デート・ア・ガール 士織リリウム   作:才華

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社会人って大変だね(白目)


雨まだ止まず

「ねぇ…十香ー」

 

私は眉間に皺を寄せ、声を出しながら、目の前の扉をノックする。

反応は…ない。

 

「十香…お願い、話を聞いて…」

 

そう言いながら再びノックする。

瞬間、返事の代わりにとばかりにドンッと凄まじい音が響き、家が文字通り震えた。

 

「…!」

 

思わず私はビクッと身体を揺らしてしまう。

そして扉の向こうから十香のくぐもった声が聞こえてきた。

 

「ふん、構うな。…とっととあっちに行ってしまえばーかばーか!」

 

そこまで言うと、また反応が無くなってしまった。

 

「はぁ……」

 

大きくため息をつき、私は一度十香の部屋の前から離れ、廊下を自分の部屋へと向かいながら独りごちる。

 

「どうしたらいいんだろう……」

 

『士織、ちょっといいかしら?確認しておきたいことがあるのだけれど』

 

そんな時、琴里の声が右耳から響いてきた。

そうだインカムを付けたままだった。

 

「あ…琴里…。えっと…なにかな?」

 

『士織、あなた、ちゃんとよしのんとキスをしたのよね?』

 

「ひゃい…っ?」

 

いきなりの質問に私は素っ頓狂な声を出してしまう。

 

『いいから、答えてちょうだい。士織はあのとき、確かによしのんと唇を合わせた。…それに間違いはないわね?』

 

「う…、うん…」

 

『ふーむ…』

 

「な…なに…。あ、あの、あれは事故だから…っ」

 

『あー、はいはい。わかってるわよ。むしろアレを狙ってやっていたのだったら褒めてあげたいくらい』

 

「うう…、じゃあ何なの?」

 

私が問いかけると、琴里は少しうなってから返してくる。

 

『…どうやら、キスをしたのに精霊の力が全く封印されていないみたいなのよ』

 

その言葉に私は眼を見開いた。

確かに…『よしのん』はあのキスのあとにも精霊の力を発揮していた。

 

『まぁ、十香の時ほど好感度が高かったわけでもないし、力全てを封印することは出来なくとも――ほんの少しも封印出来ていないっていうのは引っかかるところね。あの時の数値的には力の二、三割はいけると思ったのだけれど』

 

そこまで言ってから琴里がまたうなり声をあげる。

 

『何か…そう、よしのんに特殊な能力があるのかしら。それとも…』

 

「ねぇ…琴里。よしのんの方も大事だと思うんだけど…その…」

 

私の言葉に琴里も察してくれたみたいで、すぐに返してきた。

 

『あぁ…、十香のことね。で、どうなの、様子は』

 

「うん…お話しをしようとしてはいるんだけど、全然駄目で…」

 

『なるほどね。数値は落ち着いて、顕在化した力は経路を通して再封印はされたみたいだけど…。兎も角早めに機嫌を直しておいた方がよさそうね』

 

「けど今はいくら私が話しかけても…」

 

『…なら、シア。よければなんだが、その件は私に任せてはくれないか?』

 

私の声に答えたのは琴里ではなく、妙に眠たそうな声…令音さんだ。

 

「令音さん…」

 

『…十香もシア、君と今顔を合わすのは気まずかったりするだろう。なら当事者以外が一度話を聞いてみるのが良いと思うが』

 

「はい…」

 

確かに、この状況なら誰か信頼のおける人に任せてみるのも手かもしれない。

 

「では明日…土曜日だったね。日中、十香を借りていくよ。そうだな…生活用品の買い出しとでも言えばいいか」

 

 

翌、5月27日。

 

「と、いうわけで、十香。買い物に行こうと思うのだが、ご同行願えるかな?」

 

昨日言った通り、令音さんが家にやって来て、十香の部屋の扉の前に立ちそう言った。

令音さんはいつもの白衣と軍服の組み合わせではなく、白色のシャーリングカットソーに暗めの色のスキニージーンズ、トートバッグを肩掛けにしたお買い物スタイルだった。

すると、中から昨日と変わらない苛立たしそうな十香の声が響いてくる。

 

「うるさいっ、私のことは放っておけと…!」

 

「…ふむ」

 

「昨日からこんな感じで…」

 

令音さんは暫くあごに手を当てて、考え事をする。

そして肩に掛けたトートバッグからタブレット端末みたいなものを取り出して、画面を見ながら何か操作をしていた。

暫くした後、令音さんは端末をバッグの中に仕舞うと、声を発した。

 

「…十香」

 

「構うなと言っているだろう!私は――」

 

「…買い物のついでに外で食事を、と思っているのだが…どうかな?」

 

令音さんがそう言うと、十香が途端に黙り込んでしまう。

数十秒程経った頃、不意に扉がギィと音を立てて開き、中から不機嫌そうな顔をした十香が顔を出す。

十香は一応着替えていたのか、薄いベージュのぺプラムニットソーに桜色のプレイリーエンブロイダースカートといった格好をしていた。

けど寝ていないのか目元には隈がうっすらと浮かんでいた。

 

「十香…」

 

「ふんっ…」

 

十香は私の姿を確認するなり鼻を鳴らしぷいっと顔を背けて、のしのしと階段へと歩いていく。

 

「早く行くぞっ!」

 

「…ん、そうしよう。あぁ…今日も朝方から雨が降り続いている。傘を忘れないようにしてくれ」

 

そう言いながら令音さんも十香の後を追うように歩き出す、途中振り返って私に目配せをしてきた。「任せてくれ」と言っているみたいに。

 

「お願いします」

 

私は令音さんに頭を下げ、二人を見送る。

 

「はぁぁぁ…」

 

大きくため息をついてから私も歩き出す。

階段を降りながら呟く。

 

「私もお買い物に行ってこようかな」

 

昨日、学校の帰り道に商店街で買い物をする予定だったけど、結局出来なかった事を思い出す。

階段の途中で踵を返して自分の部屋へと向かう。

手早く身支度を整えてから家を出た。

 

 

――

 

「えっと…まずは八百屋さんかな」

 

歩いて十数分、商店街近くまで着いた私は必要な物を頭の中でリストアップしながら歩いていた。

 

「あれ…?」

 

歩きながら辺りを見ていた時だった。

昨日の空間震で破壊された場所、その規制線の向こう側。

瓦礫の陰で動く影を見かけて、私はその場で立ち止まった。

そして目を凝らして影を見る。

フードにウサギの耳のようなものがついた緑色のレインコートを着た女の子が濡れた路面に膝を着いて瓦礫の辺りを何かを探すように漁っていた。

 

 

「よ…よしのん…?」

 

「…っ!!?」

 

私はその見覚えのある姿を見て、その名前を口に出していた。

瞬間、『よしのん』がビクッと身体を震わせ、私の方へと振り向いた。

そして急いで立ち上がると私に背を向けて逃げるように走り出す。

 

「ま、待って!、なにもしないからっ!」

 

咄嗟に私は『よしのん』へそう呼びかけた。

『よしのん』は少し逡巡するようにした後、足を止め私を窺うように僅かに顔をこっちに向けてくる。

昨日とは違って怯えたような表情を浮かべる『よしのん』に私は驚く。

 

「えっと……」

 

そして呼び止めたのは良いけどこの後を考えていなかった私は中々言葉を繋げられないでいた。

なにかないかと『よしのん』を見て気付く、左手に昨日着けていた筈のパペットが見えないことに。

 

「あ…その、パペットどうしたのかな?」

 

「……!」

 

私がその疑問を口にすると、私を窺っていた『よしのん』のカッと見開かれる。

そして踵を返し私の元へとパタパタと走り寄ってきたと思うと、私の服を掴みグイグイとまるで問い詰める様に引っ張ってくる。

 

「あ、えっと。パペットを探しているのかな?」

 

「…っ!…っ!」

 

私がそう言うと『よしのん』は一層強く服を引っ張りながら力強く何度もうなづく。

そして不安そうな瞳で私を見上げるように見る。

 

「ご、ごめんね。私も分からないんだ…」

 

私がそう答えると『よしのん』は希望が無くなったような顔を見せると、その場にペタリと座り込んでしまった。

 

「ぅえ…っ、ぇ……っ」

 

そして顔を俯かせ嗚咽を漏らす。

 

「あ、えと……」

 

私は一瞬困惑の声を上げる、けどすぐに差していた傘を傍らに置き、膝を路面につければ『よしのん』を優しく抱きしめる。

 

「大丈夫、大丈夫だから…」

 

そう言いながら『よしのん』の背中をさする。

雨の降りしきる中暫くの間、『よしのん』を抱きしめていると次第に嗚咽が小さくなってくる。

 

「よしのん、私もパペットを探すの手伝うよ」

 

「……!」

 

私がそう言うと『よしのん』は、ばっと顔を上げ、驚いた様に目を見開く。

数秒後、『よしのん』は初めて顔を明るくして、うんうんと力強く首を縦に振る。

私も首を縦に振ると『よしのん』の手を引いて立ち上がる。

 

「あ、そうだ琴里に連絡しないと…」

 

琴里に連絡をと思い出せば、ポケットの中を探していつものインカムを取り出す、インカムを右耳に着け、コンコンと指で叩く。

 

「琴里、聞こえる?」

 

暫くの無音の後、琴里の声が返ってくる。

 

『どうしたのよ、士織』

 

「えっと、今よしのんと一緒に居るんだけど――」

 

私がそう言った直後、琴里の大きな声とバタバタと大きな音が聞こえてくる。

 

『――オッケイ、それで詳しい状況を教えて頂戴』

 

説明を求める琴里に簡単に状況を説明する。

琴里は私から状況を聞けば

 

『…なるほどね、状況は分かったわ。こっちでもカメラをあるだけ送って、昨日の映像も確認するわ。出来るだけ彼女とコミュニケーションを取りながら捜索してちょうだい』

 

「わかった」

 

通信を終えると、私は眼の前の『よしのん』へと視線を向ける。

『よしのん』はゴシゴシと涙を拭っていた所だった。

 

「えっと、それでパペットいつどこでなくしちゃったのかな?」

 

私の問いかけに『よしのん』は逡巡するみたいに視線を泳がせてから、唇を開いた。

 

「…き、…のぅ…」

 

ウサギの耳つきのフードの端っこをきゅっと掴んで顔を僅かにうつむかせて、目元を隠しながらたどたどしく言葉を紡ぐ。

 

「こわ…い…人たち、攻撃…され…てっ…気づいたら…いなく、なっ…」

 

「えっと…昨日ASTに攻撃されたときだね」

 

私が言うと、『よしのん』がこくりと頷く。

 

「あのときだね…」

 

私はそう言いながら周りを見回す。

崩落した雑居ビルや亀裂の入った道路、倒れた街路樹等々。中々大変そうだった。

 

「うん…じゃあ探そう、よしのん」

 

「…!」

 

『よしのん』が首肯して、暫く口をモゴモゴとさせてから、声を出す。

 

「わ、たし…は、」

 

「え?」

 

「私…は、よしのん、じゃなく…て、四糸乃。よしのんは…私…の、友だち……」

 

「四糸乃…?」

 

私がオウム返しのように名前を言えば、四糸乃はコクリと頷く。

と、頷いた後四糸乃は踵を返して走っていこうとする。

 

「あ、ちょっと待って」

 

走っていこうとする四糸乃の手を掴んで引き止める。

 

「よかったらこれ。もう濡れちゃってると思うけど」

 

そう言いながら、掴んだ四糸乃の手に傍らに置いていた傘を拾い握らせる。

四糸乃は不思議そうに首を傾げていたけれど。

雨粒が傘に当たり弾け、流れ落ちるのを見れば、四糸乃は興奮気味に空いている手をパタパタと動かす。

私はその様子を見て、いつかの神社で会った時にもこんな事があったなと思い出す。

暫くすると四糸乃が私に問いかけるような目線を向けてくる。

 

「え、あ、私?」

 

私が自分を指さすと四糸乃がコクコクと頷く。

 

「私は大丈夫だよ、いいから使って、ね」

 

四糸乃は暫く逡巡するように私と傘を交互に見てから、口を開く。

 

「ぁ…りが…ぅ…」

 

ぺこりとお辞儀をすると今度こそ踵を返して、パペットを再び探しに向かう。

 

『士織ったら、格好いいことしちゃって』

 

「あはは…」

 

琴里のからかうような声に苦笑いで返してから四糸乃の後を追う。

 

 

 

 

くううぅぅ――

 

パペットを一緒に探し始めてからどれ位経った頃か、そんな可愛らしい音が聞こえてきた。

私は顔を上げ濡れた顔を袖口で拭うようにしてから音の鳴った方、四糸乃の方へと顔を向ける。

 

「四糸乃?」

 

 

「…!」

 

「お腹減ったの?」

 

私が問いかけると四糸乃は顔を紅潮させブンブンと顔を横に振る、けど丁度良くまたお腹が音を鳴らす。

 

「………っ!」

 

四糸乃はフードを引っ張って顔を隠すとその場にうずくまってしまった。

その様子を見てから、一度立ち上がると携帯を出して時間を確認する。

時間は十二時半、四糸乃が何時からパペットを探しているのかは分からないけど、お昼も過ぎているしお腹を空かしてもおかしくないかな。

と考えていると、琴里の声が響いてくる。

 

『一度休憩して、食事でもしたら?何か情報を聞き出すきっかけにもなるわ』

 

「そうだね」

 

琴里の言葉に同意の言葉を返して、もう一度四糸乃の方へと顔を向ける。

 

「四糸乃、少し休憩しよっか?」

 

私がそう言うと、四糸乃は首を横に振る、けどそこでもう一度お腹が鳴き声を上げる。

 

「…!」

 

「無理しちゃ駄目、もし四糸乃が倒れちゃったらよしのんも探せなくなっちゃうよ」

 

私の言葉に、四糸乃は少し考え込むようにうなってから、躊躇いがちに首を縦に振った。

 

「うん。それじゃあ…」

 

そこまで言ってから私は自分の恰好を見る。

雨に濡れながら二時間余り探索をしていたので水に飛び込んだみたいに服はびしょびしょに濡れている。

これじゃあお店には入れそうにない。

暫く考えてから、インカムをトントンと叩く。

 

「ねぇ、琴里。休憩、お家でも大丈夫かな?」

 

『やだ、士織ったら少し見ない間に随分と肉食系になったわね。押し倒すなら合意の上でしなさいよ』

 

「そ、そんなことしないから…」

 

『冗談よ。他に場所もないでしょうから、許可するわ』

 

「うん、ありがと」

 

私は短くお礼を言うと、四糸乃に声を掛ける。

 

「それじゃあ、行こっか」

 

四糸乃は私の言葉に小さくうなずいた。

 

 

 

 

「それじゃあ、四糸乃。少し待っててくれるかな?」

 

歩いて十数分、自宅に着いた私は四糸乃をリビングに案内する。

物珍しそうに部屋の中を見回している四糸乃にそう言って、四糸乃が頷いたのを見ると着替える為に一度自室に戻る。

それから数分後。

着替え終えた私はキッチンに居る。

エプロンを付けながら、冷蔵庫の扉を開けて中身を確認する。

 

「えっと…卵に鶏肉…お野菜、ご飯も残ってた筈…オムライスかな」

 

今ある材料からメニューを決めて、必要な材料を出す。

材料を調理台に移しながら、リビングに視線を向ける。

四糸乃は相変わらず物珍しそうに辺りを見回している。

帰り道、四糸乃の着替えをどうしようかなと考えていたけど。

不思議な事に四糸乃の服はちっとも濡れていなかった。

 

「やっぱり霊装っていう物なのかな?」

 

そんな事を考えながら調理を進める。

チキンライスを作り終わってお皿に盛り付けてから、一度フライパンを綺麗にする。

よくフライパンを温めてからマーガリンを投入。

マーガリンが溶けた所で溶いた卵を流し入れる、程よく焼けた所で菜箸を使って成形。

空いた片手でお皿を持つ。

 

「よっと」

 

そのままフライパンを振り、卵を空中へ躍らせ、そのままお皿のチキンライスへと被せる。

最後にトマトソースを掛けてパセリを散らし、完成。

エプロンを外し、両手にお皿を持ってリビングのテーブルに向かう。

お皿をテーブルに置いてから、ソファーに座る四糸乃を呼ぶ。

 

「ちゃんと食べて、早くよしのんを見つけてあげないとね」

 

言いながら椅子を引いてあげて四糸乃を座らせてあげる。

 

「少し熱いかもしれないから、フーフーして食べてね」

 

座った四糸乃の手にそっとスプーンを持たせてあげながら言う。

私が対面の椅子に座ると、四糸乃は一度私を窺うように見てから、オムライスにスプーンを入れる。

 

「ふー…ふー…」

 

「そうそう、それじゃあ召し上がれ」

 

私に言われた通り、掬ったオムライスを少し冷ましてから、口に運ぶ。

 

「…!」

 

瞬間、四糸乃は空いている手でテーブルをぺしぺしと叩く。

そして、一度恥ずかしそうな顔を作ってから、ぐっと親指を立てる。

 

「そっか、お口にあって良かった」

 

気に入ってもらえた事に少しほっとする。

四糸乃はかなりお腹が減っていたみたいで、小さなお口を大きく開けてオムライスを食べ進める。

 

「それじゃあ、私も。いただきます」

 

手を合わせてから私も自分のオムライスを食べ始める。

――暫く後、四糸乃と私が丁度食べ終わってソファーに移動し並んで腰を下ろすと琴里の声がインカムから響く。

 

『まだ少し休憩するでしょう?出来るだけ精霊の情報が欲しいわ。幾つか四糸乃に質問してみてくれない?』

 

「質問?」

 

小さな声で琴里に訊き返すとすぐに琴里が何個かの質問を出す。

 

「…うん、わかった」

 

私は返事をしてから、お皿を空にしてお腹いっぱいと息を吐く四糸乃に視線を向けて、口を開く。

 

「ねえ…四糸乃。少し訊きたいことがあるんだけど…何個か質問してもいい?」

 

四糸乃は私の言葉に不思議そうに首を傾げる。

 

「えっと…随分大事にしているみたいだけど、あのパペット…よしのんって、あなたにとってどんな存在なの…?」

 

私の問いに、四糸乃はたどたどしい口調で答える。

 

「よしのん、は…友だち…です。そして…ヒーロー、です」

 

「ヒーロー?」

 

私の問いに、四糸乃はうんうんと頷く。

 

「よしのん、は…私の理想…憧れの、自分です…私、みたいに…弱くなくて…私みたいに…うじうじしない…強くて、格好いい…」

 

「理想の自分…か…」

 

私は一度、四糸乃から視線を外して、デパートの中で四糸乃に会った時の事を思い出す。

パペット越しに話していた四糸乃と、今の四糸乃とでは、口調、態度など別人みたい。けど…。

 

「私は――今の四糸乃の方が好きかな…」

 

デパート内での十香にパペットが言っていた冗談の数々を思い出しながら苦笑する。

あの時の四糸乃は確かに陽気で話しやすかったけど、ただ流石に十香に対する言葉の数々はもう止めて欲しいと思う。

対して今の四糸乃は少し聞き取りづらいけど、誠実に一生懸命に答えてくれる今の四糸乃の方が、もっとずっと好感を持てる。

そう私が言った途端、四糸乃は顔を真っ赤に染めてフードを掴んで顔を隠してしまった。

 

「よ、四糸乃…どうしたの?」

 

私は顔を覗き込むようにしながら声をかける。

四糸乃はフードを離すとゆっくりと顔を上げ口を開く。

 

「…そ、んなこと、言われた、の…初め…っだ、から…」

 

「そうなの…?」

 

四糸乃がコクコクと頷く。

確かに…そもそも四糸乃をはじめ精霊は人と話す機会自体が少ないからしょうがないのかもしれない。

私はテーブルに置いてあるマグカップに手を伸ばして喉を潤してから次の質問を口にする。

 

「えっと…四糸乃、あなたはASTに襲われても反撃しないよね、何か理由があるの?」

 

問いに四糸乃は再び顔を俯かせて、服の裾をギュッと握るようにして唇を開く。

 

「…わたし、は…いたいのが…きらいです。こわいのも…きらいです…きっと…あの人、たちも…いたいのや、こわいのは、いやだと思います…だから…わたしは…」

 

とても小さく、掠れるような言葉。

けどその小さな声に私は強い衝撃を受けた。

 

「っ…四糸乃…あなた…」

 

私は言葉を最後まで続けられなかった。

四糸乃が全身を震えさせ懸命に言葉を続けたから――。

 

「で、も…私は、弱くて、こわがり…だ、から。一人だと…だめ、です…。いたくて…こわ…くて、どうしようも、なくなると…頭の中が…ぐちゃぐちゃに…なって…みんなに…きっと、ひどい…こと、をしちゃい、ます」

 

四糸乃が懸命に紡ぐ言葉は後半もう涙声になっていた。

四糸乃は涙を袖口で拭うようにし、鼻を啜り上げながら尚も言葉を続ける。

 

「だか、ら…よしのんは…ヒーロー…なんです。よしのんは…私が…こわくなって、も…大丈夫、って、言って…くれます…。そし、たら…本当に、大丈夫に…なるんです。だ、から…だから……」

 

「っ………」

 

私は無意識のうちに唇を噛んでいた。両手は膝の上で血が滲みそうな程に強く握りしめていた。

だって、そうでもしないと耐えられそうになかったから…。

四糸乃は…この子は――とても優しくて――同じくらい、悲しい――。

四糸乃は幾度も幾度も自分に対して敵意を向け、殺意を持って刃を向けてきた相手を慮って、精一杯傷つけないようにしてきた、それが一体どんなにも難しいことだったんだろう。

――『私は、弱くて…』

四糸乃がそう言った言葉を私は否定する。

――弱くなんてない。

 

「――」

 

私は隣に座る四糸乃を胸に抱きしめ、そっとその頭を撫でる。

 

「っ……、あ…の…」

 

「私が――」

 

突然の事に四糸乃は困惑の声を出そうとする、その声を遮るように。

 

「私が、あなたを救ってみせるから――」

 

私は確固たる意志を込めて言い、一度身体を離し四糸乃の顔を見つめる。

四糸乃は私の言葉に目を丸くしていた。

私は更に言葉を続ける。

 

「私が絶対によしのんを見つけるから。それで…四糸乃、あなたに渡たす。ううん…それだけじゃないあなたにこれ以上いたいこと、こわい思いなんてさせないから。私が―」

 

「あなたのヒーローになるから」

 

言葉が止まらなかった。

四糸乃はとても優しい、けど…四糸乃はこれまで優しさを向けて貰えることは無かった。

そんなのは悲しすぎる。

 

「――――」

 

四糸乃は十数秒程目を白黒とさせていたけれど、小さく唇を開く。

 

「あ…りがとう…ござい…ます」

 

「――うん」

 

四糸乃の言葉に小さく頷きそう言う。

そして、ふと…僅かに開いている四糸乃の小さな唇に目が行ってしまい、思わず視線を逸らしてしまった。

そんな私を不思議に思ったのか、四糸乃が首を傾げてから唇を開く。

 

「士織、さん…?」

 

「え、あと…その、この前はごめんね」

 

「…?」

 

私の謝罪の言葉に四糸乃は小首を傾げる。

 

「その…キス…しちゃって」

 

あの時の事は事故ではあったけれど四糸乃からしてみれば不本意な事だったと思う。

けれど四糸乃はキョトンとした様子のまま再び小首を傾げる。

そう、私が何を言っているのかわからない、と言ったように。

 

「……キス、って、なんですか…?」

 

「え…あ、キスっていうのは、唇を触れさせ合うことで…」

 

四糸乃からの問いに私は頬を少し朱色に染めたまま答える。

けど四糸乃はよく分からない、といった表情を作ると私の目の前に顔を近付けてくる。

 

「こういう、の…です…か?」

 

「――っ」

 

ほんの少し顔を前に出せば唇が触れてしまいそうな距離、四糸乃の吐息が私の鼻腔を微かに擽る。

私は急な事態に鼓動を早くさせながらも何とか平静を装い声を出す。

 

「う、うん…そんな感じ…」

 

そんな答えに四糸乃は小さくうなってから唇を開く。

 

「よく…覚えて…いません…」

 

「え――」

 

その声に私は僅かに眉根を寄せた。

 

「それって――」

 

私が質問をしようとした瞬間。

 

「シオリ――!すまなかった私は――」

 

バンッという大きな音と共にリビングの扉が開き、今朝令音さんと一緒に出掛けた十香が肩で息をしながら入ってきた。

そして今にでもキスをしそうな距離で向かい合う私と四糸乃の姿を見ると、ピシリ、と身体を硬直させてしまう。

 

「と…十香!?」

 

「ひ――っ」

 

私が驚きの声を上げるのと同時に四糸乃もまた身体をびくりっと震わせ声を上げる。

十香は私達の事を無言で見つめる。

 

「と、十香、これはね――」

 

いつかのドラマで見た事がある浮気現場を見られた男の人の心境だった。

私はなんとか説明しようと声を出す。

けど十香はムスッとした顔を作ったかと思うと踵を返し足早にリビングから出て行ってしまう。

 

「あ――」

 

廊下を足早に駆ける足音とドタァン!という乱暴に扉を閉める音が響く。

 

『これまた厄介なことになったわね、士織』

 

右耳からため息交じりの琴里の呆れた声が聞こえてくる。

 

「どうしたら…」

 

『どうするも何も、今は何も出来ないわね。今士織が話しかけたところで火に石油を注ぐだけね』

 

「あう…」

 

私はガックリと肩を落す、そして一度大きく息を吐けば四糸乃の方へと顔を向ける。

 

「あれ…?」

 

顔を向けた先、先ほどまで確かに四糸乃がいた筈の場所に四糸乃の姿がなかった。

私は部屋を見渡すけど何処にも四糸乃の姿が見えなかった。

 

『十香に驚いて隣界に消失しちゃったみたいね。パペットの件が余程トラウマになってるみたいね』

 

「そっか…けど…」

 

私はうーんと唸った。

さっきの四糸乃の言葉と今の行動に違和感を感じたから。

四糸乃は十香によしのんを取り上げられた事は覚えている。

けどその直前の私とのキスの事はよく覚えていないと言っていた。

確かに昨日の件では四糸乃は別段気にしていない様子だったし、四糸乃はキスという行為に特別な感情を持っていないのかもしれない。

十香の時みたいに価値観や知識の違いもあるのかもしれない。

けど。

 

「ねぇ、琴里」

 

『何かしら?』

 

「いっこだけ気になることがあるの、調べてもらえるかな?」

 

『いいわ、言ってみなさい』

 

私はその疑問をなるべく簡潔に整理して言う。

琴里は全て聞き終えるとふうむと一言呟く。

 

『なるほどね…いいわ。令音が戻ってきたら調べてみましょう』

 

「ありがとね」

 

私がお礼の言葉を言うと、琴里が思い出したように言葉を続ける。

 

『そうそう、十香の乱入に伝えそびれてたんだけど、いい報告があるわ』

 

「なにかな?」

 

『映像解析の結果、パペットの所在が分かったわ』

 

「本当に!?どこにあるの?」

 

『ある意味厄介な所ね――』

 

琴里の言葉に私はポカーンとした顔を浮かべた。

 




どーも才華です。
かれこれ五か月ぶりくらいの更新でございます。
これからも不定期更新で行きますが何卒生暖かい目でよろしくお願いします。
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