アインクラッドの五十六階層。ここのボスはいたってシンプルだ。
前面はアホみたいに鉄壁で、その代わり側面は柔らかいというよくあるボス。
ただ、フィールドが一直線のところなので、側面に回り込みにくいのが問題だ。
第一討伐隊として出た軍のオッサンたちも粘る戦法が使えないと一旦引き返してきた。
そして現在、どうやって討伐するかを会議するため、SAO内の攻略組で集まっていた。
「ずいぶんと面倒な相手になったなぁ」
「そうですねぇ」
姫ちゃんを背中から抱きしめてそんなことを言い合った。
それを見ていたクラインが俺の方を白い目で見てくる。
「おいおい、イチャつく暇があるなら何か良い案だしてくれよ」
「無理だな。考えるのが面倒だ」
「ごめんなさい、何も思いつかないです」
二人で同時にそんなことを言いながら、
今度は普通に抱き合って姫ちゃんの頭をなでまくってみる。
ああ、なんと指ざわりの良い髪が存在するとはもはや罪の領域だね。
「毎度のことながら清々しいほど丸投げするなこの二人」
「仕方ないよ……あのふたりはそんなもんだ」
クラインのこぼした言葉に、その隣のキリトが溜息を付きながら返していた。
それを横目に見ながら、俺は姫ちゃんの頭を撫でるのを続行する。
SAOというゲーム内でありながら、その髪は絹すら超える最高の質感だ。
一生撫で続けていたい、「撫でながら死ねたら本望だ」と叫んでしまいたい。
「毎回、見る度見る度、なにしてるんですか!?」
と、そんな俺の天国に横槍を入れた女の子が一人いた。
不謹慎だとでも怒鳴りたそうな顔で、俺達を睨む女性プレイヤー、
KOBの副団長をやっているアスナがこちらを睨みながらそう言ってきた。
怒る彼女は正直そんなに怖くない。姫ちゃんの方が万倍怖い。
まぁ正直に答えようか、煽り口調にしてだけれども。
「見てのようにイチャついてるんだよ。
夫婦として登録してるし、イチャついてもいいだろう?」
「今すぐやめてください! 不謹慎です!」
俺の言葉で赤くなるほど怒ったアスナがそう怒鳴った。
そう怒鳴るなよ、短気は損気っていうよく言うだろう?
「短気というより兄さんが怒らせたんですよ」
「……そうだね、短気ではないか」
あいも変わらず、俺の心を読むのに長けたすばらしい嫁だ。
「話を聞いてるんですか!?」
「うん聞いてるよ、多分」
「兄さん、あんまり挑発しないほうが……」
姫ちゃんのその言葉につられてアスナを見てみると、
怒りの表情を通り越して無表情になってしまっていた。
これはヤバイ、怒った姫ちゃんの十分の一くらいにヤバイ。
「なぁ、早くしようぜ副団長さん」
「ですがっ!」
どうやってなだめようかと思ったところで、キリトから助け舟が入った。
だが、アスナは納得出来ないようでそれに対して声を上げかけた。
「言ってる暇があるなら作戦考えたほうがいいと思うけど?」
「………わかりました」
だがそれも、キリトが黙らせてしまった。
そして、アスナが引っ込むんを見てから、キリトがこういった。
「でさ、俺にいい作戦があるんだ」
そんなことを言ってキリトが出した作戦は「にくにく作戦」というもの。
因みに、原案はクラインが出したらしい。成功するとは正直思えない。
アスナも成功するとは思わなかったらしく、作戦に反対した。
が、他に何も案がなかったことと、失敗したらKOBに任せるということで、
アスナはしぶしぶながら引き下がり、作戦を実行することになった。
そして、現在はその準備中だ。
「でさ、にくにくってことは食材アイテムで釣るんだろ?
そのアイテムは誰か持ってくるんだ? 皆から募るのか?」
作戦決行にあたっての当然の疑問。
食材がなければこの作戦は根本からおじゃんになる。
作戦の根っこの部分をどうするのかをキリトに聞いてみた。
「原案はクラインだし、クライン持ちだ」
「えっ俺?」
それに対してキリトはさらりと俺にそう言い。
クラインはそれを聞いて自分を指さしながら疑問符を浮かべた。
「そうそう、提案者が出すべきだろ?」
「いやいや、俺はそんな良い食材なんて持ってないぜ」
クラインは慌てたようにすぐ言った。が、それは墓穴だ。
慌てて即座に否定するなんて、持ってますよと言っているようなものだ。
それに、昨日の狩りでクラインが食材をとったのを俺が偶然見てしまっている。
「クライン、慌てると余計怪しいぞ?
それにな、昨日お前が食材を手に入れたのを見たんだ」
「……嘘だろ?」
信じられないといった様子のクラインに向けて笑顔で答える。
「本当」
「じゃあ、決定だな」
「いや、俺は持ってない! 持ってないぞ!」
あくまでクラインは持ってないというらしい。
俺達はクラインのウィンドウを開けないから否定されればどうにもできない。
が、こちらには女神の一声という最終兵器がある。
「嘘は、ダメですよ?」
「すいません、俺は嘘をついてしまいました!
先日のアイテムを喜んで出させていただきます!」
姫ちゃんの上目遣いにクラインはあっさり手のひらを返した。
うちの女神は最終兵器として十分すぎたようだ。
****
作戦決行にあたって、まずは相手を引きつける役として、
食材の持ち主であったクラインと戦闘時のペアとしてキリトが出て行った。
あとは上手いこと引きつけてくれるのを待つだけである。
俺の近くでアスナが文句でも言いたそうに待っていた。
「そんなに不満か? アスナ」
「当たり前です。こんな馬鹿げた作戦成功するはずがない」
俺の問に案の定不満だと答えるアスナ。
不満顔に時間を食ってる訳にはいかないと焦り表情が見られる。
おそらく、自分の現実が減っていくのが不満でしかたがないのだろう。
寿命がない俺のように、この状況を楽しむなんてことはできないだろうし。
「それでもやってみないとわからないと思うぜ。
確証がない場合、成功する可能性も確かにあるわけだろう?」
「……そうですけど」
アスナはまだ納得できていないようだ。彼女の不満はかなりのものらしい。
まぁ、キリトのようにここもひとつの世界として見てる奴もいれば、
彼女のようなここはただの己が奪われる場所と捕らえる奴も居るだろう。
正直、納得出来ないのも仕方ないのかもしれない。
「あま気を張りすぎるなよ、焦って転ぶと酷いことになるからな」
一応のそうやって注意はしておく、まぁいまこれが通じるとは思わない。
いつかキリトが彼女の考えを晴らした時にでも理解してくれたらいいだろう。
アスナは、俺の言葉には返事をしなかった。
と、そのとき、姫ちゃんが俺の背中をつついた。
「兄さん、キリトさん達が来ましたよ」
「結果は?」
「失敗です。仕方ないですね」
失敗したらしい、成功の可能性は消えたわけだ。
じゃあ、後は約束通りアスナに任せるとしようか。
「すまん、失敗したようだ。じゃあ、成功確実の作戦頼むぜ」
「分かりました。では、会議場に行きますよ」
アスナはそう言って俺に背を向け、会議場所へ向かっていった。
そんな彼女の背中を見送っていると、ボス方面からキリトとクラインが来た。
「よう、失敗したみたいだな」
「ああ、全くつられなかったぜ」
「俺の、俺のA級食材が……」
帰ってきた二人に挨拶をする。
キリトはなんのダメージもなさそうだったが、
クラインの方は食材がなくなった食が強いらしく沈んでいた。
しかたがない、後で何か食材を分けてやることにしよう。
とまぁ、そんなことを考えながらキリトに向けて言う。
「じゃあ、次は副団長の作戦を聞かないとな」
「うん、そうだな。行こうか」
姫ちゃんと手をつなぎ、キリトと並んで会議場へ移動する。
クラインは俺達の後ろをとぼとぼついてきていた。
沈むのを見ているのはこっちもなんだか重くなってしまう。
さきに食材を渡す話をしておいてやろう。
「食材、食材が……」
「クライン、後でおれんとこのA級分けてやるから我慢しろ」
「本当か?」
「おう、結構たまってるからな」
そう言ってクラインに向けて親指を立てると、
クラインは目の前に救世主でも見つけたかのように手を合わせてきた。
「ゼロ、恩に着るぜ!」
「はっはっは、もっとありがたがりなさい」
「ははー」
などとくだらないことをやって、顔を見合わせ爆笑する。
さて、副団長はどんな作戦を出すのか……少し気になった。