東京喰種 【GLF】喰種解放戦線 作:トミナカ・ビル
丸手たちが本部に入ろうとすると、ロビーには怯える都民と報道関係者が詰めかけていた。
「なんで電話もテレビも映らないの!? 政府は何やってるのよ!」
「新宿の方で煙が上がってたぞ! 喰種が攻めてきたんだろ!? 助けてくれ!」
パニックを起こして怒ったり叫んだりしている彼らは職員の邪魔にしかならず、警備員のみならず受付の職員までもが対応するハメに陥っていた。それでも圧倒的な人数差に押され気味で、しかも放置された受け付けの電話は甲高い音を立てて鳴り続けている。
「くそッ! 交通制御は軒並みクラッシュ、金融システムも同時攻撃を受けてパーだ」
テレビに映っているニュースを見ながら、職員の一人が呟く。隣では上司が「まずは国土交通省と金融庁に事情を説明する。経団連はその後だ」と命令を飛ばしている。
「交通、通信、ありとあらゆるインフラに使われている全てのコンピュータ・チップを我々の監視下において安全を確認しろ!」
「ムリです!これだけの規模になると、我々の権限と人員じゃ対処しきれませんよ!警視庁のサイバー対策課に協力を依頼しないと」
「チッ、 なら急いで警視庁に連絡しろ!今すぐだ!」
「さっきから電話をかけているんですが、どれも繋がらなくて……」
蒼ざめた顔で報告する部下に、丸手は嫌な予感を覚えた。
「“どれも”ってどういう意味だ?」
「そのまんまの意味ですよ。固定電話、スマートフォン、インターネットもIP接続が切断されています」
丸手は目の色を変え、「無線はどうなっている!?」と叫ぶ。
「過負荷で繋がりません!攻撃を受けている痕跡もあるのですが、この混乱では……」
「クソったれがッ!」
思わず大声でヘッドセットを投げ捨て、丸手は悪態をつく。感情に任せて機材に八つ当たりしたい気分を何とか抑え込めたのは、局長の和修が駈け込んで来たからだ。
「どうだ?」
和修局長が訪ねると、丸手はお手上げと言わんばかりに両手を上げる。
「最悪ですね。通信、金融、電力に各種インフラ……およそコンピュータで制御されているものは、全て大混乱です。修理班を向かわせようにも、交通網までもが麻痺しちまってます」
「こういう時は、奴らの立場にたって考えてみるんだ。もし君がこの事件の黒幕だったら、次はどうするね?」
丸手は深呼吸をすると、頭の中で情報を整理する。
情報化社会の到来によって、日本はコンピュータとそれに連接したネットワークが提供するサービスに依存している。コンピュータが正常に動作しなければ、金融や製造、輸送、情報通信といった社会の基幹的な分野がダメージを受ける。
金融や国防といった高い信頼性が求められる分野ではインターネットと分離されたイントラネットが運用されているが、それですら内部協力者がUSBメモリーのような媒体を持ち込んでしまえば無力化されてしまう。
そうなれば当然、社会は大混乱だ。
怯えた民衆は保護を求めて政府に押し寄せる。いちいち対処していればキリが無いし、かといって無視すれば暴動や略奪に走る可能性もある。
(どちらにしろCCGの大部隊は都心に釘付け。外部に協力を求めようにも通信手段はおろか、交通網さえ動かない……)
おかしい。違和感があった。
(なぜ、奴らはCCGの大部隊が出撃してからサイバー攻撃をかけたんだ?)
最初からやっておけば、通信手段を断たれたCCGに対して奇襲になるし、分断されたCCG部隊を各個撃破することだって出来るはず――。
しかし、敢えてそれをしなかった。であれば、何が理由があるはずだ。
(待てよ……逆に考えろ。ひょっとして奴らはCCGを分断したかったのではなく、一か所に集めたかった……?)
だとしたら、それは何故か? CCGの戦力が一か所に集中すると、どうなるか。
――当然、それ以外の地区の戦力は低下する。
「っ……やられた!」
敵の狙いが分かると同時に、丸手は激しい屈辱感を味わされた。
「都心に向かった大部隊は、全員ただの囮かよ!――畜生、俺たちは最初っから連中の手のひらで踊らされてたって訳か!」
◇◆◇
東京の各地で大混乱が起こり、喰種と人間との決戦が近づいている中……。
5区の学園地区は比較的平穏な状態を保っていた。いわゆる文京区にあたり、喰種捜査官アカデミーを始め、ありとあらゆる教育機関が集中している地区である。
その一角に、東京大学本郷キャンパスは立地していた。
有名な「赤門」や「安田講堂」といった歴史ある建物と、最先端の技術の詰まった研究施設。それが共存し、独特のアカデミックな雰囲気を醸し出されている。
併設するようにして立地している建物の多くは、関連あるいは付属研究施設である事が多い。
数年前、CCGはここに一棟の研究所を建設した。理由はもちろん、喰種への対抗策を研究するためだ。
独立行政法人・喰種対策局付属生体兵器研究所――通称『アゴラ』は日本で初めてクインケの開発・運用に成功し、その後も次々に喰種に対抗する兵器や機械の開発・研究を行っている。
『アゴラ』は都心では珍しい広々とした敷地はフェンスで囲まれており、ゲートの両側には城塞の見張り塔よろしく哨塔まで建てられている。
ひとたび内部に入れば過剰なほどの警備システム――警報装置、監視カメラ、赤外線センサー、振動探知機、武装警備員、顔認証ソフト、さらには生体認証といった極めて高度なセキュリティが備わっている。
日も高く上り、そろそろお昼時といった時間に、ゲートの前には三台の車が停まっていた。周囲にはサブマシンガンやショットガンなどで武装した警備員が集まっており、車の中にいた男から身分証明書を受け取っていた。
「CCG本部からようこそ、お待ちしておりました。ええ、すぐにでも復旧作業に取り掛かって貰えると助かります」
身分証明書を確認した警備主任はそう言って、車に移動許可を出す。車の中には電子技師の格好をした男たちが乗っており、荷台には様々な機材が積み込まれている。
ゲートが開くと、三台の車は一斉に発進した。敷地の奥には巨大なビルが建っており、上から見ると十字架の形をしている姿はまるで刑務所のようでもある。
車はビルの前で停車し、エントランスから出て来た警備員に案内されて奥へと進む。見たところは停電している様子もなく、普通に稼働しているようだった。技師の一人が警備員に話しかける。
「見たところ、予備電力への切り替えはスムーズに済んでいるみたいですね」
「ええ。ですが、それでも36時間が限度です。知っての通り、研究所は大食らいですから」
およそ研究所というものは、大量のコンピュータやら研究機器を運用する過程で大量の電気を消費する。特に夏まっただ中の現在では、機材の冷却だけで備蓄電力の2割を消費している状態だ。
「長期停電に備えた発電機があると聞いていましたが……」
「たしかに自前の発電機で最低限の電力は賄えます。地震で発電所がストップした時などは自前の発電機のみで運用しますが、あくまで最終手段。研究では生体組織なども扱っていますので、早めの復旧が出来るならそれに越したことはないんですよ」
生体組織の保存には温度を一定に保つ必要があるため、停電が起こって温度維持が出来なくなれば、多くの貴重な研究サンプルが腐った肉片へと転じてしまう。
「では、担当の者がもうすぐ来られますので、それまでこちらの休憩室でお待ち下さい」
警備員はそう言って、連れて来た技師たちを空き部屋のひとつへ案内する。
「あの、ちなみにトイレはどちらに?」
「トイレならこの廊下を真っ直ぐ進んで、突き当りを左に曲がれば見えますよ」
笑顔で対応してくれた警備員に礼を言い、技師たちはそれぞれのバッグから機材を取り出す。班長らしき男は特別に暗号化された無線機を取り出し、周波数を調整して連絡をかけた。
「こちら浜松、侵入に成功した」
『――よし』
聞こえてくるのは、満足そうな清水の声。
『――今からアリサがそっちに向かう。到着するまでに、必要なダウンロードを済ませておけ』
CCG、痛恨のミス!