365日の魔法 作:アンパン食べたい
「どういうことです、これは?」
園田先輩が見せたスマホの画面。その画面には、一通の送信済みメール。
『曲、ありがとね、西木野さん!このことはまだアスちゃんには内緒でよろしく!』
「説明してください、穂乃果」
しかし、高坂先輩は黙ったまま。彼女は認めるのだろうか。それとも、あくまで否定するのか。いや、否定しても意味はないか。スマホは今も園田先輩の手の中にある。見ようと思えば他のメールだって見れるはずだ。
物静かな神社の空気が張りつめる。その空気の中心に立つ園田先輩は明らかな怒りを高坂先輩に向けている。
「飛鳥は?飛鳥はこのことを知っていたのですか?」
知っていない、と言えば俺にはおそらく矛先は向かないだろう。誰も俺がこのことを土曜に真姫に聞いたというのを知らないはず。ただ、そんなことをする気はさらさらないが。
「知ってましたよ」
むしろ逆だ。矛先を避けるんじゃない。俺に向けさせろ。明日はμ'sのファーストライブ。その前日に、彼女たちを仲違いさせるわけにはいかない。これが、俺のマネージャーとしての最後の務めだ。ファイナルミッション、園田先輩の怒りを完全に俺に向けさせろ。手段は簡単だ。あの時のあいつらを、俺が演じればいい。
「それを知っていてマネージャーになったと?」
「はい」
「私を騙したというわけですね?」
「待って、海未ちゃ「はい!そうです!だって見ててすごく嗤えましたもの。下手なくせに必死に練習する姿がバカらしくて!」、アスちゃん!」
高坂先輩を遮る。ついでに何とかして、園田先輩の高坂先輩に対するイメージをプラス側に持っていけば、余計に俺への怒りが高まるだろう。例えば、高坂先輩を嘲るとか。
「それにしても、高坂先輩はバカですね」
「アス、ちゃん?」
「こっちがそれに気付いてるとも知らずに必死に隠そうとしている姿、滑稽でしたよ?たまたま真姫に送ったメールを見てしまった時には爆笑しましたよ」
パァンッ!!
園田先輩から綺麗な平手打ちをもらった。そうだ、それで良い。ジンジン痛む頬を押さえながら俺は園田先輩を見る。
「穂乃果をバカにしないでください」
その瞳に宿る静かな怒り。それははっきりと俺を見据え、嫌悪の色を示す。
「たしかに、穂乃果は単純で頭が悪いです。ですが、穂乃果には他の人にはない素晴らしさがあるんです!穂乃果は貴方と違い、人を決して嘲りません。それから、穂乃果には周りの人を惹きつける魅力があります。だから私はスクールアイドルをやろうと思えたんです。そして穂乃果はやると決めたことはやり通します。今回、飛鳥を無理やりマネージャーにしたみたいに!」
その通りだろう。だから俺だってマネージャーを引き受けようと思ったんだ。いつか屋上で、直向きにダンスの練習をする彼女を見たから。そしてその彼女に賭けたんだ。だから今、自分を捨てた。
「クビです」
「でしょうね」
「早くここから立ち去ってください。私たちの前から消えてください」
「言われなくてもそのつもりですよ」
踵を返し、階段を下る。しかしその階段は思っていたより長く、俺が下にたどり着く前に後ろから足音が近づいてきた。
「待って、アスちゃん!」
立ち止まった俺の腕を後ろから掴み、自分の方を向かせる。それは高坂先輩。いや、その後ろに南先輩もいる。
「嘘なんだよね?」
その腕に込められる力が強まる。目に浮かべた涙に胸がチクリと痛む。いや、ダメだ。ここで折れてどうする。せっかく作曲の件を有耶無耶にできるかもしれないのに。
「アスちゃん、一緒に謝ろう?海未ちゃんならきっと分かってくれるから……」
南先輩の提案に心が揺らぐ。。いいんじゃないか?この階段を戻っていいんじゃないか?園田先輩は高坂先輩や南先輩には甘い部分もある。それに縋ればーー
『結局中途半端に強いだけだな、お前。やめちまえよ』
『ぜーんぶ途中でやめるんだな。だったらお前も人生を途中でリタイアしちゃえば?』
唇を噛みしめる。ダメだ。あの日、決めただろ?これからは全て貫き通すって。やり遂げるって。もう二度と、途中で投げ出さないって。
「嘘なんかじゃないですよ、俺の本心です」
高坂先輩の腕を振り払う。思ったよりも強かったようで、高坂先輩は少しよろめいて階段の手すりに掴まる。
「アスちゃんの分からず屋!言ったじゃん!μ'sにはアスちゃんが必要だって!」
「どうですかね。俺は一瞬たりとも俺のおかげで何かがうまくいったと思ったことはありませんけど」
「それは違うと思うなぁ」
南先輩が高坂先輩とかわって俺の前へ。今の南先輩はいつものようなフワフワした雰囲気ではなく、真剣そのものだった。意外な事態に俺は面を食らう。
「アスちゃんがいるおかげで校内でのμ'sの知名度が上がったのは確かだよ?それに穂乃果ちゃんだって練習に遅刻しなくなったもんね」
「た、たしかに」
驚いた顔をする高坂先輩。え、先輩って毎日遅刻してたの?俺がいた時はいつも最初に来ていた気がするけど。
「ね?役に立ってるでしょ?」
俺の方へと腕を伸ばす南先輩。その腕が俺の腕を掴もうとして。
「……アスちゃん?」
俺は腕を引いていた。そのすぐそばには虚空を掴んだ南先輩の手。
「さよなら」
次にまた追われる前に俺は階段を一気に下る。肩で切る風は想像以上にヒンヤリ冷たかった。
「何も分かってないんやな」
階段を下りきった先、角を曲がるとそこにいたのは、東條先輩だった。
「こんな時間に出歩いていていいんですか、危険ですよ」
「ウチには君たちの方が心配や」
いつものような、おどけた表情ではなく。本当に、本当に心配そうな顔をする彼女。自分の心を見透かされそうで、俺は思わず目を逸らす。
「園田先輩は武術に秀でていますから、大丈夫ですよ」
「そういうことやないってわかってるよね?」
肩を掴まれ、無理やり顔を合わせられる。今度は心配そうな顔ではなく、怒った顔をしていた。
「言ったはずや。人を騙して作られた関係は脆いって」
「その通りですね。もう崩れましたよ」
「違う。わかってないから君はまた騙した」
心臓が跳ね上がる。先ほどまでの俺らの話を彼女は聞いていたのか?いや、さすがに境内での話はここでは聞こえないはず。だったら、彼女は俺の心を見透かしたのか?本当にこの先輩はよくわからない。
「それに、君が思っているほど、彼女は強くはないと思うな。どれだけ強がろうと、人は本来寂しがり屋で、弱いんよ。それは誰にも言えること。たとえ権力を持っている人でも、一人でいることに慣れている人でも、決意をした人でも」
「先輩は俺も弱いと言いたいんですか?」
「そうやな」
拳を握りしめる。爪が食い込み、痛みが走る。ふざけるな、誰が弱いもんか。
「俺は弱くなんかない」
「弱いよ。ウチには予言できる。佐々木君、君は明日にもμ'sに戻る」
「そんなこと……」
ない。そう言おうとした。しかし、言葉は口から出なかった。何かが喉に、いや胸につっかえていて、邪魔をしている。どうして?どうして俺はまだ弱いんだ?これ以上弱いままで何ができるんだ、また中途半端になってしまうだけじゃないか。
「もう一回言うで?人を騙して作った関係は、簡単に壊れてしまうんよ。悪い意味でも、良い意味でも。そして、人は一人では生きていけない」
それだけ告げると、立ち去っていった東條先輩。暗い夜道で、その後ろ姿を再び見出すことはできなかった。
「一人でいて何が悪いんだよ」
芯から冷えこむ春の夜の下、俺は一人呟いた。
翌日。何も考えずにただ歩いて登校していた俺は、気付けば神田明神の男坂に来ていた。坂の上を見上げると、太陽が目に入る。眩しい。
それにしても、たったの10日で、無意識の内にここに来るようになってしまったのか。
「笑えない冗談だよ」
本当、笑えない。この坂の上では、μ'sの三人が練習をしているのだろう。俺の計らいがうまくいったのなら、園田先輩の怒りは俺に向けられていて、高坂先輩や南先輩に対してはいつも通りのはず。そうなっていてほしい。というより、そもそも園田先輩は二人には甘いのだから、少し俺が嫌われるだけで十分矛先はこちらに向けられると思う。
「やっぱり来た」
階段の上に現れたサイドポニーの先輩。彼女は一段飛ばしで階段を駆け下りる。おいおい、今日がライブなのにもし捻ったりでもしたらどうするんだか。
「ねえ、アスちゃんはμ'sのマネージャーをやりたいんだよね?だから今日もここに来たんだよね?」
「通学路なだけです」
「嘘」
彼女は俺の腕を掴む。
「ほら、海未ちゃんに謝りに行くよ」
「必要ないです。俺はもうマネージャーはやりません。それより、いつまでそんなアイドルの真似っこをしてるんです?どうせ大したライブもできませんよ」
できるだけ冷たく言おうと意識して言う。そうでもしないと、俺はこのまま高坂先輩に連れられていってしまいそうだったから。すると、意外にも先輩は簡単に手を離した。
「じゃあ、絶対にライブに来て確かめてよね」
俺より数段上に立った彼女を見上げる。逆光により、彼女の表情はわからない。それでも、胸がチクリと痛んだ。たぶん、今彼女は。
「じゃあね。もう、今日は暑くて困っちゃうよ」
反転して階段を上る先輩。先ほどまで先輩が立っていた場所には、水滴が落ちた跡。それは汗か、それとも。