東京喰種 【GLF】喰種解放戦線 作:トミナカ・ビル
喰種対策局付属生体兵器研究所『アゴラ』制圧の報を受けて、清水もまた車で移動していた。
改造された大型トレーラーの中では、現場に指示を出し続けている清水の姿がある。
『8区の部隊は全域で同時攻撃をかけろ。敵が増援を送るようなら6区でも攻勢をかけて敵予備兵力を吸引するんだ』
『――ですが、6区に配備されているのは2線級の部隊ばかりです。通常、CCGの戦術予備には“あの”有馬班がいるという話では……?」
ディスプレイには訝しげな顔をする作業着姿の男が映っている。東京東部の指揮を任されている草薙という男で、「下手をすれば6区の部隊は全滅します」と不満そうだ。
だが、清水は「それでもやるんだ」と語気を強める。
「むしろ戦術予備を吸引できれば敵は6区に拘束される。その隙に7区で待機している部隊を中央突破させ、一気に1区を制圧する」
これは戦争なんだ、と清水は念を押す。草薙は「了解した」と短く答え、通信を切った。
一斉蜂起から既に半日近くが経とうとしている。喰種解放軍が順当に作戦を成功させているのも、清水の的確な指示あってこそだ。
「――ボス、4区に向かわせた部隊から増援の要請です。駅前で苦戦していると」
今度は部下のキムがテーブル上の端末を操作して、モニターを展開させる。画面には崩れかけた新宿駅の様子が映し出されており、まるで空爆の後のような有様だ。
「幸いにもこちらの被害はまだ多くはありませんが……」
気休めのためにキムが言った言葉に、清水は舌打ちした。
何が幸いだ。被害が出てないという事は、士気が落ちているからだ。そうでなければCCGの激しい抵抗を受けて、とっくに大損害が出ているはず。
(にわか仕立ての新兵には、荷が重かったか……)
史上かつてない規模の蜂起とはいえ、参加している者の大半はBレート程度の普通の喰種だ。つまりは暴徒に過ぎず、数の多さを活かして暴れまわっているに過ぎない。
「ロシア人共を向かわせろ。奴らに主導権を奪わせるな」
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3区にあるCCG支部では、篠原がマイクに向かっていた。無線からは、各地で蜂起した喰種の軍勢が迫っていると悲鳴のような報告が上がる。
「――助けてくれ!ここにも喰種が―――ッああああっ!」
解放軍の犯行声明から8時間、CCGは完全に手詰まりの状況に陥っていた。
もともと喰種と人間では、戦闘能力に圧倒的な差がある。階級の高い一部の捜査官はともかく、大多数の捜査官は数の優位を生かして戦うのが基本。しかし電話もネットも交通手段も使えない状態では、一方的に殲滅されるのがオチだった。
篠原はバリケード沿いを行ったり来たりしながら、炎の端から回り込もうとする喰種を指さし続けた。捜査官と警官たちは新しいQバレットを装填し、けが人を手当ての為に後ろに引きずっていった。
「弾幕薄いよ、何やってんの!」
篠原はしゃがれ声で命令を発し続けていた。
戦いは更に長引くだろう―—それを全員に徹底しておく必要がある。喰種たちが次々に新手を出してくるところを見ると、彼らはここを落とすまで攻め続けてくるに違いない。
だが、近づく方法はひとつしか残っていない。この駅前のロータリーを正面から突破するしかないが、万全の構えで防御してある。既に7回は喰種たちの攻撃を撃退しているのだ。
「ロケット弾だ!よけろ!」
誰かが叫ぶと同時に、新宿駅に数十発ののロケット弾が撃ち込まれた。
「ぐぅ――ッ!?」
ロケット弾の一斉掃射……その瞬間火力は大砲をも凌駕する。建物があちこちで崩壊し、轟音と爆発で麻痺状態になっている捜査官すらいた。
(これがシェルショックって奴か……困ったな)
ショックで戦意喪失した捜査官は使い物にならない。落ち着けば回復するだろうが、それまでは致命的な隙を晒すことになる。
もし、このタイミングで敵が攻撃をしかけてくれば……。
かくして篠原の悪い予感は的中する。部下を叱咤激励していると、聞き慣れた轟音が耳に入った。
ヘリコプターの音―—―しかし空中でその扉が開け放たれると、篠原は我が目を疑った。
「1、2、3……それも敵!?」
篠原は叫んだ。
「撃ち落とすんだ!」
信じられないことに、その数はどんどん増えていく。軍のヘリボーン作戦もかくやと言わんばかりの大編隊だ。
空中で開け放たれたヘリの扉から、喰種たちが次々に降下してくる。赫子を駅ビルの壁に引っかけながら減速し、手薄だった駅の中央区画に侵入していく。
「大変だ! 駅の中には怪我人と武器弾薬が……!」
青ざめる篠原。指揮車両からタブレットPCを引っ張り出し、駅内部の様子を確認する。モニターが駅構内監視カメラの映像に切り替わると、そこには軍隊然とした統率のとれた動きで迅速に橋頭保を広げる喰種たちの姿があった。
駅前に集まっている雑多な喰種たちとは明らかに違うとわかる、訓練された動き。武器も鉄パイプや猟銃ではなく、軍用のアサルトライフルに手りゅう弾まで持っている。
「ぐっ―—!」
その時、隣にいた鉢川が苦しげな声を発した。どうやら流れ弾が肩を掠ったらしい。長時間にわたる戦闘で、誰もかれもが疲れているのだ。
対して、喰種たちは増援の到着で士気を回復していた。地上部隊も呼応するかのように突撃を再開し、撃たれても撃たれても押し寄せてくる。
もともと身体能力では喰種の方が上なのだから、長期戦になれば有利になるのは彼らのほうなのだ。その証拠に人間たちの射撃は徐々に精彩を欠き始め、レートの高い喰種は彼らをあざ笑うかのように車の上を動き待って銃弾をよけている。
「まずいな……」
やはり、このタイミングを狙って新手を投入したのだろう。敵はなかなかのやり手だ。
篠原はこの時初めて、人間は負けるかもしれないと思った。
**
「真戸!どうしたんだ!」
ぼろぼろになって表れた真戸に、丸手は驚いたように近づいていく。
どう考えても尋常ではない。体のあちこちは擦り切れ、血と泥がへばりついている。極めつけに指までなくしているとなれば、拷問でも受けたのかと想像するのは当然だ。
実際、真戸自身、どうして自分が生きているのか分からないぐらいだ。
おそらく、脅威として見なされていなかったのだろう。宿的ともいえる梟に救われたのは癪だが、せっかく拾った命を無駄にするつもりは無かった。
「呉夫、まずは医務室で……」
「連中の狙いが分かったぞ。ヤツらの狙いは5区の『アゴラ』だ」
真戸の言葉に、丸手の片眉が吊り上がる。
「アゴラだぁ? なんでまた、そんな所に」
「勘だよ、勘」
「……」」
「―――というのは半分冗談だ。後の半分は本気だがね」
笑えない冗談を言う真戸に、丸手のこめかみがピクリと動いた。反射的に開きかけた丸手の口を塞ぐように、真戸は包帯の巻かれた指を見せる。
「奴らは暁を人質にとり、私の動きを封じてから慎重に指だけをメスで切り取った」
つまり、喰種は真戸の指を無傷で手に入れたかったということ。普通なら殺してから切り取った方が良さそうなものだが、それでは戦闘で欠損するリスクがある。
「連中の狙いは間違いなく私の“指紋”だ。それを使って、東大付属研究所のセキュリティーを突破するつもりに違いない」
かつて真戸が『アゴラ』でクインケの研究をしていたことは、丸手も人づてに聞いている。
「……そこに連中が求める何かがあるってわけか」
丸手の言葉に、真戸は小さく頷く。
――何より、アリサの存在が推測を肯定している。かつて共に研究所に勤めていた時、彼女は何かを見つけたに違いない。
「丸手特等、車両と部隊の手配は出来るかね?」
いつになく真剣な表情の真戸に、丸手は黙り込む。数秒間、2人の間に無言のやり取りがあった。
そして――。
「部隊の手配は出来る……だが、あいにく車両は使えない」
丸手の視線の先には、GLFによる混乱で大渋滞に陥っている道路の映像が映っていた。
「どこも似たようなもんだ。歩いていくのも手だが、この大混乱じゃどれだけかかるか分からん」
「っ……!」
真戸は悔しそうに唇を噛む。この非常時だ。想像はしていた。
しかし改めて口に出されると、何もできないむず痒さがに襲われる。
「はっ、らしくねぇな。俺の知ってる真戸呉緒はもっと諦めの悪い男だったぜ」
丸手が皮肉っぽく言う。
「……行き先きは5区でいいんだな」
低い声で囁きかける。振り返った真戸に、丸手はにやりと笑いかけった。
お前、何か忘れてないか――と。
「まさか……アレを使うのか!」
ただでさえ大きい左目を更に見開いた真戸に、丸手は「その通り」と大声で宣伝する。
「何のために、俺が毎日ハーレーに乗ってると思ってやがる!」