デート・ア・ガール 士織リリウム   作:才華

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救う者

「シオリ……?」

 

十香は士織の名を呼ぶが、返事はない。

地面に横たわった士織の身体は大きく抉りとられ止めどなく大量の血を流し続けていた。

着ていた制服とカーディガンは血で赤黒く染まり、見開かれ空を見つめる目元には涙が一筋流れていた。

 

「シ…オリ…」

 

十香は立ち上がるとゆっくりと横たわる士織の傍へと向かう。

既に血だまりは大きく広がり、歩く度に水音が響く。

十香は士織の頭の隣に着き膝を折ると、士織の頬を指でつついた。

反応は、無かった。

そして十香に差し伸べられていた手もまた血だまりに沈んでいた。

数秒間の空白のあと、十香の頭が状況を理解しはじめる。

…あたりに立ちこめる焦げ臭さには覚えがあった。

いつも十香を殺そうと襲ってくるあの一団のものだ。

如何に十香とはいえ、霊装を纏っていない状態でいまの攻撃を受けたなら、無事では済まなかっただろう。

まして何の防護も持たない士織がそんな攻撃を受けてしまったら。

 

「――――」

 

十香は酷い目眩を感じながらも、士織の開かれたままの目にそっと手を置き、ゆっくりと瞼を閉じる。

そして着ていた制服の上着を脱ぎ、優しく士織の亡骸へとかけた。

そして立ち上がると、俯きながら震える声で呟く。

 

「シオリがいてくれたなら、もしかしたらと…思った。すごく大変で難しくとも出来るかもしれないと、思った…。でも…でも駄目だった…やはり駄目だった…」

 

そして空を見上げ叫ぶ。

 

「世界は……私を否定した!」

 

そう叫ぶと十香は、のどの奥から、その名を出す。

 

「<神威霊装・十番(アドナイ・メレク)>ッ」

 

周囲の景色が陽炎の如く歪み、十香の身体に纏いつき、十香の霊装を形作る。

十香は霊装を纏えば、首を回し、背後にある高台に視線を向けた。

そこに今士織を撃った人間がいる。

殺すに足りてしまった人間が、いる。

十香は地面に踵を突き立てる。

瞬間、轟音と閃光と共に巨大な剣が背もたれに収められた玉座が現出する。

十香は地を蹴ると、肘掛けに立ち、背もたれから剣を引き抜く。

そして、叫ぶ。

 

「<鏖殺公(サンダルフォン)>――【最後の剣(ハルヴァン・ヘレヴ)】!!」

 

その言葉を合図とするように、玉座に無数の亀裂が走り、バラバラに砕け散る。

そして砕け散った破片が十香の持つ剣に集約されてゆき、更に大きさを増してゆく。

そして全ての欠片が結合するとそこには長さが十メートルはある剣が出来上がる。

 

「ああ」

 

そしてその巨大な剣を持った十香はのどを震わせる。

 

「ああああああああああああああああああああ」

 

天高く響くように。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

地に轟かせるように。

 

「よくも」

 

十香の目は湿っていた。

 

「よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくも」

 

十香は剣を握る手に力を込めると、まるで木の棒のように軽々と振り上げ、その剣を振り下ろした。

刀身の光が一層強くなり、一瞬にして太刀筋の延長線上の高台を切り裂く。

 

「な――ッ!?」

 

「――――」

 

そして次の瞬間には十香の姿はその切り裂いた高台にあった。

そして目前には毎回十香を襲うASTの隊員がいる。

二人の内一人は驚愕に目を見開く女、そしてもう一人は無味な表情を浮かべた少女であった。

 

「この……ッ、化物め!」

 

驚愕していた長身の女は無骨な剣のようなものを振るって十香に攻撃を仕掛けてきた。

しかし霊装を纏った十香にそのような攻撃は通る事はなかった、十香は視線をそちらに向けるだけで攻撃を霧散させた。

 

「嘘――」

 

女の顔が、絶望に染まる。

十香はそんなものには興味がないとばかりに、もう一人の少女へと目を向け、唇を開く。

 

「――貴様、貴様だな。我が友を…我が親友を…シオリを殺したのは…貴様だな」

 

十香がそう言うと、目前の少女は初めて表情を歪めた。

しかし、そんなことは十香にとってはどうでもいいことだった。

真っ黒に淀んだ瞳で少女を見下ろしながら、十香は冷静に、狂う。

 

「殺して壊して消し尽くす。死んで絶んで滅に尽くせ」

 

 

 

 

 

「士織さん、心拍、脈拍共に無反応です!」

 

「空間震警報発令されました!」

 

<フラクシナス>艦橋では報告を上げるクルーたちの声が木霊し合っていた。

 

「周囲に人家が無いのが救いだけど、この調子じゃ、いずれ街ごと消し飛ぶわね」

 

今までの十香が可愛く見えるほどの超越的な破壊力。

たった一撃で広大な開発地と高台は二分され、中心に深淵を作ってしまう。

そして、<ラタトスク>の最終兵器であった筈の五河士織の死。

琴里たちは考えうる限り最悪の状況に立っているはずであった。

しかし、艦長席に座る琴里はまるで狼狽した様子もなく、口の中でチュッパチャプスを転がしながら言う。

 

「ま、ちょっと優雅さが足りないけど、騎士としては及第点かしらね。今の狙撃でお姫様がやられてたら目も当てられなかったわ」

 

「し、司令…」

 

そんな琴里に、クルーたちは戦慄したような視線を向ける。

それも仕方ないだろう、今まさに姉が死亡したばかりなのだから。

 

「いいから自分の作業を続けなさい。士織が、これで終わりなわけがないでしょう?」

 

そう、ここからが、士織の本当の仕事なのだ。

 

「し、司令!あれは…!」

 

艦橋下部、メインモニタを見ていた部下が、公園が映っている画面左を見ながら、驚愕に満ちた声を上げる。

 

「――来たわね」

 

琴里はチュッパチャプスの位置を変え、にやりと唇の端を上げる。

画面の中には、公園に横たわり、十香の上着をかけられた士織が映っていた。

そして、その制服が突然燃え始めたのである。

精霊の生成物が消失しているのではない、一切の火の気がないはずなのに制服はどんどん燃えてゆく。

けど正確には燃えていたのは制服ではなかったのだ。

制服が燃え落ち、無残に抉られた士織の身体が露わになる。

そこで<フラクシナス>のクルーたちは再び驚愕の声を上げる。

 

「き、傷が…」

 

そう、燃えていたのは士織の身体であった、酷く抉られた断面が、燃えている。

炎は士織の傷を見えなくするほどに燃え上がってから、徐々に勢いをなくしてゆく。

そしてその炎が消えたあとには、完全に再生された士織の身体が存在していた。

そして。

 

『……………んん』

 

画面の中に横たわっていた士織の瞼が開く、そして跳ね起きるように上体を起こす。

 

『え…あ、あれ?私…なんで』

 

艦橋内は一斉に騒然となる。

 

「な…し、司令。これは…」

 

「言ったでしょ。士織はこれじゃあ終わらないって」

 

琴里は唇を舐めながら部下に返す。

クルーたちは皆一斉に訝しげな視線を向けてくるが、琴里はそれを無視する。

 

「すぐに回収して。彼女を止められるのは士織だけよ」

 

 

 

 

 

 

――意味が分からなかった。

私は自分のお腹をペタペタと触りながら、眉を寄せた。

着ていたカーディガンとワイシャツは大きく穴が開き、おへそが見えている。

 

「なんで私…生きてるの…?」

 

もう一度お腹を触り、呟く。

私はあのときとても嫌な感じがして、十香を突き飛ばした。

そして次の瞬間には凄い衝撃を受けて、意識が途絶えたはず。

実際制服には大きな穴が開いてるし、盛大な血の染みもある、なにより背中と髪が血でべっとりと汚れている。

 

「十香は…」

 

私は周囲を見渡し十香の姿を探した、あの攻撃は間違いなく十香を狙っていた。

瞬間、私のいる公園よりさらに高台から、漆黒の光が発生し、次いで、凄まじい爆発音と衝撃波が撒き散らされた。

 

「きゃ…ッ!?」

 

私は不意の事に、態勢を保てず地面に転がってしまう。

 

「なにが…」

 

爆発のあった方へ視線を向けると、私は身体を硬直させた。

景色が、私が意識を失う前とはまったく別物になっていた。

山肌はまるで鋭利な刃物で切り取られたような断面を晒し、滅茶苦茶に崩落していた。

 

「これって……」

 

そう呟いた瞬間、身体から重さがなくなった。

 

「ひあっ…!」

 

突然のことに驚きの声を上げたが、すぐに<フラクシナス>の転移装置の感覚だと気づいた。

そして瞬く間に私は公園の高台ではなく<フラクシナス>内に移動していた。

 

「士織さん、こちらへ!」

 

そしてすぐに待機していた<フラクシナス>のクルーの人が大声を上げる。

 

「は、はい」

 

私は少し混乱していたが、クルーの人に連れられ艦橋に向かう。

そして艦橋に到着すると。

 

「お目覚めの気分はいかが、士織」

 

艦長席に座った琴里がチュッパチャプスの棒をピコピコ動かしながら言ってくる

 

「琴里…」

 

私は混乱する頭を右手で押さえるようにしながら口を開く。

 

「いまいち状況が分からないんだけど…一体どうなっているの?」

 

「ん、士織がASTの攻撃でやられて、キレたお姫様がASTを殺しにかかってるわ」

 

琴里はそう言うと、チュッパチャプスの棒で艦橋正面の大型モニタを指す。

 

「な…十香!」

 

モニタには十香が巨大な剣を振るい、ASTを攻撃する十香と、応戦するASTの部隊が映っていた。

応戦と言うが、実質十香の一方的な蹂躙だった。

十香の振るう剣は当たらずとも、掠めるだけでAST隊員を吹き飛ばし逆に、ASTの攻撃は十香に届くことも行動を制限させることも出来ない。

 

「完全にキレてるわ。よっぽど士織を殺されたのが許せないのね」

 

琴里が肩をすくめながら言う、私はその言葉にはっとしたように琴里に疑問の言葉を投げかける。

 

「こ、琴里!…そう、なんで私生きてるの!?」

 

私の疑問に、琴里はニヤニヤと意味深げな笑みを浮かべる。

 

「ま、その話はあとにしましょ。今はもっと他にすることがあるんだから」

 

琴里はそう言いながらモニタに映る十香に目を向けた。

 

「他にすること…」

 

「えぇ。ウチとしても、精霊関係で人死にが出るのは勘弁願いたいのよ」

 

「そんなの、当たり前だよ!」

 

私は叫ぶ。

琴里は私の言葉に楽しそうに目を細める。

 

「オーケイ、上出来よ騎士様。行くわよ。お姫様を止めにね」

 

琴里はそう言うと、肩にかけたジャケットを翻し、正面に向き直ると高らかに声を張り上げる。

 

「<フラクシナス>左舷回頭!戦闘ポイントに移動!座標誤差は一メートル以内に抑えなさい!」

 

『了解!』

 

艦橋最前部に座る操舵手が声を上げる。

そしてお腹に響く重低音と共に、<フラクシナス>が振動する。

 

「こ、琴里」

 

指示を出し終わった琴里に私は声をかける。

琴里は声をかけられると再び私の方へ向き直る。

 

「ん、何よ士織」

 

「十香を止めるって、どうやって止めるの?」

 

私の問いに琴里はあからさまに呆れたような顔を作り。

ため息をついてから、さも当然ともいう感じで言う。

 

「何言ってるのよ、士織。あなたが止めるのよ」

 

「わ、私!?」

 

その言葉に私は自分を指さしながら驚きの声を上げた。

そんな私に琴里はもう一度大きなため息をはく。

 

「当たり前でしょ。いつまで日和ってるの。…士織以外には不可能よ」

 

「どうやって…」

 

私が戸惑いの言葉に、琴里は咥えていたチュッパチャプスを引き抜くと、妖しい笑みを浮かべる。

 

「士織。呪いのかかったお姫様を助ける方法なんて、相場が決まってるじゃない」

 

そう言うと、琴里はその唇でチュッパチャプスにチュッ、と口をつける。

 

「そ、それって…もしかしなくても…」

 

私はその言葉に、激しく動揺していた。

そして疑問の呟きに琴里はその方法を言う。

 

「そ、キスよ」

 

私はその言葉に顔をボンっと赤くさせれば口を酸欠の魚のようにパクパクさせる。

けどとうの琴里は私を無視しつつなにか考えるようにし、一拍置いてから言う。

 

「お姫様は滞空中ね、…なら士織をここから突き落としましょ。」

 

琴里の穏やかでない言葉に私はハッとすると声を上げる。

 

「ちょ、琴里!突き落とすってなに!?…それにキスって!」

 

琴里は私の言葉を無視しつつ、パチンと指を鳴らす。

そしてどこからか現れた女の人二人が私の両脇を抱えてきた。

 

「さぁ、士織。行ってきなさい」

 

琴里のその言葉を合図に私は引きずられていく

 

「ちょっと、琴里ぃぃ…」

 

「頑張ってね」

 

そんな言葉を聞きながら、船体下部にあるハッチまで私は連れてこられ。

 

『幸運を、士織』

 

スピーカーから響く琴里の声を聴きながら、私はハッチから空へと放り出された。

 

「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

空中へと放り出された私の身体は重力に引かれ落下してゆく、凄まじい風が長い髪をスカートをはためかせる。

余りの恐怖に意識が飛びそうになる、けど視界に入った影にその恐怖心を押さえ込む。

両手足を伸ばし、なんとか姿勢を安定させる。

そして次第に近づく巨大な剣を持つ少女。

 

私が救わなければならない少女。

 

私はその名を叫ぶ。

 

「とおぉぉぉぉぉかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

喉の限界を超えその名、十香の名を叫ぶ。

瞬間、身体にかかっていた重力が和らぎ、落下速度が低下する。

 

「――」

 

私の声に気が付いたのか、巨大な剣を振りかぶり、地面に横たわるAST隊員に止めを刺そうとしていた十香は顔を上に向けた。

その顔は涙で余すところなく濡れ、目と鼻も真っ赤に染まっていた。

そして私と目が合った。

 

「シオ…リ……?」

 

突然のことに十香は茫然としたまま呟いた。

緩やかになった落下の中、私は十香の両の肩にそっと手をかける。

空に浮かぶ十香の助けを借りるようにしながら、その場にとどまる。

 

「……十香」

 

名前を呼ぶ私に十香は震える唇を開く。

 

「シオリ…ほ、本物、か……?」

 

「一応、本物だと思うかな」

 

私の言葉に、十香は瞳から更に涙を溢れさせる。

流れ落ちる涙は夕日を反射させ、キラキラと光る。

 

「シオリ、シオリ、シオリ…ッ!」

 

「うん、十か――」

 

十香の言葉に答えかけたところで、私の視界に凄まじい閃光が満ちる。

十香が振り上げていた剣が周囲を闇夜に染めそうなほどの漆黒の輝きを放っていた。

 

「と、十香、これって…」

 

「【最後の剣(ハルヴァン・ヘレヴ)】の制御を誤った…!どこかに放出するしかない…!」

 

十香はそう言いながら視線を地面の方へと向けた。

私もつられて視線を向ければ、そこには今にも死んでしまいそうな鳶一さんの姿が見えた。

 

「だ、駄目っ!十香そっちは駄目っ!」

 

「で、ではどうしろというのだ!もう臨海状態なのだぞ!」

 

そうこうしている内にも、十香の剣からは漆黒の雷が四方八方に放出され、山肌を抉っていた。

そして私は琴里の言葉を思い出す。

十香を止め。

十香を助ける唯一の方法。

 

「と、十香。あ、あのね…私とキスをしよう…ッ!」

 

「何!?」

 

私の突然の言葉に十香を眉を寄せ驚きの声を上げる。

 

「え、えっと、やっぱり、忘れ――」

 

「キスとはなんだ!?」

 

「え…?」

 

「早く教えろ!」

 

「え…き、キスっていうのは、その、唇と唇を合わせ――」

 

私の言葉の途中で。

十香の顔が一気に目前まで接近する。

そして私の唇に――十香の唇が押しつけられた。

 

「―――――――――っ!?」

 

私は目を見開き、声にならない声を上げる。

十香は更に強く唇を押し当ててくる。

 

十香の唇の感触が――。

 

十香の甘い匂いが――。

 

私の頭の中、そして身体を駆け巡る。

瞬間、天を向いていた十香の剣に無数のひび割れが発生し、一拍後バラバラに砕け散り、光の粒子となる。

そして十香が身に纏っていたドレスが同じような光の粒子となり空中へ溶けてゆく。

また私たちの身体もゆっくりと地面に向けて降下してゆく、落下する私たちに合わせて光の粒子もまた上昇するように空へ溶けていく。

ドレスが全て消え去ったと同時に私たちは公園へとゆっくり降り立った。

幾ばくかの間の後。

ゆっくりと十香が唇を離す。

私はあたふたとしながら言葉を発する。

 

「ごごごごご、ごめんね十香っ!こうするしかないって琴里に…」

 

そんな私の言葉を遮るように十香はピッタリと私に抱き付く。

そして顔を真っ赤にしながら私の顔を見る。

 

「あまり見るな、馬鹿者…」

 

「う、うん…」

 

しばしの間、私と十香は静かに抱き合っていた。

 

「…シオリ」

 

十香が静かに声を上げる。

 

「なに?」

 

「また……、デェトに連れていってくれるか……?」

 

「うん。いつでも連れていってあげる」

 

私は十香を強く抱きしめながらそう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ふあぁ」

 

あれから週末を挟んだ月曜日。

復興部隊の作業により完璧に修復された校舎には、既に相当数の生徒が当校していた。

そんな賑わう教室の中、私は自分の席に腰を下ろし。ぼうっと窓の外を眺めていた。

 

あの日。

あの後すぐに私は気を失ってしまい、再び<フラクシナス>の医務室のベッドに寝かされていた。

目が覚めたあとも、施設でよく分からない検査やメディカルチェックを受けさせられた。

けど気を失ってから一度も十香の姿は見ていなかった。

琴里に言っても検査があるからとの一点張りで結局姿を見ることが出来なかった。

 

「……はあぁぁ」

 

十香と出会った日から、色んな事があった。

そんな慌ただしい日々が嘘のように、ただ何もない休日はある種の喪失感を感じる日だった。

だけど…一つ。

一つだけ私の中で引っかかるものがあった。

あの日。

私は十香とキスを交わした。

その瞬間、十香の霊装が消え去り、同時に自分の身体の中に、何か温かいものが流れ込んでくるのを感じていた。

…あれは何だったんだろう。

 

「……………」

 

私は無言で自分の唇に触れた。

あの日から三日も経っていたが、まだ十香の唇の感触が残っている気がして、私は顔を赤くする。

私はハッとしてからブンブンと頭を振った。

そこで教室の扉が開く音と、教室がざわめく音が聞こえてきた。

私は視線を扉の方へ向ける、そこには鳶一さんが手足や額に包帯を幾重にも巻いて立っていたのだから。

 

「…!」

 

私は息を詰まらせた。

顕現装置(リアライザ)を用いれば大殆どの怪我はすぐに治るらしい。

けど鳶一さんは三日経ったというのにあれだけの包帯を巻いている。

相当酷い怪我だったんだろう。

 

「…………」

 

鳶一さんは教室中の注目を集めながら、自分の席へと向かうかと思った。

けど実際には私の目の前まで歩いてくる。

 

「お、おはよう、鳶一さん」

 

少し気まずかったけど挨拶をすれば、鳶一さんは深々と頭を下げた。

 

「と、鳶一さん!?」

 

私が驚くと同時に教室内もまた騒然となる。

しかし鳶一さんは全く気にする様子もなく、頭を下げたまま言葉を発する。

 

「ごめんなさい。謝って済む問題ではないけれど」

 

あとで聞いた話によると、十香を狙っていたあの一撃は、鳶一さんが放ったものだったらしい。

 

「え、あ、とりあえず頭は上げて、ね?」

 

私が若干戸惑いながら言うと、鳶一さんは頭を上げる。

けど頭を上げた後も鳶一さんは私の前から動こうとはしなかった。

私はどうしよう、と頭を悩ませていると、救いの女神さまが現れる。

 

「はーい、皆さーん。ホームルーム始めますよぉー」

 

教室前扉を開け、タマちゃん先生が入ってきたからだ。

鳶一さんも先生が入ってくるともう一度私に頭を下げてから自分の席へと戻っていった。

 

「はい、皆さん席に着きましたね?」

 

タマちゃん先生は鳶一さんが着席したのを確認すれば元気な声でそう言う。

 

「そして今日は出席を取る前にサプラーイズがあるのぉ!…入ってきて!」

 

タマちゃん先生の言葉にクラスメイト達がざわめき出す。

 

「転校生?」

 

「マジで!?」

 

「女の子?男の子?」

 

などという声がそこかしこから聞こえてきた、そして一拍置いて。

 

「ん」

 

と、返事をするような声が聞こえて。

 

「――」

 

私は驚きで一瞬息が止まった。

だって今、教室に入ってきたのは。

 

「――今日から厄介になる、夜刀神十香だ。皆よろしく頼む」

 

来禅高校の制服を着た十香が、ものすごくいい笑顔をしながらそう言った。

 




どうも才華さんです。
やっとのことで十香編終了でございます。
毎度毎度長ったらしい文章ですみません。
この後ですが、精霊の出す順番を変更しようか、そのままで行こうかちょっと考えております。
ではでは。
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