「まあ、冗談はさておき……、取りあえず、何時までも突っ立ってないで和も藤村サンも適当に座りなよ。……あ、ついでにセンパイも」
「……ついでとかヤメロや」
恨みがましく見つめる視線を完全に黙殺しつつ、新はデスクから立ち上がる。そして、パソコンの横に積み重なっていた資料を手に取り各々の席へと配る。
「……おいおい、もうこんだけ纏め終わったのか?」
藤村さんが驚きと呆れが混ざったような表情を浮かべる。さっと見ただけでもクオリティーの高さが窺える資料であるが、今日の学校が終わってから―つまり、自分達が到着するまでの間に作成したものだとは到底考えられないであろう。
「え?、ボクだし当然じゃん」
この何故驚いているのか心底分からないといった顔を浮かべる少年が作成者だと知らなければの話だが。
自他共に認める天才にして、【藍川隊】オペレーターの御厨 新の技術と頭脳にかかれば書類の作成など朝飯……いや、もはや起床前であろう。
卓越した情報処理速度にPC関連への知識と技術……本人の頭の回転が並々ならぬものであるという事もあるが、後者に関しては、俺自身も素人ながら趣味として結構力を入れていることからも凄さが良くわかる。
(まあ、後は、もう少し他所との火種を減らしてくれたら良いんだけど)
「ねぇ和、人の顔見て失礼なことを考えないでよね」
「ッいっ!?」
ジトリとした視線にビチッと背筋を伸ばす。俺の反応を見て新は、わざとらしく溜め息をつく。
「はぁ、図星なんだ。そのうえ、リアクションもつまらないなんて最悪だね」
「ちょっと待て、俺が思っていたのは正当な文句だし、リアクションは関係ないだろうが」
前者は良いとしても後者の文句は、おかしいと感じて待ったをかける。しかし、新の口許が一瞬ピクリと動いたのを見て全てを察し、後悔する。
(しまった!、釣りか!?)
まだ一月少しの付き合いであるが、両手の指を上回る被害者を見てきた俺だから判る。―それが、口撃開始の狼煙であると。
「えー、だって前に《カフェ・ソルシエ》で見かけたときは、もっと良いリアクションで驚いていたじゃん」
「何のことだ?」
「時間のムダだからとぼけなくて良いよ。君が髪の長い女の子と食事をしているときに後ろから別の女の子が来て『ちょっと、何で和君がここにいるのよ?』とか言われていたじゃん」
「あれか!?」
数日程前の出来事が頭のなかに甦る。確かに俺は『女の子』と《カフェ・ソルシエ》に行き、食事中に『別の女の子』が来て『非常に驚いた』のは事実だ。
こうして字面だけを追ったら唯の最低野郎でしかない。しかし―。
「ちょっと待て!?あれは、妹と飯を食いに行ってた所に偶々東京から従姉が遊びに来てたのにばったり遭遇しただけであって。お前が考えてるような…―」
「『妹』、『従姉』、『偶然』、『偶々』、ライトノベルもビックリの随分と説得力満載の説明だね。それにボクはリアクションについて聞いただけなのに随分と丁寧に状況説明もしてくれるんだね?」
(抵抗せずにお前のサウンドバックになった奴を何人も見ているからな!!)
俺の心の内を知ってか知らずか新は、再び口の端をニヤリと吊り上げる。
「それにしても最初に来た娘は、大丈夫だったかい?…二人目の娘が来たときに信じられない顔でキミの方を見ていたケドさ」
「……灰谷、お前ぇ」
「ちょっと!?、いや、違わないけど!!」
藤村さんのジトリとした視線に思わず声をあげる。
確かに信じられないような顔をしたけども従姉の登場に驚いただけであり、新が匂わせているような理由ではない。そもそも…―。
「はいはい、そこまで」
パンパン、と手を打つ音と共に藍川さんが苦笑を浮かべる。
「しっかし、よくもまぁ、……こんだけ誤解させるような話し方ができるよな」
「別に、ボクは嘘は言ってないよ」
「そりゃあ知ってる。けども全ては言ってないだろ?」
「まぁね、あれがスケベな藤村サン辺りが考えてるような状況ならボクは和の友達を辞めているね」
「おいコラ、どういう意味だ?」
クックックと忍び笑いを漏らす新に唐突に『スケベ』呼ばわりされた藤村さんがジロリと睨み付ける。
その問いに対して新に代わり、彼の意図を理解しているであろう藍川さんが苦笑混じりに藤村さんに問い返す。
「じゃあ、刃、お前は話を聞いていてどういう状況だと思った?」
「そりゃあ、灰谷が彼女とのデート中に別の女と遭遇して修羅場になった……じゃねぇの?」
その瞬間、部屋のなかを二つの溜め息と一つの爆笑が包み込む。
「えっ!?何だよ?」
三人のリアクションに事情を把握しきれていない藤村さんが俺達の顔を代わる代わる見比べる。
「アハハッ、は、…ハハッ、和君や…こういうのをボクが欲しいリアクションって言うんだよ」
「はいはい、改めて良くわかったよ。……お前の性格の悪さがな」
「酷いなぁ、こんな正直者に対して」
果たしてどの口で言っているのか、新が小さく肩を竦める。
「ちょっと、巧……どういうことだ?」
心なしか、ピクピクと頬を引きつかせる藤村さんに少し言いづらそうにしながら我等がリーダーは
「……なぁ、ナゴミと一緒にいた娘ってのは何歳ぐらいだと思ったんだ?」
「えっ?……そりゃあ…」
そこまで言って俺の方へと視線を向ける。まあ、新の言い方を考えると仕方がないと仕方がないが。
「御歳十才の妹と二十五歳既婚者の従姉です」
「……へ?」
「ですから、親が出掛けて行ったので妹と一緒に昼食を食べに行ったときに偶々、旦那さんと実家に来ていた従姉がお店にいて、あまりの偶然に俺も妹も驚いたってだけです」
ようやく状況を理解した藤村さんにニヤリと口角を吊り上げながら新が口を開く。
「別にボクは、女の子だけが来たとも言ってないし、和との関係も何にも嘘は言ってないよ」
「嘘はな」
呆れ顔の藍川さんのツッコミは、完全に流される。
「まぁ、取り合えず、藤村さん」
「……なんだよ」
「いくら最近、『お友達止まり』が続くからって現実はライトノベルにはならないよ。……大丈夫?」
ニコリとこれ以上ない良い笑顔を浮かべたあと、部屋中に何かが崩れる音が響いた。
「まあ、落ち着いた所でそろそろ話を始めようか」
「……藤村さん、目が赤いですよ?」
「……止めなさい、灰谷クン」
「…えっと、はい…―何でもないです」
一応、自分も無関係では無いので何かしら声をかけようと思ったが、今にも泣きそうな歳上の目を見て言葉を飲み込む。
「まあ、それは置いといて…だ。……今回、刃も参加してくれたから、そっちの件についても共有をしておきたいんだけど大丈夫か?」
「ん、俺は構わねぇぜ、データも有るしな」
ハンカチで目を拭った後、藤村さんがUSBを取り出して見せる。毎回思うがこの人は心が鉄でできてるんじゃないかと思うほど切り換えが早い。……だからこそ新も少なからず標的にしているのかもしれないが。
藍川さんはそれを見て小さく頷くと新へと視線を投げる。俺達の目下の最重要課題である【狙撃手】の情報収集については、新が殆んど全てを担当している。
「じゃあ、まずは【狙撃手】の件についてボクから。資料をめくってもらったら分かると思うけど、C級とフリーのB級で最終候補をまとめてみた」
「おぉ、前回よりかなり纏められているな」
現在のポイントからスタイル等の詳細に纏められたデータを見て感嘆の声を洩らす。訓練の結果や過程をもとに新自身が独自に分析したものも含めると情報の質で言うならば、本部に残されているデータベースの比では無いだろう。
「もう既に誰かが手をつけている奴はいそうだったか?」
「さぁ?一応わかる範囲では除外してきたけど何処で誰と繋がりがあるかはわかんないしね」
藤村さんの言葉に新が小さく肩を竦める。何故かは分からないが、意外な人と意外な人が親戚というのは、《ボーダー》では良くある話だ。……ちなみに【狙撃手】の奈良坂さんと【那須隊】の那須さんが親戚だと知ったのが最近になって一番の驚きだったりする。
「それにしてもC級、B級合わせて四人だけか。……まぁ、この二人に合わせられる【狙撃手】って考えたら複数いただけでも御の字か」
「面目無い」
藤村さんの言葉に藍川さんが小さく頭を下げる。そもそも俺自身も中々高レベルな条件を求めていると思わないこともないが、メンバーの選択に極力妥協はしないことは最初に三人で決めた約束だ。
「別にセンパイが謝ることじゃないよ。妥協して足手まといが増えても大きくなるのは面倒だけだ」
「おぉ、厳しいねぇ」
辛辣とも取れる新の言葉に藤村さんが肩を竦める。
だけど藍川さんも新の言葉に口を挟むことはしない。
「……俺も新と同じ意見です。……出来れば腕の良い【狙撃手】に入ってもらいたい」
俺達が目指すのは、『最強のチーム』であり、その先を勝ち取る為の力だ。その為には、不要なものは必要ない。
俺の言葉に新が一瞬驚いたように目を見開いたが、やがて小さく笑みを浮かべた。
「……それじゃあ、個人ごとの検討に移ろうか。まずC級の…―」
その後、【狙撃手】や他の事柄について四人で二時間以上話し合った。解決した問題や各々が考えておくべき課題など久々の全員での話し合いは大変充実したものとなった。
「おっ、やっぱり結構人がいるな」
八時過ぎにも拘わらず、白を中心に様々な色で溢れ変えっていた。おい勉強しろやと内心で毒づきながらも俺と同じく人混みの苦手なナゴミと並んで個人戦用のブースへと向かう。
話し合いの後、珍しくナゴミの方から個人戦の申し入れがあったので帰宅する二人と別れて此所に来ることになった。
「それにしてもお前から誘うって久し振りだな」
「そうですか?」
「そうだよ。だって最近、誘われたんって太刀川さんと米屋と……あとアイツ…―迅のファンのスコーピオンの…」
「緑川ですか?」
「あぁ、そいつだ。米屋と戦ったときに一緒に誘われたんだ。……それにしても良く知ってるな?」
俺の言葉に小さく苦笑する。
「……やっぱり、覚えてないんですね。…A級【草壁隊】の攻撃手で入隊試験で凄い記録を出したことでも話題になりましたよ」
「マジかい」
ナゴミの言葉に以前の出来事を思い出す。
あの時、俺が緑川の名前を聞いても何もピンと来なかったことを見て、米屋が笑いを堪えていたのは、気のせいじゃ無かったことを今更ながら理解する。
(取りあえず、今度会ったら謝っとこ)
何処となく不機嫌そうだった少年の顔を思い出しながら小さく心に誓った。
「あっ、ちょうどこの二つ空いてますよ」
ナゴミの言葉通り、幸いにも隣同士が空いているブースがそこにあった。
「そんじゃあ、取りあえず一本やるか?」
「了解です。……藍川さん」
言葉を区切って、ナゴミの漆黒に輝く二つの瞳が俺を捉える。
線の細い、華奢ともいえるような体が挑むように正面に向かい立つ。
「負けませんから」
不敵に笑みを浮かべる顔を見据えながら、俺も口の端を吊り上げる。
「来いよ、返り討ちにしてやる」
二人の間に静かに火花が散った。