「…まぁ、そうだよね、普通に考えれば休校だよね…」
私は頬を人差し指でかきながら、高校正面から伸びる坂道を下っていた。
私が精霊に十香という名をつけた次の日。
普通に登校した私は、閉じられた正門と、瓦礫と化した校舎を見て、なにやってんだろ、と息を吐いた。
私は校舎が破壊されるまさにその場にいたわけだし、普通に考えれば休校になることくらい想像できるんだけどな、などと考え再びため息をつく。
「はぁ…ちょっとお買い物でもしてこようかな」
私はそう呟くと街の方へと足を向けた。
確か…卵と牛乳を切らしていたはずだったし、今日のお夕飯の材料も買おうかな、などと歩きながら考えていたが、数分後、私は再び足を止めることになった。
目の前、道の先に立ち入り禁止を示す看板と規制線が張られていた。
「あ、通行止め…」
だけどそんな表示がなくても、この道を通行できないことは容易に分かった。
何しろアスファルトはまるで砂道のように掘り返され、道路の両脇に建つ雑居ビルは道に面した側を崩落させていた。
「…ここは」
私はこの場所に覚えがあった。
初めて十香と出会った空間震発生地点の一角だ。
まだ復興部隊が作業を行っていないのだろう。あの時の惨状をそのままに残していた。
「………」
頭の中に少女の姿を思い浮かべながら、細く、長い息を吐く。
――十香。
昨日まで名を持たなかった…精霊と呼ばれる少女。
昨日、前よりずっとずっと長い時間お話しをしてみて…私の予感は確信に変わった。
あの少女は、十香は確かに、普通では考えられないような力を持っている。公的機関が危険視するほどに。
今私の目の前に広がる光景がその証拠だった。確かにこんな現象を引き起こすものを野放しには出来ないだろう。
「………リ」
だけど私は、十香がその強大な力をいたずらに、無差別に振るう、思慮も慈悲もない怪物だとは到底思えない。
「……い、…オリ」
そんな十香が、私が嫌いな…大っ嫌いな欝々とした悲しい顔を作っている。
それが…私にはどうしても許容することなど出来なかった。
「おい、シオリ」
そんなことを頭の中でぐるぐると巡らせていたものだから、気づいて当然のことに気付かず、学校まで行くことになってしまったのだけど。
「…無視をするなっ!」
「――え?」
私は視界の奥、通行止めになっているエリアからそんな声が響いてきて。
私は首を傾げた、凛とした透き通り、風を裂く、美しい声。
どこかで…正確には昨日学校で聞いたことがある声。
……今、こんなところでは…聞こえてくるはずのない、声。
「え、えっと」
私は今しがた響いてきた声の方向へ視線を向けた。
そして私は全身を硬直させる
私の視線の先、積み重なった瓦礫の上に、明らかに街中に似つかわしくないドレスを身に纏った少女が、ちょこんと屈みこんでいた。
「と、うか?」
そう、私の見間違いや、幻覚でなければ、間違いなく昨日私が学校で遭遇した精霊であった。
「ようやく気づいたか、ばーかばーか」
同性の私ですら見蕩れるほどに美しい顔を不満げな色に染めた少女は、トン、と瓦礫を蹴ると、ギリギリ原形を残しているアスファルトを辿って私の方へと進んでくる。
「とう」
十香は通行の邪魔だった立ち入り禁止の看板を蹴り倒し、規制線を引き千切り、私の目前に到着する。
「な、何してるの、十香…」
「……ぬ?何とはなんだ?」
「え、えぇっと…なんでこんなところにいるのかな…って」
私はそう言いながら辺りを見渡す。
周囲には買い物袋を下げ立ち話をする奥様方や、犬の散歩をする人などが見える。
そしてなによりあの空間震警報が鳴っていないのだ。
よって誰もシェルターに避難していない。
つまり精霊現界の前震を<ラタトスク>やASTが感知できていないということだった。
「なんでと言われてもな」
当の本人はそんな異常事態を全く気にしていない様子だった。
なぜ私が疑問の声を上げるのか本当にわからない、といった様子で腕組みをする。
「おまえから誘ったのだろう、シオリ。そう、デェトとやらに」
「…………あー…」
私は十香の言葉になんと返そうか、と考えていると。
十香が言葉を続けた。
「ほら、シオリ。早くデェトだ。デェトデェトデェトデェト」
十香が独特のイントネーションでデートデートと連呼する。
私は気恥ずかしさで顔を赤くしながら手をぶんぶんと振る
「と、十香、わかったから、デートを連発するのはやめて…」
「ぬ、なぜだ?…はっ、まさかシオリ。おまえ私が意味を知らないのをいいことに、口に出すのもおぞましい卑猥な言葉を教え込んだのか?」
十香が頬を私のように赤く染め、眉をひそめる。
「し、してないよ、してない。健全な言葉…だよ」
私はそう答えるが、人によっては不健全なことになるのかな、などと考えてしまった。
ふと、私は周囲からの視線を感じた。
見ればさきほど立ち話をしていた奥様方がニヤニヤしながらこちらの方を見ていた。
一部は十香の奇妙な恰好を訝しむような視線も混じっている気がしたが。
「……ぬ?」
十香もその視線に気づいたのか。私の陰に身を隠すようにしながら目を鋭くする。
「……シオリ、なんだあいつらは。敵か?殺すか?」
「え…えぇぇ!?」
何の前触れもなく物騒なことを言い出した十香に驚きの声を上げる
「な、な、なんでそうなるの。ただのおばさま達だよ」
「シオリこそ何を言っている。あの爛々と輝く目…まるで猛禽ではないか。私を狙っているとしか思えない。…放置しておいてはあとあと厄介なことになりそうだ。早めに仕留めておくのが吉と思うが」
確かに目を輝かせているけれど…十香、あれは新しい話の種を見つけただけだよ…。
「安心して。言ったじゃない、あなたを襲う人なんてそうそういないんだよ」
「……むぅ」
十香は警戒の色を未だに滲ませてはいたが、とりあえず今にも飛びかかっていきそうな気勢を収めてくれた。
「まぁいい。それで、そのデェトとやらは――」
「えぇっと…ちょっと場所を移そう、ね?」
恥ずかしげもなくデートコールを続ける十香にそう言うと、私はそそくさと歩き出す。
「ぬ。おい、シオリ、どこへ行く!」
十香がすぐに後を追ってくる。そして私の横に並ぶと不満そうな声を上げる。
私は十香を連れ立って、ひとけのない路地裏に入ると、ようやく息を吐く。
そして十香に向き直った。
「やっと落ち着いたか。まったくおかしな奴め、一体どうしたというんだ」
十香は腰に手を当てふんすっと鼻から息を吐く。
「十香、あなた、昨日あのあとどうしたの?」
私はいろいろ訊きたいことがあったが、まず最初に口にしたのはこれだった。
十香は少し憮然とした様子になりつつも唇を動かす。
「別にいつも通りだ。通らぬ剣を振るわれ、当たらぬ砲を撃たれ。最後は私の身が自然と消えて終いだ」
「…消える?」
私は首を捻る、そういえば琴里たちから聞いていた説明の中でもそんな事を言っていたと思いだす、が実際どういうことかは分からないままだった。
「この世界とは別の空間に移るだけだ」
「そんなところがあるんだ…どういうところなの?」
「よくわからん」
「…えっ?」
十香の予想外の言葉に私は再び疑問の声を上げる。
「あちらに移った瞬間、自然と休眠状態に入ってしまうからな。辛うじて覚えているのは、暗い空間をふよふよと漂っている感覚だ。私にしてみれば眠りにつくようなものだな」
「それじゃあ、目覚めたらこっちの世界に来るってこと?」
「少し違う」
十香は私の言葉に頭を振って言葉を続ける。
「そもそも、いつもは私の意思とは関係なく、不定期に存在がこちらに引き寄せられ、固着される。まぁ、強制的にたたき起こされるような感覚だな」
「そんなっ…」
私は十香の言葉に息を詰まらせる。
私は、精霊がこちらの世界に現れようとする時に、空間震が起こるのだと思っていた。
けど、十香の話が本当なら…こちらの世界に現れることすら自分の意志ではないということになる。
なら空間震は本当に、事故みたいなものじゃない。
その責任までも十香に…精霊に問おうというのは余りに理不尽すぎる。
けど私は十香の今の言葉にもう一つ気がかりなことがあった。
「…いつもは?今日は違ったってこと?」
「………っ」
十香は頬をぴくりと動かすと、口をへの字に曲げて私から視線を外す。
「ふん、し、知るか」
「ちゃんと答えて、十香。もしかしたら大事なことかもしれないの」
私は追いすがった。
もし十香が今日、自分の意思でこちらの世界に来ていたとしたら…それが理由で空間震が起こっていないのかもしれない。
だけど十香は頬をほんのりと桜色に染め、視線を険しくしてみせた。
「しつこいぞ。もうこの話は終いだ」
「け、けど…」
私が尚も言い縋ろうとすると、十香はだん、と片足を地面に強く叩き付ける。
瞬間、十香が踏んだ地点が一瞬発光し、放射状に光の帯が駆ける。
「きゃっ…!」
その光が私の靴に接触すると、バチッと音を立てて火花が散る。
「いいから、早くデェトとやらの意味を教えろ」
十香が急かすように言ってきた。
「えぇっと…デートっていうのは。そう…男の子と女の子が、二人一緒に出かけたり遊んだりすること…だと思う…」
「それだけか?」
十香がまるで拍子抜けしたかのように目を丸くする、そしてなにか疑問に思ったのか、言葉を続ける。
「男と女と言ったが、シオリ。お前は女ではないか」
「そ、それはそうなんだけど…」
「…まぁよい、ともかくシオリは、私と二人で遊びたいということだな?」
「そういうこと…かな」
私は頬を掻きながらそう十香に返す。
「そうか」
十香はその言葉を聞けば、表情を少し明るくしうなずく、そしてそのまま裏路地から出ていこうとする。
「ま、待って十香」
「なんだ、シオリ。遊びに行くのだろう?」
私の引き留める声に十香は立ち止まると振り返る。
「い、いいの?」
「何を言う。おまえが行きたいと言ったのではないか」
「それは…そうだけど」
「なら早くしろ。気を変えるぞ」
そう言うと十香は歩みを再開しようとする。
けど私は大事な問題に気づく。
「十香、その服はまずいよ」
「なに?」
私の言葉に、十香はさも意外とばかりに目を丸くする。
「私の霊装のどこがいけないのだ。これは我が鎧にして領地。侮辱は許さんぞ」
「その恰好だと目立ちすぎるの、AST…メカメカ団にも気づかれちゃうから」
「ぬ」
流石にそれは面倒だと思ったのか、十香は嫌そうな顔を作った。
「ではどうしろというのだ」
「着替えないといけないんだけど…」
私はそう言いながら考える。
この場には十香に合う服などないし、お家に一度帰って私の服を着せようにもそこまでの道が大変だし。私が服を取りに一人で戻るのも一つの方法だけど十香をこんなところに一人にするのはもっと駄目だ。
私が頭を悩ませていると、焦れた十香が唇を開く。
「どんな服ならばいいのだ?それだけ教えろ」
「え?えっと…この私が着ているような服かな…」
私はそう言いながら自らが着ている来禅高校の制服を指す。
「ふむ、そのような服ならいいんだな」
そう言うと十香は指をパチンと鳴らした。
すると途端に十香が身に纏っていたドレスが、端から光の粒子になり空へと溶けていく。
と同時に入れ替わるように光の粒子が十香の身体に収束し、別のシルエットを形作る。
数秒後、そこには私と同じ。来禅高校の制服をきた十香が立っていた。
「す、すごい…」
「霊装を解除して、新しく服を拵えた。視認情報だけだから細部は異なっているかもしれんが、まぁ問題はないだろう」
十香はそう言うとふふんと腕組みをしながら言ってくる。
「そんなことより、どこへ行くのだ?」
「そうだね…とりあえず歩こうか」
私はそう言うと歩を進める、十香も私に続いて歩き出す
私は歩きながら隣を歩く十香を見る。
そこにいるのは剣の一振りで地を裂き、空を分かつ怪物などではない。
ごく普通の女の子だった。
そんな風に十香を見ながらしばらく歩いていると路地を抜ける。
ちょうど数多くのお店がある大通りに出た。
「……っ、な、なんだこの人間の数は。総力戦か!?」
今までに見たことのない人と走る車の量に驚いたのか、十香が全方位に注意を払いながら忌々しげな声を上げる。
そしてあの光球を両手の指先全てに出現させる。私はそれを見れば慌てて止めにはいる。
「駄目だってば十香!、誰も十香の命を狙ってないから!」
「……本当か?」
「本当だってば」
私の言葉に、十香は相変わらず油断なく周囲を警戒しながらも、出現させていた光球は消してくれた。
そして不意に、警戒していた十香の顔から力が抜ける。よく見れば鼻をすんすんと動かしている。
「ん……?おいシオリ。この香りはなんだ」
「香り?」
私は同じようにあたりの匂いを嗅いでみる。
確かに香ばしくほんのり甘いような香りが漂っている。
「えっと、多分あそこだね」
私は右手にあったパン屋さんを指さす。
「ほほう」
十香は短く言えば、目をキラキラさせながらパン屋さんをジッと見つめる。
よく見れば口元から僅かに涎が垂れている。
「十香?」
「ぬ、なんだ?」
「お店入る?」
「……」
私がその様子を見て微笑みながら問いかけると、十香は指をうずうずと動かしながら口をへの字に曲げた。
そしてこれまた絶妙なタイミングでお腹の虫が、ぐーきゅるるる、と大きな鳴き声を上げる。
どうやら精霊もお腹は空くらしい。
「シオリが入りたいのなら入ってやらんこともない」
「…入りたい、すっごい入りたいな」
「そうか、なら仕方ないな!」
十香はもの凄く元気そうにそう言うと、大手を振ってパン屋さんの扉を開く、私もそれに続いて扉をくぐった。
その姿を密かに見つめる影が居ることに気づかないままに。
「シオリ!ここはなんだ!そこかしこから美味そうな匂いがするぞ!」
私がお店に入ると、十香はその宝石のような瞳を爛々と輝かせ店内を忙しなく動いていた。
「ここはね、パン屋さんだよ」
私はそんな十香を見てクスッと笑いながら答える。
「なるほど、して先ほどの香りはどのパンなのだ」
十香はバスケットに入れられ商品棚に陳列されたパンの匂いを一つ一つ嗅ぎながら、私に問う。
「えっと、どれだろう」
私も匂いを嗅ごうとするが店内には様々な種類のパンがある為嗅ぎ分けることは無理だった。
するとお店の奥、厨房の方からエプロンを掛けバスケットを両手で持った、店員のおばあさんが出てくる。
「あーら、いらっしゃい」
おばあさんは私たちの姿を見とめると人当たりのよさそうな笑顔で話しかけてくる。
すると十香が顔をおばあさん…いや正確には手に持ったバスケットに向けた。
「おお!これだ、この匂いだ!」
十香はまるで飛び掛かるようにおばあさんの目の前に行く。
「ご婦人、これは一体なんなのだ」
「これはね、きなこパンだよ。」
おばあさんは十香の問いに笑顔で答える、そしてカウンターにバスケットを置くと、きなこパンを一つ取り出し十香に差し出す。
「ほら、お嬢ちゃん一つ食べてみてごらん。焼きたてだよ」
十香は満面の笑みできなこパンを受け取ると大きく口を開け齧りつく。
そして何度か咀嚼し飲み込むと一層の笑顔を浮かべる。
「美味い!美味いぞ!」
十香はそう言いながら残るきなこパンを凄まじい勢いで食べてゆく。
「すみません、お金は払いますので」
私がそう言うと、おばあさんはいいよいいよ、と手を振る。
「こんな美味しそうに食べてくれると、私も嬉しくてねぇ」
おばあさんは孫を見るような目できなこパンを食べる十香を見る。
しばらくすると十香はパンを食べ終わると、私とおばあさんの方を見る。
「シオリ、ご婦人。もっと食べてもよいか?」
十香は口元にきなこをつけたままそう言う。
「あははは、すみませんきなこパン、バスケット一つ分下さい」
私はおばあさんにそう言って代金を支払った。
その後、パン屋さんを後にした私たちは十香の気の向くままに街を歩き回った。
十香は目に映るもの全てが珍しいらしく常に目をきらきらとさせていた。
特に食べ物に関しては並々ならない興味を持っていて。行く先々で様々な食べ物を食べていた。
そしていま私たちは休憩も兼ねて十香が興味津々としていたお洒落なカフェレストランに入る所だった。
店内に入ると、結構な数の席があったがその殆どが埋まっている状況だった。
私が座れる場所がないかと見回していると店員さんが声を掛けてきた。
「…いらっしゃいませ、二名様でよろしいでしょうか」
私は店員さんの顔を見て固まってしまった、そこにはウェイトレスの恰好をした令音さんが立っていたのだ。
「れ、令ね…んぎゅ」
私が驚き声を上げようとすると令音さんは人差し指で私の唇を押さえる。
そして私の耳元に顔を近づけて唇を開く。
「…こちらでも精霊の静粛現界を確認してね、さぁ」
令音さんはそう言うといつの間にか席に着いていた十香の席にへと案内してくれた。
席に向かう途中、もう一度店内をよく見渡せば、店内にいるお客さん、店員全員が<フラクシナス>内で見たことのある人達だった。
席に着つと、十香は既にメニューと睨めっこしていて、時折悩むように「うぅむ」と声を出す。
「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりでしょうか?」
私は再びの聞いたことのある声に視線を向ける、そこにはウェイトレスの制服を着た琴里がトレーを持って立っていた。
もう驚くのに疲れた私を他所に琴里はいわゆる接客スマイルでメニューと睨めっこする十香に言葉を掛ける。
「お悩みでしたら、スペシャルこれでもかコースはいかがですか?」
私と十香が頭に?マークを浮かべていると有無を言わさずにテーブルに山盛りの料理と結婚式に出るような巨大なケーキが並べられる。
十香はテーブルに並んだ料理に早速手を付け始める。
そんな十香を確認すると、私は琴里に小声で話しかける。
「ちょ、ちょっと、琴里。どういうことなの?」
「彼女をデレさせる為の、最大限のサポートをしているだけよ。それからはい、これ」
琴里はそう言うと一枚のカラフルな紙を取り出し、私に渡してくる。
「この紙なに?」
「福引き券よ、この店を出て右手道路沿いにあるわ」
琴里は私の肩に手を乗せ言う。
「頼んだわよ」
そして琴里はニヤリと唇の端を上げ、踵を返しながら言う。
「さぁ、私たちの戦争(デート)を始めましょう」
十香が料理を食べ終わると、私はお会計を済ませお店を出る。
「えっと、十香。さっきお店の人から福引き券を貰ったんだけど、どうかな?」
私は十香にそう言いながら、先ほど琴里から貰った福引き券を見せながら言う。
十香は私の持つ福引き券を凄く興味深そうに見てから言う。
「シオリは行きたいのか?」
「うん、ものすごく行きたいな」
「では行くか」
十香はそう言うと大股で元気よく歩き出す。
私も早足でその後を追う。
琴里に教えて貰った通りに進むとやがて、天幕に大きく福引と書かれた抽選所と思われる場所が見えてきた。
ハッピを着た男性が抽選器の前に一人、商品渡し口に一人見え、その後ろには商品だろうか自転車やテレビ、お米の俵などが並べられている。
そして既に数名の主婦らしき人達が並んでいた。
「………」
私は頬をかいた。
ハッピを着た人も、並んでいる人たちも全員<フラクシナス>で見たことがある人たちだった。
「おお!」
だけど十香にはそんなことは関係ない。私があげた福引き券を握りしめ、目を輝かせる。
「じゃ、並ぼうか」
「ん」
十香が頷き、一緒に列の最後尾についた。
十香は前に並んだ人たちが抽選器を回すのを首と目をぐるぐると回しながら見ていた。
そしてすぐに十香の順番がくる。十香は前のお客さんに倣って福引き券を係員に手渡すと抽選器に手を掛ける。
「これを回せばいいのだな?」
そう言いて、ぐるぐると抽選器を回す、数秒後、抽選器から赤い弾が出てくる。
私は何等かなと確認しようとする、瞬間。
「大当たり!」
「おお!」
「えぇ!」
見れば後ろの方で別の係員が特賞の部分に書いてある金色の玉を赤いシールで変えている所だった。
「おめでとうございます!一位はなんと、ドリームランド完全無料ペアチケット!」
そう言いながら十香にチケットを渡す。
「おお、なんだこれはシオリ!」
「なんだろ…テーマパークかな?」
興奮した様子でチケットを見る十香に私は首を傾げた。
そんな私たちに係員の人がずいずいっとカウンターから身を乗り出してくる。
「裏に地図が書いてありますので、是非!いますぐにでも!」
「は、はぁ…」
私は気圧されるように一歩後ずさる、そして十香からチケットを借り裏を見た、確かに地図が書いてあった、しかも凄く近い。
けど琴里たちが意味のないことはしないだろうなと思い、十香に聞いてみる。
「行ってみる?十香」
「うむ!」
十香は元気に返事をする。
場所は本当に近かった、抽選所から路地に入って数百メートル。両側に雑居ビルが並んでいる所だった。とてもテーマパークなどがあるようには思えない。
「おお!シオリ!城があるぞ!あそこに行くのか!?」
十香が今までになく興奮した様子で前方を指さしていた。
私はチケットの裏から視線を外し指さされた方を見る。
「……ふえっ!?」
瞬間、私は素っ頓狂な声を上げ顔を真っ赤にする。
確かに小さいながらも、西洋風のお城だった、看板にもドリームランドと書かれている。
けど、その下に「ご休憩・二時間四千円~ ご宿泊八千円~」とも書かれていた。
とどのつまりは、大人しか入ってはいけない愛のホテルだった。
私は心の中で、琴里はお姉ちゃんになにをさせようとしているの!?、と叫ぶ。
しかし十香は目を輝かせたままお城を見ていた。
「と、十香。あ、あそこは違うみたいだから…」
「ぬ?あそこではないのか?」
「う、うん。ほらほら別の所に行こう、ね?」
「むう…そうか」
残念そうに言う十香には申し訳なく思ったけど、あそこは無理だよ。
私は十香の手を無意識の内に握ると、辺りを見渡す。
十香は私に手を握られると最初はびっくりしたような表情を浮かべるが、しばらくすれば手に込める力を強くし頬をほんのり桜色に染め、少し笑顔を浮かべる。
そして何かを呟いた。
「……あったかいな」
私はそんな十香の呟きに気付かず、きょろきょろと辺りを見たいたがふと、視界に公園へと向かう道が入った。
「公園に行こっか。十香」
「うむ、シオリ」
そうして私たちは手を繋いだまま公園へと向かい歩いて行く。
公園に着いたのはちょうど十八時頃だった。
夕日でオレンジ色に染まった天宮市を一望できるいい所だった。
そして公園には私と十香以外の人影は見受けられず、さながら貸し切り状態であった。
「おお、絶景だな!」
とうの十香はと言うと、落下防止柵から身を乗り出しながら、黄昏色の天宮市の街並みを眺めている。
私は十香の隣に立ちながら同じように景色を見ている。
そして時折吹く風が私と十香の髪をなびかせる。
「シオリ!あれはどう変形するのだ!?」
十香が遠くを走る電車を指さし、目を輝かせながら言う。
「あはは、電車は変形はしないかな」
「何、合体タイプか?」
「うーん、連結はするかな」
「おお」
十香は納得っといった調子で頷くと、くるりと身体を回転させ、私の方を向く。
夕焼けに照らされる十香の顔は、同じ女の子である私ですら美しいと思えるほど、まるで著名な画家が書いた絵画のようだと思った。
「――それにしても」
十香は話題を変えるように、そして屈託のない笑顔を浮かべながら言う。
「いいものだな、デェトというのは。実にその、なんだ、楽しい」
「………っ」
不意な言葉に私は顔を赤くし、心臓をドキリとさせた。
「どうした、顔が赤いぞシオリ」
「ゆ、夕日のせいじゃないかな…」
そう言って私は顔をそらす。
すると十香が私の両の頬を手で挟み込むようにすると自分の方を向かせる。
「あ…」
「やはり赤いではないか。何かの疾患か?」
吐息が触れそうな距離まで顔を近づけた十香が言う。
夕焼けのオレンジを移し込んだ瞳に見つめられると、私は恥ずかしくなり視線を逸らした。
「ち、違うから…大丈夫だよ…」
そう言って私は身体を離した。
そして高鳴る心臓を落ち着かせながら、もう一度十香の顔を見る。
そこには初めて出会ったあの日、そして昨日、十香の顔に浮かんでいた鬱々とした悲しい表情は、随分薄くなり、年相応の女の子の表情が浮かんでいた。
「――どうだった?今日一日私と…その…デートをしてみて?」
「……ん、皆優しかった。正直に言えば、まだ信じられないくらいに」
「え…?」
私が少し首を傾げると、十香は自嘲気味に苦笑する。
「あんなにも多くの人間が、私を拒絶しないなんて。私を否定しないなんて。…あのメカメカ団…ええと、なんといったか。エイ…?」
「ASTのこと?」
「そう、それだ。街の人間全てが奴らの手の者で、私を欺こうとしていたと言われた方が真実味がある」
「そんな…」
私はその言葉に悲しみを覚えた。
だって…確かに十香にとっては、それが…普通だったんだ。
否定されるのが…否定され続けるのが……普通。
そんな―――悲しい。
「…それじゃあ、私もASTの手先ってことになっちゃうのかな?」
私の言葉に、十香は静かに頭を振る。
「いや、シオリはあれだ。きっと親兄弟を人質に取られて脅されているのだ」
「な、なにその役柄…」
「シオリ………おまえが敵とか…そんなのは考えさせるな」
「…えっ?」
「なんでもない」
私の問いに、そう返せば今度は十香が顔を背ける。
そして表情を無理やりに変えるようにごしごしと顔を手でこすってから視線を戻してくる。
「――でも本当に、今日はそれくらい、有意義な一日だった。世界がこんなに優しいだなんて、こんなに楽しいだなんて、こんなに綺麗だなんて…思いもしなかった」
「そっか――」
私は口元を綻ばせた、だけど十香は、そんな私に反するように、眉を八の字に歪め
苦笑する。
「あいつら…ASTとやらの考えも、少しだけわかったしな」
「え……?」
私がその言葉に怪訝そうに眉を寄せると、十香は少し悲しそうな顔を作る。
私が嫌いな欝々とした表情とは違う…けど、見ているだけで胸が締め付けられそうな、悲壮感の漂う顔だった。
「私は……いつも現界するたびに、こんなにも素晴らしいものを壊していたんだな」
「――――っ」
私は息を詰まらせた。
「で、でも。それは十香の意思とは関係ないんでしょ…ッ!?」
「……ん。現界も、その際の現象も、私にはどうにもならない」
「なら――」
「だがこの世界の住人たちにしてみれば、破壊という結果は変わらない。ASTが私を殺そうとする道理が、ようやく……知れた」
私は、十香のその言葉に、十香の悲痛な顔に胸が引き絞られ、上手く呼吸が出来ない。
「シオリ。やはり私は――いない方がいいな」
そう言って――十香は笑った。
今日一日見せていた明るく年相応の少女の笑みではない。
まるで…まるで自分の死期を悟ったような…弱々しく…痛々しい笑顔だった。
私はいつの間にか乾ききって、張り付いた喉からどうにか声を出した。
「そんなことない…ッ」
私はずきずきと痛む胸を押さえるように両の手を胸に置き言葉を続ける。
「だって…だって今日は空間震が起きてないじゃない!きっと、きっといつもと何か違いがあるんだよ…ッ!それを突き止めれば…!」
私の言葉に十香はゆっくりと頭を振る。
「たとえその方法が確立したとしても、不定期に存在がこちらに固着するのは止められない。現界の数は減らないだろう」
「じゃあ…ッ!もう向こうに帰らなければいい!!」
私が叫ぶと、十香は顔を上げて目を見開く。
まるで、そんなことは考えたこともなかったというように。
「そんなことが――可能なはずが…」
「試したの!?一度でも!」
「……………」
十香は唇を真一文字に結んで黙り込む。
私は更に酷くなる動悸を抑え込むように胸に置いた両手にさらに力を込める。
咄嗟に叫んだ言葉だったけど…それが可能なら、空間震は起こらなくなるはず…。
琴里の説明では、精霊がこちらの世界に移動する時の余波が空間震となると。
そして十香が自らの意志と関係なく不定期にこちらの世界に引っ張られてしまうなら。
最初からずっとこっちにとどまっていればいい。
「で、でも、あれだぞ。私は知らないことが多すぎるぞ?」
「知らないことは私が全部教える!」
私は十香の言葉に間髪入れずに返す。
「寝床や、食べるものだって必要になる」
「それも私がどうにかするッ!」
「予想外の事態が起こるかもしれない」
「起きたときに考えればいい!!」
十香は俯き、少しの間黙り込む、そして顔を上げると小さく唇を開いた。
「……本当に…私は生きていてもいいのか?」
「うん!」
「この世界にいてもいいのか?」
「もちろん!」
「……そんなことを言ってくれるのは、きっとシオリだけだぞ。ASTはもちろん、他の人間たちだって、こんな危険な存在が、自分たちの生活空間にいたら嫌に決まっている」
「そんなこと知らない!!AST?他の人間?ほかの人たちが十香、あなたを否定するのなら!私がそれを超えるくらいにっ!!――」
私は十香あなたにもうあんな悲しい顔はして欲しくない。
あなたには笑顔でいてほしいだから…私は!。
「あなたを肯定するっ!!!」
私は叫んだ。
そして私は…十香に向けて手を伸ばす。
その言葉に、手に、十香の肩が小さく震える。
「握って!十香!今は…それでいい!」
十香は顔を俯かせ…数瞬の間考え込むように沈黙したあと、ゆっくりと顔を上げ、そろそろと手を伸ばしてくる。
「シオリ――」
私の伸ばした手に十香の手が触れようとした瞬間。
「――――――」
私は突如感じた寒気にぴくりと指先を動かす。
まるでざらざらとした舌で全身を舐められるような…嫌な感触。
「十香!」
私ののどは咄嗟にその名を叫んでいた。
そして十香が答えるよりも早く。
「……っ」
私はおもいっきりの力で十香を突き飛ばす。
十香は予想もしていなかった衝撃に耐えられず、ごろんと後ろに転がった。
それから僅かな間も置かずに。
「――――――あ」
私は左わき腹のあたりに凄まじい衝撃を感じた。
「な――何をする!」
砂で汚れた十香が、非難の声を上げた、けど私はその声に答えを返すことができない。
息が…出来ない。
立っていることが出来ない。
私はガクッと地面に膝を着く。
とにかく…きもちわる…い。
「シオ…リ?」
十香が茫然とした様子で言ってくる。
わた…しは…。
(と…お…か)
そこで私の意識は途切れた。