東京喰種 【GLF】喰種解放戦線 作:トミナカ・ビル
episode7:アリサ
13区――賑わっている歓楽街だ。
ロシア系の少女――アリサは、13区にある高層ビルの前で車を降りた。3人のボディガードがすぐに彼女を取り囲むように護衛につく。
エントランスに入ると、自動小銃を構えた人間の男たちもが軍隊さながらに哨戒していた。アリサに気づくと直立不動の姿勢になり、敬礼をしてくる。
一般女性が青春を謳歌している程度の年齢でありながら、アリサは既に組織の幹部としてそれに見合うだけの権力を備えていた。
彼女が自ら勝ち取った、『力』だ。
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アリサが生まれたのは、喰種対策法の設立から間もない頃――。
両親はロシアからの不法移民で、しかも喰種だった。実家の記憶はあまり残っていないが、北海道のロシア人が多く住む治安の悪い区だったらしい。アリサたちはそこで、身分と出自を偽りながら職を転々とする生活を送っていた。
覚えている限り、生活は「貧困」の一言に尽きる。
まず喰種という時点で安定した職にはつけず、短期の非正規雇用をしながら職場を転々とするしかない。加えてロシア系であるというハンデもあって、日本社会で浮いてしまうアリサたち家族の生活は、その日その日を凌ぐのがやっとだった。
それでも、あの頃の自分にはまだ希望があった――。
幼いアリサの目には、いつも優しかった両親が幸せそうに見えた。自分自身、貧しいながらも精一杯の愛情に囲まれた生活に満足していたと思う。
もちろん年頃の少女として贅沢やお洒落に興味は尽きなかったものの、仕方ない現実として受け入れられる程度には充実した生活であった。
――そんな生活が一変したのは、アリサが11の時だった。
とある喰種グループのリーダーを務めていた父親がCCGに殺され、辛うじて逃げ延びた母子もその時に全財産を失ったのだ。生活はさらに困窮し、3年もしないうちに母親も過労で倒れてしまう。
原因は栄養不足とストレスの合併症状……金さえあれば薬を買って助けられるのにもかかわらず、指をくわえて見ていることしかできない――。
理不尽さに怒りを覚える中、アリサの看病もむなしく母親は息を引き取ってしまう。いつも優しく微笑んでいた母が死ぬ間際に残した言葉は、今でもアリサの胸に深く刻み込まれている。
「あなたは、“本物の幸せ”を掴んで――」
その時、アリサは初めて母の真実を悟った。
母はずっと不満と怒りを抱えながら、それを笑顔の仮面の下に覆い隠していたのだ。苦痛な現実から目をそむけ、貧しくとも幸せな振りを演じ続けていたのだ。
生まれながらに押し付けられたハンデ。罪人のように人目に怯えながら、家畜のように働いて死んでいくだけの存在――。
両親の死を見てアリサが感じたのは、惨めさだった。
2人のように憐れな人生だけは送るまいと、11の少女は心に誓った。必ず栄華を極め、本物の幸せ……誰もが羨む生活をこの手で掴んでやるのだと決意する。
とはいえ、地道に働いたところで将来が無いのは分かっていた。両親のように、死ぬまで酷使されてその日暮らしを続けるだけだ。
かといって、アリサは戦闘に強い方でもなかった。せいぜいがBレート止まりで、喰種同士の喧嘩ではいつも負ける側。
だからアリサは、迷わず夜の世界に飛び込んだ。喰種にも“そういう類の”仕事はごまんとある。人間以上に危険で、命と隣りあわせの仕事――当然ながら突き付けられた現実は甘いものではなく、何度も強姦されたり金を剥ぎ取られたりもした。
しかしアリサは諦めなかった。
血反吐を吐いて稼いだ金で彼女が真っ先にした事は、書店で参考書を買うことだった。嚇子の能力も身体能力も平凡だったアリサは、正面から渡り合っても勝ち目はないと考え、代わりに頭を使う事にした。
幸いにも数字に強かったアリサは凄腕ハッカーとして裏社会で名を馳せるようになり、ほどなくして今のボスに誘われて彼の部下と愛人を兼ねることとなる。
やがてアリサの数学的センスは経営にも発揮されるようになり、それを認めたボスによって組織の会計や金銭管理まで任されるようになっている。
――彼女が今から向かうのは、そのボスの部屋だった。
**
最上階に到着したエレベーターを降りたアリサは、長い廊下を抜けて上司の執務室に入った。吹き抜けの天井は解放感があり、大きなはめ込みガラスからは夜景が一望できる。
「石井の件、報告を呼んだ」
部屋に入るなり、ソファーに座る壮年男性が鋭い視線を投げてよこす。皺ひとつないスーツにワイヤーフレームの眼鏡と、真面目が服を着ているような人物――彼こそが組織のボス・清水雄平だ。
「口封じはしましたよ?」
「当たり前の事をいちいち言うな」
清水の声に苛立ちが混じる。
「石井とのコネはお前が作ったものだ。自分で起こした不始末の後処理すら出来んようなら、とうに貴様など部下の慰みものにしている」
「わぁお、怖ぁ~い」
ぞっとするような冷え冷えとした清水の視線を受け流しつつ、アリサは両手で自分の体を抱きしめるようにおどけてみせる。
もしこれが彼女以外の者だったら、とっくに清水自身の手によって粛清されていただろう。しかし表面上はともかく、清水はアリサに多くの自由を認めていた。
「とりあえず犯人は洗い出して始末したんで、暇があったら添付ファイルにある報告書を読んでください。あと一部の傘下組織と内通者にキナ臭い動きがあったんで、そっちの方もシメときました」
それはひとえに、彼女の能力が組織随一である事に他ならない。事件から一日と経たない内に、犯人の特定から口封じ、今後の裏切りおよびCCGへの対策、そして組織全体の風紀引締めまでやってのけているのだ。
「裏切ったのは石井の秘書……か」
警察との裏取引がCCGにバレた原因は、喰種とは全く関係のないスキャンダルが原因だった。身内のスキャンダルを全て秘書に擦り付けようとして、返り討ちにあったのだ。
正直、頭の痛い問題だった。急激に組織を拡大しすぎたせいで、情報漏えいの潜在犯は山のようにいる。とはいえ、それだけのリスクをおってでも清水は力を手に入れる必要があった。
その中でも、アリサは別格だった。ガキの割にはなかなか筋が良く、容赦が無い。ありていに言えば、己の欲望に忠実でそのためなら何でもする類の人種だ。
「ちょっとボス、せっかく綺麗に後始末しといたんだから、ボーナスぐらいくれたっていいじゃないですかぁ。そろそろ時計とかも買い替えたいですし、アリサはご褒美を所望しまーす」
かなりブランドものだと思われる腕時計をヒラヒラさせながら、アリサはおどけるように言う。
「……いつもの口座に送金しておいた」
「わーい、ボス愛してるぅ。アリサ的に、金払いのイイ男ってポイント高いんですよねー」
相変わらずの減らず口に苛立ちを覚えるが、いちいち噛みつくのも時間の無駄というものだ。清水はすぐに思考を切り替え、本題にかかる。
「とりあえず尻尾は切ったとして、CCGも無能ばかりではない。何らかの対策を打ってくるはずだ。連中に新しい動きは?」
「無い、とはいえないですね。特に警察関係へのマークがキツくなって、今は下手な動きが取れません」
動きが取れないとなれば、事実上のジリ貧である。執拗な操作を続けるCCGから積極的に逃れようとすれば怪しまれるし、かといって受け身に徹すれば主導権を握られたまま。
状況はまだ最悪とは言えないものの、それに近づきつつある。
清水は組織のボスとして、決断を迫られていた。
「司令室に向かう――アリサ」
「りょーかい」
アリサはハンズフリーのイヤホンマイクを耳につけ、隣の部屋へ通じる扉を開けた。
高級ホテルのような執務室とは打って変わり、そこはハイテク司令室とでもいった様子だった。ズラリと並んだワークステーションの前に、実際の作戦を実行するハッカーたちが座っている。
アリサ達が入ってくるのを見て、私語をしていたハッカーたちも慌ててモニタに意識を集中する。ディスプレイ上には道路交通管制、高速鉄道、地下鉄、空港など全ての交通機関の状態が映し出されていた。
「アリサ、貴様から見て計画の完成度はどのぐらいだ?」
「70……いや、65%ってとこじゃないっすか」
正直、もう少し時間が欲しいとアリサは思った。せめて一週間、いや2日でも猶予を貰えれば今よりだいぶ余裕を取れていただろうに。
「ソフト面はともかく、ハード面の力不足感が否めませんね。兵力は充分ですが、指揮系統の統一化が不十分な点と、非正規部隊の戦力評価が甘いです」
清水はじっと話を聞いている。怜悧な風貌に一切の揺らぎはなく、ただ静かに結論を待っている。
「ですが……」
アリサの口元が綻んだ。唇に残忍な笑みが浮かぶ。
「この国に、革命を起こすには充分です」
その言葉に、周囲のハッカーたちも頷く。すでにプログラムは書き終えている。あとは段取り通りに動かすだけ。
沈黙が降り、清水の言葉を待つこと1分。
「始めろ」
端的なその言葉を合図に、アリサがエンターキーを叩く。
軽快なタップ音と共に、喰種たちの革命が始まった。
貧困は罪