朝、生徒達がどんどん登校してくるように職員室にも先生達が出勤していた。
その中で既に席についていたガンドルフィーニは組んだ手に頭を乗せて物憂げにため息をついた。
「どうしたガンドルフィーニ? 調子でも悪いのか?」
「え? ああ神多羅木先生、おはようございます。いえ、そういうわけではないんですが、今日でついに“あの”クラスの授業が入ってまして」
「……なるほど。“アイツら”のクラスか」
“あの”や“アイツら”と具体的な名前こそ口に出さないものの二人の思い浮かべているものは全くずれることなく一致していた。
中学の頃から問題ばかり起こしていた四人組。その行動範囲は学校内に収まる事は無く男子校エリアで騒ぎが起こった時50%は彼らが何らかの形で関係している。なにせ例え喧嘩し始めたのが他の者たちでも現場に駆け付ければ何故かその大乱闘に当たり前のように混ざっているのだ。
取りあえずひっ捕まえて反省文を書かせたところ『そこに喧嘩があるところ、俺たちはいつでも駆けつける!』や『ここで我らが消え去ろうとも第二第三の我らが!』となめくさった事を書いたので一週間のボランティアを強制させたこともある。
余談だがそのボランティアはゴミ拾いという簡単な物。アイツらはちゃんと大人しくやるのだろうかという不安は指定したエリア以外、麻帆良のほぼ全域を掃除するという報告を受けた時に別の意味で驚いた。どうやらゴミを拾う、と言う行為に何らかの強さへの意義を見出したらしくそれこそ争うように四人で学園内を掃除しまくったらしい。
無駄にアグレッシブな奴らである。
ともかく問題ばかり起こすおかげで担当学年どころか学校すら違う教員二人も何度もその処理にかりだされることとなった。
その四人が同じ高校に、しかも自分達の所属するこの高校に入学する事になった時顔が青ざめたのは記憶に新しい。さらに悪い事は続くように麻帆良の暗黙のルールとして魔法生徒等の裏に関わる者やそれに準ずる何かを持っている者はなるべく一か所にまとめるということで四人全員が同じクラスになった。
最初は高校にもなれば少しは落ち着くのではないかとも思ったがそんな淡い期待は先日の学園長(の銅像の)後頭部破壊事件でとうに消え去っている。
「しかしアイツらは馬鹿な事ばかりするが根は悪い奴らではない。そこまで気負わずともいいんじゃないか?」
「……新学期が始まる前に大豪院達の中学の先生が挨拶に来たんですよ」
「ほう? それで何と?」
「『あの子たちがそちらに入学することになりましたがどうか身体を壊さないでください』と言われましたよ」
「…………」
「因みに声音は心配している口調でしたがその顔は『ようやくあの子たちから解放された!』とまるで天にも昇らんばかりの清々しい笑顔でした」
「…………」
「さらに言うと別れ際に『これ、私のオススメです。色々試しましたがこれが一番でした』と胃薬を差し出されました」
「…………」
嫌な沈黙が場を支配する。
「だ、だがアイツらも高校に入ったのだから少しは変わっているかもしれんぞ?」
少しでも払拭しようとサングラスを上げながら上ずった声で神多羅木は自分でも信じていない事を口にする。
「……彼らの授業を受け持った魔法先生に話を伺った所、『大丈夫、三年後にはいなくなるんですから!』と教師としてはどうなのかというセリフを吐きましたよ」
「…………」
「……こんな事を言っては何ですけど担任でなかった分まだマシと考えるべきなのかもしれませんね。彼は裏の関係者じゃないのではっきりとは聞けなかったので愛想笑いで済まされてしまい詳細はしれませんが」
「……まあ、なんだ、その、頑張れ」
担当学年の違う神多羅木先生を一瞬恨めしく思いながらもどうか想像の一割でもいいからマシであってくれと祈るガンドルフィーニだった。
人の夢と書いて儚いと読む。この言葉を考えた人は天才だとガンドルフィーニは確信した。
「えー、では次の問題。空欄に当てはまる単語はなんだ? 毒島」
「はい、thatです」
「そう。ここでさっき言った法則が当てはまり…」
表面上は何ともなく授業を続けてはいるが背中には嫌な汗が流れ続けているのをしっかりと自覚した。
ちらり、と黒板から後ろに、生徒たちの方へと視線を向ける。ガンドルフィーニの書いた内容を写すために皆の顔は黒板とノートを行き来している。
そう、皆だ。
授業開始から三十分。件の四人組は想像していた私語を話す、熟睡、内職、ボイコットなどの行動などは一切していなかった。
それどころか全員がしっかりと前を向き真顔で黒板を見続けている。それだけなら何の問題もない。むしろ喜ばしい事だ。
では何が問題なのかと言えば彼らは真剣すぎた。
ゴゴゴゴゴゴ、と音のなるような威圧感。
バラバラの席から立ち昇る炎のごとき闘気。
ビリビリ、と風もないのに震える窓ガラス。
窓の外の木から鳥たちが逃げるように去っていく。
小鳥のさえずり声を聞くのはガンドルフィーニのささやかな楽しみだったが恐らくもうその機会は訪れることはだろう。
四人はガンドルフィーニの想像を斜め上に飛び出た行動として気の放出を行っていた。
表と評される、言ってみれば常識の範囲を出る事のない世界に対し裏、隠匿されるべき剣と魔法の世界。
『気』とは裏の者にとって魔力と二分する力の源。きちんとした教育を受けなければまず扱われる事などない『魔力』。
それに対して生命力と直結する『気』は身体を鍛えている者ならば自然に扱い方を覚える者がいる。例えば表の世界でも中国拳法の秘奥等には気の存在が謳われているくらいだ。
子供のころから強さを追い求めて修行を積んでいたであろう四人が気を使えたところで別にガンドルフィーニは驚かない。大体何度か彼らが気を使った技を使っているのを見た事があるし今さらだ。
では何が問題かと言えばこの四人、まるで生きるか死ぬかの戦場のごとく全開状態で気を放出しているのだ。
しかもその矛先は自分。前方へと向いている。当然、裏の関係者としては針のむしろに立たされているような気分になる。
(なんだ!? 何でコイツらは授業中にこんな気を全開にして放出しているんだ!? 常在戦場!? それとも隙あらば攻撃する気か? 一体何をたくらんでいる!?)
とは言え注意をするわけにもいかない。
このクラスは裏に関わる者が多くいるとは言え一般人もまた同じように存在する。
気を感じ取ることすらできない彼らは「なんかこの教室ちょっと熱くね?」くらいにしか違和感を感じていない。
気が付いている者たちも当然いるが向けられているのがガンドルフィーニのため生徒側にはその余波しか影響が出ていないのかそこまでプレッシャーは感じてはいない。
何をやってるんだコイツら?と奇異の目で見ても自分達がどうこう言っていいのか分からないのか全員沈黙を保っている。
そんな中で四人に名指しで気を静めろなどと言えるわけもなかった。そもそも彼らはただ気を放出しているだけで何か実害を起こしている訳でもない。
そういった理由でガンドルフィーニは自分の担当である教科の授業を何か起こったらすぐさま対処できるように常に警戒しながら行わなければならなかった。
まだ春先だというのに既にぐっちょりとした不快感のする背中。そこにさらに加わってくるプレッシャーを感じながら心の中で悪態をつく。
(ああくそ! こんなことならいっそのこと寝ててくれた方がまだ楽だ!…いや、仮にも教師ともあろう者が生徒に授業中に眠ることを期待する訳にもいかん。だがこれは!…ああ、ホントにこっちの具合が悪くなりそうだ…)
このようにガンドルフィーニの胃を痛めつづけている彼らの行動だが真実はこうである。
「いいかお前達。我らはまだ若い。つまりまだまだ経験が足りない。よって少しでも時間を有効に使わなければならないのだがここで問題がある。それは我らが学生であるという事だ」
それは新学期が始まってすぐ、授業が始まる前にポチが3人に提案した事である。
「一日の授業は全部で7時間。 これを年間で通すと大体1400時間近く、58日ほどもの時間になる。これほどの時間を無駄にするのは惜しい。そこで、だ。中村、お前ならどうする?」
「寝る。俺中学はずっとそうだったし」
「この愚か者!」
「くぽむ!?」
中村の返答が気に食わなかったのかビンタをかましたポチは残る2人に向き直る。3人とも痛みに悶えゴロゴロ転がる赤点常習者には目もくれない。
「さっきも言ったが我らは学生だ。親が金を払って学校に行かせてくれているのにそれを疎かにしてはならない。寝るなど以ての外だ!」
「えーっと、つまり授業をちゃんと聞きながら身体も鍛えるって事か?」
「よくある空気椅子やパワーリストをつけておくなどならやってはいたよ?」
「豪徳寺も山下も正解だがこれからはもう一歩先を目指す。我らが戦う際に使う“気”。これは言わば我らというタンクに入っているガソリンのようなものだ。
当然限界もあり人によっては練度が違う。ハイオクとレギュラーのようなものだろう。しかしコレは気を使い続けることによって限界値も練度も高める事が出来ると分かった。
よってこれからは授業中は常に気を使うようにしておく事。最初はへとへとになるかもしれんがやっていくうちに慣れるはずだから頑張っていくとしよう」
「あー、ようはタンクも大きくしてガソリンの質も上げるって言う事で良いのか?」
「ザッツライト!」
「けどポチ? それじゃ結局授業に集中できないんじゃないか?」
「何を言っている山下。そんなもの気の向かう方向を“授業を受ける”という方面に集中させればいいだけの話だろう」
そして裏に関わる教師にとっては甚だ迷惑な彼らの修行が行なわれることとなった。
普通の教師たちははっきりとは感じないものの本能的に関わるのを避けようとするのかわざわざ彼らを指名しようとは思わなかった。
しかし良くも悪くも真面目なガンドルフィーニは違った。
なぜ教師でありコイツらの監督者でもある自分がアイツらを避けねばならない! 生徒と真っ向から向き合ってこそ教師! なによりここで自分が引いたらコイツらは何をしでかすか分からん!
問題が起きるんなら起きるでこの生殺しよりましだからどうにでもなれ!と責任感とヤケクソの入り混じった感情で逃げることなく四人のうち一人を指名する事にする。
「よし、中村。この問題を解いてみろ」
「はい!!」
異様に元気よく返事した中村は気を身に纏ったことによる興奮状態のままチョークを握り悪龍に挑む騎士のごとく黒板に挑む。
そして“力いっぱい黒板に書き始めた”
~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!
砕けるチョーク
舞い散る白粉
こすれる黒板
奏でる不協和音
耳を抑えのたうちまわる生徒達
あちこちで起こる阿鼻叫喚。
地獄絵図である。
中村や他三人は気のおかげで怪音波を防げたが他の者で咄嗟に動けた者はおらず裏表関係なく耳を押さえ悶絶する事になる。
無論、ガンドルフィーニも例外ではない。
永遠に続くかと思われたその拷問は中村が黒板に答えを書き終えた事で終了する。
自信満々に振り返った中村はガンドルフィーニを見て一言。
「答えは√3分の2です!」
「全然違う。なぜ英語の授業で数学が出てくる!?」
見当違いの答えを出した。
「あれ? ぽっちんが“sin”てのが出てきて答えが分からなかったらこう書いとけと言ってたんだけど?」
「確かにsinとはあるがコレはサインではない!」
あれ? と首を傾げる中村をよそに授業終了を知らせる鐘が鳴り響く。
こうしてガンドルフィーニが受け持った中でもとびっきりの問題児達の初授業は過ぎていく。
授業終了後急いで職員室に戻ったガンドルフィーニは机の上に置いてあった胃薬を用法用量を守り嚥下した。
なるほど、お勧めと言うだけあってあれほどキリキリと痛んでいた胃は風邪ひとつない凪のように収まった。
ほっとすると同時に確信した。自分は近所のドラッグストアの常連となるであろうことを。
これは卒業まで続けているうちに校内に置き薬制度を作る原因となった男子高校生の授業の話である。
ガンちゃんは「お前の罪を数えろ!」とでも言ってやればよかったんです。
今更ですがこの作品。男子四人が主人公ですがその中でも特に主にしているのは(今のところ)大豪院ポチです。
本編にて一番キャラがつかみづらかったんでこう言う魔改造的な要因にはぴったりでした