デート・ア・ガール 士織リリウム   作:才華

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狂三編
転校生


「よしっと」

 

週明けの月曜日。

私は何時もの様に朝食を用意していた。

テーブルへの配膳を終え、エプロンを外しながら二階の琴里に声を掛ける。

 

「琴里ー、朝ご飯出来たよー」

 

声を掛けてから暫くすると階段を下る足音が聞こえ、ドアの開く音と共に、黒い二つのリボンで結わえ制服に身を包んだ私の妹、琴里がリビングへ入ってきた。

 

「おはよう、琴里」

 

「ん、おはよう。士織」

 

そう挨拶をすれば琴里は定位置に座ってから再び口を開く。

 

「ところで士織、十香はまだ起きてないの?」

 

「そうみたい」

 

十香は土曜日に隣のマンションに越しているが、

基本的に食事をこっちで摂る事になっている。

時計を確認する。

登校のリミットまではまだ時間はあるけれど、一応確認した方がいいかもしれない。

 

「ちょっと様子を見てくるね、琴里は先に食べてていいよ」

 

「待ってるから大丈夫よ」

 

「わかった」

 

そう言って私は家の隣に立つマンションに向かう。

このマンション、通称「精霊マンション」は見た目こそごく普通のマンションなのだが共用玄関を過ぎてエレベーターホールに入る為にはまるで銀行の金庫の様な大きく頑丈な扉をいくつも通らないといけない。

そんな扉を琴里から渡されているカードキーで開き、エレベーターに乗って十香の部屋。

がある4階を目指す。

部屋の前に着けば、インターフォンを押す。

暫くすると足音が聞こえ、扉が開かれる。

扉が開くと、長い濡れ羽色の髪に整った顔立ち、そしてクリスタルの様な瞳を持つ少女。

十香が顔を覗かせる。

 

「おお!、シオリではないか、おはようだ!」

 

十香は私と分かるとぱあッと顔を明るくする。

 

「おはよう、十香」

 

「うむ、ところでどうしたのだシオリ?」

 

「あ、うん。朝ご飯が出来たから様子を見に来たんだけど…」

 

そう言って十香の姿を見る。

普段は髪を大きなリボンでポニーテイルに結い上げている十香だが、今は髪を下ろしている。

手を見るとリボンが握られていた。

ちょうど髪を結ぶところだった様だ。

十香は私の言葉を聞けば、得心した様にポンと手を打つ。

 

「そうであったか、待っていてくれすぐに準備をする」

 

「わかった、待ってるから」

 

そう言えば十香はクルリと身体を廻し室内に戻ろうとする。

その背中を見送ろうとして、私は違和感を覚えた。

今月から衣替えという事もあり十香は半袖ブラウスにリボンを付けた来禅高校指定の夏服を着ていた。

着用している制服に問題はなかった、問題だったのは…。

 

「と、十香」

 

「ぬ、どうかしたか」

十香を呼ぶと、十香は立ち止まりこっちに向き直る。

 

「えっと…もしかして着けてない?」

 

「?何をだ?」

 

「何って、その、ブラを…」

 

私の言葉に十香は不思議そうに首を傾げる。

 

「なんだそれは?」

 

「ああ……」

 

十香の何も分からないという答えに私は頭を押さえた。

今まで十香が身に着けていた服は冬服のブレザーや私服でもあまり身体のラインが出ないものだったから気付かなかった。

一昨日の買い物でランジェリーの類を買いに行かなかったのを少し後悔した。

 

「そのブラっていうのは下着の事でね、胸に着ける物なんだけど」

 

「ふむ、胸に着ける物か?」

 

「うん。それでね、十香ちょっと部屋に案内してくれる?」

 

「う、うむ」

 

十香にそう言えば私も靴を脱ぎ部屋に入る。

十香の案内で一室に入る。

そして十香に断ってから壁際に並んだ衣装箪笥を調べる。

ちょうど一番上の棚に目当てのもの、下着類が収納されているのを見つけた。

幸いというべきかどれも同色、同デザインだった為一つを手に取り箪笥を閉じる。

そして十香に手にしたそれを見せる。

 

「これが、ブラ…ブラジャーっていう下着だよ」

 

「おお、これがそうであったか」

 

十香にブラを手渡すと、十香はブラを両手でつまみ上げまじまじと観察する。

しばらくすれば十香が少し嫌な顔をして言う。

 

「む……シオリ。どうしても着けねば駄目か?」

 

「ダメだよ十香」

 

「何故だ?_」

 

「そのね、例えば雨に降られたりとか、汗を掻いたりするとブラウスが透けてね――――」

 

私の説明を聞けば十香が顔を赤くして顔を伏せる。

 

「わ、分かった」

 

「それじゃあ外で待ってるね」

 

そう言って部屋の外へ出ようとすると、十香がギュッと私のカーディガンの袖口を掴んで引き留める。

 

「むう…シオリ…教えてくれないか?」

 

十香はそう言うと手にしたブラをズイっと私に押し付けてくる。

私は受け取ると一度深呼吸してから口を開く。

 

「それじゃあ…十香、ブラウスを脱いでベッドに腰かけて」

 

「う、うむ」

 

十香は返事をすればベッドに腰かけてブラウスのボタンを外してゆく。

私はその間に十香の後ろへと廻る。

 

「シオリ、脱いだぞ」

 

「あ、うん…」

 

前を見れば、十香の背中があった。

シミ一つない白磁の様な肌を夜色の髪が引き立てていた。

 

「十香、まずはこのストラップを腕に通して」

 

「うむ…」

 

私はそう言って十香に再度ブラを手渡す。

十香は受け取ったブラのストラップに腕を通してゆく。

 

「次は、カップを胸の下に当てて……」

 

言葉による説明と時折手を貸しながら十香にブラの付け方を教えていく。

そして――。

 

「うん、これで大丈夫」

 

「ん、ありがとうだ、シオリ」

 

十香はそう言って立ち上がると身体を動かす。

そして少し不満気な顔をする。

 

「むう…動きづらいぞ」

 

「我慢して、そのうち慣れるよ」

 

「む、むう」

 

十香は少し不満げな顔をしていたがしょうがないという風に気持ちを切り替えた様だった。

 

「それじゃあ朝ご飯食べよっか」

 

「うむ!」

 

そう言って、十香と一緒に家へと向かった。

 

 

―――――――――――

 

 

3人で朝食を摂った後、私と十香は学校へと向かっていた。

普段は8時ちょうど位には教室に着いているのだけれど、今日はあんな事があったので少しギリギリの到着だった。

校内へ入り自教室に向かう。

教室の扉を開けると、入り口の近くで男子生徒が黒板に落書きをしているところだった。

 

「おはよう、殿町君」

 

あいさつをすると殿町君はシュタっと音がしそうな速さで私の目の前で膝をついてきた。

 

「やあ、おはよう。士織ちゃん。今日もまた一段とキュートだね」

 

殿町君は私を見上げる様にしてからそう言うとウィンクをする。

 

「あ、あははは……」

 

私がリアクションに困っているといつの間にか殿町君の後ろに3人の女生徒が立っていた。

 

「殿町ぃ…」

 

「いい度胸してるわね」

 

「マジ引くわー」

 

クラスメイトの山吹亜衣さん、葉桜麻衣さん、藤袴美衣さんだった。

3人は殿町君を蔑むような眼で見降ろしながら続ける。

 

「あんた朝っぱらから士織ちゃんに手ぇ出すなんていい度胸してるじゃない」

 

「辞世の句を詠むがいい」

 

「マジ引くわー」

 

3人がそう言うといつの間にか集まっていたクラスメイトが殿町君の両腕をガッシリと掴んでいた。

殿町君は額から汗を垂らしながら自分を囲むクラスメイトを見回す。

 

「え、ちょっと待って俺、挨拶しただけで、ていうか前にもこんな――」

 

そんな殿町君の言葉も空しくズルズルと教室の外へと引きずられていってしまう。

しばらくすると叫び声の様なものが聞こえてきた。

 

「ど、どうしたのだ、殿町は」

 

「あー、気にしなくて良いと思うよ…」

 

私はそう言って自席へと歩いていく。

世の中には気にしてはダメな事もあるのだ。

そして自席に着く寸前、左隣の席に目を向ける。

そこにはいつも通り、綺麗な少女が腰かけ、読書をしていた。

色の白い肌に、人形を思わせる顔立ちをもった少女。

 

「おはよう、鳶い―」

 

「…………」

 

私が名前を呼ぼうとした瞬間、射貫くような視線を向けてくる。

そこで私はこの前の事を思い出し。

 

「お、折紙さ…」

 

「………」

 

再びの無言の圧力。

 

「―折紙」

 

「おはよう、士織」

 

言い直すと、少女―折紙は小さくうなずきながら返してきた。

そして折紙は私の肩越しに十香を見れば、視線を鋭くする。

 

「今日も一緒に登校してきたの」

 

「え?あ、うん。そうだけど」

 

「そう」

 

一見すると表情も語感も変わらない様だけれど、威圧感のような物を感じる。

 

「――ぬ?」

 

威圧感に気が付いたのかわからないが、私の席の右隣の席に座ろうとしていた十香が折紙の方へ顔を向ける。

 

「なんだ、何か用か?」

 

「別に」

 

「…ふん」

 

十香は不快だという風に鼻を鳴らし、そっぽを向く。

と、そこでスピーカーからチャイムが鳴り響く。

 

「ちゃ、チャイム鳴ったよ、十香。席に着こ、ね?」

 

「う…うむ……」

 

十香は返事をすれば席に着く。

私も一安心すれば椅子に腰を落ち着ける。

先ほど殿町君を引っ張っていったクラスメイト達もぞろぞろと教室に戻ってくればそれぞれの席に着席する。

程なくして、教室の扉が開き、眼鏡をかけた小柄な女性が入ってくる。

担任の岡峰珠恵先生だ。

 

「はい、みなさんおはよぉございます」

 

いつも通りのほわっとした挨拶を済ませると岡峰先生、通称タマちゃん先生が出席簿を取り出し、出席確認を行う。

 

「殿町君――は居ないみたいですねぇ」

 

そうして出席を確認し出席簿を閉じるとタマちゃん先生が手を合わせて言う。

 

「今日はぁ、みなさんにお知らせがありますぅ」

 

その言葉に教室がざわめく。

そして思わせぶりな視線を投げかけ言う。

 

「なんとぉ!このクラスに、転校生が来るのです!」

 

ビシッとポーズをつけ高らかに宣言すれば教室中に驚きとも歓声とも言える声が満ちる。

かく言う私も驚きとどんな人が来たのだろうという好奇心はある。

それだけ転校生というものは学校生活の中でも大きな出来事だ。

実際、十香がやってきた時にもクラスは皆一様に浮かれていた。

 

「けど……」

 

二か月ほど前に十香が転校…表向きにはだけれどしてきたのに、またこのクラスに転校生が割り当てられるのかと疑問に感じた。

二年生はこのクラスだけという訳でもないのに。

 

「それじゃぁ、入ってきてー」

 

そんな私の思考はタマちゃん先生の声によって途切れた。

ゆっくりと扉が開かれ、転校生が教室に入ってくる。

転校生の姿が見えると途端に教室から音が消えた。

転校生は少女だった。

気温も高くなってきた中、冬服のブレザーを隙なく着込み、両足はタイツに包まれている。

そして十香よりも更に濃い長髪を左右で結び、長い前髪は顔の左半分を覆い隠していた。

そんな凡そ同い年とは思えない妖艶な魅力を醸し出していた。

そんな彼女が教卓の直ぐ脇に立つ。

 

「じゃあ自己紹介をお願いしますねぇ」

 

「――ええ」

 

タマちゃん先生が促すと、彼女は優美な仕草でうなずくと、背を向けチョークを手に取る。

そして黒板に、綺麗な文字で『時崎狂三』と書き込んだ。

 

「時崎狂三と申しますわ」

 

清らかな、そしてよく響き渡るような声で、彼女…時崎さんは続ける。

 

 

「わたくし、精霊ですのよ」

 

 

「――」

 

その言葉に。

私は正に衝撃を受けた。

時崎さんの言葉にどよめく教室の中で、きっと両隣に居る十香、折紙だけが同じ反応をしている筈であった。

そして一瞬、時崎さんが私の方を見て微笑んだ様に見えた。

 

「―――!」

 

「えぇ……と…。とっても個性的な自己紹介ありがとうね!」

 

タマちゃん先生が教室に漂うなんとも言えない空気と、時崎さんが言葉を続けない事で自己紹介の終了を促す。

 

「そ、それじゃあ時崎さん、席を用意してあるので空いている席に座って下さいね」

 

「ええ。その前に、岡峰先生。一つお願いがあるのですけれど」

 

「はい、なんですか?」

 

タマちゃん先生が問い返せば、時崎さんが人差し指を立て顎に当て軽く首を傾げる。

 

「わたくし、転校してきたばかりでこの学校の事をよく知りませんの。放課後で構いませんから、何方かに案内をしていただきたいのですけれど」

 

「あ、では。クラス委員長の――」

 

タマちゃん先生が委員長を指名しようとしたが、時崎さんが言葉を遮るように歩きだす。

そして私の目の前へとやってくる。

 

「――お願いできませんこと?――士織さん」

 

「――え?」

 

予想外の展開に私は茫然とした声を出す。

 

「わ、私…?それになんで私の名前を――」

 

「…駄目…ですの?」

 

「え、あ…駄目ではないけど…」

 

「では決まりですわね。よろしくお願いしますわ、士織さん」

 

時崎さんは微笑みを浮かべれば、茫然としているクラス中の視線の中、指定された席。

十香の右隣の席へと向かう。

そして時崎さんが着席したのを確認すると、タマちゃん先生がホームルームの終了を伝え、教室から出ていく。

それを確認すると私はポケットにしまっていた携帯電話を取り出し、教室から足早に出る。

そして直ぐにアドレス帳から琴里の番号を呼び出す。

数コール後、スピーカーから間延びした琴里の声が聞こえてくる。

 

『どーしたー、おねーちゃん』

 

「あ、もしもし。琴里」

 

『どったのー、こんな時間に。もうちょっと早かったら先生に怒られてたところだぞー』

 

「ちゃんとマナーモードにしないとダメだよ」

 

『たまたま忘れてただけだもーん』

 

少し不満げな声で琴里が言う。

 

『でー、どうしたのだー?』

 

「実はね……」

 

そう言ってから開けたままの扉越しに時崎さんに目を向ける。

自己紹介の時の風変りな…もとい普通の人からしたら引かれてしまいそうな発言をしたにも係わらず、時崎さんの周囲にはクラスメイト達が我先にと集まり人だかりが出来ていた。

廊下にも転校生の話を聞きつけたのか他クラスの生徒が見える。

すると時崎さんがこちらを向き、目が合った。

時崎さんは目が合うとにこりと笑みを浮かべる。

同性でも一瞬ドキッとしてしまう笑みだった。

私は視線を逸らす。

 

『おーい、おねーちゃーん?』

 

「え、あ、その今日私のクラスに転校生が来たの。それでその子が言ったの」

 

「んー、なんて?」

 

「私は、精霊だって――」

 

『…………』

 

私が告げた瞬間、琴里が無言になる。

そしてスピーカーから衣擦れの様な音と、廊下を歩く音が聞こえてくる。

 

『―詳しく話してちょうだい』

 

つい先ほどまでとは違う口調で琴里が言う。

 

「詳しくって言われても、言った通りだよ。挨拶の時に『私は精霊だ』って言ったの。あと気のせいかもしれないけど、私の方を向いてたみたいだった」

 

『なるほどね、けど向いてたってのは少し自意識過剰じゃないかしら?』

 

「………」

 

『まあいいわ。<フラクシナス>から観測機を出して、令音にも連絡を入れるわ』

 

「うん、お願い」

 

そう言って通話を終了したと同時に、一限目の開始のチャイムが鳴り響いた。

 

―――――――――――

 

「…シア、これを」

 

「ありがとうございます、令音さん」

 

お昼休み、令音さんに呼ばれ私は理科準備室を訪れていた。

令音さんからインカムを受け取り、ポケットにしまう。

 

「…彼女…狂三だが、観測の結果間違いなく精霊であることが確認された」

 

「本当に精霊だったんですね」

 

正直半信半疑ではあった、けれどふざけて言っている様な感じでもなかった。

それにあの時、自己紹介の時に感じたあの視線。

 

「…ああ、私達もまさか高校に転校してくるとは思いもしなかった」

 

「そうですね」

 

令音さんはそう言うとふうと息を吐く。

私もまさか精霊が転校生として現れるとは思ってもみなかった。

 

「…ともかく、シア気を付けて」

 

「はい、令音さん」

 

――――――――――――

 

黒板の上にある時計は三時半を過ぎた所だった。

帰りのホームルームが行われていて、教卓前に立つタマちゃん先生が連絡事項を伝えている。

何時もと変わらないホームルームの筈だったけれど、私は緊張感に苛まれていた。

 

「――!」

 

時崎さんが時折私の方へと視線を向け、小さく手を振ってくるのだ。

その度に、無視するのも失礼だと思い、微笑み返し小さく手を振る。

 

「「……………」」

 

その度に私の両隣…十香と折紙が鋭い視線を私に向けてくる。

 

「うう――」

 

私は一体全体どうすればいいのだろう。

溜息を吐くと同時にタマちゃん先生が教卓の上に広げていた出席簿を閉じる。

 

「――連絡事項は以上となります。…あ、それから、最近この近辺で失踪事件が多発しているとの事です。皆さん、出来るだけ複数人で行動して、あまり暗くならないうちにおうちに帰るとようにして下さいねぇ」

 

まるで小学生に注意をする様にタマちゃん先生はそう言う。

今朝のニュース番組でも少し話題になっていた事を思い出した。

私や十香は兎も角、琴里には気を付けて…と思ったけれども琴里だったらいらないかもとも思ってしまう。

そんな事を考えている内に起立の号令が聞こえてくる。

号令に従い起立し、礼をする。

そしてタマちゃん先生が「はい、さようなら」と言って教室から出ていく。

同時に教室中から話し声や席を立つ音が聞こえてくる。

クラスメイト達が帰り支度や、談笑を始める中私は一人気合を入れなおす。

昼休みの内に受け取っていたインカムを取り出して右耳に着ける。

数回インカムを小突くと声が届く。

 

『士織、準備はいい?』

 

「うん、大丈夫」

 

『しっかし、本当に精霊だったなんてね。――てっきり士織の妄想かと思ったわ』

 

「…琴里はお姉ちゃんをなんだと思ってるの…」

 

私のツッコミを琴里はスルーすれば、言葉を続けてくる。

 

『まぁ、好都合じゃない。なにしろ向こうからお誘いしてくれるんだもの。それに警報も鳴っていないからASTもちょっかい掛けてこれないでしょうし。願ったりかなったりよ』

 

琴里の言葉に一人頷く。

仮に折紙が連絡していたとしても大勢の学生が居る中で手は出せない筈だった。

 

『兎も角、今のうちに好感度上げて、デレさせちゃいなさい』

 

「…あ…うん」

 

少し歯切れの悪い感じで返す。

琴里の言う事は最もだけれど、時崎さんの意図、目的が分からない事に少しもやもやしていた。

 

『何よ、その腑抜けた返事は。まだ精霊とキスするのに抵抗があるっていうの?』

 

「っ――。そういう訳じゃ――」

 

少し頬を赤くして返す。

琴里はふんと息を吐いてから言う。

 

『あんまりお喋りしている暇はないわよ』

 

「え?」

 

琴里の言葉に疑問の声を上げたと同時に後ろから声が掛けられる。

 

「士織さん」

 

その言葉に振り向けば何時の間にか時崎さんが立っていた。

 

「と、時崎さん…」

 

「狂三」

 

「え?」

 

「狂三で構いませんわ」

 

「あ、それじゃあ…狂三」

 

私が名前で呼びなおせば時崎さ…狂三は微笑む。

 

「学校を案内して下さるのでしょう?よろしくお願いしますわ」

 

「う、うん」

 

近くで向かいあって感じる。

折紙以上に人形の様に整った顔立ち、所作一つ一つに優雅さや高貴さを滲ませる。

同性すらも魅了する蠱惑的な雰囲気を漂わせていた。

暫くぼうっと狂三を見ていると、狂三が首を傾げ唇を開く。

 

「士織さん、どうかされまして?」

 

「え――、あ。ごめんね、少しぼうっとしちゃってて」

 

「うふふ…では改めてよろしくお願いしますわ」

 

そう言うと狂三は教室の外へと向かう。

狂三を追いかけようとするとまた声を掛けられる。

 

「…シオリ!」

 

独特な呼び方にその方向を見れば十香が居た。

十香は少しムスッとした様子でこちらを見ていた。

 

「十香―」

 

『――士織、今は狂三よ』

 

琴里の声がインカムから聞こえる。

同時に廊下から狂三も声を掛けてくる。

 

「士織さん、早くいらしてくださいまし」

 

『早くなさい、士織』

 

二人に促され、私は十香に「ごめんね」と言ってから狂三の後を追う。

狂三は教室から出てすぐの所で待っていた。

 

「何処から案内して下さいますの?」

 

狂三が小首を傾げながら言ってくる。

 

「ん…そうだね…」

 

特に行く場所を決めていなかったので私は少し考える。

するとインカムから琴里の声が響く。

 

『士織、ちょっと待ちなさい。こっちでも検討してみるわ』

 

琴里の言葉を聞けば、私は少し考えるフリをしつつ指示を待つ。

しばらくすると再び琴里の声が聞こえてくる。

 

『士織。まずは食堂と購買部でも案内してあげなさい』

 

その指示を聞けば、狂三に向き直る。

 

「それじゃあ、食堂と購買部を案内するね。これから必要になってくると思うから」

 

「わかりましたわ」

 

私がそう言うと狂三は微笑みを浮かべながら首肯する。

そして、軽やかなステップを踏みながら私の横に立つ。

 

「では、参りましょうか」

 

「う、うん」

 

積極的に来る狂三に少し気圧されつつも、目的地である食堂・購買部へと歩を進める。

途中の廊下では転校生である狂三を興味深そうに見る視線が多く注がれる中を歩いていく。

道すがら校内の簡単な説明をする。

渡り廊下に差し掛かった頃。

 

「今来た方が、教室棟。それでこの先が特別棟。今日は授業で使う機会がなかったけど、理科学教室とか家庭科室がある棟だよ」

 

そこまで言って隣を歩く、狂三の方へと視線を向ける。

瞬間、心臓が大きく跳ねる。

 

「――」

 

狂三が、髪で隠されていない右目で私の方をジッと見詰めていたのだから。

そして私と目が合うと、嬉しそうな微笑みを浮かべる。

気恥ずかしくなり、視線を逸らす。

 

「あ、歩くときは前見ないと危ないよ、狂三」

 

私がそう言うと狂三は驚いた様な、うれしい様な「まあ!」という声と共に目を見開く。

 

「わたくしを気遣って下さるだなんて、士織さんはとても優しいのですわね」

 

「そ、そんな事ないよ」

 

「ご謙遜なさらないでくださいまし」

 

狂三は一瞬目を伏せ、首を僅かに左右に振る。

 

「元はと言えば、わたくしが士織さんの横顔に見惚れてしまったのが悪いのですわ」

 

そう言いながら僅かに上目遣いをしながら再び私を見つめてくる。

 

「み、見惚――!?」

 

私は林檎もかくやと言わんばかりに顔を真っ赤にしてしまう。

わたわたとしていると、琴里の呆れた様な声が聞こえてくる。

 

『ちょっと、あなたが口説かれてどうするのよ』

 

その声で少し平静を取り戻し、顔に手を当てながら小声で返す。

 

「ご、ごめんね」

 

『しっかしまあ、今までにないタイプの精霊ね。完璧に人間社会に溶け込んでる事。そして向こうからの積極的なアプローチ…』

 

そこまで言うと琴里は考えこむ様に「ふむ」と喉を鳴らす。

 

『兎も角、色々と情報も探りたいわね。校舎の案内を続けながら質問もしていこうかしら…ちょうどいいところで選択肢が来たわね。すこし待ちなさい』

 

暫くの間を開け、再び琴里から指示が来る。

その指示に小さく「わかった」と返事を返せば、再び歩きだしながら狂三に指示通りの質問を投げ掛ける。

 

「そういえば…」

 

「どうかされましたか?」

 

「今朝の自己紹介の時に『私は精霊だ』なんて言っていたけど、どういう意味なの?」

 

私の問いかけに狂三は一瞬キョトンとしたがすぐに、ふふっと微笑みを浮かべる。

 

「とぼけなくてもよろしくて、士織さん。士織さんはちゃあんと知っているのでしょう?」

 

そう言いながら狂三は私の前へと出て、下から私の顔を覗き込む様にしながら言う。

 

「――精霊の、ことを」

 

その言葉に私は息を詰まらせる。

インカムからは琴里の訝し気な声が聞こえてくる。

 

『一体、何なのこの女は…士織が精霊の存在を知っている事を確信しているの?…一体全体どういうことよ』

 

そんな琴里の言葉を聞きながら私は口を開く。

 

「なんで…私の事を知っているの……?」

 

「ふふっ、それは秘密ですわ」

 

狂三はそう言いながら一指し指で自身の唇を抑える。

 

「え…?」

 

「でも…」

 

「わたくしがこの学校にやって来たのは。士織さんに会うためですの。わたくし士織さんの事を知ってから、士織さんの事がずっと頭に浮かんでましたの…ですから今わたくしはすごく――」

 

一瞬の間を開け、狂三は頬をピンク色に染めながら言う。

 

「幸せですわ」

 

「――――!!」

 

私は一瞬で顔が熱くなるのを感じた。

漫画やアニメであったなら頭から湯気が出ているかもしれない。

 

『ちょっと。士織!しっかりなさい!』

 

琴里の声で我に返る。

頭を数回大きく左右に振り、一度大きく深呼吸し気持ちを落ち着ける。

 

「と、とりあえず案内を続けるね!」

 

そう言えば先導する様に狂三の脇を通り抜け歩く…。

が―通り抜けようとした瞬間、私の左手を狂三が引き留めるかの様に握って来た。

 

「ひゃっ!?」

 

『なんですって――?』

 

突然の事に私は素っ頓狂な声を上げ、琴里も驚きの声を上げる。

狂三の方へと振り返れば、大仰に額を押さえていた。

 

「ああ…わたくし実はひどい貧血持ちですの。士織さん、よろしければ保健室へ案内してはいただけませんの?」

 

「え、あ…保健室だね…けど大丈夫?歩ける?」

 

「大丈夫ですわ…ただ――」

 

狂三はそう言いながら握ったままの私の左手を引っ張り、左腕を抱える様に抱きしめ私に垂れかかる。

必然、私の二の腕に狂三の胸が触れ、制服越しにでも柔らかさと身体の熱が伝わってくる。

 

「これなら動けますわ」

 

「―――!?」

 

そんな狂三の行動に目を白黒させていると

 

「ぬわっ!」

 

「っ」

 

そんな声と同時に何かが倒れる様なけたたましい音が鳴り響く。

その音に振り向けば、廊下に設置されている掃除ロッカーが倒れていて、

中身のモップや箒などの掃除道具が散乱していた。

そして倒れた掃除ロッカーの陰に折り重なる様に倒れている人が―。

 

「と…十香それに折紙!?」

 

「あらあら?」

 

間違いなく十香と折紙だった。

二人は狂三を見れば勢いよく立ち上がり声を上げる。

 

「シ、シオリ!なな、なんなのだ!その、あれは!」

 

「時崎狂三。学校案内で手を握るどころか、腕を抱く必要性は皆無のはず。今すぐ離れるべき」

 

「そう!それだ!」

 

普段は折紙と険悪な仲の十香が折紙の言葉に同意をしながら私を…正確には狂三に抱かれた腕を指さす。

 

「こ、これは…」

 

「これは貧血で動けないわたくしにお優しい士織さんが肩を貸して下さったのですわ。士織さんを責めないであげてくださいまし」

 

私が説明するよりも早く狂三がそう言えば、より一層腕を強く抱く。

狂三の説明を聞いた二人から詰問する様な鋭い視線が飛ぶ。

私は反射的にコクコクと頭を振り肯定の意を伝える。

すると折紙が一瞬思案顔を浮かべたかと思えば、頭を押さえながら崩れる様に膝を突く。

 

「お、折紙!?」

 

驚きの声を上げれば折紙が顔を上げる。

 

「私も貧血持ち」

 

「…………」

 

一瞬場に冷たい風が吹いた様な気がした。

 

「とても一人では歩けない」

 

「………」

 

「優しい人」

 

「…肩、貸すよ?」

 

プレッシャーに負けて私はそう言う。

お義母さん私はダメと言える人間になりたいです。

折紙はその言葉を聞けば貧血と言ったのはなんだったのかというスピードで狂三と同じ…狂三以上に強く私の右腕を抱き、ピタリと身体を寄せて来る。

そんな二人の様子を見ていた十香は得意げな顔をしながら言う。

 

「二人とも情けないな!」

 

そう言いながら腕組みをしようとして突然ハッとした顔になる。

そして折紙の真似なのか、床に膝を突き。

 

「シオリ!私もヒンケツなのだ!」

 

「そ、そうなの………?」

 

「う、うむ。とても一人では歩けないのだ!」

 

「…………」

 

『修羅場ね』

 

琴里のボソッとしたつぶやきが聞こえてくる。

私にどうしろと言うのだろう。

そんな沈黙を打ち破る様にどこからか携帯のバイブ音が聞こえて来た。

 

「―――もしもし」

 

どうやら携帯の持ち主は折紙だった様だ。

折紙は時折相づちを打ちながら私を挟んだ向かい側の狂三に鋭い視線を向ける。

 

「――了解した」

 

そして電話を切ると、私の右手を一度握り締めたあと身体を離す。

 

「急用ができた」

 

そう言えば再び狂三に敵意が籠った視線を向け。

歩き出す。

去り際に私にしか聞こえない声量で言う。

 

「時崎狂三に気をつけて」

 

「え?」

 

去っていく折紙を見送ると、十香が空いた右腕に抱き着いてくる。

狂三も新しく抱き着いてきた十香に視線を向けてから声を出す。

 

「士織さん、お願いしますわ」

 

「え?あ、うん」

 

狂三に促されると私は両腕を抱かれたまま校舎を進む。

――道中写真を撮られたり、黄色い悲鳴を上げられたのは気のせいではないと思う。

 

 

―――――――――――

 

 

「つ、疲れた………」

 

午後7時

あの後なんとか狂三の案内を終えた私は家に帰るとリビングのソファに横になり、

そんな声を上げる。

お行儀は悪いが気にしていられる元気もなかった。

とは言え、夕食の支度もある為起き上がろうとする。

と――。

 

ピンポーン

 

玄関の呼び鈴を鳴らす音が聞こえて来た。

私は身体を起こせば、リビングを出て玄関へと向かう。

途中階段を下る音と共に琴里が姿を現す。

 

「おー、おねーちゃんが出るのか!」

 

白色のリボンに結び変え私服に着替えた琴里はそう言いながら階段を降りきる。

 

「うん、琴里はリビングで待っててね」

 

そう言いながら玄関の扉を開ける。

そこには水色のパーカーにキュロットスカートというカジュアルな服装に身を包んだ。

恐らく琴里と同年代くらいの女の子が立っていた。

 

「え……」

 

そしてその顔立ちを見て、私は驚きの声を上げる。

ちょうど私が琴里ぐらいの頃にそっくりだった

違うところと言えば左目元の泣き黒子とポニーテールになっている髪型くらいだった。

そして目の前の女の子は私の顔を見れば私と同じか、それ以上に驚愕の表情を浮かべる。

 

「ね――」

 

震える唇で女の子が声を発する。

 

「ね?」

 

私が聞き返すと、女の子は私の胸に勢いよく飛び込んできた。

そして私の身体に手を回し、ぎゅうぅっと抱き着いてくる。

私と後ろにいる琴里が状況が呑み込めず茫然としていると、夕食を食べに来た十香と四糸乃が玄関へと姿を現す。

 

「ど、どうしたのだ!?」

 

「だ、い丈夫ですか、士織…さん」

 

そして抱き着いていた女の子が私の胸に顔をうずめながら言う。

 

「―――姉様っ!!」

 

「「え…えぇっ!?」」

「へ?」

「なぬぅ!?」




祝 デート・ア・ライブ Ⅲ 放送開始

皆様大変お久しぶりにございます。

今年こそは定期的な更新を目指していきたいと思っております。
生暖かい目で見守っていただければ幸いです。




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