noblesse;oblige   作:雪羅@eclipse

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第1章 蜂起 -rebellion- 1

 煙で燻され、薄汚れた空を見上げる。

 工業都市であるここには、労働者として劣悪な環境下で働く奴隷と、警備と施設の防衛にあたる騎士しかいない。

 もっとも、警備だの施設の防衛だのなんてものはただの建前で、奴隷共を逃さないようにするのが、ここにいる騎士達に与えられた仕事だった。

 階級の低い騎士はこんな僻地へと送られ、無様に這い蹲るしか能のない奴隷共の調教師をするしかない。

 華々しい戦場など、他の楽園(エデン)との抗争が途絶えて久しい最近では、すっかり過去のものとなり、騎士団も己の利益しか考えていない貴族共のパワーゲームの場と化している。

 そもそも、華々しい戦場など幻想で、下級騎士達は駒のように扱われ、戦功は戦う技術もない、偉いだけのボンボンに持っていかれるのだ。

 この世界は腐っていると、貴族騎士であるアルベール・エレンタールはつぶやいた。

 どう足掻こうと、この世界の立ち位置は生まれで決まってしまう。

 例えば、今、彼の前で、汚染物質まみれの工場を動かしている奴隷は、その大半が生まれた時から奴隷であり、彼らの子供達も同様だ。

 そして、彼自身、最下級の士爵の生まれであり、三男であるが故に、爵位を継承できないために、下級騎士として、身を立てるしかない。

 そう、必死になろうとも、奴隷は奴隷、平民は平民、下級騎士は下級騎士のままなのである。

 ぶくぶくと太って、私腹を肥やしていられるのは、いつでも、『生まれ』という絶対的アドバンテージを持つものだけなのだ。

 もちろん、それはアルベールだけではない。こんな僻地に飛ばされている時点で、ここに勤める騎士達も同様だ。

 しかし、誰もが現状を受け入れるだけで、ロクに頭も使わない。唯一頭を使うのは、暇を潰すように、奴隷を弄ぶ時だけだ。誰しもが諦観している。

 

「くだらない」

 

 彼の目の前で、仕事を放り出し、奴隷を弄ぶ騎士達を見て、思わず口について出た。

 私はこんなやつらとは違う、彼の胸中を占めるのはそんな思いだ。

 騎士の騎士たる矜持を捨てては騎士などとは到底言えない。ただの力を持つだけの獣だ。

 もっとも、そんな状況を目の前にしながらも、行動を起こさない彼の騎士道もまた、奴隷を弄ぶ騎士達と同様に、歪んでいると言えるのだろうが。しかし、彼はそのことに気付くことはない。

 奴隷が断末魔の悲鳴を上げる。そんな時、工業都市全域に警報が鳴り響いた。

 このパターンは、都市への襲撃を示すものだ。

 ここの防衛を任されているのは、アルベールを含む彼ら自身であり、上司と言えるのは、この地方を支配する公爵だけだ。

 つまり、途中で手柄を横取りするような邪魔者はいない。

 ようやく手柄を立てる機会を得たとほくそ笑み、アルベールは、自らの武器であるそれへと走り出す。

 

「なんだ!?」

 

 ようやく反応を示す騎士達を見て、アルベールはさらに笑みを深くした。

 同僚とはいえ、あんな役立たず共に手柄をやる気はない。反応が遅いなら遅いでアルベールにとっては有利に働くことだ。

 そして、彼は、格納庫に保管された、ソレ(・・)へと目を向ける。

 武骨な、それでいて精錬された人型を模したシルエット。

 両の手には、騎士の象徴たる剣と盾。

 そして、その複合素材で造られた機械の身体を覆うのは、金属特有の鈍い光沢を放つ、鎧状の装甲。

 Machinery Chevalier、MCと通称される、この世界の戦場を席巻する人型機動兵器だ。

 もちろん、兵器として考えるならば、人型という形状は必然性が低い。Z軸方向の移動能力を持つ、という利点はあるものの、装甲面では不安も多く、一概に優れているとは言い難い。

 だが、貴族が世を支配する今、決闘などというやや時代錯誤な、見栄や形式が重要視されるのも事実だった。

 しかし、全高約5mの小型でありながら、機械仕掛けの(マシナリー・)騎士(シュバリエ)の名の通り、騎士そのものであるその堂々たる姿に、見栄や形式など口を挟む余地があるだろうか。

 その威圧感は本物であり、それ故に、騎士たる矜持を持つ者が駆るに相応しい。

 狭苦しいコックピットに素早く乗り込み、システムを立ち上げたアルベールは、歪んだ笑みを浮かべる。

 

「〈エクエス〉起動。さあ、行きましょうか」

 

 同時に、甲冑の奥に隠されたセンサーアイに光が灯る。

 遠隔操作でハンガーのシャッターを開き、薄汚れた世界が網膜に直接投影された視界一杯に広がる。

 足元では、まだ出撃の準備を終えていない同僚達が何か言っているが、アルベールは気にも留めなかった。

 

「おや、これは?」

 

 敵機がセンサーに反応。その数、8。光学カメラで捉えた映像が、彼の視界に表示される。

 その機体は、不恰好なタンクのようなシルエットを持ち、騎士団の機体ではまず、持つことがない連装の火器を装備していた。

 

「〈ガベージ〉ですか? 無様なことですねぇ」

 

 民間の重機を改修して作り上げた戦力など、本物のMCの相手ではない。そんなものを撃墜したとて、戦果が認められるとは到底思えなかった。

 一気に期待が冷めるのを自覚したアルベールは、舌打ちを漏らすと、レバーとペダルを操り、左手に保持した騎士盾(ナイツガード)を前に出して、違法改修された〈ガベージ〉へと駆け出す。

 根本的に、〈ガベージ〉は、MCの技術を大きく繰り下げて民間の所持を認められるレベルの性能にした重機である。

 確かに、重機として与えられた強力な馬力を持つアームや、不整地への適性を持つキャタピラーの機動性は脅威ではある。

 しかし、いくら銃火器を装備しようと、その機動性も速力もMCには遠く及ばない。

 〈ガベージ〉が、腕に保持したマシンガンから放たれる弾丸は、そのほとんどが騎士盾(ナイツガード)に弾かれるか、回避され、〈エクエス〉が右側から回り込むと、壊れたブリキ人形のように、のろのろと方向展開をしようとする。

 

「ははは! 遅いですねぇ!」

 

 素早く懐に入り込み、一閃。

 鋭く鍛え上げられた騎士剣(ナイツソード)は、容赦なく、〈ガベージ〉の機体を胴のあたりから両断する。

 それを確認すると同時に、背部のブースターユニットが火を噴き、機体をジャンプさせる。

 ようやく、〈エクエス〉に銃口を向けた〈ガベージ〉の頭を飛び越えて着地。振り向きざまに騎士剣(ナイツソード)を振り抜く。

 〈エクエス〉が次の獲物を求めて飛び退くと、切断されたジェネレーターから漏れたガソリンが、飛び散る火花で引火し、〈ガベージ〉の機体が内側から爆散する。

 

「さて、次の獲物は……おや、ようやくお目覚めですか」

 

 味方機がようやく動き出したのを確認するが、すでにそれは彼にとって、興味のある事柄ではなかった。

 敵は四方から攻め入っている。全て排除するのは当然だった。

 次の標的に目を付け、今度は地上に足を着けたまま、ブースターを蒸して加速。

 工場都市中心部を目指して侵攻する〈ガベージ〉を側面から強襲する。

 一閃。すれ違いざまに放った一撃で〈ガベージ〉を両断。加速のままに突っ込んで、次の〈ガベージ〉も叩き斬る。

 

「ふははは! この程度とは、何の価値もないではありませんか」

 

 残りの〈ガベージ〉は4機。反動勢力の反攻作戦にしても、くだらない戦いだったが、1人で全ての敵機を撃墜すれば、多少の褒賞はでるだろう、そう考え、次の獲物に狙いを定める。

 しかし、そんなアルベールの思惑は、部隊間で繋げられた通信から聞こえた悲鳴で覆されることになった。

 

「ほう……」

 

 レーダーに新たな反応。その数、4。

 どこからともなく現れたその4機は、彼が気を逸らし、〈ガベージ〉を撃墜するわずかな間に、同僚の騎士達を葬り去っていた。

 アルベールは警戒しつつも、センサーアイを敵の方角に向け、その状況を見て、驚愕に目を見開いた。

 二本の騎士剣(ナイツソード)を構え、撃破した三機の〈エクエス〉の間に佇む一機の漆黒に染め上げられたMCーー

 その状況を見てすぐに理解した。いや、理解せざるを得なかった。

 今の一瞬の間に、三機を撃墜したのは、他の誰でもない。あそこにいる、ただ一機のMCであると。

 

「ははは! 素晴らしい! あなたのような敵を討ち滅ぼしてこそ、私は正当な評価を得られる!」

 

 機体に該当データはない。だが、アルベールとて閑職とはいえ、MC乗り。

 目の前の敵が、何なのかは理解できた。

 第一世代MC〈ミセルコルデ〉。慈悲の名を与えられた、既に耐用年数を超え、廃棄されたMCだ。

 敵は、その機体を改修し、戦力として利用しているらしい。

 先ほどの〈ガベージ〉とは違い、MCではある。しかし、第二世代機である〈エクエス〉との差は絶対的だ。

 負けるはずがない、アルベールはそう信じていた。目の前で、その〈エクエス〉が三機も葬り去られたという事実があってなお。

 

「狩らせてももらいましょう!」

 

 かの〈ミセルコルデ〉と、彼の〈エクエス〉を阻むものはない。一直線の道路で結ばれたその先に、見つめ合う二機が互いにブースターを起動して加速する。

 〈エクエス〉が振り下ろした騎士剣(ナイツソード)を、漆黒の〈ミセルコルデ〉の二刀が受け止める。

 しかし、加速の乗った一撃が、性能面で劣る〈ミセルコルデ〉を大きく弾き飛ばす。

 体勢を崩した〈ミセルコルデ〉に対し、アルベールは、次々に追撃を繰り出す。

 漆黒の〈ミセルコルデ〉はその連撃を尽く捌ききるが、性能差からくる出力差は決定的で、受け止める度に、弾き飛ばされ、体勢を崩していく。

 

「まったく……張り合いがありませんねぇ!」

 

 ついに捌ききれなくなった、漆黒の〈ミセルコルデ〉が剣戟をもろに受け、斬り裂かれた腕が宙を舞う。

 続いて、騎士盾(ナイツガード)を叩きつけるように振るうシールドバッシュ。体勢の崩れた、漆黒の〈ミセルコルデ〉は為す術なく吹き飛ばされるかに見えた。

 が、次の瞬間。にわかには信じ難い光景が広がっていた。

 漆黒の〈ミセルコルデ〉は、半ばから切断された腕を、側面からぶつけることで、シールドバッシュの軌道をわずかにずらしたのだ。

 

「なっ!?」

 

 一閃。

 速やかに放たれた剣戟が、〈エクエス〉のシールドを保持した腕を斬り飛ばす。

 驚愕に固まった一瞬は命取りだった。

 慌てて機体を立て直そうとするもすでに遅く、大質量の盾を振り抜き、重心の崩れた〈エクエス〉は、致命的な隙を漆黒の〈ミセルコルデ〉の前に晒すことになる。

 再び、剣閃。

 今度は、騎士剣(ナイツソード)を保持した腕が宙を舞う。腕は剣を握ったままくるくると回って、地面に落ちた。

 完全に戦闘能力を奪われた〈エクエス〉は、無様にその場に転がるしかできない。

 

「ば、バカな……この私が、負けるなど……」

 

 アルベールは信じられない面持ちで、カメラ越しに〈ミセルコルデ〉を見つめた。

 ありえない。第一世代機でしかない〈ミセルコルデ〉で、第二世代機である〈エクエス〉を、まして、このアルベール・エレンタールを倒すなど。

 

「ありえん! ありえない! このような結末があり得るはずがない!」

 

 その時、半ば錯乱する彼の耳朶を、氷河めいた冷たい声が叩いた。

 

『自分が特別だと思っていたのか? 貴族騎士にありがちな妄想だな。お前は確かにそこそこ強い。だが、それだけでしかない』

 

 それが、目の前の〈ミセルコルデ〉のパイロットの声であると理解したアルベールは、その言葉に込められた侮蔑を感じ取り、怒りのあまり、斜陽のごとく顔を赤く染める。

 

「ふざけるな! 私は、私は!」

 

 そうだ、私はこの下劣な男に容易く殺されたようなクズ共とは違う。騎士としての才能も、人としての在り方も。

 

『お前は特別なんかじゃない。自分の力も弁えられない、ただの道化だ』

 

「ありえん、ありえるか、そんなことが!」

 

『どうした? お得意の慇懃無礼な仮面が外れているが?』

 

 その凍てつく冬の大気の如き声に、死神の足音を聞いたアルベールは、慌ててレバーとペダルを操作した。

 しかし、両腕を失った機体は、すでに反応がない。そして、脱出しようにも、うつ伏せに倒れていてコックピットは開かなかった。

 

「くそっ! くそっ! こんなところで私は!」

 

『じゃあな、愉快な妄想に溺れたまま朽ち果てろ』

 

 コックピットを正確に狙う剣の切っ先が見えた。鋭くも鈍く輝くそれが振り下ろされる光景が、アルベール・エレンタールという男の最後に見たものだった。

 口から止めなく粘性の液体が溢れ出る。

 

 ありえん、この私がーー

 

 最後まで敗北を認められぬ、そんな思考を最後に、彼の意識は二度と戻れぬ暗闇へと吸い込まれた。

 

 

 

『こちら、《フェンリル》。都市中枢は制圧完了。ジン……じゃない、《フリズスヴェルク》、そっちはどう?』

 

 つい先ほど、撃墜した〈エクエス〉の前に立つ、漆黒の〈ミセルコルデ〉。彼らはそれを〈ヴェンジェンス〉と呼んでいた。

 そして、そのコックピットに座るのは、くすんだ赤みがかった黒の髪をしたまだ年若い、少年といっていいほどの男だった。

 その燃え盛るような真紅の瞳は、無感動に今しがた騎士剣(ナイツソード)で刺し殺した貴族の血で紅に染まる〈エクエス〉のコックピットを見つめていた。

 その様子は、どこか懺悔しているようでもあり、憎悪しているようにも見えた。

 少年は小さく息を吐くと、アルベール・エレンタールに向けていた、凍てつくような声音のまま、通信に答えた。

 

「こちら、《フリズスヴェルク》。こちらも問題ない。MC部隊を制圧した」

 

『……なんか怖いんだけど』

 

 少年の答えに、通信の向こう側の少女は、ぼそりと、小さく文句を零した。

 少年は特に気にした様子も見せず、それを黙殺し、少女ではなく、別の人間に向けて話しかけた。

 

「任務は完了だ。《テルミドール》、後はお前の仕事だ」

 

『ちょっと、無視しないでよ!』

 

『了解している。実働部隊各員へ告ぐ。作戦終了。全ての部隊は一度、中枢施設へと集合しろ。指示は追って下す』

 

『『「了解」』』

 

 そして、その言葉を最後に、少年は全ての通信を切断し、もう一度、血塗られた〈エクエス〉のコックピットを見やる。

 しばしの間、それを見つめ続けた少年は、不意に歪んだ笑みを浮かべた。

 しかし、次の瞬間には、幻だったかのようにその笑みは消えて、いつもの仮面めいた無表情に戻った彼は、機体を操り、その場から歩き去って行った。

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