神の逆鱗 〜逆らう人間の知恵と協力者〜 作:S.Hitta.
翌朝、自然と目を覚まし時計を見ると十一時を指していた。気持ちよく目覚め、昨日の濁った鬱憤が嘘みたいに思えた。ベッドから身体を起こし、布団を整えて、そのままシャワーを浴びて、着替えを始める。今日はいつものスーツではなく、ジャージを着る。
僕はナ◯キが大好きだ。スニーカー、ジャージ、寝巻き、全てナ◯キ。なにより、洗練されたフォルム、前に出過ぎないロゴ、ナ◯キが好むカラーバリエーション、全てが僕のツボだ。例え、これを作っているのが、低賃金労働、劣悪な環境での長時間労働、児童労働、強制労働、などが仮にあったとしても、そんな事は僕に関係ない。良い物は良いのだ。今日は修行という事で久々にジャージに身を包む。数あるジャージの中からグレー地の蛍光イエローのラインが入ったノンジップジャージをチョイスした。着やすく、通気性抜群、こと格闘技のトレーニングの時にはノンジップジャージが一番調子良いのだ。
と、ジャージの事はこれくらいにして、時計を見ると、もう神楽を迎えに行く時間十分前だ。少しジャージを選びすぎてしまったみたいだ。
神楽の部屋の前でインターホンを押す。すると、すぐに扉が開いて。
「おはよ〜。」
「おはよう。今日は寝起きが良いんだな。」
「起きてないと本当に何されるか分かんないからね〜。」
神楽はそう言うが、恐らく本当の理由は僕と同じだろう。人間、目的が定まると精神的に安定する。気が楽になり、没頭する事で過去を薄れさせる事が出来る。無論、消す事は出来ないし、消す事なんてしない。僕達は成長しなくてはならないんだ。
「よし。行くよ。」
「何すんの〜?」
「神楽も座って。今から説明するから。」
「で、何すんの?」
「まず、この前の海神戦で僕がphase3、アゼルの左眼が使えるようになったんだけど、それはアゼルが使い方を教えてくれたんだ。よって、今からやるのは《会話》だ。」
「ふ〜ん。」
「なに、そのリアクション。」
「そんなんで強くなれんなら楽だな〜って。」
「それは分からないよ。やってダメなら他を考えよう。」
「なんか、らしくないね〜。まぁ、いいけど〜。」
そうして、僕達はゆっくりと瞼を下ろして、頭の中なのか、心の中なのか、よく分からないが、僕達の中にそれぞれ住まうソレに話しかける。目を閉じて《会話》に入ると、精神世界の中でアゼルと直接対話が出来る。アゼルの姿はモヤモヤした黒い影の様になっていて直接姿形が見える訳では無いのだが、アゼルは僕の存在がしっかりと視認出来ている様だった。
「アゼル、話は聞いてたね?」
(あぁ。《
「そう。もうそろそろ教えてくれてもいいと思うんだ。分かってくれただろう?僕の決意は揺るがない。」
(そうかもな。見ている限り、恐らくお前は裏切らない。いいだろう、教えてやる。まずは《尾蛇喰》。これはお前達で言う探知機みたいなもんだ。俺には元から全部で六つの眼がある。だが、暗闇の中ではそれだけ、ある眼も閉ざされてしまう。その為に後から七つ目の眼、つまり《尾蛇喰》を尻に埋め込んだ。元は神に伝令を伝える為に神によって作られた神蛇だ。だからどんな時でも道に迷わない様にと、感覚器官が異常に発達している。俺はそれをとっ捕まえて食らった。そうする事で尻に《尾蛇喰》が生えた。使い方は意識すれば勝手に使えよう。)
「なるほどね。色々突っ込みたいところもあるけど、止めとくよ。次は《心央眼》。」
(あぁ。《心央眼》には空間を歪める力がある。)
「空間を歪める?」
(そうだ。空間を歪めて出来る漆黒の穴が空く。その穴を自身の周りに展開し、座標を定めて別の場所に出ることが出来る。)
「ワープ•••とか、空間転移みたいなかんじかな?」
(そうだ。)
「すごいなそれ。色々と応用もできそうだ。どうすれば使える?」
(これも、俺の左眼と同じ様に契文が必要だ。《我心央眼より開門せよ漆黒極まる歪の果てよ》とな。これも一度使えば契文を再び唱える必要は無い。だがこの能力を使うのは簡単ではないぞ。)
「でしょうね。空間転移なんて本でしか聞いた事無いよ。使いこなせれば格段に戦術が広まるな。ありがとう、アゼル。」
(ふん、俺もお前に死なれては困るのでな。もう無いとは思うが十神を侮るなよ。)
「あぁ。ありがとう。肝に銘じてるよ。」
ふっ、と目を開ける。するとまだ神楽は《会話》が終わってないみたいだ。察するにまたロキに意地の悪いことを言われているんだと思った。
それにしても、《尾蛇喰》はまだいいとして、《心央眼》か。
「phase5」
立ち上がり、能力をイメージする。
「《我心央眼より開門せよ漆黒極まる歪の果てよ》」
契文を呟くと僕の周りを黒い何かが包んだ。辺りの景色は見る限り黒。こんなに暗い空間は生まれて初めてである。苦しい、恐らく此処には酸素は無い。そして途轍も無い重力の様な力が作用しているのか体に半端じゃ無い負荷がかかる。
怯んではダメだ、イメージしろ。座標と言われてもピンとこないから、先程まで視認出来ていたSPルームの入り口をイメージする。
「ぐっ••••」
出れない。どうやってこの空間から出るんだ。尋常では無い焦燥が脳内を占領する。にじむ汗、酸素の欠乏、眩暈までしてきた。
くそっ、落ち着け。出る為にはどうしたらいいか冷静に考えろ。この中には入ることは出来たんだ、出ることも出来る筈だ。目を瞑り外に出るイメージをする。そして《心央眼》の力を入る時と同様に解放。
「っはあぁぁぁぁっ!はぁっ、はぁ、はぁっ、はぁ••••」
自身の肺が求める酸素をふんだんに体内へ取り込む。直後異常な頭痛に気付く。
出れた。だが、此処は何処だ?辺りを見ると室内ではなく外に出ている。それに気付いた時にふっ、と辺りが暗くなって僕は意識を失った。
「ん、んんっ、いてて。」
酷い頭痛で目が覚めるとそこは医務室だった。辺りを見回しても誰も居る気配が無い。外は既に暗くなっていて、時計を見ると八時を回っていた。恐らく医務の田倉先生は勤務時間が終わり、僕を置いて帰ったのだろう。テーブルの上に手紙と薬が置いてある。
"何をしてたのかはしらんが、あまり無理をしちゃいかんぞ。君たちはまだ若いんじゃから焦る事は禁物じゃ。儂は巨人戦があるんで帰るから、そこの薬を飲んで、持って帰りなさい。"
こんな内容だった。田倉先生は少しズレている。
六時間近く寝ていた事になるのか。神楽はどうしているだろうか。しかし頭が割れる様に痛いな。神楽に電話を掛けてみると電話にでない。
取り敢えずSPルームに戻ろう。
戻ると神楽はまだ部屋の中央で胡座をかいて座っていた。開始から約七時間、神楽はずっと《会話》をしているのだ。一体何ををロキと話しているのだろうか。
「もうよろしいのですか?」
急に上から話しかけられた。見上げるとそこには宙に浮く
「ネビロスか。」
「酸欠状態で本部の中庭で倒れていらしたので、何かと思いましたよ。」
「あぁ。新しい能力を試してみたら死にかけたよ。助けてくれたみたいだね。ありがとう。」
「いえいえ。此処に来てなんとなく察しました。」
「神楽はずっとあの状態なの?」
「はい。黙し続けているので、なんなのかと思いましたけど、ロキ様とお話の最中だと思い、此処で見ていたのです。」
「そうなんだ。」
薬のお陰で頭痛も多少和らいできた。神楽もずっとあの状態だ。それならもう少し《心央眼》を試してみよう。
「ネビロス。お願いがあるんだけどいいかな?」
僕がそう言うと、降りてきて片膝をつき右手を左胸にあて
「なんなりと。」
「いきなりかしこまらないでよ。ネビロスが忠を誓っているのはロキとアゼルでしょ?僕は関係無い。だから聞きたくなければそれでもいいんだ。」
「いえ、私はロキ様とアザゼル様はもちろん蓮刀殿とそこの馬鹿•••神楽殿にも忠を誓っております。故に、あなたの命には背きません。」
「やりにくいな。まぁ、それは追い追いと言うことで。今から僕は能力の練習をまた、するんだけど、僕が何処かに消えたら見つけて欲しいんだ。」
「か、しこました。消えるのですか?」
「多分ね。少し難しいんだ。」
「では、見守らせて頂きます。」
「よろしく!phase5。」
イメージ。眼を閉じて集中。出る方法も分かった。入る時と同じように《心央眼》の力を解放するイメージ。さっき間違って出た場所は本部の中庭と言っていた。此処から本部の中庭までは直線距離にして、約500mってところか。あの黒い空間の中にいた時間。恐らくあれもミソになってくると思う。だからこの部屋から出ない様にするには、早めの脱出を意識して神楽の真横に降り立つイメージでいく。
集中。
「んっ、」
よし、取り敢えず契文抜きで入れた。やはり此処は具合い悪いな。だけどイメージを消さずに直ぐに出る。
「ぶっ、はぁっ、はぁ、はぁっ、はぁ•••」
一発で出れたぞ。此処は、室内だがSPルームでは無いな。
何処だ?白で統一された綺麗な部屋。TVも白、ソファも白、カーテンも白、テーブルだけ黒い。誰かの家?
「え!?あんたなにやってんのよ!?」
振り向くとそこには、風呂上りなのか髪の毛が濡れて火照ったスッピンを晒した部屋着の花音がいた。取り敢えず。
「あー。昨日ぶり•••だね。元気?」
「なにやってんのか聞いてんのよ!どっから湧いてきたの!この変態ネズミ野郎!」
恥じらってるのか分からないが、自分の身体を両腕抱え込む様にして身体をくねらせている。
部屋着の水色のホットパンツとTシャツから伸びる白い肌を見ると少し変な気持ちになる。
だが先ずは今の状況をどうにかしないといけない。こんなものただの不法侵入だ。それでも本当の理由を説明して、はいそうですか。となるほど花音は甘くない。
「いや、これには色々と深い様で浅い理由が••••」
よく見るとTシャツの下からなのにも関わらず、豊満に主張する二つの山の頂上に、ボタンが一つずつ付いてることに気付いた。
いや、気付いてしまった。
「てゆうかどこ見てんのよ、このゴキブリ野郎!!!」
花音の渾身の右ストレートを僕は視認でき無いまま顔面をえぐり抜かれた。見ようと思えば見えたのだが、視線を外す事が叶わなくなってしまった。拳を振り抜く時に生じる振動で二つの山が見事に震えていた。
僕はこの時生まれて初めて、二十二年間生きていて初めて、女性に興味を持ったのであった。