大筒木の名を持つもの   作:パスカロ

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五話

 

 

 

季節は秋の中頃。早朝、ある屋敷の侍女は自分の主人を起こし、言伝を伝えるために主人の眠る部屋へと足を運んでいた。部屋へと着いた彼女は襖の手前に座り挨拶をする。

 

「姫様、おはようございます」

 

だが、やはり寝ているのか返事はなかった。彼女は「失礼します」と声を掛け襖を開けると、布団が盛り上がっており、中から規則正しい寝息が聞こえた。

 

「姫様。起きてください、姫様。もう朝ですよ」

 

彼女が声を掛けながら、盛り上がった布団を揺する。

 

「ん、んぅ〜…あとご…

 

「もう。五分だけですよ?姫様。」

 

 

 

……あと五年〜…むにゃむにゃ」

 

「寝過ぎですよ、姫様!!」

 

そうして彼女が布団を捲ると、真っ白な子供が丸まって眠っていた。真っ白で穢れを知らない長い髪、そこから生える二本の角も、眠たそうにしている目も純白で雪兎のようであった。

 

「んぅ〜おはようなのじゃ、織乃」

 

「おはようございます、カグラ様」

 

 

 

 

 

 

「お主の朝は早いのう。いつも妾を起こしてくれてありがとうなのじゃ」

 

そう言って、暖かな笑顔で私を褒めて礼を言ってくれるカグラ様が大好きだ。

 

旅商人をしていた両親の間に生まれた私は、両親に付いて色々なところを旅していた。特に旅が好きだったというわけではないのだが、両親と一緒に居たかったので無理にでも付いて行っていた。

 

そうして、旅を続けて私が九つになったころ。次の村に行くために、馬車で森を抜けようとしていた時に盗賊に襲われた。その時は商隊を組んで移動していたが、盗賊団の規模はかなり大きく、すぐに囲まれてしまった。私は恐怖のあまり、両親にしがみついて泣き喚いていた。

 

だから、両親が決死の表情をしていたのを見逃してしまった。

 

父は、商品の武器を手に持って盗賊団の囲いの薄い部分に特攻を仕掛け、母は父の作った隙間から私を抱いて飛び出して走り出す。母に抱かれながら後ろを向くと、父が剣で貫かれているところだった。

私は必死に母に止まるよう懇願し、父を助けなければと暴れていると、強く抱きしめられ「あなただけでも生きて」と言われた。どういうことか聞く前に地面に降ろされ、母が後ろに振り向く。そこには追っ手の盗賊が一人いたが、そんなのは目に入らなかった。

 

母の背には、矢やナイフが刺さっていた。逃げ出すときに仕掛けられた追撃から私を庇いながら走っていたらしい。素人目の私から見ても、母がもう助からないのはすぐに分かった。

そして追ってきていた盗賊の剣に母が刺し貫かれたが、隠し持っていたナイフで相手を殺し、私に「生きて、幸せになりなさい」と言い息を引き取った。

そうして母の最期の言葉に従い、泣き喚きながらも逃げ続けていた私は当然のように広大な森で迷子になっていた。

そうして、三日三晩彷徨い続けていた私は空腹や疲労で倒れてしまった。這うことしか出来ない私は近くに水音を感じとり、感じた場所まで這っていくとそこには

 

『女神』

 

がいた。

髪や目、着物も真っ白。そして、角があった。

その女神は小さな泉の中心の水面の上に立っており、太陽の光が反射し煌めいてその空間だけが聖域のように神聖に感じられた。

先程まで感じていた絶望が綺麗さっぱり吹き飛び、思わず魅入ってしまっていた。そうして惚けていると、その女神がゆっくりと此方に振り向き、

 

「む?貴様、此処は妾の泉じゃ」

 

そう言って女神は誇らしげに胸を張っていたが、とうとう限界が来て顔を上げ女神を見ることも出来なくなり、気が遠くなってきたところで女神の慌てたような声が聞こえてきたような気がしたが、そこで私は意識を失ってしまった。

 

次に意識を取り戻した時には既に日は傾いていた。両親の事を思い出して絶望するが、ついさっき魅入っていた光景も思い出して周りを探そうとするが極度の疲労と空腹で動けず、なによりとても枕が気持ちよく良い匂いがしていたので動く気になれなかった。そうして枕に頬を擦り付けたり、匂いを嗅いだりしていると頭上から鈴の鳴るような声が響き、体が硬直し頭が真っ白になった。

 

「ふふふっ、妾の膝枕は、そんなに心地が良いのかや?」

 

体が錆び付いたように動かなくなっているが、なんとか首から上だけを動かし頭上を見る。

すると、先程の女神のような印象の女の子が、頭上で慈愛に満ちた眼差しで太陽のような笑顔を向けて此方に笑いかけていた。

 

「お主がいきなり気を失った時は驚いたのじゃ。取り敢えず、お腹が減っておろう?妾の昼食を取っておいたのじゃ。いっぱい食べるのじゃぞ?」

 

そうして、羞恥で顔が真っ赤になった私に追撃をかけるように、女の子はお弁当を食べさせようとしてくるので、慌てて身を起こそうとしたが、

 

「これこれ、動いてはならぬ。お主の体はもう限界じゃ。妾が食物を口に運んでやるから、ゆっくりと休みいっぱい食べるのじゃぞ?」

 

そうして、気遣ってくれる女の子の優しさや暖かな雰囲気に当てられて、いつしか自分の身に起こった出来事を、今までぶつけれなかった思いを吐露していた。

 

「私は、ずっと両親と旅商人をしてたんです。そして、数日前にこの森を抜ける商隊に参加して、この森のすぐ側の村まで行く予定でした。なのに…森の中で、突如盗賊が現れたんです。大規模な盗賊団で、すぐに囲まれちゃって…!父は母と私を逃すために囮になって!母は私を逃すために敵と相打ちになって…!もう両親と会えないと思うと絶望しか感じなくて…。母は私に、幸せになれと言いました。でも、どうしたらいいのか分からなくて……」

 

そうして絶望する私に女の子はただ、頭を撫でてくれていました。それが、どんな励ましの言葉よりも嬉しくて、暖かかった。女の子は少し思案した後に、

 

「そういえば、自己紹介もしておらんかったのう。お主の名はなんというのじゃ?」

 

その女の子の言葉に、私も自己紹介を忘れていたので慌てて名乗る。

 

「私は、織乃《おりの》と言います。助けて頂いてありがとうございました」

 

「なに、気にするな。織乃か、良い名じゃな!」

 

「はい、私も気に入っています!」

 

「そうかそうか。では、妾も自己紹介!…といきたいところじゃが、そろそろ日も落ちる。取り敢えず、妾の家に来い。そこで、色々話したいこともあるしな」

 

「え!?は、はあ…分かりました」

 

「では、行くとするかのう!」

 

そうして付いて行こうと起き上がろうとすると、女の子に止められた。

 

「ああ、立ち上がらんで大丈夫じゃぞ。移動手段は徒歩ではなく…

 

そうして女の子が懐から不思議な模様の描かれた紙を取り出し、親指を噛み切り少し出血した手の平を紙に押し付けると、突如、爆音と共に煙があがった。しばらく周りが見えなかったが、徐々に煙が無くなっていくとそこには、

 

「お迎えにあがりました、姫様。」

 

「うむ。今回はツレが一人おる。鳥光よ、いつもより遅く、丁寧に頼むのじゃ」

 

「了解しました、姫様」

 

そうして見えたのは、女の子と親しげに話す巨大な怪鳥だった。そして、怪鳥が私に向かって会釈をし、自己紹介を始める。

 

「私は、姫様の口寄せ獣の中の一体。名を鳥光《ちょうこう》といいます」

 

「え、あ、はい。織乃です、よろしくお願いします…」

 

あまりにも普通に挨拶されたので、普通に返してしまったが、いい人?そうである。

 

「では、織乃よ。行くか、我が家へ!」

 

「は、はい!お邪魔いたします…!」

 

この女神のような子の家に行くことに緊張していると、

 

「ふふふっ、父様にはもうお主の事は言ってある。だから、そう緊張するでない」

 

そういって私よりも一回りは小さな女の子が、私の体を軽々抱き上げると、怪鳥の背に飛び乗った。

そして、怪鳥が飛び立つと女の子が話し始める。

 

「取り敢えずは、名前だけでも教えておこうかの。カグラじゃ。よろしくなのじゃ!」

 

「あ、はい。よろしくお願いします!」

 

女神のような女の子はカグラというらしい。幼いが、第一印象は綺麗であったが、話していると可愛いらしかった。

 

「ところでカグラ様?さっきの紙は一体…?それに、水面に立っていましたよね…?」

 

「うむ…?ああ、あれは忍法と言ってな。その事も家で話してやるのじゃ。ほれ、あれが妾の家じゃ!」

 

そうしてカグラ様が指差した方を見ると、山の中腹に集落のような場所があった。そして、集落の上を通り過ぎて一番大きな屋敷の庭に着地した。

 

「カ、カグラ様はやはりお姫様なのですね…私が入ってもいいのでしょうか…?」

 

「ん?妾が良いと言ったら良いのじゃ!さあ、早く入るぞ!父様が待っておるのじゃ!」

 

そういってカグラ様が屋敷に行ってしまったので、慌てて付いていく。長い廊下を歩き一番奥に着き、カグラ様が襖をいきなり開け放った。

 

「父様、ただいま帰ったのじゃ!」

 

そうして、カグラ様が走って奥にいた人物に飛び込み抱き着く。波紋模様の眼に額の第三の目のような印。伝説と同じ特徴の初老の男性。

 

「帰ったか、カグラ。して、お主が織乃かのう?」

 

その人はカグラ様の頭を撫でると、私を見て質問してきた。

 

「え、あ、は、はい!織乃と申します!あの、もしかしてあなたは…」

 

「我は安寧秩序を成す者。名をハゴロモ。《六道仙人》ともいう」

 

「そして、妾が娘の大筒木カグラじゃ。《卯の姫君》などと呼ばれておる。改めてよろしくなのじゃ!」

 

六道仙人。この世界の救世主。そんなお方が目の前にいることに卒倒しそうになるが、いきなり倒れるわけにもいかないので、なんとか気を保つ。

 

「あの、カグラ様?どうして私をここへ…?」

 

「うむ。父様に、妾の友達を紹介しに来たのじゃ!」

 

そういって胸を張るカグラ様に疑問が湧いて、ついつい尋ねてしまった。

 

「あの…友達って…?」

 

すると、自信満々だった顔が驚愕の表情に変わり、段々と泣きそうな顔になっていく。

 

「うぇぇ!?妾達は友達じゃなかったのかや…!?友達だと思っていたのは妾だけだったのかや…?ぐすっ」

 

「ええぇぇぇ!?カ、カグラ様!?泣かないでください!…あ、あの!…私が友達でいいんですか…?」

 

六道仙人様の娘のカグラ様は、私にとって雲の上の人だ。世界を救った人物の娘と私では、明らかに釣り合っていない。

 

「ぐすっ…、うむ。織乃がよいのじゃ…!」

 

それでもカグラ様は良いと言ってくれて、尚且つ私が良いとまで言ってくれた。

 

「…ありがとうございます、カグラ様」

 

そうしてカグラ様に礼を言うと、事の成り行きを見守っていたハゴロモ様が、

 

「よかったな、カグラ。初めての友じゃな!」

 

「うむ!それでな?父様。友達を家に住まわせたいのじゃが、ダメかの?」

 

「事情は聞いた。これだけ広い屋敷だ、かまわぬぞ」

 

そうして私抜きで進んでいく会話に、思わず待ったをかける。

 

「そこまでお世話になるわけにはいきません!既にカグラ様には、命も助けてもらった恩もあるというのに…」

 

「織乃、妾はお主と一緒に居たいのじゃ。嫌かのう?」

 

そうして涙目のカグラ様を見てしまっては、断ることなど出来るはずもなかった。

 

「カグラ様…嫌な訳ないじゃないですか。でも、私もお世話になるばかりは嫌です!だから、カグラ様の侍女として働かせてください!」

 

そうカグラ様とハゴロモ様に懇願し、私はカグラ様の侍女になった。

 

 

 

カグラ様の侍女として働きだして半月程たった頃、村で買い物をしていると、ある話が聞こえてきた。その内容は、数週間前に大規模な盗賊団がたった一人の子供に全員捕まり、処刑されたという話だった。

屋敷に帰り夕飯の支度を手伝い部屋に戻ると、机の上に首飾りと簪があった。

まさかと思い慌てて手に取ると、やはり父と母の物だった。

あの時盗賊に盗られた物が何故…?と思ったが、すぐに盗賊団の話を思い出し走り出す。

廊下でカグラ様を見つけると、思い切り抱き締めた。

 

「っっっ!!カグラ様…!カグラさまぁ…!うああぁぁ…!!」

 

いきなり泣き出した私にカグラ様は、あの時と同じようにただただ頭を撫でてくれました。

その時に誓った。何があってもこの方の側にいようと。

 

 

 

 

 

 

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