365日の魔法 作:アンパン食べたい
「ア、アスちゃん……」
震える声で呟いたセンターに立つ高坂先輩。その横に立つ園田先輩が一歩前に出る。その目に涙を浮かべながらも、俺を睨みつける。
「なぜ来たんです、貴方はクビにしました」
「だから来たんです。1人のμ'sのファンとして」
一歩ずつステージに向かって歩き、講堂の一番前の座席のそばに立つ。しっかりと園田先輩を見据え、口を開く。
「わかってます。俺が何をしたのか。どれくらい人を傷つけたのか。ここに本来来るべきではないことぐらい、わかってます」
「だったら、今すぐここから出て行ってください。それとも何ですか、嘲笑いに来たんですか?1人も客がいないこの状況を嘲笑いに来たんですか!」
「そうですね、笑いに来ました」
「貴方という人は!」
ステージから飛び降りた園田先輩が、俺の胸ぐらを掴む。少し足のかかとが浮く。
「貴方は最っ低です!昨日穂乃果のことを馬鹿にしたくせに、まだ私たちを馬鹿にすると⁉︎いい加減に「違います!」⁉︎」
違う。あれは違う。たしかにもうその事実をなかったことにはできない。現実とはゲームと違ってリセットできないのだ。セーブポイントからやり直しなんてできないのだ。でも、それでもわかったことがある。気づいたことがある。その場に戻ってやり直せないなら、今からやり直すしかない。
「誰がそんなことを!俺は、俺はただ、μ'sのライブを楽しみたくて、全力で踊る先輩たちを応援したくて来ただけです!μ'sのステージで笑顔になりたいんです!」
「だったらどうして!どうして昨日あんなことを!」
「それは穂乃果たちの仲を取り持つためだよね?」
「穂乃果?」
園田先輩がステージの方を向いたので、手が胸元から離れる。一方、高坂先輩は目元を拭う。
「あの時、穂乃果のスマホを見た海未ちゃんはどうするつもりだったの?」
「それは、もちろん穂乃果に事実を問いただして、それで」
園田先輩がハッと息を呑む。
「そう、アスちゃんはそれを避けようとしたんだよ。明日ライブだっていうのに、もし穂乃果たちの仲が険悪になっちゃったらまずいって考えて。そうでしょ、アスちゃん?」
こちらを振り向く園田先輩。その目には驚きの色が見える。
「そうです。でも、だからといって高坂先輩を馬鹿にしたという事実は変わらない。こんなことを俺が言うのは間違っていると思います。けれど」
一度息を深く吸い込む。
「ライブを見せてください!あれだけ練習していたあのダンスを、歌を、見せてください!」
「……どうしてです。どうしてそこまで私たちのライブを見たいんですか。どうして、こんな観客の1人もこないスクールアイドルを応援したいんですか」
困惑した顔の園田先輩。しかし、その答えはもう既に決まっている。
「決まってるじゃないですか!俺は見てきたんです、先輩たちの努力を。懸命に上達しようと頑張る姿を。その姿に見惚れたんです。その成果を見たいと思うのは間違っていますか?その姿をもっと見たいと思うのはおかしいですか?」
手に力がこもる。今度は空のペットボトルが潰れる。
「俺は、μ'sが好きなんです!μ'sに惚れたんです!だからライブを見たい、それだけなんです!」
「す⁉︎好き⁉︎」
園田先輩が狼狽する。と、その時。講堂に誰かが入ってきた。
「はぁはぁ、あれ?ライブは?」
全員が講堂の入り口を見る。そこにいたのは眼鏡をかけた一年生。
「花陽!」
「あ、佐々木君」
トテトテこちらに近づいてきた花陽は不安そうな顔をする。
「もしかしてライブ終わっちゃったのかな?それで、握手会?」
「いや、えっと……」
「やろう!」
高坂先輩が一歩踏み出す。
「歌おう、全力で。だってこの日のために今日まで全力で頑張ってきたんだから!」
「穂乃果ちゃん……」
「穂乃果……」
俺は園田先輩の背中を軽く押す。
「園田先輩、急いでください?ライブが始まっちゃいますよ?」
「飛鳥?」
「スケジュール管理は、マネージャーの仕事ですから」
一瞬、ポカンとした彼女は、すぐに微笑む。
「そうでしたね」
上にいる高坂先輩に引っ張られながらステージの上に上がる園田先輩。その時、見えそうになったので俺は思わず目をそらす。やっぱり園田先輩の言うとおり短すぎたかな、スカート。
「佐々木君ってマネージャーだったの?」
座席に座ると花陽が聞いてきた。
「うーん、マネージャー(仮)かな?」
「え?」
「ほら、始まるぞ」
講堂にイントロが流れ始める。鎌倉で聞いたあの曲。
途中、凛がやってきた。
「かよちん、こんなところにいたにゃ!あれ、アスにゃんも?」
しかし、花陽は凛に反応することなくただただステージ上を見つめる。もちろん、俺も。
ステージの上で、先輩たちは輝いていた。"START:DASH!!"。今、彼女たちのライブが始まった。
あっという間に、ライブは終わった。俺と花陽、そしていつのまにか花陽の隣に座っていた凛は立ち上がり、スタンディングオベーションをする。
「どうするつもり?」
突然の声に、拍手がやむ。声の主は生徒会長だった。そういえば、東條先輩がライブの撮影をしているって言ってたっけ?
気付けば、後ろに真姫もいた。もしかして、ホームルームの後に話しかけてきたのって、これに誘おうとしたのか?彼女も彼女で、μ'sを応援してくれてるんだな。
さらには、その後方の入り口に紫の髪も見えた。東條先輩も来たのか。思ったより、ライブには人が来ていたんだな。というより、いつからいたんだろう?もしかして俺の告白を聞いていたりしたんだろうか?何それ、恥ずかしい。
「続けます!」
「なぜ?これ以上続けても、意味がないようにしか見えないんだけど?」
たしかに、これしか人数が集まらなかったら廃校阻止なんて夢のまた夢。でも、それが続けるか続けないかになんの関係がある?勝てないから、うまくできないからって続けない理由にはならない。なぜなら、
「やりたいからです!私、今もっともっと踊りたい、歌いたいと思ってます。きっと海未ちゃんも、ことりちゃんも。こんな気持ち初めてなんです!やって良かったって、本気で思えたんです!」
そうなのだ。やりたい、ただそれだけでいい。その気持ちさえあれば、人は続けることを選ぶことができるのだから。
「誰にも見向きされなくても?誰からの評価を得られなくても?それでも続けられるの?」
違う。その前提は間違ってる。たしかにそんなイフはあるかもしれない。けれど、彼女たちに限ってそのような事態は二度と来ない。なぜなら。
俺は生徒会長の方に体を向ける。気分は某銀行員。
「お言葉を返すようですが!」
「アスちゃん?」
「何かしら?」
全員の注目が俺に集まる。うっ、久しぶりだな、この感じ。でも、今度は負けない。きっと、μ'sの先輩たちの方がもっと強いプレッシャーの中で踊り、歌ったんだ。この程度で挫けてどうする。
「俺がいるんです。μ'sのマネージャーで、ファン第一号の俺がいるんです!だから、絶対にそんなことにはならない。もし仮になったとしても、今日のこのライブを乗り越えた先輩たちなら絶対に次も乗り越えられる!俺はそう信じます!これはスタートなんです。彼女たちは、μ'sは、これから歌もダンスも、もっともっと上達して」
「そして生徒会長、私たちはいつか、いつか絶対にこの講堂を満員にしてみせます!」
それは夢。今日のこのライブの状況を見ただけでは無理だとしか言えない高嶺の花。廃校阻止のためにスクールアイドルを始めてしまう高坂先輩なら必ず叶えてくれると信じている。
それは決意。意志を固めた者が選んだこれから進む道。たとえそれが茨の道でも、高坂先輩を支え続ける南先輩なら、決して諦めることはないだろう。
それは目標。理想の世界に辿り着くための地図。μ'sの練習プランを立てる園田先輩ならばどんな複雑な地図でも、正しくそれを読み取ってくれる。
この三人がいれば、どんな奇跡でも起こせる、そんな気がする。根拠なんてどこにもないけど。非科学的なことを信じてこなかった俺がそう思えるくらいに、彼女たちはーー
「……そう」
短くそう言い残して生徒会長は講堂から立ち去っていった。
真姫や凛、花陽らも帰り出す。よし、俺も帰るかな。
「待ってよ、アスちゃん!」
ステージから飛び降りて、高坂先輩がかけてくる。その顔にはまるで凛そっくりな悪魔の微笑み。なーんか、嫌な予感がするなぁ。
「この後打ち上げにみんなで行こうと思うんだけど、来るよね〜?」
「当たり前でしょう、穂乃果。飛鳥は私たちの"マネージャー"、なのですから」
「じゃあ、四人で行こっか♪」
「アスちゃん、穂乃果は忘れてないからね?」
フフフと不気味な笑みを浮かべる高坂先輩。俺は今日、無事に帰れるのだろうか?
「いただきます!」
「ことり、ドリンクバー取ってくるね!」
「飛鳥、塩を取ってもらえますか?」
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
「あ、アスちゃん!穂乃果にナプキン取って!」
高坂先輩にナプキンを渡しながら考える。おかしいなぁ。俺はアンパンを奢ると約束したはずだったんだけど、なぜかファミレスで一食分奢ることになっている。しかも全員分。
「やっぱりおかしいですよね?」
「おかしくないよ?だってアスちゃんが穂乃果を馬鹿にしたのがいけないんだよ」
「それとこれとは話が別ですよね⁉︎」
「飛鳥、連絡先を交換しておきました」
「あ、ありがとうございます、って!何勝手に人のスマホに触ってるんです⁉︎というか、どうやってロックを解除したんですか⁉︎」
「以前、見たのを覚えていました」
パスコード、変えておくか。1日に1回くらい変える必要がありそうだ。
「お待たせ〜」
南先輩がそれぞれの前にジュース入りのコップを置く。俺のはオレンジ色、オレンジジュースか。またか。というより、南先輩はコップを4つも同時に運んだのか?器用だな。ウエイトレスでもやってるのだろうか?
「ありがとうございます」
ただ、せっかく持ってきてもらったのに文句は言えまい。俺はそのジュースを飲んだ。
「€^=%€%⁉︎辛っ⁉︎なんですかこれ⁉︎」
口がヒリヒリする。超辛い。オレンジジュース?全然違う。じぇんじぇん違う。なまった。別に博多の方出身じゃないけど。それくらい辛い。……意味わからないな。
「ことりの特製ドリンクだよ?」
隣の席の園田先輩のジュースを少しいただく。うん、普通だ。そっか、俺だけ特別なんだな、俺だけ。全然嬉しくないけど。
「あ、飛鳥⁉︎なぜ私のを飲んでいるんです⁉︎」
「まあまあ、海未ちゃん。よかったじゃん、間接キスできて!」
「よくありません!早く別のを持ってきてください!」
顔を真っ赤にして俺に指示する園田先輩。そこまで嫌がらなくたっていいじゃないか。たしかに勝手に飲んだのは悪かったけれども。
園田先輩の新しいドリンクを用意するついでに自分の分も新しく用意する。園田先輩はお茶かな。俺はオレンジジュース。
それにしても、無事とは言えないがライブが終わってよかった。そして、再びμ'sのマネージャーになれて。東條先輩には感謝しないとな。
「あっ」
ポケットから一枚の紙を取り出す。タロットカードの悪魔。俺が持ったままだった。今度返さないとな。
ピロン
メールが届いた。差出人は真姫。
『明日の放課後、音楽室に来て』
急にどうしたんだろうか?というより、この内容なら別に今メール送らなくてもいいよね?明日学校で言えばいいよね?まあ、いいけどさ。
了解、と返信してからテーブルに戻る。そのテーブルには注文した覚えのないメニューが何点かある。
「あぁ、美味しいなぁ」
「高坂先輩⁉︎食べ過ぎですよ⁉︎」
「あ、飛鳥。伝票はそこに置いてありますから」
飛びつくように俺はそれを取る。な⁉︎なんだ、この額は。
ポケットから財布を取り出し、中身を確認。野口さんが一枚、二枚、三枚……。ど、どうしよう。今月のお小遣いがもうゼロになっちゃうじゃん。まだ1日なのに。これはバイトを始めた方がいいかもしれない。四連休辺りに面接受けるか?
「あっ、すみませーん!デザート食べたいんですけどぉー!」
「高坂先輩、本当にやめてください」
このままだとマジで借金生活になりかねない。でも。
笑顔の三人の先輩を見る。美味しそうに食べまくる高坂先輩。楽しそうに今日のライブの話をする南先輩と園田先輩。
その分の対価は、ちゃんともらってるのかもしれないな。