365日の魔法   作:アンパン食べたい

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驚き、驚かし

 由比ヶ浜。鎌倉市南部のその浜辺に俺たちはやってきた。

「うーーーーー海にゃ!」

「待ってよ、凛ちゃん!」

 はしゃぎながら海へと駆けていく凛と花陽。あの後、凛とは和解した。ただし、条件付き。

「あー、重い」

 俺の肩には全員分の鞄。そして両手には大量の紙袋。あの日の秋葉原以来の荷物量だ。しかし凛はともかく、なぜ西木野さんと花陽の荷物まで持たないといけないんだ。凛との約束には含まれていなかったんだが。

 海から少し離れた砂浜で、落ちていたタイヤの上に腰掛け、荷物を全て下ろす。あー、肩が痛い、腕が痛い。

 肩を揉んでいると、西木野さんがすぐそばの流木の上に座った。足を組んで海を眺める様子が様になっている。綺麗だよなぁ。いや、見惚れている場合ではない。ここがおそらくラストチャンス。西木野さんと二人きりになった今しか、頼める機会はない。

「楽しそうだな、あいつら」

「そうね」

 楽しそうに水をかけあっている凛と花陽。正確には凛が一方的にかけているのだが、それはともかく。これまで先輩たちもこの校外学習で仲の良い友達を作ったのだろう。しかし、これからは。

「もし廃校が決まったら、こういう風にはしゃぐ人がいなくなっちゃうんだよな」

「……どこか別の学校の生徒がやるでしょ」

「後輩ができないって聞いたら、あいつらどんな顔するんだろうな……」

 ちらりと西木野さんの様子を伺う。表情には何も出ていなかったが、その目はまっすぐに凛たちを見ている。

「悲しむだろうな……」

「……」

 もはや西木野さんは何も答えない。ただ固く口を閉ざし、どこか虚空を見つめている。彼女の機嫌を損ねてしまったかもしれない。

 それでも。それでも、俺は彼女に頼み続ける。それがいつか、笑顔に繋がると信じて。だってそうだろう?このままでは今の一年生全員が悲しむことになる。後輩のいない高校生活を送ることになる。

 頭に一人の先輩が思い浮かぶ。あの先輩だって、強がってはいたものの一瞬だけ見せたじゃないか、悲しそうな顔を。暗い顔を。

 後輩も同級生もおらず、ただ一人で部活をやっていたあの先輩。未だ名前も知らない先輩。それでも約束した。絶対にライブを見せる。そのためには、西木野さんに作曲をしてもらう必要があるのだ。

「西木野さん、頼むよ。作曲をしてくれ。音ノ木坂のために。凛や花陽のためにも」

「私だって彼女たちが悲しむ所は見たくないわよ。でも仕方ないじゃない。私にはどうしても成し遂げなければならないことがある。アスはそれができると保証してくれるの?」

 初めて聞いた。西木野さんが作曲をしたくない本当の理由を。彼女のはやらないといけないこと、それはいったい何なのだろうか?バイト?勉強?いや、類推しても仕方ない。俺が言えるのはただ一つ。

「保証はできない。でも、責任は取って見せる。もし西木野さんが作曲をして、そのせいでそのやらなければならないことができなくなってしまう事態になってしまったら、いや、そうなる前に西木野さんを全力でサポートする。なんなら俺の高校生活を、その後の人生を全て捧げてもいい。西木野さんが譲れない理由があるように、俺にだってどうしても西木野さんに作曲してほしい理由があるんだ。覚悟はできている」

「い、一生を捧げるって⁉︎い、意味わかんない!」

 顔を赤らめた西木野さんに意味がわからないと言われた。……結構必死の覚悟で言ったんだけどなぁ。だって本当に命がかかってるんだもん。園田先輩怖すぎる。

 と、その時。

「ぷっ、ふふふ……ふふふふふふ、あはははは!」

 突然西木野さんが笑い出した。それも腹を抱えて。ど、どうしちゃったんだ⁉︎頭がおかしくなってしまったのか⁉︎

「わ、笑える……!ダメ、腹筋割れそう!」

「に、西木野さん……?」

 一頻り笑った後、笑い過ぎで涙目になっている西木野さんが目を擦りながら何かを手渡してきた。イヤホンだ。そのコードは西木野さんのスマホに繋がっている。

「聴いてみて」

 イヤホンを耳に差し込む。流れてきたのはピアノのイントロ。初めて聴く曲だ。続いて歌声。これは西木野さんの声だ。まさか、これが西木野さんが作曲した曲なのか?

 ……すごい。音楽には詳しくないからそこまでの感想は述べられないけど、すごい。はじまりの躍動感を感じる。それに元気いっぱいな、まるでアイドルのような。……まさか。

 まだ曲は途中で名残惜しいけど、イヤホンを耳から外す。彼女に確認をしなければ。

「これ、西木野さんが作曲したの?」

「ええ、そうよ」

「μ'sに提供する楽曲なの?」

「もうしたわよ」

 ……へ?もうした?

「ちょ、ちょっと待って!もうしたってどういうこと⁉︎」

「月曜から作曲は始めたわ。おかげで少し寝不足になっちゃったけど。それとね、よく分からないんだけど高坂先輩に頼まれたのよ。アスには作曲していることを絶対に言っちゃダメだって。それで昨日の朝、曲が完成したから届けに行ったの。そしたら、土曜日、つまり今日アスの頼みを了承してって。それにしてもとっても面白かったわ。アス、何も知らずに作ってくれ、作ってくれってずっと頭を下げているんだもの。最初は可哀想にと思って優しくしようかと思ったんだけど、やっぱり断ってる方が反応が面白かったわ」

「高坂先輩と連絡でも取ってたのか?」

 西木野さんがスマホの画面を操作する。すると、一通のメール。『ありがとう!!!』という本文。差出人には高坂穂乃果先輩という文字。宛先のところには一つのメールアドレス。あ、これって……。

「音楽室で歌詞を貰ったときに、教えてもらったのよ」

 なんとなく、話がわかった。つまり、高坂先輩は俺をマネージャーにするために策を練ったわけだ。ああ見えて高坂先輩は結構頭の回転が速いのか?いや、そんなことよりも。

「俺の今までの努力は無駄だったのか?さっきの覚悟は?」

 というより、頑張って西木野さんのご機嫌を取ろうとした今までの努力は?俺は何のために凛以外の人の荷物を持ち、みんなにコロッケを奢り、未だ飲み物代を受け取ってなくても怒らないでいるんだ?

「まあ、そういうことね」

 全て骨折り損のくたびれ儲けってわけか。あーあ、急に脱力感。

「そっかぁ。本気で人生捧げるつもりだったんだけどなぁ。だって死ぬよりマシだし」

「それよ!何なのよ、それ!プロポーズみたいで恥ずかしかったじゃない!」

 ああ、たしかに言われてみればプロポーズみたいだ。もう少し言葉は選ぶべきだったな。奴隷になります、とか?どこの武装した探偵だよ、俺の目指す探偵とはベクトルが違うな。

「悪かったよ、西木野さん。16歳の女子、法的に婚姻が認められている人に言うべきではなかったね」

「そうよ、まったく。……え?」

 軽く伸びをする。体に重くのしかかっていた悩み事がなくなり、とてもはしゃぎたい気分。よし、俺も海に行くか。

「凛ー!花陽ー!俺も混ぜてくれー!」

 靴と靴下を脱ぎ捨てて海に向かって走る。軽くなった俺と財布。頬を濡らすのはきっと海水だ……グスッ。

 

 

 

「もうクタクタにゃ〜」

 思いっきり遊んだ後、俺らは江ノ電の駅に向かって歩いている。もちろん、荷物持ちは俺。言うまでもないだろう。

「時間、余っちゃったね。どうする?銭洗弁天に行く?」

 花陽がおそらく俺に気を遣って銭洗弁天を提案してくれる。その気持ちはありがたいけど、今日の主役は俺じゃないんだ、遠慮しておこう。

「いや、いいよ。俺も遊びすぎてクタクタだからそこまで行く気はしないし。それよりもさ、この駅の近くにスイーツ店があるらしいんだよ。ケーキ食べない?俺が奢るから」

「け、ケーキ⁉︎行きます!」

「凛も行きたーい!」

「まあ、いいけど」

「よし、行こうぜ!」

 駅から徒歩二分のところにあるお店。そこのテラス席に座ると、まず凛と花陽が店内に注文に行った。俺が奢るということで、二人にはそれぞれ500円玉を持たせた。もちろん、西木野さんにも渡してある。

「急にどうしちゃったのよ。ケーキなんて都会でも食べれるんじゃなかったわけ?しかも奢るって?」

 二人きりになったところで、西木野さんが尋ねてくる。まあたしかに気になるよな。

「誕生日プレゼントだよ。西木野さん、誕生日おめでとう」

「ゔぇえ!何で⁉︎何でアスが私の誕生日を知ってるのよ⁉︎」

 予想通り、今日は彼女の誕生日だったんだな。まあその推理にはいくつか理由はある。

「まずは鎌倉彫の箸だな。あれはプレゼント用なんだけど、西木野さんはそんなに交友関係が広くないからね。自分へのプレゼントなのでは、と思ったんだ」

「……私の交友関係が広くないってことには今はつっこまないであげる」

「次に、鎌倉駅近くのケーキ屋。あのとき蝋燭の立て方について悩んでいたよね?しかも16本」

「盗み聞きなんて趣味悪いわね。まあ、それも今は置いておこうかしら」

「一番の決め手はメールアドレス。maki.N0419@○○○.jp。今日だよね、4月19日」

 俺の話を店の外を見ながら聞く西木野さん。やがて彼女は俺の方を向くと俺を睨む。

「ストーカー」

「うっ。申し訳ないです」

 た、たしかにストーカーっぽいな。いちいち彼女の行動に注視して、メアドまで暗記するなんて。俺は通報されちゃうのか?逮捕されちゃうのか?そっぽを向いてしまった西木野さんの表情は読み取れない。

「佐々木君、西木野さん。次どうぞ」

 花陽と凛が戻ってくる。持っているプレートの上のショートケーキは美味しそうだ。

「じゃあ行こっか」

 西木野さんに呼びかけるも、彼女は無視して店内に。あれ、相当怒ってらっしゃる?そんなに嫌だったのかな……。

 店内に入り、サンプルが展示されたガラスケースの前へ。どれも美味しそうだけど、それより前に西木野さんに謝らなくちゃ。

「西木野さん。ごめん」

「本当に反省してるわけ?」

 首肯する。すると彼女は横髪をクルクル弄りながら、少し恥ずかしそうに言う。その姿に少しだけドキッとさせられる。

「じゃ、じゃあ私のことは名前で呼びなさいよ。いつまでも西木野さんなんて呼ぶのもアレでしょ?それに私は名前で呼んでるし」

「名前っていうか、ニックネームだよな」

「え?名前でしょ?」

「え?」

「え、違うの?佐々木アスじゃないわけ?」

「うん。佐々木飛鳥だよ」

 うーん。たしかに、俺の周りには俺のことを飛鳥と呼ぶ人はいないな。でも、普通アスが名前とは思わないよな?西木野さんって大人っぽく、クールな外見に反して意外と天然なのか?

「と、とにかく!私のことは名前で呼ぶこと!」

「わかったよ、真姫」

「そ、そう。それでいいのよ」

 ソッポを向いた彼女の顔は赤かった。何だか微笑ましいな。そんなにアスが名前だと勘違いしていたのが恥ずかしいのか?

「でも、私の誕生日なのに星空さんや小泉さんと同じ金額なのね」

 含みのある笑いを浮かべながら西木野さんが近づいてくる。し、しかしですね、これ以上出すとなるとそろそろ財布が空っぽになるというか。

「作曲もしてあげたんだけどな」

「……わかったよ」

 俺は自分が持っていた500円硬貨を彼女に手渡す。

「ほら、じゃあ千円な」

 財布を開く。入っているのは千円札と10円玉、1円玉が複数。……うん、俺は一番安いやつでいっか。

 俺より先に会計を済ませた真姫はテラスへと行く。

「あ、後で連絡先を交換してくれるかしら?」

 

 

 

「1番線、まもなく列車が発車いたします。閉まるドアにご注意ください」

 校外学習が終わり、現在鎌倉駅の改札前。解散後、多くの人がお土産店にいったり、ボーリング場で二次会を行おうとする中、俺は真っ先に帰宅を選択。が、もう何回目になるかわからないアナウンスを聞く。

「どうしよう、詰んだ」

 もう一度、ICカードの残金を確認する。100円もない。次に、財布を開く。700円。まずいな、新橋にすら行けない。

 どうする?誰かにお金をくれないか頼んでみるか?……やめておこう。音ノ木坂学院の制服を着ている今、学校のイメージを悪くするようなことはしないほうがいいだろう。ただでさえ廃校のピンチなのに。

「やっぱり品川まで行ってあとは歩くしかないのか……」

「何してるのよ、アス」

「あ、西木野さん、じゃなくて真姫」

 改札前で悩んでいたら西木野さんがやってきた。手には鎌倉彫の店の紙袋。……もしかして箸を買ったのか?

「あ!まだ飲み物代もらってないよね⁉︎真姫!今すぐ紅茶代をくれ!」

「え、ええ。いいけど……」

 鞄から財布を取り出す真姫。どうでもいいけど高そうな財布ですね。しかしこれでやっと帰れる。

 ……と、思ったのだが。

「……ごめん、細かいのがないみたい」

「え……」

 開いた口が塞がらないとはこういうことか。そういえば財布もさっきから開けっ放しだな。それに真姫も気付いたみたいだ。

「もしかして、帰りの運賃がないわけ?……はぁ。仕方ないわね」

 財布から紙幣を取り出す真姫。しかしその紙幣は諭吉である。いや、普通に野口さんでいいんだけど。

「今、一万円札しかないから、これでチャージしてくれるかしら?」

「あ、ありがとう」

 一万円札しかない?まさか真姫って本当にお嬢様なのか?親は資産家か医者か?

「来週学校で返してくれればいいから。それじゃ」

 改札を通ってすぐ、彼女は振り向いた。口を少し動かすも、何か迷っているかのように目線が落ちつかない。やがて、彼女は意を決したようで、まっすぐ俺を見据える。目が合い、無性に恥ずかしくなった俺は、階段を降りてくる大量の人に意識をそらす。だから、うまく聞き取れなかったのだ。

「ありがと」

「え?」

 大量の人が改札になだれ込み、真姫の姿が見えなくなる。再び視界が開けた時には、すでにそこに赤髪の少女はいなかった。

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