艦これ変身ヒーロー風味   作:ハピ粉200%

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舞えよ雲、海凪ぐ空へ2

 セーラー服の少女、紫は駆逐艦" 叢雲 "であった。

 そんな驚きにおののく暇もなく、風吹は突き出してくるマストを避ける為に飛び退いた。

 簪のような飾りは鋭く研がれた刃のようになっており、艦娘の力でもって振り抜かれた一撃は、容易く風吹の身体を二つに両断してなお余りある。

 一足飛びに十メートルは距離を取った風吹だが、直後に 叢雲は腰だめに構えたマストを持って詰め寄る。

 驚いた風吹が咄嗟に上体を逸らし、スゥエーで突きを避ける。

 しかし簪の刃が腹から掠り、上着と共に薄皮を切り裂いた。

 

「こ……のっ!」

 

  叢雲は そのままマストを引き、今度こそ風吹を引き裂こうとしたが、殺気を察した風吹が足のばねだけで更に後ろへ跳ぶ。

 ざばりと、浅瀬へ脚がつく風吹。

 破れた上着を押さえながら、見渡すと浅瀬へ近づける駆逐イ級を初めてとする艦隊が押し包むように展開していた。

 

「ぴょんぴょん逃げてないで、大人しく切られなさいっ!」

 

 言いながら、 叢雲は腰に腰部から伸びるアームを風吹へと向ける。

 その先端には12.7cm連装砲が搭載されていた。

 どん、と腹に響く低音と共に砲弾が打ち出される。

 安定性が悪いためか風吹の直前に外れて着弾したが、水と泥を大量に巻き上げた。

 

 それを皮切りに、好機と見たか展開した深海棲艦からの砲撃が続く。

 5inch砲や8inch砲の砲撃が着弾し、詰め寄ろうとした叢雲は舌打ちと共に飛び退いた。

 無数の水柱と泥が跳ねる砂浜。

 海面ごと全てを耕さんとするような滅多撃ち。

 戦艦クラスですら生きていないであろう猛攻に、叢雲は面白くなさそうにマストを握る手を下ろした。

 

 その瞬間――

 

 爆煙を切り裂いて、光が飛び出した。

 機関、脚部、魚雷、そして両腕に堅牢な砲塔を巻いた"吹雪"が、勢いよく飛び出したのだ。

 破れた上着を自ら切り裂いて胸に巻き付けた吹雪が、切れ端をたなびかせながら海原を疾る。

 叢雲が付けた傷以外には大事なく、機関や武装は動いているようだった。

 それを見た叢雲は、にぃと口の端を吊り上げる。

 

「存分に暴れなさい、吹雪。人間が大好きな吹雪。そして、ここで沈みなさい……ッ!」

 

 砂浜から飛び出した叢雲が、海原に出る。

 そして二本のアームから伸びる砲を吹雪に指向し、進行方向と同航しながら砲撃。

 毛色の違う砲弾に気付いた吹雪が右手を振り上げ、防御する。

 かちん、と弾かれた12.7cm砲弾に思わず叢雲は目を剥いたが、構わず2撃、3撃と砲撃を続ける。

 小刻みに身体を揺らした吹雪に直撃は回避されるが、至近弾によるダメージは着実に吹雪の身体を蝕んでいた。

 

「どうしたの、撃ち返して来なさいよ、吹雪ぃッ!」

 

 ぎり、と唇を噛んだ叢雲が吠える。

 頑なに撃ち合おうとせず、回避と防御に徹する吹雪に叢雲は左腕の魚雷発射菅を吹雪の未来位置へ向ける。

 

「あんたが撃たなくたって、人は殺す。あんたも殺す。全て……殺し尽くしてやるんだからッ!」

 

 言いながら、叢雲は三線の魚雷を投射。

 続いて微妙に角度をずらしたもう一基の魚雷発射菅から二線の魚雷を発射。

 叢雲の魚雷発射動作を見て取った吹雪は、思いっきり右に舵を切る。

 しかしどちらに舵を切ろうとも、命中する位置を計算していた叢雲の魚雷は吹雪を逃がさない。

 舵を切った自らへ突き進む魚雷を見て取った吹雪は目を見開き、叢雲は目を細めた。

 だが、突如吹雪は奇妙な行動に出る。

 くるりと体勢を前後入れ換えた吹雪。

 後進する体勢のまま、思い切り力を込め前進する。

 まるで航空機のスラストリバーサーのように、急速なブレーキで速度を落とす。

 艦船であっては、どう転んでも不可能な挙動。

 しかし、艦娘であればその限りではないのだ。

 叢雲の魚雷はギリギリ、吹雪の鼻先をかするように過ぎ去った。

 

「上手いもんね、吹雪。さすが1番艦だわ」

 

 そう誉める叢雲の声が近くて、吹雪は戦慄した。

 振り返った吹雪の先には、至近距離。

 残る最後の魚雷1本を装填した魚雷発射菅を向ける、叢雲の姿があった。

 

「だから引導は私の手できっちり渡してあげる。

 あんたは泣かず、喚かず、静かに眠りなさい」

 

 どう、と発射される魚雷。

 速度の落ちた行足で、数十メートルの至近距離。

 叢雲が過つ筈もなく、吹雪がそれを避けられる道理も無かった。

 だから――

 

「シクヴァール……」

 

 吹雪は下唇を噛み締め、静かに脚部にマウントされた特殊魚雷に火を入れる。

 吹雪唯一の兵装にして、必殺の魚雷へと。

 

「イグニッション……ッ!」

 

 どん、と。突如吹き上がった火柱に叢雲は目を焼かれ、思わず立ち尽くした。

 そして、それが命取りとなった。

 

「な――っ!!」

 

 一瞬で加速した吹雪が魚雷を飛び越え、眼前へ迫る。

 叢雲がそうであると認識する前に、吹雪の右拳は叢雲を捉えていた。

 ――衝撃。

 かつてない、艦船であった頃すら感じたことの無い衝撃に、叢雲は木の葉のように吹き飛ぶ自分を信じられない思いで見ていた。

 臓腑から噴き出す血を食みながら、背中から海面へと叩き付けられた。

 

「……シクヴァール、バーンアウト」

 

 右拳を振り抜いた体勢のまま、吹雪は燃焼の終わった特殊魚雷を切り離す。

 振り返った吹雪の目に映るのは、大破状態で浮かぶ叢雲の姿。

 腰部や背中にマウントされていた擬装は完全に破壊され、どす黒い重油を垂れ流しながら沈んでゆく。

 手に持っていたマストも折れ曲がり、刃は衝撃で粉砕されたのか跡形も無かった。

 本人も意識はあるのか微かに蠢いているが、内臓を傷付けたのか口から大量の血を吐いていた。

 

「……叢雲」

 

 吹雪はその有り様を見ながら、後悔せずにはいられなかった。

 シクヴァルを、使わざるを得ない状況に陥ってしまった自らに対して。

 辛うじて身体へ直撃させることは避けたが、衝撃の余波で既に瀕死状態となってしまった。

 戦艦クラスですら穿つ一撃である。駆逐艦の装甲など紙を引き裂くのに等しい。

 吹雪にとって、手加減しながら無力化するようなやり方は、最も苦手とする所だった。

 まあ、シクヴァル以外に武装が無いと言うのに尽きるのだが。

 

 回頭し、助け起こそうと叢雲へ向かう吹雪。

 しかし、周りで展開していた深海棲艦はそれを許さなかった。

 叢雲が戦闘力を失ったと見て取るや、今まで控えていた全力射撃を開始。

 叢雲に当たる事も構わず、包み込むような弾幕で吹雪を包み込んだ。

 

「畜生……ッ!」

 

 吹雪は叢雲に近付く事を諦め、砲撃先を遠ざけるために距離を取るしかなかった。

 再び増速する吹雪に対し、深海棲艦水雷戦隊が一斉に魚雷を放つ。

 二十線以上にも達するそれを見やりながら、再び吹雪はシクヴァルを向ける。

 

「お前たち、生きて帰れると……思わないでよッ!」

 

 ズキズキと疼く胸元、叢雲の刺し傷を押さえながら吹雪は歯を剥き出して吠える。

 全ての憤りを、深海棲艦へと転化しながら吹雪は戦うのだった。

 

 約一時間後。

 約半数の深海棲艦を沈めた吹雪は、漸く戦闘海域を離脱する事に成功した。

 シクヴァルも使いきり、満身創痍な吹雪が叢雲の大破漂流地点までやって来ると、そこには何もいなかった。

 どす黒い重油と、僅かに残る小さな残骸だけがここにかつて少女がいた痕跡を示していた。

 

「むら、くもぉ……」

 

 吹雪は重油が手につくのも構わずべチャリと膝をおると、しばらく叢雲の為に泣いた。

 日はすっかり沈み、静かな海に吹雪の嗚咽だけが響くのだった。

 

 * * *

 

 夜に二人部屋へ戻った風吹は、ボロボロの様相を見てパニックになった舞に慌てて服を剥ぎ取られ、風呂に頭からざぶんと浸からされた。

 

「ちゃんと肩まで浸かって、傷が治らないよ?」

「はぁーい……」

 

 母親のような小言を言いつつ、風吹の対面に入る舞。

 彼女は腰まで届く黒髪を纏めあげ、風吹をぷりぷりと怒った。

 

「この高速修復材も安く無いんだからね?無駄にしないでね?」

「分かってますよーだ」

 

 拗ねたように言いながら、ブクブクと口まで浸かる風吹。

 それを見た舞が溜め息をつきながら、んん、と背伸びして身体を弛緩させる。

 風吹のしおらしい姿を見て安心したのか、顔から緊張が抜けていた。

 

 高速修復材――それは妖精さんかもたらされた技術の一つで、一気に艦娘の傷を修復させる液体である。

 最も効果を発揮する温度は41℃付近であり、舞はそれを使用する際に風呂釜に放り込んで風吹を浸からせていた。

 どんな深い傷も癒す優れものだが、問題は製造コストである

 

 南海のごく一部で採れる希少な植物を原料に精製されるらしく、妖精さんのツテで稀に手に入れる以外は現状入手手段がなかった。

 現地まで取りに行ければあるいは……と、思われるが現状では手が届かない。

 このままのペースで使用すれば枯渇するのはそう遠い未来では無かった。

 

 また、その成分は特に人体にも悪影響は無い。

 なので、当然のように二人は一緒に風呂に入っていた。

 

「風吹?今日はどうしたの?」

「……」

 

 大破は珍しくもないが、笑顔だけは絶やさなかった最近の風吹。

 しかし、今日はどうやら様子が違うことに舞はいち速く気付いていた。

 辛抱強く風吹から言い出すのを待っていた舞だが、風呂の熱に浮かされたぼうっとした頭で、気が付けば風吹へ訊いていた。

 

「……村山 紫さん、てさ。知ってる?」

「え?」

 

 返事が来ないかと思って諦めていた舞が、不意打ちのように出た名前に背筋をピンと伸ばす。

 意外なものを見たかのような舞の驚き顔に、風吹は逆に驚かされた。

 

「……もしかして、知ってるの?」

「まあ、うん」

 

 こくりと、あっさり頷く舞に、益々風吹の目が見開いた。

 

「風吹こそ、覚えてないの?小学校の時、一緒のクラスだった……」

「へ?……あ」

 

 奇妙な声を上げながら、風吹は過去の記憶を思い出していた。

 村山、紫。ゆかり。むらさきさん。

 過去の風吹は、確かにその呼び方をしていた。

『ゆかり』と言う字が読めなくて、『むらさきさん』と呼んでいたのだ。

 奇妙なポーズで固まった風吹を怪訝な顔で見ながら、舞は風呂釜の縁に頭をのせてほう、と息を吐く。

 

「紫ちゃん、あんまり私は関わらなかったけど、風吹には何かと突っかかってたよね?」

「そう……だっけ」

 

 霞がかかったような過去の記憶。

 三年前の事件以前の記憶は、つい最近まで風吹にとって忘れ去りたい記憶だった。

 友情も同情も、憐憫も優しさも。その裏返った先にある嫉妬と妬みも。

 一律に舞以外のものは全て、締め出してきたのだ。

 

「……もしかして、会ったの?風吹」

「あ……」

 

 そして、風吹は気付いた。気付いてしまった。

 彼女は三年前の事件の後、消息を絶った。

 それは別に彼女に限った事ではなく、彼女の家族と共に何処へか消えてしまったのだ。

 夜逃げである。

 周囲の住人から疎まれたあげく、一家は揃って姿を消した。

 その原因はというと、『呪われた一家』と噂されたからだ。

 

 当初、村山家は比較的海に近い所にあった。

 しかし、深海棲艦出現以降は、事ある毎に砲弾が敷地に飛んできた。

 最初は偶然だと言い張れても、2回、3回続けば噂は真実になる。

 一家は引っ越しを決意し、もっと内陸部へと移り住んだ。

 しかし、引っ越した次の日。新たな敷地に砲弾が落ちてきた。

 それから2回、3回と。各地を点々としていったが、必ず災厄は付いて回った。

 海から砲弾の届きようがない山奥へ越してさえ、砲弾は落ちてきた。

 

 一家の噂は大きく広まり、父親は仕事を辞めざるを得ず、母親は狂気に陥って度々奇声を上げるようになった。

 終には一家は何処へか夜逃げし、蒸発した。

 どこかで心中したとも、山奥で隠れ住んでいるとも噂されたが、そこから先は風吹は知らない。

 

 ただ、いつもムスっとした表情で突っかかって来ていた彼女の顔。

 それが新聞に載った無表情の紫の顔となかなか結び付かず、違和感しか覚えなかった事を風吹は思い出していた。

 

 あのとき会った叢雲は、確かに風吹を見て微かに微笑んでいた。そして、迷っていた。

 ついて行く、と言って、喜んでもいた。

 

 ふざけて言ってはいたが、彼女は風吹を問答無用で不意討ちしても良かったのだ。

 それをせず、了解を取ったのは彼女の迷いがさせたのだろう。

 "友人"を傷付けたくない、という彼女の心が。

 

 彼女は確かに人間を憎悪し、深海棲艦と与していたかもしれない。

 その後、最初に鞘走ったのは紫であり、風吹は正当防衛だと言い張る事も出来るだろう。

 

 しかし、確かに彼女は求めていたのだ。

 人間でも深海棲艦でもない、昔からの知り合いであり、自分と同じ『艦娘』である風吹に。

 

「手を……繋ぎたかった?」

 

 繋がりを。淡い友情を。風吹なら繋いでくれるかも知れないと期待して。

 そして、それを裏切ってしまったのだ。最悪の形で。

 

「どうしたの、風吹?風吹ってば」

 

 舞の心配する呼び声も、風吹にはどこか遠くに響いていた。

 急速に癒えていく身体と裏腹に、ぽっかりとした穴のようなものが身体の中心から開いたような気がしていた。

 胸元の痕は癒えた筈なのに、痛く、痒く、そして寒々しかった。

 

 * * *

 

 深い暗い海の底。

 澱の中に棲む者たちの前に、二つの『荷物』が届けられた。

 荷物を担いできた異形は、魚類のようなぬるりとした体表と、長い髪を無秩序に伸ばした女の上半身を持つ深海息艦。

 潜水カ級である。

 水中速度を稼ぐための流線型のフォルムを持つ彼女たちは、あらゆる深海棲艦の中で最も多くの艦船を沈め、人間からはだかつの如く嫌われていた。

 

 担いだ筵にくるまっている人影。方々から血を流し、腕は折れ曲がり、破れた腹から腑がはみ出しているが、辛うじてそれは生きていた。

 白く濁った瞳で、当て身ない先を無表情で見据えながら。

 

『コレデヨウヤク……ワカッタ』

 

 届けられた人影を見ながら、黒く巨大な澱が喋る。

 山のように大きく、澱んだそれは三日月のような口を開き、誰に聞かせるでもなく話していた。

 

『"1号"ガ、イル。サンネンマエニウシナワレタ……ヤツノカケラガ』

 

 くつくつくつ、とそれは笑った。

 金属の擦れあう悲鳴のようなそれは、確かに笑い声であった。

 

『チョウド、ソザイモソロッタ。オンネンヲタメ、シニカケタムスメ。ソレト――イブツ』

 

 澱が、届けられたもう片方の荷物に手を添える。

 筵をほどくと、中には金属のかけらが入っていた。

 赤錆が隈無く覆い、元が何であるか既に分からないそれを持ち上げ、ぺろりと舐める。

 すると不思議なことに、赤錆がごそりと取れ、鈍い輝きを放つ金属――刃の破片が見えてきた。

 

『ムスメヨ。イキタケレバ、テヲノバセ』

 

『荷物』として届けられ、ぼんやりした瞳でそれを見ていた人影は少しだけ頭をあげた。

 はっきりしない視界の中、それは己が手を繋ぎたかった者――"風吹"に見えた。

 理性も感情も欠落したような心の中で、唯一己の願望のみが身体を突き動かし、手を伸ばしていた。

 ずぐり、と。

 刃は鈍い音を立てて右腕の肉を引き裂き、骨を断ち、心の臓まで達するとそれを引き裂いて食い散らかした。

 あ、あ、と短い悲鳴をあげる人影は、やがてびくりと身体を震わせて動かなくなった。

 たらふく少女の肉を喰らった刃はやがて鳴動し、膨れ上がる。

 ぶくぶくと盛り上がり形を変えるそれは、まるで今喰らった肉を補うように形を変え、少女と一つになる。

 どくんどくんと脈動する心臓も再生され、傷にまみれた少女の手はピクリと動く。

 

『メザメヨ、"2号"』

 

 澱の言葉に合わせ、少女が立つ。

 相変わらず壮絶な出で立ちだったが、その足は確りとしている。

 破れきった靴を脱ぎ捨て、少女は微笑んだ。

 

「ふぶきぃ……」

 

 内臓を喰われ、恐ろしい何かに変えられる恐怖も忘れ、少女は両手を上げて跳ねる。

 あたかもそこに風吹がいるかのように、見えない幻想を掴み取ろうとするかのように。

 

『フブキハアッチヨ、アッチニイルワ』

「え……うん」

 

 ふと澱に示された先。

 それには、特徴的な三角屋根の灯台を持つ港が映っていた。

 きらりと光る刃を携えて、少女は歩き出した。

 

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