365日の魔法 作:アンパン食べたい
どこかで聞いたことがあるような、ないような音楽が流れている。どこで聞いたっけ?……あ、秋葉原のCDショップだ。たしかA-RISEの曲だっけ?プライベートなんとかって曲。他にも人の声が聞こえる。二人かな?
「すごい!すごいよことりちゃん!本物のアイドルみたい!」
「本物ってわけにはいかないけど、なるべく近くなるように頑張ったの」
目をうっすらと開く。知らない天井だ。ここはどこだ?まったく見当がつかない。どうしよう、あれでも言うか?
「ことり」
と、もう一人いるらしい。いや、いるとは思ってたけどね?ただ、その声は暗い。というより怖い。
「これはどういうことですか?」
見たいと思う気持ちが起きるも、それと同時にいわゆる本能というものがこのまま寝たフリを続けろと訴える。くっ、見たい。状況を見たい……!俺は、俺は……!
好奇心に負けた俺は少しだけ顔を横に向ける。
「言ったはずです。最低でも膝下までなければ履かないと!」
俺の視界に入ったのは鬼の形相をした園田先輩と、南先輩の後ろ姿。少し震えてる?気の所為?まあ、一つ言えることは、触らぬ神に祟りなし、俺はもう一度目を閉じた。
「だって、しょうがないもん。アイドルだもん」
しょうがないと言い張る高坂先輩。園田先輩の意識はそちらに向く。
「アイドルだからといって短いスカートを履かなければならないという理由にはならないはずです!」
「アスちゃんが短いのが良いって言ったんだもん」
「高坂先輩⁉︎なぜ俺のせいにしているんです⁉︎」
「そうなのですか、飛鳥?」
飛び起きた俺。そんな俺を見る園田先輩の背後でユラユラと何かが揺らめく。
「そんなわけないじゃないですか!南先輩も何か言ってくださいよ!」
「えっと……。アスちゃん、ちゃんと認めなきゃ、めっ!」
……。えっと、どうしようか。ここは現実逃避かな?
「南先輩、可愛いです!もう一回やってもらえます?」
「めっ!」
「あ〜、癒されるなぁ。せめて死ぬ前にもう少し見ていたいなぁ」
「覚悟はできましたか、飛鳥」
……逃げられなかった。現実はしつこく俺を追いかける。いや、事実ではないんだけどね⁉︎
「違います、園田先輩!俺はそんなこと一言も言ってません!」
「見苦しいよ!アスちゃん!」
「アスちゃん、ごめんね!」
ちょっと⁉︎二人してなぜ手を合わせているんです⁉︎というより南先輩、謝るくらいなら最初からこんなことしないで!
俺は全力で出口の引き戸へと走る。この部屋から脱出しなければ!こんなところでくたばるわけにはいかないんだ!ここがどこか知らないけど!
ドアの取っ手に手をかける。後ろをチラリと見ると園田先輩はやっと動き出したところ。ふっ、逃げ切ったり!
しかし、俺が開ける前に勝手にドアが開き、目の前に人が現れた。外に出ようとした俺は止まらない。
ガツンッ!
「痛っ⁉︎」
「痛たたた……。もう!お姉ちゃん、もう少し周りを、って誰?」
俺と衝突したのは女子。中学生と思われる。お姉ちゃんと言っていたから、三人の先輩のうちの誰かの妹なんだろう。
「もう、雪穂!ノックぐらいしてよね!」
「いつもやってないお姉ちゃんに言われたくはないよ!」
なるほど、高坂先輩の妹か。高坂雪穂というらしい。
「それで?誰です?」
「佐々木飛鳥です。高校一年生、μ'sのマネージャーをやってます」
「姉がいつもお世話になってます」
丁寧に頭を下げる雪穂ちゃん。おお、姉と違ってできた妹だな。待てよ、高坂先輩の妹がいるってことはここは高坂先輩の家か。え?先輩の家?
「えええええ⁉︎ここ、高坂先輩の家⁉︎女子の家⁉︎」
女の子の家とか生まれて初めて来た。すごい緊張する。
「そうなんです。アスちゃんが海未ちゃんに殴ら、少しぶつかっちゃって、気絶しちゃったから、ここに運んだんだよ?」
いや、南先輩。普通に殴られたでいいんですよ?園田先輩に右ストレートを叩き込まれたことくらいは覚えてますし。ぶつかったというのは俺と雪穂ちゃんとの間に起きた不幸な事故のことを言うんですよ。
「ところで雪穂。何の用?」
そういえばそうだ。彼女はこの部屋に用事があったから俺とぶつかったのだ。
「もう夜だからもう少し静かにしてって言いに来ただけです」
そう言うと彼女はドアを閉めた。
「夜なの?」
「そうだよ」
南先輩が頭上を指差す。そこにある時計は午後8時前を示す。いつの間にそんな時間になってしまったんだ。
「話を戻しましょう。いいですか?私は絶対にそんな丈の短い、は、破廉恥なスカートは履きません!一人だけ制服でやらせてもらいます」
荷物をまとめ、部屋を出ようとする園田先輩。
「アスちゃん、止めて!」
「わかってますよ」
高坂先輩の指示通り園田先輩を止めるために俺はドアの前に立ち塞がる。彼女をこのまま帰すわけにはいかない。
「飛鳥、邪魔です。退いてください」
「嫌です。その服でライブをやってください」
譲るわけにはいかない。いったい、このライブにどれだけの人が時間と労力をかけてきたと思ってるんだ。それを無駄にするわけにはいかない。もちろん、騙されていた俺の労力と時間と金もな!
「真姫が曲を作って、先輩たちがその曲に合わせたダンスを考えて、南先輩がそれらにピッタリな衣装を作りました。園田先輩も高坂先輩も南先輩も、三人とも練習を頑張っていたじゃないですか。それなのにあなたはそれを、その努力を踏み躙ろうとしているんですよ?」
「それは……」
「そうだよ!アスちゃんの西木野さん説得の努力もね!」
それは完全な無駄だったけどね。
「今までずっとずっと頑張ってきたんだもん。三人で、絶対に成功させたい。それで、アイドルをやって良かったって思いたいの!」
高坂先輩は窓に近づくとそれを開け、大声で叫ぶ。
「思いたいのぉ!!」
木霊する彼女の声を聞きながら、俺は部屋を出た。そうだ。結局のところ、μ'sは三人なんだ。高坂先輩、南先輩、そして園田先輩。三人でμ's、いや三人がμ's。……μ'sって9人の女神だった気がするけど。それとも俺の中二の頃の知識が間違っているのか?
「あ、佐々木さん」
廊下で一人立っていると、高坂先輩の妹の雪穂ちゃんが別の部屋から出てきた。
「お姉ちゃん、また大声出しましたよね?」
どうやらさっきの先輩の叫びが聞こえていたらしい。まあ、すごい大きかったし。また注意しに来たのか?
「まったく。こんな家に住んでたらまともに勉強もできませんよ」
「ははは……」
そういえば雪穂ちゃんは中学三年生なんだっけ?受験生か。たしかにもう少し落ち着いた環境がほしいよな。
「佐々木さんって高校一年生なんですよね?何か受験のアドバイスってあります?」
「あー、ごめん。俺、受験はしてないんだ」
「あ、そうですよね。音ノ木坂学院のテスト生、でしたよね。何か特別措置のような感じなんですよね?」
「まあ、うん。そんな感じ」
少し違うんだけど、まあいっか。そこまで詳しく話す義理はないし、話したところで受験には役立たないし。
「そういえば、なんで佐々木さんは廊下に立ってるんです?体罰ですか?バケツは見当たりませんけど」
「なんか俺がいない方が良さそうな雰囲気になったから、かな」
あれは先輩たち三人の空間だ。邪魔をするのも悪いだろう。少しだけ、本当に少しだけ寂しいけど。
「あー。なるほど。お姉ちゃんならやりかねないですね。まったく。お姉ちゃんったら、男の人がいるのにそういう話に持っていくんだね……。はしたなくて、妹として恥ずかしいよ」
ん?ちょっとニュアンスが違うような気がするのは俺だけ?まあ訂正しなくてもいいよな?大して困ることでもないし。雪穂ちゃんは耳年増なのかな?
「あ、時間余ってるなら下で和菓子でも食べます?」
「和菓子?」
雪穂ちゃんの話によると、高坂家は老舗の和菓子屋らしい。初めて聞いた。
というわけで、階段を下りて一階へ。エプロンを身につけた若い女の人がレジのそばに座ってお団子を食べている。三色団子だ。美味しそう。
「えっと、高坂先輩のお姉さんですか?」
「はい?」
しばらくの沈黙。やがて、その女性は顔を綻ばせる。
「やだもう!お世辞がお上手ね!」
お世辞?じゃあ、もしかして高坂先輩の母親?若すぎないか?俺の母親なんて必死に若作りしていてやっとこさ四、いや、やめておこう。これ以上このことを考えると明日の弁当が抜きになってしまうかもしれない。
「食べる?」
「あ、はい。ありがとうございます」
差し出された皿を受け取り、三色団子を食べる。あ、美味しい。これだけ美味しいなら常連客になってもいいかもしれない。……あ、そんなお金なかったわ。
「うちの穂乃果が迷惑かけてない?」
「いえ、そんなことない……と思います」
「やっぱりお世辞は下手だったわね」
苦笑する高坂先輩ママ。すみませんね、素直な少年で。
「まあ、穂乃果は慌ただしいからね〜」
「あ、いたいた!」
階段をドタバタ下りてきたのはまさにその人、高坂先輩。その後ろには園田先輩と南先輩。なぜか上着を着ている。
「これから神田明神にみんなでお参りに行くんだ!いいでしょ、お母さん?」
「そうね、頼れるボディガードがいるから安心ね!」
バンバン俺の背中を叩く高坂先輩ママ。おかげで食べかけの団子が喉に詰まった。
「ゲホッ、ゲホッ。ちょっ、叩かないでください」
「……本当に頼れるんですか?」
「まあまあ。アスちゃんも一緒に行くよね?」
にっこり微笑みながら聞いてくる南先輩。か、可愛い……。
「もちろんです!すぐ行きましょう!」
「……現金ね〜」
星の瞬く空の下、神田明神で俺たちは手を合わせる。
「どうか明日のライブが成功しますように!ううん、大成功しますように!」
「緊張しませんように……」
「みんなが楽しんでくれますように」
「無事に終わりますように」
それぞれが願いを込めて、祈る。思えばここまで長いようで短かった気がする。入学式、高坂先輩とぶつかってから、アンパンを食べてしまってから一ヶ月。校外学習から、俺がマネージャーになってから二週間。あ、そういえば高坂先輩にアンパンを奢るという約束をしていたな。もしかして高坂先輩、忘れてたりする?だったらこのままなかったことにならないかなぁ。よろしく、神様。
「よし、これで明日はバッチリだね!」
彼女は制服のポケットからスマホを取り出すと、何やら操作する。
「穂乃果ちゃん、何してるの?」
「明日のライブに来て〜ってメールを送ってるんだ!」
この場においてもまだ宣伝ですか。和菓子屋の娘の商売魂はすごいな。
と、そのスマホが園田先輩に取り上げられる。
「穂乃果、もう9時ですよ?そんなことでメールをするなんて迷惑じゃないですか。明日になってからでいいはずです」
「えー⁉︎海未ちゃん厳しすぎ!返してよ〜!」
「ダメです。このメールは消去しますよ?」
高坂先輩のスマホを操作する園田先輩。と、何かに気付いたようだ。
「このメールアドレスは誰です?makiN0419@○○○.jp……?」
「あ、真姫のだ」
「真姫?誰です、その女は?」
あ、思わず口が滑ってしまった。でもあれか、メアドを見れば女の人のだとはわかるか。makiって入ってるし。というより、園田先輩が彼氏の浮気を責めるみたいな感じで怖い。もしかして高坂先輩と付き合って……ないよな?
「もう!海未ちゃんには関係ないでしょ!」
「関係なくありません。私と穂乃果の仲じゃないですか。……随分と仲のいい友達みたいですね。なぜこんなに頻繁にやり取りをしているんです?」
園田先輩が止まらない。というより、過去のメールを読んでいるのか。それは嫌な予感がする。
高坂先輩も気付いたようだ。
「だ、ダメ!それ以上見ちゃダメ!」
必死にスマホを取り返そうとする高坂先輩を片手で押さえ、園田先輩はスマホを見続ける。やがて、その顔がどんどん険しくなっていく。あーあ、もう手遅れっぽい。
とりあえず俺は帰ろうかな、うん。もう9時だしね。良い子は寝る時間だ。
「飛鳥」
寒気を感じた。たぶんそれは、夜だから冷え込んだというわけではないだろう。