戦姫絶唱シンフォギア  Ace of Fist   作:HANK1989

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前回までのあらすじ


未来『響は私のせいで、どうやって、どうすれば……ブツブツ』

一也『なんやこいつアカン』

響『但野さんが未来にドン引きしてる!?』

一也「――ということがあったわけだが」

奏「お前が、ドン引き……だと……?」

一也「お前ら人の事なんだと思ってんですかねぇ」


了子「黄金の射手マジぶっ殺す(マジギレ)」

???「好きにしろ、貴様に出来るものならな(強者の余裕)」


大体、こんな感じの前回


第9話 『二年の歳月』

 

 

 黒塗りの鉄騎(バイク)が、朝日に染め上げられた街を駆ける。

 バイクの車種はVMAX。1985年に発売されながら、未だに根強い人気を誇る和製アメリカンバイクの傑作だ。

 

 乗っているのは学生服の但野 一也だ。

 18になったのを良い事に校則を無視して、大型自動二輪の限定解除試験を合格した。そもそも大型だろうが中型だろうが、桜ヶ丘高校では取得は禁止されている。

 とは言え、学校側も制御不可能な生徒であるものの、類稀な才能()()()認めているらしく、停学も退学も言い渡せずにいた。

 彼としても、バイト代を溜めに溜めて買った念願のバイクらしく、妙に機嫌がいい。口笛まで吹いている有り様だ。

 

 ジェットタイプのヘルメット被り、自由気侭に重低音を響かせて街を行く。

 

 ライブ会場の一件から既に2年の時が流れた。

 一也の生活にも、人生にもこれといった変化はない。何時ものように学校に通い、何時ものようにバイトで汗を流し、何時ものように人生を楽しんでいる。

 奏のリハビリを見守り、会話を交わすことも。

 翼と顔を合わせ、警戒と罵倒を浴びせられることも。

 響と未来を学校という檻から連れ出し、時折遊びに行くことも。

 この二年で、すっかり日常となった。尤も、彼にしてみればその程度のことは変化に値しないらしい。新たな出会いも再会も、彼には当たり前のことなのだ。

 

 そして、上機嫌の理由がもう一つ。

 

 

 ――――今日は、友人の門出の日だ。

 

 

「よ! おはよーさん!」

 

「おう、おはよー。良い朝だな。ようこそ新しい人生、さよなら古い人生ってか?」

 

「なんだそりゃ。言いたいことは分かるけど、なんかズレてんぞ」

 

 

 待ち合わせ場所で待っていたのは、奏だった。

 活発な彼女にしては珍しいパンツスーツ姿。スキッパータイプのシャツに、黒い上下とまるで入社したてのOLのようだ。

 

 結論から言おう。奏は、装者ではなくなった。

 懸命なリハビリにも拘わらず、戻ったのは両脚だけで人々を魅了した彼女の歌声は戻らなかった。

 精神的な問題なのか、それとも人類には到達し得ぬ人体の真理故なのか。理由は定かではない。

 

 弦十郎を始めとする二課の面々は戦力を失い、彼女の歌を奪ったと落胆し、同時に二度と戦わせずに済むと安堵した。

 

 奏は周囲の人々とは違い、落胆の色は決して見せず、ただ悲し気に笑うだけで、その時、既に別のものを見ていた。

 それが自らの(きぼう)であった歌を、人に聞かせるのではなく、人に教える道だった。

 かつて一也が歌えなくなった時にどうするかと問われ、無茶も無理もせずにきちんと考えると語った通りの道を選んだのだ。

 

 そして、ノイズに立ち向かう者としてもまた同様。

 歌声以外は何不自由のない身体に戻った奏は、二課の元を去った。装者でもないのに皆に迷惑はかけられない、と。

 皆一様に引き止めたものの、彼女の意志は固く、最終的には弦十郎や翼ですら押し切られる形で、自活を始めた。

 高校を卒業していない彼女にはとても明るい未来などない――筈であったが、一也のアルバイトの紹介やお節介な大人の助けもあって、どうにかこうにか生活は出来た。

 その傍らで、必死の勉学に励んだ。それは音楽だけではなく情報処理――オペレーターとしての技能も含まれる。

 

 そう、装者として戦えなくとも、ノイズに立ち向かうことは可能だ。

 

 一年間必死に、直向きに学び続け、先日ついにあおいと朔也の太鼓判を押される形で、オペレーターとして二課に舞い戻った。

 

 表向きには、私立リディアン音楽院高等科の音楽科の特別講師として。

 裏の素顔は、特異災害対策起動部二課のオペレーターとして。

 

 本日この時より、奏の新たな人生が始まろうとしていた。

 

 

「お客さん、どちらまで?」

 

「リディアンだよリディアン。分かってんだろうが」

 

「つれねー女だ。初日からサボるってのもインパクト強くて面白いと思うんだがなぁ」

 

「ふざけんな。あたしはお前と違って真面目なんだよ」

 

「何言ってんだ、オレだって真面目だぞ? 真面目に不真面目やってんだ」

 

「性質悪っ!! ……ほら、もう漫才はいいから行こうぜ。リディアンは寮があるから交通の便が微妙に悪いんだよなぁ」

 

「…………あれ? お前、住む場所変わるっけ?」

 

「変わらないけど。基本はここに住む」

 

「…………おい。おい」

 

「つ~訳で送り迎えよろしくな、アッシー君?」

 

「ふざけんな、と言いたいとこだが、そこまで成長したのを見せつけられちゃ、こっちも手を貸したくなるってもんだ。いいぜ、付き合ってやるよ」

 

 

 素直に他人を頼るようになった奏に、ヘルメットの下で生暖かい笑みを浮かべながら了承を示した。

 一也はハーフタイプのヘルメットを投げて渡し、バイクの後部を親指で指差して乗れと促す。

 

 奏は、にっと笑みを浮かべるとヘルメットを被るとバイクに跨ると一也の腰に両手をしっかりと回した。

 

 

「お客様、どうか振り落とされないようにお願いします」

 

「運転手さん? 人の命を預かってることを忘れていませんか?」

 

 

 互いに軽口を叩き合うとVMAXは重く低いエンジン音を響かせると、再び疾走を開始した。

 

 奏の住まいからリディアンまではバイクで15分ほどの距離にある。

 徒歩や自転車では遠く、かと言って免許を取得して原付や自動車を買うには近すぎる。

 そもそも奏の生活はカツカツだ。これからは変わってくるのだろうが、先行投資に継ぎ込む余裕はなく、これからは免許取得の時間が無くなるだろう。

 

 

「ほらよ、到着だぞ、と」

 

「悪いな、色々と手続きがあるからもう行くよ。礼は――給料が入ってからだな」

 

「安心しろよ、初めから期待してねぇ」

 

「ひっでぇの。じゃあ、行ってきます」

 

「おう、いってらっしゃい。気張れよ」

 

「あいよ。お前は学校サボんなよ?」

 

「ああ、気が向いたら行くさ」

 

 

 奏はやれやれとばかりに首を振り、それでも笑みを浮かべながら校門へと向かっていく。

 かつて皆上山で見た絶望に塗りつぶされた顔でも、以前病院で見た死の恐怖に怯えた表情でもない、悔いや未練を飲み込んで前に進む者の表情を一也は対照的な無表情で見送った。

 

 リディアンは海を臨む高台に建てられた音楽学校だ。当然、校舎内からも、通学路からも、学生寮からも海を一望できる。 

 一也は路肩に愛車を止めてもたれ掛ると、海を眺めながら一服をしだした。

 

 朝日を反射させながら揺らめく春の海。吹き付ける緩やかな潮風は、何処までも穏やかだ。

 彼は何処までも無表情だったが、目の前の光景を静かに楽しんでいる。

 一也は奏にほんの小さな、ほんの些細な幸せや喜び、楽しみだけで、人は十分生きていけると笑った。

 日本特有の四季折々の変化。時間帯によって表情を変える景色。彼にとって、それを見るだけでも生きていくに値する理由のようだ。

 

 時間はゆっくりと過ぎ、次第にリディアンに登校する生徒達がちらほらと現れ始めた。

 生徒達は一也の姿を見つけると、ヒソヒソと何事か言葉を交わし、或いは不審と警戒の目を向けた。

 当然である。リディアンは分類的には女子高だ。見知らぬ他校の男子生徒が居れば警戒する。ましてや柄の悪そうな人種であれば尚の事。

 

 一也は一也で相変わらず気にした様子はない。

 他人の目を気にするような男なら、この男の人生は当の昔に幕を閉じている。

 

 

「あれ……? 一也さん?」

 

「あ、ホントだ! 一也さーん、おはようございまーす!」

 

「ん? おう、おはようさん」

 

 

 声をかけてきたのは、不良そのものの彼には似つかわしくない可憐な少女二人。

 二年前とは異なるリディアンの制服を身に着けた響と未来だ。身長も伸び、ぐっと大人に近づいている。

 二人もまた今年の春に中学を卒業し、高校に入学した。共に実家を離れ、寮からリディアンに通っている。

 

 この二年間で、一也は二人とも繋がりを深めていた。

 

 結局、響の中学校に一也が向かった一件以降も、イジメも迫害もなくならなかった。

 一也があの場での抑止力になったとしても、常日頃から響に連れ添う訳にも、つもりもない。

 寧ろ、逆効果であったかもしれない。イジメはエスカレートしていったからだ。

 自らの無責任な行動が一也を招いたというのに、結局、主犯達は響が一也を連れてきたと都合のいい責任転換をした。

 

 イジメは響のみならず、響を庇う未来にまで手を伸び始めた。

 加害者達が決定的な、最後の一線を越えなかったのは、強烈な印象を焼き付けた一也のお陰であったのか。傍迷惑なのか、ありがたいのか、どうにも判断し辛い男である。

 

 ともあれ、二人は決して心ない行為に決して屈しなかった。

 互いに支えあい、響は未来の心を太陽として照らし、未来は響の心を陽だまりとして癒した。

 

 一也も己の行為が救済に繋がらないことは理解していたのだろう。決して知らぬ存ぜぬを通さなかった。

 朝、二人が学校に登校するのを待ち構え、首根っこを捕まえて、遊びに連れて行ったのである。

 山へ、川へ、海へ。ありとあらゆる場所へと連れ出した。二人の心が傷つき、疲れ果て倒れそうになると、決まって一也は校門の前で立っており、拉致同然に連れ去った。 

 

 山へ行けば、山を登り、山頂で景色を眺める。キャンプ場で飯盒で米を炊き、カレーを作ったこともあった。

 川へ行けば、制服のまま川へ入り、水浴びをして遊んだ。調子に乗った一也が深みに嵌り、溺れかけたりもした。

 海に行けば、持ってきた竿を握り、雲と波を眺めながら釣りを楽しむ。釣った魚は一也がその場で調理をして舌鼓を打つ。

 

 元は田舎出身の野生児だけあって、自然の中で遊ぶ知識に関して、二人とは比較にならない。

 

 実際に一也が取った手段は、決して悪手ではない。

 確かに学校は子供に教育を施す必要な機関だ。けれど、イジメられてまで行く場所でもない。

 結局の所、学校など小さな閉じた世界に過ぎない。そんな檻の中で過ごすよりも、小さな価値観だけでしか判断が出来ない人間になる。

 周りの全てが自分を責めるから、きっと悪いのは自分なんだろう。そんな考えに至ってしまえば、最悪の結果しか残らない。

 だから、一也は小さな閉じた世界から、大きな広い世界へと二人を連れ出した。

 

 よく笑い、よく楽しみ、よく驚き、よく振り回される。

 自身に振り抱るイジメがちっぽけに思えるほどの体験は、二人にとって紛れもない安らぎになった。

 その安らぎと互いの存在を支えとし、二人は地獄の中学生活を乗り切ったのである。

 

 

「もしかして、また遊びに連れて行ってくれるんですか?」

 

「ちょっと響、入学したばかりなんだから、そういうわけにもいかないでしょ。もう前みたいなことにはなっていないんだし」

 

「いやぁ、そうなんだけどさぁ。未来は一也さんと遊ぶの楽しくない?」

 

「楽しいよ? でも、それとこれとは話が別。お休みの日でもいいでしょ?」

 

「そいつぁ残念だな。今日は学校に行く気分じゃなくなった。どっか行くのも悪くねぇ気分だったんだがな」

 

「ダメです! 響も私も、一也さんみたいに何処に放り出されても生きていけるほど、強くないんですから」

 

「そうかぁ? お前らも大概だと思うけどな。立花なんぞ趣味が人助けじゃねぇか。頭おかしいんじゃねぇの?」

 

「……酷っ!?」

 

 

 和気藹々とした朗らかな雰囲気で会話を交わす二人と一人に、登校する生徒達は怪訝な表情で視線を向けていた。

 明らかに素行の良さそうな生徒と明らかに素行が悪そうな他校生。何処からどう見ても噛み合う筈もないにも拘らず、驚くほど噛み合っている様は不思議以外の何物でもない。

 

 

「あ、そろそろチャイムの時間……」

 

「あちゃあ、話し過ぎちゃった。じゃあ、一也さん、また今度!」

 

「おう。……ああ、そうだ。立花、小日向、あんまり悩み過ぎるなよ。じゃあな」

 

 

 一也の言葉が突然過ぎたのだろう。

 響と未来は顔を見合わせながらも、はいと応えたが、それ以上反応できずに校門に向かって走っていった。

 

 一也は何か思う所があるのか、暫らくの間、遠ざかっていく背中を見送っていた。

 

 

(詳しい話は聞いちゃいないが、奏が働くことになった学校におっさんが関わってねぇとは思えねぇよなぁ。それにあの全身タイツに変身した時、奏の奴、歌ってたし。歌に、音楽学校ねぇ…………碌でもないことにならにゃいいが)

 

 

 勘と経験から導き出された答えだったものの、殆ど情報が手元にない状態で此処まで真に迫れるのだから大したものだ。

 珍しく色々と考えていた一也であったが、それ以上苦手な作業をするつもりはないらしく、敢えて考えないことにしてバイクに跨った。

 

 

「悪趣味なバイクだ。貴様らしく品がない」

 

 

 エンジンをかけるためにキーを回そうとした瞬間、そんな言葉を投げかけられる。

 

 見れば、リディアンの制服で身を包んだ翼が冷たい視線を向けていた。

 彼と彼女の関係に変化はない。翼が一方的に一也を嫌い、一也は翼に歩み寄ろうともしていないが相手にしない訳でもない。

 

 片ややりたい放題好き放題の不良に、片や日本のトップアーティスト。誰がどう見た所で釣り合いも取れていなければ、関係性も理解できない。

 何から何まで噛み合わない二人であったものの、奏という繋がりによって縁が断たれることはなかった。

 

 

「……開口一番それとか、人としてどうかと思うわ」

 

「貴様にだけは言われたくない」

 

 

 尤もと言えば尤もな台詞に、一也は肩を竦めるだけで否定はしない。

 自分の破天荒ぶりは自覚があるようだ。自覚があるだけで改善しようとは欠片も思っていない辺りが実に彼らしいが。

 

 

「折角だ。じゃあ、教えてくれよ。品のあるバイクってどんなん?」

 

「……そ、それはだな」

 

「お前さ、もしかしてオレを貶す為にバイク引き合いに出したのか? いや、オレを貶すだけなら好きにすりゃいいけどよ。オレ以外にもコレ好きで乗ってる奴もいるからな?」

 

 

 ぐうの音も出ない正論、という奴だった。

 

 そもそも、バイクなど現代社会においては趣味の一品以外の何物でもない。

 バイクよりも速い乗り物も、バイクよりも安全な乗り物も、バイクよりも安価な乗り物も、巷には腐るほど溢れている。

 他の乗り物と比べた時のメリットなど、精々が渋滞に嵌らない程度で、それ以外はデメリットしかないだろう。

 そんなものに乗っているのだから乗り手は相当な物好きであり、趣味性が極端に強い。他人の趣味に口を挟むなぞ、それこそ悪趣味というものだ。

 

 

「……ぐぬぬ」

 

「因みに、お前どんなん乗ってんの?」

 

「何故、貴様に教えねばならない」

 

「世間話も出来ねーのかよ。他人とコミュニケーションどうやって取ってんだ、お前。奏ですら泣くぞ」

 

「か、奏は関係ないだろう!」

 

「いや、奏はお前の保護者みたいなもんじゃねぇか」

 

 

 奏が泣くや奏も泣くではなく、ですらという辺りが酷い。

 翼も翼である。こうも冷たく接するのは一也くらいものだろうが、生来のコミュニケーション能力が極めて低いのもまた事実。

 数多くの他者と接触することで培われる能力なのだが、その辺りを翼は理解しておらず、また必要ないと断じている。何故なら、彼女は剣であるが故に。

 

 奏の名を出された故、翼はそれ以上言い返せない。それ程まで奏は翼の支えなのだ。

 

 響と未来。彼女等二人も歪と言えば歪な関係だ。互いが居なければ生きていけないほどに依存しきっている。

 一也はそれに気づきながら、関係性に何一つ口を出さない。歪ではあるものの歪なりの秩序があったからだ。

 何よりもこの二年で二人は人として成長していた。何時か必ず、歪な関係は二人の成長に準じて健全な関係に戻っていくと確信していた。 

 

 だが、奏と翼に関しては別だ。

 奏は翼に依存していない。彼女は彼女なりの努力と研鑽で自分の道を自分の足で邁進して、前だけを見ている。

 対して翼は自分の道を進んではいるのだが、心はかつてと同じようにその場で蹲っているも同然だった。

 心と生き様に齟齬がある。奏との間に齟齬がある。その齟齬が、奏と翼に予期せぬ良からぬ結果を招くのは明白であった。

 

 

「参考程度に教えてくれよ。これ、何処から改造すればいいと思う?」

 

「軽量化でもしていろ!」

 

「軽量化ね。やっぱ基本はそれだよなぁ。やってみっか」

 

「……おい。おい、本気か? VMAXだぞ?」

 

「だからぁ? あとはVブーストもフルタイムに変えるかねぇ」

 

「そんな元から暴れ馬みたいなバイクを――」

 

「あんがとよ。じゃあなー」

 

「ああ、もう! 本当に話を聞かない男だな! どうなっても私は知らないぞ!」

 

 

 軽量化は、バイクのみならず、その他の乗り物であっても鉄板の改造(カスタム)である。

 車重が軽くなればなるほど、エンジンが生み出すパワーは加速にも最高速にも繋がっていく。

 だが、無理な軽量化は車体のバランスを崩す。バイク好きや車好きであっても、それほど無理な軽量化は施さない。誰も操縦不能(スピン)事故(クラッシュ)など望んでいない。

 

 ましてや、あのVMAXである。発売当初、そのスペックから化け物と呼ばれた。

 Vブーストと呼ばれるVMAXだけに搭載された機構は、爆発的な加速を生み出す。フルスロットルにするだけで相当な勇気が必要だ。

 ましてこのVMAX、曲がらない、止まらない、車体剛性が低い、おまけに燃費も悪いと欠点だらけだ。

 欠点を上回る魅力を有しているのは事実であるが、とても速く走るためのバイクではなく、寧ろ運転を楽しむバイクというのが、バイク乗りの認識だろう。

 

 そんなMAXを軽量化。

 まともな人間なら考えただけでゾっとする。暴れ馬が更に暴れるようなものだ。そんな者に乗りたがるのは、命知らずだけだろう。

 けれど、一也が聞く耳など持つ筈もなく、エンジンを始動させると見事なアクセルターンを見せて、さっさと発進してしまう。

 

 翼はそんな彼に怒りと焦りを覚えたものの、声が届く筈もなく、虚しく響くだけだった。

 

 

(風鳴までいる時点で普通の学校じゃねぇよなぁ。立花、可笑しなことにならなきゃいいが……)

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「あうぅ、また怒られちゃった」

 

「響が悪いんだよ? 授業中に寝ちゃうから」

 

「レポートが、レポートが終わらないのが悪いんだ!」

 

「いやいやビッキー、普段からコツコツやらないから終わらないんだって」

 

「勉強が苦手なのは分かりますけど、やらない言い訳にはなりませんよ?」

 

「それにあれだけ堂々と寝るなんて、アニメじゃないんだから。あんなの誰だって怒るわよ」

 

 

 普段の教室から音楽室へと移動の最中、二限目の失態を嘆く響であったが、返ってきたのは友人達からの熱い正論であった。

 正論故に言い返せる筈もなく、響はとほほと涙を流しながらガックリと肩を落とす。

 その様子に一同は呆れたように溜め息をつくばかり。入学から何度となく見てきた光景だからだ。

 

 ショートヘアのボーイッシュ風の少女は安藤 創世。

 金髪のロングヘアにお嬢様然とした少女は寺島 詩織。

 他の四人に比べても幼く見えるツインテールの少女は板場 弓美。

 

 二人がリディアンに入学してから出来た新たな友人だった。大抵はこの五人で登校時も放課後も行動を共にする。

 

 

「それより知ってる? 新しい音楽の先生が来るんだって」

 

「この時期に? 確かに四月ですけど、普通は新学期に合わせるものじゃ……」

 

「教師じゃなくて特別講師なんじゃないかな。学院から要請があって講義しにきてくれる、みたいな」

 

 

 リディアンは専門性の強い音楽の学院だ。

 通常はカリキュラムの中に音楽科を設けるが、此処はまず音楽教科各種を中心に据え置き、そこに一般教科を組み込むスタイルを取っている。 

 声楽器楽のみならず、タレントコースも特設されており、専門性が強く、個別の教師が必要になってくる。

 しかし、それぞれの分野のエキスパートが都合良く教員免許を持っている筈もなく、特別講師と言う形で学院に招いている。

 

 他の生徒達も今日から来る講師の噂を聞いているのだろう。音楽室はザワつきが収まらない。

 噂に対する興味と講師に対する期待が渦巻き、生徒達が思い思いの想像を巡らせていると担任の教師が入ってきた。

 

 そこでピタリとザワつきが止んだ。(みな)、根が真面目な証だ。

 しかし、入ってきたのは担任だけで、特別講師の姿は見受けられない。声にこそ落胆の色は見せなかったものの、態度には表れていた。

 

 担任は生徒達の素直な態度に、真っ直ぐ育ってくれているという安堵を覚え、正直過ぎる性格に辟易した。

 

 

「皆さんももう知っているかもしれませんが、今日から声楽を教えてくれる特別講師が来てくれました。天羽さん?」

 

「は、はーい」

 

 

 若干、緊張した様子で音楽室の扉を開き、入ってきたのは誰あろう奏である。

 10万人規模のライブを行っておいて、数十人単位の教室に足を踏み入れるのに緊張するなどお笑い草だ。

 しかし、これから行うのは歌を聴かせるのではなく、歌を教える行為。彼女にしても初めての経験だ、緊張もしよう。

 

 

「えーっと、特別講師の天羽 奏です。色々と初めてで分かり難いところもあるかもしれないけど、よろしくな!」

 

 

 持ち前の明るさで緊張を覆い隠し、笑みを浮かべて挨拶を終える。

 担任が横から口調には気を使ってねと耳打ちしてきたものの、あははと奏は笑うばかり。

 

 

(……にしても、リアクション薄いな)

 

 

 しんと静まり返った音楽室を前にして、奏はそんな感想を抱いた。

 

 奏の芸能界引退は大々的に取り上げられ、歌声を失った歌姫として一躍悲劇のヒロインと化した。

 当人を無視して好き勝手に喚き立てる連日の引退報道に、彼女は怒りとも呆れともつかない感情を抱いていたが、それ以上の目的意識が全てを忘れさせた。

 しかし、こうして目的を半ばまで達成してみれば、かつての栄光を思い出して、もう少しリアクションがあってもいいんじゃないかという気持ちになるだろう。

 

 ふぅ、と溜め息をついたのは担任だ。

 耳聡く溜め息を捉えた奏は視線を担任に向けたが、奇妙な光景に目を丸くする。

 

 ――見れば、担任は両手で耳を塞いでいる。まるでこれから迫る爆音に備えるように。

 

 

『きゃーーーーーーーーーー!!!』

 

「お、………………おぉう」

 

「こうなるわよねぇ……」

 

 

 金切声にも似た黄色い悲鳴が木霊する。

 防音の施された音楽室で幸いだった。そうでもなければ学園中に響きかねない勢いだ。

 

 ツヴァイウイングの人気は衰え知らずだった。奏が引退した今ですら復活を望む声は多い。

 それは天羽 奏という歌姫の魅力故か、あるいは孤独に歌い続ける翼の努力故か。真相は明らかではなく、明らかにすべきでもない。

 

 

(この娘たちが望んでるのはアーティストとしてのあたしなんだろうけど……期待は期待だしな。それでいいさ。なあ、そうだろ一也)

 

 

 心の中で、現実と理想の間を揺れながらも、静かに己自身を肯定する。

 返答を求めた友人はこの場にはいないが、居ても生暖かい笑みを浮かべて頷くだけだろう。

 この二年で奏が獲得した何も知識や資格だけではない。どうにもならない現実を受け入れながらも、前に進むことを諦めない強さを手に入れていた。

 

 

「さあ、お前ら授業を始めるぞぉ! 静かにしろぉ!」

 

 

 こうして奏は新たな一歩を踏み出した。

 それが正しい道なのか、彼女の歩むべき道なのかは分からない。確かだったのは、彼女自身の意志で踏み出した一歩ということだけ。

 

 生徒達はそこに込められた思いも、どんな事情があったのかも知らないまま、あの歌姫が講師としてやってきたと喜ぶばかり。

 

 そんな中、ただ茫然と奏を眺める生徒がいた。そう、響だ。

 ライブ会場の惨劇において、奏が命を投げ捨ててでも救おうとした少女であり、様々な要因によって生き残った幸運な少女。

 

 ――生きるのを諦めるな!

 

 夢現の定まらない朦朧とする意識の中、確かに聞いた言葉は、彼女が生き残る要因の一つでもあっただろう。

 

 響がリディアンに進学した理由は、何も地元を離れるためや学費が安いばかりではない。

 あの日、あの地獄で、助けられたことが現実だったのかを知る為であり、現実であるのなら礼を言いたかったからだ。

 

 一也はあの一件に関して問うても、言えないと斬り捨てるだけで、それ以上は語ることはなかった。

 奏に関しては何も知らなかったが、翼がリディアンに通っているのは周知の事実。だからこそ、リディアンを選んだ。

 

 

「……奏、さん」

 

 

 かつて傷を負った胸元を握り、全てを把握しているであろう存在の名を呟いた。

 

 かくして、一振りの拳によって砕かれた運命は、見苦しくも回り始める。壊れたものは、決して元には戻らない。壊れたなりの秩序を得るだけだ。

 神よって定められた運命は既になく、人の手によって変えられた運命は何処へ向かうのか。それは神々であったとしても、紐解けぬ難題に他ならなかった。

 





ようやく、時間軸が原作一話後半に追いつく。
奏は装者からオペレーターにジョブチェンジを。
奏が戦ったら、もうコイツ一人でいいんじゃないかな状態に突入後、あっさり死にそうなので苦肉の策です、はい。

そして物語の中心にいない主人公。他の作品みたいにリディアンに無理くり転入とか、二課に就職とかすればよかったかも。
でも仕方ないね、一般人だからね。こんなん組織に入ったらOTONAとNINJAの胃に穴が開いちゃうから仕方ないね。

シンフォギア編における主人公のポジションは気のいい友人、あるいは近所の面倒見のいいあんちゃんポジ。
どう見ても主人公じゃなくて強烈なキャラクターしてるだけの脇役です。本当にありがとうございました。
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