デート・ア・ガール 士織リリウム   作:才華

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お久しぶりです、才華さんです。
また、だーーーーーーいぶ間が開いてしまいましたが11話です。
皆さま、よろしくお願いいたします。


折紙家へ

「ここだよね…」

 

左肩に手作りしたお菓子の入ったトートバッグを掛け、右手には地図アプリを開いたスマートフォンを持って、私は目の前のマンションを見上げて呟く。

 

「けど必要とはいっても、泥棒みたいな事…」

 

『ぼやかないで、鳶一宅に招かれるのなんて士織ぐらいしかいないんだから』

 

私のぼやきに、右耳から琴里の声が聞こえてくる。

なんでこんな事になったのか…。

 

―――――――――――

 

月曜日

学校が終わってすぐに私は琴里に呼ばれ<フラクシナス>へやって来ていた。

 

「琴里どうかしたの?」

 

<フラクシナス>の艦橋へ着いた私は、艦長席に座る琴里に声を掛ける。

声を掛けると、正面を向いていた琴里が椅子を回転させ私の方を向く。

 

「来たわね。まぁ、とりあえずこれを見て見なさい」

 

琴里はそう言うと艦橋正面のモニターを手に持ったチュッパチャプスで指す。

私は首を傾げてから言われた通りモニターに目を向ける。

そこにはマンションを俯瞰で撮影した映像が映し出されていた。

 

「これがどうかしたの?」

 

「いいから見てなさい」

 

私の疑問の声に琴里がため息交じりに言う。

暫らくするとマンションの屋上に全漆黒の服に身を包んだ二人の男の人が映った。

二人は屋上の柵にロープのような物を設置すると映画で見るようなロープ降下でマンションの一室のベランダにたどり着く。

そして部屋の窓に手を掛ける、瞬間ぶわっとガスのようなものがベランダに充満する。

二人は大急ぎで降りてきたロープを伝って退避する、何が何だか分からなかったけど、そこで映像が終わった。

そして琴里が口を開く。

 

「これは今日のお昼頃の映像よ、侵入しようとした先は鳶一折紙の家」

 

「鳶一さんの?なんで?」

 

「四糸乃のパペットの為よ、誰が持っているのか忘れたの?」

 

「そういえば…」

 

私は土曜日に琴里から聞いた話を思い出す。

あれから音沙汰がなかったけどこんなことしてたなんて。

琴里はもう一度大きくため息を吐いてから口を開く。

 

「今回で3度目の試みよ、結果は御覧の通り、なんなのよあの家は赤外線・レーザー探知器に催涙ガス、ネットランチャー、挙句の果てにはセントリーガンよ。一体全体彼女は何と戦ってるの?」

 

後半になるにつれて琴里の声が苛立たしそうになっていく。

私は苦笑するしかなかった。

そして言い終わった琴里がビシリとチュッパチャプスで私を指し示してくる。

 

「と、いう訳で士織。貴女に任せるわ」

 

「え…えぇぇ!?」

 

琴里の言葉に私は驚きの声を上げる。

 

「安心なさい、士織には士織にしか出来ない方法でやってもらうわ」

 

「私にしか出来ない…?」

 

 

―――――――――――

 

「鳶一さん」

 

明けて火曜日の放課後、私は隣の席で帰り支度を始めている鳶一さんに声を掛けた。

鳶一さんは手を止めるとこちらに顔を向ける。

 

「なに?」

 

「えっとね、もし良かったらなんだけどね?鳶一さんのお家に遊びに行ってもいいかな?」

 

「かまわない…けど今日は駄目」

 

私の問いかけに鳶一さんはいつもの無表情のまますぐに返事をくれた。

 

「そっか…何時なら大丈夫かな?」

 

「明日なら問題ない」

 

「それじゃあ、明日学校が終わったらね」

 

「了解した」

 

――――――――――――

 

というような会話があったのが昨日。

本当は泥棒みたいな事は悪い事だとは思うけど…四糸乃のあんな不安そうな様子を見てしまったから…。

それに、一度鳶一さんともちゃんとお話ししたいと思っていたから。

けど――。

 

「琴里、その…十香の様子はどう?」

 

『相変わらずよ、学校から帰ってくると直ぐに部屋に籠ったわ』

 

「そっか…」

 

私は肩を落とす。

四糸乃を家に招いているところを十香に見られてからずっと十香に避けられている様だったから。

はぁ、と一つため息をついてから、頭を振って気持ちを切り替える。

 

「今はよしのんを取り戻さないと」

 

私はそう呟けば、マンションの入口へと足を踏み出す。

自動ドアを抜け、エントランスに設置されている集合インターフォンの前に着くと、事前に聞いていた鳶一さんの部屋の番号を入力しコールボタンを押す。

すると、すぐに鳶一さんの声が聞こえてきた。

 

『だれ』

 

「あ、私――」

 

『入って』

 

誰何の声に答えようと声を発した途端、鳶一さんの声と同時に施錠されていた自動ドアが開いた。

私は促されるまま再び自動ドアをくぐると、エレベーターを使って六階まで上がる。

六階に着き、廊下を歩きながら琴里と鳶一さんの部屋の捜索の手筈をもう一度確認する。

 

『それじゃあ手筈――りに――な――ジャミ――しお――!』

 

「琴里、琴里?」

 

琴里の言葉の途中からノイズ音が乗り出したかと思えばブツンと音声が途切れてしまった。

そして音声が完全に途切れてしまったタイミングで、教えられていた部屋番号の前に到着する。

仕方がない、と私は一度大きく深呼吸してから、呼び鈴を鳴らす。

瞬間、扉が勢いよく開かれた。

 

「と、鳶一さん、無理言って――」

 

私は挨拶しようとしたけど言葉が続くことはなかった。

だって目の前の鳶一さんがピンクのベビードールを着ていたから。

シルク製の薄い生地の奥には黒のランジェリーと素肌が見えている。

ここは鳶一さんのお家だから鳶一さんが学校から帰って来てどんな格好をしていても私があれこれ言える立場ではないけれど――。

 

「あ、あの…鳶一…さん?」

 

「なに?」

 

私の戸惑いの声に鳶一さんはいつもの無表情のまま小さく首を傾げた。

 

「えっと…凄い恰好してるね…」

 

「駄目?」

 

「いや…その、駄目とかじゃないんだけど…」

 

私はしどろもどろにそう口にするが、当の鳶一さんは全く気にする素振りも見せない。

すると鳶一さんはクルッとその場で百八十度回ってから首を回してこっちを見る。

 

 

「入って」

 

「お、お邪魔します…」

 

私は肩に掛けたトートバッグを一度掛け直すと、玄関へと足を踏み入れ後ろ手に扉を閉じる。

靴を脱いで廊下に一歩足を踏み出した時背後からカチャリというような音が聞こえた。

 

「?…今の音は?」

 

「気にしなくて構わない」

 

私の疑問に鳶一さんはにべもなく言う、私は一度首を傾げてから鳶一さんの後についてリビングに入る。

 

「あ…」

 

リビングに入ったところでふわりととても甘い香りが私の鼻腔をくすぐる。

なんだろうこの香り、少なくとも私が知っている香りではないみたいだけど。

 

「鳶一さんこの匂いってなにかな?」

 

「ただのお香、気にしなくていい」

 

「そうなんだ…」

 

鳶一さんにもこういう趣味があったんだと思いながら、部屋の真ん中に置かれたテーブルの前まで歩く。

 

「ん…」

 

なんだろう頭が風邪を引いた時みたいにボーッとする。

それに少しふわふわと心地良いような感じもする。

 

「座って」

 

「あ…うん」

 

私は鳶一さんに促されて用意されていたクッションにぺたんと腰を下ろす。

 

「…」

 

私が座ったのを見ると鳶一さんも腰を下ろした…。

私の横にそれも肩と肩、腕と腕がピッタリと密着するくらいに。

 

「と、鳶一さん?」

 

「なに」

 

疑問の声に鳶一さんは私の方に顔を向けると何か問題でも?と謂わんばかりに首を傾げる。

 

「えっと…狭くない?」

 

「問題ない」

 

「そ、そっか…」

 

鳶一さんの迷いのない返事に私はそう返すことしか出来なかった。

そして訪れる沈黙、鳶一さんはというとずっと無言のまま私の方へと顔を向け続けている。

流石にこの沈黙に耐えられなくなった私は唇を開く。

 

「そ、そういえば鳶一さんって独り暮らしなの?」

 

質問に鳶一さんは小さく首を縦に振る。

そして捕捉する様に言葉を続ける。

 

「五年前に両親が死んでから、暫くは叔母の家で暮らしていたけれど、高校入学と同時にここに移った」

 

「高校生で一人暮らしって大変じゃないの?」

 

「そうでもない」

 

「そっか…私は鳶一さんすごいと思うなー、私もきっといつか一人暮らしをすることになると思うけどなんか一人だと色々サボっちゃいそうだし、それに少し不安もあるかな」

 

たははと少しはにかみ気味に私は言う。

すると鳶一さんがぐっと顔を近付けてくる。

 

「と、鳶一さん?」

 

「問題ない」

 

「へ?」

 

鳶一さんのきっぱりと言い切った言葉に私はポカンとなる。

 

「私がやる」

 

一瞬、鳶一さんが言った言葉の意味が分からなかった。

私が呆気に取られていると鳶一さんがすくっと立ち上がる。

 

「え…?」

 

「待っていて」

 

鳶一さんはそう言うと、足音も立てずに、キッチンの方へと歩いて行く。

私はその背をボーッと眺め見送る。

暫くすると、陶器と陶器の触れる音が聞こえてきた、お茶の用意をしに行ったみたいだった。

そこで私はハッとして首をブンブンと横に振る。

 

「あ…と、よしのんは…」

 

独り言ちて、部屋を見回す。

部屋には木目調で揃えられたシンプルな家具が、数点とテレビがあるくらいだった。

私も余り部屋に物はない方だとは思うけど、それ以上に少ない、なんというか生活感といったものも感じられない。

一通り見回して、よしのんは見当たらなかった。

隈なく探そうにも鳶一さんの眼を誤魔化さないといけない。

お手洗いを借りる振りをするか、逆に鳶一さんがお手洗いに行った隙に――。

と、そんな事を考えていると、キッチンからトレーを持った鳶一さんが戻ってきた。

トレーの上にはティーカップとソーサーが二つずつにミルクポットとシュガーポットが載せられている。

鳶一さんは無言のままテーブルへ持ってきた物を置いていく。

 

「どうぞ」

 

全て置き終えた鳶一さんはそう一言言うと、さっきと同じように私の隣に腰を下ろす。

気のせいか、さっきよりも距離が近くなっている気がする。

 

「あ、ありがとう鳶一さん」

 

鳶一さんにお礼の言葉を言ってからティーカップに手を伸ばす。

口に運ぼうとした所でティーカップの中身がおかしい事に気付いて、私は眉を顰めた。

ティーカップには紅茶ではない不透明なピンク色の液体が並々と注がれていたからだった。

試しにマドラーを使ってかき混ぜてみると、溶けたチョコレートみたいに抵抗を感じる。

 

「あの、鳶一さん?」

 

「なに」

 

「これって何…?」

 

「お茶、外国の」

 

「お…茶…」

 

鳶一さんの答えを聞いてから私はもう一度カップに目を落とす。

すくなくともこんなお茶を私は知らない。

私の勘みたいなものが飲んじゃ駄目だと警報を鳴らしている。

 

「ご、ごめんね鳶一さん、せっかく用意してくれたのに私このお茶苦手かも――」

 

そう鳶一さんに言いながら私はティーカップをソーサーの上に戻そうとすると、鳶一さんが私の手とティーカップを止め、グイグイと私の方へと進めてくる。

 

「鳶一…さん?」

 

「どうぞ」

 

「え、いや…その」

 

「どうぞ」

 

「あのね…」

 

「どうぞ」

 

「…………いただきます」

 

なんか断りきれない自分の性格が嫌になる。

私はティーカップを恐る恐る口へと近づけていく。

間近まで寄ると、部屋に漂うお香の匂いを濃縮したような匂いが鼻腔を揺さぶる。

ちらと鳶一さんに視線を向ければ、キチンと飲むかを確かめる様に私をずっと見つめたままだった。

私は意を決すると、一度大きく息を吐いてから、ティーカップになみなみと注がれたピンクの液体を口に含んだ。

 

「――――あれ…甘いだけ…?」

 

私は拍子抜けしたようにそう呟いた。

衝撃的な味が襲い掛かる訳でもなく、口の中に広がるのは微かな甘みだけだった。

流石に粘度が高いせいか喉に絡むような感じはするけど今のところ異常はなかった。

と思っていたけど――。

 

「はぁ…っ、はぁ…っ」

 

急に身体火照りだし、動悸が激しくなる。

早鐘を打つ心臓を押さえるように私は胸元をギュッと両手で押さえ、トサリと後ろに倒れる。

荒く息をしながら急な体調の変化に困惑していると。

 

「………」

 

鳶一さんが両の手を私の頭の横につき、覆いかぶさってきた。

 

「……と、鳶一…さん?」

 

「なに」

 

疑問の声に鳶一さんは、私の方がおかしな事を言ってるみたいに、平然とした抑揚のない声で返してくる。

 

「な、なにを…」

 

「だめ?」

 

鳶一さんは首を僅かに傾げ、ただでさえ近い顔を更に近づけてそう言う。

鼻と鼻が触れ合いそうな程近くて、鳶一さんの吐息が私の唇を擽る。

空色の瞳は真っ直ぐ私の眼を見つめ、さらに甘い香りが鼻腔を刺激する。

そしてネグリジェから透けて見える鳶一さんの肢体。

私は頭がフットーしそうになるのを抑えこみながら、言葉を発する。

 

「だ…駄目…だと、思う…」

 

「そう」

 

鳶一さんはそう言うと数回瞬きしてから顔を離す。

 

「では、交換条件」

 

「え……?」

 

「ここから退くかわりに、私の要求を一つ、無条件で呑んで欲しい」

 

「な、なに…?」

 

鳶一さんは逡巡する様に間を置いてから言う。

 

「あなたは、夜刀神十香の事を十香と呼ぶ、けれど私の事は鳶一と呼ぶ」

 

「う、うん…」

 

「これは非常に不平等」

 

「…?」

 

正直、鳶一さんが何を言いたいのか分からなかった。

私が疑問符を浮かべていると、鳶一さんは顔を僅かに背けながら言葉を発する。

 

「私の事も、折紙と名前で呼んで欲しい」

 

「え…」

 

「だめ?」

 

鳶一さんが首を傾げてからいつも通りの抑揚のない――けど、少しだけ不安を孕んだような声音で言う。

 

「駄目じゃない…よ」

 

「そう」

 

「……」

 

「……」

 

そして沈黙が訪れる。

鳶一…折紙は表情のない顔で見つめていたが、その眼に籠った微かな期待する様なものを感じ、私は喉を震わせる。

 

「えっと…折紙」

 

「……」

 

私がそう名前を呼ぶと、折紙は無言で立ち上がる。

そしてぴょん、と軽やかに飛び跳ねる。

身を起こしながらポカンとその様子を見ていると、折紙が小さく声を発する。

 

「士織」

 

「…う、うん」

 

小さく、けどしっかりと折紙は私の名前を呼ぶ。

いつも『五河士織』とフルネームで呼ばれていただけに、なんだかむずむずするような感覚を感じながら返事をする。

折紙は返事を聞くと目を閉じ小さく深呼吸をする、ちょうど余韻に浸るように。

そして数秒後、折紙は再びぴょん、と飛び跳ねながら私に背を向け、着地すると扉へと歩いて行く。

 

「ど、どこに行くの?」

 

「シャワー」

 

僅かに私の方へ顔を向け、短くそう言うと、リビングを出て行ってしまう。

一人残された私は、しばらくポカンと呆然とする。

数秒後、状況を理解して深く息を吐き出しながらパタリと後ろに倒れ込む。

 

「あぅ…」

 

おでこに手の甲をあて目を瞑る。

今もまだ心臓がバクバクと早鐘を打って、身体が熱を帯びているみたいだった。

正直このまま休んでいたい気分だった、けど。

 

「よしのんを探さないと…」

 

身を起こし立ち上がりながら、再び部屋を見回す。

千載一遇ってこういう事を言うんだと思う。

 

「けどどうして急にシャワーなんて?」

 

汗を掻いたようでも、汚れたわけでもないのに。

疑問に頭を捻っていたけれど、答えがでる訳もなく。

頭を切り替えて、部屋の中の収納を調べていく。

収納内は綺麗に整理されていてちょっとでも動かしたらバレてしまいそうだ。

なるべく元の位置に戻すようにしながら探していく。

リビング内の収納を一通り調べ終わり、もう一度室内を見渡す。

 

「リビングにはないか…」

 

リビングの扉に目を向ける。

確か廊下に3つ扉があった気がする。

扉から時計に視線を移して時間を見ると、折紙がシャワーを浴びに行ってから10分程経っている。

流石に時間の猶予も余り無かった。

私は少し早足気味にけど物音をなるべく立てないように、廊下に出る。

一番手前の扉の前に通りかかる所で私は一瞬足を止めてしまう。

その扉の向こうからシャワーの水音が漏れ聞こえてきたからだった。

瞬間、収まりかけていた動悸が再び激しくなり、顔が熱くなる。

 

「落ち着いて…落ち着いて…」

 

そう呟きながら一度、二度と深呼吸をして落ち着こうとする。

深呼吸を何度かするうちに鼓動も落ち着きを少し取り戻す。

再び歩を進めて、反対側の扉に手を掛け、ゆっくりと開く。

中を見て私は呟く。

 

「ここは…寝室かな」

 

中は六畳程の洋室で、ベッドにクローゼット、それに少しの収納棚が配置されている一見何気ない寝室なのだけど。

何故か部屋が狭く感じる、そしてその答えはすぐに出た。

 

「…ベッドが大きい?」

 

そう私が使っているベッドの二倍近い幅のベッドがあるせいだった。

それに真新しい寝具の独特な匂いも感じ取れた。

 

「最近買ったのかな…?」

 

真新しいベッドシーツはピンと皺一つなく張られていて、頭の方には枕が二つ並べて置いてあった。

そして枕をよく見てみるとカラフルな文字で『構わない』と刺繍が施してあった。

試しに裏返してみると、同じような字体で『問題ない』と書いてあった。

 

「……」

 

平日昼間の新婚さんが参加するトーク番組の景品の枕だった、――拒否権が無い事を除けば。

私は苦笑いを浮かべながらそっと枕を元に戻す。

 

「うん…よしのんを探さないとね…」

 

無理矢理思考を切り替える様に少し大きな声で一人呟く。

何度か頷いてから、部屋をグルリと見回す。

 

「あ――」

 

見回した視線の先、部屋の隅に置かれた洋服ダンスの上。

段ボール箱に寄り掛かるように見覚えのあるシルエットがあった。

眼帯をしたコミカルなウサギ――間違いなく、よしのんだった。

 

「良かった、見つかった」

 

一安心する様に胸を撫で下ろし。

タンスに向かって歩き出す。

そしてタンスの目の前に着けばグッと背伸びをしながら両手を伸ばす。

無事によしのんを掴み取り、そっと目の前まで持ってくる。

解れなどがないか軽く見て、問題ない事を確認してふうと息を吐く。

 

「あとは帰るだけ――あ」

 

そこで私は思い出したように声を出す。

ここに訪れた一番の目的は達成した。

けどもう一つだけ、個人的な目的もあった事を思い出す。

ここまでずっと折紙のペースでちゃんとお話しが出来なかったけど――。

一度でも――折紙とちゃんと向き合ってお話しをしてみたかった。

――十香や四糸乃の事、精霊について――。

 

「何しているの?」

 

「――!」

 

突然扉の方から投げかけられた言葉にビクンと身体を震わせる。

反射的によしのんを後ろ手に隠しながら扉の方へと身体を向ける。

そこにはこの家の家主たる折紙が立っていた。

プロポーションの良い肢体をバスタオル一枚で包み、髪も水気を帯びて折紙の白銀の髪を一層引き立たせていた。

折紙は一歩足を進め、部屋の中へと入ってくる。

そしてそのまま、ゆっくりと近づいてくる。

私はなんとかして口から言い訳を絞り出しながら、一歩後ずさる。

 

「え、えっと…お手洗いを借りようかと思ったら、間違えて入っちゃって――」

 

「…」

 

「それでその…」

 

遂に折紙は私の目の前にやって来る。

更に私の顔を覗き込むように顔を近付けてくる。

折紙が近づいてくる程に、シャンプーの香りや、お風呂上がりの体温を感じられそうになる。

更に一歩後ずさる――と。

 

「――ひゃっ!?」

 

脚の後ろに何かが当たったかと思った瞬間バランスを崩し後ろに倒れてしまう。

咄嗟に目を瞑り、身体を強張らせ衝撃に備える。

けど訪れたのはフローリングの感触と衝撃ではなく、クッションの感触だった。

そう、幸いなのかどうか倒れた先は部屋に置かれたあの大きなベッドだった。

 

「っう…」

 

私は瞑っていた目を開く、と――。

 

「――っ!?」

 

折紙が先ほどのリビングの時のように私に覆いかぶさっていた。

ただリビングの時と違い、折紙はつい今し方まで身を包んでいたバスタオルを外していた。

要するに裸だった。

顔を見つめてくる折紙の顔はやや赤みを帯びていて、微かに当たる吐息は熱を帯びていた。

そしてそのまま、ぐっと身体を、胸を押し付けてくる。

折紙の胸が私の胸に押し付けられ、折紙の顔が徐々に私の顔へと近付いてくる。

そんな状況に私は頭がフットーするどころか爆発しそうな状況の中で、私は必死に頭を回転させて声を出す。

 

「お、折紙!その…お話があるのっ!」

 

折紙の動きがピタリと止まり、近付けていた顔を離していく。

 

「なに」

 

「あ…、その…」

 

私は一度インカムを指で叩く。

インカムからは雑音すら聞こえてこない。

この状況なら琴里にはこっちの会話は聞こえない。

一度唾を飲み込んでから、口を開く。

 

「折紙…。折紙は――精霊が…嫌い…なんだよね」

 

「………」

 

私の言葉を訊いた瞬間、折紙の雰囲気が変わったような気がした。

折紙は身体をグッと起こすと、訝しむように首を僅かに傾げる。

 

「なぜ」

 

私の目を真っ直ぐ射貫くように見ながら折紙が疑問の声を出す。

きっとこの会話が琴里に聞かれていたら『余計な事は言わないで』とか、『警戒心を抱かせないでちょうだい』とか言われて怒られていたと思う。

けど私には訊かずにはいられなかった。

両親を精霊によって失くし、精霊を悪として刃を向ける折紙に――。

 

「っ…、その、ね。精霊の中にも、いい子は居ると思うの…」

 

「ありえない」

 

バッサリと切り捨てられる。

 

「精霊は現れるだけで世界を破壊する、そこに存在するだけで世界を殺す。あれは害悪であり災厄。この世界に生きる者全ての敵」

 

「ッ…そんな言い方――!」

 

「私は忘れない」

 

私の言葉を遮り折紙が言葉を紡ぐ。

折紙の表情も、声のトーンも普段と変わらない筈なのに、怨嗟を感じさせるような雰囲気が感じられた。

 

「話した筈。五年前、私の両親が精霊に殺された事を」

 

「ッ…」

 

私が表情を歪めると、折紙は一度言葉を区切る。

 

「五年前、天宮市南甲町の住宅街で、大規模な火災が発生した」

 

「え…」

 

折紙の言葉に私は眉根を寄せた。

私も昔、そこに住んでいたからだった。

確かに大きな火事があり家が燃えてしまって、今の家に引っ越してきたから。

 

「公式にはあの火災は事故となっているけれど、実際にはあの火災は精霊が起こしたもの」

 

「そ…んな…」

 

私は驚きに目を見開いた。

 

「真っ赤な炎と共に姿を現した精霊。私はあの精霊に全てを奪われた。絶対に許さない。精霊は全て私が倒す。もう――私と同じ思いをする人は作らせない」

 

折紙は強い意志を込めた声でそう言い、シーツに着いた手を握りしめた。

 

「無論、夜刀神十香も例外ではない」

 

不意に出された十香の名に目を丸くした、けれど私はすぐに声を上げる。

 

「と、十香は、空間震も起こさないし、暴れたりもしない。普通の、私達と同じ女の子だよ」

 

私の反論に折紙は一瞬の迷いもなく首を横に振る。

 

「精霊反応が消えたのは事実。でも原因が不明な以上、最悪の状況に備えるべき」

 

「それは――」

 

私は言い淀む、折紙の言い分は当然の事だった。

そもそも折紙は私が十香の力を封印した事を知らないから。

 

「だって…空間震が起きるのだって、十香…精霊の意思じゃないでしょ!?なのに――」

 

「――なぜ、そんな事を知っているの?」

 

「っ、それ…は」

 

言い過ぎてしまった事に私は焦る。

なんとか良い言い訳はないかと視線を泳がせ考える。

けれど折紙は言葉を続けた。

 

「ちょうどいい機会。私もあなたに聞きたい事がある」

 

「な、なに…?」

 

「私はあの日、作戦遂行中に確かにあなたを――」

 

「――!」

 

その言葉に私は背筋を凍らせた。

折紙は十香の力を封印した時の事を言っているからだった。

動揺を隠せないでいる私にさらに言葉を投げかける。

 

「あなたは――、一体何者」

 

折紙が真っ直ぐ見据えながら言う。

私は一度呼吸を落ち着かせ、唇を開く。

 

「折紙…。信じてもらえないかもしれないけど、私のお話し聞いてくれる?」

 

折紙は直ぐに首を縦に小さく振る。

それを確認し、もう一度深呼吸をして言葉を続ける。

 

「そのね、私は、何度か精霊に会って、お話ししたことがるの。―十香だけじゃない。四糸乃とも」

 

「四糸乃?」

 

「えっと―折紙が<ハーミット>って呼んでいる精霊の事」

 

「非常に危険。やめるべき」

 

抑揚のない声で注意する、折紙に私は首を横に振る。

 

「折紙は―、一度も四糸乃と話した事はないと思う」

 

上体を起こしながら言葉を続ける。

 

「お願い。少し…ほんの少しでもいいの。今度四糸乃が限界したら、あの子とお話しをして欲しい。確かに折紙の言う通り、悪い精霊だっているかもしれない。けど!、十香や四糸乃は…。本当にいい子で、優しい子なの…っ!」

 

「……」

 

折紙は何も言わず私を見詰めるだけだった。

静かな目、けどそこには冷たさは感じない…不思議な眼差し。

 

「――」

 

そうか――私。

折紙にこんな話をしてしまった――しないといけなかった理由。

四糸乃を助けたいというのが大きい理由だった、けどそれだけじゃなかった。

それが――やっと分かった気がした。

私は折紙の目を再び見る。

 

「私はっ…、四糸乃をどうにかして助けたいし、十香の事を認めて欲しいと思ってる!でも…っ、それと同じくらいに、折紙、あなたにあの子達を殺して欲しくないの…っ!!」

 

「……」

 

私には折紙の今を間違っていると否定する資格なんてない。

自分と同じ様な人を作りたくないと、守りたいと戦うことを選んだ凄い人。

そんな折紙を私の稚拙な言葉で汚していい筈がない。

けど…

 

「なんで…なんでなんだろう…。悪い人なんて誰も居ないのに。十香も四糸乃も、折紙、あなただって…みんな優しい人達なのに…」

 

言って、涙で潤んでしまった目元を隠す様に手の甲で覆うようにしながら数度頭を振る。

折紙は僅かに逡巡し口を開く

 

「それは―、仕方のないこと」

 

「――っ」

 

「仮に、あなたの言う通り、<ハーミット>が戦いを望んでいないとしても、彼女が精霊である以上、空間震発生の危険性は必ず残る。その様な危険性を残すわけにはいかない」

 

至極整然とした言葉。琴里も、十香と初めて遭遇した日にも同じ事を言っていた。

きっと、大多数の人からしたら間違っているのは私の方。

けど私は――。

 

ウウウウウウウウゥゥゥゥ――――――――――――

 

空間震警報が鳴り響く。

 

「警…報…?」

 

「……」

 

折紙は数瞬間をおいてから、小さく息を吐き、身体を起こす。

 

「折紙…?」

 

「――出動。あなたは早くシェルターへ」

 

そう言い扉に向かう折紙に、私は身を起こしながら声を投げかける。

 

「――折紙!」

 

「…」

 

「最後に一つだけ…聞かせて。もし十香みたいに精霊の力が確認出来なくなったら、もう攻撃はしないんだよね…?」

 

これだけは、これだけは確認したかった。

きっと理想論だと笑われるかもしれない、けど私には――私にはそれを成し遂げられる可能性がある。

 

「私としては本意ではない――けれど、上層部の方針に背いて独断で行動することは出来ない」

 

私は一度その返答を噛みしめる様に、間を置く。

そして折紙を見る。

 

「ありがとう。今はそれが聞けて十分だよ」

 

「そう――」

 

折紙は短くそう返答すれば今度こそ部屋を出て行く。

折紙の後姿を見送った私は立ち上がり、窓から外を見る。

そして持っていたパペットを胸の前でギュッと抱く。

 

「四糸乃――」

 




はい、どうも皆さま、才華です。
今後も投稿は不定期&長期に渡ると思いますが、どうか生暖かい目で見てください。

ところで皆さまは「ファンタジア文庫大感謝祭」には行かれたでしょうか?
筆者は行きましたが、デート・ア・ライブのサイン本の入手はなりませんでした。無念。
あとは地下のファンタジア学園、教室の十香の机は十香らしさが溢れててほっこりできました。

誤字脱字のご報告などありましたらよろしくお願い致します。

それでは皆様、また次回ー。
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