365日の魔法 作:アンパン食べたい
俺がマネージャーになってから10日くらいたった。μ'sのマネージャーは大変である。早朝から神田明神で朝練、昼休みと放課後は屋上で練習、夕方も日が沈むまで神田明神で練習。超多忙である。しかも、みんな時間よりだいぶ早くに集合しているのである。初めて来た時は遅刻したかと思ったくらい。
さらに、このマネージャーの仕事のおかげでクラスの人とは余計に関わりがなくなって、嫌われ始めている。一例を挙げておこう。
あれは、朝練が長引いて走って登校した後のことだった。
『あー、疲れた』
机で突っ伏していた俺の耳に、女子の会話が入り込む。
『ちょっと!テスト生の佐々木君、汗かいてる!』
『え⁉︎嘘⁉︎』
気になった俺はその女子たちの方を見た。そしてはっきり見たんだ、この目で。彼女たちの目がキラッと光るのを。あれは涙だ、間違いない。そんなに汗をかいた俺が気持ち悪かったのか、そう思って俺が泣いたよ。
よくわかっただろ、俺が嫌われてるって。
閑話休題。
「μ'sでーす!」
「よろしくお願いしまーす!」
「……」
四月の終わり、いよいよ明日にライブを控えたμ'sとマネージャーの俺の四人は現在、秋葉原にてチラシを配っている真っ最中。なぜそんな事をしているのかというと、今朝登校していた先輩たちがダンスを見せてくれと三年の先輩に頼まれた。しかし、そこで恥ずかしさのあまり園田先輩が逃亡。結果、人前に出るのに慣れさせるために秋葉原にてチラシ配りというわけだ。
「あ、どうぞ」
俺もチラシを配っている最中。ただ、受け取ってくれる人は少ない。そうですよ、どうせ俺は彼女たちみたいに可愛くなんかないですよ、男子ですよ。ただの作業ゲーだろ?余裕じゃん!とか思ってた数十分前の自分を呪いたい。
俺は自分の今持っているチラシの束を見る。まだ十分の一も減ってないように思える。先輩たちはどうなんだろうか。
高坂先輩。持ち前の明るさからか、チラシがどんどん減っていく。もう残り半分くらいじゃないのか?さすがはμ'sのリーダー。
南先輩。え⁉︎チラシがもうほとんどないじゃん!才能の何かか?少し参考になるかもしれないので見てみよう。
「μ'sです!よろしくお願いします!」
弾けるような笑顔、蕩けるような声、愛らしい仕草。なるほど、これらをマスターすれば俺だって南先輩みたいに……無理だな、うん。適材適所ということで、さっさと諦めよう。
「あれ、園田先輩は?」
そういえば、さっきからまったく見かけていない。まさかもう配り終わって帰ったわけではあるまいし。
しばらく探していると、見つけた。ガチャガチャの前で座っている。その側にはチラシの山。俺より残量が多いっぽい。というより、減ってないんじゃないか?俺が近づくと、園田先輩はカプセルを渡してきた。中にはキーホルダー。
「レアのが出たみたいです」
「何してるんですか、園田先輩。サボってないで、早くチラシを配ってください」
「そういう飛鳥こそ、まったくチラシが減ってませんよ?」
うっ。そこを突かれると痛い。
「飛鳥も回しませんか?」
「……そうですよね、チラシ配りなんてやらなくていいですよね」
俺もポケットから財布を取り出し、開く。……ガチャは回せそうにないや、うん。残念ながら校外学習の日から俺の財布はほぼ空の状態を維持している。まあでもこの金欠状態からは明日でおさらばだ。早く来い、五月。早く来い、お小遣い。
「海未ちゃん!何してるの!っていうかアスちゃんも!」
二人でカプセルやらキーホルダーやらを弄っていたら、高坂先輩がやってきた。さっきよりさらにチラシの枚数が減っている。
「まあまあ、穂乃果ちゃん。やっぱりここじゃ難易度が高すぎたんだよ」
後ろからやってきた南先輩。その手にはチラシは一枚もない。相変わらずすごいな、先輩。そして、優しい彼女が今は天使に見える。これから花陽二世と呼ぼう。あれ、でも南先輩の方が年上だよね?じゃあ花陽が南二世?
「仕方ないなぁ。じゃあ学校に行こう。そこなら配れるでしょ?」
というわけで、学校。俺はなぜか学校だと次々にチラシの貰い手が現れる。なぜだろう?
「それ、なんのチラシです?」
「ああ、スクールアイドルのμ'sだよ。明日講堂でライブをやるんだ。よろしくね」
南先輩を少し意識して笑顔を作ってみる。すると、目の前の女子は顔を赤らめる。あれ、怒っちゃった?そんなに下手な笑顔だったのだろうか?って、この人さっきも見た気がする。
「君、さっきももらわなかった?」
「き、気のせいじゃないですか?あはは……」
なんだ、気のせいか。まあ、世の中には似た人が三人はいるって言うし、他人の空似だろう。
次に通る人を待っていると、園田先輩が近づいてきた。
「飛鳥、仲間だと思っていたのに……裏切りましたね」
悪寒が走る。やばい、園田先輩の目からハイライトが消えている気がする。身の危険を感じた俺は必殺技を発動する。俺の必殺技、"褒め殺し"!一撃必殺!
「いや、園田先輩と仲間だなんて!俺なんか園田先輩みたいに顔立ちが整っていませんし!ほら、園田先輩はすごい可愛いじゃないですか!」
「わ、私が可愛い⁉︎ふ、ふざけないでください!」
俺は園田先輩の持つまだ一枚も減ってないと思われるチラシの束でバシバシ叩かれる。痛い、痛いです!どこかの一年生の担任の教師とは違って、ただ力任せに思いきり叩くわけではなく、的確に痛いところを突いてくる。さすが武道をやっているだけのことはある、って何を解説しているんだ、俺は!
「園田先輩!まじでやめてください!痛いです!」
「しゃ、謝罪です!謝罪してください!」
「意味が分からないです!」
何で褒めただけで俺はこんな目に遭っているのか。俺の必殺技は敵のヒットポイントを中途半端に減らしてしまい、そのせいで怒りモードになったんですか⁉︎
「ねえ、あの子……」
「テスト生だよね?もしかしてM?」
「うわー、少しひくわー」
しかも通りかかった女子生徒たちからの精神攻撃!効果は抜群だ!やばい、そろそろ瀕死になりそう。
「あ、μ'sです……はぁ」
女子生徒たちに気付いた園田先輩がチラシを渡そうとするが、それに気付かずに彼女たちは通り過ぎていった。ふっ、ざまあ。
「飛鳥のせいです!」
「何でですか⁉︎」
再びチラシの束を構える園田先輩に対し、俺も防御の姿勢をとる。リベンジマッチだ、敵の攻撃パターンはすでに把握済み、これで勝つる!
「あ」
「え?」
園田先輩が俺の後方を見て呟く。俺もついそちらに反応してしまう。歩いてきたのは黒髪のツインテール、三年とは思えない低身長。
「あ、アイドル研「パァン!」痛っ⁉︎不意打ち⁉︎」
「よ、よろしくお願いします!」
そしてそのまま園田先輩はアイドル研究部の部長さんにチラシを渡しに行く。あー、その人はやめといた方が……。
「いらない」
……やっぱり。
「……」
断られた園田先輩はしばらく静止した後、ギギギという効果音が付きそうなくらい機械的に体の向きを変える。もちろん、俺の方に。
「フフフッ。飛鳥、覚悟はできていますね……?」
ど、どうしよう。園田先輩の背後から魔王のようなドス黒いオーラが放たれている。だ、誰か!誰か天使を連れてきてください!南先輩を!この魔王を止められる人はあの人しかいないんだ!今すぐパーティメンバーに!
「あ、佐々木君?」
「はなよぉ!」
現れたのは我らが天使、小泉花陽!別名南二世!彼女がいれば園田先輩だって怖くない!
「さ、佐々木君⁉︎あわわわ……」
「飛鳥、何故抱きついているのですか」
「え?あ、ごめん、花陽」
どうやら嬉しさのあまり抱きついてしまったらしい。これではただの変態だ。慌てて離れるものの、彼女はまだ目を回している。申し訳ないことをしてしまった。というよりも、この後に行われるであろう園田先輩からの制裁が怖すぎる。
「大丈夫ですか?」
園田先輩が花陽を覗き込む。すると、花陽の目がばっちり見開かれた。
「みゅ、μ's!」
「ええ、そうですが」
起き上がった花陽は一度深く深呼吸をした後、顔を上げる。
「ライブ、見に行きます!」
「本当⁉︎ありがとう、花陽!」
俺は彼女の手を握り、ブンブン振る。こんなに嬉しいことはない、ってね。
「では、これを全部どうぞ」
持っていたチラシの山を全て花陽に差し出す園田先輩。おっ、これは園田先輩から武器をなくすチャンスなのでは?
「え、えっと……」
「花陽、ぜひ受け取ってくれ。計算用紙でも裏紙でもいいから、使ってくれ」
「は、はい……」
「凛にもよろしくな!」
大量のチラシをもらった花陽はオロオロしながら帰っていった。よし、これで園田先輩から武器は奪い取った。もう怖いもの無しだ。それにチラシ配りも無事終了。一石二鳥だね。
「ね、海未ちゃん。応援してくれる人もいるんだよ」
「だから私たちも頑張ろう?」
いつのまにかそばに来ていた高坂先輩と南先輩。彼女たちが園田先輩に一言かけた後、二人は俺を見る。俺も何かを言えってことか。
「そうですよ、園田先輩。それに自信を持ってください。園田先輩は十分可愛いんですから」
「か⁉︎可愛い⁉︎ふざけないでください!」
「へぶっ⁉︎」
放たれた渾身の右ストレート。どうやらチラシの束は武器ではなくてリミッターだったようだ。というより、園田先輩ってボクシングやってたんですか?やってないですよね?何でこんなにパンチが強力なんですか、眩暈がしてきたじゃないですか。
「ああ⁉︎アスちゃん⁉︎」
「し、しっかりして!」
誰かが近寄ってくるが、分からない。俺は目の前が真っ暗になった。賞金は、払ってないけど。