「そんなものですか、遅すぎですよ?」
「嘘でしょ……大槌使いがどうして」
キリトに勝利した後、姫ちゃんの方の様子を見るとこんな声が聞こえた。
その場に尻餅をついたアスナはさながら追い詰められた騎士のようで、
追い詰めた側の姫ちゃんは、怒りのせいか魔王のような形相を呈していた。
さらに言えば、体中から不思議なドス黒いオーラまで立ち上る始末。
あそこまでなってるってことはかなりご立腹のようだ。かなり恐ろしい。
さて、追い詰めたられたアスナの不可解そうな言に、
姫ちゃんは何をわかりやすいこと聞いているのかと半笑いで答えた。
「速いかって? 筋力値と俊敏地が高いからに決まってます。
重量武器を使う人が、必ずしも遅いとは限らないでしょう?」
「じゃあ、いままでのボス戦での動きは」
その台詞を発するアスナの顔に少しの怒りが見えた。
人の命がかかったボス戦で、手を抜いていたのかとでも言いたいのだろう。
だが、それは的はずれだ。うちの姫ちゃんはそんなことに手は抜かない。
NPCにも命が存在していると主張するような人間が、
プレイヤーの命がかかるボス戦で手抜きはしないだろう。
姫ちゃんは「よく考えてから言ってください」といってから続けた。
「連携をするための動きだから遅くて当然です。
ボスはさすがに一人で倒せないので、連携のための動きなんですよ。
他人が連携できない速度で動いたってボス戦では意味無いでしょう?」
アスナは言い返せないようで、そのまま俯いて黙ってしまった。
「さて、私の速さの話はどうでもいいんです」と姫ちゃんは話しだす。
「アスナさんがNPCに命がないと主張すること自体は容認してあげましょう。
正直に言えばその主張も叩きのめしたい気分ですが、それはいいでしょう。
でも、その主張を通してNPC達を犠牲にするのはさせません。
アスナさんがなんと主張しようが、それは全力で持って阻止します。
さぁ、立ちなさい。HPはまだ半分になっていないでしょう?
まだ、勝負は続行中ですよ。主張を通したいなら、私を倒してからにしなさい」
そういって、静かながら迫力のある声を発する姫ちゃんが、
いつか、二百年ほど前にとあるゲスい男どもに発した時の声と似ていて、
俺はどうにも背中に走る寒気が止まらなかった。
そして、俺が寒気が止まらないような相手に剣を向けるアスナに、
単純に、至極単純に凄いとだけ、思った。
剣を向ける彼女の目にはまだ闘士がある。彼女はまだ諦めていない。
すり減らした自分の時間がそれだけ惜しいということだろうか。
それともただ負けたくないという維持なのか、それはわからない。
が、彼女はまだ諦めておらず、戦えるということは分かった。
まぁ、戦えて、戦ったとして、勝てるわけ無いのだけれど。
立ち上がり剣を向けるアスナに姫ちゃんが大槌を構える。
最初に仕掛けたのはアスナだった。
「セァァ!!」
出したスキルは『スタースプラッシュ』細剣の上位技だった。
ただでさえ高速の連撃が、彼女の俊敏値も相まってかなりの速度に達している。
普通の重量武器所持者では、盾以外でこれを防ぐことはできないだろう。
そう、『普通』の重量武器を使うものなら、それで十分。
だが、姫ちゃんにはそれではいけない。彼女に『普通』は通じない。
アスナの攻撃と同時に後ろに飛んだ姫ちゃんの両腕が霞む。
その全てが霞むような速度で、彼女は大槌を振りぬいた。
大槌がアスナの細剣に衝突する。超重量の一撃に、
アスナの剣はあっけなく弾かれ、スキルは中断してしまった。
姫ちゃんはそれを見て隙ありとばかりに大槌を振り上げる。
すると、大槌が赤い光を纏って行動を開始した。
発動したのは大槌スキル『オーバースマッシュ』のようだ。
赤く光る大槌はアスナに容赦なく振り下ろされる。
硬直時間で動けないアスナがそれを避けられずに受けると、
エフェクトと共にアスナの足元が沈み込み、大槌はそのまま動きを変えた。
今度は大槌をバットのように振りかぶり、大きくためたかと思うと、
大きなスイングと激突音、ついでに盛大なエフェクトをおまけに付けて、
アスナを容赦なく吹き飛ばした。
「おーおー飛んだねー」
吹き飛んだアスナを見て、のんきにそんなことを言ってみた。
あの一撃ならどっちにしろ半分のHPは持って行かれているだろう。
心配せずとも姫ちゃんが勝利しているはずだ。
姫ちゃんの方を見ると、『WIN』のと書かれたウィンドウが浮かんでいた。
すぐに走り寄ってその頭に手を置く。
「ご立腹は収まりましたかな、女神様」
「はい、一発当てたらスッキリです。
なんにしても、これであんな作戦は却下です」
そう言って笑いあったところで、キリトから横槍が入る。
「待て、まだ一勝一敗で決着ついてないぞ」
「キリトと俺が出たのは姫ちゃんとアスナを戦わせないためだろ?
考えが違ってアスナと姫ちゃんが戦っちゃったんだし、もういいんじゃないか?」
なんだか世界が無理やり修正しようとしてる感じがする。
キリトとアスナが戦えばそれで万事いいのだから、
最初にそうならなかったことに違和感が残るし、変な力が働いてるのかもしれない。
いまだ、世界の仕組みとかはよくわからないから、そういうのが有るのかもしれない。
今回だが、一応反論を返しておいたが、最終的にはゴリ押しされるかもしれない。
世界の修正力なら、よほど俺が捻じ曲げない限り戻るはずだからだ。
「いや、それでも一対一は、一対一だ」
こういうなんか少し無理があるような反論でも周りは納得するのだろう。
俺としても、このストーリーは筋書き通り進んでくれる方が都合がいいし、
特に止める理由もない。だから、ここは了承してしまってもいいだろう。
「いいよ、じゃあおアスナともう一回戦いな、
減った体力はポーションをおごってやるからさ」
「ん、ありがとう」
納得した様子のキリトに、ポーションを放り投げてやった。
アスナの方には姫ちゃんが渡しに行ってくれた。
「まだ、チャンスが有るみたいですよ。
頑張ってみたら、いいんじゃないですか?」
「言われなくてもっ」
アスナは威勢のいい声でヒメちゃんからポーションを受け取った。
吹き飛ばされたというのに全く堪えていないらしい、大したもんだ。
さて、目の前の黒ずくめはポーションを一気飲みした後、
準備運動デモするように剣を軽く振っていた。
少し気になったので、俺とのデュエルの感想を聞いてみることにする。
「で、俺と戦ってどうだった?」
「バケモノだと思った」
「おおこれは酷い、刀を見せた時よりは遅いはずだったんだが」
「ええ!? あの時よりも数段早く見えたぞ!?」
「あーじゃあ、気迫に押されて早く見えたってことか、
実際はこの間のほうが早かったぞ、だいたい二倍くらいに」
「じゃあ、本気で戦ったらさっきの二倍の早さの攻撃が来るってことか」
「単純に言えばそうなるな」
キリトが目に見えて肩を落とす。
自分が戦ったのが、まだ上がある俺だと知って、ショックだったのかもしれない。
ふと、そこで気づく。もしかすると手加減されたとかも思ったかもしれない。
それは違う、あれは切り札を残した上体だったというだけで、手加減はしていない。
俺は、それを説明するために台詞を付け加えた。
「ああ、一応言うが、手加減はしてないぜ。
切り札を出さなかっただけで、手抜きは全くしていない。
それにな、それを言うならお前も奥の手を使わなかったじゃないか」
「え? 何のことだ?」
キリトは不思議そうな顔をするが、俺には関係がない。
ゆっくりとキリトに近づいて、周りに聞こえないよう小声で囁いた。
「『武器破壊』とか『偽装視覚』だったりとか、
色々とシステム外スキル作ってたんじゃないの?」
「お前、なんで知って!?」
キリトの驚きと疑問を、不敵な笑みで受け流す。
そして、追求される前に「アスナが待ってるぞ」と促してあやふやにさせた。
キリトは疑問を持っているような顔をしていたが、俺は気にしなかった。
****
さて、戦闘の結果だが、まぁ予想通りだったの一言でいいだろう。
キリトがシステム外戦術を使って、アスナを騙し、初撃を入れて終了した。
アスナはキリトに負けたこと(しかもほぼ不意打ち気味のシステム外戦術で)と、
自分の意見がおられてしまったことに対してショックを受けたようで、結構暗かった。
会議自身も、あんなイベントの後では進むはずがなく、そのままお開きになった。
さて、現在は夜の七時ごろ、夕飯にキリトを誘い、
我が宿にて姫ちゃんの料理を前に舌鼓を売っていたところだ。
俺は、ふと思い出してキリトに聞いてみた。
「俺が切り札として二倍速を出さなかったのもそうだけどさ、
お前もお前でシステム外戦術を使わなかったのはなんでだよ?」
キリトはそれを聞いて、苦笑いをするとこう言った。
「気迫に押されてそこまで頭が回らなかったよ。
今に思えば、そこまで頭が回らなくてよかったかもしれない」
「え? どうしてですか?」
姫ちゃんが不思議そうな顔をしてそう言った。
「ゼロは俺が使ったシステム外戦術のことを知ってたろ?
相手に対策されチル可能性がある技を出したって意味は無い。
ゼロが相手なら、なおさら的にしてくれって言ってるようなもんだ」
「なるほど、兄さん相手だと『武器破壊』は難易度が高いし、
『偽装視覚』も兄さんは知ってるから釣られるわけ無いですし、
二本目の剣を出す動作なんて、片側ががら空きですもんね」
納得という風に姫ちゃんは頷き、そうなんだよーとキリトが続ける。
「相手に対策建てられてる技出したって意味ないし、
結果的には、あっけなく負けることがなくてよかったってところか」
「じゃあ、今度はあっけなく負けてみたりしてみる?」
「全力で遠慮しとくよ」
そう言って、笑い合う。
攻略法がわかったのはこの日の深夜の事だった。
そして、その攻略法を見つけたのは……