デート・ア・ガール 士織リリウム   作:才華

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どうもお久しぶりでございます。

ちょーーーぜつ間が開いてしまいましたが四糸乃編最終話です。


雨のち太陽

「四糸乃――」

 

胸の前で抱きしめていたパペットを下ろすと私は踵を返し扉へと向かう。

一度リビングへと戻り、置いていたトートバッグを掴む。

中にはお土産にと持ってきたビスケットとマカロンの入ったタッパーが入ったままになっている。

私はタッパーを取り出し、テーブルの上に置いておく。

そしてパペットをバッグの中に入れ肩に掛け、急ぎ足で折紙の部屋を後にする。

マンションを出た所で私は足を止め目を見開いた。

部屋の窓から見た景色と今見える天宮市の景色がまるで違って、雪国を思わせる銀世界になっていた。

 

「なに…これ…」

 

私が驚愕の声を上げると、右耳のインカムから一瞬雑音が入ったかと思えば聞きなれた琴里の声が聞こえてきた。

 

『士織、聞こえる?』

 

「琴里、これって…」

 

『ええ、ご想像の通り四糸乃よ。ただあまり悠長に構えていられる状況じゃないわね』

 

息を吐く音が聞こえて、琴里が言葉を続ける。

 

『四糸乃を止められるのは、士織。あなたと、そのパペットだけよ。行ってくれるかしら?』

 

「当たり前。四糸乃も街も、あのままになんてしておけない」

 

琴里の問いかけに私は力を込めて返す。

 

『…シア。私の方からも一つ報告がある、いいかな?』

 

インカムから眠たそうな声が聞こえてくる、令音さんだ。

 

『…あれからいろいろと調べてみたのだが…君の疑問はあながち間違っていないようだ』

 

令音さんが言っているのはこの前、四糸乃が家に来たとき、私が琴里に言った事だと思う。

 

『…時間が惜しいから手短に伝えよう。四糸乃は――』

 

令音さんが簡潔に説明をしてくる。

 

「――っ」

 

令音さんから聞いた瞬間、胸がキュッと締め付けられる様な感覚に襲われた。

けど、不思議と驚きはなかった。

出てきたのは四糸乃なら――という納得。

そして――四糸乃を助けないといけないという決意だった。

肩に掛けたトートバッグの持ち手をギュッと握りしめ、雨に濡れる街に目を向ける。

深く深呼吸してから口を開く。

 

「琴里――」

 

その一言で察してくれたのか、琴里が答える。

 

『それでこそよ。道なりに、大通りにぶつかるまで走りなさい。四糸乃の進行方向と速さから、おおよそ5分後に差しかかるわ。急げば先回りできるはずよ』

 

「わかった――!」

 

琴里の指示を受けて、駆け出そうとする。

 

『ちゃっちゃと好感度上げて、キスしてらっしゃい』

 

「あう…」

 

具体的な事を口にされ、顔を赤くしてしまう。

すると琴里が呆れたような声を出す。

 

『なに、今更恥ずかしがってるの?別に初めてってわけでもあるまいし』

 

その言葉で、デパートでの事を思い出し更に顔が赤くなる。

 

「それは…そうなんだけど…あの時の事は事故だった訳で…、その改めて自分からするってなると、その…」

 

『あぁー、なるほど、士織ってば小さな女の子に迫るのが好きなロリコンだったのね』

 

「な、なんでそうなるの!?」

 

『やだ…なに図星?ストライクゾーンは中学生以下なの?怖い怖い。私も気を付けなくちゃ』

 

琴里が私の反応にからかう様にそう言う。

私は、はぁと息を吐き返す。

 

「そんな訳ないって…それに妹なんだから…」

 

義理とはいえ琴里は一緒に育ってきた大切な妹だ。

そんな事を思っているとインカムから声が聞こえなくなった。

 

「琴里?」

 

『うるさいっ!さっさと行きなさいっ!』

 

高圧的で冷静な司令官モードの琴里には珍しく、荒げた声が返ってきた。

 

「なんだったの……今の」

 

私は腑に落ちないと思いつつも、降り続く雨の中を駆け出す。

 

―――――――――――――――――――――

 

「はぁ…はぁ…」

 

雨の中、時折凍結した路面に足を取られながらも私は懸命に足を動かし駆けていた。

そして人気のない大通りに入った所で足を止める。

 

『士織、来るわよ』

 

琴里がそう言ってから暫くすると視線の先に大きなシルエットが見えてくる。

滑らかで鈍く光沢を放つ身体、頭部から伸びる長いウサギ耳。

間違いない、四糸乃の<氷結傀儡(ザドキエル)>だ。

私を大きく息を吸い込み声を張り上げる。

 

「四糸乃ぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

「……!」

 

凄まじいスピードで迫って来ていた巨大なウサギの背に張り付いていた四糸乃がはっとしたように私の方へと視線を向ける。

凍結した道路を滑る様に移動していた、<氷結傀儡(ザドキエル)>が私の前で止まる。

そして<氷結傀儡(ザドキエル)>が身を屈める。

その背中には涙で目元を真っ赤に腫らした四糸乃が居た。

 

「久しぶり…四糸乃」

 

「士織…さん…」

 

四糸乃がそう言いながら身を起こす。

身を起こした四糸乃は<氷結傀儡(ザドキエル)>の背中から腕を抜くと涙を拭う様に袖口でゴシゴシと顔を拭う。

その様子を見ながら私は肩から下げたトートバッグに手を伸ばす。

 

「四糸乃、あなたに渡さないといけないものを持って来たの」

 

「…?」

 

顔を拭った四糸乃が私の言葉に首を傾げる。

 

「これを―――」

 

パペットを取り出そうとした瞬間。

 

『士織!』

 

インカムから琴里の声が響いた瞬間、私の横を一条の光が駆け抜け。

その光はそのまま今度は四糸乃の肩口を掠め抜ける。

 

「な…っ」

 

私は声を詰まらせる。

そして振り返る。

 

「お…折紙――」

 

薄く煙を吐く長大な砲を携えた折紙が空中に居た。

それだけではなく、いつの間にか私達の周りにはASTの魔術師<ウィザード>が包囲する様に集まっていた。

 

『そこの貴女。即刻その少女から離れなさい』

 

機械的な音声で隊長と思われる女性から定型文な警告が発せられる。

けど直ぐに意識は四糸乃の方へと戻った――。

 

「ぁ――うぁ―ぁ、ぁ…っ」

 

四糸乃が顔を真っ青にしてガタガタと身体を震わせていた。

 

「ぁあああああああぁぁぁぁぁぁぁ―――!」

 

四糸乃は叫び声を上げ再び<氷結傀儡(ザドキエル)>へ両腕を差し入れた。

<氷結傀儡(ザドキエル)>は咆哮を上げながら身体を仰け反らせる。

 

「四糸乃――!待って!」

 

私の制止する声も今の四糸乃には届かない。

<氷結傀儡(ザドキエル)>は周囲の冷たい空気を凄まじい勢いで吸い込んでいく。

周囲のASTが手にしたあらゆる武器を使用し<氷結傀儡(ザドキエル)>へと攻撃を始める。

そのどれもが雨に阻まれ<氷結傀儡(ザドキエル)>には届かない。

 

「きゃっ…!?」

 

私は激しい攻撃と<氷結傀儡(ザドキエル)>の放つプレッシャーに気圧されて尻餅をついてしまう。

瞬間。四糸乃が、<氷結傀儡(ザドキエル)>から凄まじい冷気の奔流を放つ。

 

「――!」

 

私はそれが私の命を確実に奪うものだと分かった。

そしてそれを避けれるものでは無いという事も。

 

「士織――」

 

折紙の声が聞こえた、けどどの道間に合わないことは明白だった。

私はギュッと目を瞑りその瞬間を覚悟した――。

 

「――」

 

けれど覚悟していた衝撃や痛みは訪れなかった。

私は恐る恐る目を開く。

 

「これって―」

 

呆然とそんな一言を呟く。

眼前には数瞬前まで存在していなかった巨大な玉座が聳え立ち、四糸乃の攻撃を防いでくれた。

 

「<鏖殺公(サンダルフォン)>…?」

 

そうだ、鋼色の腰掛と肘掛け、剣の柄を頂点に覗かせる黄金の背もたれ。

十香の無二の武器<鏖殺公(サンダルフォン)>だった。

 

「なんで…これが…」

 

呆然としていると周囲にも動きが出た。

四糸乃は<氷結傀儡(ザドキエル)>が攻撃を終えると<氷結傀儡(ザドキエル)>の身を翻えさせ凄まじいスピードで逃げていく。

そして四糸乃を追うようにAST隊員もそれを追っていく。

折紙は私と目の前の玉座を一瞥するとAST隊員と同じように四糸乃を追っていった。

 

「………」

 

私は暫くの間呆然としてから、ハッと目を見開き、立ち上がる。

 

「四糸乃を追わないと――!」

 

「シオリ!」

 

立ち上がったと同時に後ろから呼び声が聞こえてきた。

凛としたそれでいて可愛らしい声音、そして聞きなれた声。

振り返りながらその声の主の名前を呼ぶ。

 

「十香――って――え?」

 

振り向いた私は十香の見慣れない姿に再び目を見開いた。

十香はいつも通り来禅高校の制服を着ていたけれども――首元や胸元、スカートなど制服の要所要所に光の膜が揺れていたからだった。

 

「十香、それって…」

 

「ぬ?」

 

私の言葉に十香は一度首を傾げたあと自分の制服へと視線を落とす。

 

「おお!?これは!霊装か!?」

 

初めて自分の装いに気付いたようで十香が驚きの声を上げる。

十香はペタペタと纏った霊装を触ると、ハッと顔を上げ私の方へと視線を戻す。

 

「!、そんなことより、シオリ!無事か?怪我はないか?」

 

「あ、うん。十香のおかげで」

 

そう言いながら私は<鏖殺公(サンダルフォン)>を見上げる。

十香をホッと肩を撫で下ろしたと思うと、ばつが悪そうにしながら、僅かに振るえた声音で言葉を続ける。

 

「その…悪かった…いろいろと…よく分からない事で苛ついてしまったり…だから――ずっと謝りたかったのだ……」

 

「それは…私が悪かったから…」

 

本当なら十香の言葉に丁寧に否定をしないといけない――けど今は時間がなかった。

もう一度<鏖殺公(サンダルフォン)>に視線を向ける、精霊の――十香の天使。

完全な状態ではないと思うけれど、ASTや四糸乃の<氷結傀儡(ザドキエル)>に対抗できる精霊の力。

私は幾ばくかの間をおいて、十香に向き直り真っ直ぐに十香の水晶の様な瞳を見つめる。

 

「十香、お願いがあるの」

 

「ぬ…?どうしたのだ、改まって」

 

私の言葉に十香は首を傾げる。

私はそのまま深々と頭を下げ、言葉を続ける。

 

「お願い――。私に…私に力を貸して!こんなこと、あなたに頼むだなんて筋違いだとは分かってる。けど――私は――あの子を、四糸乃を救ってあげないといけないの―――っ!」

 

「………」

 

私は精一杯の思いを乗せて言葉を紡いだ。

十香は数秒の無言の間を置いて、声を発する。

 

「四糸乃というのは…あの娘のことか?」

 

「うん」

 

「――」

 

私の返答に一瞬息が詰まったようになり、低い――悲しそうな声音で言葉を続ける

 

「そうか…。やはり、あの娘が大事なのだな。――私より――」

 

「――そんな訳ないっ」

 

十香が言い終わるよりも早く顔を上げ、十香の瞳を見てその言葉を否定する

 

「――え…?」

 

「そういう事じゃないの、あの子は――」

 

『士織。やめなさい。十香に余計な情報は――』

 

琴里が何かを言ってくるが、そのまま言葉を続ける。

 

「あの子は――十香、あなたと同じなの」

 

「同じ…?」

 

「そう。四糸乃は、あなたと同じ精霊なの」

 

「――!?あの娘が、か?」

 

私の言葉に十香は怪訝そうな顔を作り言葉を発する。

 

「それに、あの子も。十香、あなたと同じように自分の意思でどうにもならない力を持っていて、そのせいでずっと…ずっと苦しい思いをしてきたの――!」

 

「――」

 

「私は、四糸乃と約束したの。私がきっと救ってみせる――ヒーローになるって。――けど私の力だけじゃあの子を追いかける事も出来ない――っ」

 

もう一度大きく、深く頭を下げる。

 

「お願い、十香。力を――貸してっ!」

 

沈黙が私と十香の間に流れる。

けれど長くはなかった。

深呼吸をするような音が聞こえてきたかと思えば――。

 

「――そうか、そうだった。なぜ忘れていたんだろう。――私を救ってくれたのはこういう女だった――」

 

十香が微かな声で何かを呟いた。

そして足を踏み出す音が聞こえる。

 

「十香…?」

 

私は頭を上げる。

十香は歩みを進め私の横をすり抜ける。

そして<鏖殺公(サンダルフォン)>の前に着けば身を翻す。

 

「――あの娘を、追えばいいのだな?」

 

「――十香!」

 

十香は僅かに笑みを浮かべれば<鏖殺公(サンダルフォン)>を蹴りつける。

<鏖殺公(サンダルフォン)>は十香の蹴りによって背もたれから倒れながら、形を変化させてゆく。

 

「これって――」

 

私の疑問の声に十香は倒れた<鏖殺公(サンダルフォン)>に飛び乗ると、私にスッと手を差し伸べる。

 

「乗れ。シオリ。急ぐのだろう?」

 

「――!うん!」

 

差し伸べられた十香の手を取り、私も<鏖殺公(サンダルフォン)>の上へと乗る。

 

「捕まっていろっ!」

 

十香がそう言った瞬間

 

「――!」

 

凄まじい加速で<鏖殺公(サンダルフォン)>が凍った路面を滑走する。

全身を吹き飛ばさんばかりの風圧と加速度が襲う、咄嗟に私は目の前の十香の腰にしがみつく。

とうの十香はまるでただ床の上に立っているという風に悠然と立っていた。

 

「速度を抑えては見失う!このまま行くぞ!」

 

「う――うん!」

 

声を出すのも辛いほどの風圧の中で辛うじて返事をする。

 

『まったく――』

 

右耳のインカムから、琴里のやれやれといった声が響いてきた。

 

『十香が応じてくれたから良かったものの、軽率よ、士織』

 

「ごめんね。あとで幾らでも叱られるから――今は力を貸して、琴里っ!」

 

琴里ははぁとため息を吐いたあと、言葉を続ける。

 

『――勿論よ。精霊を助けるのが私達の使命。協力は惜しまないわ』

 

「ありがとう、琴里」

 

琴里に感謝の言葉を言うと同時に<鏖殺公(サンダルフォン)>のスピードが上がる。

一瞬バランスを崩しそうになる、けど十香がそれを支えてくれた。

 

「シオリ、大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫」

 

「そうか――あれはなんだ!?シオリ!」

 

私の方を向いていた十香が再び進行方向へ顔を向けたとたん十香が驚きの声を上げた。

そんな十香の声に私もその視線の先へと目を向けた。

 

「な――」

 

異常な光景だった。

吹雪が渦を巻き、綺麗な半球体を作り上げていた。

その周りにはASTの魔術師<ウィザード>が武器を構え包囲している。

 

「なんなの…あれは…」

 

『…四糸乃が構築した結界だね。…ふむ、よくできている』

 

「結界…?」

 

私の疑問の声に答えたのは令音さんだった。

令音さんは更に説明を続ける。

 

『…あぁ。侵入者を拒む無数の氷の弾丸の壁、…ASTの攻撃に対してはCRユニットが出力した魔力…それ自体を凍結させて防御しているようだ…』

 

令音さんが伝えてくれた情報を十香にも伝える。

十香は難しそうな顔を作り「むぅ……」とうなる。

 

「困った事になったわね。あれじゃ、誰も四糸乃に近付けないわ」

 

確かに、普通に考えたらあの結界は突破することは出来ないかもしれない、けど。

一つだけ、一つだけなら可能性があるかもしれない。

 

「私なら――」

 

『士織?』

 

私の呟きに琴里が反応する。

と、結界を包囲していたASTに動きがあった。

折紙が近くにあった雑居ビルの先端部分をむしり取り、四糸乃の結果の上へと運び始めた。

 

「そんな…っ」

 

『――ち、随分と思い切った真似をしてくれるわね』

 

「ど、どうしたら――」

 

私がそう言った瞬間。

十香が前方を見つめながら声を発する。

 

「シオリには、四糸乃とやらをなんとかする方法に心当たりがあるのだな?」

 

「――っ。」

 

私は十香の問いかけに一度大きく息を吸い込み答える。

 

「ある。絶対になんとかしてみせる――」

 

「そうか」

 

答えを聞いた十香は振り返り、にっ、と唇の端を上げる。

 

「十香…?」

 

「なら、そちらはシオリに任せる。ASTとやらは私に任せろ。シオリの邪魔はさせん」

 

十香はそう言うと、<鏖殺公(サンダルフォン)>の先端へと走る。

そして先端部分から出ていた柄を握り、走る勢いのまま一振りの剣を抜き取れば、背もたれを蹴り、今にもビルを結界へと叩きつけようとする折紙へ飛翔していく。

 

「――!」

 

肘掛け部分にしがみつきながら驚愕に目を見開く。

視線の先では折紙が投げ落としたビルの一部を十香が、手にした<鏖殺公(サンダルフォン)>で細切れにしていた。

そしてその勢いのまま十香は折紙へと切りかかっていた。

折紙達ASTは十香へと標的を変えたようで四糸乃の結界から離れていく。

私は声を発そうと開きかけた唇を結べば、視線を前へと戻す。

十香が作ってくれたこの時間を無駄にしてはいけない。

四糸乃を助ける――それが私のするべき事、そして十香の想いに報いる事。

四糸乃の結界へと突き進む<鏖殺公(サンダルフォン)>にしがみついたまま、私は琴里へ一つ問いかける。

 

「琴里――確かめたいことがあるの」

 

『なにかしら?』

 

「気になる事が多すぎて聞き忘れていたんだけど、私あの日…十香の力を封印した時…折紙に撃たれたんだよね…?」

 

あの日、十香を庇った私は折紙の放った弾丸によって致命傷を負ったはず。

私の問いかけに琴里は数瞬の間を置いて答える。

 

『――事実よ』

 

「あれって一体何なの?前に教えてくれた原因不明で備わっている私の力っていうのなの?」

 

『半分正解で半分ハズレ…かしら』

 

「どういうこと?」

 

再びの問いかけに琴里は悩むように一つうなってから言葉を続ける。

 

『士織に備わっている能力っていうのは正解、その通りよ。身体が致命的な傷を負ったとき、焔が身体を焼き、再生させる。――そんなゲームキャラ顔負けのチート能力って奴よ。そしてこっちは原因不明って訳じゃないわ』

 

琴里の答えに私は目を丸くする。

けど今は呆けている時間はない。

 

『分かった。今はその原因は訊かない。ただ確認なんだけど。私は、致命的な怪我をしても、回復できる――これに間違いはないんだよね?』

 

『――ええ』

 

琴里が短くそう答える。

答えを聞けば私は一つ息を吐く。

 

「よかった…あれが夢幻だったら、私死にに行かないといけなかった」

 

私のその言葉に琴里の息を呑む音が聞こえ、続けて声が聞こえてくる。

 

『――士織!あなたまさか――』

 

琴里がそう言いかけた所で、私が乗る<鏖殺公(サンダルフォン)>が四糸乃が居る結界の元へたどり着く。

結界の手前で<鏖殺公(サンダルフォン)>は停止し、私が地面に降り立つと<鏖殺公(サンダルフォン)>は音もなく光の粒となって消える。

 

「この中に四糸乃が――」

 

目の前の渦を巻く吹雪を見上げながら呟く。

そして肩から掛けていた、よしのんが入ったトートバッグを胸の前に抱き、私は一歩吹雪へと足を踏み出す。

 

『士織、待ちなさい。一体何をするつもり?』

 

インカムから琴里の制止する声が掛けられる。

けど私は歩みを止めない。

 

『まさか、生身で結界へ入るつもり?回復力頼りで?無謀すぎるわ、やめなさい』

 

「琴里、あの時私が撃たれたとき、全然動揺とか心配して無かったって聞いたよ?」

 

『あの時とは状況が違うわ。あの時は一発きりの弾丸だったけれど、今回は結界外周の5メートルの距離をそれこそ散弾銃で撃たれながら進むようなものよ?しかも、霊力を感知されたら凍り付かされるわ』

 

琴里はまくしたてる様に更に言葉を続ける。

口調も段々と余裕のなさそうなものになってきている。

 

『言っている意味がわかる?途中で傷を治す事が出来ないって言ってるのよ。途中で力つきたら、間違いなく死ぬわよ!?』

 

「――霊力…か。私のその回復力っていうのは、精霊の力なの?」

 

『――ッ』

 

琴里が息を詰まらせるのが聞こえる。

けど私は足を動かす事を止めない。

傍から見れば馬鹿な行動かもしれない。

琴里が言う様に死んじゃうかもしれない。

けど私は四糸乃と約束をしたから。

必ず救うって。私が四糸乃のヒーローになってみせるって。

 

結界にあと一歩という所で一瞬足を止め、一度深呼吸をする。

その間にも琴里の制止する声は続く。

 

『士織!止まりなさい!士織!』

 

そして私は結界内へと足を踏み入れる。

 

『――止まって…ッ!、おねーちゃ――』

 

そんな声を最後に、私の耳には凄まじい吹雪の音しか聞こえなくなった。

瞬間、凄まじい衝撃が身体に襲い掛かる。

そして一瞬遅れて激痛が走り、歩みが止まりそうになる。

けどそれを押し殺し更に歩を進める。

一歩進む度に左右から凄まじい衝撃が掛かり、その度に気絶しそうな程の激痛が走る。

何度目かの衝撃の後、前に倒れてしまう。が、それでも私は這うように四糸乃の元を目指す。

そしてハタと襲い来る衝撃と、風の音が消える。

結界を突破した様だった。

 

「はぁ…はぁ…――ッ」

 

既に両足の感覚と左腕の感覚は無かった。

意識をなくしていても可笑しくは無かったけれど、傷の痛みが逆にそれを防いでいた。

そして耳にハッキリとした音が聞こえてくる。

 

「ぅ、ぇ…っ、ぇ…っ」

 

直ぐに四糸乃の声だと分かった。

感覚の残った右腕でよしのんを取り出し、そのまま右手へとつける。

 

「よ、し、のんっ…っ…」

 

四糸乃がそう言うと、私は右腕を四糸乃へと伸ばし声を上げる。

 

「は、あ、い――」

 

「…………!」

 

私がそう返事をすれば、視線の先で<氷結傀儡(ザドキエル)>の背でうずくまっていた四糸乃がビクリと肩を震わせる。

そして当たりを見回し、私が持った『よしのん』に気付いた様だった。

 

「!よしのん…っ!?」

 

四糸乃はそう叫ぶと、<氷結傀儡(ザドキエル)>の背中から飛び降り、こちらへと走って来る。

 

「ひっ――!」

 

近くまで来たところでようやく私にも気づいたのだろう。

四糸乃は驚きの声を上げ足を止める。

驚きも最もだと思う、こんな瀕死の人間を見れば誰だってそう思う筈。

と――身体の中から熱を感じた、熱は胸の辺りから発せられたかと思えば全身へと広がっていく。

そして熱が引いていくと同時に痛みが無くなり、身体に力が戻って来る。

 

「…!?し、おりさ…っ」

 

熱が完全に消え去った時、四糸乃が驚愕の声を上げる。

私は身体をうつ伏せの状態から仰向けへとなり、深く息を吐き出す。

 

「し…死んじゃうかと思った…」

 

一息付けば身体を起こす。

そして目の前に立つ目元を真っ赤に泣き腫らした女の子の名前を呼ぶ。

 

「四糸乃――約束通り、あなたを助けに来たよ――」

 

そう言いながら手にした『よしのん』を四糸乃へ差し出す。

四糸乃は目を丸くすると――。

 

「う、ぇ、ぇぇぇぇ――」

 

目元から大粒の涙を流し泣き始めてしまう。

私は四糸乃へと歩み寄り、傍らに膝を着けばそっと四糸乃を抱きしめる。

四糸乃の頭をそっと撫でながら言葉を続ける。

 

「遅くなってごめんね」

 

「し、おりさん…わ、たし――っ」

 

言葉を詰まらせる四糸乃の様子を見ながら、左手にはめていた『よしのん』を動かしてみる。

 

『やっはー、ひっさしぶりだねー。元気だったかい?』

 

とても腹話術とは呼べない出来だったけど見様見真似で真似をする。

四糸乃はコクコクと何度も何度も肯定する様に首を倒す。

そんな四糸乃の様子を見ながらふと令音さんから伝えられた言葉を思い出す。

 

―――――――――――――――――――――

 

『…調査の結果、四糸乃をモニタリングしていた精神グラフに隠れる様にもう一つ小さな反応があった』

 

「それって――」

 

『…パペットを着けているときだけ、四糸乃の中にもう一つの人格があるということさ』

 

「!それは…四糸乃も分かっているんですか?」

 

『…それは分からない。一つ確かな事は、君がデパートで会話していたのは、四糸乃ではなく、パペットを通して発現していた別人格だったという事さ。四糸乃は物事を全てよしのんに任せ、心を閉ざしていた状態に近かったわけさ。道理でキスをしても封印する事が出来なかったわけだ』

 

「――」

 

『…そしてもう一つ。よしのんの発生原因について、分かった事がある』

 

「分かった事…ですか?」

 

『…あぁ。通常別個の人格を生み出してしまう原因はいくつかあるが――、一般的なものは虐待などの強い苦痛やストレスから逃れる為というものだ。要は辛い思いをしているのは自分以外の誰か、だと思い込む為にもう一つの人格を作り出してしまうのさ』

 

「それは…やっぱり、ASTに狙われる事が辛くて――?」

 

『…いいや。…信じがたい事だが、四糸乃は、自分が、ではなく、他者を傷つける事が無い様に、自分の力を抑える為に人格を生み出した可能性が高い』

 

「―――!」

 

『………シア。彼女を救ってやってくれ。こんなにも優しい少女が救われないのは……嘘だろう』

 

―――――――――――――――――――――

 

「あ、りがとう…ございま、す」

 

不意に、四糸乃がそう言いながら頭を下げる。

 

「え?」

 

「そ、の…よしのんを、助けて、くれて」

 

私ははにかみながら頬を掻いてから、四糸乃を見据える。

 

「次は――四糸乃。あなたを助ける」

 

「え――?」

 

私の言葉に四糸乃は不思議そうに首を傾げながらそう返す。

今の私に四糸乃の精神状態を知るす術はないけれど。

今まで触れ合ってきた四糸乃との時間と、いまこの瞬間の会話。

けっして長い時間ではなかったけれど、四糸乃の信頼を得ている事を信じて。

 

「四糸乃――それでね。あなたを助ける為には、その…一つだけ、やらなきゃいけない事があるの」

 

「なん…ですか?」

 

私は緊張で酷く乾くのどを動かし、言葉を続ける。

 

「そのね、キスって、覚えているかな?」

 

四糸乃は一瞬キョトンとして顔を作れば、首を縦に振り、肯定の意思を示す。

 

「そ、そっか。それでね…あなたを助ける為に、それをしないといけないの。…や、変な意味はないんだけど――」

 

――

 

私の言葉は続かなかった。

四糸乃がふっと目を瞑り。

私の唇へそっと口づけをしたからだった。

瞬間――身体の中へ温かいものが流れ込んでくる感覚が、私を襲う。

そして四糸乃はそっと唇を離す。

 

「!――――四糸乃…?」

 

「…?」

 

四糸乃は小さく首を傾げ。

 

「違い…ました…か?」

 

「ち、違わない…けど」

 

「士織、さんの…言うこと、なら…信じます」

 

瞬間――四糸乃の身を包んでいたレインコートが光の粒になり宙へ溶けていく。

私と四糸乃を囲んでいた結界もまた、急激にその勢いを弱め消え去っていく。

その様子と、自らを包む物が消えていく様に四糸乃がビクリと震える。

 

「……っ!、し、士織さ――これ――」

 

四糸乃は訳が分からないといった風に目をぐるぐると回しながら、徐々に裸になっていく身体を隠すように身を屈める。

 

「あう…あ、その、四糸乃これはね!その――」

 

顔を真っ赤にする四糸乃を見て慌てふためく。

と――。

 

「ん…」

 

四糸乃がふと、眩しそうに目を細める。

ふと振り返れば、雨の上がった雲の切れ間から丁度私達を照らすように、陽の光が降り注いでいた。

 

「暖か――い」

 

そう言う四糸乃の顔は驚嘆の色をしていた。

そして思い出す、四糸乃は水と冷気を操る為か、現界する時は常に雨が降り注いでいた事を。

そして四糸乃の視線は丁度真上を見ていた。

 

「き、れい…」

 

空を見上げた四糸乃はそう呟く。

私もその声につられる様に空を見上げた。

 

「――虹」

 

そう、雨雲が消え去った空には――虹が掛かっていた。

そして不意に私と四糸乃の身体が不思議な浮遊感に包まれた。

 

「ひゃっ…っ!」

 

「――!?」

 

この感覚は<フラクシナス>の転送装置だ。

きっと琴里が回収してくれたのだろう。

そう思った時には私と四糸乃は地上の街並みではなく、<フラクシナス>の艦内へと移っていた。

 

「……!?…!?」

 

四糸乃は突然の出来事に目を白黒させていた。

と――。

 

「シオリ!無事だったか!」

 

背後から掛けられた言葉にハッと振り向く。

そこには制服を所々焼け焦がせた十香が立っていた。

 

「十香――!よかった――」

 

私が名前を呼べば、十香は安心した様に息を吐き、手にしていた<鏖殺公(サンダルフォン)>と制服の要所に発現していた光の膜がフッと掻き消える。

 

「うむ。大したことはない。…というか、シオリ、おまえの方が酷い有様ではないか」

 

「あ……」

 

十香に指摘されて私は自分の恰好を見る。

着ていた服は、自分の血で真っ赤に染まり、穴だらけになっていた。

 

「ひ――っ」

 

傍らから四糸乃の怯えた様な声が聞こえてくる。

そして私の背後に隠れる。

十香の事が苦手の様だった。

その様子に思わず苦笑してしまう。

 

「大丈夫だよ四糸乃。この子は十香。私と一緒に――あなたを助けてくれたんだよ」

 

私がそう説明すると、四糸乃は恐る恐る十香の方へ顔を向ける。

 

「十、香…さ、ん」

 

「……ぬ」

 

十香は少し複雑そうな表情で四糸乃を見れば、少し間をあけて「うむ」と小さくうなずく。

 

「……?」

 

私は首を少し傾げた。

扉の向こう、廊下の方からバタバタとけたたましい足音が鳴り響いてきたからだった。

そして次の瞬間には扉が開き、肩で息をした琴里が部屋の中へと入ってきた。

 

「琴里…?」

 

私が驚いていると、琴里が睨みつけるように全身を見つめてきた。

そして――。

 

「この――アホ姉…!」

 

「きゃっ…!?」

 

琴里はタックルするかの様に飛びついて来た。

そして耐えられなかった私は後ろ向きに倒れる。

 

「馬鹿な真似して…っ!あなたは私の言う事だけ聞いていればいいのよ!!」

 

「琴里…」

 

琴里はそう言いながら私の胸元に顔を押しつけ、両腕で私の身体を抱きしめていた。

 

「…ちゃんと、回復現界も計算してるから――!!私の言う通りに動いてれば、

絶対に安全だから…っ」

 

私はそっと琴里の頭を撫でながら謝る。

 

「ごめんね、琴里」

 

「…本当に考えなしよ。馬鹿姉」

 

琴里はそう言ってから抱いていた腕を解き、身体を離す。

そこにはいつもの司令官モードの琴里が立っていた。

 

「全員頭の先から爪先まで精密検査よ!こっちに来なさい」

 

そう言えば琴里は身体を翻し、廊下へと出て行ってしまう。

 

「――はは」

 

私は自嘲気味に笑ってから、十香と四糸乃へ顔を向ける。

 

「それじゃあ、行こっか――」

 

そう言った所で十香の様子が少し可笑しい事に気付く。

浮かない表情で私の事を見ていたからだった。

 

「十香…?」

 

私が名前を呼べば、十香はハッとした様にしてから口を開く。

 

「!な、なんでもない!早く行くぞ!シオリ!」

 

そう言えば十香は部屋を出て行ってしまう。

 

「十香…?」

 

頭に一つ疑問符を浮かべながら、四糸乃と一緒に二人の後を追って歩き出した。

 




皆さまお久しぶりでございます。
才華でございます。

四糸乃編最終話、前回の投稿から半年以上経過しての投稿でございます。
いつの間にか評価もついていまして恐縮の至りでございます。

これからもこんな感じで不定期投稿となりますが、ながーーーーーーーーーい目と暖かい目で見ていただきますようお願い致します。

誤字脱字のご報告などありましたら、ご報告よろしくお願いいたします。
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