東京喰種 【GLF】喰種解放戦線 作:トミナカ・ビル
episode19:取引
清水達を乗せたトレーラーがアゴラに辿り着くと、警備員に変装した部下が迎えてくる。制圧は計画通りに完了し、CCGに気付かれた痕跡もない。
出迎えてきたアリサに案内され、清水は中央制御室へと足を踏み入れる。同時に、アリサの連れてきたハッカーが慌てて作業に戻る姿が目に入った。
「作業の進捗状況は?」
「ついさっき完了しましたよ。思ったより簡単でしたね」
そう言ってアリサはUSBを清水に手渡す。受け取った清水の顔に、ぞっとするような表情が浮かんだ。
――この小さなプラスチックの塊が、戦争の勝敗を決める切り札になる。そして自分たちは、その入手に成功した。このデータさえあれば、勝ったも同然だ。
だからこそ清水は、極秘回線を通じてCCGが接触を図ってきた時もさして意外には思わなかった。
「CCGからの通信です。どうしますか」
「繋げ」
「はっ」
軽快なタップ音と共に、画面が切り替わる。新しいウィンドウに映し出されたのは、CCG司令・和修の顔だった。
「私の名は知っているな」
清水が低い声で言うと、和修は「知っている」と応じた。
清水のプロフィールは、CCGのデータベースにも載っていた。甲嚇のAランク喰種で、危険ではあるが特別警戒が必要という訳でもない――はずだった。
なにせ他にも危険度の高い喰種はまだまだ沢山いる。であれば特に大きな問題を起こさない限り、後回しにしておきたい存在だった。
そうした奢りが、今回の危機を招いたのかもしれない。
『要求は何だ?金か?』
「違う」
『コクリアに囚われた、仲間の喰種の解放か?』
「それも違う」
和修が怪訝な顔をする。テロリストが交渉しに来る場合、対外は金か仲間の解放だ。そのどちらも違うという事は……。
「これが何だかわかるか」
そう言って清水はディスプレイカメラを掴み、ぐいと左に向きを変える。映し出された別のディスプレイ画面を見て、和修の顔が一気に歪んだ。
『クインケのデータベース……なぜ、それを貴様らが!?』
動揺する和修の姿に、清水は口元を歪めた。
「そんな事はどうでもいい。要求なら1つだ。我々に降伏しろ。さもなければ……」
――クインケのデータを公開する。製造工程から、原料まで全部だ。
清水が口にすると、和修は苦虫を噛み潰したような顔になった。
CCG、しいては和修一族がここまで急拡大できたのには理由がある。喰種への対策機関として、CCGが従来の警察機関に比べて圧倒的な実績を挙げて来たからだ。
その最大の理由が、警察官とCCG捜査官の戦闘能力の差だ。具体的にいえば、武器の差。
喰種との戦闘において、警察が頼みとする銃などの兵器ではほとんど打撃を与えられない。そこでCCGは喰種たちの使う武器である嚇子に目をつけ、それを利用した武器であるクインケを開発した。
その効果は絶大であり、クインケを装備した捜査官たちはそれまでは自殺行為と考えられた、喰種との単独戦闘すら行える力を身につけた。
しかし、この事は一部の人間にしか知らされていない。
「喰種と戦う“正義の武器”だったか? それが“悪”の喰種から作られてると知ったら、一般人はどう考えるだろうな」
CCG本部のデータベースに蓄積されている、クインケのデータ開示を迫る……普通に考えれば、それだけで喰種を取り巻く環境が変わるわけでは無い。
しかし「正義の武器」クインケが喰種の死体から作られたものだとしたら――。
言うなれば「中国の脅威から日本を守る!」などと威勢よく吠えていた自衛隊の兵器に「MADE IN CHINA」と表記されているようなものだ。
そんな事実を公表すれば、間違いなくCCGの信頼は地に堕ちる。信じていたものが欺瞞と知れたら、各地で混乱が起こり収集が付かなくなるのは目に見えている。
「一般人にはクインケの製造方法は知られていない。他にもCCGの掃討作戦で出た死者は、すべて隠蔽されている。この2つを同時に暴いたら、どうなると思う?」
―――CCGに対する信頼は地に堕ちる。
CCGの欺瞞を裏付けるデータを全国民に開示し、民衆に決起を促す。そうなれば今の世界をひっくり返すことができる。
――まさに革命だ。
「クインケの真実を公にすれば、誰もが疑心暗鬼になり、今まで信じていたCCGを信用できなくなる。その結果、現行のシステムは崩壊する……」
清水は負けを嫌う人間だった。負けないようにする秘訣は、勝てる戦いしか挑まないこと。勝てると踏んだからこそ、彼はCCGに対して戦争を始めたのだ。
「30分だけ待つ。せいぜい、良く考える事だな」
どうでもよさそうに告げて、清水は一方的に通信を切る。すでに勝利はこちらのもの。CCGがどんな対応をとろうと、すべては手遅れだ。
彼は再び椅子に座り、ちらりとアリサ達の様子を確認した。計画していたクラッキングをすべて実行してしまったアリサは、のんびりとマニキュアをいじりながらダウンロードの終了を待っている。
(セルゲイの忘れ形見、か……)
かつて師と仰いだ男の一人娘。だが、清水がアリサを誘ったのは忠誠心や同情心からでなく、単純に彼女が“使える”女だったからだ。
原石である事は分かっていた。清水はアリサを愛人として引き立て、様々な知識を教え込んだ。清水の目に狂いは無く、ほどなくしてアリサは有能な参謀として頭角を現した。
だが、目の前の女が過去の恩にいつまでも縛られているとは思うほど清水は楽観的では無かった。
たしかに部下として、そして愛人としてアリサは申し分のない女だった。察しがよく機転もきき、命令には従順に従い、退屈させない程度の奔放さも持ち合わせている。
部下としては優秀なのだろう。アリサはいつも自分の思考を読んでいるかのように、こちらの思い通りに動いてくれる。
だからこそ、余計に彼女が何を考えているかわからないのだ。
清水は子飼いの部下を手招きし、小声で命じる。
「――アリサへの監視を強化しておけ。怪しい動きを見せたら殺しても構わん」
彼女の頭脳は大いに役に立つ。だが、もし噛みつく気配を見せたなら潰すまでだ。
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真戸を乗せた丸手のハーレーは、月明かりに照らされた首都高を東へと疾走し、ついに東大の看板を通り越した。どの道も動きを止めた車で埋まっているが、幸いにも持ち主はどこかへ避難したようでスイスイと通り抜けることができる。
「丸手特等、まさか君が直々に出てくるとはねぇ。現場よりデスクの方が好きだと思っていたんだが」
「現場で指揮を執る人間が必要だろう。どの道、通信が出来ないんじゃ、此処にいても窓口対応しかやる事がないだろうが」
「恩に着るよ、丸手特等」
真戸が素直に感謝すると、丸手は気味悪そうに顔をしかめた。
「やめろってんだ。ガラでもねぇ」
「照れることは無いだろう――コンビ再結成と行こうじゃないか」
おどける真戸に、丸手は心底嫌そうな表情で。
「本気でやめてくれ――あんたと組んで、ロクな事があった試しがねぇ」
男性2人を乗せたハーレーが、東大付属研究所の前に辿り着く。予想通り、というべきか奥に見える研究棟には灯りが見える。
ハーレーから降りた2人は監視カメラを回避しつつ、電流の切れたフェンスをよじ登って侵入した。運よく日が落ちているため、大きな音を立てない限り見張りに気づかれる様子もない。
真戸はクインケに手を伸ばし、わずかに唇を歪めた。
――さぁ、反撃開始といこうか。
クインケってかなり矛盾した存在ですよね。材料が倒すべき喰種の嚇子そのものなんですから。
たしか一般人に詳細は知らされていないことになってましたけど、正解だと思います。
現実世界でも反米国家がアメリカ製兵器を使ってたり、仮想敵国が最大の貿易相手国だったりなんて事はよくある話