「私とお料理一緒に作りませんか?」
「………大丈夫?」
私の言葉に首を傾げたアスナさん。もう一度要件を繰り返すと、しばらく首をひねった後にそんな言葉が帰ってきた。
結構怒っていたとは思うけれど、その言葉を発するくらいに怒っていたのだろうか。
特におかしなところはないと思うのだがどうなのだろう。昨日は喧嘩しちゃいました(本当は私が怒っただけなんですけど)が、『今日になったし仲直り』というのは無理なんでしょうか。
アスナさんと仲良くなったのはそれなりに前ですが、その後料理が好きだという話を聞いたのでこれを機会に一緒にやれればなんて思ったんですけど。
やっぱり無理かもという諦めが少し出て、私は俯いてしまう。
でも、俯いていては会話が続かないので、俯いたまま少し聞いてみた。
「怒った私はそこまで疑問に思うほどでしたか?」
「あー、うん。殴り倒して、塵か何かにする気満々に見えたわ」
「そうですか……」
怒った私は怖いと兄さんが言っていましたが、まさかそこまで怖いとは思いませんでした。
アスナさんは良い返事を返してくれそうに無いですし、今回は諦めたほうがいいでしょうか。
「今回は、やめておきます、時間を取らせてしまってすいませんでした」
「え? 私、別にしないなんて言ってないよ?」
「ふぇ?」
断られると思っていた自分の考えを否定するアスナさんの言葉に、今度は私が間の抜けた声を出してしまう。
アスナさんは、そんな間の抜けた私の顔にクスリと笑った後、私の手を握りながら言った。
「よろしくね、白の戦女神さん」
「あ、はい!」
その言葉に私は笑顔で返した。
****
「そう! ヒメちゃんの魅力とは、その足先に足首! ふくらはぎに太もも! なめらかなお腹はもちろんのこと! 控えめな胸も! 柔らかな二の腕も! ちっちゃくて可愛い手のひらも! 顔のバランスはもちろんのこと! 瞳の色に大きさ! 鮮やかな唇! 絹のような髪! 透き通るような肌! その全てにおいて完璧であり、世界宗教の女神として奉って良いレベルの美少女でありながらそれを自慢しない性格の良さ! お兄ちゃんとしては、夫としては、そんな彼女がこの世界中の誰よりも素敵で仕方がなく! 二人で要られることを世界に対して全力で感謝したい気分である!」
「お、おう。そうか」
「あいかわらずヒメさんが大好きみたいですね」
大好き? 否、愛している! 彼女の全てを、そこにいてくれているという事実を、今生きてこの世界に存在しているということを、
「愛してるぜ、ベイベー!!!」
「にへへ、兄さん、そんなに言われると照れちゃいますよぅ」
「姫ちゃん!」
俺の叫びを聞いて返ってきた彼女の声に、俺は振り向くと同時に飛びついた。
小柄な彼女の体を抱きかかえ、腕の中でこれでもかというほど強く抱きしめる。
「兄さん、おくれました」
「いいや、待ってない、待ってないよ」
しばらくして、少しだけ力をゆるめ、姫ちゃんと顔を見合わせながら軽くキスをする。そして、そのままの体制でお互いの顔を見つめ続ける。
感覚の話だが、私は今こうしているだけで満足だ。このままの体制で一生を暮らしてもいい。
だが、そんな最高の時間にもキリトによって横槍が入る。
「ヒメ、再開の時間は終わったか?」
「まだ終わってないです。私達から声をかける前に、声をかけるとは……水を指したいんですか?」
無神経なキリトに姫ちゃんの冷たい視線が飛ぶ。
キリトは少したじろぎ、助けを求めるように俺に目を向けたが、俺の目が笑っていないことに気づいてすぐにサチの方に切り替えた。
サチはその視線を感じると、苦笑いしながら首を横に振った。サチはわかっていたようだ。さすが、恋する乙女は違うということだろう。
「キリト」
できるだけ平坦な声でキリトを呼ぶ。
キリトは、ビクリと肩を揺らした後に、ゆっくりとこちらを向いた。
「今日の飯、おごれよ?」
「無理じゃないですよね?」
俺と姫ちゃんの声がダブルヒットし、キリトは返す言葉もなく頷いた。
****
俺と姫ちゃんの規格外の食事代金に声をかけづらいほど気分の落ち込んだ様子のキリトを見送った後、拠点にしている宿のベッドにて、姫ちゃんを抱きしめながら頭を巡らせていた。
次のイベントは圏内事件だ。原因は去年の内に起こった『黄金林檎』というギルドのリーダー、グリセルダが圏外にて殺害されたこと。
グリセルダがSAO内で殺害されなければ発生しない事案のため、サチの時と同じく、無理に助ければ世界の強制力により何らかの形でもう一度彼女は殺害されることになるだろう。
だが、助けないわけはない。彼女に関して去年の内に手を打っておいた。SAO内で殺されればいいわけで、現実での生死は問わないのだから、現実世界で生かしておけばいいのだ。
今の彼女は昏睡状態で、周りの人間はナーヴギアが動いていることから、まだ彼女がSAOのにいると思っているだろう。
そして、SAO内では、彼女は死んだことになっている。
おそらく、どっかの殺人鬼は現実でも死んでると思ってに間抜けな快感に浸っているはずだ。
正直に言えば目的はすでに達成している。唯一の犠牲者、グリセルダは現実で死んでいないからだ。
が、面白そうなイベントをそれだけの理由で逃す俺ではない。
「どっかの殺人鬼に一泡吹かせておきたいしね」
「次のイベントですか。あの殺人鬼……POHさんですね」
姫ちゃんが俺の胸から顔をのぞかせ言った。
彼女に同意して俺は頷く。あいつの殺人はどうにも見過ごせない。
が、ヤツのような殺人者のことを考えるほど、自分なら無理やり救えた命のことが思い浮かんでしまう。
そして、その思いから出た考えが口をついいて出た。
「本当はSAOでの犠牲者全てをグリセルダみたいにすればいいんだけどさ」
事実では有る。俺の力を使えば無理やりグリセルダのように誰も死ぬことなくSAOを攻略することが出来る。あげくには、全員SAO内で死んだとしても生き返ることが出来る。
が、それをすると物語が進まないのだ。ALO事件はなかったことになってしまうだろう。ALOという要素がないということは、キリトが電脳の茅場に合うこともない。ザ・シードはなかったことになり、GGOも存在しなくなるだろう。そんな風に、世界の歴史に支障が出るため、俺は全てを助けられないのだ。
正直に言おう。助けられることがわかっているのに助けられない。それがとても苦しい。だって、彼等は俺が手を加えさえすれば生きられたのだから。
「それは、兄さんは悪く無いです。だって、兄さんが救うことは不可能だったんですから」
姫ちゃんが俺の胸の中でそういう。そして、子供でもあやすように俺の背中を優しくなでた。
「歴史が進まないなら、世界は兄さんが救った人を何らかの形で殺すはずです。兄さんが救うことは不可能です。だから、そんなに悲しい声をしないで下さい」
姫ちゃんが俺のことを強く引き寄せた。
彼女に引き寄せられるままにその体に自身を強く寄せてながら、俺は窓へ向けて手を掲げた。手は、震えていた。
「姫ちゃん、前の世界はあんなに簡単だったのに、この世界はこんなに歴史を変えるのが難しい」
「世界には歴史のほつれが修正し易い世界とそうでない世界があります。今回は後者だっただけです」
「俺は……」
無力だ。そう言おうとした口は姫ちゃんの口によって塞がれてしまった。
しばらくして、口を話した彼女が言った。
「兄さんは出来る限りのことをしました。この階層に進んでくる間も、ときおり下の階層に降りては、死にそうになっているプレイヤーのヘルプにもはいったりしていました。
今までのイベントで死ぬはずだったプレイヤーも全て助けました。兄さんは無力ではありません。この世界の歴史を知らずに暮らしている彼等では出来ないことを、兄さんにしか出来ないことを兄さんはしました。だから、そんなに悲しそうな顔をしないで、お願いです。零くん」
目をうるませる彼女に俺は無言で頷くしかなかった。
次の圏内事件。誰も死なないように、俺のできることを、しよう。