毎回毎回長ったらしくてすみません。
温かい目で見てください。
現在の時間は、十七時二十分。
私は琴里と令音さんと合流したあと、避難する生徒達の目を避けながら、街の上空で待機している<フラクシナス>に移動した。
琴里と令音さんは既に軍服に着替え、大型モニタに表示された様々な情報を確認しながら、言葉を交わし、時折意味ありげに頷いている。
私にはモニタに映る情報は分からないが、ただ一つ理解できるのは画面右に表示される、来禅高校を中心とする地図くらいだった。
「なるほど、ね」
艦長席に腰かけチュッパチャプスを舐めながら、クルーと言葉を交わしていた琴里は、小さく唇の端を上げる。
「士織」
「なに?」
「早速働いてもらうわ。準備なさい」
私は琴里の言葉に唾を飲み込んだ、いよいよだ。
「もう彼女を実戦登用するのですか、司令」
艦長席の隣に立っていた神無月さんが、正面のモニタに目を向けながら不意に声を発する。
「相手は精霊。失敗はすなわち死を意味します。訓練は十分なのでしょぎゃふッ」
神無月さんの言葉の途中で鳩尾に向け琴里が重い一撃を叩き込む。
神無月さんは相変わらずの嬉しそうな表情を浮かべながら倒れる。
「私の判断にケチをつけるなんて、偉くなったものね神無月。罰として今からいいと言うまで豚語で喋りなさい」
「ぶ、ブヒィ」
私はそっと目を逸らし、気にしちゃダメだ、気にちゃダメだ、と自分に言いつける。
ここで何か言えば私にも飛び火してしまう。
すると琴里は振り返り私の方を見る。
「士織、あなたかなりラッキーよ」
琴里はそう言えばチュッパチャプスを使いモニタを示す。
指された先、高校を中心とした地図上には先ほどは無かった、校舎上の一つの赤いアイコンに、そのアイコンを囲むように黄色いアイコンがいくつも表示されている。
「赤いのが精霊、黄色いのがASTよ」
「えっと、何がラッキーなのかな?」
そこまで言って私はもう一度モニタを見る、よく見れば包囲はしているものの、ASTを示すアイコンは一切動く気配が無かった。
「あれは、精霊が外に出てくるのを待っているのよ」
「ASTは突入しないんだね?」
私が首を傾げながら言う。すると琴里が肩をすくめて見せる。
「CR-ユニットは、狭い屋内での近接戦闘を目的として作られたものではないのよ、いくら随意領域<テリトリー>があるとはいっても、通路も狭く遮蔽物が多い屋内では持ち前の機動性も生かせないし、視界も遮られてしまうわ」
琴里は一通り説明すると指を鳴らす。それに応じるようにモニタの映像が通常の光学カメラからの映像に切り替わる。
あの日見た街の景色のように、校庭には深さ二から三メートルほどのすり鉢状のくぼみができており、周囲の道路や校舎の一部も綺麗に削り取られている。
「校庭に出現後、半壊した校舎に入り込んだみたいね。こんなラッキー滅多にないわよ。ASTにちょっかいだされずに精霊とコンタクトが取れるんだから」
私は琴里の説明にうんうんと相槌をうっていたが、ふと言葉に引っかかりを覚える。
「ねぇ、琴里。精霊が普通に外に現れてたら、どうやって私と精霊を接触させるつもりだったの?」
「ASTが全滅するのを待つか、精霊とASTが仲良くドンパチやっている中に放り込むか、ね」
「…それは確かに、ラッキーだね」
琴里の言葉に私は建物の中に入ってくれた精霊に感謝した。
「ん、じゃあ早いところ行きましょうか。士織、インカムは外してないわね?」
「う、うん、大丈夫」
私は一度右耳に触れる、そこには確かに先ほどの訓練でしようしたインカムがある。
「よろしい。カメラも一緒に送るから、困ったらインカムを二回小突いてちょうだい」
「わかった…」
私はそう言えば大きく息を吸い、そして吐き出す。
大丈夫…私はそう言い聞かせる。
私はもう一度あの子とお話しするんだ。
「落ち着いたかしら」
そんな私の様子を見ていた琴里がにやり、と笑いながら言う。
「うん…行ってくるよ、琴里」
「いってらっしゃい、おねーちゃん」
私は琴里のその言葉に送り出されるように艦橋の扉をくぐる。
<フラクシナス>船体下部に備えられている顕現装置<リアライザ>を使用した転送機は、その直線状に遮蔽物さえなければ、一瞬で物質を転送・回収できるという便利な物らしい。
最初私は軽い船酔いに近い気持ち悪さを感じたが、数回目ともなると少しは大丈夫になってきた。
一瞬のうちに視界が<フラクシナス>内の転送室から、夕暮れの高校の裏手に変わったのを確認し、軽く一度頭を振る。
「えっと、まずは校舎の中に…」
言いかけて私は言葉を止める。
私の目の前の校舎の壁はまるでディッシャーですくわれたアイスのように削り取られていたからだ。普段すごしていた校舎のこんな姿を実際に見るとなんともいえない気分になった。
『ちょうどいいわ、そこから入っちゃいなさい』
右耳のインカムから琴里の声が聞こえる。
私は「うん」と返事をすると、校舎の中に入っていった。
早くしないと精霊が外に出てしまうかもしれないし、ASTに見つかれば「保護」されてしまうだろう。
『さ、急ぎましょ。ナビするわ。精霊の反応はそこから階段を上って三階、手前から四番目の教室よ』
「わかった」
私は深呼吸し、近くの階段を駆け上がる。
そして一分程で、指定された教室の前へと辿り着く。
教室の扉は閉じられており中の様子は窺えない、この中に精霊がいると思うと自然と心臓の鼓動が早く、大きくなる。
「あれ、ここ私の教室だ」
今まで気づかなかったがプレートには「2-4」の表示がある。
『あら、そうなの。好都合じゃない。まったく知らない場所よりよかったでしょ』
琴里がそう言ってくる、確かに、まだ進級してそう日は経っていないが、ここは自分の教室。
そう考えると不思議と心臓の鼓動が落ち着いてくる。
私は心の中で精霊に最初にかける言葉を何度か繰り返しながら。
意を決して教室の扉を開ける。
「――――」
瞬間。
夕日で赤く染まる教室、その中でちょうど私の机の上に、あの時の不思議なドレスを身に纏った黒髪の少女が、膝を立てるように座っていた。
少女は幻想的な輝きを宿した瞳を物憂げに半眼にし、ぼうっと黒板を眺めている。
窓から差し込む夕日に照らしだされた少女は、見る者の思考能力を、それが例え同性であろうと奪ってしまうほどに…神秘的であった。
だがそのまるで絵画のようなワンシーンはすぐに崩れ去った。
「…ぬ?」
少女が私の侵入に気づき、目を見開き私を見てくる。
「…ッ!あ、あの…こ…」
私がやっと言葉を発しようとした瞬間。
少女が空を切り裂くように手を無造作に振るったと思った直後、私の頬を掠めて黒い光が通り抜ける。
一瞬後、私が開いた教室の扉と、後ろの廊下の窓ガラスが盛大な音を立てて砕ける。
「ひ……ッ!?」
突然の事に私は一瞬固まってしまう。
恐る恐る頬に手を触れてみると、ぬるりとした感触と共に手に血が付いていた。
『士織!』
インカムから琴里の声が鼓膜を震わせる。
少女は憂鬱とした表情を作りながら、腕を大きく振り上げる。その手のひらの上には球状の光の塊のようなものが、黒い輝きを放っていた。
「ま、待って!、わ、わたしは敵じゃない!」
私のその必死な声に少女は黒い輝きを放つ光球を霧散させ、猜疑心と警戒の満ちた瞳で私を見つめてくる。
私は両手を上げ、敵意が無いことを示し、一歩を踏み出す。
しかし、
「――止まれ」
少女が凛とした声色を教室に響かせるのと同時に、ばじゅッ、と私の足元の床をあの光球が灼く。
私は慌てて歩みを止めた。
少女が私の頭の先から爪先までゆっくりと見てから、口を開く。
「おまえは、何者だ」
「わ、わたしは…」
『待ちなさい』
私が答えようとしたところで、琴里からストップが入った。
私は言いかけた言葉を飲み込み、琴里の言葉を待つ。
「え、な、なに、琴里…」
私は少女の鋭い視線に晒され続ける、気まずい。
少女は中々言葉を続けない私に対し苛立たしげに言う。
「……もう一度聞く。おまえは、何者だ」
目は更に鋭くなり、次の瞬間にもあの光球を私に対して放ってきそうであった。
と、瞬間、琴里からようやく次の言葉が届く。
『士織、いい?。私の言うとおりに答えなさい』
「う、うん」
『――人に名を訪ねるときは自分から名乗れ』
「――人に名を訪ねるときは自分から名乗れ……これって…不味くない…?」
私の言葉に少女は不機嫌な顔を浮かべ、両手にあの光球を作りだすと振り上げ、私に向け振り下ろす。
私は少女が手を振り下ろす一瞬前に床を蹴り右側に転がる。
そして私が立っていた場所に黒い光球が命中し三階から一階まで貫く大穴が開く。
私はその衝撃波で吹き飛ばされ机と椅子を巻き込みながら教室の端まで転がり、壁にぶつかり止まる。
「かはッ……」
壁にぶつかった衝撃で肺から空気が押し出される。
『あれ、おかしいな』
「いたた…死んじゃうかと思ったよ…」
心底不思議そうに言ってくる琴里にそう返す。私は痛む背中を押さえながら身を起こす。
「これが最後だ。答える気がないのなら、敵と判断する」
少女が机の上から、私を見下ろしながら言ってくる。
「わ、私は五河士織!ここの生徒です!て、敵対する意思はありません!」
私は痛む両腕を上げながら言うと、少女は訝しげな眼を作りながら、机から降りる。
「――そのままでいろ。おまえは今、私の攻撃可能圏内にいる」
私はこくこくと首を上下させ了解の意を示す。
それを確認すると、少女はゆっくりとした歩みで私の方へ近づいてくる。
「…ん?」
少女は私の目前まで来ると軽く腰を折り、しばしの間私の顔を凝視してから「ぬ?」と眉を上げた。
「おまえ、前に一度会ったことがあるな…?」
「う、うん、今月の、十日に。街中で…」
「おぉ」
少女は得心がいった、とばかりに小さく手を打ち、姿勢を元に戻す。
「思い出したぞ。何やらおかしなことを言っていた奴だ」
少女の目から、僅かに険しさが消えるのを見て、私は一瞬緊張を緩めた、しかし。
「いたッ!?」
私は少女に強引に前髪を掴まれ、顔を無理やり上向きにさせられる。
そして少女は顔が触れんばかりに近くに寄せると私の目を覗き込むようにする。
「…確か、私を殺すつもりはないと言っていたか?…ふん、見え透いた手を。言え、何が狙いだ。私を油断させて後ろから襲うつもりか?」
「………違うっ」
私は僅かに眉を寄せ、そう答える、しかし少女の顔は変わらない。
私は…少女が、私の言葉を…殺しにきたのではない、というこの言葉を微塵も信じることが出来ない事…そんな環境にいたことが…嫌で、嫌でたまらなかった。
「…人間は…っ」
私は少女の眼をじっと見つめ…。
「あなたを殺そうとする人たちばかりじゃないっ!」
「………」
少女は目を丸くすると、私の髪から手を離し。
しばらくの間、何かを問いたげな視線で私の顔を見つめ、小さく唇を開く。
「…そうなのか?」
「うん、もちろん」
「私が会った人間たちは、皆私は死なねばならないと言っていたぞ」
「そんなわけ…ないっ!!」
「……」
少女は何も言わず、手を後ろに回す。
半眼を作って口を真一文字に結び、まだ私の言うことが信じきれないという顔を作る。
「…では聞くが。私を殺すつもりがないのなら、おまえは一体何をしに現れたのだ?」
「…それは…えぇっと」
『士織』
私が口ごもると、琴里の声が右耳に響く。
束の間の間があり、琴里の声が聞こえる。私はその言葉を少女の眼を見つめながら言う。
「あなたに会うため…」
「……?」
私の言葉に少女がきょとん、とした顔を作る。
「私に?一体何のために」
少女は首を傾げながら問いかけてくる。
そして一拍おいて琴里の声が再び聞こえてくる。
「あ、あなたと愛し合うために…」
私がその言葉を言った瞬間、少女が手を横薙ぎに振りぬく。
振りぬかれた手に沿って風の刃が駆け抜ける。
刃は教室の壁を切り裂き、外へと抜けていく。
「…冗談はいらない」
少女は…あの…ひどく憂鬱そうな顔をしながら呟く。
――あぁ、この顔だ…。
私が嫌いな…大嫌いな顔だ…。
自分は愛されていない…愛される事なんてない…愛されるなんて微塵も思っていない。
………世界に絶望した顔。
私は高鳴る心臓に手を当てるようにしながら…叫ぶ。
「私は…ッ、あなたとお話しするためにっ!ここにきたッ!!!」
私の心からの言葉――少女は意味がわからないといった様子で眉をひそめる。
「……どういう意味だ?」
「そのまま!…私は、あなたと、お話がしたいの!内容なんてなんだっていい!!気に入らないなら無視してくれたっていい!!…でも一つだけ…たった一つだけ分かってほしいのっ!!」
『士織、落ち着きなさい』
琴里の諌める声が聞こえる、しかし私の言葉は止まらない。
だって…今まで、この少女には…手を差し伸べてくれる人間はいなかったんだ。
たった一言、一言でもあれば状況は違っていたかもしれない、なのにその一言をかけてくれる人間が一人もいなかったのだ。
私には、お父さんが…お母さんが…そして琴里がいた。
でも、彼女には…誰も…誰もいなかったんだ。
だから…私が言うしかない。
「わたしは、あなたを、否定しないっ!!!」
私は絶叫するように…魂からの言葉…その一言を…たった一言を少女に言う。
「…………………っ」
少女は眉を寄せると、私から目を逸らす。
そしてしばらくの間、私たちの間に沈黙が訪れる…。
そして少女が小さく唇を開く。
「……シオリ。シオリと言ったな」
「――うん」
「本当に、おまえは私を否定しないのか?」
「しないよ」
「本当の本当か?」
「本当の本当に」
「本当の本当の本当か?」
「本当の本当の本当に」
私が間髪入れずに答えると、少女は髪をくしゃくしゃと掻き毟り、ずずっと鼻をすするかのような音を立ててから、顔をわたしに向け直す。
「――ふん」
眉根を寄せ、口をへの字に結んだままの表情で腕組みをする。
「誰がそんな言葉に騙されるかばーかばーか」
「ッ、わ、わたしはっ」
「…だがまぁ、あれだ」
少女は、複雑そうな顔を作ったまま、続ける。
「どんな腹があるかは知らんが、まともに会話しようという人間は初めてだからな。……この世界の情報を得るために少しだけ利用してやる」
そう言って、もう一度ふんと息を吐く。
「…え、えっと?」
「話しくらいしてやらんこともないと言っているのだ。そう、情報を得るためだからな。うむ、大事、情報超大事」
そう言いながらも、ほんの少し、少しだけ…少女の表情が和らいだ気がした。
私はそんな少女の姿をみて微笑んだ。
『上出来よ。そのまま続けて』
インカムから琴里の声が響く。
「う、うん」
すると、少女が大股で教室の外周をゆっくりと回り始める。
「ただし不審な行動を取ってみろ。おまえの身体に風穴を開けてやるからな」
「うん、わかった」
私は微笑みながらそう返す。
私の返答を聞きながら、少女のゆっくりとした、けど響くような足音が教室に木霊する。
「シオリ」
「なに?」
「――早速聞くが。ここは一体何なんだ?初めて見る場所だ」
そう言いながら少女はまだ倒れていない机をペタペタと触る。
「えっと…ここは学校。…の教室だよ。私たちと同じくらいの生徒たちが勉強する場所だよ。その席に座ってね」
「なんと」
少女は目を丸くし驚きの顔をする。
「これ全てに人間が収まるのか?冗談を抜かすな。四十近くはあるぞ」
「本当だよ」
私はそんな少女の様子を微笑ましげに見ながら答える。
少女が現れるときには、街には避難警報が発令されている。少女が見たことのある人間はASTくらいなものなのだろう。人数もそこまで多くはないだろうし。
「ねえ…」
私は少女の名前を呼ぼうとした、だが言葉をそこで詰まらせる。
「ぬ?」
私の様子に気づいていたのだろう、少女が眉をひそめてくる。
そしてしばし考えを巡らせるようにしたあと言う。
「…そうか、会話を交わす相手がいるのなら、必要なのだな」
そう言って。
「シオリ。お前は、私を何と呼びたい」
手近にあった机に腰を掛け、少女は私に言った。
「…え?」
私は少女が言った言葉の意味がわからず、問い返す。
少女はふん、と腕組みをすると、尊大な調子で続ける。
「私に名をつけろ」
「………」
しばし私は沈黙する。
―えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
私は心の中で絶叫する。
「わ、私が!?」
「あぁ。どうせおまえ以外と会話をする予定はない。問題あるまい」
「……うーん」
私は考える…目の前の少女の名前を。
しかしまさか、こんな所で精霊に名前を付けることになるとは思っていなかった。
インカムの向こうからは紛糾する議論の声が聞こえてくる。
私は少女との出会いを思い出していた、あの…出会いの日。
私の運命が大きく変わったあの日を。
「――――十香」
私は呟く。
「ぬ?」
「あなたの名前は…十香」
私は少女の顔を見つめその名前を呼ぶ。
目の前の少女が、この先使い続ける名前を…。
「……」
「どう…かな?」
私は頭をぽりぽりと掻きながら言う。
「……それで」
少女は口を開いた。
「それで、トーカとは、どう書くのだ?」
「えぇ、それは」
私は黒板の方へ歩いて行き、チョークを手に取り『十香』と黒板に書く。
「ふむ」
少女は小さくうなってから、私の真似をするように指先で黒板をなぞる。
「あ、チョークを使わないと…」
私は言いかけて、言葉を止める。少女の指が伝ったあと綺麗に削り取られ、下手くそな…だけど心の籠った『十香』の二文字が記されていた。
少女はしばらくの間、自分の書いた文字をじっと見つめてから、小さくうなずいた。
「シオリ」
「なに?」
「十香」
「…え?」
「十香。私の名だ。素敵だろう?」
「うん!」
私の返事を聞くと、少女…十香は…もう一度同じように唇を動かす。
「シオリ」
私は十香の顔を真っ直ぐに見つめ。
「十香…」
私がその名前を呼ぶと、十香は満足そうに唇の端をニッと上げる。
「……っ」
その顔を見て私の心臓が、どくんと跳ねる。
十香の笑顔を見るのは、これが初めてだった。
と、そのとき、
「――ぇ…?」
突如として、校舎を凄まじい爆音と振動が襲う。
私は咄嗟に黒板に手をついて身体を支える。
「な、なに!?」
『士織、床に伏せなさい』
右耳から琴里の声が響いてくる。
「え?」
『いいから、早く』
琴里の言葉に私は何が何だかわからないまま、床にうつぶせになった。
直後、ガガガガガガガガガガガガ――ッと、凄まじい音を立てて教室の窓ガラスが一斉に割れ、向かいの壁に無数の弾痕が刻まれる。
「なに、なんなのッ!」
『外からの攻撃みたいね。精霊をいぶり出すためじゃないかしら。…あぁ、それとも校舎ごと潰して、精霊が隠れる場所をなくすつもりかも』
「えっ…そんな、無茶苦茶な…」
『今はウィザードの災害復興部隊がいるからね。すぐに直せるなら、一回くらい壊しちゃっても大丈夫ってことでしょ。――にしても予想外ね。こんな強硬策に出てくるなんて』
そこまで琴里の言葉を聞けば、私は顔を上に向けた。
十香が、先ほど私に対していたときとはまるで違う表情をして、ボロボロになった窓の外に視線を放っていた。
無論、十香には銃弾はおろか、窓ガラスの破片すら触れてはいない。
だけど…その顔は、ひどく痛ましく、悲しそうに歪んでいた。
「十香ッ!」
私はその名を呼んだ。
「……っ」
ハッとした表情を浮かべた十香が視線を外から、私に向ける。
未だに凄まじい銃声が響いていたが、この教室への攻撃は止んでいた。
私は外に気を配りながらも身を起こす。
そんな私に十香は悲しげに目を伏せ、言う。
「早く逃げろ、シオリ。私と一緒にいては、同胞に討たれることになるぞ」
「……」
私は無言で唾液を飲み込む。
確かに、逃げなければならないのだろう。だけど…。
私は悲しい顔をした十香を放って逃げることなんて出来ない。
『士織』
琴里の声が聞こえてくる
「私は…逃げないっ」
『…素敵なアドバイスをあげる。死にたくなかったら、できるだけ精霊の近くにいなさい』
「ありがと、琴里」
私は琴里にお礼を言えば、つかつかと十香に歩み寄り十香の手を取った。
「は――?」
十香が、目を見開く。
「何をしている?早く――」
「知らない!…今は私とのお話の時間だよ。気にしちゃ駄目。――この世界の情報、聞きたいんでしょ?私に答えられることならなんでも答えてあげる」
「……!!」
十香は一瞬驚いた顔を作ってから、私と一緒に床に座り込む。
銃弾の嵐の吹き荒れる教室で、私は十香と向き合いながら話す。
十香の力なのだろうか、夥しい数の銃弾は、二人を避けるように、校舎を貫通してゆく。
十香との会話はなんてことはない内容であった。
十香が今まで誰にも聞けなかったようなことを質問し、私がそれに答える。ただそれだけの応酬。だが十香は満足そうに笑う。
一体どれくらい話した頃だろうか―インカムから琴里の声が聞こえてくる。
『数値が安定してきたわ。もし可能だったら、士織からも質問をしてみてちょうだい。精霊の情報が欲しいわ』
そう言われて、私は口を開いた。
「ねぇ…十香」
「なんだ」
「あなたって…結局どんな存在なの?」
「む?」
私の質問に、十香は眉をひそめる。
「――知らん」
「知らないって…」
「事実なのだ。仕方なかろう。――どれくらい前だったか、私は急にそこに芽生えた。それだけだ。記憶は歪で曖昧。自分がどんな存在なのかなど、知りはしない」
「そ、そういうものなの?」
私が頬をかきながら言うと、十香はふんと息を吐いて腕組みする。
「そういうものだ。突然この世に生まれ、その瞬間にはもう空にメカメカ団が舞っていた」
「えっと…メカメカ団?」
「あのびゅんびゅんうるさい人間たちのことだ」
どうやらASTのことらしい。私は思わず苦笑する。
すると、インカムから軽快な電子音が鳴り響き。
同時に琴里から通信が入る。
『! チャンスよ、士織』
「えっと…何が?」
『精霊の機嫌メーターが七十を超えたわ。一歩踏み込むなら今よ』
「踏み込むって…なにをすればいいの?」
『んー、そうね。とりあえず…デートにでも誘ってみれば?』
「ふえっ!?」
琴里の言葉に私は思わず大声を上げてしまった。
「ん、どうしたシオリ」
私の声に反応して、十香が目を向けてくる。
「な、なんでも、ないよ…」
「………」
私は慌てて取り繕うけど、十香はじとっと訝しげな目で私を見つめてくる。
そしてインカムの向こうからはデートコールが聞こえてくる。
私は、覚悟を決めると十香を真正面から見据える。
「え、えっとね…十香」
「ん、なんだ」
「そ、そのね…今度私と」
「ん」
「で、デート…しない?」
私は顔を真っ赤にしつつそう言い切った。十香は私の言葉にキョトンとした顔を作る。
「デェトとは一体なんだ?」
「え、っと…」
私は気恥ずかしくなって、視線を逸らす。
その時、右耳から少し大きな琴里の声が入ってくる。
『士織!ASTが動いたわ!』
「え…!?」
目前にいる十香にも聞こえてしまっただろうが、私は構わず声を出していた。
そして、ASTの攻撃により開放感溢れてしまった教室の外から、鳶一さんが現れる。
「――っ!」
十香が一瞬のうちに表情を険しくし、そちらに手のひらを広げる。
刹那、手にした無骨な機械から光の刃を現出させた鳶一さんが十香に襲い掛かる。
目が眩むほどの閃光が煌めき、火花があたり一面に飛び散る。
「く――」
「――無粋!」
十香はそう一喝すれば受け止めていた手を、鳶一さんごと振り払う。
「……っ」
鳶一さんは僅かに歯を食いしばりながら、後方へと吹き飛ばされる。
が空中で体勢を整えると、弾痕だらけの床に華麗に着地する。
「ち…また、貴様か」
受け止めた手を軽く払いつつ、吐き捨てるように十香は言う。
一方の鳶一さんは私に一瞬視線を向けると、安堵したかのように小さく息を吐く。
そしてすぐに見慣れない武器を構え直し十香に冷たい視線を向ける。
「………」
それを見た十香は、ちらっと私を一瞥してから、足元の床に踵を突き立てた。
「<鏖殺公(サンダルフォン)>!」
十香がそう声を上げた瞬間、教室の床が隆起し、そこから玉座が出現する。
『士織、離脱よ!一旦<フラクシナス>で拾うわ。出来るだけ二人から離れなさい!』
琴里がインカムの向こうで叫ぶのが聞こえた。
「そんなこと言われても…っ」
私がそう言うのと同時に、十香が出現した玉座の背もたれからあの大剣を引き抜き、鳶一さんに向け振るう。
その際の衝撃波で、私はいとも簡単に校舎の外へ吹き飛ばされた。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
『ナイスっ!』
琴里の言葉と同時に私は身体が浮かぶ感覚に包まれる。
そして私は<フラクシナス>に回収された。