「今回の作戦では、ボスを塞ぐあの扉を閉じません」
アスナの作戦はその一言に集約されていた。
ボスを防ぐ扉を閉めず、そのままボスに入ってきてもらう。
一本道故に、側面に攻撃が届かないなら、相手に来てもらえばいい。
至って単純でわかりやすい。が、悪いことは失敗が許されないことと、
おそらくここにいるNPCはもろとも殺されるであろうことだ。
この世界ではNPCも人間に見える。見殺しのような作戦に場はざわめいた。
が、そのざわめきは姫ちゃんの一言で黙ることになる。
「却下です」
凛と背筋を伸ばした姫ちゃんからの短い一言は、
静かになった会議場に張り詰めた空気をもたらした。
姫ちゃんの視線はアスナをまっすぐに見つめている。
その視線を受けたアスナもまっすぐ姫ちゃんを見てその理由を聞いた。
「どうして?」
「その作戦が人を見殺しにする作戦だからです」
「人? NPCが生きた人だとでも言うの?」
「もちろんです。作られたとはいえ、
プログラムとはいえ、生きているように見えるのならば、
彼等は人であり、そこには命があると私は考えます」
姫ちゃんの声は感情を抑えているのか静かで、
そして、無理やり抑えられた静かな声故に、
余計にそこに隠された感情の大きさが感じとれた。
そんな姫ちゃんの声にもアスナは動じない。
それどころか、斬り伏せるような冷たい声で応戦してきた。
「甘いですね。二十四時間後にはリポップするオブジェクトです。
私達のように消えれば終わりではない、また再生します。
そんなもののどこに命が宿っているというのですか?
それに、NPCに命があるという考えはあなたのもので、
他の人がそれに賛同するとは限りませんよね?」
「ええ、そうですね。この考えは私だけのものかもしれません。
でも、私の意見に賛成しない人がいると言うなら、
アスナさんの意見にも賛成しない人もいるかもしれませんよ?
そう、いくらKOBに作戦の指揮を任せると言うのが決定していてもです」
抑揚のない姫ちゃんの声が、アスナの声を迎え撃つ。
女同士の口戦いは静かながらも燃え上がる溶岩のようだった。
止めるのは得策ではない。が、止めないのも得策ではない。
何かで、お互いに決着を付けさせるのが一番いいと思う。
が、その方法をどうするかが問題だ。
俺は近くで見ているキリトとクラインの方に目を向ける。
二人共、目の前の争いが厄介なことは把握しているらしく、
俺の視線に気がつくと、困っているといったような表情をした。
とまあそんなことを言い合っていると、
いつの間にか女達は自分の強さで言い争っていた。
「昨日はちょうど七十になったところですし、
いつもそこの抜け顔の男と遊んでいるヒメちゃんに負けるとは思えません」
「抜け顔? 兄さんが抜け顔? 喧嘩でも売ってるんですか?
私の兄さんはイケメンでこそあれ、抜け顔なはずありません。
それにレベルの方も、七十なんてとっくの超えてます。遅いですよ」
「なっ!?」
「自分のほうが強いとでも思ったんですか?
それ自惚れというものです。相手は自分より強いかもしれない。
常にそう考えなければ、どこかで足をすくわれるかもしれませんよ?」
アスナは姫ちゃんの言葉に思い切りショックを受けたような顔だ。
そして同時に、それを潰すとでも言うような憤りも感じられた。
これは、戦闘になるかもしれん。……それは避けたい。
ここはキリトがアスナと戦う場面のはずだからだ。
キリトと目を合わせ、お互いの意見が同じかを確認する。
表情と雰囲気からおそらく意見は同じ、頷きあった後俺達は行動した。
「姫ちゃん、落ち着いて。これ以上は修正が怖くなるよ」
「落ち着くんだ。争ってもなんら得になることはないだろう?」
「でも……」
「ですがっ」
同時に発した制止の言葉、二人はそれに同時に返してきた。
その返事に対して、またしても俺とキリトの声が重なる。
「なら、一週間後のあの日はお預けでいいね?」
「どうしてもって言うなら俺が相手をするよ。
俺も、君の意見にはそうそう賛成出来ないからね」
「今すぐ言い争いを止めることにします」
「いいでしょう。ではあなたにもそれを証明してもらいます」
俺は心のなかでガッツポーズをした。これで世界の方向は修正された。
おそらく、この後はキリトとアスナが勝負して、終わりだろう。
と、思ったが、さっきアスナは『も』と言わなかっただろうか。
ということは……?
「もちろん、あなたにも証明してもらいます」
「……いいですよ」
「えっ、姫ちゃんも?」
アスナの突然の提案に俺は戸惑ってしまった。
ちょっと待て、なぜそこに姫ちゃんが入るのかが疑問だ。
それに、二人と連戦をしようとするのもなぜかわからない。
初撃決着でも初撃が外れれば体力を半分にされてしまう。
もし二人がもし攻撃を外せば、体力のそのままのダメージを受けてしまう。
ここは安全圏内だが、完全決着ルールと同じことになってしまう。
「初撃が当たらず、お前が両方負けたとしたら、死ぬぞ?」
「……そうですね」
アスナは俺の言葉を静かに肯定した。
早く出たいと叫びでもしそうな今のアスナが、
どうしてそんな自殺するような発言をするのだろうか?
どちらにしろ、このまま戦わせることはできないだろう。
手段として講じるのなら……。
「馬鹿かお前、スマンが自殺はさせられない。
一対一じゃない、二対二のデュエルをするぞ」
「ゼロ?」
「兄さん、何言って……」
「俺がお前と組んで、キリトか姫ちゃんのどちらかと戦えばいい。
お前の自信はわかるが善戦プレイヤーに自殺はさせられない、
今のお前がやっていることは焦りからくる無謀だ。それは許さない」
俺の言葉にアスナは黙ったままだった。
そして、その瞳からは納得出来ないというのがすぐわかる。
なんとなくでもいいから、この意見にも納得して欲しいが、
おそらく、それは、キリトがやってくれるだろう。
俺は、姫ちゃんとデュエルし、早々に負けてしまえばいいことだ。
「どうする受けるか?」と、俺はアスナに答えを聞いた。
「分かりました。よろしく頼みます」
「頼まれた。…というわけだ姫ちゃん」
「何が「というわけ」何ですか!
兄さんもNPCの人は死んでもいいていう人なんですか!?」
「まさか、それはないない。でも、彼女の言い分も分かるっていうだけさ。
人にできないことをやってのける者を世間は人と認識してくれないだろう。
姫ちゃんのような優しい考えもあるけれど、アスナの意見もあるにはある。
このまま自殺はさせられないし、今回は特別ってことにしてくれないか?」
姫ちゃんはそういう俺に対して無言で講義の視線を向けてきた。
破壊力は抜群。普段ならすぐに抱きしめて前言撤回していただろう。
が、今回はそうはいかない。あまりストーリーは変えられないし、
今回ばかりはどうしてもだ。姫ちゃんはこのイベントが重要だと知らないしね。
俺は講義に対して苦笑を返した。謝りの意思を込めて。
それが通じたのか、姫ちゃんは唇を尖らせて小声で答えた。
「……いいですよ」
そういうわけで、俺とアスナ、キリトと姫ちゃんで組んでデュエルになった。
そして、俺の相手は……キリト……?
「どうしてこうなった?」