慧音さんに声をかけられて、何時の間にかお昼時になっていたことに気が付いた。
泣き続けるというのは、きっと心も体も体力を使うのだろう。
身体は重くなっていて、食欲なんてちっとも湧いてこなかった。
私はよっぽど酷い顔をしていたのだろう。
顔を洗ってきなさいと水瓶のある屋外にまで案内された。
家の中から庭に出ると、生垣の外にはどこまでも続きそうな田園風景が広がっていた。
都会暮らしの私にとって田舎の風景というのは初めて見るもので、それが余計に別世界に来てしまったことを意識させられた。
瓶に入ったぬるい水で顔を洗う。
こういうのって雨水を溜めたものだったりするんだろうかと、どこかの物語で見たようなことが頭に浮かんだ。
用意してもらったおかゆを口に運びながら、午後からの予定を聞くことになる。
慧音さんはお昼過ぎから寺子屋で子供達に勉強を教えているのだという。
学校といえば朝からというのが私の常識だけれど、田舎生活のここでは子供達は早朝から家業の手伝いに精を出すらしい。
そして私も手伝いとして寺子屋に行くことになった。
この家は郊外に近い場所にあるので一人残して出かけるのは危険なのだという。
何かしていたほうが気が紛れるだろう、という彼女の厚意に甘えた部分もある。
何から何までお世話になってばかりだ。帰るまでに、何かお返しできるといいのだけれど。
立ち並ぶ日本家屋は、私の知る観光地然として残されているものとは違い、そこに暮らす人も含めて生きた空気が流れている。
まるで時代劇に紛れ込んでしまったような町並みだけど、不思議とそこに住む人たちの髪型は現代のものに近い。
前を歩いて揺れている銀髪も含め、黒一色ではなく目を引くような色の髪を靡かせている人さえいるくらいだ。
先導する慧音さんに連れられている私は、あちこちからかけられる挨拶にあわあわしながら対応している。
ご近所さんだとか、そういうものよりずっと距離が近い。
寺子屋に辿り着くまでの間に、何故か両手にはおすそ分けという名の数々の野菜が盛られていた。慧音さんも苦笑している。
田舎の力強さと距離感を甘く見ていたと言わざるを得ない。
そして寺子屋についてからは子供達が群がってくる。
転校生を取り囲む小学生のようなノリである。
ああもう、確かにこれでは、暗いことなんて考えている暇はない。
だけど、お尻とか胸とか触ってくる悪ガキどもには、さすがに怒ってもいいのだろうか。
悪ガキたちは慧音さんの頭突きで静められていた。
体罰がどうこうなどと、この場で言うのは無粋だろう。
肩を掴まれて頭突きをもらうまでの間に彼女の胸に手を伸ばした子も居たけれど、それより早く脳天におしおきが落ちていた。慣れているのだろう。
寺子屋で教えているのは読み書きと簡単な算数、幻想郷の歴史、それから当たり前の道徳だった。
さすがに歴史に関しては手伝えることはないけれど、読み書きと算数であれば私にも手伝いができるだろう。
と思っていたのだけれど、いろは唄が現役で使用されているところなんて初めて見る。
一応暗唱できないこともないけど、スムーズに歌うなんてできるはずがない。
算盤の弾き方も知識としては知っているけど習ったことなんてないので指はまるで動かない。
悪ガキだと思っていた子に教えてやるよと言われて手本を見せられたショックからは立ち直るのに時間がかかった。
歴史の授業も、うん、この辺りで子供達からは同情的な視線が私に向けられ始めた。
先生の教える道徳はしっかりと子供達に根付いているようだ。泣きたい。
寺子屋の授業はまだ明るいうちに終わりを迎えた。
これも私の感覚にある学校とはまた違う部分と言えるだろう。
子供達に慰められながらも、彼らがきちんと帰っていくのを見届ける。
今朝とは違った意味でブルーになりながら、日誌を書いている慧音さんに声をかけた。
苦笑を浮かべながら、気は紛れただろうと言ってくれるものの、こちらとしても苦笑を返すしかないのである。
そして私にも日誌を書くようにと席を譲られる。
曰く、書くことは何だって構わない。日付を数えていれば二週間などあっという間だと。
ああもう、私はこんなにも涙脆い性格だっただろうか。
季節は梅雨時。今は晴れ間が見えているけど、しとしとと降り注ぐ雨に打たれるように、水滴が落ちるのは仕方のないことなのだろう。