪い取ったのだが、一也は大人の言い分を認めながらも、胸ポケットから二本目を取り出し、火をつけようとする。

 

 それをあおいは目だけは全く笑っていない笑みを浮かべながら奪い取る。

 一也は気にした様子もなく次の一本を咥え始める。

 

 そんなやり取りを数度繰り返したところで―― 

 

 

「いい加減にしなさぁぁぁぁい!!」

 

「チハヤッ!? まさかのマジビンタだよ! 気がつえーなこのねーちゃん、こ、こえー」

 

「と言いつつ、次の煙草に手をかけない! あー、もう! 緒川さん、手錠貸してください手錠!」

 

「い、いや、それはやり過ぎでは……」

 

「いいから! 早く!」

 

「………………はい」

 

「男の立場ってさ、何処行っても割と弱いよね」

 

「まあなぁ。こういうの見ると結婚したくなくなるな」

 

「……お前たち、言いたい放題だな」

 

「そこ! うるさい!」

 

 

 ガチャリ、と両の手首を拘束する手錠を眺めながらも笑みを浮かべる一也。

 

 

「ふっ、だが甘いぜ、あおいさんよぉ。ふんがぁっ!」

 

「ちょ、君、なにやってんのぉ!?」

 

 

 一也は両腕を拘束されたまま身体をくの字に折り曲げ、思い切り頭を地面に叩きつける。

 その衝撃で胸ポケットから落ちてきた新品の一本を口でキャッチするとそのまま地面に寝転んで、叩き落とされた煙草から火を移して吸い出した。

 

 

「ぷはー、超うめぇぇ」

 

「そこまでして吸いたい?! ちょっとした曲芸よ、今の!!」

 

「いや、そこまででも。ただ、ちょっとムキになっちゃってね」

 

 

 冗談であおいを辟易とさせながらも、ぺっと吐いたタバコを踏み消して回ると吸殻を全てポケットに入れる。

 そこで気が済んだのか。手錠をかけられたまま、どっかとベンチに腰を下ろした。

 

 

「で、何か用? アンタらに目をつけられるような真似、した覚えないけど?」

 

「いや、単純に世間話だ。それに礼もいいたくてな」

 

「世間話なら奏の見舞いでツラを合わせりゃしてるだろ、おっさん。世間話だ礼だのより仕事しろ仕事。大人の責任だろ?」

 

「まあ、そうは言ってもさ。偶には息抜きも必要だろ? 奏ちゃんに呼び出された時は肝が冷えたけど、何とか収まって安心したよ」

 

「申し訳ありません。我々の立場上、口が裂けても言えないところを言って頂いて助かりました。どうぞ」

 

「こりゃどうも。別に礼を言われるほどのことじゃない。あんな開き直ったこと言えるの、一般人のオレだけだろ」

 

((((…………これで一般人のつもりなのか))))

 

 

 何時の間にか人数分の缶コーヒーを買ってきた緒川は全員に配り、手錠を外すとちょっとした世間話に花を咲く。

 元々高いコミュニケーション能力と友人に対する真摯さも相まってか、二課の面々が抱いた一也の悪印象はほぼ払拭されている。

 一也は一也で二課の面々に思うところも特にないらしく、こうした会話を続けていくうちに、次第に健全な関係を築いていた。

 

 

「でも、意外と言えば意外よね」

 

「……? 何がよ、友里さん」

 

「いや、だって、ねぇ。君、気に入らない相手にはノイズだろうと向かっていくでしょう?」

 

「それが……?」

 

「確かに印象が違うよな。正直、あの週刊誌の件で青くなったんだぜ? 君が、もう既に誰か殴り倒してるんじゃないかって」

 

 

 一也が普段から遠慮も容赦もない言動をしているからか、あおいと朔也もまた歯に布着せない言動だった。

 二人の言動に弦十郎は苦笑と共に缶コーヒーを煽り、緒川は神妙そうな面持ちで地面に視線を落としている。

 失礼とも取れる二人の言葉に、僅かに困ったような表情で頭を掻いていた。

 

 

「いや、何て言うかなぁ。そんなに怒るほどのことじゃねぇって言うかさぁ。窓ガラス割られんのは勘弁だけど」

 

「いやいやいや、可笑しいだろ、それ」

 

「そうよ。あんな心のない誹謗中傷、誰だって傷つくし、怒るでしょ」

 

 

 あの話の中での疑問点は、そこだ。

 仕掛けた悪戯は発案から計画内容、実行の殆どが友人達によるもので、一也がそこに乗る形だった。

 そこには面白そうだとか、楽しそうだとか正の感情――悪戯などにそんな感情を抱いていいかは別として――ばかりで、負の感情が一切語られていない。

 

 一也はライブ会場の惨劇時には正と負の感情を剥き出しに、奏を殴り、ノイズに殴り掛かろうとした。

 そんな人間の正の感情ばかりが語られれば、負の感情は意図的に伏せられたと想像するのが普通だろう。

 

 

「いやいや、ほんとに何とも思ってないんだよなぁ。あー、暇なことしてる奴がいるなぁとか、周りくどいやり方だなとかは思ったが、悲しくなったり腹立ったりはしなかったな」

 

「……冗談でしょう?」

 

「……冗談、だよな?」

 

「ガチもガチだよ、しょうもない嘘ついてどうすんの。…………実際さ、悪口なんぞ言われて痛いのかぁ?」

 

 

 二人が――と言うよりかは、奏や二課の面々が自分の何を心配しているのか全く理解できない様子で、自分が不特定多数の顔のない加害者たちに負の感情を抱かなかった最大の理由を口にした。

 

 鋼の精神性(メンタリティ)は奏の余命幾許もない状態であると伝えたおり、まざまざと見せつけられていたが、そして今度はこの最強の面の皮である。

 この男の面で防具を作れば、聖遺物に勝る最強の守りになるだろう。思わず、そう確信してしまうほどの面の皮の厚さだ。

 

 あれ程の誹謗中傷を前にして、お前なんて死ねばよかったんだという大合唱を、一也は全く意に介していない。

 元より人の話を聞かない男ではあるが、ここまでくると怖れればいいのか、感心すればいいのか、呆れればいいのか。正直、反応に困る。

 

 

「いや、だってさ。オレのことを本気で心配してたり、本気で嫌ってりゃよ、一人でも言いたいこと言いに来るだろ。風鳴とかがいい例でさ」

 

「し、心配はともかく、嫌うのはどうかと思いますが。……翼さんの件に関しては――」

 

「ああ、いいよ。緒川さんがフォローしてくれなくても。あの小娘はオレを嫌ってるけど、オレはそんなに嫌いじゃない。奴の芯には根性がある。根性がある奴は好きだ。だからそんなに心配しなくてもいいさ。さして楽しくはねぇけどな」

 

「手を上げるのは止めておけよ。痛い目を見るのは一也君、君の方だぞ。……それで、続きは?」

 

「悪口言うのも殴るのも誰かがいなけりゃ出来もしねぇ連中の言葉なんぞ、上っ面だけでしょ。一々真面目に受け取ってたらキリがねぇよ。それに悪口言われても全然痛くないし、オレ。そもそも気にかけるようなことかなぁ?」

 

 

 不特定多数。民衆という群れ。弱さを盾にした傲慢な弱者たち。正しさを振りかざす偽りの強者たち。

 この男はそういった群体や総体に思いなど巡らせない。思いを巡らせるものはあくまでも個人でしかない。

 本能的に知っているのだろう。人間は数が揃えば、途端に烏合の衆と化すことを。そこでは一人一人の思いが薄くなり、正体の分からない総意という心理が全てになる。

 好きなように生きて、好きなように死ぬ一也には、尤も相容れない。

 反して、個人に対してはその限りではない。己の思いが第一であるが、他者の真摯な思いであれば笑いもしなければ否定もしない。常に噛みついてくる翼に対しても悪印象を抱いていないのは、そういう理由だ。

 

 

「全く、君は良くも悪くも強いな。此方としては驚くばかりだよ」

 

「はっはっは。生まれてこの方、こんなんなんでオレ」

 

「――だが、必要であれば大人を頼れ。いくら強くても君は子供だ。奏の友人であるのなら、個人的にではあるが出来うる限り君に手を貸そう」

 

「余計な世話だよ、おっさん。オレは奏や風鳴みてーに溜め込むタイプじゃねぇしな。出来ないことは出来ないでいいと思ってるし、頼る時は素直に頼る」

 

 

 奏の様子は一也と再会してから険しさがなくなり、精神的な安定が見て取れた。

 今日は取り乱してはいたものの、普段の態度に無理や取り繕ったさまはなくなり、年相応の少女のようだ。

 装者として好ましい状態ではないだろうが、一人の大人として、保護者として、弦十郎自身には僥倖以外の何物でもない。

 今まで誰にも出来なかった奏の過去も悲哀も能力すら関係のない、対等の友人としての付き合い。今まで気を張り続けていた奏には、間違いなく救いだったろう。

 なればこそ、奏の友人たる一也には、自分に許される範囲で弦十郎も協力を惜しむつもりはない。

 

 ――と、その時、一也の携帯が着信を伝えた。

 

 視線だけで中座を知らせると、一也はベンチから離れて電話を取る。

 

 

「もしもし。あー、オレ。なに、もう? 流石。じゃあ、今から行くわ。おう、ついでに吉時にも飯奢るから連れてきてくれ、モチお前にもな。じゃあ、後でな」

 

「急用ですか……?」

 

「そんなとこ。勝手で悪いね、コーヒーご馳走さん。んじゃ、また」

 

「待って、一也君。奏ちゃんのことだけど……」

 

「わーってるよ、友里さん。2、3日したらまた顔出すさ。そうすりゃちったぁ頭も冷えてるだろ」

 

 

 一也は片手を上げて挨拶を済ませると足早に去っていく。その歩調に迷いはない。

 二課の面々は遠ざかっていく背中を見送り、一時の休息に身を委ねる。問題と心配事は片付いた。あとは自身の仕事を全うするために、この休憩の後に気合をいれるだけである。

 

 そんな中、緒川だけが一也の消えていった方向に視線を向けていた。

 視線に込められていたのは、紛れもない一也に対する心配と不安。ただ、その心配と不安に込められた意味を知る者は、彼のみをおいて他に存在しなかった。

 




というわけで悪戯回でした。主人公の色々なアレっぷりがとてもよく分かる回でしょう。
シンフォギアは色々と迷いやトラウマスイッチが多いキャラが多いので主人公はブレないキャラを目指しています。

それから主人公と友人が仕掛けた悪戯ですが、ぶっちゃけこれぐらいやって危ない奴等だと認識させなきゃ止まらないと思ったので。
こんなん攻撃どころか、マトモな人間は近寄りたがらんわ。
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