異世界への反抗者   作:南野智

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原作開始より少し前からスタートです。
よろしくお願いします


藍川 巧 1

 けたましく鳴る目覚まし時計のベルが起床時間を告げる。

 

「……ン、ちょっと寝過ぎたかな?」

 

  山積みの本から顔を上げて、大きく伸びをする。

 どうやら読み終えてそのまま寝てしまったらしく体の節々に鈍い痛みを感じる。

 縮こまった体を時間をかけて伸ばすと、既に役割を終えた本を部屋の端へと持っていく。

 

「……そろそろ洒落にならない量になってきたなぁ」

 

 先程のものとは比較にできない程の巨大山脈は、そろそろ無視できない大きさとなり、部屋の一角に鎮座している。

 床を突き抜ける……なんてことはないと思うが、そろそろ本格的に何とかするべきだろう。

 前々から先伸ばしにしていたツケの大きさを感じながら窓を開ける。

 

「……うおっ、寒っ!」

 

 十一月の冷たい風に身を震わせる。

 乾いた風に運ばれて仄かに緑の草のような秋と冬の混ざった香りが寝起きの体を覚醒させていく。

 

 青く晴れ渡った空にいつもと変わらぬ街並み。

 

 そして、時折響く爆音や閃光。

 

「さてと、忘れないうちにさっさとレポートを刷らないとな」

 

 三門市は、今日もいつも通りだ。

 

 

 

 

 

 三門市。人口二十八万人のごくありふれたこの街に異世界への「門」が開いたのは、もう四年以上前の話だ。

 異世界からやって来た謎の怪物「近界民(ネイバー)」の侵攻により瞬く間に市は、甚大な打撃を受けた。

 近代兵器すら寄せ付けない未知の怪物たちに二日間の戦闘によって東三門は壊滅。死者千二百名以上、行方不明者四百名以上の被害が出た。

 

 しかし、突如として現れた集団によって近界民は、撃退されることになる。

 

 近界民に対する未知なるテクノロジー―「トリガー」を有する集団は、侵略者を退け自分達をこう名乗った。

 

 界境防衛機関―《ボーダー》と

 

 

 

『……それじゃあ、今日はここまで。……レポートと出席カードを忘れずに提出するように』

 

 マイクを通した教授の声に合わせるように講義終了を告げる鐘の音が講義室に響く。

 数秒前の沈黙が嘘のような忙しなさに溢れる周囲を余所に席に座ったまま大きく伸びをする。

 

「終わったぁー」

 

 時刻は、午後十二時十五分。丁度、腹の虫も騒ぎ出す昼時だ。

 後ろに続く長蛇の列を余所に携帯を開けて確認する。

 

「特に連絡はナシっと」

 

 講義を受けている間に何件かメールが来たがいづれも宣伝などの類いで特に重要なものはなかった。

 以前にミーティングの連絡をすっ飛ばしてからは、マメにメールをチェックするようになったが面倒なことこの上ない。

 友人や先輩からは、机の上に出しとけ等と言われるが、オンとオフが出来ていないようで余り気が進まない。

 

(というか、だから太刀川さんって単位が危ういんじゃないかな?……いや、でも暮島や嵐山はしっかりしているよな)

 

 やっぱり元々の頭の差かな、と我ながら失礼なことを思い浮かべたときに狙ったように携帯が震動する。

 ついつい名前も見ずに反射的に通話ボタンを押す。

 

「はい、藍川です」

 

『何かしこまっているんだよ、お前』

 

 呆れたような苦笑がスピーカー越しに聞こえてくる。良く聞き慣れた声に小さく息を吐く。

 

「いや、ひょっとしたら誰かが次元を越えて俺に連絡してきたのかなって思って」

 

『そりゃあ怖いな。帰ってきたらちゃんと太刀川さんにチクってやるよ』

 

「………マジでやめてくれよ。……洒落にならないからさ」

 

『分かってる、分かってる。この前は何回微塵切りにされたっけ?』

 

「……八十八回だ」

 

 まかり間違っても本人の部隊の部屋で『太刀川さんってさ、この前グラノーラのドライフルーツだけをまとめて食っていたんだぜ』なんて言うものではない。

 後輩と談笑していた背後からポンっと肩に手を置かれたときの恐怖と何度でも何度でも二刀流の黒鬼が迫ってくる光景は昨日のように覚えている。……それこそ、夢に出てくるくらいに。因みに件の後輩は、気がついたら逃亡していた。

 

『まぁ、ムービー見たけどあれは、酷かったなぁ。でも俺としては良いデータが採れたけど』

 

「なら【旋空】を相手に反射する【シールド】でも作れ。泣いて感謝してやる」

 

 不機嫌な声で返すと耳の向こうから爆笑する声が返ってくる。堪えることは無いと知りつつもわざと大きく舌打ちをする。

 

「んで、わざわざ何の用だよ?御丁寧に講義終了直後に電話してきて」

 

『いやいや、こっちの三限が休講になったから一緒に飯でもどう?ってハナシ。どうせ飯食ったら灰谷を迎えにいくまで暇だろ?』

 

「まぁ、良いけど。じゃあ、三門で食うか?」

 

『おう、それじゃあ太刀川さんにチクられたくなかったら財布を厚くして来いよな』

 

「おいコラ……」

 

 聞き捨てならぬ言葉に文句を言おうにも時既に遅く、ツー、ツー、と無機質な電子音が聴こえるのみであった。

 

「あの野郎……」

 

 既に届かぬと知りつつも小さく悪態をつく。

 ひとつため息をつくと液晶画面に表示されている時刻を確認し一番近い電車の時刻を思い浮かべる。

 

「まぁ、とりあえずは、レポートを提出しないとな」

 

 長蛇の列は、既に芋虫程度に短くはなっていた。

 

 

 

 

 

  電車に揺られて三門に到着した頃には、既に二時半を回っていた。

 駅のロータリーをぐるりと見渡す。見知った黒い軽自動車は、すぐに見つけることができた。

 本人のイメージとは真逆の黒い車体には、所々に購入以前の傷が見られるが、購入した本人は、状態にしては、中々の値段だったと満足げだった。

 尤も俺自身は、生憎車についてさほど明るくないので良くわからなかったが。

 後部座席に乗り込むと運転席から笑い混じりの声がかかる。

 

「らっしゃいませ。運賃は、千五百円からになります」

 

「プライスレスで。……そんで何処にするんだ?」

 

「何だよ、ユーモアのない奴だな」

 

 俺の問いに答えることなく運転席の男―藤村 刃は、言葉とは裏腹にこちらの反応を楽しんでいるかのように小さく笑う。

 

「ならもっと気の効いたことを言え」

 

「ちぇ、厳しいことで」

 

 そういいながら車のエンジンをかける。駆動音と共に手慣れた手つきで操作して、流れるようにロータリーを抜ける。

 高校三年生の冬休みから運転しているだけあって、随分と安心できる運転だ。

 

「それで、結局何処で食うんだ?」

 

「この前、姉貴が新しい『三門ウォーカー』を持って帰って来てさ。何でも西三門に新しく出来たパスタ屋が旨いんだと」

 

「へぇ、こういうときに身内に出版関係がいると良いよなぁ」

 

「まぁ、ホントは、駄目なんだろうけど」

 

 そう言いながら刃は、バックミラー越しに悪戯っぽく目を細める。

 

 平日の昼過ぎという時間帯のためか、道路は風通しが良く途中に何ヵ所かある信号を除いて窓の外を流れる景色が止まることは無い。

 唸るようなエンジンの音とラジオをBGMに大学や友人のとりとめもない話を続ける。そういえば、大学が真逆の方角と言うことや時間割の都合もあり、二人で飯を食べるのも久し振りだ。

 

「そういえば、お前の次の当番って何時だっけ?」

 

「えっと、ちょっと待てよ」

 

 刃の言葉に携帯電話のスケジュール帳を確認する。

 

「明日の十四時からと明後日の二十時からだな。……おっ、明後日は東さんのトコと一緒だ」

 

「へぇ、結構久しぶりじゃないか?」

 

「まぁな。数少ないシンと穏便な関係が築ける人だから運が良かった」

 

 シャカシャカと銀色のヘッドフォンを揺らす後輩―御厨 新の姿を思い浮かべて小さく苦笑する。

 根は悪い奴では、無いのだが如何せん遠慮を知らない性格なだけに非常に敵が多い。まぁ、本人は、特に気にしてる様子は無いが。

 

「アイツも生意気だけど悪い奴じゃないんだけどな」

 

 溜め息と共に刃が呟く。こいつや俺といった歳上には、何だかんだで友好的な関係の人が少なくは無いが、様々な理由が重なり特に同年代には、良い感情を持たれていない。

 

「……まぁ、妬みや嫉みってのもあるだろうけどな」

 

 移り行く景色を眺めながら呟やいた俺の言葉に、刃はハンドルを握りながら小さく肩を竦めた。

 

 

 

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