授業の終了を告げるチャイムが鳴る。
『ウェストミンスターの鐘』のメロディと勝負するかのように教師が黒板の端に怒濤の勢いで文字を書きなぐっていく。
(『チャイムが鳴り終わるまでに字が書けたら大丈夫』みたいな考えって本当に止めてくれないだろうか)
恐らくは、この教室はおろか、全国の学生が思っているような不満を心の内で吐きつつも、試験で泣きを見ないためにシャープペンを走らせる。
さっさと省略したい誘惑に駆られながらも自分なりに内容を整理したノートを完成させて大きく伸びをする。
スクールバッグから携帯を取り出す。既に到着を知らせる連絡が入っていることを確認すると鞄を肩にかけて足早に教室の出口へと向かう。
「なぁ、灰谷」
背後からかけられた声にびくりと肩を震わせる。
「あー、えっと…何?」
突然声をかけてきた同じクラスの男子の方を戸惑い混じりに振り返る。恐らく違うクラスの男子一人に女子二人がその後ろで固まっている。
「その、五組の日村から聞いたんだけどさ、灰谷ってボーダーなんだよな?」
「あー、うん、そうだけど」
男子生徒の質問に詰まりながら答える。正直な話、藍川さんと藤村さんを待たしているので早く切り上げたいが、上手い切り上げ方が思い付かない。
こちらの思いを知ってか知らずか、俺の答えに四人が嬉しそうに顔を見合わせる。
「良かった。実は、俺達もボーダーでさ皆でチームを組もうって話してんだけど灰谷も入れよ」
「あー、ごめん、俺もう組んでるし……」
そもそもB級に彼らは、居ただろうかと記憶を探りながら小さく謝る。
ボーダーにおいて部隊を結成できるのは、正隊員から、つまりは、B級以上からだ。
ひょっとしたら結成予定の話かも知れないが、既に藍川さんとシンと約束しているうえに何となく合わなそうなタイプなので御免被りたい。
「えー、何とかならないのかよ?」
俺の答えに集団が嬉しそうな顔から一転して『折角、誘ってるんだから空気読めよ』みたいな表情へと変化する。
(ああ、まただ)
胃のした辺りからチクチクと刺すような痛みが浮かび上がってくる。ムカムカとした不快感が少しずつ胸に拡がっていく。
勝手な彼らにも、はっきりと自信を持って立ち向かえない自分にも、両方に対して苛立ちが湧きあがる。
ブー、ブー、ブー
「あっ」
突如としてポケットから鳴ったバイブ音に携帯を取り出す。液晶画面に表示された名前をみて口許が無意識に緩む。
「ごめん、人待たしているから」
通話ボタンを押して早足で教室を立ち去る。後ろから何か聞こえた気がしたが意識は全て電話へと向いていた。
「サンキューです、藍川さん」
『何だよ急に』
「こっちの話です。……それよりどうしたんすか?」
突然の礼に面食らう相手に笑い混じりではぐらかす。しかし、訝しげそうに少し唸ったものの藍川は、特に追及することは無かった。
『いや、車の場所なんだけど出てすぐのコンビニの駐車場に移ったってことの連絡…―あぁ、あと今から飲み物買うんだけど何かリクエストってある?』
「じゃあ、ジンジャーエールでお願いします」
『了解、じゃあ待ってるしな』
プツンという音と共に通話が途切れる。
いつも思うことだが、まるで見ていたかのようにタイミング良く助け船を入れてくれる。
「よしっ、行くか」
小さな声で気合いを入れると、仲間のもとへ駆け出した。
師匠である藍川 巧からチームの誘いを受けたのは、一ヶ月程前の話だ。
以前より部隊を作ってランク戦に参加したいという話はしていたが、互いの交遊関係の狭さ、……ちょっと前に起こったある出来事から他のメンバーのアテがなく実現は、難しいと思っていた。
だからこそ、突然の勧誘に非常に驚いた。
「誰か見つけることができたんですか!?」
「驚きすぎだ、ナゴミ。……あー、でも見つけたって言い方は、適当じゃないかもなぁ…」
思わずコーヒーカップを落としそうになった俺に苦笑しながらも藍川さんは、言葉を濁す。
その反応を怪訝に思いつつも、彼が誘った未だ見ぬ人物への期待と不安……主に後者の思いから件の人物について尋ねると藍川さんは、難しそうに考え込んだ。
「ウーン、まぁ癖のある奴だけど俺は、嫌いじゃないな」
「癖のある奴……ですか?」
癖のある奴……と言われても今一つピンと来ない。というより目の前の先輩やその知り合いも十分に癖があると思うが。
「まあ、実際に会ってみないと解らないか」
先輩は、肩を竦めると小さく笑った。
あれから一ヶ月。三人で何度も話し合い、時々他の知り合いのアドバイスも受けながら俺達のチームは、少しずつ形になっていった。
そして、今、完成まであと一息のところまで来ている。
ツンとした生姜の香りが炭酸の刺激と共に口のなかで踊る。車が駐車場に到着したことで慌てて残りを飲んだ為か多少口がヒリヒリする。
「大丈夫かナゴミ?」
「……大丈夫です」
せり上がってきた二酸化炭素を堪えて、返事をする。流石に親しき仲といえどもコレは無いだろう。
「なぁ、それより御厨はもう部屋とってんだよな?」
「ああ、もう直接上がってくれって連絡が来た」
藤村さんに携帯を掲げながら藍川さんが答える。アイツから先に基地へ着いたとの連絡を受けたのは、到着する十分ほど前の話だ。
入り口の身分証明をパスしてエレベーターに乗って作戦室へと向かう。本来であれば、ひとつの部隊ごとにある作戦室だが、未だ結成してない俺達は多目的用の
無数に並ぶ自動扉のなかで連絡を受けた番号のプレートを確認して中へと入る。
シャカシャカ、と漏れ聞こえる音楽と止めどなく打たれ続けるキーボードのセッションが来客の存在を感じることなく流れ続ける。
学校指定のカッターシャツに細い体には、少し大きめの緑のカーディガンを弛く羽織りながら、銀縁眼鏡の奥の瞳は画面だけを見つめ続けている。
「……案の定、気がついてませんね」
俺の言葉に藍川さんが小さく溜め息をつく。こうは言ったもののコイツのことだから気がついている癖にスルーしているのかもしれない。
藍川さんは、しゃあね、と呟くと座席の背後へと回り、ヒョイ、とヘッドフォンを取り上げる。
それと同時にピタリ、とキーボードの音が鳴りやむ。
「ようやく気がついたな、……待ったか?」
チラリと気だるげに声の主を見上げると、そのまま先程まで画面に向けられていた視線が入口に立つ俺と藤村さんを撫でる。
「……別に時間の方は問題ないよ。作業自体も少し前に始めたばっかだし」
「そりゃあ、良かった。それじゃ、もう始めるか?」
「別に良いよ。…あっ、そうだセンパイ」
「……なんだ」
「知ってると思うけど、さっきのセリフ本当にダサかったよ。『待ったか?』なんて今頃ドラマでも使いやしないのにさ」
恐らくは、全くそのような意図は無かったのだろう。しかし、先程の自分の言葉を改めて思い出し、石膏像のように固まる藍川さんを見ながら三人目のチームメイト―御厨 新は、クスリと笑みを溢した。