《プレリアル》。そう呼ばれる男は、誰もいない施設の内部を歩いていた。
その筋肉質な巨躯は自分のものか敵のものかはもはや分からない、赤黒い血に塗れ、彼の通った後には、血溜まりと屍の山だけが残っていた。
ティナが起こした爆発のせいで、従業員の大半が逃げ出し、シェルターに避難した今、施設内を歩き回っているのは、レジスタンスのメンバーを駆り立てようとする貴族軍の軍人達だけだ。
《プレリアル》は遭遇したその全てをナイフと拳銃一本、そして奪った武器のみで殺し尽くしていた。始まりの十二人の中でも、白兵戦闘では最強と言われる彼の能力は確かであった。
しかし、こう多勢に無勢では、無傷とはいかない。すでに何十発の銃弾を浴びた彼の身体は限界が近づいていた。
「はっ……ざまぁねぇな」
《プレリアル》は唇の端から血を漏らしながら吐き捨てる。あの程度に遅れをとるとは、散々若い連中をしごき回しておきながら、情けない。
「オレも歳ってことかねぇ」
そう歳だ。20年以上も前、今では、『始まりの十二人』などと呼ばれている、革命暦の月名を名に持つメンバー達は、貴族支配の打倒などという、青臭い夢を掲げて、集まった。街の片隅で、限られた時間で革命を真剣に考えていたあの頃は、本当に若かったのだ。
あれから20年以上。理想に憧れた青年達は、本気で
その分、自分達は老いた。《テルミドール》も、《メスィドール》も、《ヴァントーズ》も、《プリュヴィオーズ》も、無論、彼自身も例外ではなく。
本来ならば、いや、若かった頃の彼であれば、ここまでの傷を負うことはなかったはずだ。もっと楽に、目標とする場所まで辿り着けた。少なくとも、こんな風に、身体を引きずって歩くことは絶対になかっただろう。
しかし、だからこそ、彼はここにいた。
老いたことを自覚し、これからを作るのは、若者であると信じているからこそ、彼は今ここにいるのである。
「はっ……オレが自己犠牲とはねぇ。青かったころの俺が聞いたらどんな顔すっかねぇ」
彼自身の言葉通り、革命の情熱にのみ囚われた若き日の彼なら、このような方法は考えもしなかっただろう。その熱情のままに、せめて貴族と刺し違えようなどと、生産性のないことを考えたに違いない。
もちろん、彼とて、初めからこうするつもりだったわけではない。しかし、ある男の姿を見て、考えを変えた。
シェリンドン・ローゼンクロイツ。〈ガラハッド〉を駆る、
あの男を相手取るのは、ここにいる少年少女達では難しい。むしろ敗色濃厚だ。彼ら若い力をなんとしてでも未来に繋ぐためにはこうするしかない、彼はそう考えたのである。
彼が目指しているのは、工業都市の最奥にして中枢に存在する『ケルビム』と呼ばれるエネルギープラントである。工業都市全域のエネルギーを賄う、貴族院管理下にあるオーバーテクノロジーの塊。これを破壊すれば、工業都市それ自体の機能を停止させることが可能だ。
「まるで、あいつらみてぇじゃねぇか……」
思い起こすのは13年前。初期メンバーのみが知る悲劇の結末だ。
《テルミドール》も言っていたように、あの様な悲劇は二度起こしてはならない。
「いたぞ! これ以上先に入れるな!」
「はっ、鉛玉如きでオレを止められるかよ!」
《プレリアル》は、正面から銃弾の嵐に飛び込み、弾丸をその身に受けつつも、走り続ける。
「なんだこいつ……なんで倒れない!」
「化け物かよ……!」
「どうしたァ! そんな根性の入ってねぇ弾じゃあ、物足りねぇぞ!」
彼はただ、精神力で持ちこたえているだけだった。しかし、その様は圧倒的優位にあるはずの兵士達に恐怖を抱かせるには十分な気迫があった。
「オラァ!」
ラリアットで一人の兵士を吹き飛ばし、もう一人も腹を思い切り殴り付けて意識を奪う。まだ若い兵士だ。殺す気にはなれなかった。
もっとも、これからすることを思えば、彼らは巻き込まれて死ぬかもしれない。いや、ほぼ間違いなく、死ぬだろう。生き残る可能性は限りなく低い。
しかし、敢えて殺したくもなかった。立場こそ違えど、彼らもまた、未来を生きる若者達なのだ。
「まったく……オレも甘くなったもんだぜ……」
せめての助けになればと、兵士達を物陰に押し込むと、その先にある、最後のドアを爆薬で吹き飛ばした。
その先に見えるのは、工業都市全ての電力を賄い続けるエネルギープラントである『ケルビム』。一般人に分かるような技術は一つもないが、これだけのエネルギーの塊が、少しでも乱れればどうなるかなど、容易く予測がつく。
もちろん、厳重封鎖されているここが、人間にとって、安全な場所であるはずもない。
そして、《プレリアル》は確保していた爆薬を『ケルビム』の中枢ユニットにセッティングすると、その場で座り込んだ。
銃でいくら撃たれようとも、このために、これだけは死守していたのだ。
時限装置の残り時間着実に減っていく。残り30秒。
「悪ぃな、《テルミドール》……共に成就ってのはもう叶わねぇ……」
始めに口について出たのはそんな言葉だった。
「悔しい限りだが……ここまでだ……けどよぉ……お前らは折れんなよ……どんなに醜くても……最後まで生きて足掻いて……生きやがれ。生きて……見届けろ……それが革命なんておっぱじめた……オレらの責任だろうがよ」
次に思い浮かんだのは、今も外で戦っているであろう少年少女の顔だった。
「おまえらも悪ぃな……死ぬなって言った奴から真っ先に死んじまってよ……厳しい道を押し付けるってのもわかっちゃいるんだ……けどよ……おまえらには生きて欲しいんだ……生きて未来を掴み取れ……オレ達にはできなかったからよぉ……」
届かない若者達への言葉。しかし、思いは通じていると信じたい。
そして、最後に彼が口にしたのは、先に散っていった仲間たちへの思いだった。
「……オレもすぐそっちへ行くぜ……話してぇこととか……山ほどあってよ……あいつ、おまえの息子なんだろ? いけすかねぇ仏頂面だが、おまえにそっくりで……」
タイマーがゼロを示す。直後、小さな爆発が起こり、バランスを欠いた『ケルビム』は《プレリアル》の予想通り、暴走を始める。
そして、暴走したエネルギーはすぐ側にいた、彼を巻き込み、轟音と共に、爆発を起こす。
そして、工業都市中心に設けられた、管理塔は、地下にあった『ケルビム』と、中にいた数百の人間を巻き込んでーー消滅した。