同時刻ーー
シェリンドン・ローゼンクロイツは、とある貴族の邸宅に存在する、謁見の間にいた。
彼と向き合っているのは、豪奢な服に身を包んだ肥えた男だ。しかし、その紫水晶(アメシスト)の瞳はどこまでも鋭く、老練な威厳を醸し出していた。
そして、あのシェリンドンが、膝をつき、恭順を示していることからも、上座に座る男の地位と手腕の高さがうかがえるというものだった。
「シェリンドン、貴様ともあろうものが、レジスタンス如きに遅れをとるとはな」
「申し訳ありません、閣下」
「そう畏るな。責めているわけではない」
「と、仰いますと?」
「貴様が見逃したおかげで、退屈凌ぎができそうだと思うてな」
くっくっと、貴族の男はくぐもった笑いを漏らした。
その様子を見たシェリンドンは、膝をついた体勢のまま、深く平伏した。
「気付いておいででしたか」
「映像は見せてもらった。気付かぬのは貴族院の愚鈍故よ」
「これはこれは、閣下には敵いませんな」
「なに、むしろ褒美をやろうかと思うたくらいだ。貴族を捨てた愚かな男の戯曲に付き合うのも悪くはあるまい?」
そして、シェリンドンは知っていた。この男が策謀を巡らし、その辣腕によって、それを可能にすることを。
「何にせよ、掃除も必要だと思っておったところだ。せいぜい利用させてもらうとしよう。彼奴らの諜報員の所在は掴んでおるな?」
「はっ、数名は捕捉できております」
「ほう、まだ悟らせん犬がいるとはな。あの愚者もなかなかにやるものよ。その者達に悟られぬよう、情報を誘導しろ。あれだけの力だ。愚鈍な彼奴らでは対応できまい」
「はっ! 閣下の仰せの通りに」
「それでは行け」
シェリンドンは立ち上がって、部屋を辞する直前で、ふと足を止めた。
なんかを迷うようなその動作に、目敏く気が付いた男が問いかける。
「どうした? 貴様がわざわざ足を止めるようなことがあるということか?」
「いえ、ただーー」
シェリンドンは男に気になっていたことを報告する。もちろん、確信はない。ただ、可能性はあるというだけだ。
しかし、外れていたところで、この男は気にしないだろう。有能で面白味のあるシェリンドンという駒が、彼にとって有用である限りは、幾度かのミスなど気にも留めないのだ。
「くっくっくっ……ふはははは!」
突然、笑い出した男に、シェリンドンはわずかに顔をしかめた。その微細な変化も見逃さないのは、この男の特徴であったが、シェリンドンの見せた不快など、瑣末事でしかなかったらしく、ただただ笑い続ける。
「閣下」
「くっくっくっ、これ以上に愉快なことがあるか? アレがレジスタンスなどと!」
「閣下、私はこれで失礼させてもらいます」
「ああ、構わん。ふはははは!」
シェリンドンが辞した後も、男は狂ったように哄笑し続けた。
以上で第一章は終了です。
以後は、10/5(月)以降、なろう版につかず離れず、週二回(火曜と木曜)程度で更新します。
第二章終了後は、ハーメルン版の短編を公開する予定です。